零これ   作:LWD

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魚雷③

 

 

横須賀鎮守府 正面海域

 

 

訓練2日目。本日も昨日と同じ条件で訓練を行なわれる。

 

(大丈夫…、今度こそ)

 

昨日ほどではなかったが、未だにエクスの中では恐怖と不安が渦巻いていた。

エクスは自分を落ち着かせながら、雷撃機の襲来に備える。

 

『エクス、こっちは準備完了や。そっちはどうや?』

 

龍驤から通信が入る。エクスは彼女に尋ねられて少ししてから返事をする。

 

「…うん、大丈夫。何時でもいいよ」

 

『…分かった。始めるで』

 

通信が切れた。直後、艤装から妖精たちが出て来てエクスの前に整列する。その様子をエクスは微笑ましそうに眺めながら口を開く。

 

「みんな、落ち着いてやれば必ず出来る。今日こそトラウマを乗り越えてみせよう」

 

一斉に敬礼して艤装内に戻っていく妖精たち。エクスは気合いを入れ直してから対空魔光砲の準備を始めた。

それが終えて1分もしない内に、艤装の魔力探知レーダーが龍驤より発艦する演習機を捉えた。その数12機。

 

「来た…!」

 

探知してから間を置かずに、水平線に黒点が出現した。それを見てエクスはごくりと息を飲む。

 

「大丈夫…、必ず出来る。…必ず乗り越えてみせる」

 

エクスは恐怖を押し殺し、自分に向かって接近してくる黒点を睨みつける。やがて黒点ははっきりとした飛行機械の姿に変わる。

 

対空魔光砲が旋回し、低空を飛行中の演習機を指向する。その動きは昨日に比べれば少しはマシだったが、それでも統制出来ているとはまだ言い難かった。

 

「…対空戦闘。撃ち方始め…!」

 

号令と共に撃ち出される膨大な光弾。エクスは一度深呼吸して、最も近い演習機に攻撃を集中させる。

 

狙われた演習機は対空魔光弾を複数被弾し、爆炎に包まれた。機体の色が赤になったその機は機体を翻して離脱する。すかさず次の機体に狙いを定め、数秒後には撃墜判定を下した。

 

(いける…!これなら…!)

 

まるで昨日の事が嘘のように次々と演習機を落とすエクス。その顔は自信に満ちていた。妖精たちもこの戦果で士気が上がったのか、次第に対空魔光砲の統制が戻り始めていた。全てを撃ち落すことは不可能だったが、それでも半分近くは撃ち落す事が出来た。

 

やがて残りの機は攻撃可能圏内に接近し、模擬魚雷を投下して去って行った。エクスは海中を進む複数の航跡を見て、即座に動き出そうとした。

 

「…はへっ?」

 

だがここで問題が発生した。航跡を見た途端、体が小刻みに震えてその場から動けなくなった。自分の身に何が起きたか分からず、素っ頓狂な声を上げるエクス。

 

「あれ?何で…体が動かない…!?」

 

訳が分からず、エクスは次第に焦り始める。本人はある程度落ち着いているつもりでも、実際には無意識のうちに魚雷に対する強い恐怖心を抱いていたためだ。

 

未だに動かないエクスに妖精たちが飛び跳ねて躱す様に伝える。動きたいのは山々だが、彼女の意思とは裏腹に、身体はその場に固定されたかの如く動かない。

 

「動け…!動いて…!」

 

迫りくる魚雷。一向に動かない自身の体。焦りばかりが募る。

 

数秒後、魚雷がエクスに到達。巨大な水柱が立ち上がる。

 

「…っ!!」

 

エクスの体が衝撃により吹き飛ばされる。海面に尻餅をつき、続いて空高く上がった海水が雨の如く彼女に降り注ぐ。

 

「はぁ…はぁ…」

 

エクスは息を整えながらフラフラと立ち上がる。

 

「何で…?上手くいくと思っていたのに…」

 

『エクス、大丈夫か!?』

 

上空の偵察機で様子を見ていた龍驤が、無線越しに此方を心配する。

 

「うん、平気。…もう一度お願いできる?」

 

『…ええんか?一度休憩を挟んでから…』

 

龍驤の此方を心配しての提案。エクスはそれを断る。

 

「…ううん、大丈夫だから。…お願い」

 

『…分かった』

 

エクスの意思は固い。こうなると何を言っても聞かないだろう。龍驤はやむお得ず2度目の発艦を行う。

 

『…エックス、本当に休まなくていいのですか?無理しないで欲しいデース…』

 

