二番目の使い魔   作:蜜柑ブタ

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スレイプニィルの舞踏会。

真実の鏡で、トゥがある人物に変身します。

ついでにちょっとだけ、ゼロとブリミルのことについて触れています。


第三十六話  トゥと真実の鏡

 

 トゥは、現在、水精霊騎士隊の副隊長として、ギーシュ達と共に、アンリエッタの警護を務めていた。

 警護と言っても、儀礼的な要素が強く、要は新設された騎士隊のお披露目だった。

 王宮での序列に従い、その隊列は女王一行の最後尾であったが、隊員たちの士気は旺盛であった。

 列の先頭は隊長のギーシュ、馬一頭分下がってトゥの馬が並んでいた。

「……うーん。」

 トゥは、周囲からの視線に何とも言えない声を漏らした。

 杖を持たず、剣を背負っているトゥへの視線と声は様々だ。

 多くは、剣を背負っているから平民だろうという声。

 スカロンらしき人物の声が、七万の敵の足止めをした英雄だと叫ぶ声。

 それについて、嘘だ、本当だという議論が飛び交う。

 それを聞いてて、ますますトゥは、うーんっと唸った。

 確かに戦った記憶はあるが、そこまでのことをしたという実感はない。記憶が飛んでいるからだ。

 トゥが色々と悩んでいると、衛士に呼ばれ、アンリエッタの馬車の傍に来た。

 馬車の窓から出て来たアンリエッタの白い手を取り、手の甲に口付けた。

 すると、観客達からどよめきの声が上がる。

 女王が御手を許すのだ。七万の敵を足止めしたという噂は真であり、それほどの手柄を立てなければそんなことはありえないからだ。

「シュヴァリエ・トゥ万歳!」

 やがてそんな叫び声が聞こえだした。

 トゥが戸惑っていると、ギーシュが耳打ちして来た。

「みんなが君を褒めてくれているんだ、期待に応えないと。」

「う、うん。」

 言われてトゥは、おずおずと手を上げてみた。

 するとますます歓声が大きくなった。

「街…歩けなくなっちゃう。」

「なぁに、民衆なんて飽きっぽいものさ。明日には君のことなんて忘れてしまうよ。」

 ギーシュは、分かったように言った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「スレイプニィルの舞踏会?」

「こ、今度、新学期が始まるだろ? まあ…、き、君は知らないかもしれないが…。」

 食堂で食事をしていた時、同じ水精霊騎士隊の隊員であるマリコルヌが緊張した様子でそう告げた。

「しんがっき…、そっか、ポカポカしてきたもんね。もう春なんだ。」

 ハルケギニアの月の流れに慣れていないトゥは、最近気温が高くなってきたのだから季節が春だと認識した。

「でも、どうして、舞踏会なの?」

「そりゃ、歓迎に決まってるじゃないか。」

 ギーシュが説明してくれた。

 新しく入ってきた新入生は、社交界が初めてという者も少なくない、そこで先輩である自分達が手取り足取り、大人の社交を教えるのだそうだ。

 まあ、要するに、新入生の歓迎会なのだ。

 トゥは、ふーんっと興味なさそうに声を漏らしながら、甘酸っぱいソースのかかった肉を切って食べた。

「でも、ただの舞踏会じゃないのさ。」

「えっ?」

「仮装をするのさ。」

「かそう?」

「魔法を使って仮装するんだよ。真実の鏡を使ってね。その人が憧れる…、理想の、なってみたいものに化けることができるんだ。」

「へー…。」

「興味湧いたかい?」

「うん。」

 トゥは、微笑んだ。

 その微笑みにマリコルヌは、鼻を押させてくらりとした。

 他の水精霊騎士隊の面々も、ぽや~っとトゥをうっとりと眺めていた。

 そんな話をしている最中、トゥの耳に、後ろの方から気になる話が入った。

 竜騎士が空で、幅が150メートルもある巨大な鳥のようなものが発見されたのだという。

 しかしアンリエッタが調査をさせても新たな情報はなく、見間違いないのかという声もあるのだとか。

「君達、舞踏会もいいが、もっと騎士隊のことも考えてくれよ。」

「あなたは?」

「僕はレイナール。自己紹介してなかったっけ?」

 それからレイナールは、語りだす。

 宮中で水精霊騎士隊は、学生の騎士ごっこと言われているということを。

「僕たちは、それなりの武勲をあげたかもしれないが、近衛隊というのはやはり、破格の出世に違いないよ。」

 昔の武人と比べられて、子供のお遊びと言われても仕方ない、自分達はそんな現状に甘んじるいわれもないのだから、真面目に考えてほしいと彼は言った。

「確かに君の考えは正しいかもしれんが、で、どうすりゃいいんだ?」

「もっと陣容を強力にしたい。今のところ、シュヴァリエは、トゥだけじゃないか。」

「しかし、シュヴァリエなんて中々もらえる称号じゃないし…。」

 みんなでう~んっと悩んだ。

 その時、ふと、トゥは、視線を感じて、そちらを見た。

 水色の髪の毛、眼鏡。小柄な体。タバサだった。

 タバサは、トゥが見てくるとサッと顔をそらした。

 トゥは、首を傾げた。

 結局、この日はいい考えが浮かばなかった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 それから一週間後。

