誰かから聞いた事がある。『運命を変えることが出来るのは人間だけだ。』―この言葉を聞いた時はよく意味が分からなかった。
最近の幻想郷は実に平和だ。ここ2年は異変が起こっていない。俺がここに訪れた後は専ら1年に2回は発生していたものだが。そう考えながら紅茶を口に運ぶ。昨日紅魔館に寄った際に貰った茶葉を使っている。やはり人里市販の物よりは香りが良い。勿論、美味い。
自室の窓から外を覗き込む。いい天気だから、人里をぶらぶら散歩するのも悪くないな。
身支度をさっと済ませ、早速外に出る。最近は人里で服を揃えるようにしている。と言うのも、紫さんを見かける機会が無かったので外の世界の服を頼む事が出来なかった。彼女の事をよく知っている霊夢に聞くと、家で寝ているらしい。妖怪の賢者ともあろう方がそんなのでいいのか…。
「……っと、射命丸さん?」
道に出ると、そこには射命丸さんが立っていた。彼女も最近あまり見かけなかった。新聞もここ数週間は配られていなかったのでてっきり休載しているのかと思っていた。
「こんにちは。突然ですが、今日は貴方に伝えたい事がありまして。」
「伝えたい事? 新聞辞めちゃうの?」
「……貴方にとっては、きっとそんな些細な事ではありませんよ。あと新聞は辞めません。」
少し呼吸を整え、射命丸さんはキッパリと言い放つ。
「貴方の母である1人の鴉天狗が、今日処罰を受けます。天狗の里からだけでなく、幻想郷からの永久追放になるでしょう。」
その言葉を聞き、少し思考が止まった。
「貴方も知っての通り、最近妖怪の山に怪しい神社が移転してきたのです。」
「あ、ああ。少し前に話題になっていた山の神社か。それが、その……」
いきなりの話で、頭が追いつかず、心は落ち着かない。
「その一件で天狗の里に混乱が生じました。鬼が去った後、妖怪の山は我々天狗が統治していたからです。話せば長いので手短に。その混乱を乗じて、彼女は事もあろうに逃亡を企て、実行しました。」
「ちょっと待ってくれ。母さんは……妖怪の山に住んでいたのか?」
あれ、今『母親』の事を『母さん』って言ったのか?……兎に角、母親の居場所を今まで聞いた事が無かった。1度紫さんに聞いたが答えてくれず、それっきりだった。
「ええ、勝手に里を抜け出した罰として少数の監視の元、彼女自身の家で暮らしていました。」
「そうだったのか……。」
「2度も罪を犯した事で、天魔様もお怒りだった様です。その結果、幻想郷から追放という形で処罰が決まったとの事です。」
「そ、それじゃあ、今日で母さんは幻想郷から出ていくのか? そんなの……あまりにも酷すぎる!」
感情を抑えきれず、つい声を荒らげる。まだ1度も会ってないのに…まだ名前すら思い出してないのに。
「ですけど、まだ処罰を変えられます。」
「え、それはどういう事だ?」
「はい。天魔様は寛大です。『もし彼女の息子が助けに来て、天狗として1人前の力をつけていたならば免除してやろう。』と仰っていました。」
「……本当なのか?」
にわかに信じ難い話だ。処罰を決定したにも関わらず、何故処罰を消す様な条件を持ってきたのか?
