「それでは、本当に宜しいので?」
「あぁ、あっても邪魔なだけだ、自分で頼んでおいて言うのも何だが」
「……そうですか」
ノアに連れて来られてから四日目、昨日は休息日として殆ど自堕落に過ごした。ベッドの上に転がって惰眠を貪り、時折テレビを眺めていたと報告してある。
無論そんなのは建前で、トレーニングルームにて地獄の様な自重トレーニングを行っていたが、それは微塵も報告に挙げていない。隠しカメラが有れば一発で分かる嘘だ、その辺りは祈るしかない。
一応見られているという体で動いてはいるが、連中も口での報告など大して信用していないだろう、その辺りはお互い様だ。
「では、後程係の者で運び出します」
「頼んだ」
弦は今、自室にてミーシャと対面していた。彼女は端末を脇に抱えながら、弦に能面の様な表情を向けている。弦が彼女に頼んだ事は単純だ、二日前の没入で頼んでいた弓や剣、そして槍を回収して欲しいと頼んだのだ。
一通り使ってみた物の、イマイチ手に馴染まないやら、余り意味を感じられないやら、適当な事を言って。
これは昨日、ウィリスと話しあって決めた事だった。ギリギリまで成長を隠す為に、さも与えられた武具を上手く扱えなかった体を装う。その事でウィリスと弦は弓や剣の修練が出来なくなるが、それ自体は大した問題ではない。そもそも才能は記憶の中から引き継ぐもので、現実で修練してもその上達速度は常人と変わらない。
言わば微修正程度の事しか出来ない。
ならばいっその事、武の才は全て記憶に委ね、自分達は肉体の強化に励もうではないかと考えたのだ。無論、最終的には弓や剣を申請して修練に励むつもりだが、それは最終調整――つまり記憶の終わりが近付いて来た時だけだ。
それまでは筋力トレーニングによる土台作りと才能の継承、そして情報集めに勤しむ。
「――まぁ、弦様は未だ没入を二回しか経験していませんから、それ程あせる必要はありません、才能の覚醒、その片鱗は見られるのですから焦らず記憶を読み進めましょう、もし、また必要だと感じたら仰って下さい」
「ん、分かった、ありがとう」
薄く微笑んで、そう口にするミーシャに弦は頷いて見せる。大して疑われてはいないらしい、単に少しばかり気が逸っただけ、そう言う風に見られているのだろう。弦は内心でガッツポーズを取った、未だ自分が覚醒とやらに至ったかは分からないが、兎に角大して武を継承出来ていないと思わせられたのは大きい。
このまま裏では力を蓄えつつ、彼らの目を欺いて見せよう。
「あぁ、そうだ、一つ聞きたい事がある」
「何でしょう?」
では、今日の没入を行いましょう。
そう言って自室を出ようとしたミーシャを呼び止め、弦は前々から思っていた事を問いかけた。
「没入する時、その時期と言うか、何が起きている時に飛ばされるか……位は知りたいんだけれど、それは没入する前には分からないのか?」
「……一応、大凡の記憶座標、つまり没入する場所の選択は出来るのですが、残念な事に没入可能な場所というのは限られているんです、更に没入時に自意識を介入させる厳密な時間、月や日単位ならば兎も角、時や分までの指定は出来ません」
弦の疑問にミーシャは頷きながらそう答えた、その表情は淡々としていて嘘を吐いている様には見えない。単純に事実なのだろう、弦は困った様に眉を寄せた。
「英雄達にはそれぞれ分岐点があります、要するにその人生が何故そうなったのか、その原因となった強い記憶です、人間がそうであるように彼等もまたそう言った事柄を強く憶えています、私達が記憶に没入出来るのはそういう部分のみ、つまり強い記憶のみなのです、ですので大雑把に記憶の内容を話す事は出来ますが、何処で誰が何をして、どうなっているのか……という様な状況説明は不可能となります」
「科学技術にも限界があるって事か……」
「元々、遥か古代の人間、その記憶を読み取るだけでも凄まじい進歩なのですよ、これ以上は英雄達の叡智が無ければ無理です、それこそ神の御業の様な」
