零これ   作:LWD

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目覚め

(………ん?)

 

敵飛行機械の謎の攻撃で撃沈され、意識を失ったのも束の間。エクスは不思議な感覚に襲われていた。

 

それは、何か暖かくて柔らかい物に包み込まれているようなとても居心地の良いものだったが、すぐその感覚に違和感を覚える。

 

なぜなら自分はただの船魂。同じ船魂以外に触れる事は決して出来ない存在であるため、触れた物を『感じる』こと自体ありえない。

 

(何だ?この感覚は…?確かめたくても、こう暗くては何も見えない)

 

ここでなんとなく今の自分が目をつむっている状態だと理解したエクスは、この違和感を確かめるため、閉じている目をゆっくりと開けた。

 

 

 

 

「………え?」

 

エクスは素っ頓狂な声を上げる。彼女の目に映っていたのは深い闇に包まれていた海の底ではなく、何処か知らない部屋の天井だった。

 

突然の状況に、エクスは寝ぼけているのではないかと考えたが、二、三度瞬きして自分の目に映っている光景が現実である事を確認する。

 

「……どこだ、ここ?」

 

先ほどまで砲火の飛び交う戦場にいたはずなのに、いつの間にこのような見ず知らずの場所に移動したのだろうかと疑問に思った。

 

部屋の中にいるということは、ここが何処か建物の中なのはまず間違いないだろう。

しかし、あの群島地帯で建物といえば、空軍か陸軍離島防衛隊の基地くらいしかない。気を失ってからそう時間は経っていないはずなので、距離的に考えてここが友軍の基地内という事はありえないだろう。

 

「……これは…ベッドか?」

 

背中からの暖かい感覚に気付き、上半身を起こして確認する。

彼女は自分が感じた暖かくて柔らかい物の正体が、ベッドと掛け布団である事を理解する。

 

(…なぜ私はこんなところで眠っていたのだ?)

 

彼女は周りをキョロキョロと見渡し、自分のすぐ近くの棚に所狭しと並べられた医薬品を見て、この部屋が医務室である事を理解する。

部屋の中に見覚えのあるものがないか探してみるが、結局室内では何も見つからず、外を確認しようと窓のカーテンに触れる。

 

「……!?」

 

その時、エクスは彼女にとって最も重大な変化に気付き、カーテンに触れている手に注目した。

そのような行動に出たのは、意識を失う前とは明らかに異なっていることがあったからだ。

 

「実体を……持ってる?」

 

カーテンから手を放し、自分の両手をまじまじと見ながら驚愕する。

 

「いったい…私の身に何が起きた…?」

 

全く知らない場所……、実体化した体……、あまりにも不可解な状況にエクスは混乱する。

 

そのため、いつの間にか部屋に入って来ていた人物に彼女は全く気がつかなかった。

 

「ねぇ、お姉さん?」

 

「!!?」

 

突然声をかけられたエクスは、驚いて身体をビクッと震えさせる。

声がした方に顔を向けると、1人の少女が自分の寝ているベッドのすぐそばに立ち、こちらを心配そうに見ていた。

 

「大丈夫?」

 

こちらに目線を合わせ、心配するような声色で話しかけてくる銀髪の少女。

その行動から、この少女は明らかにこちらを認識しており、エクスは自身が紛れもなく実体化していることを確信する。

 

「……誰?」

 

開口一番で銀髪の少女にそう問いかけた。

質問された少女は一瞬沈黙していたが、すぐにはっとなって返答した。

 

「あっ、ごめんなさい!え~っと…申し遅れました!私は夕雲型の最終艦、『清霜』です!よろしくお願いです!」

 

「え……よ、よろしく…」

 

元気いっぱいに挨拶する少女…『清霜』に、エクスは若干戸惑いながらもぎこちない返事をする。

 

「お姉さんはなんて名前なの?」

 

今度はこちらが自己紹介を促されたので、エクスはとりあえず名乗ることにした。

 

「え?…私は…『エクス』」

 

「エクスさんですね!よろしくお願いです!」

 

(……随分とテンションの高い子だな)

 

満面の笑みを見せる清霜に、エクスは正直な感想を漏らす。

 