「最初は許す気は無かったようでした。しかし、2度の逃亡の理由を問うと『子供に会いたい』と仰ったらしいです。それが恐らくきっかけかと。」
きっかけにしては不自然すぎる。だが、この処罰が今日と聞いた。今は昼を既に回っている。時は一刻を争う。もはや、話の真偽を気にかける時間は無かった。
「……行くよ、俺は。何が何でも母さんを助ける。それが俺にしか出来ないのなら尚更だ。」
「貴方ならそう言うと思いました。天狗の里は妖怪の山にあります。紅魔館の北です。急いでください。」
「射命丸さん、教えてくれてありがとう。」
最後にそう伝え、急いで北側へ飛び立つ。ここから全速力で行けば、そう時間はかからないはずだ。
「感謝される事はありませんよ。」
1人残った射命丸さんは呟く。
「だって……貴方を死へ導く様なものですから。」
飛び立ちはや数十分。妖怪の山に到着して中の山道に沿って飛ぶ。実はここには初めて来た。危険である事と、単に用事が無かったからだ。天狗の里もどこにあるのかは分からないが手当たり次第に飛ぶ。悩んでいる時間さへ惜しい。
「そこを止まれ、人間。」
目の前の別れ道に複数の男が立っていた。白い服を着た、頭には耳が生えている。おそらく人間では無いだろうと推測出来た。
「急いでいるんだ。頼むから退いてくれ。」
「君が例の人間だと分かっているぞ。母を助ける為だろうが……ここから先は通しはせんぞ!」
相手は刀、盾をそれぞれ構える。男性はあまり弾幕ごっこをやらないと言う話は本当らしい。
「邪魔をするなら、排除するまでだ!」
「人間の分際でそんな事ができるかな!」
相手は3人。それぞれ右、左、前方から襲いかかってくる。数では圧倒的に不利、単純な力比べでも恐らく負けているだろう。
「動きを止めれば……!」
魔導書を展開する。これは展開する事で詠唱の補助をする事が出来、素早く魔法を出すことが出来る優れモノだ。少し前にパチュリーから貰った代物だ。早速、複数の鎖を精製。それを巧みに操り、相手の手や足を封じ込める。
「しまった!?」
予想外の攻撃だったのか、相手は3人共にまんまと捕まる。……というか、こんな細い山道で男3人横並びだと攻撃を躱せないだろう。
「待て、通すわけには……」
「……暫く大人しくしておいてくれ。」
そう言い俺は銃を精製、相手に弾を撃ち込む。この弾は対妖夢戦で使った、相手の妖気を乱す効果がある。殺傷力には全く期待出来ないが、相手の意識を一時的に乱す事が可能だ。相手もその弾を喰らって気を失ったらしい。
「こいつらは天狗……なのか?」
気を失った彼らの服装を見ると、射命丸さんと何処か似通っている服を来ている。耳が生えている所は違和感があるが。服の件と、俺の事を知っていることから天狗、あるいは天狗と親しい妖怪と見て問題ないだろう。
兎に角、彼らが守っていた方の道へ進むしかない。時は無慈悲に進んでいく。
「ここが、天狗の里……」
暫く飛んでいると少し古びた立看板を発見する。それには『天狗之里』という文字がしっかり刻まれていた。
そこは入口の様だ。俺は心を落ち着かせ、中の道を進んでいく。鳥のさえずりやどこからか川のせせらぎも聞こえてくる。入口を抜けた先には、人為的な建物が広がっていた。
「来たか。思っていた以上に速かったな。」
入口を抜けた先には白髪の女性が立っていた。服装は射命丸さんよりずっと華麗であった。
「戦いの準備は出来ているか? まあ、出来てなくとも問答無用で連れていくが。」
「……!?」
前に居たはずが突然後ろから声が聞こえてくる。振り返ると、彼女がそこに立っていた。目の前で見ていたはずだったが、全く気が付かなかった。一瞬で手を掴まれ、上空に飛ばされた。というより、投げ飛ばされた。
「な、何が起こって……ふぐぅ!!」
数秒経った後に地面に激突する。頭をさすりながら周りを見渡すと、ここは天狗の里の建物の様だ。天井は無く、床に激突したみたいだ。
「何だ、ここは……?」
辺り一帯からざわつきが起こっていた。よく周りを観察すると、ここはどうやら正方形の格技場みたいだ。綺麗な石で作られた床を中心に、囲むようにして座席が設けられていた。無論、そこには何人もの天狗が座っていた。
「まさか、本当に来るとはな。」
後ろから声がした。すぐに振り返り確認するとそこには
―1人の天狗が立っていた。服装は射命丸さんの物と酷似しており、腰には刀が2つ備わっている。何しろ顔には面をつけていた。夏祭りの屋台に出ている天狗の面と全く同じものであった。
「全く。母親を見捨てていれば、お前さんは人里で安心な生活を送れたものを。」
「……どういうことだ?」