 スレイプニィルの舞踏会が開かれた。

 真実の鏡がダンスホールに運ばれ、その周りには黒いカーテンがひかれている。これは、誰が今、姿を変えているかわからぬようにするためだ。

 カーテンの隣にはシュヴルーズが立っており、蝶の仮面を被っていた。

 生徒達が順番に並び、ルイズもそこに並ぶ。

 やがてルイズの番になり、カーテンの中に入って真実の鏡の前に立った。

 そして布を持ち上げると、虹色に光る鏡が現れ、そこに理想とする自分自身が映る。

 そこに映っていたのは、彼女の姉であるカトレアだった。

 カトレアの姿になったルイズは、ホールへ向かった。

 ホールがなんかざわついている気がする。

 特に男子と思しき者達がざわついて、ある個所に集まっていた。

 訝しんだルイズは、周りを見回し、トゥを探した。だがトゥの姿はない。

 仕方なく、自分だけでこの場の異変を調べようと人をかき分けると…。

 ルイズは、思わずギョッとしてしまった。

 

 銀色の長髪。その頭に飾られた黒いリボン。

 紅色の瞳。

 白い肌。

 大きく開いた胸と、腹。果ては足も思いっきり見えている格好。あれは、確か…どこかで…、思い出した、確かトゥがゼロの服と言っていた服ではなかったか?

 左腕はなんだ? ごつくて、鎧のように見えるが、義手かもしれない。

 右手には、抜き身のゼロの剣が握られている。

 そして、右目に咲いた薄紅色の花は、トゥの右目の花とそっくりだった。

 しかし、髪の色といい、瞳の色も、キリッとした鋭さを感じさせる顔つきもトゥとは全く違う。

 だがしかし、薄紅色の花の特徴を見れば……。あと、あの見覚えがあるあの服は…。

 

「あっ、ルイズ!」

 キリッとした見た目からは想像もできない能天気な感じで手をぶんぶん振る様に、何人かがずっこけていた。

 外見では分からなかったが、この能天気さは…。

「ト…トゥ…、なんで?」

「なにが?」

「その姿は…なに?」

「……ゼロ姉さん。」

「ゼロって…、そんな姿なの?」

「うん。」

 ゼロに化けたトゥが、頷く。

 ルイズは、大きく目を見開いたまま、トゥの姿を上から下まで見る。

 なんて背徳的な姿なのだろう。これじゃあ男に襲ってくれと言わんばかりな挑発的な格好に思えた。

 あの服は、胸と尻がしっかりしてなければ合わないのだというのが、よく分かる。

 姉妹揃ってスタイル抜群ってどんだけだとカトレアの姿をしたルイズが地団太を踏みそうになったが堪えた。

 しかしよくよく見たら、トゥの方が体の線が細いのだということに気付いた。ゼロは、肉付き的に健康的そうだ。でもキュルケに比べれば細い。

「ゼロって人が、あなたの理想だったの?」

「…分かんない。」

 ゼロの姿をしたトゥが首を振った。

 そして踵を返し、ホールから出て行ってしまった。

「トゥ!」

 ルイズは、慌ててトゥを追いかけた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 トゥは、すぐに見つかった。食堂の裏口の付近で佇んでいた。

