太陽の子 我が名はカルナ   作:トクサン

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修練の刻

 

「バイタル安定、何とか持ち直しました! 没入停止、意識の引き上げ(サルベージ)――クリア、自意識の回収に成功、人格バイアス(偏り)の矯正、誤差プラス0.1からマイナス0.2、許容範囲内です――分離、覚醒まで、三、二、一、今」

「弦様、弦様! 意識はありますよね? 何か意思表示を行ってください!」

 

 水面を揺蕩う様な感覚、酷く自己と世界の境界線が曖昧で、体を動かそうとしてもまるで動かない。その意思そのものが、手や足を動かすに足らぬと言われている様な。

 けれど耳から聞こえて来る声は聞き覚えがあり、何か騒然としている。もう少し寝かせてくれよ、そう思う感情を捻じ伏せて弦は瞼を開いた。

 

「ぅ―――」

「! 0984、覚醒確認! 弦様、聞えますか?」

 

 弦の視界に飛び込んで来たのは、今にも唇が触れてしまいそうな距離にあるミーシャの顔。そして隙間から見える白衣を着た男女数名の姿、弦は一瞬困惑し、「あぁ、ドゥルヨーダナは何処に?」と思った。視界の何処にも、友の姿が無い、それは酷く寂しい事であった。

 そして数秒して、その思考が誤りである事に気付き、白色の天井を見て理解する。

 

「ぁ………っ、お、れは」

「声帯、問題無し、意識もはっきりしていますね――貴方の名前を言えますか?」

 

 真剣な表情で告げるミーシャ。

 弦は数秒ほど視界を揺らし、口元をまごつかせて答えた。

 

「………藤堂――藤堂、弦」

 

 そのはずだ。

 そう口にするとミーシャは明らかに安堵した表情を見せ、背後の面々も胸を撫で下ろしていた。見れば弦の拘束は外されており、何か見慣れぬ機材が首や額、指と手首に繋がれている。

 

「何が、あった?」

 

 シートから上体を起こして弦は問いかけた。

 そんな弦をミーシャは補助し、その背に手を掛けながらゆっくりとした口調で説明する。

 

「カルナという英雄が強く憶えている記憶、つまり決定的な分岐点に関わった為、その人格遺伝子に弦様の自意識が呑まれかけました――幸い浸食が始まる前に気付けたので引き上げに成功しましたが、弦様は没入適正が高いので少々時間が掛かって……精神や肉体に、異常はありませんか?」

「……多分、大丈夫だ」

 

 弦は手で顔を覆い、視界に入る光を遮断する。まるで脳味噌を誰かにシェイクされた気分だ、しかし存外悪い気持ちではない、それが何故かは弦自身も分っていなかった。いつもと同じように両手を見下ろせば見慣れた肌色、大丈夫だ、俺はカルナじゃない。

 首や指に張り付いたケーブルを取り外せば、何やらひんやりとしたジェルが肌に塗り込まれていた。

 

「弦様の没入後の詳細をお話しします」

 

 ミーシャはその後、詳細を弦に語って聞かせた。

 どうにも、弦が没入を開始して四十五分と三十二秒経過後、バイタルに大幅な乱れが感知され、人格バイアスが異常値を検知。アラートが鳴り響き没入緊急停止の処置が取られたらしい。

 深く没入し過ぎると稀に起こる人格完全同調、要するにカルナと言う人間の人格が、藤堂弦と言う人格を完全に乗っ取ってしまうという事態。或は上書きとでも言えば良いのか、そもそも没入行為自体一つの肉体に二つの人格が混同し観測を行う行為であって、危険である事には変わりない。自我境界線が崩壊すれば英雄と没入者の人格が混ざり合って、精神崩壊を引き起こす可能性だってあるのだ。

 弦の場合は寧ろカルナとの親和性が高過ぎた為、反発による混ざり合いではなく、一方が完全に人格に浸透する上書きという形になったらしい。

 

「万が一人格が同調してしまっては、私達ではどうしようもありません、記憶から出る前に分離出来れば問題ありませんが、覚醒した後では既に定着し、自覚してしまう、そうなっては弦様自身の記憶に齟齬が生まれてしまうのです、そうなれば待っているのは発狂と廃人――精神の崩壊です」

