零これ   作:LWD

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性能試験①

 

 

日本国 横須賀鎮守府

 

 

3月某日、この日の横須賀の天気は快晴。

 

春の太陽はあらゆるものに対して一切の区別なく優しい光を注ぎ、海鳥の鳴き声が合唱となっていたるところから聞こえてくる。

 

ここは横須賀、ひいては首都を含む周辺海域の守りを任された戦士たちが暮らす鎮守府。その広大な敷地を持つ施設の前に広がる青一色の海に、黒い点が一つ確認できる。

 

その黒い点は人だった。軍艦の主砲が三つ付けられた金属の塊を背負った、ポニーテールに纏められた赤い髪が特徴の美少女。少女はあらゆる物理法則を無視するかのように、水面の上に立っていた。

 

少女の名は『エクス』。とある理由でこの地球という世界へ”艦娘”として召喚された異界の戦艦である。ここ横須賀鎮守府の提督『梶ヶ谷 真理恵』の提案で、彼女がこの鎮守府でお世話になることになったのはつい昨日の事だった。

 

「…風が気持ちいい」

 

海風がエクスに向かって吹く。彼女は目を閉じそれを全身で受け止め、ぽつりと感想の声を漏らした。海から吹く風とはこんなにも心地良いものだったのかと…。

実体化して間もない彼女にとって、感じるもの全てが初めてのものであり、とても新鮮な気分であった。

 

「本当に不思議だな。この艤装という物を着けると海の上に立つことができるなんて」

 

エクスは自分が背負っている艤装を見て呟く。提督の話によると建造されたときに自分が背負っていた物で、これを背負って海に入ると地面の上と同じように立ったり、歩いたりできるとのこと。初めは半信半疑だったが、実際に試したところ、本当に出来てしまった。

 

最初は驚いたが、すぐに慣れてしまった。おそらく、自分が元船だからだろう。”立っている”というよりは”浮かんでいる”感覚であった。

 

「しかし、いきなり艤装の性能試験をやることになるなんて……うまくいくだろうか?」

 

エクスは不安になりながら自分の右側にある主砲に手を置き、問題なく試験を終わる事を祈る。

 

なぜ彼女がこのようなところにいるのか?それは早朝にまで時間を遡る。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

――エクスがこの世界にやって来た次の日。

 

医務室で一晩過ごしたエクスは、鳳翔が作ってくれた朝食を食べ終えた後、彼女と取材目的でやって来た重巡『青葉』の案内で艦娘寮へと向かった。

 

ちなみに提督と霞は早朝から会議があり、清霜も深夜から遠征に出ているため、朝から医務室に来る事はなかった。

 

青葉の質問に答えながら歩くこと数分。エクス、鳳翔、青葉の3人はエクスに充てられた部屋の前に着いた。鳳翔が持っていた鍵でドアを開けて中に入り、エクスと青葉も彼女の後に続く。

 

「わぁ…」

 

部屋の中はベッドや机など、生活に必要な最小限の家具しか置いてなかったが、壁や天井はブラウンを基調とした暖色でまとめられており、全体的に暖かい雰囲気だった。

 

「ふふっ、気に入っていただけましたか?」

 

エクスが感嘆の声を上げるのを聞いて、鳳翔はクスリと笑う。

 

「はい、とっても素敵な部屋ですね。…でもいいのでしょうか、こんなに良い部屋を…?」

 

「艦娘だって立派な女の子ですよ?日常に関するものにも気を遣いませんと。戦う立場にあるのなら尚更です」

 

鳳翔はエクスに近づき、先ほど部屋のドアを開けるのに使用した鍵を持った手を彼女の前に出す。

 

「これがこの部屋の鍵です。くれぐれもなくさないようにお願いします。あと他に必要なものがありましたら遠慮なくおっしゃってくださいね?」

 

「はい、ありがとうございます」

 

エクスが鍵を受け取ったところで、青葉が彼女のすぐ横まで近づいてきた。

 

「それじゃあエクスさん!取材の続きをしてもよろしいですか!?」

 

「ふぇ!?……えぇ、構いませんけど?」

 