どこか達観した様な物言いだ、ミーシャは大した感慨も無くそう言い放つ。弦は彼女を研究者然とした人間だと思っていた、こんな場所に務めてはいるが彼女の瞳には明らかに強い理性の色が灯っている。研究畑の目だ、科学を信仰しソレが人の生活をより豊かにすると確信している人間だ。こんな瞳を持つ人間が、何故こんな神だ半神だと、眉唾物とも言える世界に踏み込んだのか分からなかった。
これ程の科学力を持ちながら、最終的に頼るのは古代人の崇めていた神の力。その事に絶望したのか、若しくは新たな探求心でも芽生えたのか。
「……何か?」
ミーシャをじっと見つめていた弦は、首を傾げられて自意識を取り戻す。首を振りながら、「何でもない」と口にして足を進めた。
「行こう、今日の没入が待っている」
「――本当に稀な人ですね、自分から没入をしたがるだなんて」
「その方が都合が良いだろう?」
皮肉を湛えて笑みを浮かべれば、ミーシャは肩を竦めた。
☆
「さぁ、このドゥルヨーダナの名に於いて誓おう、この
「……良いだろう、ユディシュティラ、その宣言確と聞き届けた、ならばこそ此方も正々堂々戦い打ち負かして見せよう」
カルナが弦と同調した瞬間、目に飛び込んで来たのは豪華絢爛な装飾。真っ赤な絨毯に備え付けられた木編みの座椅子、壁は無く吹き抜けで場所はドゥルヨーダナの持つ
広い中庭にはドゥルヨーダナの兄弟たちがズラリと座り、その中央にパーンダヴァの五王子、『ユディシュティラ』、『ビーマ』、『アルジュナ』、『ナクラ』、『サハデーヴァ』、そして『クリシュナ』が並んで座っていた。
神に愛され、神を半身に宿した英雄達だ、例外なく強い神性を帯び力強い瞳で自分とドゥルヨーダナを見つめている。ドゥルヨーダナとカルナは五王子と対峙する様に座し、その目の前には
五王子の背後には山の様な金銀財宝、そしてドラウパディーが一人座している。恐らく兄弟の付き添い、妻としての随伴だろう。逆にカルナとドゥルヨーダナの背後には同じ量の金銀財宝が積み上げられ、それぞれが真剣な面持ちで対峙していた。
こうやって座しているだけでもビシビシと視線を感じる。特にアルジュナだ、前回の競技でカルナに敗北したことが余程応えたのか。その視線からは敵意どころか殺気すら感じられる、無論公の場であり弓を競う場所ではない為、ある程度までは抑えつけられてはいるがドゥルヨーダナは気付いている。
その眼は細く絞られていた。
賽子賭博――そんな単語がカルナの脳裏に過った。
そして雪崩れ込んでくるのはこの場面に至るまでの経緯と、そして弦の持つ未来の情報。つまりコレはドゥルヨーダナがパーンダヴァ五王子を陥れる為に組んだ罠だ。カウラヴァとパーンダヴァが決定的に道を分かつ、戦争の引き金となる出来事。
即ち、ドゥルヨーダナの策略。
賭博を以て、連中の全てを奪う分岐点。
カルナはそれを自覚し、ぐっと腹に力を込めた。此処が歴史の分岐点、そう弦が理解した途端、何か精神的な重圧を感じた。それに弦の精神は押し負けそうになる、没入する前に大凡の説明を聞いておけばよかった、そう後悔する。
しかし今にも崩れそうになる弦、その背を押す何かがあった。
カルナの精神だ、その鋼の様で、太陽の様に熱い心が、弦の崩れかかった精神を支えた。
まるでこの男は、自身の中にもう一つの人間が潜んでいる事に気付いているみたいだ、弦はカルナと言う男の偉大さに感謝し、彼の心が差し伸べた手を確りと掴んだ。
「さて――準備は良いかユディシュティラ?」
「無論、それで賽子は誰が振る?」
「なに、既に振る人間は決まっている……シャクニ」
ドゥルヨーダナがその名を呼ぶと、黒い髪を一つに束ね、その顔を白い木面で覆った男が一歩踏み出した。体つきは細く、凡そ武人と呼べる体格ではない、しかし木面から覗く瞳は恐ろしく知性を感じさせるもので、対峙させる者に何とも表現し難い威圧感を与えた。
シャクニ――ドゥルヨーダナの学術の師であり、同時に良き助言者、相談役である男。
謀と賭博に関して言うのならば、この男の右に出る者は居ないだろう。
シャクニは恭しくドゥルヨーダナとカルナ、五王子の間に座ると、地面に転がっていた賽子を一つ一つ摘まみ上げ手の中に収めた。
そしてその中に一つ、懐から取り出した賽子を混ぜる。
