ティファニアとの契約で、ルイズからの嫉妬問題で悩むトゥ。
数百メートルほど泳ぎ、浜辺に上がったトゥ達は、入り組んだ海岸の岩場の洞窟の陰に隠れた。
洞窟の穴は、浸水した跡があり、満潮時は沈んでしまうということが分かった。なので、なるべく乾いた場所までティファニアを運び、ティファニアをソッと地面に降ろした。
「ティファちゃん、だいじょうぶ?」
「うん。トゥさん、ありがとう。」
「傷は、しみない?」
「…ちょっとだけ……。トゥさんこそ、もうだいじょうぶなの?」
「私? もう吸われてる感覚も無いし、だいじょうぶだよ。」
「ほんとうに?」
「うん。」
「でもデルフが、命を奪うって…。」
「私の場合、花の魔力を吸われただけだから、命はだいじょうぶみたいだよ。」
「そう…、よかった…。」
ティファニアは、安心したように微笑み、目をつむってそのまま眠った。
やがてアリィーが先住魔法を使って、洞窟の中に小さな火をおこした。
「迷惑かけたわね。アリィー。」
岩場に横たわったルクシャナが弱々しい声で言った。
「これで僕はエルフの裏切り者だ。二度とサハラの地を踏めないかもしれない。」
「ごめんね。でも、蛮人の世界も、そんなに悪くないかもしれないわ。」
「ああ…、くそ…。いつもいつも、なんだって僕は君を放っておけないんだ。」
アリィーは、ルクシャナにベタ惚れなので、そう行動していることに逆に気づいてないらしい。
遠見の魔法を使って水軍の船の様子を見ていたマッダーフが戻ってきた。
追ってきた水軍の船は、四隻で、今なおもぬけの殻になった海竜船の残骸に爆雷攻撃を続けているらしい。
どうやら徹底的にトゥ達を殺したいらしい。
「私達を沈めたって勘違いしてくれるといいけど。」
そう言うトゥに、アリィーは首を振った。
「エスマーイルは、そんな甘い奴じゃない。」
「エスマーイル?」
「『鉄血団結党(てっけつだんけっとう)』の党首だよ。水軍は、実質、奴の指揮下にある。」
アリィーが言うには、彼らは悪魔と虚無を殺すことに命をかけている連中なのだそうだ。つまり、死体を見つけるまで手を抜かないということだ。
なので、今隠れている場所にも長居はできない。
「海岸をしらみつぶしにされたら、おしまいだ。それに満潮になったら、ここも沈んでしまう。こんなところじゃ、満足な治療もできない。」
ティファニアとルクシャナの治療はまだ終わっていない。
応急処置はしたものの、重症であることには変わりないのだ。
「エウメネスへ行こう。」
「それってどこ?」
「ここから三十リーグ(三十キロ)ほどだ。」
「結構遠いね。」
灼熱の砂漠の中を三十キロも歩くうえに、重症患者二人を背負っていかなければならないのだ。かなり厳しい。
「この辺りの砂で、二人を運ぶ人形を作ろう。少し時間はかかるがな。」
「水軍に見つからないようにね。」
砂浜の方へ歩いて行くアリィーの背中に、ルクシャナが声をかけた。
トゥは、ティファニアの隣に腰掛けた。そしてデルフリンガーを抜いて、小声で話をした。
「ねえ、デルフ。」
『なんだ?』
「私って、今、ルイズとティファちゃんの二重契約状態なんだよね?」
『そうだ。』
「そんなことってあるの?」
『うーん。あるにはあるんだろうな。現実にそうなっちまってるんだし。』
「私がウタウタイだから?」
『いや、そりゃ関係ないと思うぜ? たぶん別の条件があるはずだ。』
「例えば…、ティファちゃんが強く私を求めたからとか?」
『…たぶんな。』
「? それだとゼロ姉さんは?」
『あいつは…、ちょっとばっかし事情が違うんだよな。』
「どういうこと?」
『……あー、と…。わりぃ、霞がかかっちまう…。』
「うーん…、ゼロ姉さんがブリミルさんにすぐに使い魔にされたんなら、強く求められてティファちゃんの使い魔になった私とはやっぱり違うんだね。」
『いや、あいつも求められたんだよ。ただなぁ…、突発的だったていうか…。あいつも魔法を使えるって言ったってただの人間だったからよぉ。』
「突発的って?」
『…まあ、あれだ……、一目惚れ…つーの…?』
「……あー。」
なんとなく察した。
使い魔召喚の儀式は、一方的なモノだ。召喚された側は、召喚した側に一方的に使い魔の関係を結ばされてしまう。
果たして…、ゼロが一方的にそんな関係にされてブリミルを許しただろうか?
「…よく殺されなかったね。」
『まあな…、けど何度か殺されかけてるぜ。』
「頑張ったんだね。ブリミルさん。」
『あんなとんでもねー女に惚れやがった、あいつもあいつだぜ。なにせ、お前の姉ちゃんが気絶してるのをたまたま見つけて、一目惚れしてだな…。それで、つい…、って感じで…。』
「わー。」
どうやらゼロの意識が無い時に、ブリミルがは勢いでキスしたらしい。それでリーヴスラシルのルーンが刻まれたのだから殺されても文句は言えないだろう。むしろ、よく殺さなかったと言いたい。何があったのだろうか?
