零これ   作:LWD

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戦艦エクス、咆哮す。


戦闘②

「くそっ、また撃ってきやがった!」

 

敵艦隊補足から約30分。天龍と清霜は敵の攻撃を避け続けていた。

駆け付けた鳳翔と龍驤の航空隊が敵索敵機を撃墜。敵艦隊に対して爆撃を開始し、駆逐イ級1隻と軽巡ホ級を撃沈した。これにより天龍たちへの攻撃頻度が大きく下がったものの、完全に意識を味方機へ向けることはできず、敵戦艦は味方機を迎撃しながらこちらへの砲撃を続行していた。

 

「清霜、今度は右に避けるぞ!」

 

「うん…!」

 

飛んでくる砲弾から着弾位置を予測し、回避すべく面舵を取る。直後先ほどまでいた場所に6つの巨大な水柱が上がり、その水しぶきが彼女たちにかかる。

 

「ぶへっ…!やばいな、狙いが正確になってきている」

 

いくら回避能力の高い軽巡や駆逐艦といえども、敵からの攻撃を長い時間避け続けるのは大変である。ましてや今の自分たちは自慢の回避力を発揮できない状態だから尚更だ。

戦艦からの砲撃を喰らえば1発で大破、当たり所が悪ければ轟沈は間違いない。天龍と清霜は焦りと恐怖の中、敵の攻撃をかわし続ける。

 

(増援はまだか!?これ以上は持ちそうにねぇぞ。早く来てくれ!)

 

天龍が心の中で祈ったその時、彼女の電探に反応があった。

 

「…!?これは…!」

 

反応は彼女たちを追いかけている深海棲艦と、ちょうど反対方向から接近してきていた。

 

「……!?滑空音!?」

 

同時に聞こえてくる砲弾の滑空音。深海棲艦のそれとは少し違う戦艦娘から放たれる砲弾の音。新たな反応があった方向から飛んできた砲弾の雨が、天龍たちを追尾している深海棲艦に襲いかかる。後ろを振り返ると片方のル級が被弾により煙に包まれていた。

 

再び視線を前方に向けると、水平線から人影が現れる。

 

「あっ!増援部隊の人たちだ!」

 

「…ったく、遅ぇよ」

 

清霜が両手を大きく振りながら歓喜の声を上げ、天龍も安堵の表情を浮かべる。

 

 

 

――――

 

 

 

「OK!1発命中デース!!」

 

上空を飛ぶ味方飛行隊からの報告を受けた金剛がガッツポーズをとる。

 

「リュージョー、ホーショーさん、弾着観測射撃の協力ありがとネー!」

 

『いえ、お気になさらず』

 

『今の攻撃で敵が怯んで速力を落としたみたいや。うちらが引き付けとくから、今のうちに天龍たちと合流しぃ!』

 

「了解デース!」

 

「うふふ。天龍ちゃんを苦しめた代償は高くつくわよ~」

 

「龍田さん、相変わらず天龍さんの事になるとすごく怖いっぽ~い…」

 

敵艦隊は被弾と航空隊の攻撃により天龍たちへの攻撃を停止させる。その間に増援部隊は速力を上げ、天龍たちと合流する。

 

「天龍さーん!清霜さーん!」

 

神風が天龍たちの無事を確認し、彼女たちの名を叫ぶ。

 

「神風、春風。お前らもどうしてここに…?」

 

「途中で彼女たちは私たちと合流したのですが、2人だけ先に帰すのも危ないので一緒に来てもらうことにしたのです」

 

先に逃がしたはずの神風姉妹が増援部隊と共に戻ってきた経緯を鳥海が説明する。

 

「そうだったのか…」

 

「2人も無事で良かったー」

 

無事を確認し合う遠征部隊に金剛が指示を出す。

 

「遠征隊の皆さん!私たちよりも後方に下がって回避に専念して下サーイ!ここからは私たちに任せるデース!」

 

「おうっ!了解した!頼むぜ!」

 

金剛の指示通り、天龍たち遠征部隊は金剛たち増援部隊の邪魔にならないよう後方に下がる。

 

