最新話はもう暫くお待ちください。
――飛来する敵弾が曇天で灰色に見える海面に突き刺さり、巨大な水柱を形成する。その砲弾の嵐を突き進む一人の艦娘。艦種は見た目からして駆逐艦だった。
重巡リ級と駆逐イ級2隻は、自分たちに肉薄せんと突撃するその命知らずな艦娘目掛け、砲弾を絶え間なく撃ち続ける。その艦娘にまるで雨の様に降り注ぐ砲弾。だが、その艦娘は余裕と言わんばかりにそれらを躱していく。
「……!!?」
あっという間に2隻いるイ級の内、1隻の目の前まで辿り着く。接近を許してしまったイ級は一瞬だけ砲撃を止める。その隙を逃さず、その艦娘は持っている砲から砲弾を撃ち込む。その発砲炎は青白い色をしていた。急所を突かれたイ級は浮力を失い、暗い水底へと飲み込まれていく。
少女はそのイ級が沈んでいく様子を確認する事無く、即座にもう1隻のイ級に砲を向ける。先に発砲したのは狙われたイ級だった。
少女はそれを首をひねって避け、お返しとばかりに青白く光る砲弾を撃つ。そのイ級もまた急所に砲弾が当たり、爆裂魔法による誘爆が原因で轟沈した。
あまりにも短い時間で敵艦2隻を仕留めたその駆逐艦娘は、くるりと後ろを振り向いて残る1隻のリ級と相対する。すかざす右手の艤装から砲弾を発射するリ級。それを少女はただ立って見ていた。
着弾。それと同時に形成される巨大な水柱。少女がそれに飲み込まれる様子を見て、リ級は勝利を確信した。
…だが、その認識は誤りだった事を彼女はすぐに気付かされる。
突如横から感じる気配。視線だけを向けると、先ほど撃沈したはずの少女が海上に立ち、得意げな笑みをこちらに向けていた。
「…?」
少女がなぜそのような表情をするのか理解できないリ級。少女にばかり気を取られていた彼女は、すぐ側まで迫っていた死神に気付く事が出来なかった。
突如、海面から発生する猛烈な爆発。それによって生まれた凄まじい破壊のエネルギーがリ級を容赦なく襲った。
「………!!?」
それは自分と戦っている少女が放った酸素魚雷によってもたらされた事だった。リ級は魚雷攻撃を受けたと認識した直後に意識を手放し、海の底へズブズブと沈んでいった。
「……」
その様子を見ていた少女は、しばらく体をわなわなと震えさせると、やがて両腕を天に勢い良く上げ万歳の姿勢を取った。
「ん~~~やったーー!!」
歓喜の雄叫びを上げて両足に取り付けられた5連装魚雷発射管を撫でる少女。
「本当に凄いよ魚雷って!重巡を倒しちゃった!」
自分よりも強力な艦種を仕留めた事に、少女の顔は喜色満面になる。
少女の名は『フィジー』。第零式魔導艦隊に所属する小型艦、『マーリン』級の8番艦である。
「だから~!フィジーは小型艦じゃなくて『魔導駆逐艦』だってばー!」
……これは失礼。『マーリン』級魔導駆逐艦8番艦『フィジー』でした。
「フィジーちゃん!」
そこへ同じ第零式魔導艦隊に所属し、フィジーの先輩にあたる『ヴィヴィアン』級魔砲船の2番艦、『エレイン』が合流する。フィジーは興奮した様子で彼女に自分の戦果を伝える。
「あっ、エレインさん聞いて!フィジー、重巡を倒したんだよ!凄いでしょー!」
「えぇ、見てましたよ。よく頑張りましたね」
「えへへ~」
褒められたフィジーは照れ顔になる。そんな後輩の姿に笑みを浮かべるエレイン。
「…ですがあまり1人で前に出すぎるのは危険ですよ?今後はそこを気をつけて…」
フィジーの行動を注意するため話を続けようとした時、エレインの後ろに巨大な水柱が立ち上がり、海中に潜んでいた軽巡ツ級が姿を現す。
「!?エレインさん!後ろ…!」
「……」
フィジーが新手の深海棲艦の出現に動揺しながら叫ぶ。それと対照的に落ち着いた表情を見せるエレイン。
他の軽巡よりも高い戦闘力を誇るツ級。並の駆逐艦娘や軽巡洋艦娘では撃破が容易ではないと言われた深海棲艦が、背中を向けたまま立ち止まっているエレインに襲いかかる。
「えぇ、知っていましたよ?隠れていたのは」
