かといって、こんな状況で終わらせるのも…。
ルクシャナとティファニアの会話。
後半は、トゥとティファニアとの会話が主。
海母との会話の後、トゥは、膝を抱えて顔を伏せてしまった。
焚き火で暖を取りながら、イルカが取ってきた魚や貝を焼いて食べた。
トゥが動かないので、ティファニアが、貝殻から貝の身を取り出して食べさせてあげた。
熱々では食べられないので、ティファニアがフーフーと息を吹きかけて少し冷ました焼けた貝の身をトゥの口に押しつけると、トゥは口を開けたので食べさせることはできた。
「トゥさん…。」
「そんなちっぽけな花が世界をね…。」
ルクシャナは、ジ~っとトゥの右目の花を見ていた。
「海母の言うことだから本当のことなんだろうけど、信じられないわね。悪魔…、ウタウタイ…、花…。あー、頭ゴチャゴチャしてきた。私としたことがぁ!」
ルクシャナは、自分で言って頭をかきむしった。
「このままだとその花に世界を滅ぼされるなんて…。かと言って竜に食べさせて殺しても、まだシャイターンの門に、もう一人残ってるのよね。…じゃあ、シャイターンの門を開放して竜にその姉さんっての食べさせれば…。」
「…ダメだよ。」
「はっ?」
トゥが口を開いた。
「あそこは、ただで解放しちゃダメなんだ。あそこにあるのは、滅びだけ。」
「何よ。まるで知ったようなこと言って。」
「姉さんの花は、もう……。」
「あのルクシャナさん…、シャイターンの門って封印されてから、六千年以上も経ってるのよね?」
「ええ。そのはずよ。…ん? ってことは…。」
「海母が言ってたように、花が咲ききったら、竜族が束になってかかってもどうしようもないって…。」
「あ…。」
ルクシャナは、想像したのか青ざめた。
しかし、すぐに表情を改めて。
「じゃあ、トゥを竜に食べさせて最強の竜を誕生させるしかないわね。でも、その後の竜の制御が問題だわ。」
「ルクシャナさん!」
「あのね。私は、あくまでもっとも最善な手段を選んで言ってるの。叔父様達だってそうするわ。あんたの仲間の蛮人達だって、このことを知ったらどうするかしらね?」
「っ! ルイズ達はそんなことしない…。」
「どーかしらねー?」
「しない! 私は信じてるわ!」
「…そのせいで、世界が滅んじゃっても?」
「!」
「いい? よく考えなさい。トゥの命と、この世界の全ての命…、どっちが重いかをね。」
ルクシャナの言葉に、ティファニアは唇を噛み、俯いた。
「それに、話を総合すると、どっちみちトゥは、死ぬのよ。ただ、花の肥料になって世界を巻き込むかどうか、その違いでしかないようだけど。巻き添えで死ぬなんて冗談じゃないわ。」
ルクシャナは、ツンッとそっぷを向いた。
ティファニアは、反論できず膝の上で手を握りしめてプルプルと震えていることしかできなかった。
やがてルクシャナは、大きくため息を吐いた。
「でもまあ…、あなた達を盗んだ以上、叔父様のところに戻って報告ってわけにもいかないし、ほとぼりが冷めるまで待つしかないわね。」
ルクシャナは、そう言うと横になった。
「…けど、だからって逃げようだなんてしないでよ?」
そう念を押すと、ルクシャナは、すぐに寝息を立てだした。
顔を上げたティファニアは、トゥの方に向き直った。
トゥは、変わらず膝を抱えていた。
ティファニアの目に、あんなに強く輝いて見えたトゥが、今は弱々しく見えた。
その姿に失望したのではない。トゥがどれほど自身の存在意義について悩んでいたか、そして海母との会話でどれほどショックを受けたのかは計り知れないだろう。それに気づいてやれなかった自分にティファニアは自己嫌悪した。