「さぁ、マーヤ!チョーカイ!タツタ!ユウダチ!戦闘開始デースッ!」

 

「マーヤじゃねぇ!摩耶だ!」

 

「了解しました!」

 

「りょうか~い。死にたい船は誰かしら~?」

 

「さぁ、最高に素敵なパーティーしましょう!」

 

金剛たちは一斉に主砲を深海棲艦の艦隊に向け、複縦陣で突撃する。敵艦隊上空では鳳翔、龍驤の機が乱舞し、5人の射撃支援を行う。敵艦隊は彗星の急降下爆撃を受けて陣形が乱れていた。

 

『皆さん、そちらにル級の座標データを送ります』

 

「ホーショーさん、ありがとデース!」

 

鳳翔から無線で座標のデータを受け取ってから、5人は左90度に一斉回頭して全砲門を敵に向けれるようにする。指定座標近傍に着弾するよう、砲の微調整を行う。

 

「こちら鳥海。射撃準備完了です!」

 

「こっちも完了だ!」

 

「了解デース!被弾して速度を落としたル級に一斉射しマス!…撃ちます!ファイヤーー!!」

 

金剛、摩耶、鳥海の3人の主砲から、一斉に砲弾が発射された。一瞬発射炎が3人の体を覆い、耳をつんざくばかりの轟音が戦場にこだまする。戦艦の主砲弾8発と、重巡の主砲弾20発が被弾したル級を滅さんと飛翔していった。

 

「着弾まで10秒。……3、2、1、今!」

 

鳥海がそう言った瞬間、ル級が爆炎に包まれる。

合計28発の砲弾の内、摩耶が放った砲弾2発がル級に着弾。砲弾内部の信管が衝撃を感知し、内蔵された炸薬を起爆させた。

 

「着弾を確認しました。数2!」

 

「くそっ!あれだけ撃てばかなり当たると思ってたのに!」

 

「いくら弾着観測射撃があるからとはいえ、初弾ですからネ。仕方ないデース」

 

金剛たちは続けて第2射の準備に入る。

その途中でル級2隻が黒煙に包まれる。態勢を立て直した敵艦隊がこちらに砲弾を発射したのだ。

 

「敵弾来マス!回避ネ!」

 

金剛の指示で全艦が回避を開始する。5人の近くに大きな水柱がいくつも上がる。

 

「みんな、大丈夫デスか!?」

 

金剛が各艦に報告を求めると、どの艦からも被弾なしの報告が入る。

 

敵艦隊の方を見ると、速力を上げこちらに突撃してくるのが確認できた。

 

「金剛さん。敵艦隊が突撃してきています。…いえ、というよりこちらを強引に突破して鎮守府へ向かおうとしているようにも見えます…。」

 

「ハイ、私もチョーカイと同じように見えマス。様子がおかしいネ…戦力比は明らかデスのに…」

 

こちらは戦艦1隻に重巡2隻、軽巡1隻、駆逐艦1隻。さらに味方空母の艦載機が多数乱舞している。対して敵艦隊は軽巡と駆逐艦が1隻ずつ既に撃沈されており、残る4隻も損傷している。この状況は誰がどう見ても敵艦隊の方が不利であり、このまま戦闘を続ければ敵の方が負ける可能性が高かった。

 

本来なら撤退すべき状況。しかし深海棲艦は撤退せず、こちらに砲撃を加えながら接近してくる。

 

「ハッ!敵に逃げる気がねぇならあたしらも戦うしかねぇだろ!」

 

「そうっぽい!それに横須賀に行って皆を襲う気なら尚更ここで止めなきゃならないっぽい!」

 

次弾装填を終えた摩耶と夕立が、ル級を追い抜いて接近してくるリ級とイ級に照準を合わせる。

 

「まぁ、撤退しようとしても絶対逃がさないけどね~」

 

龍田も愛しの姉を攻撃した敵に自身の砲を怖い笑顔と共に向ける。

 

「分かってマース。横須賀には絶対に行かせないネーー!!」

 