「……末恐ろしいな」

「念の為、この後に精密検査を受けて頂きます」

 

 弦はミーシャの肩を借りて立ち上がり、それから周囲のノア職員達が弦を補助する。どうやらこのまま検査を行うらしい、本当なら一休み入れたいところだが、自分でも知らぬ内に異常をきたしていたら問題だ。

 

「―――?」

 

 これから行う精密検査に内心で辟易していると、ふと何か言い知れぬ熱を感じた、それは己の右手から。まるでお湯に浸かっている様な暖かさ、その感覚に弦が腹に添えた右手を見てやると、その指先が僅かに光り輝いていた。それは黄金の粒子、記憶の中で見た太陽の光。

 その事に弦は大きく驚き、慌てて指を握り込んで隠す。

 

「……? どうしました、弦様」

「い、いや、すまない、少し立ち眩みが」

「やはり体調が優れませんか……」

 

 心配そうに眉を寄せるミーシャに愛想笑いを浮かべながら、弦は必死に拳を握る。傍から見ると具合が悪いのを我慢している患者だろう、弦は努めてそう見える様に装った。

 決してこの右手は見られてはいけないとひた隠す。

 

 見間違え様のない、それは確かにカルナの持つ【黄金の鎧】

 その光であった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「……本物、だよな」

 

 精密検査を軒並み終えて、自室へと戻った弦。周囲を見渡し誰も見ていない事を確認する、その後静かに壁に寄り添って自分の腕を抱えた。ゆっくりと深呼吸を繰り返した後に腕を見ると、小さな光が自身の腕を包んでいる。

 それは本当に薄っすらとしていて、目を凝らさなければ分からないほどの光、薄いベールと表現した方が良いかもしれない。弦にはそれが何であるか、大体であるが予想がついていた。

 

「カルナの――黄金の鎧」

 

 その断片とでも言うべきか、兎に角その力の一端が弦の体に現れていた。

 何故それが己の体に?

 弦は疑問に思う、黄金の鎧はカルナの手を離れ何処かの神様が保持しているか、古代のオーパーツに相応しく地中の中にでも埋まっているのではないかと思っていたが、現状その一片とは言え弦の体に存在している。カルナの肉体で散々感じた熱と同じだ、見間違い様がない。

 

 弦は一つの仮説を立てた――カルナは生まれた時より黄金の鎧を肉体に秘めていたという。ならば、それはカルナの子ども、つまり子孫にも適応されるのではないかと。カルナの血を引く連中もまた、その身に黄金の鎧を纏っていたのではないかという考えだ。

 無論、ただの人間に扱える筈が無い、そもそも黄金の鎧を持っているという事にすら気付かないだろう、己が何を身に纏っているか知らずに生きるのだ。黄金の鎧は自覚しなければその効果を発揮しない、ただ持っているだけでは無意味。

 そして弦と言う男はカルナと親和性が非常に高い、つまり先祖返り、子孫の中でも比較的血の濃い方であった、それも一つの要因として考えられるかもしれない。

 

 ともあれ、こうして黄金の鎧が肉体に宿っている以上、幾ら考えた所で現実は変わらない。前向きな捉え方をすれば、弦はノアに対する切り札を得たに等しいのだ。

 弦は僅かな戸惑いと、そして大きな歓喜の念を覚えた。

 カルナに一つ近付けた、そして同時に英雄が英雄たる力を手にいれたと。弦は早速トレーニングルームに向かおうとして、しかし思いとどまって方向転換、脇のトイレに足を進めた。扉を閉めて鍵を掛けると、弦は一度深呼吸。

 流石にトイレにまではカメラは無いと考えたのだ。

 

 そうして行うのは精神の集中、脳裏に思い浮かべるのは黄金の鎧の完成系、即ち無敵を誇る真の鎧。弦が右腕に力を籠めると、徐々に光の粒子が集い右腕を覆う。肩口から指先まで、びっしりと光りが包み込む。それはカルナが行う防御の構え、粒子自体は難なく扱えた、そもそもカルナの肉体で操る感覚自体は掴んでいる。

 だが、粒子は右腕にしか集わない、何故だ?

