《デコード・トーカー》の一撃を受けたジャックドーが路上へ転落する。
転落した彼の元へ、プレイメーカーとジェミニがやってくる。
「て、てめえ…らぁ…」
「Ai、やれ」
「了解ー!」
デュエルディスクからAiの顔を模した大きな蛇のような体が出てきて、ジャックドーを食らい始める。
ゴリゴリと生々しい音が響き、間近で聞くジェミニは顔を青くする。
食い終わり、AIは口からカード状のプログラムデータを吐き出すと、またデュエルディスクに戻った。
そのカードをプレイメーカーは手に取ると、デュエルディスクに装着する。
「草薙さん、このカードのデータを…」
「了解だ。まずは彼のガールフレンドを…」
草薙はプレイメーカーのデュエルディスクから送信されたプログラムデータをコピーし、それを病院に置かれている直葉が使用していたデュエルディスクにハッキングして送り込む。
「ブルーエンジェルの時のことを考えたら、これですぐに彼女は意識を取り戻せるはずだ。よく頑張ったな、誠君」
「草薙さん…」
「ログアウトして、行ってあげるんだ」
「…はい!」
うなずいたジェミニはすぐにログアウトし、LINKVRAINSから姿を消す。
嬉しそうに笑いながら消えたジェミニをプレイメーカーは口角をわずかに上げてみていた。
「あれー?プレイメーカー様、まさか笑ったー?」
「笑っていない」
すぐに元の調子に戻ったものの、ばっちりその顔を見ていたAiはニヤリと笑う。
「なんだ?その笑いは」
「べっつにー、プレイメーカー様って、冷血名だけじゃないんだなーって思ったのさー」
「ふん…いつまでそこで見ている」
振り返ったプレイメーカーはそこで立っているリボルバーの姿をじっと見る。
お互いににらみ合うが、デュエルディスクを展開し、デュエルをしようという気配がまるでない。
「奴を…倒したようだな」
「ああ…」
「貴様は我々の敵、それは変わらない。今も…これからも…」
「そうだ。お前たちに復讐するために、俺は戦っている。味方になることはない」
ハノイの騎士にすべてを奪われたプレイメーカー、遊作には彼らと和解するつもりは毛頭ない。
少なくとも、今も見つからない『友』を見つけるまで、暗闇に閉ざされた『彼』を救うまでは。
そして、リボルバーらハノイの騎士も、Aiを持っているプレイメーカーがそれを渡さない以上は戦うほかない。
「だが、同志達を救ってくれたことに関しては礼を言う。それだけだ」
そう言い残すと、リボルバーは姿を消す。
「リボルバー…(俺も、今回助けれくれたことだけは礼を言わせてもらう)」
彼がいなくなった場所を見つめたプレイメーカーもログアウトし、同時に痕跡が草薙の手で消去された。
「ん…ん…」
病室の中で、ゆっくりと直葉が目を覚ます。
ここがどこかはっきりとわからず、視界がぼやけている彼女は頭を動かして周囲を見る。
ようやく視界が元に戻ったことで、自分が今、病院に中にいることを理解できた。
「そうだ…あたしは!!」
「直葉!!」
病室に入ってきた誠は目を覚ました直葉を見る。
息を切らしていて、体は汗でびっしょりと濡れている。
ログアウトして、戻ってきたあの路上から一生懸命走ってここまで来ていた。
最初は落下しながらのログインであったため、戻ったと同時に地面に激突してしまうのではないかという心配があったが、なぜか自分たち3人は草薙のトレーラーの中にある椅子に座らされた状態になっていたため、大丈夫だった。
草薙曰く、ログインしている状態の誠の体がなぜか動いて彼らをここまで運んだとのこと。
「誠…君…もしかして、あたし…」
「直葉…ああ、よかった…!」
その場に座り込んだ誠は直葉が目覚めたことへのうれしさから涙を流し始める。
自分に何があったのか、ようやく理解した直葉はベッドから出て、彼のそばに行く。
そして、泣いている誠の両頬をつねって、引っ張る。
「ふぇ…!?」
「もう、こういうときは泣くよりも笑わないと。ちっちゃいころみたいに泣き虫なんて言われちゃうよ?」
引っ張られてびっくりした誠の涙が止まり、じっと直葉を見る。
「あたしを助けてくれたんだよね?ありがとう、誠君」
「直葉…。当然だよ、幼馴染だから…」
笑おうとしている誠を見た直葉は頬から指を離した。
翌日の朝、病院の前で退院する直葉を待つ誠は菊岡とスマホで連絡を取っていた。
「それで…やはり彼も同じく」
