二番目の使い魔   作:蜜柑ブタ

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エスマーイルと鉄血団結党のエルフ達との戦い。

ワルド再登場。

そして、トゥが……。


あと、今回ちょっと長め。


第百八話  トゥ、再会する

 

 街を照らす双月。

 すっかりと夜になったが、その月も雲に隠れる。

 フード付きの旅装束に身を包んだトゥ達が、夜の街に紛れて入り組んだ路地を走り抜けていく。

 トゥのマントの下には、デルフリンガーと、聖地から持ってきた拳銃と手榴弾…。かなり物騒な装備となっていた。

「連中め…、ずいぶん入り込んでるみたいだな。」

 路地の物陰から通りを除いたアリィーが言った。

 薄暗いとおりのあちこちには、軍服を身のまとった鉄血団結党のエルフ達が目を光らせている。ここで見つかれば、大祭殿に着く前に捕まってしまう。

「あまり時間がないぞ。一か八か、強行突破するか?」

「もう少し待とう。フーケさんが動くはずだから。」

 そして、しばらく物陰で待っていると…。

 遠くで大きな爆発音が轟いた。

 港の倉庫街へ向かったフーケが、騒ぎを起こしたのだろう。

 通りを歩くこの街のエルフ達や人間達が、なんだなんだと騒ぎ始める。

 トゥ達を探索していた鉄血団結党のエルフ達も一斉に爆発のあった倉庫街の方へと向かって走り出した。

「いまだ、走って!」

 トゥ達は、騒ぎに乗じて闇に紛れて通りを駆け抜けた。

 

 

 大祭殿の周囲は、頑丈そうな石壁で囲われている。

 正門の前には、鉄血団結党のエルフとおぼしきエルフが二人、見張りについていた。

 門の周囲には、他の人影はない。

 ルクシャナの説明によれば、大祭殿はエルフにとって神聖な場所なので近づく者はあまりいないということだった。

 そのルクシャナが、参ったわね~っと声を漏らした。

「どうしたの?」

「この辺りの精霊が掌握されているわ。もう儀式が始まってるようね。」

「急がないと…。」

 ティファニアが焦ったように言った。

「番兵は、どうする?」

「私が行く。」

「あ、おい…。」

 トゥがアリィーが止める間もなく、走った。

「な、なんだお前は? うっ!」

「ぐっ!」

 トゥの素早さを目で追えなかった二人のエルフの番兵は、あっという間にみぞおちを殴られて倒れた。

「お見事。」

「でも、この先…、気絶させるだけですませられるか分からない。もしそうなったら、私は、ティファちゃんの命を優先するよ。」

「それは止めないわ。でも、なるべく命は奪わないで。」

「分かってるよ。」

「それじゃあ、乗り込むわよ。」

 ルクシャナが魔法を唱え、正門の鍵をあっという間に溶かした。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 トゥは、入り口から入るなり、スタングレネードの栓を抜き、投げ込んだ。

 炸裂する閃光と爆音で見当識を失い、エルフ達は大混乱に陥った。

 剣を手にしたトゥとアリィーがそこへ突入する。

 スタングレネードを食らうと、数十秒はまともに動けない。混乱が続いている内に、二人はあっという間に六人のエルフをたたき伏せた。

「便利なマジックアイテムね。私も今度作ってみようかしら。」

「これは、マジックアイテムじゃないよ。」

 あとから来たルクシャナとティファニア。

 ルクシャナが魔法を唱え、手のひらから光球を浮かび上がらせ、大きな通路を照らし出した。

「火石が集められているのは、この奥にある本殿で間違いないと思うわ。」

「行こう。」

 そのまままっすぐに突っ切る。

 やがて広間のような場所に出た。

 その時だった。

 トゥが、暗闇から飛んできた数本の火矢を叩き切った。

「ティファちゃん、後ろに!」

 

「ふん、仕留め損ねたか。」

 

