ギーシュとマリコルヌは、若干不憫。
ガリア女王即位祝賀園遊会に出席するため、トリスティン王政府一行は、ガリア王国の港町、アン・レーに到着した。
ハルケギニア各国からの船が並ぶ光景は実に壮観である。
ヴュセンタール号を降りた一行は、ここから馬車で四時間ほどかけて、ヴェルサルテイルに向かうのだが、容赦の無い夏の太陽により、ラ・ヴァレ橋を越えた辺りで休息を取ることになった。
なにせ、王政府一行。その数なんと数百人。
街道沿いにあった空き地は、アンリエッタのための天幕などをこしらえ、周りに近所の農民達が焼きたてのパンや果物のなどを籠に詰めて売りに来て、ワインも売ってくれるため、ちょっとしたお祭り騒ぎとなった。
「はあ~~~~。」
「どうしたんだい、トゥ君。楽しくないかい?」
「うぅん。楽しいよ。」
「いやぁ、ため息なんてついてるから、楽しくなさそうに見えるんだが?」
「……ルイズがいなくって、さみしぃなって思って…。」
それを聞いたギーシュ達は、楽しげに騒いでた手を止めて、顔を青くしてギクッとなった。
「ん? どうしたの?」
「いや…、な、なんでもない。なんでもないよ。」
「そうそう! ほら、この果物旨いよ!」
「このワインも最高だぜ! 飲めよ。」
そう言ってレイナールがトゥのグラスにワインを注いだ。
トゥは、くいくいとワインを飲み、グラスを空けると、また注がれた。また飲むと、また注がれた。それを繰り返していると…。
「ギ~~~シュく~~~ん。」
「えっ? うわわ!」
ギーシュがトゥに押し倒された。
「おお! ギーシューー! 羨ましいな!」
「いやちょっと待ってくれ! 僕にはモンモランシーが…! あっ、さわ…、脱がさないで! やめてえええええ!」
「もしかして絡み上戸なのか?」
「マリコルヌく~~ん。」
「ひええええ! 僕にもブリジッタがいてだね…、ちょ、ちょっと…そういうのも悪くはないが…さすがにこんなのルイズに見られたら僕が殺される~~~!」
「ほら、水! 水持ってきたよ! 飲め!」
「ん…。」
見かねた仲間が水を持ってきてトゥに飲ませた。
水をグビグビ飲んだトゥは、正気に戻り、自分の下でシクシク泣いている半裸のマリコルヌを見てポカンッとした。
「と、とにかく、どきなよ。」
「うん。」
言われてトゥは、マリコルヌの上からどいた。
マリコルヌは立ち上がり、大慌てで服をただした。
「マリコルヌ。…骨は拾ってやるからな…。」
「無責任なことを言うんじゃない! 骨も残らず爆散したらどうするんだ!?」
「頑張って灰を拾ってやるから。」
「死ぬ前提!?」
「お前の彼女にもちゃんと遺言届けとくから。ほら、紙とペンやるから書いとけって。」
「やめろ! 死ぬ前提で話を進めるな! 君らが黙っておけばいいんじゃないか! ルイズが見つかっても言うなよ~~!!」
「さて、どうする?」
「どうしようか?」
「こぉおおらああああああああああ!!」
マリコルヌは、子供のように腕を振り回してからかってくる仲間達を追いかけ回した。
「あれ? トゥ君は?」
元凶のトゥは、姿を消していた。
「気持ちわるくなったってさ。」
「…誰か様子を見に行ってくれないか?」
「だいじょうぶだろ?」
「いや、念のためだよ。何がきっかけで記憶が戻ってしまうか分からないからね…。」
ギーシュは、真剣な顔でそう言った。
結局、誰か一人が交代でトゥの様子を見ることになったが、ギーシュ達の心配した事態にはならず、王政府一行は、ヴェルサルテイルへ歩を進め、やがてヴェルサルテイル到着したのだった。
***
ヴェルサルテイルの迎賓館には、アンリエッタ達が通され、他の騎士達や兵士達は、外の天幕で宿泊することになっている。
トゥがボーッとしていたら、アンリエッタからの使いが来て、アンリエッタから呼ばれ、アンリエッタのところへ行った。
「散歩をしたいのです。護衛を命じます。」
「はい。」
トゥは、恭しく一礼をした。
そして二人は、着飾った大貴族達や大使達がいる中を通り過ぎ、外に出るときには、アンリエッタは、深くローブのフードを被った。たったそれだけで、とっさにアンリエッタだとは分からなくなる。
二人は、ヴェルサルテイル宮殿の迷路のような花壇が並ぶ場所に来た。
