最後の方、ルイズとトゥがキスしてます。
トゥは、目を覚ました。
「…ここ…、どこ?」
自分は確か、ブリミルが作ったゲートに倒れるように触れて…、それから…。
「目を覚ましたかい?」
「…ジュリオ君?」
自分が寝ているベットの傍らで、椅子に座っているジュリオがいた。
「あれ? おかしいなぁ…。」
「どうしたんだい?」
「私、昔の……始祖ブリミルさんと、ガンダールヴでエルフのサーシャさんと一緒にね…。物凄い大軍と戦ったの…。で、その後、村の人達とブリミスさんが開いたゲートを通ろうとしたんだけど…。気が付いたら…。」
「ハハハ、ずいぶんとすごい夢を見たんだね。」
「夢? だったのかなぁ…。っ!」
徐に右目を擦ろうとした時、そこに花があって、トゥは、ビクッとなった。
ああ、こここそが現実だと思い知らされてしまった。
「大丈夫かい?」
「……だ、大丈夫。」
過呼吸になりそうになりながら、トゥは答えた。
呼吸を整えたトゥは、起き上がった。
「ねえ、ジュリオ君。ここどこ?」
「アクイレイアさ。」
「えっと…、教皇様が創立三周年記念式典をするって言ってたところ?」
「即位さ。」
「でも、どうして私を寝かして連れて来たの?」
「それは…。」
「ガリアは? 攻めてきてないの?」
「…攻めてきてるさ。」
「えっ?」
トゥは、一瞬固まり、やがて理解してベットから飛び降りた。
「待ってくれ。」
「行かなきゃ! ルイズが、ギーシュ君達が!」
「僕たちは、彼女の約束を守らなきゃならない。」
「やくそく?」
すると、ジュリオは、部屋の扉を開けた。
そこにあったものにトゥは目をも開いた。
質素な家具が並んでいる中、浮かんでいるモノ。
それは、鏡のような形をしたゲートだった。
「なに? どういうこと?」
「ワールド・ドア(世界扉)です。あなたの世界と、こちらの世界を繋ぐ魔法です。」
横を見ると、ヴィットーリオがいて、にこやかに微笑んでいた。
「約束って…、もしかしてルイズが?」
「そうです。ミス・ヴァリエールがあなたを元の世界に帰すよう、わたくしは頼まれました。」
「ルイズが…、どうして?」
「帰るかどうかは、君が君次第です。」
自分の精神力では、あと十数秒が限界だとヴィットーリオが言った。そしてこれだけのゲートを開けるだけの精神力はなく、これが最後だと言った。
トゥは、愕然とした。
だが、答えは早かった。
「……帰れません。」
「いいのですか?」
「…だって…。」
トゥは、目を瞑った。
脳裏をよぎる、子供達の笑顔、愛しかった男性の顔。
怪物となってしまった子供達。自分の目の前で鳥となって消えてしまった彼…。
「帰っても……、私には…、何も…、ないから。」
トゥは、涙を浮かべ、震える声で言った。
大声を上げて泣きだしかったが、トゥは堪え、乱暴に涙を拭った。
「ジュリオ君、槍を……あの武器庫の武器を持ってきて。」
「本当に、いいのかい?」
「……ねえ、ジュリオ君。…私を殺すなら、それじゃ、ダメだよ。」
トゥは、ジュリオが手にしている拳銃を指さして言った。
ジュリオの顔から表情が消えた。
「私を殺すなら。アズーロを呼んで。」
「…兄弟。僕ら、使い魔が使い魔でなくなるルールは一つだけだ。それは、死だ。」
「うん。だから、私を殺すなら、竜に食べさせてね。」
「そこまでして…。」
「どうしても必要なの。最強の竜を生み出すためには。」
「君は死にたがってるのか、戦いたがっているのか、分からないなぁ。」
「……私は、どっちにしろ、生きられないから。」