金剛と鳥海も頷き、砲撃を続行する。今度は金剛の砲弾2発が先ほど彼女が攻撃したル級に、摩耶の砲弾4発と鳥海の砲弾3発がリ級に、そして龍田と夕立の砲弾が数発ずつイ級に命中した。

被弾した3隻のうちル級以外の2隻の敵艦が巨大な爆炎に包まれる。どうやら艤装内の弾薬庫に引火したようだ。リ級とイ級は大爆発と共に海へ引きずり込まれていった。

 

「よっしゃっ!今度はたくさん当たったぜ!」

 

「リ級とイ級の撃沈を確認!残るル級2隻が進路を変更!こちらを大きく迂回して鎮守府を目指すつもりです!」

 

「させないデース!遠征隊のみんなは敵から見て私たちの後ろになるようにして下さいネ!マーヤとチョーカイはこのまま続けて砲撃!タツタとユウダチは雷撃用意!敵の予想進路上に魚雷をばら撒いて下サーイ!」

 

ル級2隻は上空からの急降下爆撃をうまくかわし続けながら、こちらと距離を取りつつ鎮守府がある横須賀へと進もうとする。

 

「やっぱりおかしいデース…。ホーショーさん達の攻撃をあれだけ躱せるなら相当優秀な艦のはずネー」

 

「えぇ、この不利な状況で突撃を判断するなど考えられません…」

 

敵の行動を不審に思いながらも、金剛たちは敵艦隊の侵攻を阻止せんと攻撃を続ける。

 

 

 

――――

 

 

 

「あっ!見えました!あそこです!」

 

先頭の青葉が戦闘中の金剛たちと深海棲艦の姿を確認する。

 

「な、何ですか!?あの黒い人間は!?」

 

「エクスさん、あの黒いのが深海棲艦です!」

 

「あれが…」

 

エクスは青葉が指で示した方向に視線を向ける。

白い肌と生物的な印象がある漆黒の艤装が特徴の女性の姿をした異形。昨日真理恵から教わった艦娘たちの敵が、金剛たちと交戦していた。

 

(なんだ、あの黒いオーラみたいなものは…?ものすごく禍々しい雰囲気を感じるな…)

 

エクスは深海棲艦の周りに霧のように漂う黒いオーラを見て、正直な感想を漏らす。

 

「!!?」

 

ふと魔力探知レーダーを確認すると、見たことないようなものが映っていた。

 

(輝点が赤黒い!?なぜあいつらだけ…?)

 

魔力探知レーダーに映る目標は全て緑色の輝点で表示されるはずだ。実際金剛たちや上空の飛行隊を示す輝点は緑色で示されている。だが深海棲艦を表している輝点のみ、赤黒く不気味な色で表示されていた。

 

(…レーダーが故障しているわけではないみたいだ。なぜ…?)

 

考えてみたところで原因は全く分からない。仕方ないのでエクスは一度この事に関して考えるのを止め、戦場へと意識を向ける。

 

事前情報では戦艦級2隻含む6隻の深海棲艦がいるとの事だったが、見たところ金剛たちと交戦中の深海棲艦は2隻。レーダーにもその2隻以外に敵艦を示す輝点はなかった。どうやら彼女たちの活躍で、既に敵艦4隻が撃沈されたようだった。

 

(あ!清霜があそこに。…見たところ無事みたいだ。…良かった)

 

金剛たち増援部隊に守られる形で後方にいる遠征艦隊。その中に清霜の姿があることを確認したエクスは頬を緩める。

 

「………というわけです、金剛さん。青葉たちは後方から援護します」

 

『了解デース!援護感謝しマース!」

 

艦隊最前列の青葉が混乱を避けるため、自分達の到着を交戦中の金剛たちに無線で手短に伝える。通信を終えた彼女は艦隊最後尾のエクスに顔だけ向ける。

 

「エクスさん。どうやら決着が付きそうです。残る2隻の戦艦ル級も損傷しているみたいですし、おそらく私たちの出番はないと思われますが、万一の事を考えて砲撃の準備はしておいて下さい」

 

「分かりました」

 

エクスは頷き、艤装内の主砲弾の発射準備に入ろうとしたその時だった。

 

「ん!?」

 

突如魔力探知レーダーに新たに現れた3つの輝点。金剛たちから見て左側から現れたそれらは、赤黒い色で示されていた。

 

(まさか…、別働隊!?他にもいたのか!?)