今度は金剛から通信が入る。昨晩ずっとエクスが上手くトラウマを克服する方法を模索していたが、結局良い方法が見つからなかった。

 

「ありがとうございます、金剛さん。…でもこのままでは私……嫌なんです」

 

『エックス…』

 

「お願いします。後何回かやらせてください」

 

『…分かりマシタ。ただ、あまりに無理しているようだったら強制的に止めさせてくだサイ。教え子が苦んでいる姿を見るのは私嫌デース』

 

「はい、ありがとうございます」

 

エクスは礼を述べて通信を切る。妖精たちが心配そうに彼女を見つめる。

 

「…大丈夫だよ。……大丈…夫」

 

安心させようと笑顔を向けるが、エクスは自分が発する『大丈夫』という言葉に自信が持てず、次第に声が小さくなっていった。

 

その時、魔力探知レーダーが新たな影を捉える。龍驤がさらに発艦させた演習編隊だった。

 

「……」

 

また先ほどのような事になるのだろうか?エクスは不安を抱きながら、再度攻撃準備に入った。

 

 

 

――――

 

 

 

――――夕刻。

 

その後複数回行われた演習。結論から言えば、エクスは最初の対空戦こそ問題なかったものの、投下された模擬魚雷の回避では、体が彼女の意思とは裏腹に恐怖で硬直し、動くことが出来なかった。

それでもエクスは諦めず、何度も龍驤や金剛にお願いして演習を繰り返した。だが、その全てが魚雷の被弾による大破・撃沈という結果で終わった。

 

「……」

 

「…エックス」

 

エクスは落ち込んだ様子で海上に立っていた。金剛は彼女の側へ移動し、心配そうに彼女の名前を呼ぶ。

 

「エックス、焦らないでゆっくりやっていくべきデース。私が側にいて力になりマスから…ネ?」

 

励ましの言葉を述べる金剛。エクスは彼女の方にゆっくりと顔を向け、口を開く。

 

「…金剛さん」

 

「…何ですか、エックス?」

 

「私…まだやれます。だからもう一度お願いします」

 

エクスは金剛に頭を下げる。それに金剛は首を横に振る。

 

「今日はもう遅いデスからここまでにするデース。時間はまだまだありますから、続きは明日デース」

 

「…ですが」

 

エクスは不満の表情で異議を唱えようとするが、金剛が真剣な表情でそれを遮る。

 

「…エックス。あなたは気付いていないかもしれませんが、既にあなたの精神と肉体は限界に達していマース。今日これ以上行うのは危険デース。…お願いデスから、今日は休んで欲しいデース」

 

「…はい」

 

本気でこちらを心配する金剛の姿勢に、エクスはただ頷く事しか出来なかった。エクスは顔を上げ、金剛に自分の心中を伝える。

 

「…金剛さん。私…本当にこのトラウマを乗り越えられるのでしょうか…?もしかしたら…ずっと今日のような事が続くんじゃないか…そう思うと不安で仕方がないのです…」

 

「…そんな事は」

 

そんな事はない。金剛はそう言いたかったが、それは余りにも浅はかな台詞だった為、途中で黙り込む。エクスの口調は、徐々にくぐもっていくのを感じた。

 

「このままじゃ皆を守れない…。それどころか皆の足手まといになって、そのせいで誰かが沈んでしまうかもしれない…。…そうなったら私……どうすれば…」

 

エクスの目から涙が溢れ、頬を伝い落ちる。彼女は魚雷を克服出来ない以上に、自らが原因で仲間が危険に晒されてしまう事を何よりも恐れていた。

 

「エックス…」

 

金剛は泣いているエクスに近づくと、優しく抱擁する。

 

「…私はさっきも言ったはずデース。私が側で力になると。なぜならエックスは私の教え子で、同じ戦艦娘で、…そして仲間なんデスから…」

 

「金剛さん…」

 

「今日はゆっくり休んで、明日また一緒に頑張るデース」

 

金剛はエクスから一度体を離すと、安心させるかの如く満面の笑みを彼女に向ける。

 

「…はい、ありがとうございます」

 

エクスは流れる涙を拭き取り、金剛に礼を述べる。

 

「さっ、鎮守府へ戻るデース」

 

金剛はエクスの手を繋ぐと、彼女を連れて出撃ドックへと向かった。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

「ホンマにどうしたらええんやろうか…?」

 

その様子を少し離れたところから見守っていた龍驤。彼女はエクスのトラウマを克服させる良い方法を考えてみるが、なかなか思い付かない。

 

