大隆起が起こりますが、原作とは多少異なります。
翌朝。
教皇一行が宿場町を出発し、ガリアとロマリアを繋ぐ虎街道までもうすぐとなった。
カルロが率いるアリエスト修道会付き聖堂騎士隊が前衛を務めていた。
カルロは、聖歌を口ずさみながら、聖戦の様を想像する。エルフどもを聖なる魔法で焼き尽くす様を想像し、胸を熱くする想いがこみ上げてきていた。そんな風にとんでもない妄想に浸っていると、彼の部下が震えながら前方を指さした。
「た、隊長殿!」
「なんだ?」
せっかく妄想に浸っていたのを害され、少し気分が悪くなりながら前を見ると…。
そこには、数千以上の軍勢がいた。
騎兵や大砲の姿も見える。
「止まれ! 止まれ!」
カルロがペガサスの足を止めると、隊列は停止した。
「一体どこのバカ共だ? 恐れ多くも教皇聖下の歩みを止めるとは……。」
「あれは……、ガリア南部諸侯の紋章です!」
ガリアの南部諸侯は、ロマリアとの戦いですぐに味方になった勢力だ。なのになぜそれが今になって牙をむくのか彼らには分からなかった。
そこへ、前方の軍勢から三騎が前に出て、白旗を掲げ、カルロ達の方へ駆けてきた。
「軍使ですぞ。」
「なんだ。戦のつもりか? 我ら神の軍団に戦をしかけるつもりか!? 罰当たりめ!」
カルロは怒りに震え、軍杖を引き抜いた。
目の前までやってきた三騎は、二十メートルほどの距離で立ち止まり、その中から背の高い騎士が前に進み出た。
「教皇聖下のご一行とお見受けする! 我は東薔薇騎士団団長、バッソ・カステルモールと申す者! 教皇聖下に伺いたい議あり、こうして参った次第! お取り次ぎ願いたい!」
「教皇聖下の歩みを遮るとは、不敬であろう! それに、その背後の軍勢はなんなのだ!? 我らに戦をしかけるつもりか!?」
「己の主人を取り返すために集まった軍勢です。大人しく我らの主人を返してくだされば、ぎゃくに国境まであたながたを護衛してさしあげましょう。」
「寝言を申すな! どんな理由があろうと、我らに杖を向ければ、貴様らは異端ということいなるぞ!」
「何を騒いでいるのです?」
そんな風に言い合いが続いていると、カルロ達の後ろからヴィットーリオが現れ、カステルモールと、トゥ、地下水を見つめた。
すると、トゥは、自分の頭にかぶっていたフードを外した。
「き、貴様は!」
カルロが顔を歪めた。
***
「タバサちゃん……、シャルロット女王陛下を返してください。」
「あなた方が我々に協力してくださると言うなら、お返ししましょう。」
ヴィットーリオは、否定せず、笑みを浮かべてそう言った。
「ご存じでしょう。私はなにも、ガリアが欲しいわけではありません。きっちりと四の四の足並みを揃えたいだけなのです。」
「聖戦なんかしても無意味です。」
「我々には、聖地を必要とする理由があるのです。よければ、一日お付き合いしてくださいませんか? 話したいことと、見せたいものがあるのです。」
「そうですか…。」
次の瞬間、右端に立っていた地下水が魔法を放った。
手のひらから眩しい光があふれ、辺りは閃光に包まれた。
カルロや聖堂騎士達が眩しさに顔を手で覆う。
カステルモールが一瞬で距離を詰め、ヴィットーリオを羽交い締めにして、その首に杖を突きつけた。
「動くな! 杖を捨てろ!」
それから、血相を変えた聖堂騎士達に、カステルモールが叫んだ。
ためらうようにヴィットーリオと、己の聖杖を交互に見る聖堂騎士達に、ヴィットーリオは、いつもの薄い笑みを浮かべ。
「皆さん。この方の言うとおりにしてください。」
そう言った。
聖堂騎士達は、その言葉の通り、杖を捨てていった。
素早く地下水が杖を拾っていき、錬金を使って溶かしていく。
トゥは、その間にヴィットーリオが乗っていた馬車に行った。
馬車を開けると、タバサとシルフィードが並んで座っていた。
「あなた…。」
「助けに来たよ。早く、急いで!」
「きゅい! きゅい! 信じられないのね!」
シルフィードがトゥに抱きついてきた。