「え~っと、清霜だっけ?ここはどk「ところでエクスさん、さっきからずっとボーっとしていたけど、どこか具合悪いところとかある?」……え…大丈夫だけど…」

 

ここが何処なのか、この清霜という少女にに聞けば分かるかもしれないと判断したエクスは早速彼女に質問しようとするが、清霜はそれを遮るようにエクスに顔を近づけて先に質問してきた。

真剣な眼差しでこちらを本気で心配してくる清霜に圧倒され、エクスは一応大丈夫だと答える。

 

「そっか、よかった~」

 

エクスの言葉にホッと胸を撫で下ろし、清霜は人懐っこい笑顔を彼女に見せる。そんな清霜の姿に、エクスは先ほどまであった戸惑いが消え失せ、表情がやわらぐのが分かった。

 

「ところで清霜、ここが何処か知らないか?」

 

エクスは改めて、先ほど清霜に聞こうとした質問をする。

 

「ここ?ここは横須賀鎮守府の医務室だよ?」

 

「……よこすか?」

 

清霜が言うには、ここは"よこすか"と言う地にある鎮守府らしいが、そのような名前の鎮守府は神聖ミリシアル帝国には存在しないため、エクスは首をかしげる。

分からないと言うような仕草を見て、清霜は疑問を口にする。

 

「エクスさん、横須賀を知らないの?」

 

「あぁ、そのような地名は神聖ミリシアル帝国には存在しないはずだから」

 

「…しんせいみりしあるてーこく?」

 

エクスの口から出た世界最強の国家の名前を聞いて、今度は清霜が目を点にして首をかしげる。その反応から、彼女の祖国の存在そのものを知らない様子だった。

 

(文明圏外の国家でさえ、私の祖国の名前とその実力くらいは知っているはずだが…。という事は、ここはそれよりももっと離れた場所なのか?)

 

とても信じ難い事だが、どうやら自分はあの海上から遥か遠くにあるどこかの文明圏外国家にいると推測し、確認のため再度清霜に質問する。

 

「ここは文明圏外の国みたいだが…何て名前の国なんだ?」

 

「”ぶんめいけんがい”というのはよく分からないけど、ここは日本という国だよ?」

 

「ニホン?」

 

清霜の話だと、この鎮守府のある国はニホン国という名前らしい。列強や文明国にそのような名の国家はないため、ここは文明圏外国家で間違いないだろう。

だがその名前を聞いた途端、ふと疑問に思った。

 

(あれ、ニホン国…?どこかで聞いたような…)

 

なぜか、その国名に聞き覚えがあった気がしたエクスは、自身の記憶の糸をたぐり寄せるが、途中で清霜が質問していたため一時考えるのを止める。

 

「もしかしてエクスさんって海外の艦(ひと)なの?」

 

「え?…まぁ、そういう事になるな」

 

「そっか、じゃあ日本の事よく知らないよね。…よし!今度清霜が横須賀の街を案内してあげるね!」

 

そう提案して歯を見せながら笑う清霜の姿はなんとも微笑ましいものであり、そんな清霜の姿を見たエクスは、顔が思わずほころんで、笑顔を浮かべながら返答する。

 

「……ありがとう、その時はよろしく頼むよ」

 

「もち!まっかせて!……あ、そうだ!」

 

「…?どうした清霜?」

 

突然何かを思い出したかのような声を上げる清霜。気になったエクスはどうしたのかと尋ねる。

 

「エクスさんが起きたから、司令官たちを呼んでこなきゃ!」

 

「司令官?」

 

「うん!この鎮守府の司令官!呼んでくるからちょっと待っててね!」

 

清霜は笑顔で頷くと、部屋の出口に向かって踵を返した。

 

「あっ待ってくれ。もう一つ質問があったんだが、なぜ私がここにいるのか教えてくれないか?」

 

ドアを開け部屋を出ようとする清霜に、エクスはなぜ自分があの海からこのような見ず知らずの場所にいるのか理由を聞こうと声をかける。

それを清霜は、医務室で寝ていた理由について知りたいのだと判断し、彼女に顔だけ向けて答えた。

 

「え?ここで寝ていた理由?エクスさん、建造ドックから出て来た時に気絶していたから、皆で医務室まで運んだんだよ?」

 

