零これ   作:LWD

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プロローグ

異世界 神聖ミリシアル帝国 西側群島

 

うっそうと緑に包まれた島々と青い海、その上空に広がる雲ひとつない青い空。

それを見ればなんと長閑な風景だと誰もが思ったことだろう………ほんの数時間前までなら。

 

現在は数百にも及ぶ軍用機が群島上空を乱舞し、周辺を航行中の十数隻の船に向かって、爆弾を雨のごとく降らせ、眼下の海に炎の花を咲かせていた。

爆炎から逃れようと、ある船は必死になって回避しようとし、またある船は敵機を撃ち落そうと対空砲で弾幕を張る。だが敵航空機の猛攻は凄まじく、彼女たちは次第にその数を減らしていった。

今まさに、世界最強と謳われたとある艦隊が終焉を迎えようとしていた。

 

その艦隊の名は『第零式魔導艦隊』。

 

日本が「召喚」された異世界において、最大の国力を持つ神聖ミリシアル帝国。

その国が保有する艦隊の一つである。

他の主力艦隊と比べると数こそ少ないものの、最新鋭の艦艇で構成されており、また練度も高いため、同数ならば世界最強の艦隊として認識されている。

また最新鋭艦で構成されていることから、内外に自国の強さをアピールする宣伝役も担っている。

ミリシアルの海軍軍人にとって、この艦隊に配属されることはまさに憧れであった。

 

その艦隊の中でも一際存在感の大きい2隻の巨艦。その2隻は敵機の攻撃で傷つきながらも、反撃の手を決して緩めなかった。

その内の片方の艦のブリッジから、まるで幽霊のように体の透けた一人の少女が、急降下してくる爆撃機を忌々しそうに見上げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――日本と同じ転移国家であるグラ・バルカス帝国の海軍艦隊が、突如演習中の私たちに奇襲を仕掛けてきた。

先日グラ・バルカスの使節団が、ミリシアルが議長国を務める先進11ヶ国会議にて、会議に参加した各国使節団に対し自国の配下になる旨を要求してきたことは既に本国から伝えられていた。

グラ・バルカス側は実力行使を仄めかすような発言をしており、不測の事態に備えて予め準備を済ませていた私たちは、すぐさま戦闘態勢に移行できた。

 

最初に現れた戦艦2隻を含む水上打撃艦隊との戦闘では、戦艦1隻を含む3隻を撃沈、多数を損傷させて撃退し辛うじて勝利したが、次に現れた約200もの航空機との戦闘で一気に劣勢に立たされた。

各艦にハリネズミのごとく設置された対空魔光砲が敵編隊に向けて弾幕を張るものの、近接信管に相当する機能を持たない魔力弾では有効打を与えられず、虚しく敵機の横を掠めていくだけであり、投下された爆弾に次々と被弾していった。

 

私、第零式魔導艦隊旗艦、魔導戦艦「エクス」もまた、接近してくる急降下爆撃機を撃ち落さんと対空魔光砲を撃ち続けるが、ほんの数機しか撃ち落とせず、投下された爆弾が直撃し爆炎に包まれた。

 

(ぐっ…………!!)

 

爆弾が直撃した衝撃と艦を包む炎の熱さが痛みとなって私を襲う。

そのあまりの激痛に歯を食いしばりながら、私は艦隊司令アルテマが部下から被害報告を受けているところを見る。

 

「くそっ、どこに被弾した!?報告しろ!」

 

「船体後部に被弾!火災発生!」

 

「後部副砲、後部対空魔光砲損傷!使用不能です!」

 

「火災箇所の消火作業と負傷者の応急処置を急げ!」

 

司令官の指示で報告員たちはすぐさま艦橋を出ていく。私は痛みに耐えながらも艦の後ろを見て、その凄惨な光景に絶句する。

 

(…………!!)

 

爆弾が直撃した部分にあったはずの構造物は原型を留めることなく破壊され、被弾により発生した火災が全壊したそれらを焼き尽くしていた。

その中には人間だったものも含まれているように見えるは気のせいだと信じたい。

艦橋内を乗組員の怒号や爆音、そして敵機のプロペラが発する嫌な音が支配する。

周辺の艦を見ると無事な船は1隻もいなかった。

自分と同様の攻撃を受け、火に包まれる随伴艦たち。

 

(カリバー、そっちは無事か!?)

 

私はその中でも最も大きい艦である魔導戦艦「カリバー」の船魂にそう叫んだ。

先の水上艦隊との艦隊戦で、謎の攻撃を受けて沈んだ準同型艦の「バリアント」や、自身の姉妹艦である「カリバー」とは、この艦隊に配備されてからよく一緒におり、私にとって親友というべき存在である。

 

(…無事って言える状態ではないわね。さすがに沈むほどのダメージではないけど、結構な被害よ…)

 

少ししてから返答があった。

どうやら彼女も痛みで返答したくてもできなかったようである。

返答を聞いて私は一度安堵したが、彼女以外の艦を見てすぐに苦虫をかみつぶしたような表情になる。

たしかに戦艦である彼女が沈む心配はなさそうだが、他の艦はそうはいかなかった。

既に魔砲船や小型艦(この世界では軽巡や駆逐艦に相当する艦)数隻が、被弾による弾薬庫への誘爆などが原因で轟沈しており、重巡洋装甲艦も何発もの爆弾を受けて船体がボロボロとなり、次に攻撃を食らえばあっさりと沈んでしまいそうだ。

戦艦が航空機で沈むことはないだろうが、このままでは自分とカリバー以外は全滅してしまう。

 

(…くそ!!)