 

 弦は疑問を持ち、何となく全身に意識を集中させると、右腕に集っていた粒子は上手い具合に全身に薄く引き伸ばされた。黄金の鎧がベールの様に弦を覆い、その表面を輝かせる。

 しかし、とてもではないが全身は覆い切れない、弦は気付いた――粒子そのものの数が少ないのだと。

 

 量はカルナの半分……否、四分の一程度か。

 四肢の一つしか守れぬ程に薄くなった黄金の鎧、未だに弦が覚醒に至っていないのか、はたまた受け継がれた鎧そのものが薄いのか。

 だが、弦はそれでも構わなかった。

 元より十全の鎧など、己には分不相応だろう。

 

「片腕だけだろうが何だろうが、使えるなら儲けものだ――後は」

 

 弦は表面に薄く伸ばした黄金鎧を消し去り、代わりに腕に意識を集中させる。先程見た賭博場の光景、カルナが行った奇跡を再現する。スーリヤから受け継がれた太陽の力、脳裏に焼き付いた光り輝く弓。

 弦はそれを強くイメージした。

 そして握り締めた右腕に、何か熱いモノが現れる。それを確りと握り締めれば、幾分か薄い輝く弓が現れる。弦がそれを凝視すると、カルナのソレよりも大幅に力を失っている事が分かった。

 しかし力を失っていると言っても、根底は神性を含む唯一無二の武器、太陽神スーリヤの力そのものと言っても過言ではない。弦は一人、これならばと思った、或はここから逃げ出す事も夢では無いかもしれないと。

 

「……試したいな」

 

 弦は弓を握り締めたまま呟く。

 実体を持たない弓であるが、しかしその実熱は確かに存在している。まるで暖かい空気を握り締めている様な感覚、弦はその威力を確かめたい衝動に駆られたが辛うじて堪えた。

 そもそも、ただの弓でアストラ・スーリヤを放つカルナである、その塊である弓を放てばどうなるか――ウィリスがいつか言っていた、英雄の力ならば壁に穴を空けられるだろうと。

 それが本当であると、弦はしみじみと感じた。

 兎に角、この力は無暗に使用する訳にはいかない。

 この力は弦の持つ最初で最後の切り札だ、故に最後の最後まで明かす事をしない。

 そう硬く誓った。

 

 弦はトイレから退室すると、ベッドの端にタオルで包んだまま置いてある通信機を手に取る。本来ならば常に持ち歩くべきなのだが、没入時だけは見つかる可能性があるので隠しておくのだ。そして徐に耳にソレを当てると、ベッドの傍にしゃがみ込んだ。

 

「―――」

 

 部屋に居る間は常に持ち歩いて欲しい、ウィリスは弦にそう言っていた。電源を入れると僅かなノイズが走り、それから向こうの音が聞こえて来る。この無線機はどちらかの電源が入れば、もう片方も自動的に起動する様に作られているらしい。その為、弦にはウィリスの部屋の音が良く聞こえた。

 

「ウィ――」

「どーしてウィリスはこっこにいる~♪ こっこにいる~♪ そーれはね~、そーれはね~、わったしも知らない、ほんとに知らない♪ ひっとりで寂しいな~♪ さっびしいな~♪ でも寂しくないよ、ホントだよ、ほんとに寂しくないから、嘘じゃないよ」

「………」

 

 無線機を通して耳元から愉快な歌が聞こえて来た。

 前半は陽気であったが、後半は何やら迫真であった気がする、弦はそのせいで何を言い出そうとしたのか一瞬思考が飛んでしまった。

 弦は一旦通信機を耳から離すと、一度深呼吸する。取り敢えず歌を歌っているという事は部屋には誰も居ないと言う事だろう。そうだよな、独り言くらい誰でも言うよな、誰も話す相手が居ないと寂しいし、連絡も中々取れないし、一人で歌ったりするよな、分かる、分かるよ。