トゥは、微笑んだ。
儚く、今にも泣きだしそうな無理をした微笑みに、ジュリオは心が痛み、顔を僅かに歪めた。ヴィットーリオは、表情を変えずただ様子を見ていた。
***
アクイレイアに運び込まれた“槍”は、タイガー戦車だった。
トゥは、乗り込み、機器を触って動作を確認した。
「よし、行ける!」
「いけそうかい?」
「うん! ありがとう、コルベール先生! キュルケちゃん達もありがとう!」
コルベール達が長年放置されていたタイガー戦車を整備しててくれたのだ。
タイガー戦車から顔を出したトゥの笑顔に、コルベールは、泣きだしそうな顔をした。
あんなことがあったのに、自分を許してくれるのかと。
「行こう! ルイズ達のところへ!」
そしてコルベールが前の操縦席に座り、タバサが乗り込み、トゥが照準席に座った。
そしてタイガー戦車は発進した。
しこたまガソリンを積んだタイガー戦車は疾走し、ついに戦場となっている最前線の場所へついた。
「! ルイズーーー!」
そこで見た物は、今まさにヨルムンガンドに踏みつぶされようとしているルイズの姿だった。
すぐさま砲台の発射スイッチを押したトゥ。
弾は、目に見えぬ速さでヨルムンガンドの片足に当たり、ヨルムンガンドは後ろに倒れ込んだ。
ギーシュ達、水精霊騎士隊の少年達が気絶したルイズを運び、トゥは、それを見た後、再び弾を発射させて、ジタバタしている倒れたヨルムンガンドを破壊した。
弾が切れると、トゥは、タバサに頼み、タバサが弾を補充する。
岩陰に隠れていたもう一体のヨルムンガンドが顔を出した時、それを見逃さなかったトゥが弾を発射させて、ヨルムンガンドの頭を吹き飛ばした。
まだ敵は残っている。
残る敵のもとへ行く途中、集まってきたロマリア軍に顔を見せ、するとロマリア軍から感謝されて旗を渡された。
「なに、これ?」
「聖戦旗。」
「なんだかすごいことになってたんだね。」
自分が寝ている間に、大変なことになっていたらしい。
万歳! 万歳っと手を上げるロマリア軍達を残し、アンテナに旗を刺してから、残るヨルムンガンドを倒すためにタイガー戦車を発進させた。
***
やがて峡谷の入り口辺りで、六体のヨルムンガンドが現れた。
ヨルムンガンドは、それぞれ艦隊の艦砲を持っていた。艦隊から奪ったものだ。
トゥは、ハッチを閉め、潜り込んだ。
距離は千。ハルケギニアの技術では到底及ばない望遠映像がタイガー戦車内の照準器に映されている。
ヨルムンガンド達が、艦砲をタイガー戦車に向けて来た。
そして一斉射。
弾は、タイガー戦車の周囲に着弾した。
一発がタイガー戦車の本体に当たり、凄まじい轟音と振動がきた。
タバサは、耳を塞いで蹲り、振動による痺れがトゥとコルベールにきた。
だがそれだけだった。
大昔の大砲の弾など、タイガー戦車の装甲の前には遠く及ばなかったのだ。
「タバサちゃん! 準備して!」
トゥがそう叫び、一体のヨルムンガンドを砲弾で破壊した。
残る五体がタイガー戦車に突撃して来た。
一発撃つごとに弾を装填しながら後退する。ヨルムガンドは速いが、タイガー戦車に追いつくには距離がありすぎた。
トゥ達は知らないことであるが、ミュズニトニルンことシェフィールドは、ガンダールヴ(トゥ)の登場に興奮して冷静さを欠き、ヨルムンガンドに突撃命令を出してしまったのだ。
さらにシェフィールドは、戦車を知らない。
ゆえにこのような開けた場所で戦車砲の前に突撃することが、自殺行為に他ならないことを理解していなかった。