 

(…エクス?)

 

私が急に声を張り上げたことに、カリバーは何事かという意味を込めて私の名を言う。

 

(馬鹿だ私は……文明圏外の蛮国と思い込んで敵を侮っていた。そのせいで、こんな悲惨な結果を招いてしまった…。どんな相手でも油断しないように徹底すべきだった!私のせいで、みんなが!)

 

(エクス、落ち着いて!私たちはただの船魂。私たちが何を思い、何をしたって現実には何にも影響を与えられない存在なの。だから、あなたのせいではないのよ)

 

(分かってる!分かってるけど…、それでも何もできない自分を責めずにはいられないんだ…!私は…旗艦なのに…!)

 

(エクス……)

 

声を張り上げながら自分を責め続ける私に、カリバーはただ悲しそうな声を出すことしかできなかった。

だが、私たちの会話はここで強制的に中断された。

 

「低空より敵機が接近中!数82!」

 

「何!?多すぎる!急いで迎撃しろ!」

 

「了解!!」

 

戦艦「エクス」の電測員が魔力探知レーダーを見て悲鳴のような声を上げて報告する。

報告を受けた司令官アルテマは即座に指示を飛ばす。

 

(低空を飛んでいる?一体何をする気だ!?……カリバー!)

 

(えぇ、こっちも探知したわ。今迎撃準備しているところよ)

 

私とカリバーは、今だ顕在な対空魔光砲を低空から侵入してくる敵編隊に向ける。

各砲塔に魔力が注入され、砲口が赤く光り出す。

 

私は接近中の敵機を見ながら考察する。

あの低空から侵入してくる敵機はこちらに何をしてくるのだろうか?

爆撃を行うなら先ほどのように高空から急降下すれば良い、わざわざ超低空からこちらに肉薄して爆弾を落とすメリットはない。

だとしたら爆撃以外の攻撃を仕掛けてきていると考えるべきだろう。

 

(じゃあ、それは何なんだ?)

 

船魂である自分がいくら考えたところで、それを司令官や乗組員たちに伝えることはできない。

しかしそれでも私は考える。

そうしないと今度は自分の姉妹まで失いそうな気がしてしまうから。

 

2隻の戦艦が一斉に赤い弾幕を張る。

しかし、なかなか当たらず、敵編隊は徐々に私たちとの距離を詰めてくる。

ある程度接近されたところで、敵機が機体にぶら下げている爆弾らしき兵器を海に投下するのを見る。

それらは私たちのよく知る爆弾よりも大きく、細長い形状をしている。

自分の乗組員やカリバーはその行為を攻撃を途中で諦め、爆弾を投棄して離脱したと思っているようだが、私はその爆弾らしき兵器が投下されたポイントから航跡がいくつも伸びていることに気づいた。

 

(……!?あれはバリアントを沈めた攻撃!!)

 

先の海戦で撃沈されたバリアントと同じ攻撃を受けていると理解した私は、カリバーにもこのことを伝える。

 

(カリバー!私たちに向かって伸びている航跡が分かるか!?)

 

(え…?……な、何あれ!?)

 

カリバーも私の言葉を受け、謎の航跡が自分たちに向かって来ているのを見て驚愕する。

 

(バリアントを沈めた攻撃と全く同じ攻撃だ!あれはおそらく艦の喫水下部分を破壊し、甚大な浸水を引き起こすことを目的としているんだ!通常の爆弾よりも大きいように見えたから、威力も相当高いだろう…。カリバー、避けるんだ!あれには絶対に当たってはダメだ!)

 

私はカリバーにそう叫ぶが、船魂である自分たちでは結局どうすることもできない。

乗組員が気づくのを待つしかないのだが、私はいつまでも気づかない彼らに苛立ち、大声で叫んだ。

 

(何をしているんだみんな!!あれが見えないのか!?あいつらは逃げたんじゃない!攻撃したから退避したんだ!)

 

「臆病風にでも吹かれたのか?」

 

(違う!……お願い、早く気付いて…!)

