大本営
日本国 首都東京 大本営
深海棲艦の侵攻による制海権喪失から1年と数ヶ月。海外からの輸入が途絶えたはずのこの国の首都は、深海棲艦出現時こそ一時的に混乱状態に陥ったものの、今ではこれまでとなんら大差ない活気に包まれており、『眠らない街』というイメージは全くと言っていいほど損なわれていなかった。
それは艦娘たちの奮闘によるユーラシア大陸との輸送路の確保もそうだが、窮地に陥った時のみ発揮されるこの国の国民の団結力の賜物でもあるという事を、大本営が置かれたビルの最上階から東京の街並みを眺める男は、これまで見てきた国民の行動からそう結論付けていた。
(ピンチに陥った時一つになれる…か。それがこの国の良いところでもあり、欠点でもあるのだが…)
そう考えながらある人物が来るのを待っている男の名は『梶ヶ谷 義春』。全国の提督及び艦娘たちの上に立つ元帥である。元は海上自衛隊の護衛艦隊司令を務めていたが、深海棲艦出現前の時点で既に定年を迎え、国防の任から離れていた身である。そんな彼がなぜ大本営の元帥を務めているのか。それは2年前のある出来事が切っ掛けであった。
自衛隊を退職した後、のんびり船旅でもしようと思っていた彼は、客船に乗って横須賀から博多へと向かっていた。だがその途中で彼の乗った船は深海棲艦の奇襲を受けることになった。偶然近くを航行していた巡視船「しきしま」が駆け付けたものの、護衛艦ですらほとんど効果的な攻撃ができなかった相手に巡視船が敵うはずもなく、あっさりと撃沈されてしまった。
だが深海棲艦が次に客船に狙いを定めようとした時、突如深海棲艦が爆炎に包まれた。何事かと周りを見渡すと、深海棲艦から少し離れたところの海上を、5人の少女が海面を滑りながらこちらに向かってくる様子を彼は見た。5人はこちらを守るかのように深海棲艦と客船の間に入り、その内の一人が客船に近づき何かを叫んだ。驚愕のあまり固まっている他の客たちの間を抜け、彼はすぐさま彼女の元へ向かい、彼女たちが何者なのか尋ねた。
その『吹雪』と名乗る少女は彼に言った。自分たちは軍艦である事を。気付いた時には実体化し、海上に立っていた事を。すぐ近くで爆音が聞こえてきたので駆け付けてみると、この船が攻撃を受けているところを確認したため、いつの間にか持っていた武器で異形たちを攻撃したという事を。
話を聞いた彼は信じられない気分になり、夢でも見てるのではないかと思った。だが驚いている暇など今の彼らにはなかった。体勢を立て直した深海棲艦がこちらに砲を向けようとしていたのだから。
それを見て彼女たちの力なくしてこのピンチを乗り越えられないと直感的に判断した彼は、彼女に言った。乗客を守るために力を貸してほしいと。自分はついこの間まで艦隊司令を務めており、彼女たちの力になれるという事を。
少女は一瞬目を見開いてから力強く頷くと、耳に手を当てる仕草をした。どうやら他の4人と無線で連絡をとっているらしく、すぐさま彼女の元に集まってきた。
「「「「「よろしくお願いします、司令官!(なのです!)」」」」」
駆逐艦『吹雪』、『叢雲』、『漣』、『五月雨』、『電』の5人は彼に敬礼し、即座に戦いへと戻った。
彼の指示の元、彼女たちは一斉に魚雷を放射状に放ち、客船に対する砲撃を中止させ回避行動を取らせると同時に敵艦隊の陣形を崩す。そこにさらに一斉砲撃を行い、1隻ずつ確実に沈めていった。
その時客船に乗っていた乗客がネット上に動画をアップ。少女たちの存在を知った日本および世界は衝撃を受けると同時に、急速に勢力を拡大しつつある深海棲艦を見事に撃滅してみせた彼女たちに希望を抱くことになった。
