「ん、ん…?」
ゆっくりと目を開いた誠の目に真っ白な天井が映る。
背中に伝わる暖かいが少し硬い感覚、そして後頭部から伝わる、背中のそれ以上の硬い感覚が、今の自分はベッドの上にいることを認識させる。
「目を覚ましたかい?」
オーバル形のメガネをかけた、青がかった黒の7:3分けの髪をした白衣の男がベッドで横になる誠をじっと見る。
「ここは…?」
「霧山城市立病院だ。君は3日ここで眠っていたのさ。私は君の主治医を務める菊岡、菊岡誠二郎だ。結城誠君、まずは意識の回復おめでとう」
青いファイルの中から3枚のレントゲン写真を取り出す。
そして、体を起こした誠の目の前にあるホワイトボードにそれらが張り出され、ホワイトボードを外して誠のそばまでもっていく。
「まったく、驚いた。これが病院に到着した際の写真だ。ほら、腹部のこのあたりかな?傷は」
「は、はい…」
レントゲンを見ると、折れた肋骨や傷ついたり、穴が開いていたりしているいくつかの臓器、おまけに2つに折れた脊髄が映っており、運が良くて下半身不随、悪くて死亡という大けがだったことがよくわかる。
「それに、出血もひどくて、救急車が到着したときにはもうお手上げだったよ。だが…これがその翌日のものだ」
菊岡が指さしたもう1枚のレントゲンには驚くべきものが映し出されていた。
臓器についていた傷や穴がほとんど消えていて、さらに2つに折れていたはずの脊髄が完全に修復されていた。
手術をしたとしても、このような回復は現実的にはあり得ない。
「足の指を動かしてみてくれないかな?」
掛け布団の足の部分をどかせ、両足がお互いに見えるような状態にする。
不安に思いながら、指を動かそうとすると、3日前と同じように、何も問題なく動き、それだけでなく菊岡に触れられた際も彼の体温や肌触りを感じることができた。
「このように脊髄が折れると、下半身不随で一生車いす生活になるのが普通だ。だが、君の場合は何の後遺症もなく回復した。脊髄だけでなく、内臓までも…。そして、その次の日には…」
菊岡が指さした最後のレントゲンには完全に治った臓器や肋骨などの骨が映っており、3日前に致死レベルのけがを負った人間と同じものとは思えないものとなっていた。
まさかと思いながら、誠は病院服の上を脱ぎ、腹部を見る。
「傷が…ない!?」
「そうだ。どうしてこんな驚異的な回復を見せたのか、我々でもわからない。歩いてみるかい?」
菊岡が誠の左腕に刺さっている点滴用の針を抜く。
唾をのんだ誠はゆっくりとベッドから降り、おいてあるスリッパをはいてベッドからドアまで歩いていき、そして菊岡の元へ戻っていく。
「うん…後遺症や障害はない。足は全く正常に動いている」
「本当に、手術も何もしていないんですか…?」
「そうさ。手術していたら、腹に手術痕があるはずだろう?」
菊岡の言う通り、腹にはけがの後もなければ、手術痕である縫い目もない。
しかも、体は3日前の調子と同じで、これなら今日にでも退院できる。
「といっても、今回のケースは我々でもわからないところが多い。とりあえず、週に1回か2回は病院に来て、検査を受けてほしい。約束してもらえるね?」
「え、ま、まぁ…」
よくわからない誠は曖昧な返事しか返すことができなかった。
そんな誠に菊岡は自分の名刺を渡す。
それには彼の住所や電話番号、メールアドレスまで書かれている。
「僕がこの病院で勤務しているのは火曜日から土曜日。時間は9時から19時だ」
「お世話に、なりました」
病院の出口で、見送ってくれた看護師に頭を下げた後、誠は駐車場まで歩いていく。
そこには白い普通乗用車があり、車から出てきたばかりの明日奈が誠の姿を見ると、彼に駆け寄って抱きしめる。
「誠君!!よかった、よかったぁ…」
「姉さん…ごめん、心配かけちゃって」
「本当よ!だって、誠君は私にとって、たった1人の家族なのよ…?」
たった1人の家族、その言葉が誠の心に重くのしかかる。
涙を流す明日奈に対して、誠にできたのは小さな声でうん、ということだけだった。
