海母との会話。
このネタでの真相に触れています。というか、ほぼネタバレ。
台詞ばっかりです。
海の中に飛び込むと、いつのまにかハーネスから外された小舟を引っ張っていたイルカ達が一匹ルクシャナの方へと行き、ルクシャナがその背びれを掴んで、トゥ達に向けてこっちだと手招きをしていた。
ルクシャナがかけてくれた水中呼吸の魔法のおかげで、吸い込む水が肺の中で空気となり、おかげでまったく息苦しくない。そのうえ、塩辛くもない。なんて便利な魔法だろう。
もう一匹のイルカについたベルトをトゥとティファニアが掴む、するとイルカは、猛烈な勢いで二人を引っ張って泳ぎだした。
ルクシャナは、慣れた様子でイルカに跨がり、それを先導する。
数分ほど泳ぐと、おそらくあの触手のような岩の一つだろうか、黒々とした岩の柱が見えてきた。
ルクシャナとイルカに導かれ、まっすぐそこへ向かっていくので、このままでは岩壁にぶつかるのではと思ったが、よく見ると、穴が空いていた。
ルクシャナを乗せたイルカが先に入っていき、トゥとティファニアを引っ張るイルカもそれに続いた。
穴の中は真っ暗だったが、イルカは迷うこと無く進んでいく。もしこれで手を放したら大変なことになるだろう。
やがて上が明るくなり、イルカがその先へ上がりだした。
そして、ザパンッと音を立ててイルカと一緒に、トゥとティファニアは、顔を水面に出したのだった。
「ここは?」
「さっきの岩の中よ。」
先に水面に上がっていたルクシャナが言った。
周りを見回すと、平らな陸地になっており、壁が淡い光を放っていた。
その時。ミシッと音がした。
何か…巨大な何かが近づいてくる。
ティファニアは、ビクッとなってトゥに寄ってきた。トゥもデルフリンガーを握りいつでも抜けるようにした。
「いったい、誰だえ? このわらわの眠りを妨げるのは……。」
「私よ、海母(うみはは)。」
「ああ。耳長のはねっかえり。わらわの娘。よく来たね。」
闇の向こうからやってきたのは、紺色の鱗を輝かせる巨体だった。
それは、水竜だった。
アリィーのシャッラールよりも大きい。十五メートルはあるだろうか。
「…韻竜?」
「あら、よく知ってるわね。」
「えっと…、知り合いの使い魔が…。」
「わらわの眷属を使い魔にするとは…、大したものじゃの。」
海母と呼ばれている水韻竜は、笑いながら言った。
「おや? 綺麗な娘じゃの。あんたは、エルフと人間の血が混じっているようだの。」
「分かるんですか?」
「長く生きていると、大抵のことは分かるようになるもんじゃ。して……、そちらの青い娘は…。」
水韻竜は、トゥを見て目を細めた。
「これ。はねっかえり。今度はいったいまたどんないたずらをしたんだね?」
「彼女が何か知ってるのね?」
「知ってるも何も…、ウタウタイじゃろう。」
「うたうたい? 私は、悪魔としか聞いてないけど。」
「別名みたいなものだよ。」
「トゥさん!」
「花に寄生された者…。太古からそう呼ばれておる。」
「へ~。」
水韻竜の言葉に、ルクシャナが興味津々な目でトゥを見た。
「その花って飾りじゃなかったのね。」
「体内に寄生した花が、そうして具現化するほどじゃ、その娘…相当花の力が高まっておるな。」
「えっ…、それって…。」
「ああ…、こうして目の前にすると、腹が減ってくるのう。」
「食べますか?」
「トゥさん、ダメ!」
「よしておくよ。わらわよりも、若造共の方が適任じゃ。」
「あなたは、どこまで知っているんですか?」
「それよりも、上がるがよい。いつまでも水に浸かっていては、お前達の脆弱な体力を奪われる。」
言われて、トゥ達は、陸地に上がった。
***
そして、トゥ達は、周りにある乾いた海藻を燃やし、暖を取った。
