「飛鳥ちゃん、どうかしたの?」
声をかけてくるのは同じ忍学生の仲間である雲雀ちゃん。わたしの様子がおかしいと気づいたのかお箸の先を口に咥えたまま首を傾げている。
今の時間はちょうどお昼時、みんなもそれぞれのお弁当を広げて隠し部屋で集まって食べている。だけどわたしだけ未だにご飯に手を付けずにボーッとしていたようだ。
「う、ううん なんでもないよ雲雀ちゃん」
「でも、さっきから全然食べてないし…何か悩み事でもあるの?」
心配かけまいと笑顔で笑いかけるけど、雲雀ちゃんには無理しているように見えたのか気遣わしげにしている。…そんなに深刻そうな顔をしてたかな?
「なんだなんだ? 悩み相談ならアタイたちも力になるぜ!」
「話すだけでも大分気が楽になりますよ」
「かつ姉に斑鳩さんまで」
同じ部屋で食べてるものだから当然あとの2人にも聞こえる。柳生ちゃんに至っては何も言わないが何事かとこっちを見ている。こうなってくると素直に話さないと大事になりそうだし、別段そこまで隠すことでもないよね。
幼馴染説明中________
「ほうほう、告白か〜。飛鳥も隅に置けないな〜知らないうちに惚れさせるとはやるじゃないか!」
「うちの学園の野球部といえば、最近目覚しい成績を挙げて今も活躍中だとか」
盛り上がるかつ姉とは対照的に告白した男子が所属する野球部の情報をおさらいする斑鳩さん。そう、今朝方登校中にわたしはある男子生徒に告白されたのだ。校門についていざホームルームへ向かおうとするタイミングで呼び止められ、いきなりの「好きです!」という言葉が飛んできた。
正直な話、わたしが告白されるなんて思ってもみなかった。し、した事ならあるけど……。とにかく、突然の出来事で思わず呆然としてしまい、ようやく意識を取り戻して何か言おうとしたらその生徒は顔を真っ赤にしながら走り去ってしまった。
____ちなみにその男子はなかなか返事がない状況の羞恥に耐えられずに走り去った事は飛鳥が知ることはない。
「んでんで? 返事はしたのか?」
「葛城、聞き方がオヤジみたいだぞ」
普段は寡黙な柳生ちゃんがなんだか積極的に話に参加しているところを見ると意外に興味深々かもしれない。雲雀ちゃんに至っては「ほえ〜、オトナだぁ〜」と頰に両手を当てて続きを待っている。助けるを求めるように斑鳩さんを見ても同じく結果が気になるのか真髄に見返してくる。
「その、返事はまだしてないよ。ボーッとしてるうちに行っちゃったから」
「なんだよシャイな奴だな〜、けど飛鳥としてはそいつの告白受けるつもりなのか?」
そう、みんなが一番気になってるのはそこだ。忍学生とはいえ花の女子高生、色恋沙汰には年相応に興味があるものだ。ただ、わたしはあの男子のことはよく知らない。短く刈り上げた丸坊主の髪型、健康的に日焼けした肌、この二点の容姿を持ったクラスメイトや知り合いに覚えはない。辛うじて分かったのはさっき挙げた学校名を刺繍した野球ユニフォームで野球部に所属していることくらい。
ただ、あのあとのホームルームでクラスメイトに話したら…
_「それって鈴木君じゃない? 野球部のホープって言われてる」
なんでも野球部のメンバーは全員髪を短く切ってはいるが丸坊主の頭は意外と彼1人らしい。学校内では期待の新人と噂され、現に歴代の野球部の中でも素晴らしい快進撃を続けている。
「これだけ戦績を上げてるなら、将来はメジャーリーガーか? かなりの優良株じゃないか!」
「メジャーリーガーは流石に大袈裟だと思いますが、確かに優良ですね」
「それで飛鳥ちゃんはどうするつもりなの?」
どうする…か。正直気持ちは嬉しい。けどわたしは彼のことについてはほとんど何も知らない。それでじゃあ付き合いますなんて言えるはずもない。それにわたしには既に心に決めた人がいる。
「あのね________」
わたしの返事に期待する4人に自分の答えを明かす。もちろんその結論にみんなは驚愕と不満を示したがわたしはこれでいいと返す。
_____わたしだってそれだけ本気なんだから。
________________________
「はぁ、はぁ、……フゥー」
日課の修行を一通り終えて小休止を入れる。ここは近所の裏山、わたしが自主トレーニングに使っているお気に入りの場所だ。毎日欠かさず自宅からこの山まで走り込み、次に手裏剣術や歩法の練習に入る。
「よいしょっと……」
心地よい疲労感を感じ、近くの木に背をもたれさせ座り込む。そしておもむろにポケットから財布を取り出す。トレーニングに財布を持っていく人はあんまりいないけどわたしはこの財布を持ち出すのも日課なのだ。正確には財布ではなく、財布の中のものだけど。
