零これ   作:LWD

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今回は川内3姉妹とヴィヴィアン3姉妹が登場します(神通とエレインは少し影が薄いですが)。


番外編 6人の巡洋艦

 

 

日本国 佐世保鎮守府 

 

 

神聖ミリシアル帝国が保有する魔導巡洋艦。それらは2種類の艦種に分かれており、小さい方が魔砲船、大きい方が重巡洋装甲艦と呼ばれている。

 

その誕生の歴史は地球とはだいぶ異なる。

神聖ミリシアル帝国の国土は非常に広大であり、当然領海や経済水域もその分だけ大きい。加えて世界最強と言う地位故に遠くまで艦隊を派遣させる機会も多く、これらの任務を遂行するためには従来の小型艦では限界があった。

だからといって魔導戦艦では建造費、維持費が高く、いくら世界最強と謳われた神聖ミリシアル帝国でも量産は不可能である。何より自国以外が帆船ばかりのこの世界で、いちいち重武装かつ重装甲の戦艦を出すのは余りにも無駄という考えもあった。

 

そこで新たに登場したのが、小型艦よりも航続距離や武装で優れ、戦艦よりも使い勝手の良い魔導巡洋艦であった。尚、初期の魔導巡洋艦は、現在の魔砲船と同じ規模である。

 

また、先ほどにもあった通り戦艦はその莫大な費用故に量産ができないため、この艦種のみで打撃部隊を組むのは不可能だった。そこでミリシアル海軍はこの巡洋艦をさらに大型化、重武装化させ、戦艦に準ずる戦力として運用しようと考えた。このような経緯で建造されたのが重巡洋装甲艦である。

 

元々保有していた巡洋艦は、この巨大な巡洋艦と区別をつけるために魔砲船、若しくは魔砲艦という軽巡洋艦に相当する艦種として位置付けられ、やがてこれら2艦種をまとめて魔導巡洋艦と呼ぶようになった。ミリシアル海軍は様々な任務に対応するために、現在でもこの2種類の巡洋艦を建造、運用している。

 

第零式魔導艦隊にも、魔砲船3隻と重巡洋装甲艦2隻、計5隻の魔導巡洋艦が所属している。勿論、5隻ともミリシアルでは最新鋭の艦艇である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……とまぁ、これが僕たち魔導巡洋艦の歴史になるね」

 

「ふ~ん、私たちとは随分違う歴史を歩んできたんだね」

 

艦娘寮のとある一室では、夜戦忍者こと川内型軽巡1番艦『川内』に自分たちの歴史を話す少女がいた。背丈から考えて、彼女は共にベッドに腰掛けている川内と同じ軽巡洋艦娘だと思われる。

 

だが、彼女の祖国に『軽巡』という名前の艦種は存在しない。彼女はその『軽巡』に相当する『魔砲船』と呼ばれる艦の艦娘だった。

 

「まぁ、世界が違えば歴史も違うのは当然だよ」

 

セミロングの青髪を掻き上げて話す少女の名は、ヴィヴィアン級魔砲船1番艦『ヴィヴィアン』。第零式魔導艦隊所属の最新鋭魔砲船である。尚、既に魚雷搭載の改装を受けており、現在は妹2人共々軽巡洋艦に艦種を変更している。

 

「でも、魚雷が開発されなかったって…それじゃ夜戦したくてもできないじゃん!」

 

「それ以前に僕の国以外は帆船ばかりだったし、魚雷があっても夜戦はなかったと思うけどね。…本当こんなすごい戦術がある事に僕たちの国は何で気付けなかったんだろう…」

 

「だよねだよね!?夜戦や魚雷を知らないなんてすっごく勿体ないよ!!」

 

次第に興奮し始める川内。彼女は艦娘の中でも夜戦狂として知られており、夜における戦いぶりは凄まじい事で有名である。

ただ、あまりの夜戦好きに出撃しない日も夜戦夜戦と声高く叫ぶため、一部の艦娘からは”夜戦バカ”と呼ばれ、煙たがられている。その余りの五月蠅さに1隻の雷巡が遂に切れ、彼女に魚雷を喰らわせた事もあった。

 

「本来の予定ならついさっきまで夜の出撃があったのに!今日の出撃は禁止だなんて提督は鬼だよ鬼!!」

 

