あの日から、トゥとルイズは、ぎくしゃくしていた。
ルイズが口を開こうものなら、トゥは、びーびー泣き、謝罪を繰り返す。
ルイズに嫌われたと思い込んでいるトゥに、ルイズはほとほと困っていた。
周りは、ルイズがトゥを虐めていると勘違いし、ヒソヒソしている、これも困った。
「もう…、どうしたらいいのよぉ…。」
トゥが厨房に行っている間に、食堂の外に行ってしゃがみ込んだルイズが長い溜息を吐いた。
「あ、ここにいましたか。ミス・ヴァリエール。」
「なんでしょうか。ミスタ・コルベール。」
「オールド・オスマンがお呼びです。学院長室へ。」
「はい。分かりました。」
「あっ、一人で来てくださいね。」
「?」
なぜか念を押された。
ルイズと入れ替わりに食堂に入ったコルベールは、トゥを探した。
やがてトゥが厨房から戻ってきたのを見つけると。
「やあ、使い魔の君。」
「なんですか?」
「ちょっといいかね?」
「?」
「こっちへ。」
そう言ってコルベールは、トゥを外へ案内した。
食堂に裏側に来た二人は。
「なんですか?」
「…単刀直入に言う。その花を千切ってはくれないかい?」
「えっ…。」
「その花は危険だ。君が一番分かっているのだろう?」
「それ…は…。でも…。」
「いいから千切りなさい。そして私が跡形もなく焼いてあげる。」
「…だ…ダメ…。それじゃあ、ダメ…。」
トゥは、フルフルと首を振り、後退った。
「みんなのためだ、怖がっていてはいけない! それは分かっているはずだ!」
「ダメなの…、そんなことしたら、ゼロ姉さんみたいに……。」
「なら、私が千切ろう。」
「い…、いやああああああああああああああああ!」
そう言って近づこうとしたコルベールに、トゥは、耐え切れず、右目を守るように両手を置いてしゃがみ込んで悲鳴を上げた。
大きな悲鳴を聞いて、生徒や厨房のコックやメイド達が駆けつけ、コルベールは、焦った。
「コルベール先生、なにを!」
「トゥさん!」
泣き声を上げるトゥを心配してシエスタが駆け寄った。
「ち、違うんだ…これは…。」
コルベールが両手を上げて言い訳をしている隙に、トゥは、走って逃げていた。
***
アンリエッタの婚姻時の詔を言う巫女の役目を仰せつかり、始祖の祈祷書という国宝を渡されたルイズが食堂の方に戻ると、何か騒がしかった。
「おいおい、聞いたか?」
「ああ、ミスタ・コルベールがゼロのルイズの使い魔に手ぇ出そうとしたらしいって…。」
「ちょっと、どういうこと!」
「うわ、ゼロのルイズだ。」
「おまえんとこの使い魔が大変だぜ?」
「トゥが!? どこ、どこにいるの?」
「さあ?」
同級生に聞いても分からなかった。
ルイズは、トゥを探して食堂に入ったが、トゥはいなかった。
「トゥさんなら、さっき走ってどこかへ行かれました。」
「そう、ありがとう。でもどこに…。」
「たぶん、寮の方かと…。」
「分かったわ!」
シエスタからの情報で、ルイズは、寮の自室へ走った。
自室に来たルイズは、ドア越しからでも聞こえるトゥの泣き声を聞いた。
「トゥ!」
「ひぃ!」
ルイズの声に、部屋の隅で体操座りしていたトゥが短く悲鳴を上げた。
「トゥ…、コルベール先生に何をされたの?」
「……。」
「黙ってたら分からないわ。」
「……花…。」
「はな?」
「花を……千切って言われた…、千切らないなら、自分が千切るって…。」
「それで?」
「千切ったら…、ゼロ姉さんみたいに…。」
トゥは、ボロボロと泣きだした。
「ゼロねえさん? あなたにお姉さんがいるの?」
「千切っちゃいけないの…! 千切ったら……。」
「どうなるの?」
「うぅ…、う……、あ…。」
「トゥ!」
ふらりと横に倒れるトゥを、ルイズが支えた。
これは、まさかっと思っていると、案の定…。
「あれぇ? 私なにしてたの?」
「あんた、また…。」
「どうしたの、ルイズ?」
「ねえ、トゥ…。私達は、しばらく、離れた方がいいかもしれないわ。」
「どうして!」
「あなたにとって私は、害悪にしかなってない。」
「そんなこと…。」
「今はちょっと忘れてるだけですぐ思い出すわ。」
「どうして? やっぱり私のこと嫌いになの?」