だが、ツ級の攻撃が行われる事はなかった。それより先に、エレインが魚雷発射管を後ろに向けて酸素魚雷を発射する。魚雷は海中に入る事無く、さながら噴進弾の如くしばらく飛翔してツ級に命中する。
「……!!?」
攻撃のためエレインに近付いていたツ級にその魚雷を躱す余裕などなかった。命中と同時に魚雷内部の炸薬が爆発してツ級を襲う。
非常に重い攻撃でありながら、ツ級の被害は何とか大破に留まった。
「…?」
ふとツ級は、自らの体がふわりと浮き上がる感覚を抱いた。時間にしてほんの1、2秒程度だろうか…?ツ級にはそれ以上の時間浮き上がっているような気がした。
煙が晴れる。ツ級の目の前には穏やかな笑みでこちらを見るエレインの姿があった。彼女は装填済みの中口径魔導砲をツ級に突きつける。
「申し訳ありませんが敵艦さん、今はフィジーちゃんと大事なお話をしている最中なんです」
エレインの糸目がゆっくりと開き、瞼の中に隠された鋭い眼光がツ級を睨みつける。
「…静かにして頂けますか?」
直後に放たれる青白い砲弾。それは文字通り轟沈寸前だったツ級に対する止めとなった。視界の全てが青から赤に変わったところで、ツ級は意識を永遠に手放した。
――――
深海棲艦の艦隊との戦闘から約1時間。数で勝るはずの深海棲艦は、その大半が水底に沈み、生き残った艦も艤装から黒煙を出しながら撤退していった。
「2人とも、怪我はない?」
戦闘を終えたフィジーとエレインは、味方の主力部隊と合流。そこで待っていたヴィヴィアンとニニアンが、彼女らを心配して声を掛ける。
「えぇ、大丈夫ですよヴィヴィー姉様」
「フィジーもほらっ、こんなに元気だよ!」
「全くフィジーは、また1人で突撃して。お前は只でさえ魚雷をしこたま積んでいるんだ。被弾した時のリスクは他の艦娘よりも多いんだぞ?」
語気を強めてフィジーの行動を咎めるニニアン。それにフィジーは素直に頭を下げて謝罪する。
「…はい。ごめんなさい、ニニさん」
「ニニ。そこは私が注意しておいたからその辺にしてあげてくださいね?」
「…まぁ、姉さんがそう言うのならこれ以上は言わないけど…今後は自分の身を考えて行動しろよ?」
「は~い!」
素直に返事するフィジー。そこへさらに複数の艦娘たちがやって来る。
「「フィジー!」」
「しぐしぐ!まいまい!」
フィジーはその中で彼女の親友である駆逐艦『時雨』、『舞風』の姿を確認し、手を大きく振ちながら彼女たちの元へと向かった。
「目標の敵艦隊は無事に撃破できたみたいだよ。みんなお疲れ様。提督が気を付けて帰って来いってさ」
入れ替わりでやって来た川内姉妹。その長女がヴィヴィー姉妹への労いの言葉を掛けると同時に、提督『梶ヶ谷 海良』からの指示を伝える。
「分かった。川内たちもお疲れ様。…そういえばエレイン。帰ったら提督さんから大事な話があるんだったよね?」
「はい。3日後に行われる合同演習に関する話です」
「そんじゃ、取り敢えず帰りますか、鎮守府に」
フィジーたちは彼女たちの暮らす家、佐世保鎮守府へと進路を取った。
――――
佐世保鎮守府 執務室
夕食が始まる少し前の時間。佐世保鎮守府提督『梶ヶ谷 海良』は、執務室にやって来た2人の艦娘に異動について説明していた。秘書艦の戦艦『山城』と補佐役である彼女の姉の『扶桑』が海良の隣に立ち、彼と異動命令を受ける2人の艦娘を見守る。
「…以上だ。急な異動で済まないな、2人とも。本来なら10月からの予定なんだが」
「いいえ、提督。横須賀鎮守府は空母の数が少ないですし、私たちのような艦が少しでもお役に立てるのなら光栄です」
海良からの謝罪に首を振って答える少女。名前は翔鶴型航空母艦、1番艦『翔鶴』。彼女は隣に立っている妹の『瑞鶴』と共に、横須賀鎮守府への異動が決まっている。
「期待しててよ、提督さん!加賀なんかより私たち五航戦のほうが優秀だって事、証明してみせるから!」
一航戦、特に空母『加賀』に対して対抗意識を持つ瑞鶴。翔鶴は妹が発した失礼な言動を指摘する。
「もぉ、瑞鶴。一航戦の先輩を呼び捨てにしちゃダメじゃない」
