『まあ、あれだ。虚無に虚無を合わせたら相性が悪かったんだろ。だから簡単に思い出せたんじゃねぇの?』
デルフリンガーがそう分析した。
『だからよぉ、元気出せって、なっ?』
「無理でしょ。」
キュルケがツッコんだ。
帰りの船の中なのだが、ルイズは、座席で体を丸めて座っていた。
「ルイズ…。」
その隣にいるトゥが心配する。
ルイズは、一向に顔を上げない。
「無理もないわよね…。」
キュルケが言った。
記憶を消した後のことを覚えており、なおかつトゥへの想いを思い出したため、なぜあんなことをしたという自己嫌悪に陥っているのだ。
「あ、あの…、よかったら、私がまた忘却の魔法を…。」
「いや、それは、辞めといた方がいいわ。色々と拗れるから。それに…。」
おずおずと言いに来たティファニアを制しながらキュルケは、ルイズを見た。
「これは、この子自身への戒めよ。」
キュルケは、腕組して言った。
「ルイズ…。私は気にしてないよ?」
「……。」
「確かにショックだったけど、でもそれ以上にルイズが辛かったんだよね? 私が、応えてあげられなかったから…。」
「……がう。」
「えっ?」
「違う…。」
ルイズがやっと口を開いた。
「私が勝手に逃げただけ。」
「ルイズ?」
「辛かった…。だから逃げたの。卑怯よね…、うん、卑怯。」
ルイズは、ボソボソと言う。
「辛くて、痛い気がして、それが怖くて、勢いでティファニアに頼んじゃった。そのせいで私…。」
「私は、気にしてないよ?」
「私が気にする!」
ルイズが叫んだ。
「責めてよ! 怒ってよ! なんで許せちゃうの!?」
「だって…。」
「馬鹿とか、気持ち悪いとかさんざん言っちゃったじゃない!」
「でもそれは、ルイズが忘れてただけだから…。」
「忘れてた私も私なのよ! あんたのことをただの使い魔としてしか見てなかった私も私なの!」
「辛かったね。」
「!?」
トゥがルイズを横から抱きしめた。
トゥの甘い匂いと肌の柔らかさが伝わって来る。
「ルイズ。私は、ルイズを許すよ。」
「どうしてよ…。あんたは私を責める資格があるわ…。それだけのことを私はしたのよ?」
「それでも許すよ。大丈夫。私は、大丈夫だから。」
トゥは、よしよしっとルイズの頭を撫でた。
「ふ……ぅ……、うぇえええええええええん!!」
ルイズは、声を上げて泣いた。
トゥの腕の中で、胸でワンワン泣いた。
***
トリスティンの港についた船を出迎えたトリスティン城の騎士団は、驚いた。
ルイズがトゥに抱っこされて降りてきたことに。
ルイズが、トゥの首にがっしり腕を回して抱き付いていた。
それは、アンリエッタとの謁見直後まで続き、謁見でアンリエッタがルイズの目がボンボンに腫れあがっていることに驚いた。
「どうしたのですか、ルイズ!」
「いえ…あの……。か、花粉症です!」
「えっ、花粉症?」
「花粉の季節ではないはずですが?」
「いいえ、ちょっとアルビオンの花粉がちょっと…。」
「まあ、お大事にしてくださいな。」
「は、はい…。」
ルイズの苦し紛れの嘘をアンリエッタは信じてくれたらしい。
トゥは、横で笑いをこらえていた。
ルイズは、苦笑いながらそんなトゥを小突いた。
その後、ティファニアが被っていた帽子を取り、彼女がハーフエルフであることを明かし、孤児達の生活の支援の手続きなどが行われた。
そして、アンリエッタの口からとんでもない言葉が出て、ルイズとトゥを驚かせたのだった。
***
トゥは、ハラハラしていた。
「気持ちわかるよ。でも落ち着きたまえ。」
「でも…。」
「こちらが変な態度をしてたら彼女の身の危険に繋がってしまう。ここはとにかく落ち着くことを提案するよ。」
落ち着きのないトゥに、ギーシュが小声でヒソヒソと話した。
「何を話してるんだい?」
「あっ、いや…、あそこにる女性がとても美しくて落ち着かないなぁって話だよ。」
「確かに!」
「まったくもってその通りだ!」
水精霊騎士隊の面々が口をそろえて言った。
アンリエッタの言葉により、ティファニアは、1ヵ月遅れでトリスティン魔法学院に編入することになったのだ。