「う~ん。せめて体が動けるようになれば…」

 

腕を組み思案顔のまま、龍驤もまた機関を動かし始めた。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

横須賀鎮守府 正面埠頭

 

 

「……」

 

出撃ドックへと戻っていく金剛たちを、一人の少女が無言で見送っていた。彼女は遠征が終わった後、途中からエクスの訓練の様子を埠頭から見ていた。

暫く黙って座っていた彼女だったが、ふと何かを思い付いたのか、手をポンと叩いて勢い良く立ち上がる。

 

「そうだ!良い事思い付いた!」

 

まるで玩具を貰った幼子のような満面の笑顔になる少女。彼女は踵を返すと、鎮守府本館へと走り出した。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

横須賀鎮守府 正面海域

 

 

――――翌日。

 

雷撃回避訓練が始まって3日目の朝を迎えた。雲一つない空の海を、ゆったりとした動きで飛ぶ海鳥たち。そんな穏やかな風景とは裏腹に、表情が暗いままの海上に立つエクス。

 

「……」

 

沈黙を保ったままの彼女の顔。不安と恐怖で昨日はほとんど眠れず、目の下にはクマが出来ていた。

 

「エックスー!」

 

そんな彼女の耳に、自分の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「…金剛さん。……?」

 

後ろを振り向くと、金剛の他に複数の人影が近付いてくるのを確認する。彼女たちが自分の前に来た所で、エクスは目を瞬かせながら口を開く。

 

「あれ?どうしたのですか皆さん?」

 

エクスは端から順に彼女たちの顔を見ながら、彼女たちが何故ここにいるのか尋ねる。

金剛と共にやって来た艦娘たち――――天龍、龍田、摩耶、加古の内、天龍が代表してその疑問に答える。

 

「今日の訓練だけどよ…実は俺らも一緒に参加する事になったんだよ」

 

「え?一体どうして…?」

 

さらなる疑問を口にするエクス。その問いに今度は摩耶が答える。

 

「エクスが今やってる訓練って雷撃に関する内容だろ?あたしらも魚雷には少なからず恐怖があるからな…。いい機会だから一緒に克服しようと思ったんだ」

 

摩耶はエクスに近付き、彼女の肩に手をポンと置く。

 

「…つーわけで今日はよろしくな、エクス!」

 

にかっと笑う摩耶。後ろにいる3人も、同様に笑顔を向ける。

 

「さぁ、皆さん!もうじき訓練が始まるデース!そろそろ準備をお願いしマース!」

 

エクスが返事しようと口を開いた時、龍驤と無線でやり取りしてた金剛が手をパンと叩き、準備を行うように4人に伝える。4人は頷き、それぞれの持ち場につく。

 

「さっ、もうじき訓練デース。準備は出来ていますか、エックス?」

 

エクスの隣に移動し、準備を促す金剛。既に準備を終えていたエクスはコクリと頷く。

 

「はい、大丈夫です」

 

「そうデシタか。ならOKデース」

 

ニッと笑う金剛。エクスは彼女に質問する。

 

「あの、金剛さん。今日は何故彼女たちと訓練する事になったのですか?」

 

昨日の訓練後に行われた打ち合わせでは、本日もエクスは単独で訓練に臨む事になっていた筈だ。訓練内容の急な変更に、エクスは内心少なからず動揺しながら疑問を呈する。

この質問を受けて、金剛は一度微笑を浮かべてから口を開いた。

 

「…皆さん。エックスの事をある艦娘から聞いた途端、自分たちも一緒に訓練をさせて欲しいと申し出てきたのデース。YOUの側にいて、何かあってもすぐに助けられるようにと…」

 

「…!」

 

金剛からの話を聞いて、エクスは目を見開く。金剛はエクスから視線を外し、少し離れた所で準備を行っている4人を微笑ましそうに眺める。

 

「彼女たちは…全員がエックスと同様に魚雷攻撃を受けて轟沈した子たちばかりデース。彼女たちは今でも魚雷に対してトラウマを抱いていマース。だからこそ…彼女たちはエックスの苦しみを誰よりも理解している…。自分たちにも何か出来ないかと考えた結果、YOUと一緒に訓練を受けようと考えたのデース」

 

金剛は天龍たち4人が沈んだ経緯について詳しく説明する。天龍たちは、全員が潜水艦と呼ばれる軍艦が放った魚雷によって沈んだと言う。攻撃してきた相手が違う事を除けば、彼女たちの沈没にはエクスのそれと共通点があった。

 