 

レーダーで探知した方向を見ると、海中から這い出てきた深海棲艦3隻が砲弾を発射する瞬間を確認した。砲弾群が目指す先には、金剛や天龍たちがいる。彼女たちは2隻のル級との戦闘に意識を向けており、海中から突然現れた別働隊の存在に気付いていないようだった。

 

(まずいっ!!)

 

エクスは慌てて味方艦全艦に無線で呼びかける。

 

『みんな!敵の別働隊が砲撃してきた!避けて!!』

 

「「「「「!!?」」」」」

 

エクスの警告を聞き、全艦が咄嗟に回避行動をとる。直後、金剛や天龍たちのすぐ近くに巨大な水柱が現れ、海面が大きく揺れる。その揺れる海面により彼女たちの体勢が崩れ、陣形も大きく乱れた。

 

「わぁっ……!!!」

 

「!?おい、清霜!!」

 

清霜のすぐ目の前の海面に、1発の砲弾が着弾。その衝撃はあまりに大きく、清霜の体を金剛や天龍たちからかなり離れたところまで吹っ飛ばした。

 

「!!清霜!」

 

「あっ、エクスさん!危険です!戻ってください!」

 

エクスは青葉達から離れ、清霜の元へと向かう。青葉が必死になって止めようとするが、今の彼女には聞こえていなかった。

 

(!?あの別働隊の1隻…金剛さんたちが交戦中のル級という奴と同じ姿だ!という事はあれは戦艦!まずいっ!!)

 

吹っ飛ばされた清霜は、別働隊から見れば最も自分たちに近く、しかも一時的に孤立状態の敵艦である。今の清霜は彼女らにとって格好の標的だった。

 

案の定、別働隊のル級は清霜から先に仕留めようと、主砲の照準を彼女に合わせる。

 

エクスは機関出力を限界まで引き上げ、全速力で彼女の元へ向かった。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

一方清霜は、先の砲撃で負ったかすり傷を手で押さえながらゆっくりと立ち上がる。

 

「…いつつ」

 

『!清霜!敵艦がお前を狙ってる!避けろ!』

 

ル級の砲が清霜に向けて旋回するのを見た天龍が彼女に向かって無線で叫ぶ。

 

「ひっ…!」

 

砲口がこちらを向いているのを見た清霜は短い悲鳴を上げ、一刻も早くその場から離脱しようとする。

だが…。

 

「あ、あれ!?スクリューが全く回らないよ!!」

 

先の砲撃で損傷したらしく、機関は完全に停止。清霜はその場から動けなくなってしまった。

金剛たちは清霜を助けに行こうとするが、直後に今まで相手にしていたル級2隻が砲撃で邪魔をしてくる。鳳翔と龍驤の航空隊も向かうが、どうやっても最初の砲撃を阻止することは不可能だろう。

 

そしてついにル級が清霜に砲弾を発射した。それを見た清霜は死を覚悟する。

 

(あ…。これもう無理みたい…)

 

清霜は敵艦の攻撃を避けながら自分の元に近づこうとする金剛たちを見る。彼女たちは手を伸ばしながら自分の名を叫んでいた。

 

(ごめん、みんな…。今までありがとう…)

 

砲弾が着弾するまでのわずかな時間。清霜は目をつむり、仲間と過ごしてきた日々を思い出す。その中には、昨日会ったエクスも含まれていた。

 

(…そういえばエクスさんを横須賀の街へ案内するんだった。ごめんね、エクスさん…。あたし約束守れなかった…)

 

そしてそのわずかな時間も過ぎ去り、ル級の砲弾が清霜に着弾……しなかった。

 

(……あれ?)

