シルフィードは、まだ傷が癒え切ってないため、タバサの実家に辿り着いた時には、ゼエゼエと荒い呼吸を繰り返していた。
モンモランシーが治療魔法を使ったが、傷は完全には癒えない。
「シルフィードちゃん…。」
トゥがシルフィードの頭を撫でた。
シルフィードは、きゅいっと鳴いたが、すぐにトゥから顔を背けた。
「…我慢しなくていいんだよ?」
しかしシルフィードは、ブンブンと首を振った。心なしかプルプルと体が震えて、口から涎が出ている。
「はいはい。まずはタバサを探すわよ。」
そう言ってルイズがトゥの腕を掴んでシルフィードから引き離し、引っ張って歩いた。シルフィードは、トゥが視界からいなくなってホッとしていた。
タバサの実家らしき屋敷に入ると、誰もいなかった。
破壊されたガーゴイルがあり、そして誰かと争った跡が残っていた。
キュルケが、分析し、恐らくスクウェアクラスの風の魔法を使ったのだろうと言った。それだけの魔法を使って敗北したとなると…、恐らくイルククゥが言っていたエルフが相手だったのだろうと言った。
それを聞いてトゥ以外の面々が顔を曇らせるなり、顔を青くさせた。
「エルフって…、そんなに怖いの?」
『エルフってのは、先住魔法を使う。先住魔法ってのは、世界の理そのものに触れるって言ったらいいのか? まあなんつーか、娘っ子達が使ってる系統魔法が生まれる前からある、どこにでもある自然の力そのものを利用する。想像してみな。人の意思と、自然の力、どっちが強いか。』
そうデルフリンガーが説明した。
「私の世界のエルフも魔力は強いけど…。エルフってだけで、そこまで怖がるの?」
『おまえさんの世界じゃ、そこまでの脅威じゃなかっただけってこった。』
「あんたのいた世界にもエルフがいるの?」
「いるよ。あ、でも好戦的なエルフで、ダークエルフっていうのがいた。すっごい怖いの。」
「…考えたくないわね。」
「でもここには、タバサちゃんの血はない…。きっと戦いが嫌いなエルフと戦ったんじゃないかな?」
『エルフってのは、基本的に戦いは好まないからな。そうでなきゃ、とっくの昔に他の人間の国は滅ぼされてるだろうぜ。』
「……ねえ、どんな人がいたの? シルフィードちゃん。んーん…、イルククゥちゃん。」
トゥは、部屋の壁に空いた穴から顔を出していたシルフィードに言った。
ルイズ達は、はあ?っという顔をした。
シルフィードは、首をぶんぶんと振って、慌てたようにきゅいきゅいっと鳴いた。
「トゥ、冗談言ってる場合じゃないのよ?」
「冗談じゃないよ。ねえ、イルククゥちゃん。教えて。」
シルフィードは、トゥに見つめられ、困り果てたように頭を下げていたが、やがて観念したのか口を開けた。
「どうして、わかったのね?」
「しゃ、しゃべったぁぁぁぁぁ!」
ギーシュとマリコルヌが驚いた。
ルイズとキュルケとモンモランシーも驚いたがギーシュとマリコルヌほどじゃなかった。
「イルククゥちゃんとシルフィードちゃんの声が一緒だったから。」
トゥが胸を張って答えた。
「そ、そんはずなのね…。ハッ! ウタウタイだから分かったのね!?」
「? そうなのかな?」
トゥが首をかしげると周りにいたルイズ達がずっこけた。
「イルククゥちゃんは、ウタウタイを知ってるの?」
「知ってるも何も…、だってその花は竜にってこの世のものじゃないほどの至高の…。」
シルフィードの口からダラダラとだらしなく涎が垂れた。
ハッとしたルイズは、バッとトゥの前に来てトゥを庇うように立った。
「ダメ~ダメなのね~…。でもすごくすごくすごくすごく美味しそうなのね…! 我慢するの、辛いのね! 食べたいのね、食べたいのね、食べたいのね、食べたいのね、食べたいのね、食べたいのね、食べたいのね、食べたいのね、食べたいのね…!」
っと延々と涎を垂らしながら念仏のようにブツブツと食べたいと言いながら、トゥを見る目がヤバいシルフィードの様子に、キュルケ達もギョッとしてトゥを守るように立ち杖を向けたり、トゥを引っ張ってシルフィードから遠ざけようとした。
「食べたらきっと、…一番の竜に…。」
「いい加減にしなさい!」
キュルケが近くにあった瓦礫を拾ってシルフィードに投げつけた。
頭にヒットし、我に返ったシルフィードは、前足で涎を拭った。
「と、取り乱したのね…。」
「トゥちゃん。悪いけど、席外して。部屋の外にいて。」
「えっ?」
「いいから。」
キュルケがグイグイと、トゥの背中を押して部屋の外へ出させた。