 

私の叫びが彼らに聞こえることはないのは分かっている。

でも、このままでは全員バリアントと同じ目に遭ってしまう。

 

「…!?何だ、あれは!?」

 

私の叫びが通じたのか、ようやく見張り員の一人が海中の異変に気づき、通信魔法で報告する。

しかし、この時点で謎の航跡は私たちのかなり近くまで接近しており、どう足掻いても被弾は避けられなかった。

 

「かわせ!!」

 

「ダメです、近すぎます!確実に何発かは被弾してしまいます!!」

 

「くそっ、仕方ない!全魔力を左舷装甲の強化に回せ!」

 

「了解!魔素展開!装甲強化!!」

 

私の船体が青い光に包まれていく。

魔力が注入された装甲は、更に強度が増す。

これでどれだけ耐えられるか分からないが、後は私自身があの攻撃に耐えるしかないのだ。

 

「装甲強化、完了しました!着弾まで残り10秒!!」

 

「総員、衝撃に備え!!」

 

司令官アルテマの指示で、乗組員は全員何かに掴まる。

私たちはただ、自分たちの無事を神に祈るしかなかった。

 

……だが神様が私たちに微笑むことはなかった。

 

次の瞬間、私の船体に7本の巨大な水柱が上がる。

すさまじい衝撃が強烈な激痛となって私を襲った。

 

(がぁ………っ!!)

 

先ほどとは比べものにならないほどの痛みを受け私は倒れる。

今の攻撃で私は自身の船体にいくつもの大穴が開き、大量の海水が艦内になだれ込んでくるのを感じる。

それを感じたとき、…自分はもう助からないと悟った。

 

「そ、そんな!こんな事が…!最新鋭戦艦が航空機ごときにやられるとは…!!」

 

頭から血を流しながら、司令官アルテマは今まで信じていた常識が覆されたことに愕然とする。

艦長はすぐに総員退艦命令を出し、呆然としている司令官にも退艦を促す。

 

(み、みんなは……?カリバーは……?)

 

姉妹や仲間の安否が気がかりだった。

私は絶え間なく続く激痛で意識が飛びそうになりながらもなんとか立ち上がり、周りを見渡す。

先ほどの攻撃で血を流し、倒れたまま動かない乗組員が大勢目に入る。

艦橋だけではなく、艦内全てがすでに地獄と化しているのを感じた。

 

外を見ようとふらつく足取りで窓に近づく。

その間も艦が左に大きく傾いていく。

私が浮いていられるのもあとわずかだろう…。

 

(でも…せめてカリバーや…他の艦の無事を確認するまでは……沈みたくない。もう少しだけもってくれ…)

 

なんとか窓際まで到着した私は、カリバーたちがいるであろう方向を見て目を見開く。

 

(あ……そ…んな……)

 

広がっていた光景は……この世の終わりだった。

私の目には船体が前後に割れ、貪欲な海に無情にもその巨体を取り込まれていくカリバーの姿が映っていた。

巡洋艦以下の娘たちも船体の一部が海に顔を出しているような状態であり、徐々に海へと飲み込まれていった。

あまりの衝撃に、言葉も出ない。

 

(カ…カリバー、…みんな……、き…聞こえていたら…返事……してくれ…)

 

私は震える声で彼女らに呼び掛けたが、……誰ひとりとして答えるものはいなかった。

 

「全滅」。

その言葉が私の脳裏を横切る。

そう、文字通り私たち第零式魔導艦隊は、………全滅した。

 

世界最強と謳われた艦隊の旗艦を務めることを誇りに思うとともに、不安を抱いていた私をずっと支えてくれた仲間たちは……もうこの世にはいない…。

みんな沈んでしまった。

 

それを理解した瞬間、視界がぼやけた。

目から涙が溢れ出てきて、頬を伝う。

とうとう立っているのも限界になり、その場に倒れる。

自分はただの魂のはずなのに、床がとても冷たく感じた。

 

(うっ……うあぁぁ……)

 

私は薄れゆく意識の中で泣きながら、船魂でしかないが故に何もできない自分の無力さを嘆くことしかできなかった。

 

(私は旗艦なのに、この船そのものなのに、…乗組員が死んでいく姿を…仲間が沈んでいく姿を……ただ見ていることしかできない…。せめてこの声が届けば、…違った未来があったかもしれない…)

 

(…みんな…何もできなくて……ごめんね…)

 

今にも転覆しそうになるほど船体が傾いたところで、艦内のカートリッジ型爆裂魔法回路が衝撃により大爆発した。

船体は真っ二つに引き裂かれ、海は砕けた巨艦を容赦なく引きずり込んでいく。

私がいる艦橋にも海水が押し寄せてきて、あっという間に水没した。

 

完全に意識が途切れようとする直前、私は願った。

 

(…もし…もし生まれ変われるなら……今度こそ…みんなを…守りたい……な……)

 

 

魔導戦艦「エクス」の船魂はそこで意識を完全に手放し、司令や艦長、逃げ遅れた乗組員と共に暗い海の底へと消えていった。

 

この日、世界最強と謳われた神聖ミリシアル帝国『第零式魔導艦隊』は、この世から消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――だが、エクスの最後の願いは、彼女が存在する世界とはまた別の世界で、意外な形で叶えられることになる。

 

それが日本国を「召喚」した神の仕業なのかどうかは、定かではない。

 

To be continued...


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