その様子をつぶさに見せながら、先に五王子に向けて賽子を収めた両手を差し出した。
「さぁ、存分に検分するが良い」
「……ふん」
ドゥルヨーダナが尊大にそう言い放てば、ユディシュティラは鼻を鳴らして一つの賽子を摘まみあげる。じっとそれを観察してみるものの、特におかしな点はない。重さも質感も平凡、何処にでもある様な賽子だ、先の動作で含まれた賽子の一つも然り、僅かに色が濁っているが材料の色、或は願掛けの様なモノだろう、他と比べても大した違いはない。持ち比べてみても同じ、背後に居るアルジュナに手渡してみれば、彼も数秒ほど比較し頷いた。
「良いだろう、これで勝負だ」
「――シャクニ」
その言葉を聞き、ドゥルヨーダナは内心で嗤う。
他に混じった一つの賽子、それは唯の賽子ではない。この手の賭博でドゥルヨーダナが正々堂々戦う等と思っているのなら大間違いだ、彼は陰湿に、残酷に、卑怯な手段で勝利を捥ぎ取る男。
華麗な勝利にも、雅な勝利にも、盛大な勝利にも興味はない。
欲するはただ、勝利したという結果だけ。
色の濁った賽子はシャクニ、その父の脊髄を削って作った賽子である。血と骨で出来た賽子はシャクニの思うがまま、その出目を変える。つまりアレが混じっている時点で、偶数か奇数か、などという賭けは成立しない。
何故なら相手が張った方と逆の出目を出せば良い、それだけの話だから。
「……では、参ります」
シャクニが指で三つの賽子を挟み、黄金の椀を反対の手に持つ。そして全員の目が己の手に集中している事を確認し、素早く賽子を椀に投げ入れ、地面に抑えつけた。カラカラと少しの間音が鳴り続け、やがて止む。
地面に伏せられた椀、その中の賽子の出目――奇数か、偶数か?
「先に決めても良いぞユディシュティラ? 我は寛容なのでな」
「――余裕のつもりか? なら今に見ていろ、正義の神ダルマの加護は賭博であろうとソレを成す、即ち我々が負ける道理はない」
ドゥルヨーダナは背中を丸めてカカカッと笑う、その表情は何処までも余裕に満ちており、その瞳は五王子の背後――この宮殿に持ち込まれた金銀財宝に向いていた。この賭博の賭け物品である、その積まれた財宝は総額にして幾らになるのか、カルナにも予想が出来ない。
「……
暫くの間を置いて、ユディシュティラはそう宣言した。エークは1、即ちこの場では奇数を意味する。ドゥルヨーダナは肩眉を上げて、「ほう」と唸り、それから笑みを湛えて告げた。
「ならば我は
双方張り終えた、カルナの表情は変わらない、この勝利を確信しているからだ。
シャクニはドゥルヨーダナ、ユディシュティラの両名を見て、それからゆっくりと椀を持ち上げた。そして中にある賽子の出目を見る、結果は――
「
読み上げられた結果に、ドゥルヨーダナは「ハッ!」と甲高い笑いを上げ、カルナも薄っすらと笑みを張り付けた。反対にユディシュティラは眉間に皴を寄せる、その表情は厳し気だ。
「どうしたユディシュティラ? 正義の加護とやらを見せてくれるのではないのか、それとも賭博では正義もクソもないか?」
「……黙れ、高々一度勝ちを拾った程度だろうに、未だ序盤も序盤、精々今から全てを根こそぎ奪われる覚悟をしておけ」
「はん、そうか、そうか……では、賭けの分は頂くぞ」
ドゥルヨーダナは両手を叩き、ユディシュティラ達の背後にあった金銀財宝、その四分の一程度を兄弟たちに持っていかせた。その山が僅かに小さくなるが、五王子は気にも留めない。次で勝つと確信しているからだ、その自信が間違いであるとも知らずに。
ドゥルヨーダナは一度膝を叩くと、「さて、次だ!」と声を張り上げた。
賽子を回収したシャクニは頷き、ユディシュティラを見る。彼はさっさとやれとばかりに顎を突き出し、シャクニは再び賽子と椀を構えた。
「参ります」
そう告げ、シャクニは椀に賽子を投げ入れる。カラカラと音を鳴らしながら回転する賽子、それが動きを止める前にシャクニは椀を地面に伏せる。トンッ、と音が鳴り同時に賽子の音が止んだ。
「先手は全て譲ろう、選ぶが良いユディシュティラ」
「――
ユディシュティラは顎に手を添えながら、そう口にした。先とは反対の偶数、ドゥルヨーダナはそれを聞き届け、「そうか」と笑みを浮かべたまま頷いた。
