トゥは、ルイズから、貴族としての作法を教えられることになったのだが、その教育は熾烈を極めた。
「うぅ~。」
「ほら、これくらいで根を上げない!」
「無理だよ~。」
作法というのは、単純な食事のマナーとは違う。何気ない仕草や、歩き方や、一礼の仕方など、とにくかく細かい。果ては、ベットの出方、入り方まで指南される始末だ。
「ねえ、ルイズ…。」
「なによ?」
「私と住むのは、エレオノールお姉さんじゃないよ?」
「なによ、あんた私と住みたくないわけ?」
「違うよ。」
「私は…、あんたが家族に馬鹿にされるのがイヤなだけよ。」
「そんなのいいよ。動き一つで馬鹿にされるなら、それでいいよ。それが貴族でも、私は、私はだもん。仕草や歩き方まで貴族になるなんてできないよ。だって、私は貴族として生まれてないもん。」
「分からず屋!」
「ルイズもだよ。」
「私と暮らすなら、ちゃんと貴族らしくして! そんなんじゃ、恥ずかしくって、舞踏会のエスコートも任せられないわ!」
「なにそれ…、結局、ルイズにとって、私のことより周りの目が気になるだけなんだね…。」
トゥは、悲しそうに言った。
「ち、ちが…。」
「違わないよ。」
トゥにきっぱり言われ、ルイズは、目にいっぱい涙をためて、走り去っていった。
この場にいたシエスタは、オロオロとしていた。ヘレンは、早々に退散していた。
トゥは、疲れた様子で、椅子に座り直し、テーブルに顔を伏せた。
「平和になったら、平和になったで、大変…。」
「ま、まあ、トゥさん…。」
シエスタがテーブルにワインを出した。
「これでも飲んで落ち着きましょう?」
「うん…。」
シエスタに注いでもらったワインを見つめ、トゥは、しばらく黙った。
「あの…、正直、トゥさんの言っていることももっともだと思います。」
「…も?」
「でも、ミス・ヴァリエールの気持ちも分かるんです。」
「…そう。」
「私だったら、そんなの全然気にしませんけど…。貴族の方は色々と大変なんですねぇ。」
「本当だね。こんなことなら…。」
「こんなことなら?」
「貴族になるんじゃなかった。なまじ貴族になんてなったから、ルイズもうるさく言ってくるんだ。」
「まあ!」
「どうしたの?」
「そんなめったなことを、軽々しく口にするものじゃありませんわ。平民から使い魔、そして貴族…、大出世じゃありませんか。」
「しゅっせ? 私は、そんなの望んでないよ。なんだか分からないうちに、こんなことになっちゃって…。」
「トゥさん…。」
トゥは、再びワインを見つめて黙った。
するとシエスタが、トゥにもたれかかってきた。
「シエスタ?」
「わあ。」
「?」
「む、虫が…。」
「虫?」
「はい…。シャツの中に入って…。取ってくれますか?」
「えっ?」
「だって…、私、虫苦手で…。」
「えっ? この間の掃除でゴキブリ平気で潰してたよね?」
「もう!」
シエスタがぷりぷりと怒った。
「分かってます。トゥさんには、ミス・ヴァリエールがいますものね。まあ、そんなトゥさんだからいいんですけどね。でも、私に感謝してください。今の、作戦は本気じゃないですから。」
「さくせん?」
「もう、いいです。トゥさんってば、そういうこと全然興味ないんですもの。」
シエスタは、そう言ってトゥから離れた。
