将来の話といっても、ちょっとだけ未来の話です。
ルイズは、日記を睨んでいた。
それは、ルイズが記憶を消す前までのことを記し続けていた日記だ。
ゼロゼロと蔑まされていた頃の周りを見返してやりたいという悔しさを綴った部分と、トゥを召喚してから書いてきた部分。
2年生の進級試験が始まってから新しくした日記帳だったので、ほとんどがトゥに関することで埋まっていた。
訳の分からない女を召喚してしまったことに対する愚痴。
言うことを聞かない彼女に対する愚痴。
色んな場面で自分を助けてくれたことへの素直になれない感謝の気持ち。
トゥが何者なのか、あの右目に咲いた花は何なのかという疑問。
アルビオンで自分の代わりに、七万の敵を相手に一人で挑んでいってしまったのを止められなかったことへの後悔。
トゥがいなくなり、生きている可能性を確かめるためにサモンサーヴァントをやったら、ゲートが現れてしまった時の絶望。
微かな希望を信じてメイドのシエスタと共にアルビオンに向かい、そこでトゥと再開できたことへの喜び。
…トゥのことを同性であろうとも関係なく恋愛的な意味で好きだと自覚したこと。
などなど、色々と書かれているが、特に後半は、どうすればトゥを振り向かせられるかと躍起になって、妄想も混じっていて書いたのが本当に自分なのかと疑いたくなるほどトゥに惚れている描写が書かれてあった。
うわぁっとルイズは、両肘を机の上でついて、頭を抱えた。
大半はトゥに対する愚痴で埋まっているが、特に後半の惚れている部分は濃厚に書かれており、書き手であるはずの自分が悶絶しそうになるほど恥ずかしいものになっていた。
トゥの体に関する(触った)感想まで細かく書かれており、顔を真っ赤かにさせたルイズは、もう死にたい…っと思った。
こんなの絶対他人に見せられない。特にトゥには!
ルイズは、うぉぉぉっと訳のわからない声を上げなら、日記を両手で閉じた。
ふと窓を見ると、夜空が白んできていた。どうやら徹夜してしまったらしい。
そういえば、結局あれからトゥを見つけられなかった。タバサもだ。
まさか自分の目の届かなかった場所で!?
ここはロマリア。トリスティン人であるルイズに土地勘があるわけがない。それは、トゥもタバサも同じはずだが、目が届かない場所に行かれてしまったらおしまいだ。
ああ、そういえばトゥは、アルビオンでシエスタというメイドと一晩過ぎしていたではないか。
しかしトゥは、シエスタからの告白を断っていたのでそっちの気はないようである。どうやら恋人がいたらしいので。
……それは、すなわち自分にも勝機がないということではないか?
だが、自分にキス…は、してくれた。
けれども成り行きだと言われてしまった。ルイズを受け入れてのキスというわけではなかったようなのである。
ああ、なんて酷い女!
自分もあのメイドも弄んで!
っと、ルイズは怒りをメラメラと燃やした。
『だから、最後の時まで、ルイズの傍にいてもいい?』。
……ヨルムンガンドの大群を倒した後、そんなことを言われたのを思い出した。
最後? 最後とはどういうことなのか。
日記にも、そのことが触れられていた気がした。トゥがやたらと死にたがっていたことを。ゼロの剣か、竜に食われようとしていることを。
つい最近も、アズーロや他の竜に食われようとしていたではないか。
さらに初めの頃からトゥは、自分に殺してくれと約束を持ちかけてきたではないか。
どうして? どうして!?
そこまでして死にたがる理由をトゥは、ほとんど語ってはくれない。
あの花が原因だというのは分かってきた。
だが花のことに触れると、トゥはおかしくなってしまう。
酷いときは、記憶が消えてしまう。
花を引っこ抜こうとした時だって、悲鳴を上げられて手首を折られてしまったことだってあった。
いや、それ以前にコルベールに花を処分されそうなった時も酷く嫌がっていた。
あの花は確かに得体が知れないが、ゼロの剣と竜でなければ抹殺できないものなのか?
一体どれほどの脅威なのかすら分からないが、トゥが持つウタという力は、花から得られる力によるものらしいことも分かった。
ウタは、強大な力であるし、確かに脅威と言えば脅威だ。ワルドが裏切り、痛めつけられた時に恐るべき再生を見せた。あれは、この世のものとは思えないほど恐ろしかったが、だがそれだけなのか?