その後少女たちは客船を護衛しながら最寄りの港へ入港、騒ぎを聞きつけやって来た日本の政府関係者によって保護された。なんでも5人の出現後、彼女たちのような存在が現れては、深海棲艦に襲われそうになった人々を助けるという事例が世界各地で発生していたのだとか。彼もまた彼女たちを率いる姿が動画に映っていたため、同行する事になった。
彼女たちに的確な指示を与えて見事客船を守り抜いた事が高く評価された彼は、その後色々あって新たに創設された深海棲艦対策本部、通称『大本営』の元帥に半ば押し付けられる形で就任。次々と保護される艦娘たちを提督たちと共に率いていくことになった。
(まさか、既に自衛隊を退職した身である自分がこんな大役を務めることになるとは…、人生とは何が起こるか分からぬものだな…)
コンコンッ
その時ドアをノックする音が聞こえてきたため、義春は考え事を中断する。
「どうぞ」
「失礼します」
彼が入室を許可すると、ゆっくりとドアが開いて一人の女性が入って来た。
「久しぶりだな、梶ヶ谷 真理恵少将」
「お久しぶりです。元帥殿」
横須賀鎮守府提督、『梶ヶ谷 真理恵』少将はドアをゆっくりと閉めると、くるりと義春の方に体を向けて敬礼する。その姿に、普段の間の抜けたような雰囲気は全く感じられず、凛としていた。
「さて、報告したいことがあると事前に連絡を受けていたが…、早速それについて報告してくれないか?」
そんな彼女の姿を微笑ましそうに眺めながら、義春は彼女に報告を求める。
「はい」
真理恵は頷くと、持っていた資料を彼に渡してから報告を始めた。
――――
「ふう…」
一方、部屋の外で待つように言われた霞は、真理恵が入っていたドアのすぐ横の壁に寄りかかっていた。
「あら、霞じゃない」
「ん?」
すると横から声を掛けられた。声のした方を見遣ると、そこには改造巫女服を纏い、頭に鉢巻を巻いた女性が一人。
「あら山城。久しぶりね」
「久しぶり。先月の合同会議以来ね」
女性の名は戦艦『山城』。霞と同じ艦娘で、鎮守府の中でも最大の規模を誇る佐世保鎮守府で提督の秘書艦を務めている。
「あんたの所の提督も元帥に報告があって来たの?」
「いいえ、うちの提督は他の鎮守府の提督たちとの会議のためにここに来たのよ。私は待っていろって言われたから、こうして時間を潰しているとこ」
「そう。私も待ってろって言われて、待機しているところよ」
「霞たちはなぜここに?」
ふと疑問に思ったのか、山城が霞に尋ねる。
「…ん~、これは言ってもいいものかしら…?」
霞は少し悩むような表情を見せるが、まあいいかと言って山城に事情を説明した。
「………異世界から来た艦娘?」
山城は霞の言っている事が信じられず、ぽかんと口を開ける。霞はゆっくり頷いてさらに詳しく説明する。
「えぇ、そうよ。あいつが大和さんを確実に当てるために魔法を使ったのよ。でも何か問題があったみたいでね、途中で大爆発を起こしてしまったわ。エクスはそれが原因で異世界から来てしまったみたい」
「そうなんだ…。だから元帥へ報告するために、大本営まで足を運んだわけなのね…」
「そういうこと。こんな事、今までなかったことだから」
「………はぁ」
「…どうしたの、山城?頭痛?」
急にため息を吐いて額を押さえる山城に、霞は少し心配気味に尋ねる。しばらくその姿勢を維持していた山城は、ゆっくりと首を振ってから話し始める。
「…ううん違うわ。やっぱり姉弟ねって思っていただけよ」
「……どういうこと?」
怪訝そうな表情を浮かべた霞は壁から離れて山城に近づくと、彼女に詳しい説明を求める。山城はこの場にいない自身の提督に対して呆れながら衝撃の事実を告げた。
――――
話は再び義春と真理恵が会話をしている場面に戻る。
義春は真理恵の報告を腕を組みながら興味深そうに聞いていた。