 

そろそろ自分の体に砲弾が突き刺さる頃なのに、そういった感覚がまるでない。代わりに誰かに抱えられているような感覚があった。違和感の正体を確かめようと、清霜はゆっくり目を開き、上を見上げる。

 

「はぁはぁ…。…大丈夫か、清霜?」

 

清霜の瞳に彼女が昨日会ったばかりのエクスが映っていた。砲弾を受ける直前、清霜は彼女に抱えられて離脱していたのだ。彼女は息を切らせながら清霜に尋ねる。

 

「え、エクスさん!どうしてここに!?」

 

本来なら鎮守府にいるはずのエクスが戦場のど真ん中にいる事に驚愕する清霜。彼女は苦笑いを浮かべる。

 

「え、え~と…。まぁ、いろいろあって清霜たちを助けに来たんだ。さっきはもう少しで清霜に砲弾が当たりそうだったから、助けるのが少しでも遅れてたら本当に危なかった…」

 

「エクスさん…」

 

「さぁ、みんなの所まで戻r「エクスさん!敵がまた撃ってきたよ!!」…!?」

 

清霜が大きな声でエクスに警告する。直後、清霜の撃沈に失敗したル級が再度砲撃してきた。エクスは清霜を抱えたまま即座に回避行動をとる。彼女たちのすぐ近くに巨大な水柱が複数上がる。

 

「ぷはっ!…なんとか躱せた!」

 

エクスは清霜を抱えているため通常より速力が出ず、敵の攻撃をぎりぎりで躱す。

 

「ありがとう、清霜。お前が教えてくれなかったら被弾していたよ」

 

「うん!でも…清霜を抱えたままだと逃げる事もできないよ…!」

 

「…大丈夫。私に任せて…」

 

エクスは清霜を安心させるようと笑みを浮かべ、自分たちを攻撃してくるル級を見る。

さらに砲撃を加えようとするル級に、駆け付けた航空隊が襲いかかる。艦載機からの爆撃を受けたル級は体勢を大きく崩し、その場に停止した。

 

(敵艦が怯んだ…!チャンスだ!)

 

エクスも停止し、清霜を庇うように自分の後ろに付かせる。

 

「清霜、私の後ろにいて。絶対に前に出ないで」

 

「え、エクスさん!まさかル級を倒すの!」

 

清霜の問いに、エクスはゆっくり頷く。

 

「…正直不安だけどね。……でも逃げられない以上、戦わなきゃ“仲間”を守れないじゃない」

 

仲間という言葉を強調しながら、主砲発射の準備を行う。

 

「主砲及び砲弾、魔力回路起動。魔力充填開始。魔力の属性比率、砲弾呪発回路に爆82、炎18」

 

エクスの主武装―――2基の霊式38.1cm3連装魔導砲―――がゆっくりと旋回を始める。

 

「え、エクスさん…?」

 

聞いたことのない単語の連続に、清霜はきょとんとした顔でエクスを見る。

 

「主砲撃発回路に爆72、炎28。……主砲ならびに砲弾への魔力充填完了。…主砲発射準備完了」

 

魔導砲がル級を指向し、魔力探知レーダーから得た情報を元に砲身の微調整を行う。敵艦はあと少しで立て直そうとしており、こちらに砲を旋回させている。

 

エクスはル級を睨み付け、叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の“仲間”に、……手を出すな!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

直後エクスの体が青白い炎の煌めきに包まれる。魔導砲全門から轟音と共に砲弾が発射されたのだ。

 

「…!!?」

 

自分たちとは明らかに異なる砲撃シーン。実際には見た目以外に大した違いはないのだが、今まで見たことのないその光景は、清霜を驚愕させるのに十分だった。

 

…いや、清霜だけではない。金剛たち艦娘も、敵である深海棲艦たちも、戦場にいる全ての者が戦闘を一旦中断し、その光景を呆然と眺める。

 

エクスが発射した6発の砲弾は、全てが青い光を纏い、さらに後方から青い炎をロケットのごとく噴進しながら天空を行く。その青い光が空に6本の青白い放物線を描いていく光景は、幻想的にも見える。前世界では世界最大の威力を誇る砲弾群が、エクスの”仲間”を沈めようとしたル級を滅さんと飛翔していく。

 

「着弾まであと10秒!9、8、7…」

 