「ふうう…」
家に帰ってしばらくして、自室に入った誠はパジャマ姿で用意した布団の上にダイブする。
帰ると、すぐに今度は桂子と直葉が彼の無事を喜び、さらには品田に笹村まで来てにぎやかなパーティーが始まった。
明日奈が直葉と桂子の手伝いで料理を作り、それに舌鼓を打ちながら、誠は全員と会話をしなければならなくなった。
普段は人と話すのが苦手な引っ込み思案な誠だが、皆に心配をかけてしまったのは事実であるため、必死に我慢しながら話をせざるを得なかった。
そして、パーティーの後は風呂に入り、気づくと午後8時。
明日からは学校であるため、すぐに寝るように言われた誠はこうして自室に戻っている。
「みんな…疑問に思ってすらいない…」
周囲の面々は急激な回復に対する疑問よりも誠の回復への喜ぶが勝ったせいか、パーティーでは誰もそのことを疑問に思う声を出すことがなかった。
「あ…更新あるかな?」
ふと、いつもの趣味であるVRデュエルの実況のことを思い出した誠は机の上のノートパソコンを開く。
「うーん、やっぱりプレイメーカーについての動画がない…」
プレイメーカーは最近、VRデュエルでGo鬼塚やブルーエンジェルに匹敵する人気があるデュエリストだ。
しかし、伝わっているのは凄腕のデュエリストであることとハノイの騎士というハッカー集団を狩り続けている正義の味方ということで、あの2人以上に電子掲示板サイト『3ちゃんねる』で名前が書かれており、彼の正体を分析しようというスレもたっている。
(つまんねえ趣味をしてるなぁ…)
「え…?」
急に声が聞こえた誠はびっくりしながら振り返る。
しかし、当然のことながら背後にはだれもいないし、音が出るような端末や機器もない。
「気のせいかな…?」
(気のせいじゃねーよ!お前の中だよ、中!!)
「え、ええ…!?」
(耳をふさいでじゃねーぞ、ビビリ!!)
先ほどから聞こえる荒っぽい若い男のような口調は耳をふさいでも聞こえてくる。
というよりも、頭の中に響いている。
「僕はビビリじゃない!というより、誰だよ!?」
「誠君?大声出して一体どうしたのー?」
「ああ、姉さん!ごめん、パソコンの音量上げすぎてたー!」
明日奈の声が聞こえた誠はドアを開けて1階で片づけをする彼女にそういうと、すぐにまたドアを閉じる。
もう1度椅子に座り、深呼吸した後で目を閉じる。
「ふう…もう1度聞くよ、君の名前は?」
(名前?知らねえな)
「知らないだって?自分のことを知らないの??」
(ああ、そうだよ!!何も覚えてねえんだよ!名前も、自分の姿も!っていうよりも、感謝しやがれ!俺が入ったおかげで、お前の命が助かったんだぜ!?)
「僕の命が…まさか!?」
声を聞いた誠は3日前の意識を失う直前に聞こえた声を思い出す。
その声はまさに、今聞いている声とそっくりそのままだった。
原因は分からないが、『彼』が憑依したことで普通ではありえない回復を遂げることができたのだろう。
「あ、ありがとう…」
(勘違いすんなよ?お前が一番入りやすかっただけだ。で、今のお前は俺無しでは命を維持できない。俺が離れたら、おそらく10分くらいで本当に死んじまうだろうな)
「そんな…!?」
(で、俺はお前の中から出ることができねえ。姿も名前も分からねえ俺はお前から離れると消えちまうからな)
「よく、分からないけど…君と僕は一蓮托生ってこと…?」
ここまで話を聞いた誠は頭の中で情報を整理する。
3日前に、誠の中に『彼』は入り込んだ。
そのおかげで意識不明となる時間があったものの、今のように完全に回復した。
しかし、誠は『彼』が中にいなければ死んでしまう体になってしまい、そして『彼』も外に出ると消滅してしまう。
(そうだな…命を助けてやったんだから、ここはお前の体を使って…)
「僕の体を!?な、なにを!?」
(どうせお前は死んだかもしれねえんだ、このままお前の体を俺の物に…って、あれ!?てめー、いったい何をしやがった!?)