財布を開くと中には一枚の写真が入っている。その写真には5歳くらいの男の子と女の子が写っている。何を隠そう、写っているこの2人は小さい頃のわたしと士郎くんなのだ。小さいわたしは満面の笑顔で士郎くんに抱きついていて、士郎くんは少し困りながらも穏やかに笑っている。………こうして見ると同じ子供に見えないよ。
そんなことを思いながら初めて士郎くんと出会った頃を思い出す。あの時はじっちゃんのお友達、今ではよく見知っている顔の雷画さんが遊びにきていたのだ。その際に士郎くんも同行していたのだがじっちゃんと雷画さんが何やら大事な話をしていたので話が終わるまで2人で遊んでたな。
家の庭じゃ狭かったので公園へ遊びにいったわけだがここでちょっとしたトラブルがあった。偶然同じ公園でよくわたしとケンカしていた子が遊び場を占拠していたのだ。
当時のわたしは既に忍としての修行を受けていたので当然ケンカも強かった。少なくとも同じ子供には負けないくらいの実力はあったと思う。そしてみんなの物であるはずの公園を独り占めしていることにひどく腹が立った。それも当然だ、せっかく出来た友達と遊ぶのを楽しみにしていたのに目の前でその機会を奪われたのだ。
懲らしめてやろうと殴りかからんとした時、わたしの拳は止められた。振るわれずに終わった手を見たわたしの顔はきっと驚愕に染まっていたことだろう。何故ならその手を止めたのは目の前の意地悪な子じゃなくわたしの後ろにいた士郎くんだったからだ。
わたしの顔を見て何を言いたいのか分かったのか穏やかに笑いながら…
__「他のところに行こう、ここじゃなくてもあそべる場所はあるんだろ?」
__「しろうくん……、でも」
__「おれは気にしてないから」
怒った様子もなく、不機嫌な雰囲気もなく、本当に気にしていない顔でそう言った。あの時わたしはとても悔しい気持ちになったのを覚えている。士郎くんに止められなければあの男の子をやっつけるくらい簡単な事。でも、止めた士郎くんにわたしはまるで自分の実力を信用されてないような気がして悲しかったのだ。
でも、ケンカにならないように穏便に済ませた士郎くんの気遣いを無駄にしたくなくて渋々わたしは大人しく手を引っ込めた。
だが、わたしの様子に調子づいた男の子がいつも負けている意趣返しに…
__「へっ! ざまあみろ。わかったらとっととでてけよ!」
煽り文句を飛ばしながら近くに落ちてた石を拾ってあろうことか投げてきた。彼の煽りに完全に頭にきたわたしは飛んでくる石を投げ返してやろうと構える……が、石を見ていたわたしの視界が遮られる。
もはや考えるまでもなかった。石を投げたのは男の子、わたしはまだ動いてない、なら答えは一つ。士郎くんがわたしを庇って飛んできた石を掴み取ったのだ。
__「………」
__「…っ! な、なんだよ!?」
男の子を見る士郎くんの目は鋭く細まっていて、まさに獲物を狙う鷹のように相手を射抜いていた。その視線と迫力に男の子は本能的に恐怖を感じたのか先程の威勢は消えて後ずさった。負けじと睨み返そうとしているが弱々しく、士郎くんの眼光の十分の一ほどの気迫もない。
__「100歩ゆずって公園を一人占めするのはべつにいい…、けどじぶんの身勝手でおんなのこに手をあげることは…」
石を掴んだ手を正面に持っていき、小指からゆっくりと開いていく。指が一本、また一本開いていく度にサラサラと砂がこぼれ落ちていく。手が完全に開かれる頃には砂は落ちきって掴んだはずの石がどこにもない。
__「…おれがゆるさない」
士郎くんのセリフと共にあの子もわたしも理解した。あれは砂ではなく粉々に握りつぶされた石だったのだと。男の子はその様を見て完全に沈黙し、士郎くんはそれに構わずわたしの手を引きながら公園を後にしたのだった。
遊び場所を公園から裏山に変えて、川辺で座り込んでいたわたしは何となく問いかけた。
__「ねえ、どうしてあのときとめたの?」
詳しいことは分からなかったけど少なくともあの頃の士郎くんは周りの子達よりも力はあったと思う。なのに彼は力ずくで公園を取り返すことはせず自分から退くことを選んだ。当時のわたしはそんな選択をする理由が分からなくてどうしても聞きたくなった。
__「ん? そうだな、さっき言ったとおりあそぶなら公園以外でもできるだろ? だったらわざわざケンカまでする必要はないとおもったんだ」
確かに遊ぶだけなら他場所でもできる、現にわたしたちは裏山の川でこうして楽しんでいるのだから。そして士郎くんは「それに…」と言葉を繋げて…。
