東方愚者録   作:暇人ギン

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一章 目覚め

───夢を見た気がする

 

ゆっくりと落ちていく自分

 

周りは暗く、何も見えない

 

意識はおぼろげで、体の感覚も無い

 

その中で、耳元で囁くように聞こえた言葉

 

「ようこそ、幻想郷へ…」

 

 

 

 

 

 

 

「…は…」

 

「…丈夫…」

 

「…なら…」

 

話し声がする。

 

うっすらと目を開けると、誰かが顔を覗くように見ている。

 

その後ろにも何人もいるようだが、ぼんやりとしていて顔は分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び目を開く。

まだぼんやりとしているが、何度か瞬きをすると視界ははっきりとしてきた。

 

「…ここは?」

 

見慣れない紅い天井、首を動かして回りを見ると、

天井だけでなく壁や床も紅で染まっている。

 

(いつの間にか眠っていたのか…)

 

誰かいないかと思い、男はベットから下りてドアへと向かう。

少し警戒しつつドアノブに手を伸ばし、ゆっくりと回す。

 

(開いている…な。)

 

鍵はかかっておらず、ドアは普通に開いた。

向こうは廊下へと続いているが、左右を見ても誰もいない。

このまま待っていても仕方ないので、男は適当に歩き出す。

 

 

 

 

 

部屋を出てから何分経っただろうか。

男が歩く音だけが廊下に響く。

建物自体が広いからか、さっきから同じ所を歩いているような感覚に陥る。

 

「…ん?」

 

ふと窓の外を見て見ると、丁寧に手入れされた庭が広がっており、

よく見ると、花壇に咲いている花に水をやっている

緑色のチャイナドレスを着た女性がいた。

 

丁度いい、そう思った男は窓を開ける。

下を確認して気づいたが、どうやらここは二階のようで、真下は植木が並んでいる。

 

「…よし。」

 

下を確認した男は窓に足をかけ、思い切って飛び出す。

普段だったらこんな事をしようとは思わないが、降りようにも階段が見つからず、

もう面倒だからショートカットしようとした結果である。

 

「よっ、と。」

「わぁっ!?」

 

丁度、水やりをしている女性の目の前に着地すると

突然の事にびっくりして、手に持っていたジョウロの水は跳ね、被っていた帽子が落ちてしまった。

 

「ちょっと失礼、聞きたい事が───」

「誰です…って…あ、目を覚ましたんですねっ!」

 

突然目の前に来た男の顔を見ると、女性が嬉しそうな顔をして近づいてきた。

 

「いや〜、いきなり落ちてきたときは驚きましたけど、

その様子だと怪我とか大丈夫そうですね。ホント、よかったですよ〜」

「ああ、まあ痛む所は無いが…落ちてきた?」

 

女性はホッとしているが、今言った言葉に男は眉をひそめる。

落ちてきた?夢の中では落ちていた気がしたが、本当に落ちていたのか?

 

「ちょっと待ってくれ…えっと…」

「あ、失礼しました、名前がまだでしたね。

私はこの紅魔館の門番をしてます、紅美鈴です。

貴方は?」

「…俺は、飛凰だ。」

 

そう飛凰は名乗ると、美鈴は優しく微笑んだ。

 

 

 

 

 

「───でしてね…」

 

それからというと飛凰は、美鈴の案内で館の中を再び歩いている。

今いるところなどの情報が欲しかったが、それを説明する適任者がいると言う。

なので、『落ちてきた』という事について説明してもらっていた。

 

「…そんな事が寝ている間にあったなんてな。」

「まあ、私もいきなりの事で驚きましたけど…」

 

美鈴の説明を要約すると、

門番の仕事をしている時だったが、暇だったので空を眺めていたら

飛凰が気を失ったまま落ちてきたという。

 

そんな状況でよく寝ていたなと呆れる飛凰に、

美鈴はアハハと苦笑いで返した。

 

「と、ここですよ。」

 

そんな事を話しているうちに、目的の部屋に着いたようだ。

美鈴が扉を開け、その後ろから飛凰が覗くと、数えるのが億劫になるぐらい

大量の本棚が並んでいるのが目に入った。

 