「仕方ないよ。昨日うっかり執務室の花瓶を割ってしまったんだから」

 

ヴィヴィアンは昨日の出来事を思い出す。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

昨日の夜の事。佐世保鎮守府執務室で、提督である『梶ヶ谷 海良』に迫る川内とヴィヴィアン。

 

『提督!今日はこんなに良い夜なんだよ!夜戦しようよ夜戦!』

 

『そうだよ、提督さん!僕もまだ訓練でしか夜戦してないんだから、そろそろ本格的な夜戦させてよ!』

 

夜戦を連呼する2人に対し、海良は首を振る。

 

『川内もヴィヴィアンも今日は非番だろうが。休むのも仕事の内だ。昨日も夜戦したばかりなんだから、今日くらい大人しく…』

 

『だから~、僕は”実戦の”夜戦がしたいのー!昨日は鎮守府の目の前で訓練しただけじゃないか!』

 

『ほら、ヴィヴィーだって夜戦したいって言ってるじゃん!そろそろこの子にも本格的な夜戦をやらせるつもりだったし。お願いだから夜戦させてよ提督ー!』

 

『お前が夜戦したいだけろ、川内…。第一、ヴィヴィアンの実戦投入は明日なんだからそれくらい我慢…』

 

『大丈夫!私がちゃんとそばにいて、何か遭ったらこの子を助けるからさ!お願いだから提督、今夜も夜戦しよ!』

 

『良いでしょ、提督さん!夜戦させて夜戦!』

 

こちらの言葉を遮って夜戦を迫り続ける2人の艦娘に、海良は頭を抱える。

 

(あぁ、川内に教育係をやらせるんじゃなかったよ…。夜戦バカが2人に増えてしまった…)

 

内心で自分の指示に後悔する海良。ここに来てまだ1週間と少し。教官役となった川内によって夜戦訓練ばかり行った結果、ヴィヴィアンは見事に夜戦の虜になってしまった。

 

『…兎に角!夜戦なら明日させてやるから、これ以上夜に騒がないでくれ。また大井がブチ切れて魚雷攻撃してくるぞ』

 

海良の脳裏に、大井の魚雷攻撃の余波で大破した執務室が浮かび上がる。あの時は、咄嗟に防御魔法を発動したおかげで何とか被害拡大を防いだが、下手すれば執務室周辺が文字通り”消滅”していただろう。

 

『大丈夫だよ、提督!今度は負けないから!』

 

『何が大丈夫なんだよ』

 

『魚雷が飛んできたら…こうやって!』

 

海良からの質問を受け、川内はその場から後ろに一回転しながら高く跳躍する。その身軽で無駄のない動きはまさに忍者だった。着地する直前に腕に何か当たったが、彼女は大して気にも留めない。

 

『…とまぁ、こんな感じで避けてから大井に腹パンして鎮めるから問題ないよ』

 

『すごいよ、川内!僕も今のやってみたいな~!』

 

川内の見事な跳躍に、ヴィヴィアンは拍手をして讃える。それに笑顔でVサインする川内と、呆れながら2人を見る海良。

 

だがその直後、執務室の空気は一気に凍りつくことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガシャーンッ!

 

川内が着地する瞬間に当たった花瓶。それが床に落ちて割れてしまったのだ。

 

『……』

 

『……』

 

『……』

 

沈黙が執務室を支配する。

 

『川内、ヴィヴィアン』

 

優しい声で2人の名前を呼ぶ海良。その顔は爽やかな笑顔だった。

 

『『ひっ…!!は、はいっ!!』』

 

海良から出てくる威圧感を感じ、2人はビクッと震えて素早く整列する。

 

『執務室の備品を壊した罰として……明日の夜の出撃は禁止とします。しばらく頭を冷やしなさい』

 

事務的な口調で淡々と話す海良。内容を聞いた2人は驚愕する。

 

『えぇっ!?そんなっ…!』

 

『提督さん!それはないよ!僕明日の出撃楽しみなのに…』

 

『いいですね?』

 

『『…はい、提督』』

 

海良からの威圧感がさらに増し、同時に光の翼も出てくる。2人は震えながら了承するしかなかった。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