「…かく言う私も、彼女たちやエックスと同じ…魚雷攻撃を受けて沈んだ艦娘デース」

 

「えっ!?そうだったのですか…!?」

 

驚くエクス。まさか自分の教官役を引き受けてくれた彼女も、自分と同じ要因で沈んでいたなんて…。

 

「イエース。…まぁ、私の場合は…慢心が原因でもありマシタが…」

 

「慢心…?」

 

「魚雷の威力と恐ろしさ…。それを知っていながら、当時の私とクルーたちは大丈夫だろうなどと考え、そのまま海を走り続けたのデース」

 

表情を暗くしたままその後の出来事を語り続ける金剛。魚雷攻撃による損害を軽視し、破損個所の修復や乗員退避が行われなかった結果、彼女は多数の乗員と共に海の底へと沈む事になってしまった。

 

「…私は艦娘として生まれ変わった後も、しばらくは魚雷に対して強い恐怖を抱いていマシタ。これまで被雷した事も何度かありマシタが、その度に当時の事を思い出して…このまま沈んでしまうのではないか…そう考えてその場から動けなくなってしまう事もあったデース…。おかげで当時は仲間にたくさん迷惑をかけてしまったデース…」

 

「そうだったんですね…。金剛さんも…」

 

「イエース。ですが今は皆の協力があったおかげで…こうしてある程度克服する事が出来マシタ」

 

金剛は再度エクスに顔を向けると、頭を下げた。金剛のこの行為に、エクスはあたふたする。

 

「えっ!?こ、金剛さん!?何を…」

 

「ごめんなさい、エックス。本当なら…訓練初日からエックスの側にいるべきデシタのに…、私は遠く離れた所でただ見ているだけデシタ。昨日、エックスの側で力になると言っておきながら…何も出来ていませんデシタ…」

 

「……」

 

エクスは少しの間沈黙してから、笑みを浮かべながら話し始める。

 

「金剛さん。私、幸せです。金剛さんや天龍さんたちに…こんなにも大切に想われているのですから…」

 

「エックス…」

 

「本当にありがとうございます。正直、私一人ではこのトラウマを克服できる自信がありませんでした。でも皆さんがいれば、この困難も乗り越えられる気がします」

 

ゆっくりと顔を上げる金剛。エクスはその場にいる全員に聞こえる声を出した。

 

「皆さん。今日は私のために本当にありがとうございます。よろしくお願いします!」

 

そう言って頭を下げるエクス。

 

「おうっ!」

 

「改めてよろしくな!」

 

「今日は一緒に頑張りましょ~」

 

「こちらこそよろしくお願いしますね、エクスさん」

 

天龍たち4人は笑顔で答える。その様子を見た金剛は、悲しそうな表情を明るい表情へと変化させた。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

――――その数分後。

 

『こっちも準備完了や。始めてええか?』

 

離れた場所で発艦準備を終えた龍驤が、無線で確認の連絡を入れてくる。

 

「OKデース!始めてくだサーイ!」

 

金剛がそれに答える。龍驤は『了解や』と言って通信を切り、演習機の発艦に入った。エクスたち6人は対空防御に適した陣形を組み、演習機の襲来に備える。

 

「…ごくり」

 

緊張のあまり息を呑むエクス。もうじき魚雷を搭載した飛行機械がやって来る。彼女の心の中で、緊張と恐怖が次第に増幅していく。

 

「…?」

 

ふと自分の左手を何か温かいものが包み込んだ。見ると隣に立っていた金剛が、自分の左手を優しく包み込むように掴んでいた。

 

「金剛さん…」

 

「大丈夫デース。私たちが側にいマース」

 

金剛はこちらを見ず、上空を眺めながらエクスを安心させる言葉を紡ぐ。手から伝わってくる金剛の温もり。

 

(あ……)

 

それを感じている内に、エクスは自分の心から次第に緊張や恐怖が消え失せていくのを感じた。

 

その時、龍驤から発艦する演習機の影が、魔力探知レーダーで捉えられた。全部で12個の輝点が、こちらへ高速でやって来る。

 

「…!皆さん。たった今敵機の発艦を確認しました。数12。約3分でこちらの攻撃圏内に到達すると思われます」

 

エクスは即座に随伴艦たちに報告。彼女と共に艦隊を組む5人は、いつでも攻撃できる態勢に入る。演習機がやって来る方向へ、全員が艤装の対空砲を向けて、睨むように空を見る。

 

やがて、彼女たちが砲を向けた先の空に、黒いインクを落としたような点がいくつも出現する。その数12。

 