「……以上で報告を終わります」
報告が終わると、義春はゆっくりと頷いてから口を開く。
「うむ、報告ご苦労。しかし、不思議なものだな。異世界から艦娘が来るとは…」
「…彼女がこの世界に来てしまったのは私の責任です。ですから私の所で彼女を置いておくつもりです」
「分かった。魔法を利用して戦う艦娘らしいし、魔法使いである君の所に所属させておいた方がその子も何かと都合がいいはずだ。戦艦『エクス』については君に任せるぞ」
「はい、分かりました」
真理恵は笑みを浮かべながら頷く。
「必要な手続きはこちらでやっておく。さすがに異世界から来たと言うわけにはいかんからな…、彼女は我が国が昔に極秘で建造した兵装試験艦という形にしておこうと思う。少将、君以外に彼女の正体を知る者はどれくらい居る?」
「横須賀鎮守府に所属する者は全員知っております」
「うむ。では彼らには迂闊に彼女の事を漏らさないように伝えておいてくれ。先ほどのその子の件とは別の報告から考えると、無用の混乱は避けるべきだからな」
真理恵が義春に報告した内容は2つ。一つはエクスについて、もう一つは約1週間前に起きた戦艦級を中心とした深海棲艦の艦隊による首都圏への突然の接近についてである。報告を受けた彼は深海棲艦の今までと違う行動に警戒心を抱いていた。
「了解です。彼らには彼女の素性を漏らさないように箝口令を敷きます。敵水上打撃部隊襲撃の件も、同じような襲撃が来る可能性を考慮して警戒態勢を強化します」
「うむ、そうしてくれ。横須賀鎮守府は首都防衛の要だからな。頼むぞ」
「はい」
実は既に部屋の外で霞が山城にエクスの事を話してしまっているのだが、その事について2人は知る由もなかった。
「…さて」
義春は先ほどよりゆったりとした姿勢で椅子に座り直す。
「これで報告は終わりというわけだが…、次の予定までまだ時間はあるかね?」
「…そうですね。少しくらいなら…」
真理恵は手帳を取り出して開いたページを見てから答える。
「なら俺と少し話でもしないか?久々に孫と会えたのだから」
義春がそう言うと、真理恵は凛としたその表情を人懐っこい笑顔に変えていく。
「何言ってるのよお祖父ちゃん、1ヶ月前にも会ったじゃないの」
「多忙な毎日のせいで1ヶ月が1年くらいに感じるのだよ。そう言わずに老い先短い爺のために付き合ってくれないか?」
「ちょっと、お祖父ちゃんはまだ70でしょ?まだまだ死ぬような年じゃないんだから、そんな事言わないの」
「ははは。分かった分かった。ほら時間が少ししかないのだろ?早く話そうじゃないか」
義春はわざとらしく頬を膨らませて怒った素振りをする真理恵を見て楽しそうに笑う。彼女を見る彼の目は、完全に愛する孫娘を見る目になっていた。
「さて…何の話からするの、お祖父ちゃん?」
真理恵は再び笑顔に戻って義春に尋ねる。彼女もまた久々に祖父と会う事を楽しんでいるようだ。
「そうだな…ではさっきの報告にあったエクスという子について聞きたいんだが。その子はどんな子か聞かせてくれないかな、真理?」
「エクスちゃん?…そうね、一言で言えば生真面目な子ね。例えば艤装の点検なんか毎日欠かさず、それも細かい所までチェックしてノートにまで記録していたし、それが終わると演習場へ向かって実際に使い動作確認まで必ず行うという徹底ぶり。…ここまでやるのカスミンや吹雪ちゃんくらいしかいないわ。あと時間にも極めて厳しくて、予定時刻の20分以上前には席に着いて資料を読んでいたりとか」
「それはすごいな…」
義春は正直な感想を漏らす。
「他には凄い努力家でもあるわね。歓迎会の次の日から毎朝吹雪ちゃんと一緒に走りに行くし、他の子の訓練を見たり詳しく聞いたりしては必ずメモをして、それを自分の訓練で生かしたりとか。兎に角少しでも皆に近づこうと頑張っているわ」