しかしトゥの方を向いたまま立ち。
「でも、ちょっと試してみます?」
スカートの裾を持ち上げ、それで口元を隠しながら囁いた。
トゥは、それをジッと見ていたが、それだけだった。
そして顔と視線をワイングラスに戻し、またボーッとし始めた。
シエスタは、諦め、二人はしばらく無言のままワインを飲んだ。
そのうちシエスタがテーブルに突っ伏し寝息を立てだした。
そんなシエスタに、トゥは、毛布を持ってきてかけててあげた。
ルイズがいるであろう部屋に行くと、鍵が閉まっていた。どうやらまだふて腐れているらしい。
ため息を吐いたトゥは、気晴らしにと、台所に行って、ワインのおつまみになるものを作ろうかと思った。
***
戸棚を探り、飲むためのワインを探していると思わぬモノを見つけた。
「カギ?」
古ぼけたカギだった。
こんなところにカギを忘れるなんておかしいと思ったが、ふと閃いた。
確かこの屋敷には、鍵がかかった地下への入り口がなかったかと。
あそこは使わないから、修繕する際に無視するようにと言って、修繕費を安く上げようとしたのだ。
真鍮のそのカギは、古ぼけており、色もあせていた。
気分が滅入っていたトゥは、興味本位で、その地下室へと向かった。
鍵穴に差し込むと、音を立てて鍵は開いた。
念のため、大剣を背負い、拳銃も腰に隠して階下に続く階段を下りていった。
階下に行くと、そこは闇に包まれており、ろうそくの火を灯しただけで十分の狭さだった。
ガラクタだろうか、色んな物が転がっており、瓶らしきものもある。古いワインだと思われる。
「?」
その時、トゥは、壁の隙間に違和感を感じた。
何か突起があり、それを思わず押し込んで見ると、突起は壁に沈み、低いうなりをあげて目の前の壁がずれていった。
「隠し部屋…。」
最初はただの古びた貴族の屋敷だと思っていたが、どうやら少々普通では無いらしい。
それとも、知らないだけで、貴族の屋敷にはこういう仕掛けが普通にあるのだろうか?
そう思いながら、ちょっとワクワクしてきたトゥは、先に進んだ。
そこには、少ししゃがんでくぐれるくらいの小さな通路があり、トゥはかがみながら進んでいった。
すると突き当たりに扉があった。
「扉?」
興味引かれるままに扉を開けた。
その向こうには、部屋があった。
寝室であろうか、タンスなどがあり、シンプルながら全体的な作りは豪華だ。
レースカーテンや、ベットのカバーなど、さらに小物には宝石がちりばめられている。
地下にあるにしては、埃はないし、ベットの作りからするにド・オルニエールの屋敷のベットよりずっと高価だ。
ド・オルニエールの年収を考えると、前の領主が残した物だったとしてもあまりに不相応だ。
部屋の壁に、大きな姿見の鏡があり、トゥが近づくとなぜか、キラキラと光りだした。
なんとなく、見覚えがあるなぁっと思っていると、ふと思い出した。
ルイズがトゥを再召還する際に発生したゲートに似ているのだ。
「魔法の…鏡?」
どこかにつながっているのだろうか?
そういえば今までいなかったスピリットが、屋敷に出現したが、ここを通ってきたのだろうか?
前に水の精霊を暴走させたスピリットもそうだが、どこかにトゥがかつていた世界への穴があるのではないか?