「どうしたの、トゥ?」

「……。」

「トゥ?」

「……忘れたなんて言わさないぞ。」

「トゥ…?」

 真実の鏡によって、姿だけじゃなく声まで変わっているため、口調まで変わったら完全に別人だった。

 ゼロの姿をしたトゥが、クルリとルイズの方に振り返った。

 その目は、鋭い怒りを宿している。

「約束は必ず果たすと誓っただろうが!」

「トゥ…? な、何言ってるのよ?」

「ええ!? どうなんだ!」

 ズカズカとルイズに近づいてきたゼロの姿をしたトゥから逃げようとしたルイズだったが、ゼロの姿をしたトゥに胸倉を掴まれてしまった。

「どうなんだ!? ブリミル!」

「キャっ!」

 ゼロの姿をしたトゥに突き飛ばされ尻餅をついたルイズに、ゼロの姿をしたトゥがゼロの剣を突きつけて来た。

「トゥ…、ちょ、ちょっと待ちなさい…! 何言ってるのよ、あんた…。」

「約束を守れないって言うなら、ぶっ殺すって言っただろうが、コラ!」

「ひぃ!」

 ゼロの姿をしたトゥに怒鳴り散らされ、ルイズは、頭を庇って縮こまった。

 その直後、カランッとゼロの剣が地に落ちた。

「………あれ?」

 その声が聞こえてルイズが恐る恐る、見上げると、そこには元の姿に戻ったトゥがいた。

「ルイズ? どうしたの?」

「ひっ…。」

 先ほどの怒り狂っていたゼロの姿が重なり、ルイズは、トゥが差し出したてを振り払って駆け出した。

 トゥが慌ててルイズを追いかけようとすると、トゥの足元に氷の矢が飛んできた。

「誰!」

 氷の矢が飛んできた方を見ると、大きな杖を持ったタバサが立っていた。

「タバサ…ちゃん?」

 タバサは、無表情で、そして無言で杖の先をトゥに向けて来た。

 っと、その時、夜空に大きな影が現れた。

 トゥが上を見上げると、そこには、巨大な鳥のようなものがいた。鳥だとはっきりしなかったのは、人型の部分があるからだった。

「なにこれ?」

「…ガーゴイル。」

 タバサが言った。

 トゥがタバサを見た時、タバサが杖を振るい、風の衝撃波を起こした。

 トゥは、咄嗟に腕を組んでガードしたが、吹き飛ばされた。

 そこに畳み掛けるように氷の矢が無数飛んできた。

 トゥは、地面を転がり氷の矢を回避しつつ、ゼロの剣を拾うと、更に飛んできた氷の矢を切った。

「なに? なんなの? どうしてなの、タバサちゃん!」

「命令だから。」

「誰の?」

 タバサは、答えず更に攻撃を仕掛けて来た。

 トゥは、タバサの魔法を回避し、タバサとの距離を詰めた。

 タバサが魔法で素早く回避するが、トゥの方が速かった。いや、タバサが跳ぶ方向を勘で読んだのだ。

 タバサの杖を掴み力づくで奪い取るとその杖を遠くに投げ、トゥは、タバサの首にゼロの剣の刃を当てた。

 タバサは、動けず、静寂が二人の間におとずれた。

「タバサちゃんのこと、殺したくない。」

 トゥは、そう悲しそうに言った。

 タバサは、変わらず無表情で黙っていた。

 トゥは、ハッとして空を見上げた。

 一体のガーゴイルが空を旋回していた。その背中には、ルイズがいた。

「ルイズ!」

 直後、タバサがナイフを取り出し、トゥの腹にナイフを突き立てた。

「あ……。」

 トゥの口から血が零れた。

 だがしかし。

 トゥは、すぐにナイフから身を引いて刃を抜いた。

 傷はすぐに塞がり、トゥは口元の血を拭った。

 さすがにタバサも驚いたのか、トゥを見る目が僅かに揺らいでいた。

「これじゃあ、死ねないの…。お願いタバサちゃん。もうやめて。あなたじゃ私を殺せない。」

 トゥは、そう言い聞かせるように言った。

 タバサは、ちらりと、離れた位置に投げられた自身の杖を見た。

「タバサちゃんが、杖に届く前に、私はあなたを斬り殺せるよ?」

 トゥは、ゼロの剣の先をタバサに突きつけた。

「タバサちゃんには、何度も助けてもらった。だから殺したくない。お願い。降参して。」

 そう言われたタバサは、僅かに目を見開き、目から涙を零してその場にへたり込んだ。

 

『あら? 戦意喪失? おまえの任務はまだ終わってないわよ?』

 

 女の声がどこからか聞こえて来た。

「誰!?」

『さっさと立ちなさい。そして任務を果たすのよ。』

 トゥが周りを見回してる隙に、タバサは、素早く立ち上がり杖に向かって走っていった。

「タバサちゃん!」

 杖を掴んで立ちあがったタバサが呪文を唱えた。

 そして、呪文が飛んだ。

 上空のガーゴイルに。

 ガーゴイルは、羽を切られ、地面に叩きとおされた。同時にルイズが投げ出された。

「タバサちゃん?」

「とどめ。」

「うん!」

 地面に落ち、なお飛び立とうとするガーゴイルを、トゥは、一刀両断した。

『おや? 北花壇騎士殿、飼い犬が主人に歯向かうというの?』

「あなた達に忠誠を誓ったことなんて一度もない。」

『あなたの裏切りは報告するわ。それに、獲物はきちんといただいていくわよ。』

 その時、上空から巨大な影が現れた。

 それは30メートルはあろうかという巨大なガーゴイルだった。

 ガーゴイルは、左手で倒れているルイズを掴み空に舞い上がった。

 その巨体故に羽ばたいただけでトゥとタバサは、吹き飛ばされた。

 起き上がったタバサが口笛を吹き、シルフィードを呼んだ。

 

 




ゼロの姿を書くってすごく難しかったです。

この話でのゼロとブリミルは、同時代に存在しています。
B分岐での聖地に封印されていたゼロと関係があります。

なぜ、ゼロの姿になっていたトゥからゼロの人格が現れたのか…。
かなり待たされているわけで…。
ゼロとブリミルの関係は後々書いていこうと思います。

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