エクスが聞きたいのは其処ではないのだが、再度質問しようとした時、既に清霜は医務室から出て行った後だった。

 

「……」

 

清霜がいなくなり、医務室は再び静寂に包まれた。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

「エクスさんか…一体どんな戦艦なんだろうな~」

 

提督のいる執務室へ向かう途中、清霜は先ほどまで会話していた戦艦娘の事を考えていた。

 

彼女…清霜は無類の戦艦好きである。それも、自分もいつかは戦艦になれると信じて疑わないほどに。

そのため、明石がエクスを戦艦だと判断した時は、飛び上がりたくなるほど興奮した。

 

「きっと、金剛さんみたいにかっこよく戦うんだろうな~」

 

エクスの艤装が不思議な姿をしていたため、清霜は彼女がどうやって戦うのか非常に気になっていた。

戦う姿を想像し、興奮して目を輝かせる清霜。

 

「でも……なんだか元気ないみたいだったな…」

 

清霜と会話している間も、エクスは時折笑ったりしていたが、それ以外の部分ではどこか暗い雰囲気を背負っているように見えた。それは戸惑いというより悲しみによるものだと清霜は思った。

 

ちょっとでも元気になって欲しい……。そう思った清霜は、自分に何かできる事はないか廊下を歩きながら考える。そしてある事を思いつき、ポンッと手をたたいた。

 

「…あ、そうだ!司令官を呼びに行った後、あそこに寄ってからエクスさんのところに行こっと!」

 

そう言って清霜はルンルン気分で執務室へ向かった。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

横須賀鎮守府 執務室

 

場所は変わってここは提督の執務室。先ほどの騒動より数時間後、提督は医務室から戻ってきた霞と共に普段通りの執務をこなしていた。

ただし二人の机には、いつもよりもずっと多くの書類が山積みされていた。理由は言わずもがな……先ほどの騒動による報告書が追加されたからである。

 

「あ~疲れた~!今日はいつもより多いよ~」

 

「ドック滅茶苦茶にしちゃったんだから当然でしょ?口動かしている暇があったら手を動かしなさいよ。……ほら、次」

 

「…へ〜い」

 

机に伏せて愚痴をこぼす提督に対し、霞は新たに処理を終えた報告書を彼女に手渡す。提督はそれをめんどくさそうに受け取りながら執務を再開する。

受け取った書類にペンを走らせようとした時、執務室のドアがノックされた。

 

「ん~どうぞ~」

 

「失礼します!」

 

提督は間延びした声で入室を許可すると、清霜が元気な声で執務室に入ってきた。

 

「どうしたの~清霜~」

 

提督は間延びした声のまま清霜に要件を言うよう促す。彼女は顔を清霜に向けているにも拘らず、まるで見えているかのように報告書の内容を正確に書き続けていく。

 

「あのお姉さんが目を覚ましました!」

 

清霜の報告を聞いた提督は報告書を書く手をピタリと止め、即座に椅子から立ち上がる。

 

「え?本当!?じゃあ急いで医務室に行かなきゃ!」

 

「……随分嬉しそうね」

 

よほど書類仕事が嫌なのだろうか、嬉しそうな声を上げる提督。それに対し霞は呆れた表情で仕事を途中で切り上げ、提督と同様に椅子から立ち上がる。

 

(はぁ、これでも大戦果を収めた優秀な司令官なんだけど……普段のコイツを見てると今だに信じられないわね…)

 

「ほら~、行くわよカスミン」

 

「だからそのあだ名で呼ぶのやめなさいと言ってるでしょ」

 

心の中でため息を吐く霞を、提督が急かす。霞は提督が自分をあだ名で呼ぶことにつっこむと、彼女や清霜と共に廊下に出る。

 

「あ、私ちょっと用事があるから、二人とも先に行っといて!」

 

ここで清霜が二人に話し掛ける。

 

「えっ、用事って……?」

 

「じゃあまた後でね!」

 

「ちょっと!待ちなさいよ清霜!」

 

清霜は霞の制止を聞かずに医務室がある方向とは反対方向へと行ってしまった。

 

「…何の用事かしらあの子?」

 

「まぁ、あの子のことだから別に危ない事はしないでしょう。後で来るみたいだし、私たちは先に行きますか」

 

