目を覚ましたトゥを連れてルイズは、自室に戻った。
「このお部屋、ルイズのお部屋?」
「そうよ。っていうかルイズって呼ばないで、ご主人様よ。」
「えー。ご主人様ってかた苦しいじゃん。」
トゥは、そう言って唇を尖らせた。
トゥの見かけはルイズと同い年ぐらいだろうか、それにしては…。
つい視線が胸に行ってしまう。
「とにかく名前呼び禁止! ご主人様からの命令よ!」
「イヤ!」
「ご主人様って言いなさい!」
「イヤ!」
押し問答が続いた。
根負けしたのはルイズだった。
「もう勝手にしなさい!」
「やったー!」
勝ったとトゥが両手を上げて飛び跳ねた。
その様は、年齢不相応の子供のようである。
ルイズは、イライラしながら服を脱ぎ捨て、下着をトゥに投げつけた。
「それ洗っといて。」
「お洗濯?」
「そうよ。」
「わかったー。」
あら、素直ねっとルイズが思ってトゥの方を見た瞬間、トゥがルイズのパンツを破いた。
「あっ。」
「ちょっとーーー!」
「えへ、力加減、間違えちゃった。」
てへっと舌を出すトゥ。
「せ、洗濯はいいわ! もういいから着替えるの手伝って。」
「なにしたらいいの?」
「そこのクローゼットからネグリジェ出して。」
「これー?」
「破かないでよ?」
「もうしないよぉ。」
ぷうっと頬を膨らませたトゥが、ネグリジェを出して……破いてしまった。
「あっ。」
「あーーーー、破くなって言ったのにぃ!」
「ごめんなさい。てへっ。」
「てへっ、じゃないわよぉ!!」
「これ破けやしよォ。」
「あんたが怪力なだけじゃないのよーーー!」
そう、トゥは怪力だった。
一見細身に見える身体からは想像もできない凄まじい力の持ち主だった。
ルイズは、ぎゃいぎゃい騒いで、疲れて、ふて寝するように寝た。
「ねえ、ルイズー。私はどこで寝ればいいの?」
「床。」
「えー。酷い。」
「使い魔なんだから贅沢はダメ。」
「ベット大きいんだからつめれば二人で寝れるよ?」
「そこに藁束があるでしょ、そこで寝なさい。」
「やだ!」
「ちょっと! こら、潜り込んで来ないでよ!」
「ほら、もっと寄ってよ。」
「もう!」
完全に力負けしたルイズは仕方なくトゥと寝ることになった。
「えへへ、お布団、ふかふか~。」
「今日だけよ?」
「えー、やだ。」
「…あんたの寝相が悪かったら、どんなに嫌でも蹴っ飛ばすからね?」
「大丈夫だよォ。」
「もう…知らない。」
眠気に負けたルイズは、そのまま眠った。
「おやすみ。ルイズ。」
トゥから香る匂いだろうか、甘い香りが鼻をくすぐり、ルイズはあっという間に夢の中に入った。
***
翌日。
目を覚ましたルイズは、トゥの寝顔を最初に見た。
あどけない、愛らしささえ感じさせる安らかな寝顔だった。
「……夢じゃなかった。」
「うぅん…。」
「起きなさい。」
「……う~…、もう朝?」
トゥは、目をこすりながら起き上がった。
ルイズは、ベットから降り。
「着替えさせて。」
「え~…。」
「命令よ。」
「…分かった。」
不満げにしながら起きたトゥは、クローゼットから服を出した。
「破かないでよ?」
「しないよ。」
さすがに力加減は覚えたのか、破かずルイズに服を着せていった。
「じゃあ、行くわよ。」
「どこに?」
「食事に行くのよ。」
「私も?」
「使い魔なんだから主人と一緒に行くの。」
「うん。分かった。」
ルイズは、トゥと一緒に部屋を出た。
「あら、おはよう。」
「おはよう、キュルケ。」
「だれ?」
「あら? 目を覚ましたのね?」
キュルケという赤毛と褐色の肌の少女がトゥをジロジトと見た。
「私の勝ちね。」
「?」
勝ち誇ったように笑ったキュルケにトゥは首を傾げた。
「それにしてもサモン・サーヴァントで人間呼んじゃうなんて、さすがゼロのルイズね。」
