勝負は案外早く終わります。
トゥが精神崩壊します。そして…。
ホムンクルスが放った衝撃波により、トゥは弾き飛ばされ、城の外壁が崩れた。
「やだよぉ! こんなの!」
トゥは、泣きながら体制を整え、ホムンクルスに斬りかかった。
トゥが斬るたびに、鮮血が飛び散り、地面を、トゥを汚した。
ホムンクルスは、地面を這い、トリスティン城の中庭内を這いまわった。
「こんなつもりじゃなかった!!」
『ウタヒメ。』
『ワレラにチカラ。』
『アルビオンバンザイ。』
『アルビオンバンザイ。』
『バンザイ、バンザイ、バンザイ、バンザイ。』
「ごめんなさい! ごめんなざい!!」
トゥが泣きながらホムンクルスを追いかけながら斬り続けた。
「なんなのよ、あれ…。」
「まさか……、人間…じゃないわよね?」
トゥが戦っている相手が人間の言葉を発していることに驚愕しつつ、その言葉の内容に、ルイズは凍り付いた。
アルビオン万歳。
それは、ウェールズ率いる王党派の兵達が口々に言っていた言葉だ。
「まさか、そんなこと…、ちが…そんなことない…。」
「ルイズ?」
嫌な予感を感じたルイズがその予感を振り払うように呟きながら首を振った。
「! 消えた!」
するとホムンクルスが姿を消した。
というか、透明になった。
トゥは、ホムンクルスを見失い、キョロキョロと周りを見回した。
すると、白い衝撃波が飛んできて、トゥは、剣でそれを防いだ。
『アルビオン、バンザイ。』
『バンザイ。』
『ウェールズ様、バンザイ。』
『アルビオン、バンザイ、バンザイバンザイ。』
「私の所為だ…。あの人達を…こんな姿に……。」
トゥは、顔から出る液体全部を出して泣きながら戦い続けた。
「私が…ウタの力なんてもってなければ…。こんな、こんな…。」
「トゥ、後ろよ!」
トゥの後ろから迫ったホムンクルスに向けて、ルイズがエクスプロージョンを使った。
爆発が起こり、焼かれたホムンクルスが悲鳴を上げた。
その悲鳴にルイズは恐怖し硬直した。
悲鳴があまりにも人間のそれだったからだ。
「なによコイツ…、本当に人間なの? 嘘でしょ?」
キュルケが嫌悪感を顔に出しながら言った。
『トゥ…くん…。』
「!! あ、…ああ…!」
ホムンクルスの顔のない顔が変形しだした。
その顔は……。
「皇子様…!」
ウェールズだった。
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!!」
『こ…ろして…く、レ…。』
「う、うう、あああああああああああああああああああああ!!」
トゥが悲鳴を上げた。
「うそ……ウェールズ皇子…なの?」
「違う。化け物。」
キュルケが怯えた声で言い、タバサがそう否定した。
「トゥ! 戦うのよ! もうそれは皇子じゃない!」
泣き叫んでいるトゥに、ルイズが叫んだ。
「うふ…、うふふふ、あははははは!」
トゥがついに感情が決壊したのか、狂った笑い声を上げだした。
「トゥ! しっかりして!」
「あは、アハハハハハハ、アハハハハハハハ!」
トゥの剣がやがて、ホムンクルスの首を切断した。
『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
複数の声が断末魔の声を上げ、ホムンクルスは鮮血を流して倒れた。
「アハハハ…、アハ…、ヒヒヒ……。」
「トゥ…。」
シルフィードから降りたルイズが両ひざをついてホムンクルスを見つめて笑っているトゥに近づいた。
トゥが、バッとルイズを見ため、ルイズは、ビクリッとした。
「ルイズ~~~~、たすけてぇえぇぇえええ…。」
ゾンビのようにゆらりと立ち上がったトゥが剣を落として、ルイズに近づいた。
ルイズは、僅かに怯えながら少し後退った。
やがてトゥがルイズにもたれるように抱き付いた。
「トゥ…。」
ルイズは、トゥの体を抱きしめ返した。
ホムンクルの顔に浮かんでいたウェールズの顔は溶けて消えていた。
やがて騒ぎが終息したことで、城内にいたトリスティン兵達が駆けつけて来た。
ホムンクルスによる襲撃で、多数の兵達が倒れ、外にいなかったのである。
ルイズ達は、事情聴取のため、アンリエッタ達と謁見したが、ホムンクルスを倒した肝心のトゥが正気を失っていてまるで話にならない。