仕方ないので提督と霞の二人は先に医務室へ向かうため歩き出す。

途中から鳳翔も加わり、3人で向かう事になった。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

場所は再び医務室へと戻る。

エクスはカーテンを開き、ベッドに腰掛けながら外の景色を眺めていた。

 

「…清霜の言う通りだ。あんな形の魔導船はミリシアルにはない」

 

鎮守府の敷地より少し離れた埠頭に停泊する海自の護衛艦を見た彼女は、ここが少なくとも自分の国ではないことを理解する。

 

先ほど清霜は自分がドックで意識を失っていたと言っていた。

なぜ、そんな所にいたのか全く分からなかったが、清霜はこの鎮守府の司令官を呼んでくると言っていた。その人物に聞けば、この不可解な現象について何か分かるかもしれない。

 

(私がこのような現象に遭うきっかけは、…やはりあの時か?)

 

ここでエクスは、意識を失う前のあの出来事を思い出す。

凄まじい対空砲火、容赦なく襲いかかる敵機、攻撃を受けた時の激痛、傷つき沈んでいく……仲間の随伴艦。

 

「……カリバー…バリアント……みんな」

 

ふと思い浮かぶのは、自分と共に第零式魔導艦隊に配属された仲間たち。

よく全員で集まってはいろんな事を話したものだ。

 

(あの戦いの前日も、みんなで集まったっけ…)

 

あの戦いの前日。その時も皆で話をしたり、馬鹿みたいにふざけ合ったり、…そして笑い合ったりして楽しかった事を思い出す。

 

エクスにとって彼女たちとの思い出はかけがえのないものであり、これからもそんな日々がずっと続いてほしい……そう願っていた。

だから…自分達を襲った悪夢が…、彼女たちが目の前で沈んでいった事が……全て夢であってほしかった。

だが、あの光景がエクスの脳裏で鮮明に映り続けており、紛れもなく真実である事を嫌でも理解させられる。

 

仲間たちはもういない。

それを理解した瞬間、エクスの視界が滲む。己の無力さ、仲間を全て失った悲しさが混ざり合い、涙となって溢れてくる。

 

「………守りたかった…何も…できなかった」

 

後悔の言葉を口にし、両手で顔を覆いながら肩を震わせて静かに泣いた。

 

 

 

その時、医務室のドアをノックする音が聞こえ、3人の女性がドアを開けて入ってきた。

 

「失礼するわね~。…ってあれ?どうしたの?」

 

「…!?」

 

エクスは驚いて女性たちの方を見る。

そこにいたのは、提督と霞、そして鳳翔だった。頬を流れる涙を見て、彼女たちも同じように驚く。

涙で顔を濡らしたままだった事に気付いたエクスは、涙を上着の袖で拭き、何事もなかったかのように振る舞う。

 

「……な、何でもありません。少しあくびが出ただけです」

 

泣いている事を悟られないよう無理矢理笑顔を作って誤魔化そうとするが、先ほど泣いている姿を諸に見られていたため、全くの無意味だった。

 

事実顔は笑っていても体が震えており、泣くのを無理矢理抑えているのは明白である。

 

(……そっか。この子…自分の最後を思い出したんだ…)

 

大抵の艦娘は目覚めてしばらくは自分の状況に混乱するが、しだいに船だった頃の記憶を取り戻していく。

当然、艦娘たちの大半はあの戦争で壮絶な最期を遂げた者も多く、記憶が戻った時は目の前のエクスのように後悔や悲しみ、恐怖のあまり泣く者も多かった。

 

その様子を見た提督は、作り笑いを浮かべているエクスにゆっくりと近づくと、優しく抱きしめてあげる。

 

「……え?」

 

突然の事に困惑しながら提督の顔を見る。その顔はまるで子を想う母親のように優しい笑顔だった。

 

「…我慢しないで。辛く悲しい時は………泣いたっていいのよ」

 

そう言ってエクスの頭を優しく撫でる提督。

無理やり止めていた涙が再び溢れ出てくる。

 

「……うっ…うぅっ」

 

エクスはしばらくの間、彼女の胸に顔をうずめて泣き続けた。

 

 

To be continued…


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