零これ   作:LWD

17 / 24
鎮守府の朝

 

 

日本国 横須賀鎮守府 

 

 

次第に暖かくなってきたとはいえ、まだ少し肌寒い3月の早朝。もうすぐ太陽が昇り始める時に、ジャージ姿で外を走る2人の少女。

 

「エクスさん、あと少しです!」

 

「えぇ!」

 

魔導戦艦『エクス』と駆逐艦『吹雪』の朝のランニングはラストパートを迎えようとしていた。2人が目指すのは、鎮守府本館の入り口前。

 

小鳥のさえずりをBGMに、植えられた木々の間の道を走り抜け、階段を駆け上がる。階段を上ってすぐに、巨大な鎮守府本館が目の前に現れる。

 

「ふぅ……」

 

「お疲れ様でした、エクスさん」

 

「えぇ、吹雪もお疲れ様」

 

ランニングを終えた吹雪とエクスは、肩にかけているタオルで汗をぬぐいながら互いを労う。

 

歓迎会から約1週間。エクスは吹雪と共に早朝に走るのが毎日の日課になっていた。それは歓迎会の時に吹雪から毎朝ランニングをしている事を聞いたことが切っ掛けであった。少しでも体を鍛えようと考えたエクスは、一緒に走っても良いかと彼女に申し出る。吹雪は喜んでこれを了承。鳳翔から貰ったジャージに着替え(余談だが、魔力探知レーダーは普段は邪魔なので外している)、早速次の日から一緒に走ることになった。

 

「しかし、本当に良かったですよ。今まで私1人で走ってきましたから、他の人と一緒に走れて嬉しいです」

 

「え、そうだったの?てっきり吹雪みたいに朝から走る子ってもっといると思っていたけど…」

 

「みんな総員起こしギリギリまで寝ていたいらしくて…。霞ちゃんも最初は一緒に走っていたんですけど、段々忙しくなってきたので途中からできなくなってしまいましたし…」

 

「あぁ、そういえば霞は秘書艦だったね」

 

エクスは真理恵と共に今日も早朝から会議に参加する霞の姿を思い浮かべる。

 

(昨日も夜遅くに大本営という所から帰って来たばかりなのに、…提督や秘書艦というのは大変な仕事なんだね…)

 

その時、鎮守府各所に設置されたスピーカーからラッパの音が鳴り響き、次には少女の声が聞こえてきた。

 

『か…艦隊…総員起こし。…み、みんな…お……おはよっ…!』

 

「この声…、今日は山風が担当か…」

 

「じゃあエクスさん、急いで着替えて集合場所へ行きましょうか」

 

「えぇ、点呼に遅れるわけにはいかないからね」

 

0600(まるろくまるまる)の総員起こしから5分後の0605(まるろくまるご)には指定の場所で点呼が行われる。鎮守府に所属する者たちのうち非番ではない艦娘や憲兵は、全員5分以内に着替えとベッドの整頓を行い指定の場所に集合していなければならない。起きた時点で部屋の整頓を終えていた2人は、一緒に持ってきた制服を抱え、早足で近くの更衣室に向かった。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

横須賀鎮守府 食堂

 

 

0700(まるななまるまる)。これは鎮守府に所属する者たちが朝食をとるため食堂に集まる時間である。

 

この鎮守府の朝食はバイキング方式を採用しており、各自で厨房前の長大なテーブルに並べられた料理から好きなものを取って食べることができる。点呼後に吹雪と別れた後、エクスも自室の掃除を終わらせてから食堂へと足を運んだ。

 

(昨日は洋食を食べたから、…今日は和食にしよっか)

 

エクスはご飯と焼き鮭、海藻サラダとかぼちゃの煮物、そして味噌汁と緑茶をトレーに載せて空いている席へ適当に座る。

 

「いただきまーす…」

 

「おはようエクスさん!」

 

食べ始めようとした時、清霜が満面の笑みを浮かべて近づいてきた。

 

「あっ、おはよう、清霜。今日も元気だね」

 

エクスも笑顔で答える。

 

「うん!隣、良い?」

 

「うん、いいよ」

 

清霜はエクスの隣の席に座ると、焼きたてのトーストに思いっきり噛り付こうとする。

 

「あちちっ…!?」

 

どうやらまだ結構熱かったらしく、清霜はトースト咥えた瞬間目を見開くと慌てて口から離した。

 

「ちょ…、大丈夫清霜!?ほらっ、水」

 

「うっ、うん。大丈夫だよ…。ありがとう」

 

清霜はエクスから水の入ったコップを受け取り、彼女にお礼を述べてから流し込む。

 

「ふぅ、結構熱かったみたい…」

 

「まだ時間は十分にあるから、もう少し落ち着いて食べても大丈夫よ?」

 