「…そこまで頑張るとは…その子は一体どんな過去があったんだろうな…」
ふと思った疑問を口にする義春。それを聞いた真理恵は少し声のトーンを下げる。
「船だった頃からあの子は真面目な性格だったみたいよ。でも仲間の船を目の前で失い、自責の念を抱いた事がよりその性格を強めているみたいでね。…あの子、元の世界では世界最強と言われた艦隊の旗艦だった事を誇っていたから」
「そうか…」
「でもだからこそ頑張っている。同じ悲しみを繰り返さないために…、あの子の心はとても強い。彼女みたいな子はきっと強くなれる。私はそう確信しているわ」
真理恵は深海棲艦襲撃時、カメラ越しに自分を強い意志の籠った目で見るエクスの姿を思い出しながら話す。彼女の目がどこまでもまっすぐだった事を今でも覚えている。あのような目を見たのは吹雪以外で初めてだった。
「…真理がそこまで高く評価するとはな。是非とも一度その子に会って話をしてみたいものだ」
「もちろん構わないわよ~?お祖父ちゃんなら大歓迎だし」
「はははっ。では来月にそちらに視察に行く予定があるし、その時にでも紹介してくれないか?」
「もっちろん、任せなさい!良い子だからお祖父ちゃんもきっと気に入るわ!」
真理恵は片手で胸を叩くと笑顔で答える。孫娘がこれほどまで気に入ったその異世界艦娘。義春はその艦娘に会える事が今から楽しみで仕方なかった。
――――
「失礼しました」
祖父と一緒に過ごす僅かな時間はあっという間に過ぎ、真理恵は名残惜しそうに部屋を出る。
「あら、終わったの?」
部屋から出てくるのを確認した霞が、彼女の元へとやって来る。山城は会議を終えた彼女の提督の元に戻っており、真理恵が出てきた時点で既にいなかった。
「えぇ、必要な手続きも向こうがしてくれるって」
「そう、よかったじゃない」
「えぇ。一応エクスちゃんは表向きは当時の日本が極秘に建造した試験艦という事になったわ。だから鎮守府以外の人には私の許可なくあの子の素性を漏らさないようにね。鎮守府にいる全員にもこの事を連絡して伝えるから」
「…え!?」
真理恵の話を聞いていた霞は、突然大きな声を出す。真理恵は取り出したスマホを操作する手をピタリと止める。
「…?どうしたの、カスミン?そんな大声出して」
首をかしげて尋ねる真理恵に、霞は申し訳なさそうに頭を下げ訳を話す。
「…ごめん。さっき会った山城に話しちゃった…エクスの事」
「あらら~。……まぁ、もっと早く箝口令を敷かなかった私の責任だし、とりあえず山城に会って事情を説明しないとね」
「…う、うん」
真理恵たちは佐世保鎮守府の提督がいる階へと向かうため、エレベーターに乗る。
「…あっ、そうそう。その山城から聞いたんだけど……」
目的の階へと向かうエレベーターの中で、霞が山城から聞いた衝撃の事実を告げる。
「海良(かいら)の所にも異世界から来た艦娘が…?嘘でしょ…?」
それを聞いた真理恵は目を見開いて驚愕する。
「本当よ。それもあんたと同じ方法で武蔵さんを建造しようとしたら失敗して召喚してしまったんですって。…ほんと似たもの姉弟ね、あんたたちって」
「…まさか、あの子も私と同じ事をしていたなんて…。…どんな子かは聞いた?」
真理恵は霞のとげのある言葉をスルーして、彼女に話を続けるように促す。
「どうやら駆逐艦のような子らしいわ。戦艦が出た私たちの所の方がある意味マシね」
「…ちょっと待って霞。駆逐艦の”ような”子ってどういう事なの?」
なぜそのような曖昧な表現をするのだろうか、真理恵は疑問に思い尋ねる。
「…あたしもそこは分からないわ。何でそんな言い方したのか不思議に思って山城に聞こうとしたのだけど…」