「エクス!言い忘れたがこの訓練はお前の訓練!だから旗艦はお前じゃなきゃダメだ!指示を頼むぜ!」

 

「…!えぇ、分かった!」

 

天龍の言葉にエクスは力強く頷き、全員に迎撃を指示する。

 

レシプロ機が放つ独特の音が、次第に聞こえてくる。エクスは攻撃圏内に入った瞬間迎撃するため、対空魔光砲に必要な魔力を送り込む。コオォォォ…という音と共に、対空魔光砲の砲口に赤い粒子が吸い込まれ、砲口内部の赤い光が強まっていく。

 

そして遂に…編隊が6人の対空迎撃網に進入して来た。

 

「全艦!対空戦闘、撃ち方始め…!」

 

即座に迎撃指示を飛ばすエクス。その直後、6人の対空砲が一斉に火を吹いた。高角砲弾、機関砲弾、そして対空魔光弾の大群が、獲物たる敵編隊に喰らい付かんと飛翔していく。

 

光弾の群れと敵編隊が重なる。直後、空に咲く3つの炎の花。撃墜判定…!

 

「目標、3機撃墜…!」

 

エクスが嬉々とした様子で戦果報告する。だが、喜ぶのはまだ早い。残る9機の演習機が巧みな回避行動でエクスたちに接近して来る。

 

「そこを狙って…そう…撃てぇ…!!」

 

迫りくる演習機をまず古鷹が1機、

 

「ぶっ殺されてぇかぁ!?」

 

続いて対空番長こと摩耶がさらに2機、

 

「怖くて声も出ねぇかァ?オラオラ!」

 

「もお~、天龍ちゃんったら~」

 

天龍と龍田が協力してさらに1機を撃墜する。

 

「お願い!当たってぇ…!!」

 

吠えるように叫びながら対空魔光弾を放つエクス。対空魔光弾の群れは彼女が狙いを定めた1機に収束しながら向かう。密集しすぎた魔力弾は互いに接触し、爆発。その爆発の影響で他の魔力弾も次々に誘爆し、巻き込まれた敵機を炎で包み込む。

 

「よし…!」

 

ガッツポーズをとり、さらに攻撃を続けるエクス。その後も何機かの機体に撃墜判定を下し、最終的に残った3機が魚雷を海に投下する。

 

「(よし、回避を!)…あれ!!?」

 

迫り来る航跡を見た途端、エクスは自分の体が硬直して動かなくなるのを感じた。

 

(そんな…また…!)

 

「どうしましたか、エクスさん!?」

 

様子がおかしいことに気付いた古鷹が、こちらを心配して話し掛ける。

 

「すいません…。また体が…」

 

話している間にも、魚雷はエクスに向かって来ている。何としてもこの場から動かなくては。そう思って体を必死に動かそうとするが、小刻みに震えるだけでまるで動かない。

 

(折角みんなが私のために協力してくれているのに……昨日までと何も変わらないままなんて絶対に嫌!!お願い…動いて…!!)

 

内心で自分の足に呼び掛けるエクス。魚雷はもう彼女のすぐ側まで迫って来ていた。

 

――――その時。

 

「……うわっ!?」

 

突如何者かに手を引かれる感覚。エクスは自分の身に起きた事が分からず動揺するが、おかげで魚雷を躱すことが出来た。魚雷は狙うべき目標を失い、暫くの間虚しく海中を進んでいたが、やがて燃料を失い海底へと沈んでいった。

 

「こ、金剛さん…!」

 

エクスは自分の手を引いた人物――――金剛に注目する。

 

「エックス、大丈夫デスか?」

 

「はっ、はいっ!ありがとうございます、金剛さん!」

 

「また、体が動かなくなってしまったのデスね?」

 

「はい、またです…」

 

力なく頷くエクス。金剛は落ち込む彼女に近づき、彼女と手を繋ぐ。

 

「こ、金剛さん?何を…?」

 

「私がエックスの足になりマース。バランスを崩さないように、しっかり掴まっていてくださいネー」

 

そう言って真剣な表情を向ける金剛。その頼もしい表情を見ている内に、体から震えが消えていった。

 

「はいっ、分かりました」

 

エクスも真剣な面持ちで頷く。

 

(…でも流石にこれは…恥ずかしい)

 

恐怖と言った負の感情が消えたものの、代わりに生まれた別の感情に悩まされるエクスだった。

 

(エクスの奴。すげえ顔が赤くなってるな…。てかよく見たら金剛さんも真剣な表情のまま赤くなってる…)

 