「シルフィードちゃん、竜に戻ってタバサちゃんを乗せて。」
「了解なのねー!」
シルフィードは、竜の姿に戻り、ひょいっとタバサをくわえるとその背中に乗せた。
聖堂騎士達を尻目に、シルフィードは、空へと舞い上がる。
その頃になると、隠れていた仲間達も駆け寄ってきた。
「トゥ君! 大丈夫かい!?」
「やややや、やったな! トゥ君!」
北花壇騎士団や、東薔薇騎士団達が次々と聖堂騎士達の聖杖を取り上げ、錬金で溶かしたり、折ったりし始めた。
「貴様ら…、異端どころではないぞ。お前達のみならず、親族一同、宗教裁判にかけてやるからそう思え。一族全員、皆殺しだ。」
「あいにく、私には身寄りがなくってね。」
苦々しく言うカルロに、ヴィットーリオを人質に取っているカステルモールが言った。
なにせ、二個中隊の杖だ、使い物にならなくするだけでかなり時間がかかった。
「一カ所にまとめて、燃やそう。」
こちらが有利なうちに事を進めなければならない。杖を一カ所に集めて燃やそうということになった、その時…。
上空からシルフィードの悲鳴が聞こえた。
「あれは…。」
上を見上げたとき、そこには、一匹の風竜がシルフィードに体当たりしていた。
「ジュリオ君!」
その青い風竜に乗った人物を見てトゥが叫んだ。
風竜アズーロを操るジュリオは、逃げるシルフィードから、素早くタバサを奪い取り、アズーロにくわえさせてロマリアの方へ飛び去っていった。
「シルフィードちゃん!」
「きゅい!」
シルフィードに、トゥが飛び乗り、さらにルイズ、そしてキュルケも飛び乗った。
「追って!」
「きゅい!」
「急いで! ロマリアに逃げ込まれたら面倒なことになるわ!」
シルフィードは、アズーロを追って力強く羽ばたいた。
地上では、カステルモール達や、聖堂騎士達がしばらく呆然としていたが、やがて馬やペガサスにまたがって、二匹の風竜を追いかけ始めた。
***
前方に巨大な山の連なりが見えてきた。
火竜山脈。東西に延びて、ハルケギニアを分断する山脈。
あの山脈の向こうにロマリアがあるのだ。
火竜山脈が見えた瞬間、恐ろしいことが起こった。
アズーロの口からタバサが落ちたのだ。
「タバサちゃん!」
トゥが叫んだ。
しかしその体をアズーロが急降下して再びくわえた。
「あの子、わざと暴れて落ちたわね。」
キュルケが呟いた。
タバサを落としたことにより、スピードが落ち、距離が詰まったのだ。
「シルフィードちゃん!」
「きゅい!」
シルフィードがぐんぐんと距離を詰め、アズーロに体当たりをかまそうそうとした。
だがアズーロは、それを避けた。
トゥは、シルフィードがアズーロに接近した瞬間、左手でアズーロの爪を掴み、シルフィードの上から飛び出した。
そしてアズーロの旋回に合せて体を持ち上げ、その背中に飛び乗った。
「ジュリオ君。」
「やあ。ちょうどいい。君も見物していくといいよ。」
「降ろして。じゃないと首から上が無くなるよ?」
デルフリンガーをジュリオの首に突きつけ、トゥは脅した。
ジュリオは、やれやれと言った調子で、アズーロを地面に降下させた。そしてアズーロは、くわえていたタバサを地面に降ろした。
「タバサちゃん。」
「…だいじょうぶ。」
トゥが駆け寄ると、タバサはそう言った。
「ねえジュリオ君…。」
タバサをキュルケに任せ、トゥは、ジュリオの方を見た。
「どうして、そこまでして聖地にこだわるの?」
「僕らは、一つにまとまる必要があるからさ。考えてごらんよ。どうして僕らは、六千年も戦争を繰り返してきたんだ? 元はと言えば皆同じ民族なのに、不毛な土地争いやメンツでずいぶんと血を流してきた。」
「……。」
「心のよりどころを無くした状態だったからさ。聖地が、異教徒に奪われた状態で、一体何を信じればいい?」
「でも、そこに滅びしか無かったらどうするの?」
「君は…、本当に何を知っているんだい?」
ジュリオが笑みを消して言った。
「前にも言ってたじゃないか。姉さんが待ってるって…。君は、聖地の何を知っているんだ?」