そこからモンスターが流れ着いているのだとしたらいい迷惑だ。
「もしかして…、つながってる?」
自分が元いた世界に…。
そう思うと、今すぐにこの鏡を破壊すべきなのだろうが、実行しなかった。
トゥは、何を思ったのか、鏡に触れていた。
そして、背後に光るゲートのある、一メートル四方の石壁に囲まれた場所に出た。
思わず手を伸ばすと、壁が開いた。というか、回転した。
「回転扉?」
トゥがその向こうに出て最初に見たのは。
ろうそくの火の明かりに照らされた、女性の姿だった。
「あれ?」
「きゃあああああああああ!」
「えっ、あっ、え? あ、あの、あのぉ。」
「えっ、あなたは…。」
悲鳴を上げられてしまい、慌てて声をかけると、女性は悲鳴を止めて驚いたように言った。
「…お姫様?」
「トゥ殿?」
お互いの声でやっと、お互いが誰なのか分かった。
「陛下! どうされました!」
アニエスの声が聞こえ、アンリエッタは、ハッとしてトゥの手を取り、引っ張ってベットに押し込んだ。
「陛下!」
部屋に飛び込んできたアニエス。
「陛下の悲鳴が聞こえましたので……、駆けつけましたが…。」
「驚かせて申し訳ありませぬ。ネズミがいたので、つい大声をあげてしまいました。」
「さようですか…。」
アニエスは、多少呆れた様子で部屋から去って行った。
アンリエッタは、ホッとし、ベットの中に押さえ込んでいたトゥが這い出てきた。
「いったい、どうしたのです? こんな夜中に。」
「えっと…、あの…。」
トゥは、いじいじと指を動かし、わけを話した。
***
「まあ、城の寝室と、ド・オルニエールがつながっていたなんて……。」
「びっくりだよ。」
二人は今、ド・オルニエールの地下室にあったベットに腰掛けていた。
「まるで虚無のゲートみたい。」
「おそらく、それを利用した古代のマジックアイテムなのでしょう。」
一方で城の寝室の方には、ディテクト・マジックでは感知できず、今日まで気づかなかったのだ。
「あれなのかな? これって秘密の抜け穴?」
「たぶん、違うと思います。」
「どうして?」
「この部屋の作りを見るに…、以前、ド・オルニエールの土地は、父か祖父の妾宅だったでしょうね。」
「しょうたく?」
「ええ、いわゆる……、こういう言い方はあまり褒めら得た物ではありませんが、愛人ということです。」
「あ…。」
言われてみれば、ド・オルニエールの土地に不相応な豪華な作りなのは、王家の人間を迎え入れるため、あるいは、寵愛を受けた者を喜ばせるためのものだ。
「城の抜け道は知っておりますが、ここは知らされておりませんでしたわ。つまりは、そういうことなのでしょうね。」
「なんで、笑ってるんですか?」
「すみません。でも、おかしくって。父も祖父も、厳格な王と呼ばれていました。そんな彼らにも、このような一面があったのですね。」
「あ、なるほど。」
「ふふ、それにしても、私が与えた土地と王官がこんな風につながっていたなんて…。」
「びっくりだよ。」
「そういえば、あなたに与えたっきりでしたわね。いずれ、訪れようと思っていたのですが……。住み心地はどうでしょうか?」
「……えっと、気に入ってます。」
実は、話と違っていたなどとは言えない。
「そうですか。それはよかった。」
「あは…。」
「どうかしたのですか?」
「いえ…、ちょっと色々とあって…。」
「まあ、どうしたのです?」
「ルイズと喧嘩しました…。」
「まあ。」
それから、トゥは、ルイズと喧嘩した理由などを話した。
アンリエッタは、親身になって聞いてくれた。
「どうしてなんだろう? こんなはずじゃなかったのに…。どうしてこうなっちゃうんだろう?」
トゥの目に涙が浮かんだ。
涙を抑えようと思っても、次から次に涙があふれてきて、やがてトゥは、グスグスと泣き出した。
「トゥ殿…。」
「わっ。」
アンリエッタが、トゥを抱き寄せてその胸にトゥの顔が埋まった。
「お優しいのですね。」
「そんなことない…。」
「いいえ。悩むと言うことはルイズのことも、そして周りの者のことも大切に思っているからなのですよ。わたくしは、人の王として、時に切り捨てなければならない非情さを求められます。慈悲だけでは、人の上に立つことはできないからなのです。しかし、慈悲を忘れてしまっては、あの狂った王のようになってしまうでしょう。」
「私…、あの人のこと…、悪い人だったなんて思ってないないの…。」
「あなたは、とても慈悲深い方ですね。わたくしは、それが羨ましい…。」
「私は…、私は…。」
「泣いていいのです。トゥ殿。わたくしの胸で良ければ、ぞんぶんに泣きなさい。」
「うぅ…、う~~~。」
トゥは、決壊したように泣き出した。
アンリエッタは、よしよしと子供をあやすように、トゥの頭を撫でた。
トゥは、別に興味が無いわけじゃなです。それ以上に思うことがあるからです。
ドラッグオンドラグーン3のように、やっちゃったら、15禁じゃ済まなくなるので…。
次回は、ルイズの家出と、元素の兄弟との戦いかな。