 通路の奥から、軍服をまとったエルフ達が現れた。

 その先頭に立つのは、エルフにしては、体格の良い、いかにも古強者といった風貌のエルフだった。

「サルカン提督だ。」

 アリィーが言った。

「誰?」

「水軍きっての猛将だ。蛮人の船を沈めてる。」

「そう…。」

「悪魔と、虚無の担い手…、わざわざ死地に飛び込んでくるとはな!」

 サルカンは、大振りの曲刀を抜き、トゥの方へ突っ込んできた。

 トゥは、それをデルフリンガーで受け止めた。

「やりおるな! 悪魔!」

 サルカンが先住魔法を唱え出す。

 トゥは、持ち前の怪力でサルカンを弾き飛ばした。

「ぐっ!」

 サルカンは、トゥの見た目に反した怪力に目をわずかに見開き体制を整えた。

 そこへ、他のエルフ達が、火矢をトゥに飛ばしてきた。

 トゥは、デルフリンガーを振って、火矢をデルフリンガーで吸収した。

『相棒、気をつけろ。こいつ、相当強いぜ。』

「うん。分かってる。」

「お前達、悪魔は私が相手をする。他の連中を捕まえろ!」

 サルカンが他のエルフ達に命令した。

「アリィー。コレ!」

「なんだ、これは? 果物?」

「これはね、こうやって使うの。」

 トゥは、口で栓を抜いて見せ、壁に向かって投げた。

 次の瞬間、爆発し、壁に穴が空いた。

「分かった?」

「あ、ああ…。」

「私がここで引き付けるから、火石をなんとかして。」

「でも、トゥさん!」

「お願い。行って!」

「私は大丈夫。まだ死なない。死ぬわけにはいかない。」

 トゥは、笑った。

 その消えそうな笑顔にティファニアは、トゥのもとへ駆け寄ろうとしたが、すぐに立ち止まった。

 トゥの覚悟を思い、ティファニアは、アリィー達の後に続いて壁の穴の向こうの通路の方へ走った。

「そうはさせん!」

「させない。」

 先住魔法を唱えようとしたサルカンの懐に、トゥが飛び込み、その早さに目を見開いたサルカンが詠唱を止めて曲剣で応戦した。

 トゥがデルフリンガーを振り回す。ガンガンガキンガキンと、サルカンは必死で曲剣を振るってトゥの剣捌きに対応するが、ピシピシと軍服が裂ける。

 トゥが微笑む。その笑みからサルカンは、自分が完全に遊ばれていると判断し、頭に血が上りだした。

 他のエルフ達は、二人の剣戟に圧倒され、まったく手が出せず固まっている様子だった。

 サルカンは、短く先住魔法を詠唱し曲剣に炎をまとわせた。

 しかし、トゥは、ふーんっと声を漏らしただけで、続けて攻撃を続けた。

「それ便利そう。」

「なんだと?」

「刃を焼いたら料理に使えそうだもん。」

「! き、貴様…。」

 さすがにカッとなったサルカンの剣戟が激しくなるが、トゥは息一つ乱さず受ける。

『相棒! 増援が来るぜ!』

「分かった。」

「くっ!」

 隙を突いて、みぞおちを狙ってくるトゥに、サルカンは、慌てて距離を取るが、すぐに距離を詰められる。そしてまた距離を取ればまた距離を…っと繰り返した。

 やがて、ドンッと壁にサルカンが追い詰められ、トゥの拳が振りかぶられた。

 サルカンは、間一髪でそれを横に顔をそらして避けると、トゥの拳が壁を粉々にした。

 サルカンの顔からサーッと血の気が失せる。当たってたら、顔の骨が砕けていただろう。いや、頭が潰れてたか?

「ん…。」

 わずかにトゥの手が穴につっかえた。

 サルカンは、それを見逃さず、曲剣をトゥに向かって振った。

 だが次の瞬間、サルカンの体が吹き飛んだ。

「?」

 トゥは、それを見てキョトンとした。

 サルカンは、何か見えない力で吹き飛ばされたのだ。トゥがやったのではない。

 

「隙を見せるとは…、君らしくないな。トゥ・シュヴァリエ・ド・オルニエール。」

 

「……あなたは…。」

 暗がりか現れたのは……、忘れもしない人物だった。

「ワルド…?」

 そう、かつてアンリエッタの配下であり、その裏でレコンキスタに組みし、ルイズを裏切り、ウェールズを殺し、トゥに左手を切り落とされた後行方不明になっていたジャン・ジャック・ワルドだ。

