「んー...暇ねぇ...」
八雲紫は退屈していた。
やる事が全く無いといえば嘘になるが、それは全て式の藍に任せているので、
紫は暇つぶしになりそうな事は無いか考えていた。
「何か面白そうな事はないかしら...」
そう呟きつつ、自身の能力でスキマを小さく開き、その向こうに見える景色を眺める。
適当に開けたので、何処に繋がっているかは本人にも分かっていない。
分かることといえば、幻想郷ではない世界だということだ。
「...これは?」
何度か開いては閉じ、開いては閉じを繰り返していたが、ある時にその手は止まる。
スキマを通して見えたものに、彼女は違和感を感じたからだ。
切り立った崖の下にもたれるように座った人、だがそれには生気を感じない。
だからと言って、死んでいるわけでもなさそうではある。
「ちょっと行ってみようかしら。」
気になった紫は覗いていたスキマを大きくし、ゆっくりとくぐって気になったモノの置いてある世界に行く。
「なんか、嫌な空気ねぇ...」
スキマをくぐり、ポツリと呟く。
周りを見回すと草木や水は枯れており、空もどんよりとしている。
空気も淀んでいるのか、呼吸も重く感じた。
「さて、と。」
そんなことはどうでもいい、と言わんばかりに気になったモノに目を向ける。
「これは、魔法の類い...かしら?」
目の前の座っている人物を見て気がついたが、どうやら石に近い状態になっているようである。
と言っても、紫は微かに残っていた魔力を感じただけなので、推測の域でしかない。
しかし、そこで一つの疑問が出た。
どうしてこんな状態になっているのか。
封印されたからだと思ったが、どうみてもそこまで強い力は感じないので、そんな事をする必要はないと思う。
何かに襲われたにしては、辺りが荒れた感じがしない。
(どうしようかしら、これ。)
気になったのはいいが思ったより奇妙な状態であり、触らぬ神に祟りなしともいうので、
下手に弄らない方がいいかもしれないという結論に至り、踵を返して帰ろうとした。
「あの...」
そんな時に、帰ろうとした方向から声がした。
どうやら考えに更けてる間に、誰かが来ていたようである。
紫は顔を上げて声のした方へ向けると、そこにいたの着物を纏った黒髪の少女だった。
幼さ残るその顔は、どこか悲しげな表情をしている。
「あら、ご機嫌よう。」
「あ、その...こんにちは...」
優しく微笑みながら挨拶をすると、少女はだんだん声が小さくなりながらも返してくれた。
もしかしたら、と思った紫はこの少女から話を聞いてみようと考えた。
「ねぇ、一つ聞いて───」
「あの、お願いがあります...!」
聞こうと口を開いた瞬間、少女は不安そうな顔をして声を荒げた。
唐突に何かと思えば───
「彼を、助けてくれませんか...?」
彼女は、泣きそうになりながらそう言った。
それかどれだけ時間が経ったのだろう、少女は紫に事情を説明していた。
それも後ろにいる青年の事を助けてほしい一心であるのが紫には分かっていた。
「───それで、彼は...」
「はい、ストップ。」
最初は高かった日もだいぶ傾いてきたので、そろそろ切り上げようと話を止める。
とりあえず、彼の事情は大体理解できたと思う紫は本題に入る。
「まあ、彼の事は分かったけど、どうしてその話を私にしたのかしら?
私が一体どこの誰かも知らないのに。」
「あ、それは...」
紫の質問に少女は落ち込むように俯いてしまう。
(まあ、このまま放ってもいいけど...)
紫はふと思う。
この少女の頼みを聞いて、彼を助ける義理は全く無い。
仮に助けたとして、それが本当に彼にとって救いになるかは分からない。
「ま、いっか。」
あまり考えても仕方ないと思い、考えるのをやめた紫は持っていた扇子を閉じる。
何より、話を聞いている内に彼は面白そうだと興味を抱き始めた所だ。
(丁度いい暇つぶしになるかしら、ね。)
そう思った紫は彼の近くでしゃがむ。
一体何をするのか、少女はただ呆然と見ているしかなかった。
「助ける前に一つ条件、助ける方法は私のやり方で良いかしら?」
「え?その、はい....構いませんが...」
「それならっ、と...」
了承を得たので、紫は早速とりかかる。
石になっている彼の頭を指で軽く小突く。
その瞬間、石のようになっていた男の体はみるみるうちに生気を取り戻し、ゆっくりと横に寝そべるように倒れた。
「ほら、出来たわよ?」
「え、え...!?」
あっさりと終わらせた紫を見て少女は驚き、恐る恐る男の前にしゃがんでゆっくりと顔に触れる。
静かに呼吸する彼からは、今までは感じることのなかった温もりが感じた。
「あの、貴女は一体....?」
「私は、しがない妖怪ですわ。」
少女の質問に、紫は扇子で顔を半分隠しながら答える。
妖しく微笑むその表情に、言葉に、少女は慄いた。
「それじゃっ、と...」
そう呟く紫は、今度は扇子を横に振る。
すると、倒れていた男の下にスキマが開き、回りの物と一緒にその中へと落ちていく。
いきなりの事に、少女は驚く。
「え...何を...!?」
「言ったでしょ?助ける方法は私のやり方でって。」
紫の言葉に少女はハッとする。
「大丈夫よ、幻想郷に行くだけだから、そうな泣きそうな表情をしないで?」
「幻想郷...?」
紫の言ったワードに、少女は首をかしげる。
「まあ...色々なものが流れ着く世界ね、 そこで彼には暮らしてもらうのよ。」
ただ生活をするだけではないけど、というのは紫の中に留めておいた。
「それじゃ、私はお暇しようかしらね。」
要件も終わった紫は、今度こそ帰ろうと来るときに使ったスキマに入る。
「あの...!」
スキマを閉じようとすると、少女が声を出す。
「彼を...
「...ええ、任せておきなさい。」
少女の言葉に、紫は微笑みながら答える。
その言葉を最後に、スキマは完全に閉じる。
───乾いた風が髪を揺らす。
私自身ではどうしようもなかったから、こうするしかなかったかもしれない。
それに彼のことを考えると、新しい世界で違う人生を歩んだ方が彼のためになるかもしれない。
自分を納得させようと、色々な事が浮かぶ。
「さようなら、飛凰...」
そう呟いた私の頬には、涙が一つ流れた。
───紫の気まぐれで幻想郷に連れてこられた男、飛凰
この地で彼は何を見て、何を感じる───
東方愚者録、開幕