霞は山城にその理由を尋ねようとしたところ、彼女は時間が来たと言って別れたため、理由を聞くことは出来なかったと真理恵に伝える。
「そっか。まぁ、それも含めて山城に聞いてみましょうか」
エレベーターのアナウンスが目的の階に着いた事を告げ、ドアが開く。真理恵たちは佐世保鎮守府提督と山城がいるという会議室へと歩き出す。
――――
大本営 大会議室
他の鎮守府および警備府の提督たちとの合同会議は特に問題もなく終了し、一息つく一人の青年。会議に参加していた他の提督たちよりもずっと若いその青年が、たった5つしかない大規模鎮守府に務める5人の提督のうちの一人であると知った時、おそらく誰もが信じられないという気分になるだろう。
佐世保鎮守府提督、『梶ヶ谷 海良(かじがや かいら)』少将。それが彼の名前であり、肩書きであった。
既に他の提督たちは退室し、大会議室に残っているのは海良だけとなっていた。彼だけが残っていたのは、彼の秘書艦が戻ってくるのを待っているからである。
「ごめんなさいね、待たせてしまって」
会議室の扉が開き、彼の秘書艦である戦艦『山城』が入ってくる。彼女は彼の姿を確認すると、歩いて近づいてくる。
「…いや、会議が終わって大して時間は経ってない。大丈夫だ」
「そう、よかった」
山城は笑みを浮かべ、海良の近くに山積みされた荷物を半分程度持つ。
「…別にそれぐらいの荷物。俺一人で持てる」
「何言ってるのよ?両手が塞がったら不便じゃない」
「浮遊魔法使えば問題ない」
「あんたね…、この世界で魔法なんか使ったら目立ってしまうわよ。特にあんたが魔法を使う時に出すあの光の翼は。…それに私は戦艦よ?これぐらい余裕なんだから手伝わせてよ」
「…分かったよ。とりあえず出るぞ」
しぶしぶといった様子で手伝いを了承し、海良は椅子から立ち上がる。
会議室を後にし、エレベーターへ向かうため歩き出そうとした時、前方から女性と少女が近づいてくる。
「おっ、いたいた。海良~」
女性の方は海良たちの姿を見るや、笑みを浮かべながらこちらに手を振る。山城を探しにやって来た真理恵と霞であった。
「げっ、姉貴…」
対する海良は露骨に嫌そうな表情で自身の姉を見る。
「ちょっと~、実の姉に対して『げっ』は何よ、『げっ』は?」
その反応が気に入らなかった真理恵は、若干語気を強めて海良に迫る。
「事ある毎に俺にいたずらを仕掛けるわ、肝心な時に人の話聞かないわ。…苦手なのは当然だろ?」
「も~、相変わらず可愛くない弟ね~」
(こいつ自分の弟に今まで何してきたのよ…)
海良と真理恵が会話している横で、霞は彼女の顔を見ながらそう思った。
「……で、俺に何の用なんだ姉貴?」
早くこの場を去りたいのか、海良は真理恵にさっさと用件を言うように促す。
「用があるのは山城さんだけなんだけど、…丁度良いから海良にも伝えておくわね」
真理恵は海良と山城に用件を伝え始めた。
――――
日本国 首都東京 大本営入口
無事用件を伝えた真理恵は、霞と共に外に出る。外は温かく過ごしやすい温度だった。
「ん~~。…さ~て、次行きますか」
次の目的地に向かって歩きながら、真理恵はけのびをする。
「『風の園』か…、横須賀鎮守府が稼働してから1度も行っていなかったわね」
「あら、カスミン?子供たちに会えるのが楽しみ?」
「…ま、まぁそんなところ…。あそこの子たちみんないい子だし…」
ここで真理恵たちの話に出てくる『風の園』とは児童養護施設の事である。
「みんなきっと喜んでくれるわよ、カスミンの作った焼き菓子」
「う、うん…」
若干頬を赤らめながらコクンと頷く霞。彼女が手に持っている袋には、鳳翔から教わって作ったマドレーヌが入っていた。