「ここにいるパチュリー様という方が 、色々と分からない事を

説明してくれますよ。」

 

美鈴がそう言うと中に入って行くので、続いて飛凰も入る。

部屋はそこまで明るくなく、所々ある小さな照明を頼りに進んで行く。

ちらっと本の背表紙を見てみるが、よく分からない言語のタイトルが多く並んでいる。

 

少し歩いていると、広い所に出た。

その中央にはテーブルがあり、本に囲まれるように

座って読書する紫色の寝服のような格好の少女がいた。

おそらく、この少女がパチュリーというのだろう。

 

「パチュリー様、ちょっといいですか?」

「…何の用?サボりなら他所でやって。」

 

美鈴が声をかけると、パチュリーは本から目を離さずにめんどくさそうな声で言う。

 

「いやいやっ!?いつもサボっているみたいな言い方をしないでくださいよっ!?」

「そう?前も居眠りしていて、その間に泥棒が入ったのに。

それでまた咲夜に説教受けたじゃない。」

「いやっ、あのっ、それは…」

 

(門番が居眠りしてたのか…)

 

慌てて言い訳をしている後ろで、飛凰は密かに思った。

明らかに苦しい言い訳をしている美鈴を見て、パチュリーは大きくため息をつく。

 

「…まあいいわ…それで、何の用なの?」

「あ、そうでした。この方なんですけども…」

 

そう言って飛凰の方へ視線を向けるので、一応初めて会うからと思って

飛凰はパチュリーに軽い会釈をした。

 

「たぶん外来人だと思うので、幻想郷の事を知らないから

その説明をしてほしいな〜、と思いまして。」

「なんで私が。それよりレミィの所に案内した方がいいんじゃない?」

「いや〜、それがお嬢様は、咲夜さんを連れて何処かに出かけてしまいまして…」

「…そう、多分霊夢のところね。」

 

再びパチュリーはため息をつく。

 

(幻想郷?外来人?一体何を言ってんだ?)

 

二人の話から次々と出るワードに、飛凰は首をかしげる。

 

「…ん?」

 

美鈴が必死にパチュリーを説明をしてもらおうと説得しているのを

飛凰は後ろで見ていると、近くの本棚で物音がしているのに気付く。

聞き耳をたてると、本棚から抜き取っては積み重ねていく音だ。

 

飛凰はそろりと音のする方へ近づくと、本棚の陰で、

白と黒を基調とした魔法使いのような格好をした少女が

手当たり次第に本を風呂敷に入れていた。

 

「何してんだ?」

「っ!?」

 

楽しげにしていた少女に声をかけると、不意をつかれたようにビクッとして

慌てて振り返る。

 

「だ、誰だぜ!?」

「いや、質問しているのはこっちなんだが…」

 

少女の問いに、飛凰はため息をつきつつ返す。

あえて聞いてはいたが、明らかに怪しい行為。

普通は図書館でやるような行動ではないので、不審者を見るような目で飛凰は見る。

 

「いや、これは、ただ借りようとしているだけだぜ?

だからそんな目で私を見るなって!」

「あのな…どう見ても、それは盗みだろ?借りるんだったら───」

「その必要はないわよ。」

 

いつの間にか飛凰の後ろにいたパチュリーが声を遮る。

ちらっと飛凰が後ろを見ると、いかにも不機嫌そうな顔をしているのが見えた。

 

「また来たのね…魔理沙。」

「よぉパチュリー、相変わらず本読んでばっかりか?」

 

ため息をついて言うパチュリーに対して、全く気にしてなさそうに

魔理沙と呼ばれた少女は、親しい友人のように返す。

露骨に嫌そうな言われ方したのに、神経が図太い奴だ。

 

一通り集めたからか、魔理沙は風呂敷を担いで帰ろうとする。

 

「それじゃあ私は───」

「そのまま返すと思って?」

 

パチュリーはスッと手を前に出すと、それに合わせて火の玉が数発放たれた。

 

 

 

 

───言われれば、これが初めての幻想郷の出来事だった

 

これからこんな事が山ほどあるのに、この時はただ驚くしかできなかったな…


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