「えへへ…」

 

清霜は少し照れくさそうに笑うと、今度は息を吹きかけて冷ましてから少しずつ食べ始める。エクスはその様子を微笑ましそうに眺めてから自分も食べ始める。

 

「あっ、そういえばエクスさん」

 

何かを思い出した清霜がトーストを皿に置いて話し始める。

 

「何、清霜?」

 

「あたし5日後からお休みを貰えるんだけど、エクスさんはその時お休み?」

 

それを聞いたエクスは自分の予定を思い出す。彼女も5日後に2日ほど休みを貰えていた。

 

「うん、清霜と同じ5日後から2日間ほど休暇になっているよ」

 

「じゃあ、5日後に横須賀の街へ一緒に行こう!この前は深海棲艦の襲撃とかで結局連れて行ってあげられなかったから」

 

「えぇ、いいわよ」

 

エクスは清霜に笑顔で頷く。

 

「…ごめんね、エクスさん。もっと早く連れて行ってあげたかったのに…」

 

申し訳なさそうに俯く清霜。エクスはそんな彼女の頭に手をポンッと乗せ、優しく撫でる。

 

「ううん、気にしないで。あの時は深海棲艦の件があったし、清霜も艦娘としての仕事で忙しかったから仕方ないよ」

 

「うん、ありがとね。…いっぱいお買い物して、いっぱい面白い所を回ろうね!」

 

「うん」

 

互いに笑顔を向ける2人。そこにエクスと同じくらいの身長の少女が近づいてきた。

 

「あれ、エックス?あなた口調変えマシタ?」

 

2人が振り向くと、そこには金剛が朝食が乗ったトレーを持って立っていた。

 

「あっ、金剛さん。おはようございます」

 

「おはよう、金剛さん!」

 

「ハイッ、グッモーニング!私も一緒に食べて良いデスか?」

 

「はい、良いですよ」

 

金剛は「ありがとデース!」と礼を言い、2人と向かい合う位置に座る。

 

「…ところでその口調はどうしたのデスか、エックス?」

 

クロワッサンを片手に、金剛は先ほどの話を続ける。

 

「あぁ、これですか?昨日の事なんですけど…」

 

エクスは昨日、訓練がひと段落した後、金剛と由良の3人でお茶会を開いた時の話を始める。その時金剛から”口調が固い”と何となく言われたエクスは、もう少し柔らかい口調で話してみようと考え、早速その後から意識して口調を変えることにしたのだ。

 

「そ…ソーリー、エックス!私そんなつもりで言ったわけではないデスから、無理して変えなくても大丈夫デース!」

 

話を聞いた金剛が慌てて謝罪するが、エクスは首を振る。

 

「いえ、気にしないでください。私はこうした方がもっと親しみを持てるかな?と思ってやっているだけですから…」

 

「エクスさんは今までだって十分親しみを持てる人だよ?」

 

さも当然と言わんばかりに真顔で答える清霜。

 

「ありがとね、清霜。でも、私がこうしたいって望んでやっている事だから大丈夫だよ」

 

「そ、そうデスか…?まぁ、エックスがそう言うのなら…」

 

そう言って金剛は食事を再開し、持っていた食べかけのクロワッサンを口に放り込んで紅茶を飲む。

 

(…それにしても、もうこんなに人が集まっていたんだ…)

 

ふとエクスは周りを見渡す。食堂は既に多くの人々で賑わっており、ほとんどの席が埋まっていた。一人で黙々と食事を摂る者もいれば、隣同士でおしゃべりをする者もいるなど様々である。大勢の人々の話し声が混ざってできた喧騒は、人によっては五月蠅いと思う者もいるだろうが、賑やかな方が好きなエクスにはむしろ心地の良いものであった。

 

(……ん?)

 

するとエクスはある程度纏まった数の人がある方向に視線を向けている事を確認する。彼らの視線をたどると、丁度朝のニュース番組を放送しているテレビが視界に入ってきた。テレビ画面に映っている無表情のニュースキャスターが、テーブルに置かれた原稿に時々目を向けながらニュースを伝えていた。

 

『……本日、米大統領のジェイソン氏がハワイ諸島全域からの住民の完全撤退の完了を宣言しました。米国は深海棲艦出現後、増援を送るなどで同諸島の実効支配を継続しようとしていましたが、深海棲艦の攻撃が激しさを増し、遂に維持不可能と判断。米本国は数週間前に同諸島からの軍および民間人の撤退を指示していましたが、それが本日を持って完了したことになります。これにより米国はグアムに続いて2つ目の海外領土を喪失した事になり、日米安保の維持も絶望的なものになると専門家は予測しています…』

 

ニュースはちょうど深海棲艦に関する事を伝えており、エクスは画面に注目する。

 