「何、簡単な事だよ。今からここで君を殺すのさ。天狗の力を示せと聞いたのだろう?」
「お前を倒せば、証明されると?」
問い直すと、その面の男は大きな声をあげて笑う。
「お前さんが儂を倒すだと? ……ハッハッハ! 冗談だけは1人前だ。だが冗談は所詮言葉の戯れ言。そんな事は不可能。」
辺りの観客らしい天狗達も一斉に笑い出す。この男が只者では無いのか、俺が舐められているのか。もしくは、その両方なのか。
「さあ、どうする? 見逃して欲しいのならそうしてやろう。儂も弱者を痛めつけるのは趣味じゃない。無論、母親は諦めて貰うしかないが。」
「さっきから1人で喋っているけど、一言も見逃してほしいと頼んだ覚えは無いが。」
売り言葉に買い言葉。俺は母さんに会うために幻想郷に来たんだ。その目的を忘れるほど阿呆では無い。
「死に急ぐか……。その姿勢ならば、折角の長寿も必要無いだろう。人間なんて、100年も生きることが出来ない憐れな生き物だからな。」
「死に急いでいるものか。俺は目的を果たす為、お前を倒すまでだ!」
「人間風情が! 天狗を舐めるな!」
相手の男が大きく声を荒らげる。
「俺は藤村大樹。お前を倒して、目的を果たす者だ!」
「名乗るとは、中々肝が座っておる。死人に名乗る義理は無いが……。儂は『羅刹』。何しろ、人間風情に『お前』呼ばわりは気分が悪いわ!」
お互い得物を握り、決闘が始まる。相手は腰に帯刀していた2本の刀を構える。こちらは先程と同様に、魔導書を構える。
「……はっ! 大口叩いていた割にはそんな玩具で闘うのか。こりゃ傑作だぁ!」
「馬鹿にしてろ。その玩具で負ける屈辱を味わえ!」
こちらも口が自然に悪くなる。相手を挑発するのは定石だが、逆にスイッチを入れられるとまずくなる。羅刹は刀を構え、こちらに走り込んできた。どうやら遠距離を警戒して間合いを詰めてきたみたいだ。
「近づけさせるか!」
魔力を体内の霊力から瞬時に変換。詠唱を唱え武器を精製。複数の銃を構え、羅刹に向かって銃弾を撃ち込む。
「フンッ!」
羅刹は目で見て弾を斬ろうとする。名前の通り、剣術がメインみたいだ。ならこちらは遠距離からじわじわ攻撃すれば良いだけだ。
数弾は遮られたようだが、十数発撃ち込まれた羅刹は全てを斬り落とせず、複数が体に直撃した。
「何、体がっ!?」
あの弾を一発でも当たれば気が乱され、意識を飛ばす程の代物なのだが相手は少し体のバランスを乱した程度らしい。だが、その隙を見逃さない。
「そこっ!」
その瞬間に鎖を精製し、先程の様に相手の手足を縛る。羅刹の両手両足を捕縛する事に成功した。相手が抜け出そうと藻掻く最中、銃口をもう一度彼に向けて、ありったけの弾を撃ち込んだ。流石に耐えれなかったのか、相手の頭ががくんと落ちる。
「やったか…?」
周りの観客からどよめきが生まれる。この間、おおよそ3分も経っていなかっただろう。
「……フンッ!」
少し観客に気を取られていた隙に、羅刹は動き出していた。鎖もいとも簡単に引きちぎり、先程まで怒りを表していた表情も変わっていた。
「お前さんを舐めていた。完全に。あの攻撃は並の天狗達であったら耐えれなかっただろう。……うむ、実に筋がある。お前さん、中々強いじゃないか。」
羅刹の顔には笑顔が生まれていた。命をかけて闘っている最中にこんな顔を見せるなんて。
「……あれを耐えれるのかよ。」
「腕はあるが、如何せん火力が足りておらんな。儂を殺す覚悟でなければ、お前さんは儂を倒せんぞ。」
「お前さんじゃない。俺は藤村大樹だ。」
「まあ、そう怒るなよ。どのみち藤村大樹は儂に殺される運命。そんな事を気にしておったら、楽に死ねんぞ?」
強さを認めてくれて、大いに褒めてくれるのは嬉しいが……。先程よりもずっと格下扱いをされている気がする。
「それなら、もう一度!」
先程の銃、鎖をもう一度羅刹に叩き込む。今度は一気に攻撃を仕掛ける。
「同じ手はもう効かんわ!」
相手は全ての銃弾を斬り落とし、鎖をバラバラに刻んだ。下方向以外の方向からの攻撃にも関わらず、全ての攻撃に対応された。
「では、行くぞ。」
相手は猛スピードでこちらへ接近する。牽制を入れるが、全く止まる気配が無い。このまま攻め込まれては非常に不利だ。
「させるかっ!」
「ムッ!?」
相手の目の前に巨大な盾を精製する。質量が大きい分、魔力もかなり持っていかれるので使いたくはなかったが。普通の盾ならば斬られていた気がした。
「ほほう、これは分厚いな。剣が通らぬ。」
鋼と鋼がぶつかる音がした。こんなものを斬ろうとぶつけてもあの剣は折れないのか。兎に角、相手が戸惑っている間にもう一度攻撃を仕掛ける。
