太陽の子 我が名はカルナ   作:トクサン

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怪物の息子

 

「……こんなに大袈裟に準備する程か?」

「えぇ、弦様は没入の度に同調指数が上昇しています、今回はかなり危険な状態になる可能性が非常に高い為、緊急医療チームを結成しました」

「………」

 

 五度目の没入、恐らくカルナの人生の最後に差し迫るだろう。

 その為、弦の人格重複を警戒したミーシャが専用の医療チームを結成させていた。弦自身も次の没入で大きな副作用を伴うと覚悟していたが、まさか専用のチームまで作られているとは。

 

 いつもの没入ルームにずらりと並んだ白衣の人員を見て、弦は内心で辟易としていた。その数は総勢十二名、一人に掛ける人員としてはかなり多い方だろう。そもそも没入ルーム自体それ程大きくも無いので少々狭い、元々あった没入用の機材に加えて医療品も持ち込まれている為、足の踏み場もないという訳ではないが、中々に圧迫感があった。

 

「今回の没入はパーンダヴァとカウラヴァの戦争時の記憶となります、カルナの人生最後、恐らく終盤に近い記憶になるでしょう、どのあたりに没入になるかは分かりませんが、恐らくパーンダヴァの五王子ビーマか英雄アルジュナとの決戦、どちらかの記憶というのが解析班の見立てです」

 

 決戦、その言葉を聞いて弦の中の気持ちが引き締まる。解析班と言うのが何かは知らないが、覚悟はしておけと言う事だろう。

 

「決戦か――仮に向こうで死んだら、俺はどうなってしまうんだ?」

「記憶は英雄の自意識がある限り続きますので、恐らく心配はありません、英雄カルナは死んだ後に太陽神スーリヤと一体になったと言われています、その後の記憶も続いていれば弦様の精神も付随します、最悪こちらに呼び戻しますので」

 

 弦は説明を聞いて成程と思った。英雄の死が記憶の終わりだと思っていたが、確かにそうなると記憶は続いているという事になる。そもそも神なんていうトンデモ生命体が存在している時点で記憶という定義すら危うくなるのだろう。カルナの肉体が死んでも、カルナの精神が生きている限りは没入が続く。せめてブツ切りにならない事を祈ろう、前回の二連続は中々に酷かったから。

 

「万が一の備えもありますし、安心して死んで貰って構いません」

「言葉だけ聞くと凄まじいな、物騒だぞ」

 

 死んで貰って構わないとは、中々どうしてヘヴィーな言葉ではないか。弦の方針はどこまで行っても『いのちだいじに』だ。

 

 弦の言葉に小さな笑みを零したミーシャは、そのまま白衣の面々を見渡した後に弦の頭部にリングを装着した。その後はいつも通り、端末を叩いて弦を見る。頭に装着されたリングを微調整した弦はシートに深く背を預け、ゆっくりと目を閉じた。

 

「記憶没入時間は一時間を予定しています、弦様、準備は宜しいでしょうか」

「……あぁ、やってくれ」

 

 恐らく最後となる没入、存外早かったが後悔は無し。連中はどうやら太陽神スーリヤと一体化したカルナに興味があるようだが、残念ながら弦には神と一体化した後など微塵も興味がない。

 

 弦が敬うのは、人として生きたカルナなのだ。

 これが神嫌いという奴なのだろうか、弦は少しだけ笑ってしまった。

 

「それでは弦様、ご健闘を」

 

 戦うのは己では無く、カルナなのだが。

 弦はその言葉を口にする事無く、泥の中に沈んでいった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 暗転、肉体の同調。

 第二の肉体とも言える、精神に馴染んだカルナの体。指先のピリッとした感覚に弦の精神が目を覚ます。不快感は無い、何か脳内に浸透する様な感じ、それはカルナに人格を上書きされた時に似ていた。

 

「オメェの相手はァ、俺だァ」

 

 弦が目を覚ました時、カルナの目の前には巨大な男が立っていた。身長は三メートル近く、常人を遥かに上回る巨躯。周囲は暗闇で時折松明の明かりがチラつく程度、どうやら場所は戦場らしい。カルナは戦車に搭乗しており、目前には三頭の馬が興奮した状態で停止していた。五度目の没入によってスムーズな同調を果たした弦は、その人物が誰であるか、カルナから齎された知識の流入によって知る。

 

 ガトートカチャ――羅刹女ヒディムバーとビーマの息子。

 その風貌は最早人間のものではない、顔面にびっしりと張り付いた幾多の眼球、裂けているのではないかと錯覚するほど巨大な口、そして尖った耳。その肉体はビーマの血を引いているからか恐ろしく巨躯で、腕や足が丸太の様に太い。

 カルナは内に潜む弦からの要望で小さく息を吐き出すと、手に握った黄金の弓に矢を番える。

 

「――風神ヴァーユの息子、ビーマ、お前まさか己で戦わぬつもりか」

 

 カルナは表情を顰めて、そう口にする。

 巨躯の怪物ガトートカチャ、彼の背に隠れる様にして此方を睨む五王子のビーマはフッと口元を歪めた。彼は棍棒を手にして、しかし息子の背に身を潜めている。

 