名前も知らない、青い夏の花が咲き乱れる中、中庭だろうか、小さなベンチを見つけ、そこにアンリエッタが腰掛けるとフードを取った。
「あなたもおかけなさい。」
「はい。」
トゥは、返事をしてアンリエッタの隣に座った。
「誰かに聞かれたくなったのものですから。…いえ、深い意味はありませんの。」
「?」
「明日のことですが、前にも説明申し上げたように、とりあえずシャルロット女王に率直にお尋ねください。ロマリアと、どのような関係を結ぶつもりなのか。」
「分かりました。」
「それと…、あなたを襲った者達の剣ですが、元素の兄弟というそうです。ガリアから流れてきた、裏の仕事に長けた連中とか…。」
「げんそのキョウダイ…。」
「そして…、彼らを雇ったと思われる者も一応調べたのですが…。」
「分からなかったんですよね?」
「…分かっているのですね。」
「きっと私のこと気に入らない貴族の人たちで、いっぱいなんだと思ってた。だって、あの人達、依頼者がどうのって言ってたし…。」
「そうですか…。」
「アン。私…、大丈夫だから。」
「ですが、このままでは、国中の貴族を相手にすることになるかもしれませんわ。」
「それでもいい。ルイズが帰ってくるまで、私、がんばる。」
「っ……、その、トゥ殿…。あなたにとって…、ルイズとは、どういう存在ですか?」
「? 変なこと聞くね?」
「いえ、深い意味は、ありませんわ。」
「…大切な人だよ。」
「……そうですか。」
「ルイズは、いつ仕事が終わるの?」
「えっ?」
「?」
「あ……、それは、仕事の進行具合で変わりますの…。残念ですが…。」
「えー、そんなに大変な仕事なの?」
「そうなんです…。」
「どんな仕事?」
「それは、機密ですので。」
「あっ、そうなんだ。」
国家機密。ある意味で魔法の言葉だ。
「そっかぁ…、ルイズ帰ってこれないんだね…。」
「トゥ殿…。」
「…さみしいなぁ。」
「申し訳ありません。」
「? なんで謝るの?」
「それは…、わたくしがルイズに急にそんな仕事を任せたばかりにあなたがさみしい思いをすることになってしまったことにですわ。」
「えっ? 別にアンは悪くないよ? お仕事も大切だし、ルイズにしか頼めないことだったんでしょ?」
「え、ええ…。」
「じゃあ、しょうがないよ。」
トゥは、そう言って笑った。
けれど、その笑顔は、どこか寂しそうで…。
アンリエッタは、グッと言葉を飲み込んだ。
「ルイズが帰ってきたら何作ってあげようかな? ルイズが好きなクックベリーパイとかがいいかなぁ? まだ作ってあげたこと無いから、園遊会終わったら、ド・オルニエールに帰って試しに作ってみよう。」
トゥは、立ち上がって、クルクルと踊るように回り、嬉しそうに言うのだった。
きっと彼女は、ルイズが帰ってくる時のことを想像しているのだろう。それを思ったアンリエッタは、作り笑いの下で心を痛めていた。
しかしふいに、トゥが止まった。
「? どうかなさいました?」
「アン。」
「はい?」
「私がこの世界にいる意味って、なんだろう?」
「な、なにを…。」
急にそんなことを言われてアンリエッタは戸惑った。
「ごめん。なんでもない。」
「トゥど、の…。」
トゥが儚げに笑うので、アンリエッタは問いたかったが言葉がうまくでなかった。
「もうすぐ…、きっと分かるよね?」
「なにを…言っているのですか?」
「うふ…、ふふふふ。」
「トゥ殿!?」
驚いたアンリエッタは、立ち上がりトゥの肩を掴んだ。
「……? あれ?」
「…大丈夫ですか?」
「うん。私、何してたの?」
「い、いいえ、何も…。」
「本当?」
「あの、トゥ殿…、あなたは…。」
「ごめんね…。」
「トゥ殿? まさか思い出しているのですか?」
「なにを?」
キョトンとするトゥ。アンリエッタは、ハッとして自分の口を手で押さえた。
「なんのこと?」
「い、いいえ…、なんでもないですわ。」
「? 何か隠してる?」
「ほ、本当になんでもありませんわ。」
「…それならいいけど。」
トゥは、とりあえずそれで納得した。
アンリエッタは、ホッと胸をなで下ろした。
うっかりアンリエッタ。
ギリで思い出さなかったトゥ。でもなんだか様子が…。
次回は、タバサとすり替わったジョゼットが…、です。
しかし、オリジナル展開にすると台詞ばっかりになるなぁ…。