砲撃しようとしていたル級も、今までの艦娘とは異なる攻撃に思わず見とれてしまう。

しかしその行為が命取りになってしまった。その攻撃が自分に対して行われたものであるとようやく気付いた彼女は、慌てて回避行動に入ろうとする。

 

「3、2、…今!」

 

全ての砲弾が回避が遅れたル級に見事に命中。衝撃を感じた砲弾群は、付与された爆裂魔法と火炎魔法を同時に発動させ、それは凄まじい威力の爆発となってル級を襲った。

 

「…!!!」

 

被弾の影響で艤装内の弾薬が誘爆を起こし、ル級は声にならない断末魔を上げながら海中へと没していく。

 

「全弾命中!敵戦艦の撃沈を確認!」

 

奇跡的にも初弾で全弾命中させることができたのか、エクスは若干喜びの気持ちを混ぜたような声で戦果を言う。

 

「……すごい」

 

清霜は初めて見る魔導戦艦の戦闘に、感嘆の声を上げる。

 

「…これが、…異世界の戦艦」

 

青い発砲炎と青き砲弾。同じ戦艦でもエクスと金剛ではこんなにも違うのかと清霜は思った。

 

「ふぅ。…さぁ、今うちにみんなの所へ行こう!」

 

「!う、うん!」

 

エクスは砲撃で自分の服に付いた煤を手ではたいてから、清霜に手を差し出す。清霜は頷いてその手を掴もうとした。

 

「!?エクスさん、後ろ!!」

 

その時別働隊の残り2隻、重巡リ級が2人に発砲してきた。ル級が沈んだ地点は未だに黒煙が上がっており、我を取り戻したリ級たちはそれに隠れて砲撃してきたのだ。

 

「な!?くそ!」

 

咄嗟にエクスは清霜の体を抱えて回避しようとしたが間に合わず、背中に砲弾が命中。激痛が体を襲う。いくら戦艦娘でも重巡級の砲弾が当たれば痛い。

 

「…ぐぅっ!!」

 

「エクスさん!大丈夫!?」

 

「だ、大丈夫。私は戦艦だから、これくらいの攻撃は平気…」

 

口ではそう言うものの、重巡リ級が放った砲弾はエクスにそれなりのダメージを与えていた。着弾箇所はミスリル銀入りの装甲が大きく削れ、ギリギリの所で貫通を免れている状態だ。

 

装甲強化が間に合えば何とか防げただろうが、それでも”戦艦”としては有るまじき防御力の低さだ。

 

(そうだった。敵艦は1隻だけじゃなかった…)

 

エクスはル級にばかり気を取られ、周りへの注意を怠った自分自身を恥じる。2隻のリ級はこちらを追撃せんと、高速で接近してくる。エクスは清霜を抱えたまま、再度砲撃を行おうとする。

 

突如、接近中のリ級が水柱に覆われる。

 

「え!?何!?」

 

水柱が収まると、そこには炎上し、速力を大きく落とした2隻のリ級がいた。

 

(あれは、砲撃…?)

 

「エクスさん!!清霜さん!!」

 

自分と清霜を呼ぶ声―――エクスに置いて行かれた古鷹と青葉が彼女に追いつく。彼女たちの主砲が煙を出していた。それは発砲後に出るものだとエクスは気づく。

 

「青葉さん、古鷹さん!」

 

「2人とも、怪我はありませんか!?」

 

「はい、さっき少し被弾しましたけど、ほとんど被害はありません」

 

「清霜も。機関が壊れて動けなくなっちゃったけど、曳航してもらえれば大丈夫だよ!」

 

エクスと清霜の無事を確認したところで、青葉が語気を強める。

 

「全く、無茶をして!あれほど司令官から前に出るなと言われてましたのに、下手したらエクスさんも沈でたかもしれないんですよ!」

 

「…ごめんなさい…心配させてしまって」

 

清霜を助けたかったとはいえ、青葉の制止を無視して前に出てしまったのは事実。エクスは自分を心配してくれている青葉と古鷹に頭を下げる。

 

「ま、まぁまぁ青葉さん。エクスさんも反省しているんですから、そのくらいにしてあげてください」

 