「提督さん怖すぎる…。笑顔で怒る人なんて僕初めて見たよ…」

 

昨日の出来事を思い出し、体を震えさせるヴィヴィアン。なまじ普段は無表情に近い故に、切れた時の海良の笑顔は、鎮守府に所属する全ての者たちの恐怖の象徴であった。

 

「…本当にごめん。私があそこで花瓶を割ったりしなければ…」

 

川内は表情を暗くして、隣に座っているヴィヴィアンに頭を下げる。

 

「僕は気にしてないから大丈夫だよ。それより明日の出撃の時は夜戦のご教授お願いね」

 

そんな川内に対し、ヴィヴィアンは首を横に振る。顔を上げた川内は笑顔で頷く。

 

「ありがとね。明日は本格的な”夜戦”を私がたっぷりと見せてあげるから期待しててね!」

 

「うん。すっごく楽しみだよ!」

 

同じく笑顔で答えるヴィヴィアン。

 

「いや~、こんなに夜戦好きな子が来てくれて私嬉しいよ。練度も凄まじいスピードで上がっているし。この調子でいけば主力艦隊として一緒に戦えるようになるね!」

 

自分と同じ夜戦好きで、かつ鍛えがいのある子が来てくれて上機嫌の川内。

 

「……ん」

 

その様子を微笑ましそうに見ていたヴィヴィアンは、途中からどこか悲しそうな表情になる。

 

「…あれ?どうしたのヴィヴィー?具合悪いの?」

 

「ううん、違うんだ」

 

心配そうに彼女を見る川内。ふとグラ・バルカス海軍襲撃時の事を思い出したヴィヴィアンが口を開く。

 

「…僕、夜戦を知ってから思うんだ。あの時、せめて敵が襲ってきたのが夜だったら…もし魚雷を持っていたら……僕たちが夜戦でエクスさんたちを守ってあげられたかもしれないって…。…まぁ、航空機相手にはどうにもならないけど…」

 

「ヴィヴィー…」

 

落ち込んだ様子のヴィヴィアンに、川内はその背中を優しく擦ってあげる。

 

「…だからこうして強くなっているんでしょ?今度こそ仲間を守るためにもさ」

 

「…うん」

 

「神通や那珂から聞いたよ。エレインとニニアンも、そしてフィジーも、仲間を守るために強くなろうとすっごく頑張っているって。あの子たちもヴィヴィーと同じ気持ちなんだよ。皆が同じ思いを持って頑張るなら、どんな困難だって必ず乗り越えられると私は思うんだ。…だから今は自分や仲間を信じて地道に努力していこうよ。私たちも4人が強くなるために協力は惜しまないからさ」

 

「…そうだね。ありがとう、川内」

 

川内に励まされたヴィヴィアンは、次第に表情を明るくしていく。

 

「どういたしまして」

 

川内も安心したように笑みを浮かべた。

 

ガチャッ

 

その時部屋の扉が開き、2人の艦娘が入って来た。

 

「すいません、姉さん、ヴィヴィアンさん。お待たせしました」

 

その2人の内の片方が川内たちに話しかける。彼女の名前は川内型軽巡2番艦『神通』。かの2水戦旗艦にして川内の妹である。

 

「大丈夫だよ、神通。今までエレインと訓練だったの?」

 

「えぇ。鍛えがいのある子なので張り切っちゃいました。今日も素晴らしい成長ぶりでしたよ。これなら明日の実戦にも問題なく出せますね」

 

「そんな…照れるじゃないですか、神通さん。姉様もいらっしゃるのに…」

 

そう言って糸目と金髪が特徴の少女――ヴィヴィアン級魔砲船2番艦『エレイン』は少し頬を赤らめる。彼女は着任後から神通に地獄の如き訓練を受けている。

 

「神通が褒めるなんてすごい事だよ。こりゃ明日の実戦が楽しみだな~」

 

「えぇ、私も楽しみです」

 

川内が値踏みするかのようにエレインの顔を見つめる。神通も自分の姉に同意する。

 

「うっ…!?何だかどんどんハードルが高くなっているのですが…!?」

 

ここ佐世保鎮守府でも猛者と謳われる川内と神通。そんな彼女たちからの期待がエレインに容赦なく圧し掛かる。

 