__「おとこならおんなのこを守るものだからな」
その言葉を聞いたわたしは何を言っているのか理解できなかった。ケンカが人一倍強かったわたしは周りの子に頼られることはあっても自分が守られる必要なんてないと思ったからだ。士郎くんの言い分にわたしは侮られたように感じてつい言い返してしまった。
__「…わたしはまもられるくらいよわくないよ!」
__「うーん、つよいよわいの問題じゃないんだ。…なんて言えばいいのかな…」
ふくれっ面になったわたしに士郎くんは困り果てながらも言葉を探す。
__「あすかがつよいのは分かってるよ、そこを疑ってるわけじゃない。でもいくらあすかでも無傷でってわけにもいかないだろ?」
__「それは…そうだけど」
__「それはダメだ。おれは公園であそべなくなるよりあすかが傷ついてしまう方がイヤだ」
そこでようやく理解した。彼はただ目的よりもわたしの安否を優先しただけ…。思えばわたしはムキになりすぎてそんなことにも気づかなかった…子供だから仕方ないかもしれないけど。
士郎くんのその優しさに触れた時、わたしはこの子と友達になれて本当に良かったと心の底から思った。……ただこの後、わたしはとんでもない不意打ちを食らってしまったけど。
__「それにあすかだってかわいいおんなのこだから、つまらないケンカで傷つくのはもったいない」
__「えっ…?」
思考が完全に停止した瞬間だった。女の子同士なら言うかもしれないけどあの年頃の異性からは聞かない言葉だ。
__「かわいい?…わたしが?」
聞き間違いかもしれないかのように尋ねるわたしに士郎くんはきょとんとした。それだけでなく、まじまじとわたしの顔を覗き込みながら…。
__「…うん、どこからどう見てもかわいいぞ」
今度は思考がショートした。未だに見つめてくる視線にわたしは目を合わせられなくなり川の方へと逸らす。胸の内側から響く鼓動音と顔中に広がる熱に戸惑いながらも嫌な気がしないどころか心地良さすらあった。
…今思えばこの時からわたしは士郎くんに惹かれ始めたんだと思う。ただ、最初は自覚できずどちらかと言えばもっと彼のことを知りたいという気持ちが強かった。
__「そろそろいい時間だな。じいさんたちもはなしがおわってるだろうし、戻るか」
__「………」
__「あすか?…」
__「…あ、あのね! しろうくん」
…だからなのかこの時のわたしは大胆な行動に出たんだろう。うぅ、今思い出したら結構恥ずかしいよ〜。
__「てをつないでも…いい?」
__「? それくらいべつにいいぞ」
あっさりと承諾した士郎くんに対してわたしは妙に緊張したように差し出された手を握った。だってしょうがないじゃないですか! じっちゃんや両親としたことはあっても同い年の男の子と手を繋いだことなんてなかったんだもん!!……って誰に言い訳してるんだろ。
あの後、仲睦まじく帰ってきたわたし達をじっちゃんと雷画さん、そしていつの間にか帰ってきていた両親に出迎えられてみんなニヤニヤしていたのを今でも鮮明に覚えている。
士郎くんと雷画さんがそろそろお暇しようとした時にわたしが名残惜しそうにしていたのかお母さんがある提案を述べた。
__「そうだ、飛鳥 せっかく士郎くんと友達になれたんだし記念に写真撮らない?」
お母さんのアイデアにわたしは即座に頷き、早速準備に取り掛かった。おまけにお母さんってばいたずら心が働いたのか…
__「う〜ん、ちょっとイマイチねぇ。2人とももっと近寄って」
近寄るも何ももう肩が触れるくらい近いのにどうしろというのだろう? そんな迂闊なセリフを言ったせいで狙いすましたかのように続けた。
__「そうねぇ…飛鳥 、士郎くんに抱きついてみてくれる?」
__「え? こ、こう?」
__「うん! いい感じ、じゃあ撮るわよ〜」
以来、わたしはその時の写真をこうして忍ばせている。今も昔もわたしの大事な宝物なのだ。ただ、お母さんは写真を後生大事に持ってるのを知っているせいでたまに「あの時の飛鳥の笑顔はいつもより眩しかったわ〜」とからかってくることもしばしば……もう、お母さんのバカ。
いつだったかじっちゃんに話してもらったことを思い出す。わたしのお父さんがお母さんと一緒にいるために弁護士の道を自ら絶ってじっちゃんと寿司屋の道に進んだと。その話を聞いてからはわたしはほんのわずかに希望を持った。わたしもいつか士郎くんと……。
お疲れっした〜! でもまだ終わらんよ!!( ゚д゚) この幼馴染にはまだ後編が残されているゆえに。といっても展開上仕方ない処置なのですが( ;´Д`) では後編も頑張って書いてきます。うっ…なんか急に目眩が……あ…れ……?(バタっ)
???「「「………」」」