「…それを言っても、信じないでしょ?」
「信じるかどうかは、君の話次第だ。君達だって僕らの話を聞かないじゃないかい。」
「きっと…、ヴィットーリオさん達が思うようなモノは無いよ?」
「だから、聖地に何があるのかって聞いてるんだよ。」
「……私は、知らない。」
「なんだって?」
トゥの言葉にジュリオは、眉を上げた。
「ただ…、あそこには良くないものがある。絶対に、触っちゃいけないものがある。それだけは、なんとなく分かるの。」
「なんとなく? なんとなくだって? そんな曖昧な言葉で、まるで核心を突いたかのように今まで言ってたのかい?」
「だって…、今だって…、嫌な感じがするの。」
「それは…。」
「ねえ。ジュリオ君。どうしてジョゼットを利用したの?」
「利用だなんて。」
「好きなんでしょ?」
「!」
「分かるよ。なんとなく。」
「なにが…分かるって言うんだよ!」
ジュリオの口調が荒々しいモノになった。
表情も相手を小馬鹿にしたようなものではなく、憤怒の表情に変わっており、彼の美貌が歪んでいた。
「必死に好きにならないようにして!」
ジュリオが素手でトゥに殴りかかってきた。
トゥは、その拳を手のひらで受け止めた。
「それでも好きになっちまって! そんでも利用しなきゃいけない!」
さらに蹴りが来るが、それももう片手で受け止め、トゥは軽々とジュリオを放り投げた。
地面に着地したジュリオは、なおも攻めてきた。
「そんな俺の気持ちがお前なんかに分かるか!!」
「うん。わかんない。」
「! うおおおおおおおおおおおおお!!」
ジュリオの拳と蹴りを、トゥは、難なく両手でさばいていった。
それがしばらく続き、やがて体力が尽きたジュリオが地面にぶっ倒れた。
トゥは、息一つ切らしておらず、ただジュリオを見つめていた。
「いいよなぁ…。君は…。」
「なにが?」
ゼーゼーと息を切らしているジュリオが言った。
「悩まずに、誰かを好きになれて。」
「ジュリオ君だって素直になればいいのに。」
「馬鹿野郎。」
「?」
「誰のためにやってると思ってるんだ。みんな、全部お前らの……、このろくでもない地上の上に住んでいるお前達のためにやってることじゃないか。」
「何の話?」
「もういいよ。お前らなんか、どうとでもなっちまえ。ここに住んでいる連中もどうでもいい。せいぜい、数少ない土地でも争って死んじまえ。」
ジュリオは泣いていた。みっともなく。下品に。
「……? ルイズ!」
トゥは、ハッとしてルイズの方を見た。
その時、地震が起こった。
そして、山が浮き出した。
あまりの地震に誰もが立っていられなくなっている中、火竜山脈が見える範囲すべて、空へと浮かぶ上がっていく。
それは、壮大なんて言葉が陳腐に思える光景だった。
だがトゥは、山が浮いたことより、山が浮いた後、その下から、黒い影のようなモノのようなものがあるのに目が行っていた。まるでそれは、山を持ち上げる、無数の手のように見えた。
「大隆起だ。」
「だいりゅうき…。」
「徐々に蓄積された風石が、周りの地面ごと持ち上げてるのさ。」
「ふうせき?」
それは確か、アルビオンに行く途中で乗った空飛ぶ船の動力ではなかったか?
「違う…。」
「何が違うって言うんだい?」
「だって…、じゃあ、あの手は、なに?」
「手? そんなもの見えないぞ?」
「! 見えないの?」
「君は何を見たんだい?」
「黒い手が…。山を持ち上げたの。」
「くろいて?」
「行かなきゃ…。急がなきゃ…。」
「トゥ君?」
「いそがなきゃ……、姉さん……、ゼロ、姉さん…。」
「トゥ!」
トゥは、意識を失い、地面に倒れた。
体術じゃあ、トゥには、敵わないと思いました。
このネタでの大隆起は、原作とは原理が多少異なるということにしました。
イメージとしては、ウタヒメファイブのメリクリウスの扉から出てきたあの手みたいなものです。
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