横からいきなり顔を覗き込まれ、エクスは驚いた表情をしながらも青葉に肯定の言葉を述べる。

 

「青葉さん、興奮しすぎです。エクスさんが驚いていますよ?」

 

「だって鳳翔さん、異世界からやって来た艦娘なんて珍しいじゃないですか!?今この鎮守府ではエクスさんの話題で持ちきりなんですよ?皆さんエクスさんがどんな艦(ひと)か知りたがっています。”艦隊の広報係”と呼ばれしこの青葉!エクスさんがどんな人か皆さんにお伝えする義務があります!」

 

「分かりましたから青葉さん、少し落ち着いて。ね?」

 

鳳翔が青葉を落ち着かせている横で、エクスは頭を指で掻きながら軽く笑う。

 

「あはは、それにしても取材ですか…。私の事が新聞に載ると思うと…なんだか少し恥ずかしいですね」

 

「いいじゃないですか?この鎮守府で暮らす以上、他の子たちとの交流もありますし。皆さんにエクスさんの事を知ってもらっておいた方が、すぐに仲良くなれると思いますよ?」

 

「あはは、そうですね。…じゃあ青葉さん、取材の方よろしくお願いしますね。鳳翔さん、テーブルは何処にありますか?」

 

「テーブルでしたらこの階の倉庫に買ったばかりのものがいくつか保管してありますから、持ってきてあげますね」

 

「いえ、そこまでしてもらうのは悪いですし、私が取りに行ってきますね。…青葉さん、すこし待っててください」

 

「分かりました!」

 

エクスは部屋を出て、倉庫のある方向を見る。

 

「あれかな、倉庫は?」

 

廊下の一番奥に『倉庫』と書かれたプレートが付いたドアを確認し、そこへ向かって歩き出そうとしたその時。

 

「あ!エクスさん、ここにいたのですね!」

 

「ひう!?」

 

突如後ろから声をかけられ、エクスはビクッと震える。ゆっくりと後ろを振り向くと、そこにはピンク色のロングヘアが特徴の女性が1人立っていた。

 

「あ~、ごめんなさい。驚かせてしまいましたね」

 

「いえ、大丈夫です。…ところであなたは……!!?」

 

エクスは初めて会う女性の顔から女性の服装に視線を向けた途端、その顔をみるみるうちに赤く染めていく。それに全く気付いてないのか、目の前の女性は彼女に自己紹介を始める。

 

「エクスさんはあの時気を失っていましたから、初めて会いますよね?はじめまして、私は工作艦『明石』と申します。艤装の点検や装備の開発など、前線で戦う艦娘たちのサポートを行っています。よろしくお願いしますね」

 

「は…はい、戦艦『エクス』です。…よろしくお願いします」

 

「ん?どうかしましたかエクスさん?私の服に何かついて……」

 

顔を赤くしながら返事をするエクスを見て、様子がおかしいと思った明石は彼女の視線の先を見る。

…明石のスカートの、両側に開いた穴から見える肌の部分。

 

「ひゃ…!!?」

 

エクスが何を見て恥ずかしがっているのか理解した明石は一瞬で顔を真っ赤に染め、慌ててスカート両側に開いた穴の部分を手で隠す。

 

「あ、あの……お願いです。これについては気にしないでくれませんか…?」

 

「あっはい…」

 

明石は一回ゆっくりと深呼吸してから、話を再開する。

 

「えっと、実はエクスさんにお願いがあって来たんです」

 

「お願い…ですか?」

 

「はい、エクスさんがこの鎮守府に来た時、あなたが背負っていた艤装の事は聞いていますか?」

 

「はい、提督たちから聞いています。たしか明石さんが預かっている、とのことでしたが」

 

「えぇ、エクスさんの艤装は私の工廠に置いてあります。お願いというのはその艤装の性能試験に協力してほしい事なんです」

 

「性能試験ですか?」

 

「はい、艤装が正常に動くかどうか、エクスさんに実際に動かしてもらって確認する必要があります。この後すぐやろうと思っていますので、時間の方は大丈夫ですか?」

 