「ほっといてよ!」
「私は、誰かさんと違って一発成功よ。」
するとキュルケの後ろから、大きな赤いトカゲが現れた。
「わあ、大きなトカゲ!」
「サラマンダーよ。見るのは初めて?」
「うん! おいでおいで。」
しゃがんだトゥが、手招きすると、サラマンダーは、トゥに近づき、トゥは嬉しそうにサラマンダーを撫でまわした。
「あらあら、フレイムったら、その人のこと気に入ったの?」
フレイムは、トゥに撫でられながらキュルキュルと鳴いた。
「あなたお名前は?」
「トゥだよ。」
「トゥ…、変わった名前ね。」
数字の2を意味する言葉に、キュルケは笑った。
「じゃあ、お先に。」
「ああ~。」
去っていったキュルケの後を追って、フレイムが去って行ってしまったので、トゥは残念そうにした。
「くやしー! なんなのあの女! サラマンダーを召喚したからって!」
「行っちゃった…。」
「なんであいつがサラマンダーで、私はあんたなのよ!」
「そんなの知らないよォ。」
トゥは、不満をぶつけてくるルイズに、そう言った。
「よくないわよ! メイジの実力を測るには、使い魔を見ろっていうのよ!」
「メイジって、なに?」
「あんたメイジを知らないの!?」
「知らない。」
驚愕するルイズを他所に、トゥはきっぱりと言った。
「そういえば、あんた名前も忘れてたわね…。ひょっとして記憶喪失?」
「だって、分かんないものは分かんないんだもん。」
トゥは頬を膨らませた。
「…まあ、それなら仕方ないわね。」
ルイズは、少しだけトゥを哀れに思った。
「ルイズ、お腹すいたー。」
「前言撤回。あんたワガママ!」
「えー。」
トゥはわけがわからないと声を上げた。
***
アルヴィーズの食堂に入った途端。
まあ、予想はしていたが、トゥに視線が集まること集まること。
主に身体に。
下半身はともかく、上半身は肌着に近い格好なので肌が多くさらされており、胸の谷間もしっかりと出ている。
これで見るなと言う方が難しい格好だ。
「椅子、引いて。」
「えっ?」
「椅子を引いて、ご主人様を座らせるのよ。」
「…分かった。」
不満そうにしながら椅子を引いた。
途端、バキッと音が鳴った。
「ちょっと!」
「あっ。やっちゃった。てへっ。」
壊れた椅子の背を持ったまま、トゥは舌を出した。
「新しい椅子、取ってきなさい! 今度は壊さないでよ。」
「分かってるってば。」
椅子を取りに行って、軽々と椅子を持ち上げて戻ってきたトゥ。
ルイズはやっと椅子に座り、テーブルに用意された食事にありつこうとした。
「ルイズー。私のは?」
「そこにあるでしょ。」
そう言って床に置かれた、質素な食事を指さした。
「これー? ヤダ。」
「本当は使い魔は外なのよ。使い魔がテーブルにつくなんて本当はしちゃいけないの。」
「えー。」
「そんな顔してもダメよ。」
「むぅ…。」
ルイズは、プイッとそっぷを向き、トゥは不服そうに頬を膨らまし、仕方なく床に座って質素な食事を食べ始めた。
周りからの視線が痛い。
ルイズは、さっさと食べてさっさとこの場から去りたい気持ちでいっぱいになった。
「ルイズ、足りないよォ。」
「ダーメ。あげないわよ。」
「こんなに食べきれないでしょ? 食べてあげる!」
「あ、こら!」
「えへへ、食べちゃったもんね。」
トゥは、ルイズの食事を奪ってご満悦だった。
トゥの素早い動きについていけず、ルイズは彼女に翻弄されっぱなしだった。
周りからクスクスと笑う声が聞こえ、ルイズは、赤面した。
***
食事が終わると、次は授業だ。
教室に入ると、一斉に生徒達の視線がルイズとトゥに集まり、クスクスと笑ったりヒソヒソと何か囁きだした。
「ここが教室?」
「そうよ。」