声だけしか聞こえないが、『彼』が必死で自分の体を奪おうとしていることは理解できた。
だが、声がするだけで自分の体には何にも影響がない。
(ちっくしょう!!いくつもバリアが俺の邪魔をしやがる!)
「よくわからないけど…ごめんね?」
(ごめんねじゃねーぞ!このフリーライダー!!)
「静かにしてよ、眠れなくなるから」
パソコンの電源を切った誠は電気を消すと、そのままベッドに入って目を閉じた。
(こんのクソガキ!!こうなったら、意地でものっとってやるぜ!!)
「どうぞご自由に…!」
小さいころから、誠の特技はこのような騒音の中でも眠ることができることだ。
『彼』が体を奪おうと四苦八苦する中、誠は意識を手放し、ぐっすりと眠ってしまった。
翌日、K県立霧山城高校の2年3組の教室…。
「誠、珍しく休んでたよな、大丈夫かよ?」
誠と比べると、背が頭1つ上で茶色いショートヘアを制服姿の少年が誠に声をかける。
彼は三崎純一で、バスケットボール部に入っている、誠の小学生時代からの友人だ。
「うん、ちょっと風邪をひいちゃったから…。もう治ったし、大丈夫だよ」
「そうかぁ?無理するなよ」
席に戻っていく三崎を見送りながら、誠はホームルームで行われる英語の小テストの準備をする。
現在、クラスの中で誠の身に起こったことを知っているのは直葉だけだ。
「誠君、おなか痛くなったりしてない?」
「ううん、何も影響はないよ。ただ…なんというか…」
「なんというか?」
誠の発言が気になった直葉はじっと誠の目を見る。
「おーし、お前ら。ホームルームを始めるぞ」
口の周りと顎に髭を放した、黒いベリーショートで黒いTシャツ姿の男性がバンと音を鳴らしながら教室のドアを開けて入ってくる。
彼は物理化学教師の早島治幸で、見るからに体育系だが、部活顧問がなぜかパソコン部という変わり種だ。
教室に入ると同時に、さっそく持ってきた小テストのプリントを配布する。
「早速、英語の小テストを始めるぞ。成績が悪かったら、居残りな」
居残り、という言葉を聞いた生徒たちは沈黙する。
普通なら、「えーっ」や「嫌だー」とか言う反応が返ってくるのだが、彼の場合はそのようなことはない。
そんなことを言っても、勉強しないほうが悪いと返されるだけだということをよくわかっていたからだ。
「あんまり勉強してないんだけど…!?!?」
とにかく、問題を解こうとシャープペンを手にすると、急に誠の頭に激痛が起こる。
「おい、結城。どうした!?」
「誠君!?」
早島と直葉が彼の異変に気付いて声をかける。
「うぐ…うう…!!」
頭痛に苦しむ誠の目に青白い肌で、吸血鬼のように2本の犬歯が長く、そして鋭くなった男の姿と鯱瓦のある公園の光景が浮かぶ。
「鯱瓦…公園…」
「え?鯱瓦公園がどうかしたの??」
直葉の言葉を無視し、誠は立ち上がる。
そして、デュエルディスクとデッキが入ったバックを手にして教室を飛び出した。
「ちょ…誠君!?一体どうしたの?!」
級に飛び出していった誠を追いかけるように、直葉も教室を飛び出していく。
「おい、桐ケ谷、結城!?一体…どうしたんだ??」
飛び出していく2人を止めることができなかった早島は彼に何があったのか全く分からず、その場に立ち尽くすことしかできなかった。
「はあはあ…ねえ…ええっと、シャドー!」
(シャドー?そいつは俺の名前か?)
下り坂を走る中、誠は『彼』をゴーストと呼び、初めて名前で呼ばれた(といっても、本当の名前なのかわからないが)『彼』は驚きの声を上げる。
「うん…いつまでも名前がないのは気持ち悪いからね。それで…今、見えた光景は何!?)
頭痛と共に見えたあの光景を見せたのはシャドーだと思った誠はそう決めつけて彼に尋ねる。
(…どうやら、俺のように人間にとりついた奴がいるみてーだな)
「とりつくって…!?」
(あたりまえだろ?俺のようにお前にとりついた奴がいるんだ。同じようなことをする奴がいてもおかしくねーだろ!?)