(米国……たしかこの前聞いたアメリカという国の別名だったはず…)

 

「エックス、どうしマシタ?」

 

「金剛さん、この前話したアメリカという国って現在どうなっているのですか?ニュースを見た感じだと深海棲艦による被害を結構受けているような気がしたので…」

 

エクスの疑問に、金剛は一瞬の沈黙置いてから答え始める。

 

「エックスの予想通りデス。米国は海外領土の喪失以外にも、沿岸部の都市群が空爆で甚大な被害を受けていマス。あの国にも艦娘がいるのデスが、守るべき範囲が広すぎて防衛が追い付いてない状況なんデース」

 

「たしか、この国にも米国の艦娘がいるのですよね?」

 

「イエス。偶然日本近海で保護された子たちがこの国にもいマス。…デスがエックスも知っての通り、深海棲艦が支配している海を越えて無事に米国に辿り着くのはほぼ不可能デスから、彼女たちは全員日本から出る事もままならないのデース…」

 

「そうだったんですか…」

 

自分の祖国に帰れない。理由は違えどその艦娘たちは今の自分と同じ状況にいるのだ。エクスは彼女たちの心中が理解できる気がした。

 

(まぁ、私の場合、帰る事ができても居場所がないんだけどね…)

 

心の中で自虐しながら、残り少ない味噌汁を一気に飲み干す。

 

再びテレビ画面に注目する。深海棲艦に関するニュースが終わり、今度は国内に関するニュースが流れていた。

 

『…昨日未明、神奈川県横浜市の〇×宝石店にて、店頭に並べられていた宝石が忽然と姿を消すという謎の事件が発生しました。宝石が入っていたガラスケースには荒らされた形跡はなく、指紋も全く検出されませんでした。警察では、何者かによる巧妙な手口を使用した盗難であるとみて調べを進めていますが、防犯カメラにも不審者らしき人物は一切映っておらず、捜査は難航すると思われます…』

 

画面には、警察によって立ち入り禁止となった横浜の有名宝石店が映っていた。

 

「あっ、このニュース。前にも似たような事件があったよね?」

 

同じくニュースを見ていた清霜が口を開く。

 

「えっ、どういう事?」

 

「前にも盗んだ跡が全くなかった事件がいくつもあったんだよ」

 

「そのどれもが犯人の手掛かりすら掴めず、全て迷宮入りになったらしいデース」

 

「そうなのですか?一体誰が何のために…?」

 

「…深海棲艦の影響で経済的被害を受けた人は少なくないデース。盗みを働かないと生きていけないという人もいると思いマス。実際、深海棲艦出現後は日本ですら治安が悪化していマスしね」

 

「……」

 

生きるために仕方なく犯罪に走る。エクスは何の罪もない善良な人々をそこまで追い詰めた深海棲艦に対し、静かな怒りを抱く。

 

「…では尚更少しでも早く深海棲艦から海を奪回しなければなりませんね。これ以上罪を重ねる人が増えないためにも」

 

「うん、そうだね!」

 

「そういうことデース!」

 

エクスの言葉に、清霜と金剛も力強く頷いた。

 

「「「ごちそうさま(デース!)」」」

 

「じゃあ、行こっか!エクスさん、金剛さん!」

 

「えぇ、まだ人が来るから席を開けてあげないとね」

 

3人は食事を終え、席を立ってトレー返却口へと移動する。その時、朝の会議を終えた真理恵と霞が食堂に入って来るのを確認した。

 

「テートクー!グッモーニーング!!」

 

途端に金剛が真理恵に向かって走り出し、空中で一回転してから彼女に抱き着いた。

 

「おはよう、金剛。朝から元気ね」

 

「勿論デース!テートクのために、私今日も頑張っていきマース!」

 

いきなり抱き着かれたにもかかわらず、真理恵は全く動揺せず普通に挨拶する。周りにいる者たちも一瞬だけ彼女たちに視線を向けるが、「あぁ、いつもの事か」とすぐに関心を失い、食事へと戻っていく。

 

(金剛さんもだけど、皆もすごいな…。あれを見て何とも思っていない…。私はまだ全然慣れてないのに…)

 

真理恵の頬に自分の頬を擦り付けながら甘える金剛を、エクスは若干頬を赤らめながら見る。

 

「じゃあ、エクスさん。またお昼にね!」

 

「うん。清霜も遠征の方頑張ってね」

 

一足先に食堂を出ていく清霜を、エクスは手を振って見送る。

 

鎮守府の朝はこれと言って何の問題もなく過ぎていき、各々が本日の予定をこなすために行動を始めていく。エクスも今日の講義と訓練の事を考えながら、一度自室へと戻っていった。

 

 

To be continued...

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。