エクスが口を開こうとした時、彼女たちのすぐそばのドアが開き、青葉が廊下に出てくる。

 

「良いこと聞きました!明石さん、取材も兼ねて青葉も同行してよろしいですか?エクスさんの戦う姿を間近で撮影したいので」

 

「青葉さん。…えぇ、私は構いませんが、エクスさんはよろしいですか?」

 

「はい、大丈夫ですよ」

 

「ありがとうございます。…あっ、鳳翔さん!」

 

明石はエクスの了解を得たところで、青葉と一緒に廊下に出てきた鳳翔に声をかける。

 

「はい、何でしょうか明石さん?」

 

「エクスさんの艤装の性能試験をやるので、標的機の射出役をお願いできますか?」

 

「分かりました。早速準備してきますね。ではエクスさん、また後で」

 

「はい、案内ありがとうございました」

 

鳳翔は自身の艤装が保管されている出撃ドックへと向かって行った。

 

「では、まずはエクスさんの艤装を取りに行きましょう。工廠まで案内しますから、ついて来てください」

 

「分かりました」

 

エクスも明石の案内で工廠へと向かった。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

そしてエクスは工廠で受け取った艤装を背負い、出撃ドックから出港した。鎮守府前の海上に移動し、指示があるまでこの場で待機する事になった。

 

「今日はよろしく頼むよ、みんな」

 

誰もいないはずの海上でそう言うと、艤装の中から数人の小人が出てきてエクスに向かい敬礼する。明石の話によると、彼女たちはエクスの艤装に宿った妖精たちで、どの艦娘の艤装にも必ず何人かいるのだとか。彼女たちの主な役目は砲弾を込めるなど、艤装内部から艦娘たちの補助を行うことだと言う。

 

(妖精と聞いて、前に港町カルトアルパスへ観光に来た羽を生やした小人みたいな姿の妖精族を想像していたけど、子供が描いた絵みたいな妖精もいるんだな)

 

エクスは不思議に思いながらも、彼女たちに笑顔で返答する。

 

「エクスさーん!!」

 

その時、エクスの名を呼ぶ声が聞こえてきた。声のした方向を見ると、鎮守府の方から艤装を着けた青葉が慌てた様子で近づいてくる。

 

「青葉さん!」

 

「はぁはぁ……も、申し訳ありません!艤装に少しトラブルがあったので遅れちゃいました!」

 

「大丈夫ですよ、まだ始まっていませんから」

 

「そ、そうですか?よかった~、てっきりもう始まっていると思って機関出力最大にして来ちゃいましたよ」

 

青葉は呼吸を整えると、持っていたビデオカメラをエクスに向ける。

 

撮影が始まった直後、無線にノイズが走った。ノイズは次第に鮮明な女性の声に変わっていく。

 

『エクスさん、こちらの声は聞こえていますか?』

 

声の主は明石だった。エクスは彼女の質問に答える。

 

「はい、聞こえます」

 

『こちらの準備が整いましたので、これより艤装の性能試験を始めますね』

 

明石は無線でエクスに試験の大まかな流れを説明する。試験の内容は、主に機関部やレーダーなどの装備の動作確認や、標的に対する試射となっている。

エクスが現在いる鎮守府正面海域には、訓練用に様々な仕掛けが海底に施されている。それらの仕掛けは海底ケーブルで明石がいる工廠の隅に設けられた制御室と繋がっており、そこから制御盤を操作することで動かすことができる。

 

『いや~、しかし昨日エクスさんの艤装を点検した時は驚きました。何せ中は見たこともない回路のような模様がいたるところに刻まれていて、どこをどう弄ればいいのか全く分かりませんでしたから…。もし提督がいなかったら、整備もままらなかったですよ』

 

「え?提督が整備をしたのですか?」

 

『はい、そうです。あっ、今私の隣にいますよ?」

 

『は~い、エクスちゃ~ん』

 

無線機から新たに真理恵の陽気な声が聞こえてきた。

 

「あっ、提督さん。おはようございます」

 