 

 弦は溢れ出る慈愛と優しさから、ウィリスの独唱を聞かなかったことにした。

 

「ウィリス、今良いか?」

「あ、弦さん、はい、勿論です」

 

 数分程時間を置いて――ウィリスと自分の精神安定の為に――弦はウィリスの無線機に声を発した。反応は素早く、弦の声を拾うや否や、ウィリスは応答する。

 

「実は今日の没入で新しい才能を継承したんだ、それもとびっきりの奴」

「本当ですか? それはおめでとうございます!」

 

 弦が才能の継承を話すと、ウィリスは自分の事の様に喜んだ。まぁ実際ノアから逃げ出すとなれば、最悪アテに出来るのは自分の力かウィリスの力だけだ。本当なら他の子孫達も巻き込んで逃げ出したいが、そう上手く行くとも限らない。戦力の拡充は彼女にとっても歓迎すべき事なのだろう。

 弦は時折脳裏に過る「どーしてウィリスは~」の歌声を努めて意識しない様にしながら、淡々と口を開いた。

 

「ウィリスも今日没入だったんだろう? 何か収穫はあったか?」

「あ、えっと、一応才能は引き継ぎました、結構便利な奴です」

「それは重畳」

 

 弦も上手く才を引き継いだが、彼女もそうであったらしい。どんな能力なんだと弦が問いかければ、ウィリスは何かを考えながら、丁寧に言葉を選んで説明した。

 

「その、私の英雄は王家と言うか、王様というか、まぁ現在は考えられませんが王族に連なる人でして、結構贅沢に生きているんです、それで彼の持つ貴重な武具を呼び出す力、と言いますか、棍棒とか、剣とか、弓とか、盾とか――あと防具であれば服なんかも出せます」

「……倉庫、みたいなものか?」

「倉庫とは少し違いますね、彼が生前に貯め込んだもの、授かったもの、手に入れたものをこの世界に召喚する……みたいな、此方から何かを入れる事は出来ませんので、物体の転送能力みたいなものでしょうか」

 

 そういうものかと弦は頷く、しかし中々便利な能力ではないか。武器が足りねば武器を取り出し、必要があれば防具も都合できる。現代でどこまで役立つかは知らないが、神の携わった武具の一つや二つあるだろう、それならば容易に壊れる事は無い筈だ。

 

「あと、彼には兄弟が沢山居て――僅かですが彼らからの加護も、ちょっとやそっとの怪我では倒れない頑丈な体になりました、多少違和感もありますが、きっと逃走時には役立ちます」

 

 加護まで手に入れたのか、弦は純粋に驚いた。どうやら彼女の没入は驚くほどに順調らしい、彼女の力と自分の力を合わせればノア脱出も夢ではない、弦は強くそう思った。

 

「弦さんはどんな力を?」

「俺は、どう説明したら良いか……そう、神性を自由に操る力と言えば良いか、鎧の様にして体を守ったり、弓を形作って射抜いたり、まぁ自由と言ってもそれくらいしか出来ないが、もしくは拳に宿らせて殴ったりか?」

 

 ウィリスの言葉に、弦は少しばかり考えてから答えた。カルナは指に纏わせてデコピンを繰り出したりしていたので、その力自体は単純な威力増加としても使えるのだろう。不思議なオーラ、或は流動筋肉みたいなものだろうか、非常に便利である。

 足に纏わせれば長時間の高速移動も可能かもしれない、太陽神の力と言うのは非常に扱い易い才であった。黄金の鎧も確かに便利だが、弦としては神性を授かったのが大きかった。

 

「随分応用の効く力ですね……」

「あぁ、ベースの肉体がショボいから正直かなり弱体化されているけれど、此処の壁位なら抜けそうだ」

 

 いつかウィリスの言った言葉を弦が繰り返せば、彼女は「本当ですか?」と驚きを露にする。弱体化していると言ってもそれ位ならば問題無い、全力で放てば穿てない事は無いだろう。

 

「もう少し没入を繰り返せば本人の力に近付けるかもしれない、その辺りは後に期待だな」

 