「何であんな奴に敬意を払わなきゃいけないのよ?あいつ、船の頃から私と翔鶴姉を馬鹿にしている節があるし」
露骨に不満の表情を浮かべる瑞鶴。海良は鶴姉妹の顔を交互に見ながら、再度口を開く。
「翔鶴、瑞鶴。お前らは一航戦や二航戦に比べたら艦娘としての時間は短いが、実力はあの4人に引けを取らない。向こうでも上手くやってくれると、俺は信じている」
「提督さん…」
「短い間だったが、お前らと共に戦えた事を、俺は誇りに思う。横須賀に行っても頑張ってくれ」
励ましの言葉を紡ぐと、海良はゆっくりと椅子から立ち上がって鶴姉妹に敬礼する。隣にいた扶桑姉妹も彼に続いて敬礼する。
「「はい、提督。お世話になりました!」」
鶴姉妹も再度姿勢を正し、海良と扶桑姉妹に敬礼を返した。
「…さて、当日翔鶴たちと共に横須賀へ行く艦娘がいるのだが…。山城、フィジーたちはまだ来ないのか」
海良は椅子に座り直して隣にいる山城に尋ねる。鶴姉妹が横須賀へ異動する当日。同じく合同演習のため彼女たちと共に横須賀へ向かう艦娘たちがいた。演習の打ち合わせ兼ある重要事項を伝えるため、海良はあらかじめ彼女たちに執務室へ来る旨を伝えていた。
「先ほど川内から鎮守府に到着したとの報告があったから…もうそろそろ来るはずよ?」
「そうか、分かった」
頷く海良。その時、部屋の外からドタドタと走る音が聞こえてきた。音は徐々に大きくなりながら、執務室に近づいてくる。
「しれーさん!!!」
勢いよく開く執務室の扉。同時に1人の少女が元気な声を上げて入室する。…2人の駆逐艦娘を引きずりながら。
「ま、舞風さん!?」
「「時雨!?」」
茶髪の少女が右手で掴んでいる金髪の少女の名を言う翔鶴と、同じく反対側にいる黒髪の少女を見て叫ぶ扶桑姉妹。少女に引きずられて来たためか、駆逐艦『舞風』と『時雨』は目を回していた。
「フィジー…。お前、部屋に入る時はノックして、許可が下りてからだと教えといたはずだよな…」
呆れた表情でフィジーを見つめる海良。
「あ、そうだった!ごめんなさい、しれーさん!」
フィジーはハッとすると、勢いよく頭を下げて素直に謝罪する。海良は溜息を吐くと再度口を開く。
「…とりあえず舞風と時雨を起こしてやれ。気を失っているみたいだぞ?」
「え……あ!しぐしぐ、まいまい!ごめん、大丈夫!?」
海良に指摘されてようやく目を回している2人に気付いたフィジーは、慌てて2人の体を揺らす。
「う…う~ん」
「あれ?ここは…?」
フィジーに身体を揺すられて目を覚ます時雨と舞風。執務室に行く途中で気を失ったためか、自分たちが今何処にいるのかすぐには把握できなかった。
「あ!しぐしぐ!まいまい!」
「「………」」
この異世界に来て初めての親友たちが目を覚ました事に、フィジーは心底嬉しそうな声を上げる。時雨と舞風はそんな彼女にすばやく迫って怖い笑顔を見せる。
「…フィジー~?」
「…ちょっ~と、向こうでダンス(物理)の練習に付き合ってくれない?」
「ご…ごめんなさい」
フィジーは身体を震わせ、冷や汗をかきながら2人に謝るのだった。
「ちょっとフィジー!先に行きすぎだって!」
「あー!今度こそ私が一番に着きたかったのに~!」
ちょうどそこへヴィヴィアン姉妹と川内姉妹の6人、さらに白露姉妹(白露、村雨、春雨、海風)と第4駆逐隊(野分、嵐、萩風)もやって来る。狭いとも広いとも言えない執務室は、一気に大所帯となった。
「…これで全員だな。では、演習についての詳細を説明する。全員しっかりと聞くように」
横須賀へ向かう全艦娘が揃ったところで、海良は淡々と説明を始める。先ほどまで口々に話し合っていた艦娘たちは喋る事をやめ、自分たちの提督に耳を傾ける。
――――
それから数分後。演習に関する説明が終了した。
「演習については以上だ。出発は明日の朝だ。きちんと準備をしておくように」
『了解しました!』
一斉に敬礼する艦娘たち。それを見て一度頷いてから、海良は次の連絡事項を述べ始める。