トゥを部屋から閉め出した後、ルイズは、大きく息を吐いた。
竜がやたらとトゥを食べたがっているのが、韻竜であるシルフィードの様子でよーーーーく分かった。竜騎士の少年達の竜もシルフィードと同じ気持ちでトゥを見ていたのだろう。
「ルイズ…、あんたの使い魔って…。」
「分かんないわよ。私にも。」
顔を青くしているモンモランシーに聞かれたが、ルイズは、そう言うしかできなかった。
***
部屋を追い出されたトゥは、扉の横の壁に背を預けて座り込んだ。
『おまえさんがいたら話にならねぇからな。気を落とすなって。』
膝を抱えて顔を伏せているトゥに、デルフリンガーが言った。
「…っぱり…。」
『んん?』
「やっぱり…、シルフィードちゃんかな?」
『相棒…?』
「私を食べてくれるのは…。」
『おい、相棒…。何言ってやがんだ…? ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ!』
「ふざけてないよ。」
『食ってもらうとか、ふざけたこと言ってんじゃねぇ! おまえさんは、そんなことのために……、ために…。』
トゥを叱りつけていたデルフリンガーは、言葉を半濁した。
『なんでだよ…。なんで引っかかるんだよ…。相棒はそのために呼ばれたんじゃねぇ! くそぉ、俺の頭どうかしてるぜ!』
「デルフ?」
デルフリンガーの様子がおかしいので、トゥは、顔を上げて腰にあるデルフリンガーを見た。
っとその時。
「あの…。」
「? 誰?」
「私は、この屋敷の執事です。あなたは…。」
「私? トゥだよ。」
「はあ。存じませんな…。部屋に誰かいらっしゃるのですか?」
「うん、ルイズ達がいるよ。呼んできます?」
「……トゥちゃん。そこに誰かいるの?」
扉の隙間からキュルケが言った。
「キュルケちゃん。この屋敷の執事さんだって。」
「あら、ペルスランじゃない。」
「おお、あなたは、ツェルプストー様!」
どうやらキュルケと顔見知りだったらしい。
ペルスランと呼ばれた執事は、おいおいと泣きだした。
曰く、王軍が突然来た時、自分は怯えてしまい奥様(タバサの母)を守ることすら忘れ、逃げ隠れてしまったと。
曰く、タバサがその後帰ってきた時、今までにないほどとてつもない風の魔法を放ち、だがエルフに敗北して連れていかれてしまったこと。
キュルケがどこに連れていかれたのか分かるかと聞いたら、ペルスランは分からないと答えた。
やはり情報取集して探すしかないのかと皆頭を悩ませていると、ペルスランがタバサの母親が連れていかれた際に、王軍がアーハンブラ城に運ぶという話をしていたことを聞いたと言った。
キュルケは、大手柄だとペルスランの手を握った。
キュルケが言うには、タバサの母親とタバサを別々に運ぶ理由がないとのことである。
アーハンブラ城は、東の端にある城で、有名な古戦場らしい。
幾度となく、エルフと戦いが起こった土地で、ギーシュが言うには、聖地解放軍に参加していたギーシュの祖先は、そこで敗北したという。
ギーシュに続き、マリコルヌも、自分の祖先が解放軍に参加し負けて帰ったと言った。祖先は、『ハルケギニア中の貴族を敵に回しても、エルフだけは敵に回すな』と言い残したのだそうだ。
二人とも怯えており、眉間にしわを寄せたモンモランシーも、ハルケギニアの貴族がエルフと戦争して勝ったことは、何度かあったという話をした。だがその話は、多少誇張してあり、ある戦いでの連合軍は7千。敵のエルフは2千となっているが、実際は五百だったらしい。
つまり、エルフに勝つには十倍の兵力が必要なのだと、キュルケが呆れた声で言った。
「タバサちゃんは、アーハンブラ城にいるんでしょ? じゃあ、行こうよ。」
「ちょっと、あなた、エルフがどれだけ怖いか聞いてなかったの?」
「? 戦うって決まったわけじゃないでしょ。行ってもいないかもしれないじゃん。」
「そ、それは…。」
能天気なトゥに、モンモランシーは、呆れた。
「トゥちゃんの言うとおりよ。私達は、エルフと戦うために来たんじゃないわ。」
「じゃあ、行こう。早くしないとタバサちゃんが危ないかもしれないし。」
「トゥ…。」
「なぁに?」
「…なんでもない。」
「?」
首を振るルイズに、トゥは首を傾げた。
一行は、アーハンブラ城に向け、出発した。
韻竜は、たぶん、DOD3のドラゴン(ミカエルやガブリエラ)に近いんじゃないかと思うけど、DOD3のドラゴンの方が圧倒的です。
ハルケギニアの竜種がDOD3のドラゴンに匹敵するドラゴンになるには…。