続けざまに八体のヨルムンガンドが現れたが、シェフィールドのそのミスによって全部倒された。
ヨルムンガンドの軍勢を倒したタイガー戦車に、水精霊騎士隊の少年達が駆け寄った。
トゥが中からハッチを開けると、彼らは歓声を上げた。
ギーシュとマリコヌルに至っては、ボロ泣きしていた。
「ぼ、ぼくは、君が絶対に来ると…、だって、君は副隊長だから……。」
「ごめんね…。遅くなっちゃって。」
「トゥ君。君の主人だが、気を失っている。まあ、命に別状はないだろう。」
「ルイズ…。」
砲塔に乗せられたルイズは、白かった巫女服を泥だらけにし、頬には血と土がこびりついていた。
「ルイズ、ルイズ。」
「……うぅ…。」
「ルイズ、大丈夫?」
「……あんた、誰?」
「えっ?」
なんかデジャヴを感じた。
「…ぶ、無礼者!」
目をぱちぱちさせたルイズは、ハッとしてトゥを突き飛ばしてタイガー戦車から飛び降りた。
ギーシュ達は、あちゃーっとなった。
「ルイズ? ねえ、もしかして…だけど…。」
「ああ…、たぶん君の予想通りだよ。どうもティファニア嬢に君に関係する記憶を消してもらったらしいんだ。」
「またぁ?」
トゥは、若干呆れたように声を漏らした。
トゥがルイズを見ると、ルイズは、う~っと野良猫のように唸っていた。
だがその目に、混乱が見受けられた。
「ルイズ…、私の事、忘れちゃった?」
「私は、あんたのことなんて……、なんて……なんて…。」
「……ルイズがそれでいいならいいよ。」
「な、何言ってんのよ、馬鹿!」
「ん?」
「忘れたくて…忘れたわけじゃ…ないのに! どうして、どうして!! あんた見てると…、胸が…。」
ルイズが怒り顔のままボロボロと泣きだした。
「痛いのよ、痛いのよ! なんなのこれ! あんたなにかしたの!?」
「ルイズ。無理に思い出さなくていいよ。」
「いや、それは無理だろう。トゥ君。」
ギーシュが諦めろと言う意味で言った。
「わ、私だって、忘れたくって、忘れたわけじゃないのにってのは分かるのよ! だって、だってぇ! あんたは、…あんたはぁ…。」
「……残りの敵を倒さないと。」
「あ、待って、待ちなさいよ!」
「落ち着きたまえ。今は戦闘中だった。頼むぞ、トゥ君!」
戦車の中に戻っていくトゥを追いかけようとするルイズをギーシュ達が止め、トゥは、タイガー戦車の中に戻り、残る敵の掃討に向かった。
「待って! 待ちなさい! トゥ…、トゥ!!」
ギーシュ達に掴まれたまま暴れるルイズは、泣き叫んだ。
***
タイガー戦車は、虎街道の中へと進撃した。
峡谷の奥、宿場街についた。
ヨルムンガンドの襲撃により、あっという間に廃墟と化してしまった街。
そこを進んでいくと、建物に置かれた樽が突然爆発した。
「爆弾!?」
爆発により煙が舞い、周りが見えなくなった。
峡谷に挟まれた狭い街が、あっという間に煙で一杯になり何も見えない。
タバサが呪文を唱え、煙は上空へ巻き上げられた。
「トゥ君! 前だ!」
その時、前方に一体のヨルムンガンドが現れた。
トゥは、すかさず砲弾を発射させ、ヨルムンガンドを破壊した。
「! 上!?」
トゥは、ハッとして上を見上げた。
マントを使い、壁に張り付いていたヨルムンガンドが、上から襲い掛かってきたのだ。しかも導火線がついた樽を両手に握っている。
自分もろともタイガー戦車を破壊しようとしているらしい。
「まずい!」
真上からの攻撃は、戦車ではできない。例え向けられたとしても、砲を向ける余裕はなかった。