ホムンクルスについて、何か知っているらしいトゥであるが、会話が成立しなければ意味がない。
ただ…、ホムンクルスがしきりに、アルビオン万歳と言っていたことだけは確かだった。
「まさか、あの怪物が、アルビオンの?」
「そう…、思いたくないですが…、恐らくは…。」
「なぜ…。」
謎は深まるばかりだ。
謎を解く鍵は、トゥが握っている。だがトゥは、正気じゃない。
謁見の間に連れてこられても、ずっとクスクスとどこを見ているのか分からない顔で笑っているのだ。
そして時折、ごめんなさいっと泣くのである。
事情聴取が終わり、学院に戻る時も、トゥは、ルイズにされるがままであった。
***
ホムンクルス襲撃事件から、数日。
「トゥ、ご飯よ。」
「……殺して…。」
部屋の隅で背中を向けて座り込んでいるトゥにルイズが食事の入ったバスケットを持って来たが、トゥは、それだけ呟いた。
「トゥ……、あなたのせいじゃないわ。」
「……殺して…。」
「あの怪物の死体を今アカデミーで調べてるわ。調べればきっと分かる。」
「殺して……。」
「ねえトゥ…、もしかしてだけど……、あなたの力の所為なの?」
「…ころ…して…。」
「だから、あなたは殺してほしいって言うのね? あんなことが起こるから…。アルビオンであったあれがあるから、自分で死ねないのね?」
「ころ……し…て…。」
「でもね…トゥ…。私…、あなたを殺せない……。殺すなんてできない…。」
ルイズは、涙を浮かべ、首を振った。
ルイズは、バスケットを落とした。
ゆっくりとトゥに近づき、その背中に抱き付いた。
「ごめんね…。トゥ…。」
「…私を……、殺して……。」
トゥは、振り払いもせず、ただ機械的に同じことを繰り返し呟いた。
ルイズが部屋から出ると、キュルケがいた。
「トゥちゃんは?」
キュルケが聞くと、ルイズは、首を横に振った。
「ねえルイズ…。あの子、ずっとあなたに殺してくれって頼んでるわね…。どうしてなの?」
「それは…。」
口約束だが、ルイズは、トゥと約束したのだ。
もしもの時は、ゼロの剣で殺してくれと。
「それにしても、あの時の怪物…どうして、アルビオンバンザイなんて言ってたのかしら…。」
「それは…。」
「それにウェールズ皇子の顔が出てきたのも……、ねえ、ルイズ、あなた達、アルビオンで何をしたの?」
「……私には、分からない…。」
「もしかしたら、貴族派の仕業って可能性もあるけど…、人間をあんな姿に変える方法なんて知らないわ。」
「私だって知らないわよ。」
「ええ…そう…、トゥちゃんにしか分からないわ。でも肝心のトゥちゃんがあんな状態だし…。あーもう、ダメね。こんなところで話し合ってても意味ないわ。じゃあね。トゥちゃんを元気づけるもの、明日持っていくから。」
キュルケはそう言って去っていった。
残されたルイズは、俯き、それから自分の部屋の扉を見つめた。
「あの、ミス・ヴァリエール…。」
「あなた…。」
そこへシエスタがやってきた。
手には、素朴だが綺麗な花束があった。
「トゥ…さんは?」
「トゥは、部屋にいるわ。」
「そうですか…。あの…これ…、トゥさんに…。」
「部屋に入って良いわよ。それでその花…、花瓶にでも飾ってくれる?」
「は、はい!」
ルイズは、トゥのいる自室にシエスタを招いた。
トゥの様子に、シエスタは、酷く心配して声をかけたが、トゥは、黙ったまま動かなかった。
シエスタは、花瓶に花を飾り、トゥにまた来ると告げて去っていった。
「トゥ…、みんな心配してるわ…。」
ルイズがトゥに話しかけた。
しかしトゥは何も答えない。
「トゥ……。」
もう何を言ってもダメなのかとルイズが思った、その時。
トゥが、すくっと立ち上がった。
「トゥ?」
「……。」
トゥが振り向いた。
その顔は……。
「トゥ…?」
そして…。
「あなた…、だれ?」
トゥは、記憶を失っていた。
トゥの左手のルーンが不気味に光っていた。
トゥが、再び精神崩壊し、ガンダールヴの補正で記憶を失いました。
トゥのウタが原因だということはトゥ以外には分かっていないので、ルイズ達にはそれほどダメージはありませんでした。
次回は、トゥの記憶喪失と、記憶の一部復活です。