 弦はそう言ってカルナの辿る人生を脳裏に浮かべた、彼は呪いを多く受けた英雄でもあるが――何より天から多くの武具を授かり、パーシュパタアストラ(ブラフマシラス)と言うトンデモ兵器を持つアルジュナと正面から射合って追い詰めた英雄だ。その卓越した技量と神性操作は流石としか言いようがない。

 元々技量であればカルナはアルジュナに勝る、湯水の様に天界の武具を放つアルジュナに対し、カルナは極少ない武装のみで戦い抜いたのだ。彼は物語の終盤で神インドラに卑怯な手段で以て最大の防具、『黄金の鎧』を奪われてしまうが、代わりに「ヴァサヴィ・シャクティ(Vasavi Shakti)」と呼ばれる、あらゆる存在を一撃で屠る槍を手にする。

 

 もし、攻撃という手段に限定するのであれば彼の武具こそが最大の鬼札になり得るだろう。黄金の鎧、太陽神の加護、どちらも弦にとっては数少ない、そして強力な切り札、だがインドラの槍は正にジョーカー。

 それさえ手に入れば、このノアという施設そのものを吹き飛ばす事さえ出来るのではと思ってしまう。

 

「本当ならこの力の修練もしたいんだけれど……トレーニングルームが監視されているかも分からないし、何よりを貫通でもしたらいい訳が付かない、諦めるしかないかな」

 

 弦は天井を見上げながら溜息を吐き出す、神性を拳に纏わせて殴る事は出来るが、何分カルナという英雄の本領は弓で発揮される、他の才も無いとは言わないが弓技には遠く及ばない。

 他の追随を許さない弓こそカルナの強み、ならばこそソレを極めたいと思うのは自然だろう。しかし現状では叶わぬ夢であった。

 

「あっ、それなら――」

 

 弦が残念そうに言葉を漏らせば、何かを思いついたのか、ウィリスは声を上げて何やらゴソゴソと音を鳴らす。一体何をしているのだろうかと思えば、ウィリスは次いで「弦さん、トレーニングルームに向かって下さい」と言う。

 

「トレーニングルーム? 別に、構わないけれど……」

 

 首を傾げながらも弦は言われた通りに動く。トレーニングルームに入って、「入ったよ」と口にすれば、途端、何か巨大な質量を持つ物体が部屋の奥に現れた。

 

「!?」

 

 それはゴンッ! と僅かに鈍い音を立てて落下し、そのまま奥の壁に寄り掛かったまま動かない。ソレは何と表現すれば良いのだろうか、鋼鉄の塊? 或は金属を薄く伸ばした壁? 弦が疑問符と混乱を頭上に浮かべていれば、ウィリスから無線が入る。

 

「それ、私が引き継いだ力の一部です、今弦さんのトレーニングルームに防具を一つ呼び出しました、私の英雄が貯め込んでいた物の一つで、かなり頑丈な盾――みたいなものです、本来は何十人かの人で支えて使うものらしいですが一応神性を含む防具です」

「そ、そうなのか、本当に便利だな……しかし監視カメラがあったら」

「大丈夫です、自室にカメラは設置されていません」

 

 どこか確信を感じさせる言葉、弦が思わず言葉に詰まり、「何故そう言い切れる?」と問いかければ、ウィリスはふふんと鼻を鳴らして答えた。

 

「私の新しい才の一つです、自分が狙われているのに敏感と言いますか、他人の視線を視覚として捉えられるんです、今考えると納得なのですが、そもそもこの私達に用意された自室は英雄の才を引き継ぐ人間の為に作られたものです、隠しカメラだろうが粒子偽装カメラだろうが、正しく人外の知覚を持つ相手には分が悪いでしょう、それでバレてしまっては関係が拗れてしまいます」

「な、成程……」

 

 自分は未だカルナの才を全て引き継いでいないが、記憶の終盤に至ればその肉体は最早人間の枠からは逸脱しているだろう、武人の英雄ならば尚更だ。そしてそんな連中が、巧妙に隠されたとは言え見られているという事実に気付かない筈が無い。英雄という存在は得てして科学と言う枠に収まり切らない、そういうものだ。