だがヨルムンガンドは、いや、シェフィールドは失念していた。
トゥには、魔法ではない、まったく違う力があることを。
一声でいいのだ。叫べればいいのだ。
タイガー戦車の頭上に大きな天使文字と魔方陣が発生し、接触寸前だったヨルムンガンドが高く弾き飛ばされた。
ガン、ゴンっと地面に衝突し、何度もバウンドしたヨルムンガンドは、そのまま崖から落ちた。そして崖の下で抱えていた爆弾によって自らを爆発させてしまった。
「……、今の力は?」
タイガー戦車の援護をしようとして風竜を連れてきていたジュリオは、上空からその様子を見ていた。顔をしかめているジュリオの傍ら、風竜が涎を垂らしてタイガー戦車を見つめていたのだが彼は気付かなかった。
やがて背後から来たロマリア軍の聖堂騎士団であるカルロ達が、聖杖を掲げて勝どきの声を上げた。
「あいつら、なんかしたっけ?」
マリコヌルが言った。
あとで聞いたら、カルロ達、聖堂騎士団は、強化されたヨルムンガンドにルイズのエクスプロージョンが効かないと分かるや否や、真っ先に逃げ出したのだそうだ。
***
戦いがひとまず終わり、両軍が撤退しだした。
「どうして、帰らなかったのよ…。」
戻ってきたタイガー戦車から降りて来たトゥに、ルイズが言った。
「…あのね。ルイズ…。」
トゥは、ヴィットーリオとジュリオとのやり取りのことを語った。
目を見開いたルイズは、汚らわしいと言わんばかりに着ている巫女服を脱ごうとした。
「ルイズ、ここで脱いじゃったらダメだよ。」
「こんな服、着ていたくなんてないの!」
「裸になりたいの?」
「……。」
「ルイズ。気を付けて。あの人達……、普通じゃない。普通じゃないこと知ってて、肯定してる。」
「……何が聖戦よ…。」
「大丈夫。きっと止められる。私が止める。」
「やっぱりあんたは、元の世界に帰るべきよ。このままじゃ…、あんた…。」
「ううん。きっと…私が呼ばれたのは…。」
「呼ばれたのは?」
「……なんでもない。」
「ちょっとぉ! 肝心なところを濁さないでよ!」
「きっと…、その内分かると思う。」
トゥは、そう言って、中空を見つめた。
「こら! ちゃんと話しなさい!」
「…ルイズ。」
「えっ、あ、ちょっ!」
トゥは、ルイズを抱きしめた。
「あのね。」
「な、なによ…。」
「私には…、帰る場所なんてないよ?」
「!?」
「元の世界には、もう何もないの。だから私の居場所は…、ルイズのところだけ。」
「なにそれ…、あんた…。」
「だから、最後の時まで、ルイズの傍にいてもいい?」
「い…いいに決まってるじゃない! 馬鹿なの!? 馬鹿じゃないの!? あんたは私の使い魔なんだから!」
「うん。ありがとう。」
「……トゥ…。」
「ルイズ…。」
二人は、口づけを交わした。
上空では、ペガサスに跨ったロマリア兵が、魔法で勝利を祝う聖具の紋を煙で作っていた。
漂う、その聖具の紋が、ハルケギニアのこれからを暗示しているように見えた。
元の世界には帰らない決意を固めたトゥ。戻っても…、うん…。
ルイズがトゥのことをもとの世界に戻そうとしたのは、あまりにも死にたがるのと、コルベールなどに刺激されて自殺に走ろうとするからそれを防ごうとしたんです。
タイガー戦車戦は、ウタを使って砲弾を発射すべきか悩みましたが、使いませんでした。
代わりに爆弾抱えたヨルムンガンドから身を守るために防御に使いました。
最後の方のキスについては、成り行き…ですね。なんとなくそんな雰囲気だったのでしました。