「いや~、まだ何回かしか会っていないのに、すっかりあの子たちのお母さんみたいになっちゃったわね~カスミン」
「う、うるさいわね!それ以上言わないでよ!て言うか、カスミンって言うな!!」
微笑ましそうに見る真理恵に霞は語気を強めて言い返すが、顔が赤いままなためそれが照れ隠しなのは明白だった。
「ほ、ほらっ!さっさと行くわよ!」
「はいはい」
真理恵と霞はバス停に着くと、目的地へと向かうバスに乗り込む。
「…そういえば黙ったままでいいの?佐世保にも異世界から来た艦娘がいること」
バスの中で霞は、先ほど海良たちから聞いた話に関して真理恵に尋ねる。
「…まだエクスに関わりがあると決まったわけじゃないわ。異世界というものは無数に存在していて、必ずしも彼女と同じ世界から来たとは限らないのよ。…可能性は大だと思うけど…、まずは彼女からさりげなく話を聞いて、本当に関係があるなら話すことにする。向こうも箝口令を敷いているみたいだから、霞も本当のことが分かるまでは彼女や他の子にこの事は話しちゃダメよ?」
「分かってるわよ」
霞は進行方向に視線を向けたまま頷く。バスは2人を乗せ、『風の園』へと走り出した。
――――
日本国 首都東京 東京駅停車中の新幹線内
一方、海良と山城も自分たちの鎮守府に戻るため、東京駅へと向かい博多行きの新幹線に乗っていた。
「いいの、孤児院の所に行かなくて?真理恵提督は行ったみたいだけど」
荷物をしまってコートを羽織ったまま座席に腰掛けてから、山城は海良に話しかける。座席を後ろに傾けて寝る姿勢に入っていた海良は、目を閉じたままゆっくりと話し始める。
「…行きたいのはやまやまだが、生憎この後も予定が詰まっているんでな」
「奥さんや娘さんと一緒に花見に行く事?…でもそれって明日じゃなかったっけ?」
「別の予定だよ。フィジーたちに関しての…な」
その言葉を聞いて、山城は目を細める。
「横須賀鎮守府の異世界艦娘に関しては、真理恵提督から話さないようにさっき言われたばかりでしょ?」
「あぁ、それは分かってる。あいつらからはなんとなくを装って話を聞いて、後は艤装を詳しく調べてみるだけだ。…なんだか気になってな」
「…?気になるって何が?」
「不思議に思わないのか?」
首を傾げる山城に、海良は一度目を開き彼女を見ながら自分の考えを伝える。
「あいつらの内フィジーを除く3人が保護された日と、横須賀の異世界艦娘が召喚された日。多少のずれがあるとはいえ、全く同じ日だという事に」
それを聞いて山城は考え込む姿勢を取る。
「たしかに…。偶然にしては出来過ぎている」
「フィジーに関しても俺のミスでやって来たようなものだけど、他の3人とは一緒の艦隊に所属していた関係だった。俺も姉貴も、横須賀の異世界艦娘はあいつらと同じ世界から来たと考えている。何よりこの5人全員が元魔導船。無関係だとは思えん」
「…だから調べる必要があるのね」
「そうだ。……じゃあ俺はしばらく眠る。何かあったら起こしてくれ」
「えぇ」
海良はそう言って再び目を閉じた。
「……あの子たちと同じ、魔法で動く艤装を背負った艦娘…か」
山城は何か気になったのか、フィジーたち4人から、彼女たちが所属していた艦隊について聞かされた時の事を思い出す。
(たしかその艦隊に所属していた艦は……全部で16隻って言っていたわね…)
横目で海良を見る。彼は既に夢の中だったらしく、山城の隣で寝息を立てていた。
(もしその艦娘がフィジーたちと同じ艦隊の人だとすれば、……他の鎮守府にも彼女たちの仲間が既にいるのかも?)
そのような事を考えながら、山城は発車した新幹線の中で、通り過ぎる景色を眺める。
彼女の予想が当たっているのかどうか。それはそう遠くない未来に分かる事であった。
To be continued...