「あれ?という事は明日の訓練はエレインと一緒に行う事になるのかな?」

 

疑問を口にするヴィヴィアン。神通はゆっくりと頷く。

 

「はい。ニニアンさんも加えて3人同時に実戦投入する事にしたと、提督が」

 

「ホントっ!?」

 

ヴィヴィアンは興奮した様子で立ち上がると、エレインの両手を掴んで喜んだ。

 

「やったね、エレイン!僕たち3姉妹全員で一緒に出撃だって!」

 

「う、嬉しいですけど…あまり腕を激しく振らないでくださいよヴィヴィー姉様…」

 

満面の笑みで自分の腕を振る姉に対して若干苦笑いのエレインだったが、内心では彼女も姉や妹と共に出撃できる事がすごく喜んでいた。

 

「あっ、ごめんごめん」

 

舌をペロリと出して謝罪してから手を離すヴィヴィアン。

 

「じゃあ、ニニアンにもこの事を伝えに行かなきゃ。あの子、今準備中だからまだ知らないだろうし」

 

ヴィヴィアンの口から出るニニアンという少女は、彼女の妹であるヴィヴィアン級魔砲船3番艦『ニニアン』の事である。ニニアンは現在、川内型軽巡3番艦『那珂』と共に広場に設けられた会場にいる。

 

「那珂さんのライブ。初めて見るので楽しみです」

 

「ニニアン、大丈夫かな?あの子、歌は得意だけど踊りは初めてだから…」

 

「大丈夫だよ。那珂から直接指導してもらっているから。ライブはきっと上手くいくよ!」

 

少し不安そうなヴィヴィアンを、川内が安心させるように話す。

 

「そろそろ時間ですし、移動しましょうか」

 

神通の言葉を合図に、4人は妹たちのライブを見に行くため部屋を出る。

 

((でもなぜ訓練に”アイドル魂”が必要なんだろう(でしょう)…?))

 

ヴィヴィアンとエレインは心の中で疑問に思いながら、川内姉妹と共に広場へと向かった。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

佐世保鎮守府 広場

 

 

現在この鎮守府の広場は煌びやかに飾られ、巨大なライブ会場へと様相を変えていた。艦娘、職員、憲兵、そして技術者など総勢1500名以上にも及ぶ鎮守府の関係者。その全員が座れるように設けられた広大な観客席の中央には、これまた巨大なステージが設けられている。

 

「あっ!ヴィヴィーさんたち、こっちこっちー!」

 

大勢の観客で賑わう観客席の中、川内たち4人を見つけた茶髪の少女が彼女たちに手を振る。マーリン級小型艦、8番艦の『フィジー』である。

 

「小型艦じゃないよ!フィジーは魔導駆逐艦『フィジー』だよ!」

 

……失礼。マーリン級魔導駆逐艦の8番艦『フィジー』である。

 

「フィジー、誰と話しているんだい?」

 

フィジーの隣に座っていた白露型駆逐艦の2番艦『時雨』が彼女に尋ねる。

 

「ん?あれ?誰かがフィジーを小型艦と呼んだ気がしたんだけど…」

 

「気のせいじゃない?これだけ大勢の人のざわめいているんだし、そんな風に聞こえただけかもしれないよ?」

 

「そっか。気のせいか!」

 

にかっと笑うフィジー。そこへヴィヴィアンたちが近づく。

 

「やっほう、フィジー、時雨。北上さんや大井さんは一緒じゃないのかい?」

 

ヴィヴィアンはフィジーの教官役となったハイパーズについて尋ねる。

 

「北上さんは部屋で寝てるみたい。大井さんも急用ができたから行けないって」

 

「……あぁ、なるほど」

 

「そう言う事ですね……」

 

何かを察したヴィヴィアンとエレイン。

彼女たちがここに来て1週間と少し。だがそのわずかな時間の内に、大井の北上に対する行動は2人の脳裏にしっかりと焼き付いていた。

 

「???何がそう言う事なの、エレインさん?」

 

2人が何の話をしているのかさっぱり分からず、フィジーは頭に”?”を浮かべる。そんな彼女の頭をエレインは優しく撫でる。

 

「フィジーちゃんは知らなくても問題ない事ですよ?」

 

「?そっか。分かった!」

 

そう言って無垢な笑顔を見せるフィジー。

 

(ここに来て1ヶ月以上経つのに、何で気付かないんだろう…?)