「分かっていますよ、古鷹さん。分かってもらえればそれで十分ですから」

 

「…あっ!どうやら決着がついたみたいですね」

 

古鷹の言葉に、エクスは頭を上げてリ級を見る。第2次攻撃隊が到着したらしく、リ級は彗星の猛攻によって2隻とも沈み始めていた。金剛たちの方向を見ると、彼女たちも今まで相手していたル級を全て片付けて、こちらに手を振りながら近づいて来る。

 

敵艦隊は全艦撃沈。対するこちらの被害はエクスと清霜が少し損傷したのみ。艦娘側の完全勝利と言っても良いだろう。

 

「「「清霜さん(ちゃん)!!」」」

 

「みんな!!」

 

真っ先にエクスたちの元にたどり着いた神風姉妹と夕立たち駆逐艦勢が、清霜に飛びついて抱きしめる。

 

「無事で良かったよ~!」

 

「ぽい~~!」

 

「か、神風ちゃん、夕立ちゃん。ちょっときついよ…」

 

「神風お姉様も夕立さんも、清霜さんが苦しがっていますよ」

 

「だって…あのまま清霜さんが沈んでしまったらどうしようって思うと…。…そういう春風だってきつく抱きしめているじゃない!」

 

「だって、私もすごく心配しましたから…」

 

「そうだよ!みんな清霜ちゃんの事、心配だったっぽい!」

 

「分かったから…く、苦しいって…」

 

「ほら、皆さん。そろそろ離れてあげてください」

 

見かねた古鷹の注意で、ようやく駆逐艦たちは清霜から離れる。そこに天龍達も駆けつける。

 

「清霜、大丈夫か!?」

 

「うん、大丈夫だよ天龍さん。…あれ?機関が完全に壊れた場合は無事って言うのかな?」

 

「いや、お前自身に怪我がなけりゃ大丈夫って事でいいんだよ…」

 

見たところ清霜に目立った外傷はなく、天龍たちは皆安堵の表情を浮かべた。そして彼女たちの視線は、清霜の窮地を救った一人の戦艦娘に集中する。いきなり大人数に注目されたエクスはビクッと震える。

 

「アナタ、昨日の戦艦デスね。キヨシーを助けてくれてありがとデース!」

 

金剛がみんなを代表してお礼を言う。

 

「あ、いえ。私は…その」

 

エクスはしどろもどろになりながらも返事をしようとした時、真理恵から全員に通信が入る。

 

『こちら真理恵よ。鳳翔たちから周辺に敵艦および敵機がいないとの報告を受けたわ。…みんな、本当にお疲れ様。全員無事に鎮守府へ帰ってきなさい』

 

通信の相手が真理恵だった事もあってか、金剛が頬を紅潮させ興奮する。

 

「テートクーー!!」

 

「はぁ…。ま~た、始まったぜ…」

 

「ふふっ、いいじゃないですか幸せそうなんですし」

 

その様子を見た摩耶は呆れ、鳥海は微笑む。いつもの風景にみんなも緊張が和らいだ。

 

「エクスさん」

 

「ん?何、清霜?」

 

清霜が彼女に満面の笑みを向ける。

 

「帰ろう、清霜たちの家に」

 

「…ああ」

 

その後、エクスは初めて会う艦娘たちと自己紹介をしながら、彼女たちの家である横須賀鎮守府へと向かった。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

数十分後、エクスたち艦隊は鎮守府に到着した。出撃ドック内部に入ると、真理恵や霞たち横須賀鎮守府に所属する全艦娘が彼女たちを迎える。全員が上陸し終えるのを確認してから、金剛は真理恵に敬礼する。

 

「テートク。遠征艦隊、哨戒艦隊、そして支援艦隊全艦。ただいま帰投しマシタ!」

 

他の艦娘たちも金剛と同様に敬礼する。エクスも彼女たちとは若干形が違うが、彼女たちに合わせて真理恵に敬礼した。そんな彼女たちに真理恵は労いの言葉をかける。

 

「ご苦労様。みんな本当にありがとね」

 

するとここで遠征任務を思い出したのか、神風の表情が暗くなる。

 