トゥ自身が命を絶たなければならないほどの危険性を持つ、あの花…。
竜が必死になって食べたがるほどの魅力を持つ花…。
「いったい、何?」
ルイズは、誰に聞かせるでもなく呟いた。
その時、部屋の扉が開いた。
***
トゥが眠そうに目をこすりながら部屋に戻ると、ルイズが机にある椅子に座っていた。
「ルイズ? 寝てないの?」
「…どこ行ってたのよ?」
「えっ?」
「さ、昨晩は、どこで誰と何をしてたの?」
「えっと…、タバサちゃんと、夜のお散歩…。」
「おさんぽ~~~?」
目を泳がせて手をモジモジとさせるトゥは、隠し事が苦手らしい。
だが雰囲気で聞いてほしくなさそうだったので、ルイズは、やれやれと肩をすくめた。
「そう。ならいいわ。」
「えっ?」
「私、眠いから寝るわ。」
「う、うん。おやすみ。」
「あなたも寝なさい。」
「うん。」
トゥは、ルイズと共にベットに横になった。
「ねえ、トゥ…。」
「なぁに?」
「あなた、私以外にもあんなキスするの?」
「えっ? なんで?」
「だ、だって…、私にした時は、成り行きだって言ったじゃない。」
「誰とでもしないよ。」
「た、たたた、例えば…シエスタとか?」
「……うーん。」
「なんで否定しないのよ!」
「えっ?」
「えっ? じゃないわよぉぉぉぉ!!」
「ふぇええ。」
怒ったルイズは、トゥの両頬を両手で摘まんで引っ張った。
それからブニブニと伸ばしたり縮めたりを繰り返し、トゥのほっぺたの柔らかさを堪能した。
「…あんたって、どこもかしこも柔らかいわよね。」
「そう?」
「腹立つわね…。同じ女なのに…。」
「ルイズは、スベスベで綺麗だよ?」
「あっ! コラ、触らないでよ!」
「えー。」
「さ、触られると、どうにかなりそうで…、うう…。」
「えっ? どうしたの? 大丈夫?」
「おおおお、落ち着け、私! スーハー…、だいじょーぶ、だいじょーぶ…。」
しっかりと深呼吸したルイズ。
「…ねえ、ルイズ。」
「な、なに?」
「何か欲しいものある?」
「なによ、急に。」
「お金いっぱい稼いだから、何か買ってあげる。」
「中州でやってた一騎打ちで稼いだお金でしょ? もう、姫様から自重しろって言われてるのに…。」
「うん。でも、ああでもしないと割に合わないってギーシュ君言ってたから。一万エキューはあるから、お家でも買っちゃう?」
「う、家!? なんで!?」
「今は、寮に住んでるけど、いつまでもいられないでしょ? だからお家買っちゃおうかなって。」
「なによ、私をおいて自分だけでそこに住もうっての?」
「じゃあ、ルイズも一緒に住む?」
「へっ?」
思ってもみなかった言葉に、ルイズは目を丸くして固まった。
一緒に? 一緒に暮らす? トゥと? 一つ屋根の下で?
ルイズは、顔を両手で覆って、今にも叫びだしそうになるのを堪えた。喜びで。
「いやだった?」
「そ、それは…。」
「じゃあ、シエスタも一緒に…。」
「それはダメ!」
「えっ?」
「住むなら、二人きりがいいわ!」
「えー。」
「なにが、えーっよ! あんたが一緒に住もうって言ったんじゃないの! 責任とりなさいよね!」
「住むかって、聞いただけだよ?」
「ウダウダ言ってんじゃないわよ! 住むわよ! あ、あんたと一緒なら…ね…。」
「でもそしたら、ルイズのお父さんとお母さん許してくれるかな?」
「私ももう子供じゃないもん。私が決めることに文句なんて言わせないわ。そんなことより…。」
「ん?」
「お家って言っても…屋敷みたいな大きな家なじゃなくって、小さな家でいいなぁ…。」
「なんで?」
「そ、そしたら、あんたともっと近くでいられるでしょ…。」
「今だって近くにいるよ?」
「も、もう…、分かってよ、馬鹿…。」
「えー?」
「もう! もう! 馬鹿トゥ! バカバカバカ! このこの!」
「アハハハハハ! くすぐったいくすぐったい! えいっ、お返し!」
「あっ、ちょっ! アハ、アハハハ、やめて、やめ、て!!」
「ルイズ、ここ弱いね。ほらほら。」
「キャハハハハ! や、やめ、やめ、やめ、て…! あっ。」
「君たち、いちゃつくのはいいが、うるさいぞ。」
隣の部屋の壁がトントンと叩かれ、マリコルヌの声が聞こえた。
「誰がいちゃついてるよ!」
マリコルヌの声で驚いたトゥが手を止めたので、ルイズが怒鳴った。
「おや、自覚がないのかね? さっきから聞いていれば、壁の薄さもはばからず一緒に住む住まないっていちゃこらして、しまいにゃくすぐり合いっことは。いやはや、女の子同士ってだけでも破廉恥ものなのにこれ以上進んだらって思うと…。」
「こ、こここ、これ以上って…何想像してんのよぉぉぉぉぉぉ!!」
顔を真っ赤かにしたルイズが、杖を抜き、エクスプロージョンを唱えた。壁が破壊され、壁側にいたマリコルヌが吹き飛ばされた。
「る、ルイズ! マリコルヌ君、大丈夫?」
「ああ、なんとか。」
「血、いっぱい出てるよ!」
「そんな奴の心配なんてしてんじゃないわよぉぉぉ!」
頭に血が上ってパニックになっていたルイズは、トゥにもエクスプロージョンをお見舞いし、トゥを反対の壁に吹き飛ばした。
薄い壁がまたも破壊され、反対の隣の部屋にいたティファニアが壊れた壁から飛ばされてきたトゥに驚いた。
「あ…、ティファちゃん…。」
「トゥさん! どうしたんですか!?」
「ルイズ…、怒らせちゃった…。うっ。」
「トゥさーーん!」
頭に血が上ってパニックになっていたルイズは、やがて落ち着き、一気に四人部屋になってしまったことに気づいて、切なげにため息を吐いたのだった。
最後、無理な展開にしてしまった…。
くすぐり合いっこと、キス以上には発展しないなぁ…。いや発展させたら、R15じゃすまなくなってしまう…。
次回は、ジュリオと会話かな。