 

フィジーの隣でそう思いながら、時雨は苦笑いを浮かべるのだった。

 

川内たち4人は、フィジーと時雨が開けておいてくれた席に座り、ライブが始まるのを待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして時間は1900(ひときゅうまるまる)……ライブ開始の時刻になった。直後に照明が落とされ一気に暗くなる会場。その数秒後にはステージの照明のみが点き、アイドル衣装を思わせる制服を纏った一人の少女を明るく照らした。

 

『みんなー!艦隊のアイドル、那珂ちゃんだよー!!今日は那珂ちゃんのスペシャルライブに集まってくれて、本当にありがとー!』

 

マイクを片手に、満面の笑顔で観客たちに手を振る少女。自称『艦隊のアイドル』こと川内型軽巡の3番艦『那珂』である。

 

『『『『那珂ちゃーん!!!』』』』

 

観客たちの大半が、ペンライトや那珂の写真が貼られた団扇を振って彼女に答える。

 

「わぁ…」

 

「すごい人気ですね…」

 

周りの観客たちの熱狂ぶりに少々戸惑いながらも感嘆の声を出すヴィヴィアンとエレイン。

自称とはいえ、純粋にアイドルとしての那珂のファンはかなり多い。鎮守府や艦娘の宣伝役として選ばれた彼女は雑誌やテレビに出演し、日本国民の前でその自慢の歌や踊りを見せつけた。僅か数ヶ月で彼女の人気は急上昇。結果として当時その力故に恐れられていた、艦娘という存在に対するイメージを一気に改善させた。

 

『今日は歌う前に、那珂ちゃんと一緒に踊ってくれる子がいるから、みんなに紹介しちゃうよー!』

 

那珂の口から、踊りと歌がとても上手な少女の事が伝えられる。

 

『さぁ、入って来てー!』

 

一通り説明が終わると、那珂は後ろを振り向き照明の当たらない暗闇の所に声を掛ける。

 

『……』

 

するとその暗闇から1人の少女が姿を現した。ワンサイドアップさせた若草色の髪に、青を基調としたアイドル衣装が特徴のその少女は、顔を赤くさせたままゆっくりとした歩調で那珂の隣に立つ。

 

『この子が今回那珂ちゃんと一緒に踊ってくれる、異世界からやって来た軽巡洋艦、『ニニアン』ちゃんでーす!!』

 

那珂はヴィヴィアン級魔砲船3番艦『ニニアン』の紹介をすると同時に、彼女の口元に自分のマイクを近付ける。

 

『では自己紹介をお願いしまーす!』

 

『……』

 

那珂がニニアンに自己紹介を促すと同時に、会場がしんと静まり返る。

 

『……』

 

大勢から注目されて緊張な面もちのニニアン。那珂はそんな彼女の手を繋ぎ、微笑みながら小声で励ましの言葉を述べる。

 

「…大丈夫だよ。この日のために沢山練習したんだから。きっと上手くいける」

 

「……あぁ」

 

ニニアンは小さく頷くと、一歩前に歩み出る。彼女は勇気を振り絞りマイクを構え――

 

 

 

 

 

『やっほー!!『ニニアン』だよー!よろしくねーー!!!』

 

 

 

 

 

鎮守府の外まで聞こえるような大きな声を出す。その顔は恥ずかしさで真っ赤だった。

 

『『『『よろしくねーー、ニニアンちゃーん!!!』』』』

 

その勇気を称えるかのように彼女の名前を叫ぶ観客たち。彼らも今回のライブのためにニニアンがどれだけ頑張っていたのか、普段必死に訓練(レッスン)する彼女の姿を見て知っていた。

自分の自己紹介に笑顔で答えてくれた観客たちに、ニニアンは一瞬驚いたような表情になるが、その次には自然と笑みがこぼれてきた。何時の間にか今まであった緊張感が嘘のようになくなっていた。

 

『よろしくねー、ニニアンちゃん!みんな『ニニ』ちゃんって呼んであげてねー!』

 