「はい。やったことについての記憶はないみたいです。ただ、悪いことをしたという実感はあるみたいで…」
直葉が目覚めたのを確認し、再度トレーラーへ戻った誠はログアウトし、目を覚ましたジャックドー、大原信也の様子を確認した。
先日のあの吸血鬼男の時と同じように、精霊に憑依されてからプレイメーカーとジェミニに倒されるまでの記憶を失っていた。
なお、彼にとりついていたと思われる精霊《BF-黒槍のブラスト》のカードは誠の手元にあり、彼のデッキを確認すると、憑依されていたときに使っていたBFのカードは一枚もなかった。
これも、吸血鬼男と同じだ。
「とにかく、今回の件はこれで終了だ。ご苦労様」
「その…ありがとうございます。直葉の両親に、今回のことをごまかしておいてくれて…」
ジャックドーにさらわれ、意識を失った直葉が入院したという話は彼女の両親には当然伝わっている。
しかし、両親がDen Cityに来ることはなく、病院に訪れることもなかった。
どういう手段を使ったのかわからないが、菊岡が手を回してくれたらしい。
「いや。気にするな…。じゃあ、もうすぐ患者が来るから、失礼するよ」
電話が切れると同時に、直葉が病院から出てくる。
「お待たせ、誠君」
「ううん、それで…異常は?」
「大丈夫。検査を受けたけど、体は特に異常はないって」
「よかった…。あ、これお土産で…」
異常がなかったことに安心した誠は直葉に紙袋を渡す。
開けると、肉とソースの香りが直葉の鼻に伝わる。
「あ…あのお店のホットドッグ!」
「退院祝いに買ってきたんだ」
「そっかぁ。ありがとう、誠君!」
本当は草薙から退院祝いでただでもらったものだが、いろいろと隠さなければならないことがあるため、黙っていた。
(確か、今日は駅前広場で店をやるって言ってたから、買いに行くついでにお礼を言わないと)
病院前公園の空いているベンチに一緒に座り、紙袋の中のホットドッグを2人で一緒に食べ始める。
ビルについている大型のモニターにはニュースが流れている。
(今回のことは、きっと報道されないかも)
草薙から聞いたが、今回のデュエルやジャックドーに関する痕跡はすべて彼と遊作の手で消去された。
被害者の中にはハノイの騎士が存在し、おまけに誠はそこで遊作と共闘することになった。
このまま放置していたら、ハノイの騎士に誠がプレイメーカーの味方だと誤認され、危険を与えてしまう可能性がある。
あとは誠がDen Cityを離れ、LINKVRAINSに入ることがなければ、少なくとも狙われることはない。
誠の予想通り、モニターに流れるニュースで、ジャックドーに関する者は一切出てこなかった。
「誠君も早く食べないと。冷めちゃうよ」
「あ…うん。すぐ食べるよ」
(ったく、こいつら…これでも幼馴染なんだよな…)
誠の中から2人の様子を見ているシャドーは仮に実体を得られたなら、ブラックコーヒーを飲みたいと思っていた。
「父さん。救出した彼らは…?」
「全員、意識を回復した。念のために身体のチェックを行っているが、おそらく明日にはLINKVRAINSを自由に動くことができるだろう。プレイメーカーに借りを作ってしまったな」
緑色のサイバー空間の中で、鴻上は次々と表示される映像を指で操作し、今回のジャックドーの騒動で被害に遭ったハノイの騎士たちのデータを確認する。
その映像の中には、プレイメーカーとジェミニ、ジャックドーのデュエルの一部始終も映ったものもあった。
「申し訳ありません。結局、私1人だけで解決できなかった…」
「いや、お前のせいではない。それに、今回の一件で手に入ったデータ、そしてスペクターのデータで、これからの計画を立てることができる。怪我の功名と言ったところか」
「では…」
鴻上の言っていることを理解したリボルバーは拳を握りしめる。
もうすぐ、自分たちの悲願であるサイバース滅亡、そしてLINKVRAINSの崩壊を果たすことができる。
「その前に、確認のために聞いておく。プレイメーカーと共に戦った男、ジェミニは…」
「はっ、ジャックドーと関係があると思います。しかし、彼は先日までLINK VRAINSには存在しなかったアカウント。そして、彼の身元は…」
3人のデュエルの映像の隣に、誠のパーソナルデータが表示される。