「だが、これではそちらも攻撃出来んだろう。こんな大きな物を前に構えて、前が見えておらんだろうに。」
そう言いながら、羅刹は盾を登っていく。何故登れるのかは置いておくが、今は背中が狙える。
「そこだっ!」
羅刹の背中にレーザーを撃ち込む。盾を精製した後に半自動砲台を既に準備しておいた。俺は半自動カメラのお陰で相手の動きを捉えることが出来ている。
「なぬっ!?」
流石に効いたのか、羅刹は盾から降りて、一旦距離を置いた。その間に精製した盾をまた魔力に変換して、フィールド上から消した。因みに物体を魔力に変換できるのは魔力で作られた物体のみである。
「……これは本気を出すしかないか。」
相手は剣を鞘に収め、抜刀の構えに戻る。これに備え、こちらも1本の刀を用意する。周りの観客の声が一斉に静まり返り、物音1つもしなくなった。
静寂に包まれた闘技場には俺が剣を握り直す音が響いた。その瞬間、羅刹は突然目の前に迫ってきた。
「このスピードはっ!?」
その速度は天狗の里の入口で出会ったあの白髪の女天狗で味わったばかりだ。この尋常では無いスピードに反応する事が出来なかった。
羅刹はこちらを捉え、剣を振り下ろして来る。咄嗟に防御に構えたが―こちらの剣先が斬られてしまった。
剣先は勢いよく飛び上がり、俺のすぐ隣で床に刺さった。それと同時に俺の左肩に斬撃がはいった。
「勝負あり……だな。」
羅刹は尚もこちらに刃を向ける。傷は尋常では無い痛さを伴って俺を襲った。悶えながら後退りする。
「剣術がまるでなっておらん。そのような構え方だとすぐに剣が折れてしまうわ。」
「くっそ……。」
「だがお前さんの健闘ぶりは見事なり。遺言くらい聞いてやろう。」
今すぐにでも反撃したい所だが、傷の回復が間に合わない。それに段々目が霞んできた。
「こんな…クッ……ところ、で。」
「最早意識も失いそうになっておるな? 天狗にしてはあまりにも体が弱すぎる。人間ならば致命傷だがな。」
そっと目を閉じる。善戦はしただろうが、結局は敵わなかった。どうやらここで殺されるのが最期みたいだ。
「何寝ているの?」
ひどく懐かしい声を聞いた気がする。
「その、声は……萃香か?」
まだ息が上がっている俺はその声に起こされ、目を開ける。すると目の前には萃香が居た。霧状になっているらしいが形は微かに捉えることが出来た。
「おいおい、羅刹。さっさと済ませろよ〜。」
周りからは観客の野次が飛び交う。羅刹の方に目をやるとこちらに剣を振り下ろし、とどめを刺そうとしていた。が、その剣は萃香が握っていた。
「お、おい。萃香、手は大丈夫なのか?」
「こんな状況に置かれて他人を心配するの? 私は大丈夫よ。あんな剣じゃ私に傷一つ付けられないね。」
「と言うか、何で此処に……?」
ここは天狗の里。萃香が何故居るのかは分からないし、そもそもここに来た時に萃香の気配を感じなかった。
「助っ人に、ね。貴方が闘うのは少し意外だったから来るのが遅れたわ。」
どうやら味方と考えても問題ないだろう。
「まあ兎に角、貴方の足枷となっているものを外すわ。全く、貴方の母親も酷い術をかけるものねえ。」
萃香はそう言いながら俺のおでこに手を当てる。萃香はその手で何かを剥がした。
「痛っ!!」
「これが術の正体ね。ほら、見なさい。貴方の頭にはこんなものがかかっていたのよ。」
萃香が見てきたものを凝視すると、何かの御札の様だ。中心には大きく『封』と記されており、その周辺には記号の様な小さい文字が並んでいた。
「これは一体……?」
「貴方の天狗としての能力、そして貴方と母親との記憶を閉じ込めていたようね。」
「そんなものが何故?」
「さあ? それはこの勝負を終わらせたら聞けるでしょ?」
そうこう話している内に、先程の傷がみるみる癒えてくる。傷跡も目で見てわかるように塞がっていく。
「一体さっきから何1人で喋っておるのだ? 気持ち悪いぞ?」
2人の会話を遮るように、羅刹が問いかける。羅刹にはどうやら萃香が見えていないらしい。
「ぶちかましてやれ、大樹。貴方なら出来るわ。」
「ああ、ありがとう萃香!」
勇気づけられ、気がつくと体中から妖気が漏れ出す。尋常ではない力が湧いてくる。
「お前……その髪の色は!!」
羅刹が怒鳴る。不思議に思って自分の前髪を見てみると―何故か黒色から白色に変わっていた。その色を別の何かで例えるとするならば―
「……実に不愉快だ。お前の母親そっくりの髪色にしおって!!」
羅刹は1度距離を取り直し、再び抜刀の構えにはいった。
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