そう言うと那珂は煌びやかな衣装を揺らしながら、これより行うダンスの開始位置に移動する。ニニアンも同様に彼女と対になる位置へ移動した。配置に着いたところで、那珂が最初に歌う曲名を言う。

 

『じゃあ、ライブを始めるよー!!最初の曲は勿論!『恋の2-4-11』!!!』

 

曲名を言うと同時に、音楽がスタートする。

 

ニニアンは今までの訓練の成果をこの会場にいる全員に見せつけるかの如く、華麗な動きを見せる。

 

「すごいよ、ニニアン!」

 

「とっても上手ですね~!」

 

観客席で自身の妹を褒めるヴィヴィアンとエレイン。ニニアンの歌、振り付け、そして表情。そのどれをとっても一緒に踊っている那珂のそれに匹敵していた。

 

『『――ダイスキ!!』』

 

ラストは観客たちに後ろを向き、こちらに振り向いて笑顔を見せる那珂とニニアン。同時に曲が止まって一瞬だけ静かになるが、すぐに観客たちの歓声が彼女たちを包み込む。

 

その後の曲も大いに盛り上がり、そして最後の曲が終了した時点で、2人のアイドルが互いの手を繋いで満面の笑みで叫んだ。

 

『『みんなーー!!ダイスキだよーー!!!』』

 

直後、今回のライブで最も大きな歓声が会場の外まで響き渡った。

 

『きゃーー!!』

 

『那珂ちゃーん!!』

 

『ニニちゃーん!!』

 

『2人とも大好きだーー!!!』

 

ニニアンは余りの嬉しさに少し涙目になりながらも、笑顔で彼らに手を振る。彼女にとっての初のライブは、大成功という形で幕を閉じた。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

ライブ終了後、川内たち4人はニニアンと那珂がいる舞台裏に入る。

 

「お疲れー!」

 

2人の姿を確認したヴィヴィアンが、開口一番で彼女たちに労いの言葉を掛ける。

 

「ね、姉さんたち…!?何でここに!?」

 

突然の姉たちの来訪に驚くニニアン。そんな彼女に今度はエレインが話し掛ける。

 

「ライブ見ましたよ、ニニ。とても感動的でした」

 

瞬間、ニニアンはさらに動揺した。

 

「えっ…!?み、見たのか…!?私と那珂のライブを!?」

 

「当たり前じゃないか。大事な妹の晴れ舞台なんだから」

 

「うぅ…」

 

さも当然と言わんばかりに答えるヴィヴィアンに、ニニアンは顔を赤く染めて俯いてしまう。そんな彼女の様子に那珂が頬を膨らませる。

 

「ほらダメだよ、ニニちゃん!そこで下を向いちゃっ!折角お姉さんたちが褒めてくれたんだから、ニニちゃんもスマイルで答えなきゃっ!」

 

「わ、分かってるよ那珂。でも身内に見られたと思うとなんだか恥ずかしいんだよ…」

 

「身内だからこそ、『私、頑張ったよ!』って言っても良いんだよ!ほらっ、アイドルはスマイル!にこっ!」

 

そう言って笑顔をニニアンに向ける那珂。ニニアンもしばらくの間躊躇していたが、やがて姉たちに笑みを向け、ゆっくりと口を開いた。

 

「…姉さん。私、頑張ったぞ」

 

「うん、すごかったよ。よく頑張ったね」

 

「…ん。ありがとう」

 

まだ何処かぎこちない笑顔を浮かべるニニアン。そんな彼女の頭をヴィヴィアンは優しく撫でる。それによって安心したのか、次第に彼女の表情が柔らかくなっていく。。その様子をエレインと川内姉妹は微笑ましそうに眺める。

 

「…にしてもニニアンのダンスは本当にすごかったな~。こりゃ強力なライバルを出現させちゃったね、那珂」

 

川内のこの言葉に、那珂は不敵な笑みをこぼす。

 

「なら那珂ちゃんはもっと上を目指せばいいだけだよ。ニニちゃんだろうとセンターを譲る気は絶対ないからね」

 

「ふふっ、那珂ちゃんらしいですね」

 

那珂のポジティブ思考に神通はクスリと笑う。

 