「わあ、色んな動物がいる!」
「あ、こら!」
ルイズが止めるよりも早く、教室の後ろにいる使い魔達に向かって行ったトゥ。
ルイズは、もう嫌だと頭を抱え机についた。
やがて講師のシュヴルーズが入ってきて授業が始まった。
「皆さん。春の使い魔召喚の儀式は、大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、様々な使い魔達を見るのがとても楽しみなのですよ。」
「キャー、くすぐったい!」
教室の後ろで使い魔達と戯れていたトゥが声を上げた。彼女は他の使い魔に舐められすり寄られ、嬉しそうにくすぐたがっていた。
「おやおや、変わった使い魔を召喚した方がいらっしゃいますね。」
「ゼロのルイズ、召喚できないからって平民なんか連れてくんなよ!」
「きちんと召喚したわよ! 見たでしょ!? 契約だって成功したわよ!」
「嘘つくなよ!」
教室中が笑い声に包まれた。
「静かになさい!」
シュヴルーズが叱った。
そして授業が始まった。
その間もずっとトゥは、使い魔達と戯れていた。
キャッキャッと嬉しそうに笑い、大きな使い魔とは抱き付いて、抱き付かれてゴロゴロと床を転がる。
ルイズは、そんなトゥを恨めしそうにちらちらと見ながら授業を受けていた。
「ミス・ヴァリエール。ここに来て錬金をしてください。」
するとルイズに指名がかかった。
教室中の生徒が騒然とした。
「ミセス・シュヴルーズ、危険です!」
キュルケが青い顔をしていた。
何やら様子がおかしい教室内に、さすがにおかしいと感じたトゥは、顔を上げて様子を見た。
ルイズが錬金の呪文唱えた。
途端。大爆発が起こった。
使い魔達は大爆発に騒然として、窓から逃げたり、教室中を暴れ回ったりした。
生徒達もパニックで、そんな中、トゥはポカーンっと突っ立っていた。
「ちょっと、失敗しちゃったかも。」
煤けて、服も破け、酷い有様のルイズがそう言った。
「ちょっとどころじゃないだろ、ゼロのルイズ!」
「成功率ゼロ! これだからゼロのルイズは!」
そう生徒達がブーイングを上げた。
「なるほど。だからゼロのルイズなんだ~。」
っと、トゥは、呑気に言っていた。
教室の片づけを命じられたルイズは、魔法を使わずにと言われたが魔法がほとんど失敗してしまう彼女にはあまり意味はなかった。
だが使い魔を使うなとは言われていないので、トゥに手伝わせた。
「ゼロ、ゼロゼロ。ゼロのルイズ~。」
「歌うな!」
「えー。」
「あんたまで馬鹿にして…。そうよ! その通りよ! 魔法の成功率ゼロ! だからゼロのルイズなんよ! なんか文句ある!?」
「文句はないよ。あと馬鹿にしてないもん。」
「じゃあなんで歌ってるのよ!」
「ゼロって悪いこと?」
「悪いわよ! 貴族なのにまともに魔法が使えないなんて…。」
「でもルイズはルイズでしょ? あんなすっごい爆発ができるのにダメなの?」
「ダメよ! どんな魔法を使っても爆発しちゃうのよ! そんなのすごくもなんともない、ただの失敗よ!」
「えー。」
トゥは分からないと首を傾げた。
「もうあんたご飯抜き!」
「えー!? なんで!」
「私を馬鹿にしたからよ!」
「バカにしてないもん!」
二人は、ギャーギャー言い合った。
おかげで片づけは遅れ、終わった時には、夕日が落ちていた。
その後夕食になったが、宣言通り夕食抜きにされたトゥだったが、ルイズからご飯を奪い、食事にありついていた。
身体能力ではまったく歯が立たず、ルイズは、二重に悔しい想いをした。
ルイズが食べる分だけ残したトゥは、ルイズを残して外へ出ていった。
外にいる使い魔達と戯れるために。
トゥとの初めての一日は、こうして終わったのだった。
一日の始まりは、こんな感じです。