「…もう一つ連絡がある。フィジー、ヴィヴィアン、エレイン、ニニアン」
海良は異世界よりやって来た4人の魔導艦娘を呼ぶ。他の艦娘たちは呼ばれた彼女たちに一斉に注目する。
「お前たちに横須賀鎮守府に行くにあたって、大事な事を伝えておく必要がある」
「大事な事…?それって何なの提督さん?」
ヴィヴィアンが4人を代表して尋ねる。するといつも無表情の海良がふっと笑みを浮かべた。普段は滅多に笑わない自分たちの提督が見せる笑顔に、その場にいる艦娘全員が驚く。これは余程良い話である事を、その場の誰もが予想した。
そして予想通り、海良はフィジーたちにとって非常に喜ばしい事実を告げた。
「…お前たちが所属していた艦隊。その旗艦である戦艦娘が横須賀鎮守府で保護されている事が分かった」
「「「「!!!?」」」」
瞬間、フィジーたち4人は驚愕の表情を浮かべた。
「ほ…本当なのか司令…?え、エクスさんが横須賀にいるって…」
恐る恐る尋ねるニニアン。海良はゆっくりと頷いた。
「しれーさん!ホントにホントなの!?」
フィジーは海良の机まで移動し乗り出すように彼に迫る。
「あぁ、間違いない。残念ながら戦艦『エクス』以外の艦娘はまだ行方が分かっていない。呉や那覇には来ていない様だしな」
「舞鶴鎮守府や大湊鎮守府はどうなのですか?」
エレインが尋ねる。
「いる可能性はあると思っている。ただ、向こうもこっちと同じく混乱を避ける為に箝口令を敷いているなら、直接鎮守府に赴いて確認するしかない。…だが、向こうも多忙故に時間が取れないのが現状だ。訪問出来るのはしばらく先になりそうだ」
「…そうでしたか、分かりました」
「…すまない」
「提督が謝る事じゃないですよ。今は深海棲艦が活発化によってどこの鎮守府も何時も以上に忙しくなっているのですから。今はエクスさんの無事が分かっただけで十分です」
ありがとうございます。そう言って海良に頭を下げるエレイン。他の3人も彼女に続いた。
「よかったね、フィジー!」
フィジーの隣に立っていた時雨が、彼女に笑みを向ける。
「うん!早くエクスさんに会いたいな~」
フィジーも彼女に満面の笑みを向けて頷いた。
――――
佐世保鎮守府 大食堂
大勢の人で賑わう食堂。1000人以上が座れる様に、その規模は非常に大きく造られている。
海良の話が終了した後、フィジーは執務室に集まった艦娘たちと一緒に夕食を摂りながら会話をしていた。現在はエクスに関する話題である。
「エクスさんって人はどんな人なのフィジー?」
フィジーの左隣で食事している舞風が、彼女にエクスについて尋ねる。
「う~んとね…とても真面目で頑張り屋さんで…可愛いって言われた時の凄く恥ずかしがる姿がとっても可愛い人だよ」
「相当の照れ屋さんなのかな?」
「うん、そんな感じ」
ここでフィジーの正面に座っていたヴィヴィアンが昔を思い出して軽く笑う。
「あははっ、そういえば前に皆でエクスさんに散々可愛いよって言った事があったよね~」
「…そのせいで姉様たち、エクスさんを泣かせてしまったではないですか」
その隣で話を聞いたエレインは、姉を少し咎めるような口調で話す。エレインの脳裏には、全身を真っ赤に染めて泣き出してしまったエクスの姿が浮かび上がる。
「…うん、あの時は本当に申し訳ない事をしてしまったよ…。反省しています…」
ヴィヴィアンの声が少し小さくなる。
「でもこれで他の仲間たちもこっちの世界に来ている可能性が高くなったな」
「そうだねニニ。ただ皆が僕たちの様に他の鎮守府に保護されていれば良いのだけど…提督さんが言うにはまだ海を彷徨っている可能性もあるみたいだから心配だな…」
まだ会える仲間たちの安否を心配するヴィヴィアン姉妹。そんな彼女たちへフィジーが明るい声で話す。
「大丈夫だよ!必ずみんなと無事に会える筈だから!」
「何でそう思えるんだフィジー?」
「勘!!」
無邪気な笑顔でそう答えるフィジー。途端に彼女が座るテーブルが明るい笑い声に包まれる。
「…そうだな。心配していてもしょうがないし、今は皆の無事を信じようか」