「マチルダから聞いていないのか? 私達はロマリアに雇われたんだ。エルフに攫われた君達を探して保護するか……、それが無理なら、命を奪えと。」

「えっ…。」

 トゥは、目を見開いた。

 ヴィットーリオは、まさかレコンキスタに組みした人物さえも雇うとは思わなかった。

 だが思う。彼らならやりかねないと。聖地を取り戻すためならどんなことでもするのだと。

「僕の手は必要なかったかな?」

「ううん。ちょうどいい。」

 トゥは、通路の向こうからやってくる増援に目を配った。

「お願いしていい?」

「無論だ。ところで、マチルダは?」

「外で囮になってくれてる。」

「そうか…。」

 僅かに焦燥を含んだ声でワルドが言った。

「悪魔共を取り囲め!」

 復活したサルカンが部下達に命じた。

 忽ちエルフ達がトゥとワルドを取り囲む。

 二人は、どちらが言ったわけでもなく、背中を合せた。

「あの人…サルカンを大人しくさせる。その後は…、お願い。」

「分かった。」

「させると思ってか!!」

 エルフ達が四方八方から火矢を飛ばしてきた。

 それをデルフリンガーで吸収し、ワルドは、ブレイドを使って防いだ。

「お願い。寝てて。」

「ぐぬぬ!」

 あっという間に何人かのエルフを気絶させたトゥが、サルカンに迫り、サルカンは、曲剣を構えてその攻撃を受け止めた。

 残るエルフは、ワルドが相手をする。

 ワルドの風の魔法に翻弄され、エルフ達はサルカンの加勢に行けなかった。

「ごめんなさい。この街は、希望なの。」

「なに…?」

「この世界の、みんなの希望。だから、消させない。」

「グホッ!?」

 サルカンの体が大きく曲がり、トゥの体にもたれた。

 そして、ズルズルと床に倒れ、サルカンは意識を失った。

 サルカンが倒れたことで、他のエルフ達は動揺して固まった。

「行け。あとは、私が引き受ける。」

「お願いします。」

「死ぬなよ。まだ、左手の礼をしていないからな。」

「私も、あなたを許してないから。」

 二人は、どこか闇を感じさせる笑みを浮かべて笑い合って、トゥは、通路の先へ走った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 通路を走り続けていると、声が聞こえてきた。

 言い争い? そして喧騒。…血の匂い。

「ティファちゃん!」

 トゥは、閉じられていた入り口を渾身の力で蹴破った。蹴破られてドアごと吹き飛び、内側から入り口を閉じていたエルフ達も一緒に吹っ飛んだ。

「あ…、悪魔…!!」

 エスマーイルが、トゥを見て顔を一瞬こわばらせた。

「ティファちゃん? ティファちゃん!」

「だいじょうぶ…。私は…。」

「遅いぞ…。」

 ティファニアに抱きしめられる形で庇われていたファーティマが血を流しながら文句を言った。

 我に返ったエスマーイルが、連続して銃を撃ってくる。

 トゥは、ギッとエスマーイルを睨み、その銃撃をすべてデルフリンガーで弾いた。

「うぅ…。」

 トゥの睨みと、トゥの目の咲いている花に恐怖したエスマーイルは、それでも必死に冷静さを保ち、呪文を唱えた。

 建物の石柱がグニャリと曲がり、巨大な腕となってトゥに掴みかかってきた。

 トゥは、それを難なく避けると、バターを裂くように、石柱の腕をデルフリンガーで切り落とした。

「よくも…、ティファちゃんを…。」

「くっ…! おのれ、悪魔め!」

「あなたは、ただじゃ殺さない。」

「殺さないで、トゥさん!」

「っ…。」

 エスマーイルに近寄ったトゥがデルフリンガーを振り下ろそうとしたとき、ティファニアの叫び声が聞こえ、躊躇した。

 次の瞬間、グニャッとトゥとエスマーイルの間の空間が歪んだ。

「!」

『相棒! カウンターだ!』

「死ね、悪魔!!」

 一瞬止まったトゥの体が、エスマーイルの先住魔法で吹き飛ばされた。

 一回転し体勢を整えたトゥは、エスマーイルを見た。

 そして、息を思いっきり吸い込み。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 ウタった。

 ブワリッと祭壇内の空気が震え、トゥの体に青い光が発生した。

 その絶叫のようなウタ声に、エスマーイルは、顔を歪めた。

「これが…、悪魔の力か!」

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 デルフリンガーに天使文字を絡ませ、トゥが突撃した。

 元々素早いのに、さらにウタで強化された身体能力にビダーシャルと並ぶ行使手であるエスマーイルがついていけるはずがなく、あっという間に距離を詰められ、カウンターの上からデルフリンガーが振り下ろされた。