(まあ、あれは確かに恥ずかしいだろうぜ。あっ、少し縮こまった)

 

(あら~、2人とも可愛いわね~)

 

(可愛いです、エクスさん、金剛さん…)

 

天龍たち4人は、そんなエクスと金剛の様子を微笑ましそうに眺めるのだった。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

――数分後。

 

エクスの魔力探知レーダーが、再び龍驤から発艦する編隊を捉える。その数は先ほどの倍であった。

 

「皆さん、敵編隊が接近してきています!今度は24機です!先ほどと同様に敵機が迎撃圏内に入ってすぐ迎え撃ちましょう!」

 

エクスの指示に、再度攻撃準備に入る5人。陣形はエクス、金剛を中心とした輪形陣。

 

「撃ち方…始め!」

 

再度敵編隊に向けて火を吹く艦隊。敵編隊は先ほどよりもさらに洗練された動きで攻撃を躱していく。だが全てを回避しきれず、魚雷投下ポイントまでに17機が撃墜判定を受ける。

 

「エックス。中々やるネー!」

 

エクスの手を繋いだまま戦闘を行う金剛が、彼女を称賛する。最初の襲来を含めると、エクスが最も多くの演習機を撃ち落していた。

 

「はいっ!ありがとうございます!」

 

エクスは嬉しそうに返事をして、戦闘を続行する。残った機体が魚雷の射程内に入ったエクスたちに向かって魚雷を投下し、即座に戦場を離脱する。7本の魚雷の内、3本がエクスと金剛に迫る。

 

「さぁ、しっかり掴まるネー!エックスも頑張って自分の体を動かしてみるデース!」

 

「はいっ!」

 

金剛がエクスを引っ張って回避行動を取る。勿論ただ引っ張られるままではいかない。最終的には一人で躱せるようにならなくてはならないのだ。

 

(お願い…今度こそ動いて)

 

エクスは自分の体に念じる。すると…。

 

「あ…できた…」

 

自分の体が動く感覚。思わず言葉が漏れる。3本の航跡が、今しがたエクスたちがいた場所を通過していく。

 

「エックス?どうデシタ?」

 

金剛は立ち止まって手を離すと、こちらを心配そうに尋ねる。回避機動を終えた他の4人も彼女と同様の表情でエクスを見る。

 

「…はい、体が動きました」

 

瞬間、摩耶と天龍が歓喜の声を上げてエクスに近づく。

 

「ホントか!?マジかエクス!」

 

「う、うん。間違いないよ」

 

「よかったな、エクス!」

 

「うん、ありがとう。…でもまだ一人で出来るかどうか自信が無いけどね」

 

「エックス。兎に角あなたは体を動かす事に専念するデース。何度かやって慣れてから、その後単独で回避行動を取ってみるデース」

 

そう言って再度エクスと手を繋ぐ金剛。

 

「はい、よろしくお願いします!」

 

頷くエクス。新たな編隊の接近を捉えたのは、その直後だった。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

その後も何度か演習機の襲来をしのぎ、遂に単独での回避行動を行う事になった。

 

「エックス。私たちは一度離れマース。よろしいデスか?」

 

「はい、大丈夫です。今なら出来る気がします」

 

真剣な表情のエクス。その様子を見て、金剛はふっ笑みを浮かべる。

 

「…大丈夫。YOUなら出来るデース。自分を信じてドーンといくデース!」

 

拳を前に突き出してエールを送る金剛。天龍、摩耶、古鷹、龍田の4人もエクスに声援を送る。

 

「頑張れよ!」

 

「あたしら見守っててやるからよ!」

 

「落ち着いてやればきっとできます。頑張ってください」

 

「どうしても慌ててしまう時は、ゆっくりと深呼吸するのが良いらしいわよ~」

 

「…うん。ありがとう、みんな…」

 

手を振りながらエクスの元から離れる5人。彼女たちのシルエットが黒い点になったところで、入れ替わるように空から現れるトラウマたち。エクスはそれらをグラ・バルカス航空隊と重ねて睨みつける。

 

(もう…お前たちなんかに負けない…!必ず乗り越えてみせる…!!)