なぜ? なぜ!? いくら彼女が若くても、彼女はハーフエルフだ。
半分とはいえエルフである以上、エルフへの偏見が強い貴族達のど真ん中に突っ込むのはどうかと、ルイズとトゥは思ったし、口にも出した。
しかしアンリエッタは、ティファニアの事情を聞いて、同い年の友達ができるならということでこの案を強行した。
ティファニアは最初こそ戸惑ったが、お友達という言葉を聞いて頷いてしまった。
「ティファちゃんに何かあったら、私…、全力で守らなきゃ…。」
「トゥ君、その気持ちはわかるが、暴れすぎたら君の立場が…。」
「いいもん。私…、皆から嫌われてるから。」
「そんなことを言うものじゃない!」
「ギーシュ君。私のことそんなに気にしなくていいんだよ?」
「そういうわけにはいかない! 君は友人なんだ、友人を放っておくわけにはいかない!」
「…優しいんだね。」
「そ、そんなことはないさ。」
「ギーシュ…。」
「後ろ…。」
「へっ?」
「ギ~~~~シュ~~~?」
「も、モンモランシー! ち、違うんだ、僕はあくまでトゥ君を友人としてだね!」
だがしかし、ギーシュは、モンモランシーにギタギタにされ、食堂の外に引きずられて行ってしまった。
ギーシュがいなくなった後、トゥは、再度ティファニアの様子を見た。
帽子をかぶったティファニアが、3年から1年まで様々な学級の生徒達からちやほやされていた。
その原因は、勿論彼女の美貌によるものだ。
アルビオン王家の血とエルフの血が絶妙に配合されたその美貌は、まさに妖精のようで、あらゆるクラスの男子達を虜にした。
帽子をどこに行っても被っているのは、太陽の光に弱いからだということで通している。
ティファニアの肌はとても白く、どの女子達よりも脆そうでその御触れを誰もが信じた。
ティファニアがハーフエルフであることは、学園の関係者では、オスマンだけが知っている。
もしバレたら一大事だ。それこそ暴動が起きそうだ。
そしてその悪い予感は、やがて的中することになる。
男子達を虜にしてしまったティファニアを良く思わない女子生徒達により、ティファニアへのいじめが始まったのだ。
「ティファちゃんをいじめないで!」
「キャー! 花咲きお化けよ!」
そう叫んで一年生の女子生徒達は散っていった。
「はなさきおばけって…、トゥさん…。」
「いいの。」
「でも…。」
「トゥ。こっちいらっしゃい。」
「ルイズ。」
ルイズに呼ばれ、トゥは、ルイズの方へ走った。
「守ってあげたいんでしょうけど、いちいちあんたが間に入ったらあの子のためにならないわ。」
「でも!」
「あの子は私と同じ虚無の担い手。普通の人生なんて歩むなんてできない。ましてやあの子は一応貴族の血を引いてるし、これから貴族として学んでいかなきゃならないのよ? 姫殿下はそれを思って学院にあの子を入れたんだと思うわ。」
「でも…。」
「今のうちに力を付けなきゃ、いつか自分の運命に押し潰されちゃうわ。いいわね?」
「……うん。」
ルイズの説得に、トゥは、渋々頷いた。
確かにそうだ。ティファニアには、これからさらに過酷な運命が待っているだろう。ルイズだって、虚無に目覚める前は成績は首席でありながら爆発しか起こらない魔法のせいで落ちこぼれとして迫害されていたのだ。
元婚約者であるワルドの裏切りや、アルビオンとの戦争、虚無に目覚めてからも、散々で過酷な目にあって来た。
それを乗り越え、今のルイズがいる。
ティファニアに同じことができるのだろうか?
果たしてティファニアの行く道に幸があるのだろうか?
そう思うと心配で心配でならない。
「ねえ、トゥ……、心配なのはいいけど…私以外の女ばっかり見てると…。」
「?」
「…もう、いい!」
プウッと頬を膨らませたルイズは、駆けだして行った。
残されたトゥは、首を傾げた。
前回の、ルイズの記憶の問題はここで解決。
ティファニア入学。そしてそれを心配するトゥ。ジェラシーを感じるルイズ。
次回は、ティファニアを巡る騒動。