「トゥさん…、トゥさん…、ごめんなさい、ごめんなさい…。」
きっと自分のために気を張っていただろうとも思い、ティファニアは、涙を浮かべた。
「ルイズ…。」
「っ…。」
ルイズの名をボソッと呟いたトゥに、ティファニアは、ハッとした。
自分は確かに好きだと告白したが、それでトゥの気持ちを自分に向けられたわけではないのだ。
そしてとうとうティファニアの目から涙がこぼれ落ちた。
トゥは、どっちみち死ぬ。竜に食われるか、世界を巻き込んで花の肥やしになるか。生きるという第三の選択肢は残っていないのだ。
きっとトゥが今一番会いたい相手は、ルイズなのだろう。だが、ルイズは、遠く離れた場所にいる。このまま…また会えるかどうかも定かじゃない。
グッと息を飲み込み、ティファニアは、トゥを横から抱きしめた。
「……今だけでいいから…、私を…見て。」
それは、懇願。ティファニアの精一杯のわがままだった。
トゥは、ティファニアに抱きしめられても無反応だった。
***
薄紅色の花。
この花は、いつか…世界を…。
「姉さん、姉さん。あなたは、何をしたの?」
暗闇に浮かぶ、ゼロの姿にトゥは、問いかけた。
しかし、ゼロは答えない。
「姉さん、あなたは、自分の花が咲ききるほどのことをしたの?」
ゼロの花がすぐに咲ききったとは思えなかった。何かをしたのだ。海母が言っていた、ウタウタイが六千年前に何かをした、それが鍵だろう。
「エルフに、悪魔って憎まれるほどのことをしたんだね?」
答えないゼロのトゥは問いかけ続ける。
「それで、エルフを半分も殺しちゃったんだね?」
ゼロは、答えない。
「なんのために?」
答えないゼロに、それでも問いかけ続ける。
『いつまで…。』
ゼロの口がそう動いた。だが、声は無い。
『いつまで待てせる気だ。ブリミル。』
「ブリミルさんと、知り合いなんだね? やっぱり、あの時…ヴァリヤーグが攻めてきた後に姉さんが来たのは本当だったんだね。」
『約束は…どうした?』
「その約束って……、姉さんを殺してもらうこと?」
『いつまで待たせる気だ、ブリミル!』
ゼロの身体から衝撃波のような光が放たれた。
トゥは、それを腕で遮ったが、吹き飛ばされた。
そこで視界が暗転した。
***
「…ゥ…さん……、トゥさん。」
「……ティファちゃん?」
トゥが目を覚まして、最初に見たのは、ティファニアの心配している顔だった。
「よかった…。うなされてたから…。」
「…ごめん。」
「怖い夢でも見てたの?」
「ううん。違う。」
トゥは、仰向けで寝たまま首を振った。
「姉さんの、夢、見てた。」
「姉さんって…。」
ティファニアの顔が曇った。
「うん。ゼロ姉さん。…ずっと、待ってる。」
「シャイターンの門で?」
「…たぶん。」
「トゥさん。」
「なぁに?」
「……死ぬ以外にないの?」
「えっ?」
「トゥさんが生きることはできないの?」
泣きそうな顔で聞いてくるティファニア。
トゥは、上体を起こし、ティファニアの頭を撫でた。
「…ごめんね…。」
「謝らないで。…どうして? どうして? どうしてトゥさんなの?」
「ティファちゃん…。」
「どうして、その花がトゥさんを苦しめるの? そんな花さえ無ければ…。」
「違うよ。」
「えっ?」
「花があったから、私は…生まれた。」
「どういうこと?」
「……私はね…、ゼロ姉さんの花から生まれたの。」
「……えっ?」
「話せば長くなるけど…、私は、花を壊そうとしたゼロ姉さんの花が分裂して生まれたの。」
「それって…。」
「私は…ゼロ姉さんの分身みたいなモノ。花がゼロ姉さんに寄生しなかったら、生まれなかった。」
「そんな…、そんなことって…。」