「さて? はねっかえり。お前は、今度は何をしたんだい?」
「盗んだのよ。彼女達を。」
「おやおや。それはまたたいそうなことを…。」
「しかも虚無の末裔もいるのよ。」
「ほう。」
ルクシャナの言葉を聞いた海母は、ティファニアを見た。ウタウタイであるトゥ以外となると、それに該当するのはティファニアしかいない。
ティファニアは、恐怖に震えた。
「安心おし。わらわは、お前達を食うほど悪食じゃないよ。よく来たね。」
まるで近所のおばさんのような気安さで、海母はそう言った。
「でも、私のこと、食べたいでしょ。」
「そりゃ、食べたいさ。ウタウタイ…、花は、わらわ達竜族にとって、至高の食い物じゃからのう。」
「初耳だわ!」
ルクシャナが驚いた。
そういえばっと、ティファニアは、顔を青くした。ロマリアでアズーロをはじめとした竜達にトゥが食われそうになったことや、タバサのシルフィードが食べたがってるのは聞いていた。
「トゥ、トゥさんを、食べないで!」
「ティファちゃん。」
トゥを庇おうとするティファニアを、やんわりとトゥが止めた。
「あなたは、どこまで知っているんですか?」
「お前さんと同じ、ウタウタイが六千年前に何をしたのか。よく知っておるよ。」
「姉さんのことを知っているんですか?」
「ねえ、教えて。その姉さんって何? あなたの姉さんとやらもウタウタイなの?」
ルクシャナがズイッと前に出てきて聞いた。
「うん…、妹たちも…。みんなそう…。」
「なにそれ! 悪魔ってそんなにいるわけ!?」
「……アレは、お前の姉か?」
海母の言葉に全員の目が海母に向いた。
「いや、違う…。正確には、姉であって、姉ではないじゃろう。」
「どういう意味ですか?」
「この世界は、いや、どの世界もそうじゃろうが、必ずしも一つの世界とだけ繋がってはおらん。」
「? どういう意味?」
首を傾げるルクシャナ。」
「川の水や木の枝が分かれているように、いくつもの世界だけではなく、時間もまた一つではない。それは、まるでお前達が身につけておる布の糸というものように、縦もあれば横もあるということじゃ、。」
「つまり、過去と現在と未来があるってことですか?」
「そうとも言えるし、そうじゃないとも言える。」
トゥの言葉に、海母はそう答えた。
「数多の可能性からなる、あらゆる世界には、同じようで同じでない世界…、そういうものが存在していても不思議ではない。」
「つまり…。この世界にいる姉さんは、私が知っている姉さんとは違う姉さん?」
「簡単に言えば、そういうことじゃ。」
「えっ、えっ? どういうこと? どういうこと?」
「例えば、別の世界では。お前さんはどこにも存在しないかもしれん。」
「えっ?」
オロオロしているティファニアに、海母が言った。
「自分が存在し得ない世界というのも、また可能性の一つなのじゃ。エルフがおらず、また人間も一人もいない世界もあるかもしれんのう。」
「面白い考えね。」
「考えではないのだぞ。わらわの娘。これは、事実じゃ。」
「そういえば、あんた、別の世界から来たって言ってたわね。」
ルクシャナがトゥを見て言った。
「ウタウタイとなった者はともかく、花はどこかの世界から来たものじゃ。…誰が何のために、創りあげたものかは知らぬが、やがては寄生しておる者を肥料にし、世界を滅ぼす。その花は、そういうモノじゃ。」
「なんですって! じゃあ今すぐ処分しないと…!」
「じゃがのう。ここで、このウタウタイを殺したとて、物事が解決するわけではないのじゃ、はねっかえり。」
「どういうこと?」
「それは、そのウタウタイがよく分かっておるはずじゃ。そうじゃろう?」
「……待ってるんだ…。」
「待ってるって…、まさか…シャイターンの門に、あんたの姉さんが?」
「かもしれない…。」