「ああ…!!」
橋を渡り、鯱瓦公園に到着すると、そこには肌が青く染まって気を失っている人々がおり、この公園の中央あたりにあるトレードマークの鯱瓦のそばで警察官ののど元にかみつき、血を吸っている吸血鬼男の姿があった。
たおれている人々の首筋にも、噛まれた痕がある。
「や…やめろーーー!!」
あり得ない光景に一瞬フリーズしていたが、正気を取り戻して警官を救おうと飛び出す。
「邪魔を…するなぁ!!」
吸血鬼男の拳が誠の腹部にめり込む。
人間とは思えない重い一撃を受けた誠は吹き飛ばされ、木に激突する。
「カハッ…!うう…」
腹部から伝わる激痛を涙目になって耐えながら、誠は立ち上がって再び吸血鬼男に迫る。
「やめ…ろぉ…」
(おい、何やってんだ!?あんな奴ほうっておけばいいだろ!?)
「嫌…だ!」
吸い終えた吸血鬼男は警官を投げ捨てると、迫ってくる誠の胸ぐらをつかむ。
そして、口を広げてゆっくりとそれを誠に近づけていく。
(てめえ、俺と心中するつもりかよ!?)
噛まれて、ゆっくりと血を吸われる誠にゴーストは怒りの声をぶつける。
自分では勝てないような相手に立ち向かう誠の行動が全く理解できなかった。
「う、うう…僕、は…嫌だ…」
血を吸われながら、誠はある光景を思い出す。
ある神社近くの銛の中で、倒れている自分の目の前で何者かに剣で腹部を貫かれ、そのまま連れていかれる黒い髪の少年の姿を。
自分の中に深く残る苦い記憶を。
「逃げたく…ない…。僕は…誰も手からこぼさないくらい…強く、なりたい…」
(あああああーーーー!!!!)
急にシャドーが大声を上げると同時に、誠の体から青くてまぶしい光を発する。
光を間近で見てしまった吸血鬼男の目がくらみ、左手で目を隠しながら苦しんでいる隙に誠は吸血鬼男の拘束をほどき、距離を置く。
「シャドー…」
(わかったよ!てめえが死んだら俺も死んじまうんだからな、だったら力を貸してやる!それに、こいつにとりついている奴はデュエルで勝たねーと解放できねー!)
「デュエルで…」
ふと、無意識に持っていたカバンに目を向け、その中にあるデュエルディスクとデッキをセットする。
すると、デュエルディスクから青い光が発し、その光の中で誠の姿が変化する。
「こ、これって…!」
ようやく追いついた直葉は青い光の中で姿を変えていく誠の姿を目にする。
髪形がロングヘアーに変わっていき、服装も青の某特撮番組のライダーのようなものへと変わり、顔は黄色いバイザーと青色のヘルメットに隠されていく。
「この姿は…?」
光りが消えると、誠は青い手袋に包まれた自分の手とロボットのガントレットのような形に変化した自分のデュエルディスクを見る。
(お前の中にある願望を実体化させてやったんだ。感謝しろよ。それから、今のデュエルディスクの中にあるデッキもお前の願望をベースにして作ってやったんだ)
「カードを作った…!?」
シャドーの言葉を聞いた誠は半信半疑でデュエルディスクの中にあるカードを見る。
それはいつも使っている魔法使い族デッキではなく、人型ロボットを中心とした機械族デッキだった。
そして、エクストラデッキの中にあるカードを注視する。
「《C.C.(コンステレイト・コマンダー)ジェニオン》…?」
K県立霧山城高等学校
場所:県道30号線バス停「霧山城高校前」から西へ徒歩1分
霧山城市にある、誠や直葉らが通う高校。
普通科、美術・工芸科、数理科の3つの科で構成されており、偏差値は平均的。
100年近い歴史を持っており、霧山城市に暮らす高校生はだいたいこの学校の生徒。
部活に関しては寛容であるためか、たまによくわからない部活動が存在し、オープンスクールやガイダンス時に見学者や入学者を困惑させることもしばしばあるとのこと。