「ごめんなさい、司令官…。遠征、ダメだった……」

 

「何言ってるのよ神風。あなたたちが無事に帰ってこれたんだから大成功に決まってるじゃない」

 

涙目の神風の頭を、真理恵は優しく撫でる。

 

「…さて、エクスちゃん」

 

神風の事は天龍や春風に任せ、真理恵はエクスの方を向く。

 

「鳳翔や青葉から事前報告を受けたわ。あなたが清霜を助けるために前に出て敵と相対した事。私はあなたに上官として決して前に出ず後方支援にのみ徹する事を命令した。……この意味、軍艦であるあなたなら分かるわよね」

 

「…はい、提督」

 

そう、清霜を助けるためとはいえ、エクスは上官たる真理恵の命令を無視した。軍隊で言えば立派な命令違反である。その事はエクスも十分承知していし、帰投すれば真理恵から何らかの罰を受けることになる事も予想していた。

 

「…戦艦『エクス』。命令違反の罰として、あなたには謹慎を命じます。1日間、自分の部屋から出ないように」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ司令官!」

 

エクスのとなりにいる清霜が声を上げる。

 

「エクスさんが清霜を助けてくれなかったら、清霜とっくに沈んでたかもしれないんだよ!」

 

「そうだよ、提督さん!あの時はエクスさん以外の誰が助けに行っても間に合わなかったっぽい!だから許してあげてほしいっぽい!」

 

「司令官!お願いします!」

 

真理恵の決定に異を唱える駆逐艦娘たち。金剛や古鷹、天龍たちもエクスの罰を軽くしてくれないかと頼む。

 

「確かにエクスがいなかったら清霜は沈んでたかもしれない…。でも一歩間違えればエクスも一緒に沈んてたかもしれないし、最悪みんなまとめて海の底…なんてことになったかもしれないわ」

 

「でも…!」

 

清霜がさらに何か言おうと真理恵に詰め寄るが、エクスが彼女の前に手を出して遮る。

 

「皆さん、ありがとうございます。…でも提督の言う通り、命令違反は命令違反です。私も罰はきちんと受けるべきと考えています」

 

「エクスさん……」

 

エクスは真理恵に再び敬礼する。

 

「…提督。戦艦『エクス』。命令違反により自室で謹慎します。…では皆さん、失礼しますね」

 

エクスはそう言うと、艦娘寮へ向かうため歩き出した。艦娘たちはそれを黙って見送る。

 

「…待ちなさい、エクス」

 

ふいに後ろから声を掛けられる。振り向くと真理恵が笑みを浮かべてこちらを見ていた。

 

「ありがとう、清霜を助けてくれて」

 

「いえ…」

 

エクスは軽く首を振る。

 

「あと…、謹慎に入る前に皆と一緒に入渠…お風呂に入ってもらうわよ?」

 

エクスは目を見開いて驚く。

 

「…というわけで清霜。エクスを入渠施設まで案内して頂戴」

 

「…うん!任せてよ司令官!」

 

清霜も笑顔で強く頷く。

 

「提督…」

 

「傷ついた体のまま謹慎させるわけにはいかないでしょ?ここのお風呂は特殊でね、入ると怪我も疲れも取れるから、ちゃんと直してきなさい」

 

「はい、ありがとうございます」

 

エクスは嬉しさのあまり、目頭が熱くなるのを感じた。そこへ霞が帰ってきたみんなにタオルを渡しながら近づいてきた。

 

「エクス、清霜を助けてくれてありがとう。ほらっ、これはあんたの分よ。しっかり疲れをとってきなさい」

 

「うん。ありがとう、霞」

 

「エクスさん!早く行こう!ほら、みんなも!」

 

「わ、分かったから引っ張らないでくれ清霜」

 

霞からタオルを受け取ったところで清霜がエクスの腕を掴んで引っ張るように歩き出す。それに金剛たちも微笑ましそうに眺めながら続く。

 

(そういえば風呂に入るのはこれが初めてだったな…)

 

そんな事を考えながら、エクスは清霜たちと共に入渠施設へ向かうのだった。

 

 

To be continued...


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