「そうだね。僕らは皆に会える日が来るまで、もっと強くなれるように努力していこう」
「えぇ、ヴィヴィー姉様」
頷くエレイン。そこへ川内姉妹が彼女たちへ話し掛ける。
「そうそう、今日の出撃だけど…3人ともなかなか良い戦いぶりだったよ?」
「えっ、本当かい川内!?」
「うん。敵艦との間合い、攻撃のタイミングや武器の使い方…どれも最初の頃とは比較にならないくらい良くなっていたよ。…まぁ、夜戦が出来なかったのは残念だったけど」
大好きな夜戦が出来なかった事に露骨に落ち込み始める川内。隣に座っていた神通が彼女を慰めながら、エレインの方へ顔を向ける。
「エレインさんも…私が教えた事以上の事が出来ていて良かったですよ」
「ありがとうございます、神通さん」
「もっちろん、ニニちゃんもだよ!アイドルに必要な所がしっかりと戦闘に生かせていたよ!」
「あぁ、ありがとな那珂」
自分の教官たちから褒められて嬉しそうな表情を浮かべるヴィヴィアン姉妹。そんな3姉妹の様子をフィジーはしばしの間微笑みながら見ていた。
「ねぇ、フィジー」
そこへフィジーの右隣に座っていた時雨が彼女に話し掛ける。
「はっ…!何、しぐしぐ?」
「エクスさんという人以外に、フィジーが所属していた艦隊の人たちの話が聞きたいのだけど」
「あっ、それ私も聞きたい。特にフィジーのお姉さんたちについて」
舞風も時雨に同調し、白露姉妹と第4駆逐隊のメンバーも賛成の意を示す。
「うん、いいよ!一番上のお姉ちゃんのマーリンちゃんはね…――」
――――
夕食を終えたフィジーたちは、川内姉妹やヴィヴィアン姉妹と別れ、自分たちの寝室へと向かっていった。
「ムーは凄かったな~。魔法を使わないで車や飛行機を作っちゃうんだもん!」
話題はフィジーが暮らす世界に関する内容に変わっていた。フィジーは何度か遠征で行った列強ムーについて興奮した様子で話す。
それを日本の駆逐艦娘たちは驚愕の表情を浮かべながら聞いていた。
「…信じられない。まさかムー大陸が本当に実在していたなんて…それも異世界に転移していたなんてね…」
呆然とした様子で言葉を紡ぐ時雨。他の艦娘たちも彼女と同じ感想だった。
「フィジーも列強ムーがこの世界の国だったって知ってビックリだよ。ムーの人たちが言っていた事は本当だったんだね」
「言っていた事?」
「それってどんな事ですか?」
村雨と萩風が首を傾げる。
「ムーの人たちは自分たちは異世界からやって来たって言っているんだ。でも、『転移なんてありえない』って誰にも信じてもらえなかったみたい」
「そうだったのか…。…にしてもいきなり知らない世界に放り込まれて、ムー大陸も相当苦労したんじゃないか?」
「うん。あらあらの言う通り、魔法で他の国よりずっと不利だったから最初は周りから攻められたりして大変だったみたい。だから科学に力を入れていたんだよ」
(『あらあら』って……)
白露はその渾名を聞いて変に思ったが、その名前で呼ばれた当の嵐は大して気にも留めていないようだった。実際には、『こうして渾名で呼ぶのは親しくしたいから』と言って全く改めようとしないフィジーに対して半ば諦めているだけだが…。
(流石に村雨に関してはこの独特の渾名で呼ぶ事は姉妹全員が全力で止めさせたけど…)
前に一度、フィジーが村雨を渾名で呼んだ事があった。この時は村雨も含めて白露姉妹総出で彼女を説得し、別の渾名で呼ぶ事でなんとか納得させた。因みにその時決まった変わりの渾名は『村ちゃん』である。
「はぁ…はぁ…」
その時、廊下の曲がり角から一人の少女が現れた。その少女は全力で走ってきたためか、息が荒かった。
「あれっ?そんなに慌ててどうしたのつきつき?」
何事かと尋ねるフィジー。少女――自称レディーこと駆逐艦『暁』は息を整える前に口を開く。
「な…長門さんがまた発作を起こしわ。み、みんな逃げて…!」
『!!!?』
その場にいた全員が驚愕し、同時に顔がみるみる青ざめていく。
