外に出ると、二つの月が夜空に美しく浮かんでいるのを見た。
下水道の入り口に行こうとした時だった。
「おい。」
その声を聞いてトゥとレイナールは振り返った。
すると、瓦礫の上に腰掛けていた男が立ち上がった。
「誰?」
「初めましてと言ったところか。トゥ・シュヴァリエ。」
「私?」
「いやぁ、懐かしい場所だな。俺も昔よく、ここで依頼を受けてたもんだよ。もしかしたら、お前も北花壇騎士なのか? いや、まさかな……。」
「あんた、何者だ?」
「俺は、ジャック。」
レイナールが警戒しながら聞くと男は答えた。
「ドゥドゥーを倒したらしいな?」
「あの人の知り合い?」
「あいつらは、俺の兄弟なのさ。」
「そう…。」
「なあ…、まさか、こいつは…。」
「レイナール君。これ。」
トゥは、暗号表をレイナールに渡した。
「お、おい…?」
「先に帰ってて。あとから行くから。」
「で、でもな…。」
「この人は、私に用があるんだよ。そうでしょ?」
トゥが聞くと、ジャックは頷いた。
「じゃあ、地下水さん。レイナール君をよろしくお願いします。」
トゥが微笑んで言うと、地下水は頷き、レイナールの腕を取って下水道に消えていった。
それを見送ったトゥは、ジャックの方を見た。
「それにしても誰なの? 私を殺してって言ったのは?」
「残念だが、それは言えないな。お前さん、よっぽど恨まれてたもんだね。外国まで追っかけていって殺してくれなんざ…。」
まあ、その方が都合が良いとジャックは言った。
外国なら国内の調査が及ばないからだという。
「そっか。じゃあ帰ったら、その依頼者の人に言ってね。こんなんじゃ私は殺せないって。」
「お? どういうことだ? 俺じゃあ役不足だって言うのか?」
「そういう意味じゃないんだけど…。」
トゥは、困ったように頬を指でかいた。
「ドゥドゥーさんもすっごく強かったから、あなたもきっと強いよね。だから少しだけ楽しみ。」
「それは光栄だ。なら存分に楽しませてやる。」
「うん。」
トゥは、背中の大剣を抜いた。
『相棒…。前に言い忘れたがよ。あいつら…、関節部に先住魔法を仕込んでるぜ。だから魔法無しにあんな身体能力を発揮できんだ。』
「ふーん。」
『おいおい! 重要なことだぜ! なんで興味なさそうなんだよ!?』
「どうせ戦うんだし。今更だよ。」
『あーもう! 知らねーぞ!』
「じゃあ、戦おうか。」
「ならば、こちらから行くぞ。」
トゥがニッコリ笑い、剣の先をジャックに向けた。
ジャックは笑い、杖を抜いた。
次の瞬間、礫が飛んできた。
「これだけ?」
トゥは、ゆらりゆらりと動いて礫を避けた。
「いいや、まだだ。」
次に無数の鉄の矢が飛んできた。
それをトゥは、大剣を振ってなぎ払った。
その時には、ジャックが距離を詰めており、トゥの体に向けて拳を振るっていた。
「……それだけ?」
「!」
ジャックの拳がトゥの腹に決まったが、トゥは平然としていた。
ジャックは、殴ってみて驚いた。薄い腹筋だというのにトゥの体はまるで鋼のごとく固いのだ。いや、鋼以上かもしれない。
「私、筋力が発達し続けてるの。」
一瞬固まったジャックのその腕を掴み、トゥが片手でジャックの巨体を放り投げた。
「…いやはや…、侮っていた。」
空中で体制を整え、軽い身のこなしで着地したジャックは、一筋の汗をかいた。そして、トゥの腹を殴った手をプラプラとさせた。
「ドゥドゥーの馬鹿が苦戦するのも納得した。その見た目で…、確かに異常だ。」
「そうだね…。」
次にジャックは、十数体のゴーレムを錬金で作り上げた。
ゴーレムは、一体一体がジャックの身体能力と同等で、とんでもない速度でトゥに迫った。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
トゥは、ウタった。
青い輝きをまとったトゥが信じられない速度でゴレームを切り伏せていった。
「それが貴様の力か! 確かに、得たいがしれん! だが…。」
ジャックは、足下の土を錬金で一瞬にして火薬に変えた。
それをトゥに向けて放ち、そして。
「着火。」
爆発がトゥを包み込んだ。
もうもうと黒煙が上がる。
次の瞬間、青い光が煙のなから飛び出した。
「なに!?」
トゥは、無傷だった。トゥの体にまとう光は、天使文字と魔方陣のようなものを光に絡ませていた。
「この程度では死なんか!」
「アアアアアアアアアアアア…。……?」
「?」
トゥの動きが急に鈍くなった。
「ドゥドゥー……、ドゥドゥー……? あれ? 私、なんでその人と戦ったんだっけ?」
「何を言っている? あいつらは、お前さんを始末するために行ったんだぞ?」