『…相棒。それよか問題だぜ。』
「なぁに?」
『ピンクの娘っこに、ハーフの嬢ちゃんの使い魔になったことがバレる。娘っこの奴、嫉妬に狂って何するか分からないぜ?』
「あ…。」
トゥは、少し青ざめた。
嫉妬に狂ったルイズがティファニアを爆発する場面が鮮明に頭をよぎった。
使い魔は、主人と切り離せない。どんなに離れていても一度契約を結んでしまったら次に使い魔を得ることはできない。離れるときは、それこそ死ぬときだ。
「どうしよう、どうしよう…。」
『モテるって辛いね~。』
「人ごとだと思って言わないでよ! 今爆発されたらティファちゃん死んじゃう!」
『いや、娘っこもそこまで鬼じゃねーって。死にかけの奴にとどめを刺すなんて…。』
「じゃあ、元気になってからは?」
『……。』
「黙らないで。」
「準備ができたぞ。」
そこへアリィーが戻ってきた。
その後ろには大きな砂の人形がいた。
砂の人形は、ティファニアとルクシャナを抱え上げた。
「なあ、こいつはどうする?」
「その辺に転がしておけば、誰かがら助けるでしょう。」
今だ意識のないファーティマのことで、マッダーフとイドリスがそんな会話をした。
「いや、それはダメだ。こいつが発見されれば、僕達のことを鉄血団結党に報告するだろう。しばらくは同行してもらう。人質としての価値がまだあるかもしれないしな。」
アリィーの言葉によりファーティマは連れて行くことになった。
そして砂の人形が三本目の腕を出してファーティマを抱え上げた。
トゥ達は、自由都市エウメネスを目指して出発した。
***
太陽の照りつける灼熱の砂漠を何時間も歩き続けて、やがてトゥ達は、自由都市エウメネスにたどり着いた。
港湾には、船のマストがいくつも見える。
排他的なエルフの土地では、唯一ハルケギニアやロバ・アル・カリイエ(東の世界)との交易も盛んに行われている土地なのだそうだ。
さらにアリィーが言うには、この都市はかつてエルフの流刑地だったらしい。
例えば、一族を裏切る行為…、彼らが蛮人と蔑む人間達と交流を持ったりしたり、部族の掟に反した行動をしたなどの理由で追放された者達だ。
エルフ達の一族を追われた者達は、生きるために仕方なく彼らが蛮人と蔑む人間達と交易を持つしかなかった。それが今の自由都市となったのだから、皮肉と言えるかもしれない。
「まあ、流刑地だったのは、大昔の話であるんだが……、今でも砂漠の民のほとんどは、ここに近寄ろうともしない。もちろん純血主義の鉄血団結党の連中なんかは一人もいないだろうな。」
「へえ…。でも私達は入れるの? お尋ね者だよ?」
「ビダーシャル様から手形を預かっている。まずだいじょうぶだろう。」
アリィーはそう答えた。
それにとアリィーは言った。
評議会は、まだトゥとティファニアが脱走したことを公表していないはずだと。
悪魔と虚無の末裔が逃げたとあっては、評議会の沽券に関わるのだから。
そう話した後、アリィーは、手形を門の衛兵に見せ、何か話をした。
「許可が下りた。まずはルクシャナの知り合いの施療院に向かおう。」
「分かった。」
トゥは、ティファニアを背負い、アリィーがルクシャナを背負い、魔法で眠ったままのファーティマはマッダーフが抱えた。イドリスは、ブリミルの武器を詰め込んだ荷物袋を両手で持った。
「……すごいね…。」
トゥは、街並みを見て感嘆の声を漏らした。
人間達とエルフ達が、自然な形で溶け込んでいる。
多くは商人達だが、お互いを邪険にすることなく、自然とそこにいる。
大通りは活気にあふれており、トリスティンともエルフの都市アディールの人工都市とも違う、異国情緒あふれた街並みだった。
様々な屋台も並んでいて、宝石だったり、飲食だったり、色んな物を売っている。まるでお祭りのようだ。
これがかつてエルフ達の流刑地だったなどと言われても信じられない。
やがてアリィーが言っていたルクシャナの知り合いの施療院についた。
するとマッダーフがファーティマを入り口の横に寝かせ、イドリスが荷物を置いた。
二人は、ここでお別れなのだそうだ。
「どうして?」
「元々蛮人の国に行くのは、僕とルクシャナだけの予定だったしな。それに、旅は少人数の方が都合が良い。」
「なるほど。」
トゥは、納得した。
マッダーフは、自分達もまたお尋ね者だが、トゥ達や隊長のアリィーほどじゃないという。なのでほとぼりが冷めるまでどこかで潜伏し、ビダーシャルがなんとかしてくれるまで待つと言った。
「助けてくれて、本当にありがとう。」
「お前達のためじゃない。隊長のためだ。」
お礼を言うトゥに、マッダーフは、フンッと鼻を鳴らした。
「では、ここでしばらくお別れだ。鉄血団結党の追跡には気をつけろよ。」
「隊長こそ、気をつけて。」
「ルクシャナさんと喧嘩しないようにしてくださいね。」
「ああ……、うむ。」
そして、マッダーフとイドリスが軍人の敬礼をすると、その場から去って行った。
あっさりしているなぁっと思ったが、あまり湿っぽいのは苦手なんだろうなっと思うことにした。
「悪魔。二人を中に運ぶぞ。」
「うん。」
アリィーとトゥは、ティファニアとルクシャナを施療院に担ぎ込んだ。
さすがに死にかけの人にとどめは……。ないと思いたい。
次回は、ファーティマとのやりとり。