「はっきりして。」
「おそらくは、そのために呼ばれたのかもしれんのう。お前さんは…。」
「やっぱり…。」
「どういう意味?」
ティファニアが困惑した目でトゥを見た。
トゥは、口を開いた。
「私は…、この世界で、死ぬために呼ばれたんだ。」
「そ、そんな!」
トゥの言葉に、ティファニアが青ざめ口を手で覆った。
「…しかも、竜に食われてのう。」
「竜に食べられるですって?」
「わらわ達、竜族の祖は……、今よりも遙かに強かったのじゃ。そして数も少なかった。しかし祖の力を呼び覚まし、より高みへと上がることができる。それが…。」
「悪魔を…、ウタウタイを食べること!?」
「花が蓄え、育てておる魔力の量は想像を絶する。わらわ達にとって、花を喰らうということは、そういうことじゃ。それは同時に、花にとって竜は、天敵なのじゃ。」
「竜が天敵? 悪魔にとって?」
「花は、死体に寄生し、あたかも生きているように動かす。花は、自らを滅ぼさんとすると自らの力で再生し、分裂する。じゃがのう、竜の牙にだけには、もろいのじゃ。」
「なぜ?」
「それは、分からん。なにせ、わらわ達よりも遙か遠い祖の話じゃ。しかしじゃ、もしその花が咲ききってしまったならば…、わらわ達が束になってかかっても、討ち滅ぼすことはできんじゃろうな。」
「どうして?」
「わらわ達の力は、祖の竜族には遠く及ばぬのじゃよ。それは、お前さんがよく知っておろう。」
「確かに…。」
トゥは、考え込むように腕組みした。
「やっぱり、私が食べられないと…。」
「ダメです!」
「そうしないと、世界が…。」
「じゃあ、適当に竜を連れてくれば良いってことかしら?」
「ルクシャナさん!」
「いい? 私は、私の興味探求のためにあなた達を助けたけど、協力はしないって約束したわ。世界の命運がかかってるなら、なおのことよ。」
「わらわの娘。先ほども言ったが、ここにいるウタウタイを殺したとて、物事が解決するかといったら、否じゃ…。」
「どうして? …それってシャイターンの門にいるっていう、この子の姉さんがいるから?」
「そういうことじゃ。アレを討ち滅ぼすには、最強の竜か、同じウタウタイでなければならんのじゃ。」
「じゃあ、食べられるしかないわね。」
「じゃがその後どうする?」
「えっ?」
「最強となった竜をお前達が制御できると思っておるのか?」
「でも普通の竜は操れるわ。韻竜だって、こうして海母と話せているんだし…。」
「竜の祖は、お前達など毛ほどにも気にかけんじゃろう。仮に世界が滅ぼうともな。」
「じゃあ、どうしたらいいの!」
「待って。竜を操れる人に心当たりがあるの。」
「なんですって?」
「ヴィンダールヴ。ロマリアにいる使い魔の人ならできるかも。」
「それは無理じゃ。」
「ダメなの?」
「竜の祖は、神の意志にも縛られぬじゃろう。それほどの強い精神を持つのだ。神の右手とて、御することはできん。」
「じゃあ、私が食べられて最強の竜が生まれても…。無駄かも知れないってこと?」
「そういうことじゃな。」
「そんな…。」
「トゥさん!」
倒れそうになるトゥを、ティファニアが支えた。
「じゃあ、どうしたらいいの? どうしたら叶えられるの? どうしたら…、どうしたら…。」
「トゥさん…。」
トゥは、頭を抱え俯き、ブツブツと言葉を紡ぐばかりだった。
ヴィンダールヴでも、高位の魔物である竜種(ハルケギニアの竜族はともかく)は、制御できないんじゃないかと思って…。
DODシリーズの、ドラゴン(竜種)が人間やエルフに協力するとは限りませんしね。
海母の口調が難しかったです…。
このネタにおける、ゼロは、トゥとは、別の時間軸のゼロです。
姉だけど、姉じゃない。パラレルワールドですね。お互いに。