「あのとき私は…、誰を…誰かを…探して…。…さが…さが…して…?」
トゥの顔から表情が消え、それと共に光も消えていった。
「私…私は…あの夜…誰かを探していた…、夜のド・オルニエールを走って…ずっと探した…。でも見つからなくって……。」
「独り言を言う前に、戦え!」
「私…私が…探してたのは……、ルイズ…、ルイズ!」
トゥが剣を落とし、両膝をついた。
「私は、あの夜! ルイズを探していたんだ!」
トゥの目から涙があふれた。
「なんで、なんで! ルイズが、いなくなって…、だから…だから! 探した、探してたら、あの人達に会ったんだ! それで戦いになって…。それから…それから私は……、わ、たし、は……。」
「おい? おい! 何を呆けている!」
「ルイズ………どこ…?」
トゥの目から光が消え、虚ろに宙を見上げて小さく弱々しい声で言いだした。
「こ、この期に及んで…、泣き出した上に、女の名前を呼ぶとは……。うぬ、なんたる軟弱、なんという貧弱、なんという柔弱…!」
「どこにいるのぉ…、ルイズぅ…。」
トゥは、全くジャックの言葉も、そしてジャックの姿さえ見てなかった。
ジャックは、顔を歪め、杖を振り上げた。
それと共に、地面の土くれが火薬に変わる。先ほどよりも量が多い。
「ルイズぅぅぅぅ、どこぉぉぉ!」
「塵も残らぬようにしてくれるわ!」
ジャックは、火薬をトゥに放ち、着火の魔法を唱えようとした。
だがそれは、先に発生した小さな爆発により阻止された。
トゥに火薬がかかるまえに火薬が爆発したため、爆風はジャックを襲い、ジャックは吹き飛ばされた。
月明かりの下に、ピンクのブロンドが舞う。
「何してんのよ? トゥ。」
「あ…。」
その人物は、トゥが求めていた人物だった。
その人物を認識した瞬間、トゥの目に光が戻った。
「る…い…ず…。」
「しっかりしなさい!」
「ルイズ! ルイズ!」
「こ、こら、抱きつかないでよ!」
「ぐ…、な、何者だ?」
吹き飛ばされたジャックが起き上がった。
「何者? あいにくとあんたみたいな傭兵風情に名乗る名前はないわ。」
ルイズは、キリッとした目で言う。
「ば、馬鹿にしおって…。よかろう、まとめてヴァルハラに送ってやる。」
ジャックは、杖を振り、錬金で無数の鉄の矢を作りだし、ルイズに飛ばした。
ルイズは、いくつものエクスプロージョンを発生させて、それを防いだ。
バラバラと地面に落ちる鉄の矢を見て、ジャックは呆然とした。
「そ、その呪文はなんだ…?」
「…私の敵じゃないわね。」
「な…。」
「ルイズ?」
「ほら、トゥ。いい加減離れなさい。目の前の敵に集中するの。」
「うん!」
トゥは、ルイズから離れ、前に出て大剣を拾って握った。
ジャックが複数のゴーレムを再び錬金した。
襲いかかるゴーレムをトゥが切り裂いていく。そのスピードは、先ほどの非じゃ無い。
ジャックは、その間に、練り上げた錬金を地面に向けて放った。
「兄さん! あとは任せたぜ!」
表土三十センチほどの土の量が一瞬にして火薬に変わり、そして着火を唱えようとした。
だが、それは、ルイズの放ったディスペルにより、錬金は解除され、火薬は元の土の戻ってしまった。そして着火は、むなしく土の上で一瞬燃えただけで終わった。
すべての精神力を使い果たしたジャックは、地面に崩れ落ちた。
***
「言い訳をしてくださっても構いませんわよ?」
「……モウシワケアリマセンデシタ。」
ルイズは、綺麗なポーズで土下座していた。アンリエッタ並びに、ギーシュ達に向けて。
ルイズは、自分が家出してからのことをすべて聞いた。
全部自分の勘違いで早とちりを起こし、結果、トゥが精神崩壊寸前に陥ってしまったことを。
トゥは、キョトーンとしていた。
「ほら、トゥ君。ルイズに言いたいことがあるなら言いなよ。」
レイナールがそう言うと、土下座しているルイズがビクリっと震えた。
嫌われた! 絶対に完全に嫌われた!っと、ルイズは、覚悟した。
「別にないよ。」
トゥは、あっけらかんと言い、アンリエッタ達をポカンっとさせた。
トゥは、土下座したままのルイズの前に来て、ルイズを起こした。
そして目線を合わせて。
ニッコリと笑った。
「おかえり。ルイズ。」
「…た…、ただいま!」
ルイズは、決壊したように涙をあふれさせて、トゥに抱きついた。
アンリエッタ達は、やれやれとため息をついたのだった。
なんだかトゥの体が半端なく硬いみたいに書いたけど、ちょっと筋肉に力入れているだけです。普段は柔らかい。
ドゥドゥーとの戦いの時を思い出して、記憶が戻って精神崩壊が再び始まりましたが、ルイズが帰還したことでなんとか元に戻りました。
でも確実に終わりの時は迫っています。