「良し、では我は反対の
「――」
ドゥルヨーダナはシャクニに向けて手を打ち、シャクニは無言で頷く。
そして持ち上げられた椀の下から出て来た賽子の目は――
「
ドゥルヨーダナが笑みを張り付け、ユディシュティラは顔を大きく歪めた。
連敗によりユディシュティラの背後に佇む兄弟が僅かに表情を崩す、しかし決定的ではない。未だ二連敗、運が無ければこの程度は良くある事だ。
ユディシュティラもそれを理解しているのだろう、一度手で顔を覆うと小さく深呼吸を行っていた。カルナはそんなユディシュティラの背後に座るアルジュナを見る。彼も僅かな不安を覗かせているが、己の兄を心底信じている様子だ。
それが絶望に変わる様を見届けてやる。
「さて、二連勝か、どうやら運が向いているらしい――しかし、あぁ心配であるな、正義の神ダルマがこの勝負をひっくり返してしまわないか、我は非常に不安だ、あぁ、不安で仕方ない……なぁカルナ?」
ワザとらしく肩を竦め、薄笑いを浮かべながら問いかけて来るドゥルヨーダナ。その声色は人の精神を逆撫でするもの、カルナもその意図を察し、「あぁ」と頷いて見せた。
「彼らに正義があるならば、ダルマは恐らく俺達を罰す、しかし勝負の流れはこちらにある様だ、若しや彼の正義の神は俺達に味方しているのかもしれない」
「ははははッ! 己の息子では無く我らに付くか、何ともまぁ法に忠実な神だ!」
「――ッ」
ギチリとユディシュティラが歯茎を剥き出しにしてカルナとドゥルヨーダナを睨めつける、それはそうだろう、己の父を、神を侮辱されたのだから。ユディシュティラはパン! と膝を勢い良く叩き、叫んだ。
「御託は良い、次だ! 次ならば勝つ! 我が父の加護は我らパーンダヴァにあると知れッ!」
「ほう、面白い……それ程の自信があるならば、どうだ、賭け金を増やすと言うのは?」
ドゥルヨーダナが肩眉を上げて手を叩く、すると周囲の兄弟たちが五王子の財宝を再び徴収し、その量は元々の半分程度になってしまった。積まれた金銀に輝く財宝は既に目減りしている。
賭け金を増やす、その言葉にピクリとユディシュティラは反応した。
「正直チビチビ少量を賭けるのは性に合わん、全部、全部だ、己の全てを賭けろ」
「……全て?」
「応よ、そうさな……まずは財宝を全て賭けようではないか、主らの持ち込んだその財宝――次の一戦に全て賭けろ、見返りはユディシュティラ、今しがた奪った二回分の財宝、全て」
その言葉にユディシュティラの目の色が変わった、代わりに背後に居たアルジュナ、クリシュナ両名が顔を顰めた。明らかに拙いと、そう直感した表情。二人が何かをユディシュティラに言う前に、カルナは白々しく叫んだ。
「あぁ、王よ、そして我が友よ、そんな事をしてしまって、負けたらどうするのだ? 折角幸運が二度も続いたというのに、その幸運を自ら差し出すなど……あぁ何と寛容で大きな器か、これで相手が拒めば、ソイツはドゥルヨーダナ、君の慈悲を無視し、ましてや意地を張った間抜けな奴という事になる」
「な……にをッ!」
両手を突き上げて役者の様に朗々と言葉を紡ぐカルナ、その口調は酷く慈悲深いものだが、表情と言葉はこれ以上ない程に相手を馬鹿にしている。ユディシュティラはその姿にプチンと、額の血管を切らし勢い良く地面を叩いた。
「良くぞ、良くぞ其処まで吠えたなッ! 良いだろう、全て賭けよう、持ち込んだ財宝全てだ!」
「ほう、良い決断だ、英断だな、賞賛しようユディシュティラ」
「貴様の賞賛など要らぬ!」
カルナの言葉にユディシュティラは勢い良く叫ぶ、背後に居たアルジュナとクリシュナは己の代表者が受けると決意表明してしまった為、伸ばした手は力なく地面に垂れた。前言を撤回する事は許されない、それは賭博に於いて絶対の条件。
「宜しい! その言葉、確かに聞き届けたぞ! シャクニ!」
ドゥルヨーダナが興奮した様に叫び、シャクニが三度賽子を振る。椀に入った賽子が音を立て、そのまま伏せられる。カラカラと鳴る椀、そして音が止んだ瞬間ユディシュティラが叫んだ。
「エーク!