「…あっ、そうそう!明日の出撃なんだけど、僕たち3姉妹全員で一緒に出ることになったから」

 

「えっ、そうなのか!?」

 

ヴィヴィアンから明日の出撃について教えてもらったニニアンは驚きの声を上げる。

 

「うん。異世界にやって来て初の出撃!今からわくわくするね!」

 

「そうですねヴィヴィー姉様。水雷戦隊を率いるのは初めてですが、同時に新しい事に挑戦できると思うと、私も楽しみで仕方ありません」

 

「私は少々不安だが…。姉さんたちと一緒なら大丈夫な気がする」

 

明日の実戦では、ヴィヴィアン級姉妹は実際にそれぞれ水雷戦隊の旗艦となり、駆逐艦娘数人を率いて深海棲艦に夜襲を仕掛ける。そのサポート役として、川内姉妹は1人ずつ彼女たちに付く事になっている。

 

「それにしても水雷戦隊……か」

 

ふとニニアンの脳裏に、第零式魔導艦隊の小型艦たちを率いる自分たちの姿が浮かび上がる。

 

「……『第零式水雷戦隊』?」

 

唐突にニニアンの口から出てきたその単語。それを上手く聞き取れなかったヴィヴィアンとエレインが首をかしげる。

 

「ん?どうしたんだい、ニニアン?」

 

「いや…。もし私たちが第零式魔導艦隊の小型艦たちと部隊を編成したら、どんな部隊名で呼ばれるのか何となく気になってな」

 

「ですが、現時点で所在が分かっているのはフィジーちゃんだけですよ?他の子がいないとそう言う部隊名の水雷戦隊は組めないのでは?」

 

現状、フィジー以外の小型艦たちが何処にいるのか、彼女たちには皆目見当つかない。だが、自分たちやフィジーがこうして異世界にやって来た以上、他の第零式魔導艦隊の仲間たちもこちらの世界にやって来ていると彼女たちは考えていた。はっきりとした根拠はないが、何となくそんな気がするのだ。

 

「…まぁ、今は強くなりがら信じて待とう。きっと皆この世界の何処かにいて、必ず再会できる時が来るはずだよ」

 

「…そうだな。今は明日の実戦の事を考えよう」

 

会話がひと段落したところで、川内が3人に話し掛ける。

 

「それじゃ、そろそろ部屋に戻ろっか?」

 

「実戦は明日の夜になりますが、その前にこれまでの訓練の総復習を0800(まるはちまるまる)から始めます。3人とも遅れないようにお願いしますね?」

 

神通は明日の予定を3人に伝える。それに対し3人は頷いて了解の意思を見せる。

 

「アイドルにとって規則正しい生活は大切!さぁニニちゃん!早く部屋に帰って寝る準備するよ~!」

 

「あぁ!」

 

那珂とニニアンは先に楽屋を後にし、駆け足で艦娘寮へと向かった。

 

「あははっ!相変わらず仲良しだね~、あの二人」

 

「ふふっ、そうですね。那珂さんのおかげでニニもよく笑うようになりましたし。本当に良かったです」

 

船魂だった頃より明るくなった妹のその後ろ姿を、ヴィヴィアンとエレインは微笑ましそうに眺める。彼女たちも自室に帰るため、川内たちと共に艦娘寮へと歩き出した。

 

 

エクスの無事がヴィヴィアン姉妹とフィジーに伝えられたのは、その数日後の事である。

 

 

To be continued...

 






おまけ『重巡洋装甲艦』


一方その頃、大湊鎮守府では…。


日向「2人とも。これが瑞雲だ」スチャッ

シルバー「わぁっ…!これが日向師匠の仰っていた瑞雲!」キラキラ

ヴァイオレット「とても素敵な姿ですわ、お師匠様~!」キラキラ






鈴谷「ま、まさかシルバーもヴァイオも…たった一夜で染まってしまうなんて…」

熊野「ああなってしまうと、もはや手遅れですわ…」

利根「なっははは!これで航空巡洋艦がまた2隻増えるの~」

筑摩「利根姉さん…」


第零式魔導艦隊に所属するシルバー級重巡洋装甲艦。その1番艦『シルバー』と2番艦『ヴァイオレット』。

……彼女たちは立派な瑞雲教徒になっていた。

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