 ズブ、ズブと、ゆっくりと、トゥはわざとゆっくりとカウンターの壁を切り裂いていく。

「ひ、ひ、ひぃい!!」

 エスマーイルは、必死にカウンターを保とうとするが、ウタの力は圧倒的でカウンターの壁はどんどん切り裂かれていった。

「あああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

「トゥさん、やめて!!」

「殺す、殺す…、壊すこわ…、ころ……うぅううああああああああああああああああ!!!!」

『相棒ーーーーーーーーーー!!』

 ウタに…、花の力に引きずられ、徐々にトゥの正気が削られていった。

 

「何やってんのよ?」

 

 その声を聞いた途端、トゥは、はたっと止まった。

 そしてゆっくりと、首を回し、声が聞こえた方を見ると。

「聞いてんの?」

「…ルイズ…?」

 ピンクの長い髪の毛、鳶色の瞳、百合のマント、杖を凜々しく掲げたその姿を見て、トゥの体から光が消えた。

 それを見たエスマーイルは、素早く先住魔法を唱えて、もう一つの巨大な腕をトゥに振り下ろした。

 しかしその腕は、突然発生した爆発のよって砕かれた。

「馬鹿! よそ見してる場合じゃないのよ!」

「ルイズ…、る、イズ…、ルイズだ!!」

「そうよ。私よ、トゥ!」

「ルイズ、ルイズぅ!!」

 二人が再会を喜び合っている間に、エスマーイルは、尻餅をつきながらも距離を取り、なんとか立ち上がって構えた。

「まとめて、死ね! 悪魔共め!!」

「トゥ、やるわよ!」

「うん!」

 エスマーイルが唱えて発生させた巨大な腕達を、トゥが切り裂き、その後ろでルイズが詠唱を始めた。

 そして、ルイズの詠唱が完成する。

 ディスペル。

 それにより、トゥを襲っていた腕達はたちまち崩れていった。

「な、ば、馬鹿な…!」

 建物内の精霊からのつながりを奪われ、エスマーイルは驚愕した。

「おのれ…!」

「? 待って!」

「どうしたのよ?」

 トゥが叫んだので、ルイズが訝しんでいると、エスマーイルが懐から赤い石を取り出した。

 それは、どこかで見覚えがある石だった。

 すぐに思い出したルイズは、顔を青ざめさせた。

「ふ、ふははは! 悪魔の手にはかからんぞ!」

「やめて! 心中するつもり!?」

「くくく、ハハハハ!」

 エスマーイルは、こぶし大の火石を掲げ、狂った笑い声を上げる。

 ルクシャナ曰く、ただ火石を破壊するだけなら、簡単ななのだと。

「同志エスマーイル、何をなさるおつもりですか!」

「我々を巻き添えにする気ですか!?」

 トゥによって倒されていたエルフ達が起き上がり、エスマーイルの強行に気づいて声を上げだした。

「悪魔共を滅ぼすことができるのだ! 諸君も本望だろう! 私も諸君も、民族の英雄として、エルフの歴史に長く語り継がれるぞ!」

「違う。あなたはこのままだと、ただの同胞殺しとして語り継がれるだけだよ!」

「黙れ黙れ黙れ!! 悪魔の戯れ言だ!」

 エスマーイルの狂気に反応するように、祭壇に積まれていた火石が輝きだした。

「哀れな人…、そんなことをしてもこの世界の憎しみの連鎖を増やすだけなのに…。」

「違うな。蛮人がこの世界から消えれば、憎しみの連鎖もまた消える!」

 ティファニアの言葉をエスマーイルはそう切り捨てた。

 もはや、誰にもエスマーイルの強行を止められない。

「なら……。」

 スウッとトゥが息を吸った。

 そして、静かにウタい出す。

 すると、天使文字と魔方陣がトゥの足元に発生し、火石から赤い光がトゥの体に向かって吸い込まれ始めた。

「な、なんだと!?」

『相棒! やめろ! それ以上力を使っちまったら…。』

「トゥ、何をしているの!?」

 しかしトゥは、ウタうのをやめない。

 一分ぐらいだろうか…、精霊の力を吸い込み続けていたトゥが急にガクンッと膝をついた。そして魔方陣が消え、吸い込むのも止まった。

「うぅ…。」

「トゥ!!」

「どうして止めるの!?」

 ルクシャナが声を上げた。