『おはよう、今日は朝から忙しかったから会えなかったけど。どう?昨日はよく眠れたかしら?』

 

「はい、お陰様で。用意してくださった部屋もとても素敵でした。本当にありがとうございます」

 

『どういたしまして。…さて、話を戻すけど、さっき朝の会議が終わって次の仕事まで少し時間があるから、私も性能試験の様子を見させてもらうわね』

 

プロペラのまわる音が聞こえてきた。

音のした方向を見ると、鎮守府から黒い点がこちらに向かって近づいてくる。黒い点はしだいに黄色を基調とした、ラジコン並の大きさのレシプロ航空機の姿となってエクスと青葉のいる海域上空に達する。

その航空機にはカメラが付いており、こちらの様子をモニタリングできると真理恵は説明する。

 

だがエクスはその航空機を見て驚愕している真っ最中であり、彼女の説明など全く聞こえていなかった。

 

(…!!あの航空機、ムーやグラ・バルカス帝国の飛行機械と同じように機首に風車が付いている!?)

 

その航空機は色や大きさの除けば、自分たち第零式魔導艦隊を襲ったグラ・バルカス帝国のアンタレス型艦戦やシリウス型艦爆、リデル型艦攻に非常に酷似していた。

 

(くっ………!)

 

嫌な記憶が蘇る。冷や汗が頬を流れ、手が震える。エクスは自分や仲間を沈めた忌々しい飛行機械によく似たそれを鋭い目つきで睨みつけた。

 

「どうしました、エクスさん?」

 

「はっ!?…あっいえ、すいません。ちょっとボーッとしてました」

 

傍にいた青葉に声をかけられ、エクスは現実へと引き戻された。

 

(…あれは私たちではなく飛行機を睨んでいたわね)

 

真理恵はエクスが先ほど見せた行動の意味をある程度理解していた。前にも航空攻撃で沈んだ艦娘の一部がレシプロ航空機を見たとき、彼女と似たような反応を示していたことがあったからだ。ちなみにその中には真理恵の秘書艦である霞も含まれている。

 

『さて、まずは軽い試験航海も兼ねて機関の動作確認から行いましょう。その場所から沖に向かって数キロほど進んだところに標的を用意しています。先ほどドックからその場所まで移動してきた時と同じように、自分のペースでそこまで進んでください。標的のところまでたどり着いてから次の指示を出します』

 

「了解しました」

 

『ドックでも言いましたが、艤装を動かすには艦娘本人がイメージする事が大切です。主砲を動かしたければ主砲が動く場面を想像する、機関を動かしたければその場面を想像する、といったように頭の中でイメージする事で艤装を自分の想像通りに動かすことができます。……ではよろしくお願いします』

 

「エクスさん、何かあった時は青葉もお手伝いしますね?」

 

「ありがとうございます、青葉さん。…では、いってきます」

 

『いってらっしゃい』

 

エクスは真理恵の言葉に軽く頷いて、乗組員たちが自らの魔導機関を始動させるシーンを思い出す。

 

(大丈夫、さっきもできた。どうか動いてくれ…)

 

彼女は足に装着された機関部を見ながら心の中で祈る。その祈りは通じ、水の中に隠れたスクリューが高速回転を始め、足の周りに気泡が大量に発生する。

 

「!…やった、動いた!!」

 

無事に魔導機関を動かす事ができたエクスは、嬉しさのあまり思わずテンションが上がる。まるで新しいおもちゃをもらった子供のように喜ぶ彼女を見て、3人も思わず笑顔になる。

 

彼女の体はゆっくりと前に向かって進み始める。スクリューの回転速度を上げ、少しずつスピードを上げる。

 

「えっと、進行方向を変えるには……」

 

エクスが今向いている方向は東。標的があるポイントは南にあるため、進路変更する必要があった。航海長が面舵をとるシーンを頭の中で浮かべ、舵を右へ回す。

 

エクスが無事発進できた事を確認してから、青葉も自らの機関を始動させ、カメラを構えながら彼女の後に続く。上空を飛んでいた航空機も、彼女をカメラで写しながら後を追った。

 

 

To be continued...


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