「そうじゃない…って嘘になるけど…、でもね、トゥ…、このままじゃダメ。」
「……。」
トゥは、無表情でポロポロと涙を零した。
ルイズは、そんなトゥを見ていられず、目を背けた。
「分かった…。」
トゥは、そう言うと立ち上がり、部屋から出て行った。
残されたルイズは、その場にへたり込み。
「ごめんなさい…。」
自分以外いない部屋の中で謝罪した。
***
その日から、ルイズがトゥと行動を共にすることは無くなり、ヴェストリの広場の隅っこに、テントができた。
「なんだいこれは?」
ギーシュがテントに近づくと、中から、クスンクスンと泣く、女の声が聞こえた。
ギョッとして中を見ると、トゥが体操座りで体を丸めて泣いていた。
彼女の傍には、サラマンダーがいた。キュルケのフレイムだった。
「ど、どうしたのかね?」
「ルイズに嫌われた…。」
「ああ、それは大変だ…。それでこんなところに?」
「私、どこにも行くところがない。」
「そうか…。君には故郷がないのかい? そういえば何も覚えていないと言っていたね…。」
「うん…。」
「なんとかしてやりたいが…、生憎と僕も余裕がないんだ。すまないね。」
「だいじょうぶ…。私は、だいじょうぶ…。」
「いや、大丈夫そうには見えないんだが…。」
ギーシュは、本気で心配だった。
オロオロしていると、シエスタが食事を乗せたお盆を持ってきた。
「トゥさん、お食事ですよ。」
「…ありがとう。」
「マルトーさんが腕によりをかけて作った料理ですよ。元気出してください。」
「ありがとう…。」
トゥは、シエスタから食事を受け取った。
「しかし…このままここで暮らすわけにはいかないだろう?」
「でも、どこに行けばいいかわからないの…。」
「うーむ…。」
「じゃあ、ゲルマニアに来ない?」
そこへキュルケが現れた。
「フレイムを通して見て聞いてみれば…、まあ可哀想に…。ルイズってば酷いわね。」
「違うもん。ルイズはね…、しばらく離れた方がいいって言ったんだもん。自分は私にとって害悪にしかならないって言ってたから。」
「それでも酷いわよ。ねえ、どう? ゲルマニアなら、お金さえあれば、貴族にだってなれるのよ? どう?」
「でも…。」
「このままルイズの下にいても、あなたが幸せになれるとは思えないわ。コルベール先生にも何かされかけたんでしょ? そもそも学院いてもいい気分はしないでしょ?」
「……それは…。」
花が咲いてからずっとヒソヒソされ、ルイズの肩身も狭い様子であった。
自分さえいなければ…、そんな考えが過った。
「私は、お金持っていないよ?」
「だったら稼ぎなさい。これ見て。」
そう言ってキュルケは、古い紙の束を出した。
それは地図だった。
「なにこれ?」
「宝の地図よ! そんでそのお宝を売ってお金を作る、そうすればあなた、なんでも好きにできるわよ!」
「…ねえ、どうしてそんなふうに私にしてくれるの?」
「うーん…、別にこれといった理由はないんだけど、なんかほっとけないのよね。」
そう言ってキュルケは、トゥの頭を撫でた。
「やめたまえ。この手の宝の地図はまがい物に決まっている。そうやって適当な地図を売りつける商人がいて、それで破産した貴族だっているんだ。」
「あら、でもこの中には当たりがあるかもしれないわよ?」
「どうせまがい物に決まっている。」
キュルケとギーシュが言い合っている間に、トゥは、宝の地図を見た。
そして。
「私決めた。」
「えっ?」
「私、宝物探しに行く!」
「そうこなくっちゃ!」
「ダメだよ。そんあ軽率な…。」
「でもこのままじゃダメ。このままじゃルイズに迷惑かけちゃう。だから私、がんばる!」
そう決意するトゥ。
ギーシュは、やれやれと腕をすくめた。
キュルケは、よく言ったと、トゥを抱きしめた。
***
そうと決まればと、早速出発したトゥ達。
しかし一筋縄ではいかなかった。
まず、モンスターがいる。
これは、トゥが剣を振るって倒し、宝の地図にそって宝を探した。
それが数日続いた。
「これがお宝かい?」
ギーシュが言った。
「この真鍮でできた安物のネックレスや耳飾りが、『ブリーシンガメル』なのかい?」