『ちげーよ! 相棒はもう限界なんだよ! このままじゃ、花が……。』

「ふふ、フハハハハ! どうやら大いなる意思は我らを勝利に導いたようだ!!」

『馬鹿野郎!! 火石じゃ、悪魔は…ウタウタイは、花は駆逐できねーーーよ!!』

「……はっ?」

 エスマーイルは、それを聞いて、顔から狂気が消え、キョトンとした。

『さっき少しだけ精霊を吸っちまったし、爆発と同時に火石の力をまとった花が暴走して、エルフも人間も全部滅ぼすぞ!!』

「……嘘をつくな…。」

『いいや。嘘じゃねーよ。エルフに作られたこの俺が言うんだ。間違いないぜ? ええ? どうするんだ? 自称、エルフの英雄さんよぉ。もうすぐ悪魔が覚醒するぜ?』

「嘘だ…嘘だ、嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ!!!!」

 エスマーイルが火石を落とし、頭を抱えて激しく首を振った。

「トゥ…。」

 ルイズが膝をついているトゥの傍に駆け寄った。

 トゥは、両膝を突いたままうつむいていた。

 そんなトゥの体を、横からルイズが抱きしめた。

「トゥさん…。」

「嘘でしょ…。こんなことって…。」

 ルクシャナが愕然として膝をついた。

 アリィーがその横に駆け寄り、その体を抱きしめる。

 デルフリンガーの言葉を聞いていた他のエルフ達も、もはや絶望のあまりに諦めの色を浮かべていた。

 その時だった。

 ティファニアの耳に、美しい旋律が聞こえだした。

「? 何この音…?」

「? これは…、始祖のオルゴールが…。」

 ルイズがマントの中から始祖のオルゴールを取りだした。

 その瞬間、ティファニアの指にはまっていた風のルビーが輝き、ティファニアの頭に歌とルーンが浮かんできた。

「ティファニア! あなた、新たな虚無に目覚めたのね!」

 その間にも、一時的に精霊の力を吸われたとはいえ、まだまだとてつもない破壊力を秘めた火石が輝きだしている。

 もう今にも爆発しそうだ。

 ティファニアは、杖を構え、歌うようにそのルーンを…唱えた。

 

 忘却の虚無。

 ディスインテグレート(分解)。

 

 その虚無が完成したと同時に、エスマーイルの足元に転がっていた火石と、祭壇に積まれていた火石が次々に細かな光の粒子となって、消えていった…。

 ただ破壊するのではない。火石を構成する、要素そのものを、すべて物質の根源である原子の粒にまで分解する。そこには何も残らない、それがこの世界に存在したという事実さえ、跡形も無く消し去る。ある意味で究極の忘却の魔法だった。

 

 そして、静寂がおとずれた。

 

 誰もがみんな言葉を失っていた。

 目の前に迫っていた滅びは、去った。たった一人のハーフエルフの少女によって。

「……っ、トゥ? トゥ!」

 ハッとしたルイズが、トゥを揺さぶった。

 トゥは、しばらく反応しなかったが、やがて、ルイズの方へと倒れた。

「トゥ!!」

「トゥさん!」

 床に寝かせると、トゥの左胸にあるルーンが激しく輝いていた。

『おお…、こいつは…! やったぜ!』

「なにがよ!?」

『今の虚無で消費した膨大な魔力の分のおかげで、花の暴走が先送りされたぜ!』

「ほ、ほんとう?」

『本当と書いて、マジだぜ!』

「でも意識がないじゃない!」

『あー、そりゃ相棒が今、戦ってるからだ。…自分の中の花とな。』

「トゥ…。」

 ルイズは、トゥを見た。

 トゥは、静かに眠っているように見えた。




精霊の力を吸うというのは、捏造です。実際できるかどうかは不明です。
花の力を使って世界の法則を変える(※原作において契約という概念が発生)ことが可能なので、もしかしたら…できるんじゃないかと。

物語もいよいよ終わりに近づいています。心臓バクバクしながら書いてます。

このネタ中で、デルフが火石(精霊)の力をまとった花と言っているのは、後の伏線です(になればいいな)。

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