戦艦『長門』。建造当時、彼女は妹の『陸奥』と共にビックセブンの一角を占め、子供たちが写生で彼女たちの絵を描くなど多くの人から人気を集めていた。艦娘として生まれ変わった後も佐世保鎮守府の主戦力として活躍し、その名に恥じぬ高い戦闘力を発揮して艦隊の勝利に貢献している。
そんな彼女の大好きな物は……『甘味』と『駆逐艦』である。
「おぉ、暁!見つけたぞ!」
其処へながも…長門が追いついて来る。彼女は暁の姉妹艦――駆逐艦『ヴェールヌイ(響)』、『雷』、『電』を腕に抱えたまま現れた。3人とも生気が抜けた様子で項垂れている。
「ひいっ…!!」
暁は悲痛な叫び声を上げて後ずさる。フィジーたちも彼女と同様の行動を取る。
「おぉっ、よく見たら他にも何人かいるじゃないか。折角だからまとめて愛でてやろう」
大好きな物が目の前にたくさん現れた事で、心底嬉しそうな声色で死刑宣告する長門。それを聞いた全員が戦慄する。
自分たちは駆逐艦。対する発作状態の長門は戦艦。押さえる事など出来るはずもなかった。だが、逃げようにも足がすくんでその場から動けない。
「い、嫌だ…。来ないでよ…」
フィジーに至っては腰が抜けてその場に座り込む。
「どうしたフィジー、何処か具合が悪いのか?大丈夫だ、私が看病してあげよう」
なぜフィジーがそうなったのか分からないまま、長門はターゲットを暁から彼女に変更する。看病してやると言っているが、頬を紅潮させハァハァと荒い息づかいをしている時点で説得力など皆無だった。
「やだやだ…!助けて…!」
目に涙を浮かべて助けを求めるフィジー。
「安心しろ、別に何もしな…―――」
長門がフィジーに向けて手を伸ばそうとした直前、突如彼女の体が崩れ落ちた。
「…え?あっ…」
「…たくっ、毎度毎度世話の焼ける奴だ」
長門の後ろから現れたのは海良だった。長門を鎮めたのは彼だった。その側には陸奥も立っている。
「しれーさん!」
『提督!』
その場にいた駆逐艦娘全員の表情が一気に明るくなる。
「ごめんなさいね、長門がまた迷惑をかけて。発作が治まるまで部屋に入れておくから安心して」
そう言って陸奥は海良から長門を受け取ると、彼女を連れて自分の部屋に戻っていった。
「ありがとう、しれーさん!」
フィジーが代表して礼を述べる。
「…気にするな。…明日は早いから、夜更かしなんてすんなよ?川内じゃないんだからな。…行くぞ暁」
「え、えぇ!」
海良は謙遜すると踵を返し、気を失っている響たちを浮遊魔法で浮かせて部屋まで連れて行った。暁もその後をついて行く。
「お休みなさーい!」
フィジーは手を振りながら彼らを見送るのだった。
――――
艦娘寮 舞風、時雨、フィジーの部屋
消灯時刻。寝間着に着替えた3人はそれぞれのベッドに横になって布団をかぶる。
「じゃあ消すよ?」
「うん、お休みー」
「お休み~」
3段ベッドの一番上にいるフィジーが部屋の電気を消し、布団にもぐり込む。
「……」
ものの数分で時雨と舞風の寝息が聞こえてくる。起きているのはフィジーだけとなった。
(…エクスさん)
フィジーはヴィヴィアンたちから聞いた可能性について考えていた。ヴィヴィアンたち曰く、エクスの無事が確認された事で、他の仲間も無事この世界に来ている可能性は極めて高くなったと言う。
もう二度と会えないと思っていた姉や先輩たちに会える。そう思うとフィジーは嬉しくてたまらなかった。まだエクスしか所在が分かっていなかったが、他の仲間たちともそう遠くない未来に必ず会えるとフィジーは信じていた。
(待っててね、エクスさん。もうすぐ会いに行くから)
仲間との再会を楽しみにしながら、フィジーはゆっくりと眠りに就いた。
To be continued...
おまけ
エクス「…ん?」
清霜「エクスさん、どうしたの?」
エクス「ううん、何でもないよ。それよりいよいよ明日だね?」
清霜「うんっ!清霜すっごく楽しみだよ!案内は任せて!」
エクス「うん。お願いね」
エクス(今、確かに誰かが私の名前を呼んだような気がしたのだけど…気のせいだよね…?)