 

強い決意を胸に、エクスは迫りくるトラウマたちの迎撃を始める。

 

「対空魔光砲、撃ち方始め!!」

 

号令と共に撃ち出される赤い光弾の群れ。その光はいつもよりずっと強く、ずっと速く、そして正確に飛んで行った。

24機の演習機は、その腹に模擬魚雷を抱えたまま20機近くが撃墜判定を受け、次々と離脱していく。だがそれでもすべてを撃ち落す事は叶わず、何機かが魚雷を投下する。

 

「うっ…」

 

航跡を見た途端、エクスの心に再び恐怖が現れる。

 

(やっぱりまだ怖い…。でも…)

 

また体が動かなくなると思われたが、そのような事はもうなかった。エクスは今、自分が無事に魚雷を回避しているという事実を身を持って実感していた。

 

(動ける…。私…動いてる…)

 

仲間の支えを受け、エクスは遂にこの困難を乗り越える事が出来たのだ。不安と恐怖の連続だったこの3日間。嬉しさのあまり、目に涙が浮かべる。

 

「よかった…。これで…みんなの足手まといにならないで、一緒に戦える…」

 

再び接近してくる編隊の影を補足する。まだ訓練は終わっていない。

 

(ありがとう、みんな…)

 

内心で一緒に訓練に参加してくれた5人に礼を述べる。零れそうになる涙を拭い、エクスは再度攻撃態勢に入るのだった。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

「…どうやら大丈夫そうデース」

 

遠く離れた場所からエクスを見守る5人。無事に魚雷を回避するエクスの姿を見て、金剛は安堵の表情を浮かべる。

 

「よかったですね、エクスさん」

 

金剛の隣に立つ古鷹も、聞こえないがエクスに向かって話し掛ける。2人の後ろでは、摩耶たちが今回の訓練の切っ掛けを作った一人の艦娘について話をしていた。

 

「…にしても清霜の奴、何で俺らに自分の事は黙ってて欲しいなんて言ったんだろうな…?」

 

「だよなぁ。今回の訓練、全部アイツの発案なのによ」

 

「ふふっ。照れているのじゃないかしら~?」

 

「そうなのか?清霜が?」

 

「だと思うわよ~?好きな人を助けるって、何だかこそばゆいような気分になるじゃな~い?つまりはそういう事よ~?」

 

龍田の言葉に首を傾げる天龍。

 

「?何でこそばゆい気分になるんだ?俺は龍田を助ける時にそんな気分になった事はないぜ?」

 

「!?」

 

龍田は天龍のその言葉を、『俺は好きだから龍田を助けるけど、今までこそばゆい気分になった事はない』と解釈。頬を紅潮させて天龍に抱き着いた。

 

「ふふっ。天龍ちゃん、それって私の事が好きって意味かしら~」

 

「お、おい、何言ってんだよ龍田!大事な妹なんだから助けるのは当たり前だろ!?」

 

「大事という事は好きって事と一緒よ天龍ちゃ~ん。そんなに想ってもらえて私嬉しいわ~」

 

「ま、待て龍田!お前何するつもりだ!?」

 

「何って…ナニかしら~?」

 

そう言って嫌がる天龍の頬にキスをしようとする龍田。天龍姉妹の百合々々な展開を無視し、摩耶は同じ防空艦仲間のエクスに視線を移す。

 

「…ホントよかった」

 

摩耶は誰にも聞こえないように呟き、穏やかな笑みを浮かべた。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

横須賀鎮守府 正面埠頭

 

 

「エクスさん、よかった…」

 

正面埠頭のエクスの演習が見やすい位置で、体育座りで安堵の表情を浮かべる清霜がいた。

 

そこへ上空からゆっくり近づく人影。それに気づいた清霜は、その人物に視線を向ける。少女を脇に抱えて浮遊する天使の女性が、清霜の視界に入る。

 

「清霜、エクスちゃんの様子はどうだった?」

 

「司令官!霞ちゃん!」

 

清霜が女性と少女の名前を叫ぶ。いつもの軍服ではなく、白生地に花柄のロングワンピースを纏った美しい女性――――『梶ヶ谷 真理恵』少将は、時折魔力でできた光る翼を羽ばたかせながら着地し、少女――――駆逐艦『霞』をゆっくりと地面に下ろす。

 

「よいしょっと」

 

「…ねぇ、もっと良い方法はなかったの?脇に抱えられるの、すごく恥ずかしいのだけど…」

 

頬を赤く染めて文句を言う霞。真理恵は申し訳なさそうに返答する。

 

「仕方ないじゃない。カスミンを誤って落とさないようにするためには、脇に抱えて飛ぶのが一番良い方法なんだもん」

 

「ねぇ、司令官と霞ちゃんは何をしていたの?」

 

清霜は立ち上がって2人に質問する。真理恵は両手で着ているワンピースの裾を掴み、少女の様な笑顔で答える。

 

「久しぶりに自由時間が出来たからね…。気分転換に空を飛んでいたの。カスミンも飛びたいって言うから一緒にね」

 