「思い出した…。花が記憶を弄って、私達は、ゼロ姉さんを敵だと認識してた。私達が、ゼロ姉さんの分身だとも知らずに…。生きていたら、いつか世界を滅ぼすことも知らずに…。もといた世界を平和に導こうだなんて…。」
「そんな…そんなのってないわ!」
「でも、本当のことだよ。」
「嘘だって言って!」
「嘘じゃない。」
「ルイズは、ルイズは、知ってるの?」
「…知らない。そういえば、私自身が花だってことは話したっけ?」
コテッと首を傾げて微笑むトゥ。
「酷い、…酷いわ。そんなことってないわ…。」
ティファニアは、ついにボロボロと泣き出した。
「やっぱり、不気味だよね。私って。」
「ちが…、違うの! 違うの違うの! そうじゃないの!」
「ん?」
「トゥさんが可哀想で、…可哀想で!」
ティファニアは、自己嫌悪していた。
カスバの牢屋の中で、トゥに、自分は死にたくないことを言ったことや、何もしていないのにどうしてこんな酷い目に遭わなければならないのかと打ち明けたことを。その時、トゥは、だいじょうぶだと抱きしめ、慰めてくれたのに。
それなのにトゥは、どうだ? 自分と違い、生きることすら根本的に否定され、出生すら自分と比較にならないほど歪んでおり、生きていればいずれ世界を滅ぼしてしまう運命にあって…。
そんな彼女に自分は、ただ助けを求め、縋っただけだ。
足手纏いなんてもじゃない。
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
「謝らないで。泣かないで。大丈夫だから。」
「でも…、でもぉ…。」
「ありがとう。ティファちゃん。私のために泣いてくれて。」
「トゥさん…トゥさん…。」
「ねえ、ティファちゃん。お願いがあるの。」
「…なに?」
「もしも私が死んだら…、ルイズに伝えてね。」
「イヤ!」
ティファニアは、いやいやと首を振った。
「今それを頼めるのは、ティファちゃんしかいないの。だから、お願い。口約束で良いから。」
「イヤ…、そんな約束したくない。」
「お願い。」
「したくない。」
「…もう…。」
トゥは、仕方ないなぁっとため息を吐き、グスグスと泣いているティファニアの頭を撫でた。
「じゃあ、私…、花に負けないように頑張るしかないか…。どこまで頑張れるかな…。」
「トゥさん…。」
「弱音吐いてちゃダメだね。ティファちゃんを守らないといけないのに。」
「…ごめんなさい…、ごめんなさい…。」
トゥの儚い願いすら叶えようてやろうともしない、自分本位の自分自身にティファニアは、悔しさで顔を歪め、涙をこぼした。
けれど、怖いのだ。
トゥを失うことも、トゥのその願いを叶えることも。
怖い。怖い。怖い。怖くて仕方がない。
けれど…。自分がトゥしか頼れないように、トゥもまた、ティファニアしか頼れないのだ。
ティファニアは、パンッと両手で自分の両頬を叩いた。
「ティファちゃん?」
「分かったわ。」
バッと顔をあげたティファニアの顔には、強い決意の色があった。
「えっ?」
「トゥさんのそのお願い。約束するわ。」
「ティファちゃん…。」
「だけど、私からも約束させて。」
「ん?」
「一緒に、生きてルイズ達のところへ帰ろうって。」
「うん。約束する。」
「約束だよ。」
ティファニアは、泣き笑った。
気がつけば、トゥも泣いていた。
なんか、ティファニアが自分本位なキャラっぽくなってる…、そんなつもりはなかったのに…。けど、弱ってる状況で唯一すがれる相手から死んだら人に伝えてくれなんて言われて受け入れるってのは難しいと思うのです。
二人きりの状況はまだ続きますしね。……うん。がんばります。