「ならば我は
双方の叫びが中庭に木霊し、シャクニが伏せた椀を持ち上げた。三度目の勝負、ただしこの勝負にユディシュティラが敗北すれば全ての財を奪われる事になる。流石に背後の兄弟たちの表情も強張り、張り詰めた空気が流れた。
果たして勝負の行方は――
「
シャクニが出目を告げ、ドゥルヨーダナは両手を突き上げ、逆にユディシュティラは地面に拳を叩きつけた。
「何故だッ!?」
「ハハハハハッ! 愉快、愉快よのぉ! ここまで連勝すると気分が良い、あぁ、今日は全ての神が我に微笑む全盛の刻か! ハハハハハッ、至高、最高、これこそ勝利の味よ!」
高笑いと共に体を揺らすドゥルヨーダナ、対して五王子の表情は暗い。それはそうだろう、自身たちが持ち込んだ財宝が全て奪い取られたのである。ドゥルヨーダナとカルナの背後には五王子の持ち込んだ財宝が徴収され、二つの山が築かれていた。周囲のドゥルヨーダナの兄弟たちは忙しなく財宝を運搬している。
完勝――これ以上ない程の完勝である。
こちらは欠片も財宝を失わず、向こうの五王子が溜め込んだ金銀財宝を全て奪い取ってやった。これには流石のアルジュナも顔色を悪くし、唇を噛んでいた。彼は確かに英雄らしい英雄だが、義務を守り法を順守する人間である、今更なかった事にして下さい等と口にする筈が無い。
ユディシュティラは俯いたまま震え、その拳を握っている。恐らく持ち込んだ財宝はドゥルヨーダナと同じ殆ど全財産に近いだろう、明日を生きるためには何かを売り飛ばさなければならない。大金持ちが一瞬にして貧困の王だ、カルナはざまぁみろと笑った。
しかしユディシュティラという男は元来負けず嫌いな性格、傲慢で大口を叩き、良くそれをアルジュナに窘められる様な男だ。そんなドゥルヨーダナに近い素質を持つ奴が、完全に敗北して黙っている筈が無かった。
「……領土だ」
「ハハハハッ、ハ、あぁ、ん? ――何、今、なんと言った」
「――我が国の領土を賭ける」
それは破滅への第一歩であった。
インド系の名前は覚えにくい、本当に。
今回の話を書いていて思いました、お前等もう少し「カルナ」を見習えと。
私この話で何回ユディシュティラって書いたのだろうか。
ユディシュティラ、って本当にユディシュティラ、もう少しユディシュティラは短い名前にすべきだと思いましたユディシュティラ、もう改名してくれよユディシュティラ。
ドゥルヨーダナも大概ですがね。
いやでも、まだドゥルヨーダナは大丈夫なんですよ、なんか特徴的で覚えられます。
でもユディシュティラは何か噛みそうで覚えられないんです。
これも全部ドリタラーシュトラって奴のせいなんだ!
くそう、ドリタラーシュトラめ! 長い名前を付けやがって!
許すん!