そう言って隣で腕組みをして立つ霞に視線を向ける真理恵。霞は視線を向けられた途端そっぽを向く。

 

「…カスミン、もしかして抱っこされたかったの?」

 

少しからかう様に尋ねる真理恵。霞は顔を真っ赤に染め上げて声を荒げる。

 

「ち、違うわよ…!!何変な事聞いて来てんのよ!?」

 

「嘘だ~?本当は御姫様抱っこして欲しかったんでしょ~?」

 

「違うっつってんでしょ、このクズ!」

 

「何なら今からやってあげるわよ~。時間はまだ残っているからね~」

 

真理恵は霞を浮遊魔法で浮かすと、自分の腕の上にゆっくりと下ろした。

 

「ちょ…!下ろしなさいよ!このクズー!」

 

「遠慮しない遠慮しない」

 

全身を赤く染め、真理恵の腕の中で暴れる霞。だがいくら暴れても、そこから抜け出す事は叶わなかった。

 

「…ところで清霜ちゃん。エクスちゃんの訓練はどんな様子だった?」

 

霞をお姫様抱っこしたまま、真理恵はエクスの訓練状況について尋ねる。

 

「うん!みんなのおかげで訓練は無事に成功したみたい!」

 

「そう、よかった…」

 

安堵の表情浮かべ、真理恵は訓練を終えドックに戻っていくエクスに視線を移す。その途中で金剛たち5人が彼女の元に集まり、彼女と共に訓練成功を喜んでいた。

 

「…それにしてもエクスちゃん。この短い期間でだいぶ強くなったわね。これなら来週からでも実際に出撃させても良いかもしれないわ~」

 

「え!?それホント、司令官!」

 

「えぇ。今のあの子の練度ならほとんど問題ないわ。休憩が終わったら早速どんな編成にするか考えなきゃね」

 

「そっか…やっと一緒に戦えるね、エクスさん…」

 

清霜はドックへと帰って行くエクスに視線を戻し、穏やかな笑みを浮かべる。

 

「…さて、私はもう少し空の旅を続けるつもりだけど…清霜ちゃんも一緒に来る?」

 

「え!?いいの!?」

 

真理恵の提案に、清霜は目を輝かせる。

 

「勿論よ。ほらっ、肩車してあげるから後ろに移動して」

 

「うんっ!ありがとう司令官!」

 

清霜はすぐさま真理恵の後ろに回り、その場に腰を下ろした彼女の背中に飛び付く。

 

「離さないようにね?いくわよ?」

 

清霜がしっかり掴まっているのを確認してから、真理恵は浮遊魔法を発動させる。光の翼がより一層強く光り始めた途端、彼女の体がふわりと浮き上がる。

 

真理恵、霞、そして清霜の3人は夕焼けを眺めながら、しばしの間空の旅を楽しむのだった。

 

「お願いだからこの体勢はやめてよー!!」

 

…訂正。真理恵と清霜の2人だけだった。

 

 

To be continued...

 






おまけ


神風「えぇっ!!?司令官に連れられて空を散歩したのですかー!!?」

清霜「うんっ、すっごく楽しかったよ!また連れて行って欲しいな~」

神風「う~~清霜さんと霞さんだけ狡いです!私も空の散歩をしてみたいです!」

真理恵「ほらっ、神風ちゃん。これあげるから泣き止んで」←ポッケから取り出した煮干しを神風に渡そうとする

神風「煮干しより…私も空の散歩に連れて行ってくださいよ~…」ぐすんっ

真理恵「分かったわよ。来週丁度神風ちゃんと同じ日にお休みを貰っているから…その日に連れて行ってあげるわ」

神風「ほ、ホントですか!?ありがとうございます!」パアァァァ…

真理恵「ふふっ」←神風に渡すはずだった煮干しをポリポリ食べている

霞「こ~の~ク~ズ~。あれ程ポッケに食べ物を突っ込むなって言ってんのに~~!」ゴゴゴ…

真理恵「ひぇっ!?か、カスミン!?じゃ、じゃあ私は仕事があるからこれで!」←逃げる

霞「ちょっと待ちなさい!今日と言う今日は許さないんだから!」←追いかける

エクス(空の散歩?天の浮舟に乗ったという意味かな?…でも今日の提督たちって出張の予定あったけ?)

清霜「あっ、エクスさん!これから神風ちゃんと一緒にご飯食べるところなんだけど、エクスさんも一緒に行こう!」

エクス「うん、いいよ」

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