 カルナの肉体に宿った為に弦も理解している、まるで世界全てを見渡せるような視界、己の周囲全てを把握できるような聴覚、そして神がかりとも言える勘――第六感(シックス・センス)

 それが実際の肉体に欠片でも継承出来れば、比較的広いとは言え屋内、確かに気付けるだろう。

 

「既に痛い目を見て学習したのか、或はそれを見越してか――どちらにせよ、この無線機は余り意味がありませんでしたね、ある意味便利と言えば便利ですが」

「ベッドに転がりながら話せるだけでも儲けものだ」

「………転がってませんよ?」

「いや、別にウィリスの事を言ったのではないけれど」

 

 まさか転がって通信しているのか。

 

「と、兎に角、これで修練に関しては問題ありませんよね? 私も自前の武具を手に入れましたし、多少は自分で修練出来そうです」

「……そうだな、着々と準備は進められている」

「後は機を待つだけです」

「あぁ、それと出来得る限り英雄本人に近付く努力をしないとな」

 

 弦の言葉にウィリスは頷き、「それでは、私は修練をするので」と通信を切る。弦も通信機の電源が切られた事を確認し、それをポケットの中に仕舞った。右手に意識を集中すれば、焼ける様な熱と共に弓が現れる。

 太陽神の力を宿した唯一無二の弓。

 それを一度まじまじと観察した後、逆の手に矢を生み出した。そして弓に番えながら的を見つめる、今しがたウィリスが都合してくれた古代の盾――もはや盾というよりも壁に近いが。

 

「全力でやったら流石に壊れるよな……なら」

 

 弦は手始めに、五割程の力で矢を引き絞る。流れ出る神性を意識的にカットし、大凡このくらいという感覚の出力で矢を放った。光は矛先に収縮し、弦が手を放すと同時に開放される。ドンッ! と小さな破裂音と共に放たれた矢は、凄まじい速度で飛来、盾に直撃し周囲の空間を揺らした。

 凄まじい衝撃、恐らく研究所の壁位なら容易く撃ち抜けるだろう。

 

 果たして、盾は矢の直撃を受けながらも健在――その表面に僅かな黒ずみを残すだけ。

 

 予想以上に頑丈な様である、弦はその事に喜びを覚えながらギアを一段階上げる。今度は六割、素早く矢を生み出しながら番え、そのまま第二射を放った。

 先程と同じ軌跡を辿りながら、しかし僅かに速度の上がった矢が盾に直撃する。それは表面に火花を散らし光を拡散させ、そのまま消え去る。

 光りが晴れた時に見えるのは黒ずみ、心なしか先程よりも面積が広い。なれど盾は健在、これならばと弦は思った。

 

 七割――流れる動作で矢を放つ。

 今度は光の大きさが目に見えて異なり、盾に直撃するや否や盾そのものを大きく振動させた。光が消えた後に見えたのは大きく凹んだ表面、地面を見ればあれだけの巨体が僅かに後退しており、傾斜が縦に近くなっている。

 

「……八割だと射抜くな」

 

 流石に硬い、だが全力に耐えられる程の強度は無い。

 弦は少し考え、強くても六割程度の力に抑えようと決めた。元より威力は十二分――ならば鍛えるのは射る速度と精密性だ。

 呼吸をする様に素早く、何気なく、動作を感じさせずに矢を番える必要がある。ただ、矢を射るという行為自体をこの肉体に教え込まなければならない。実体を持たない弓は非常に修練と相性が良かった、矢を引き過ぎて皮膚が破れる事が無い。

 

「良し――やるか」

 

 そこから、弦はただの機械となった。

 弓を構え、矢を番え、引き絞り、放つ。

 威力を半分に抑えた矢を淡々と射る、ただ射る、その動作を教え込む為に繰り返す、繰り返す。トレーニングルームに幾つもの光が瞬いては消え、瞬いては消える。

 

 弦はその修練に没頭し、トレーニングルームの光は深夜になっても消える事が無かった。

 

 

 





 明日は更新できるかどうか、ちょっと微妙です。

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