「現状、LINK VRAINSはDen Cityでのみ、入ることができる。彼がDen Cityを離れる。彼の身分、霧山城市との距離を考えると、彼が再びここへ戻ってくる可能性は低い」
「では…」
「ジェミニは脅威に非ず、だ」
鴻上はデュエルの映像、そして誠のパーソナルデータを消去した。
「そうか…帰るのか」
昼のDen Cityの駅前広場で、草薙は残念そうに誠と直葉の話を聞く。
「はい。明日から学校ですから…」
「そうか。確かに今日が3連休の最後の日だからなぁ…。また来てくれ、うまいホットドッグを作って、歓迎するぞ」
「ありがとうございます、草薙さん」
できたばかりのホットドッグが紙袋に入れられ、誠に手渡される。
2人の旅行バッグは小遣いで買ったDen Cityのお土産がたくさん入っている。
このホットドッグは昼ご飯替わりに帰りに食べることになる。
種類が違うとはいえ、草薙のホットドッグを食べるのはこれで3回目になるが、すっかり気に入ってしまった2人にとってはどうでもいいことだった。
「ねえ。誠君と草薙さん、だいぶ打ち解けているように見えるけど…」
「き…気のせいだよ」
「ふーーん…」
人見知りな誠が他人とこうして打ち解けて話すことは珍しいため、どうしても怪しいと思ってしまう。
特に、草薙とは2日前に会ったばかり。
そんな彼とこのように会話するのは、彼女の知っている誠には不可能な芸当だ。
「まー…いいや。じゃあ、ホットドックいただきまーす!」
そろそろ電車の時間であるため、考えるのを辞めた直葉は先に駅へ向かっていく。
「あ、待ってよ直葉!草薙さん、その…ありがとうございました!遊作君にも、よろしく伝えておいてください!」
草薙に頭を下げた誠は直葉を追いかけるように駅へ向かっていく。
「ありがとう、か…。お客さんや遊作以外から初めていわれたな。にしても、遊作はどこへ行ったんだ…?」
(本日は、Den City駅のご利用、誠にありがとうございます。まもなく6番線リンクランナーが発車します。危険ですので、黄色い線の内側まで…)
霧山城市へ帰るための新幹線、リンクランナーに乗り、直葉が携帯で友人や家族にこれから帰ることの連絡をしている間、誠は窓から外の景色を見ていた。
(憧れのDen Cityとは、これでお別れか…)
MyTubeでLINKVRAINSのデュエルを見て、誠はずっとこの街とそのサイバー空間にあこがれを抱いていた。
事件に巻き込まれたものの、それでもこの街に来ることができ、そしてスピードデュエルをすることができた。
そして、実際にプレイメーカー、藤木遊作と出会うこともできた。
(遊作君…見送りに来なかった。彼らしいと言えば、そうかもしれないけど…)
今日は祝日で、多くの学校では休みになっており、草薙曰く、彼の今通っている学校も今日は休みになっている。
草薙以外の人とあまりかかわらず、興味を持たない彼はだれかを見送るということをしないのだろう。
リンクランナーが動き出し、西の方角へと進んでいく。
「あれは…!?」
軽い頭痛と共に、窓にはなぜかプレイメイカーの姿が浮かび上がる。
彼は何も言わずに、右の拳を誠に向けていた。
どういうことなのか、論理的には分からないが、今の誠にとってはどうでもよかった。
誠は拳を窓にそっと当てた。
「おーい、遊作。何のんびり寝てんだよ。見送り、いーのかー?」
Den Cityの展望台付近の草むらで横になっている遊作にすぐそばにいるAiが声をかける。
普段外出するときは家の中にある物入れに鍵をかけたうえで置いておくため、草薙やハノイの騎士関連の用事以外でこうして一緒に外出することはめったにない。
遊作はAiの質問に答えることなく、ただ空を眺めるだけだった。
今日は快晴で、雲一つない青空が広がってる。
眺めている遊作にも、誠と同じような頭痛が発生し、青空にジェミニの姿が浮かび上がる。
(そうか…別れのあいさつのつもりか)
普段ならそんなものに興味を持たない遊作だが、今回はタッグデュエルということで一緒にデュエルをしたという経験があることからか、少しだけ誠に対して親近感を覚えていた。
草薙以外でプレイメーカーの正体が自分だということを知っているのも大きいかもしれない。
ジェミニが遊作に拳を向け、遊作もそれに向けて拳を向ける。
「負けないでね…」
「負けるなよ」
お互いに窓と空に浮かぶ幻影に向けてつぶやく。
同時に、それらの幻影は彼らの眼から嘘のように消えていった。