しかしキュルケは答えない。つまらなそうに爪を弄っている。
同じく動向をさせられたタバサは、本を読んでおり、トゥは、またモンスターが来るかもしれないので外で待っていた。
「なあ、これで七件目だぞ! 地図あてに危険を犯して行ってみれば、見つかるのは金貨どころか、せいぜい銅貨か、安物ばかりだ! 地図の注釈に書かれた宝なんて微塵もないじゃないか! インチキな地図ばかりじゃないか!」
「うるさいわね。本物が、中には、あるかもしれないってことよ。」
「しかしいくらなんでも酷過ぎる! 廃墟や洞窟は化け物や猛獣の住処になっているし、苦労してそいつらをやっつけても、得られる報酬がこれじゃあ、割に合わない!」
「そのほとんどは、トゥちゃんが一人で倒したけどね。」
「う…。」
女性陣だけで行かせるのは自分の主義に反するとして、力を貸すということでついてきたギーシュだったが、実際にはほとんど活躍してなかった。トゥがほとんど一人でモンスターや猛獣を倒してしまうからだ。
険悪なムードになる一同の中に、明るい声が響いた。
「皆さーん。お食事の支度ができました。」
シエスタがそう言った。
シエスタは、コトコト煮えた鍋から器に中身を盛り、全員に配っていった。
「うん、美味い! これはなんの肉だい?」
「オーク鬼の肉です。」
「ブッ!」
ギーシュが吹いた。
「う、嘘です! ウサギです!」
シエスタの存在が、険悪なムードを和らげる。
トゥは、クスクスを笑う。
その様子を見て、キュルケもギーシュもちょっと良かったと思った。宝探しに来るまで本当に暗い雰囲気だったからだ。
「シエスタって、料理上手なんだね?」
「そ、それほどでもありません。」
「私がオーク鬼の肉を料理するなら…。」
「だ、だから、違いますってば! これはウサギの肉です!」
「んーん。オーク鬼のお肉だって料理次第では…。」
「やめて。絶対やめてね。」
「でも食べられるものがなかったら仕方ないよ?」
「それだけ追い詰められたら致し方ないけど…、普段はしないで。」
「なんだか君の言い方だと、君、モンスターを料理に使ってたのかい?」
「うん。なんとなく思い出した。」
「…そ…、そうかい。」
「チビちゃん達が美味しい美味しいって言ってくれるんだよ。」
「うわ…。」
「チビちゃん達って…、あなた子供いたの?」
「違うよ。孤児院をね……私と、セント……が………。」
「トゥちゃん?」
言いかけて急に固まったトゥに全員が驚いた。
トゥは、しばらく動かず、キュルケが慌てて目の前に手をちらつかせたり、体を揺すった。
「トゥちゃん!」
「…あれ? 私……。」
「よかった…。急に固まらないでよ…。びっくりしたじゃない。」
「これ、美味しいね。シエスタは、料理上手だね。」
「トゥさん…?」
先ほどの話がまた出て来た。
「トゥちゃん…? あなた…。」
「なぁに?」
「さっき、孤児院がどうのって話してたわよね? 続きは?」
「こじいん? なにそれ?」
トゥは、普通に言った。
場がシーンっとなった。
「? どうしたの?」
「トゥ…ちゃん…あなた…、いいえ、なんでもないわ。」
キュルケがそう言って話題を変えようとした。
「おかわり。」
「あ、はい…。」
トゥが、シエスタに空になった皿を渡して、ハッと我に返ったシエスタが料理を盛った。
嬉しそうに美味しそうにご飯を食べ続けるトゥを、全員が何とも言えない表情で見ていた。
食事が終わった後、キュルケが地図を広げた。
「もう諦めて学院に帰ろう。」
「あと一件! あと一件だけよ。」
そう言ってキュルケが目の色を変えて、一枚の地図を叩きつけた。
「竜の羽衣! これよ。」
「えっ、竜の羽衣ですか?」
「そうよ。」
「それ…、私の村にあります。」
「えっ?」
「ラ・ローシェルの向こう側にある、私の村、タルブに、竜の羽衣と呼ばれる物が納められています。」
思わぬ形で、次の行き先が決まった。
ごめんなさい。コルベール先生にこんな役やらせて…。でも彼以外に思いつかなかったんです。
たぶん花の危険性にいち早く気づきそうという考えがあったので。
なぜかキュルケがトゥの世話を焼きますが…深い理由はないかな。