「いいや、戦うに決まってンだろう、だがコレは戦争だ、自分より強い息子が居るならば頼るべきだ、そうだろう?」

「クリシュナめ、要らぬ入れ知恵を……まぁ、良い、お前がそう言うのであれば」

 

 カルナは戦車の上で弓を引き絞る、その矛先はガトートカチャ、ビーマの息子。

 

「お前の息子を射殺し、その次にお前を打ち倒そう」

「やれるものならな――ガトートカチャ! 夜は羅刹の世界だろォ!? カウラヴァの英雄を打ち倒してやれ!」

「任せろォオオ!」

 

 ビーマが叫び、ガトートカチャが応えた。そのまま凄まじい速度でカルナに迫り、その腕を振りかぶる。カルナは叩き潰される前に馬を蹴飛ばし急発進、ガトートカチャの腕は虚空を裂き地面に叩きつけられた。

 ドゥ! と拳が直撃した地面が揺れる、見れば砂塵と共に小さな穴が穿たれていた。直撃すれば黄金の鎧を持たない己は即死するだろう。

 

 カルナと弦は僅かに顔を顰めた、互いの精神がシンクロする。現実で人格重複しかけた二人だが没入時に限ればソレは凄まじい益を生み出す。動きと思考に齟齬が無い、まるで二体一身、カルナが弓を引き絞れば自然に弦の精神も付随した。

 

「だが……怪力だけではな」

 

 呟き、矢を放つ。

 太陽神スーリヤの力の塊である矢は風を切ってガトートカチャに飛来し、慌てて顔面を庇ったガトートカチャの腕に突き刺さった。

 

 ストン! と腕を半分程射抜いたスーリヤの矢、やはり太陽神の神性ならば射抜けるとカルナは笑みを浮かべる。突き刺さった矢は役割を終えると空気に溶けた、そのまま黄金の残滓が漂うのみ。

 腕に穴を空けられたガトートカチャは、まさかと驚愕する。これまで数多の武具を弾いて来た己の肉体がこうも簡単に射抜かれた、それは衝撃を覚えるには十分だった。

 

「ッ――父さん、コイツ、強い」

「あぁ、当たり前だ、カウラヴァの大英雄カルナ、アイツは別格だぞ、俺の額を小突いただけで倒しやがったからな」

「……コイツ、倒したら皆喜ぶ?」

「あぁ、パーンダヴァは大喜びだ、歌って踊って祭りとなる」

「――なら、倒す」

 

 短いやり取り、ガトートカチャはそれだけで気合を入れ直した。闘士を燃やし歯茎を露出させる、その姿は人と言うより獣だろう。カルナは再び黄金の弓に矢を番え、構えた。

 そしてガトートカチャが再び加速する、空を駆けると呼ばれた驚異的な脚力が生み出す超加速。地面を踏み砕いて迫りくるその姿は悍ましく、正しく怪物の名が相応しい。

 戦車の速度を大きく上回っている、数秒すれば追いつかれるだろう。

 

「見るに堪えんな」

 

 カルナは番えた矢を放つ。

 閃光が視界を多い、一際太い矢がガトートカチャを襲った。その一撃を彼は腕を盾に防ぐ、ズンッ! と重々しい音と共に腕を射抜かれるが、ガトートカチャの勢いは止まらない。

 

「高々一本の矢でぇ、俺が止まると思うなぁああ!」

「なら――三本で止めよう」 

 

 カルナは即座に三本の矢を生み出し、番え、放つ。矢の高速連射、流れる様な動作で放たれた三本の矢はカルナの戦車をガトートカチャが捕らえる前に着弾し、その腕に追加で三つの穴を空けた。

 カルナを捕まえようと伸ばした手が、三本の矢によって大きく後方に逸れる。

 

「そら、額が空いたぞ」

 

 カルナがそう言い放ち、追加で矢を放った。その矢の狙いは頭部、直撃を許せば頭蓋を射抜かれる。矢を一射放つのに一秒も要しない、正に神速。それでいて一撃は強く、重かった。

 

「ッ、おォオオ!?」

 

 ガトートカチャは直前で身を屈める事により、その一撃を辛うじて躱し、飛来した矢は額を僅かに掠めた。

 

 カルナは次々と矢を生み出すと、宛ら連射砲の如く矢を降らせる。その一撃一撃が急所に当たれば即死するだけの威力を秘め、同時に牽制を成す一射二役の厄介な攻撃。加えてカルナ自身は常に戦車で移動している為、捉える事すら困難だった。

 

 カルナに攻撃を加えようと駆けても、戦車に追い縋る前に矢の嵐が行く手を阻む。手傷を追って嵐を突破した先にあるのはカルナの超反応による神速の速射である。かなりの距離があれば何とか回避の間に合うカルナの矢であるが、至近距離では目で捉える事も出来ない。

 不用意に近付けば気が付いた瞬間、額を射抜かれる――何て事もあり得た。

 

「っ、強いなァ、くそ、強いぞォ、コイツ」

 

 ガトートカチャはカルナの攻撃を避けながら歯噛みしていた。

 強い、とんでもなく強い。何でこんな強い奴がカウラヴァの英雄なのだと悪態を吐きたくなる、その武は尊敬に値するものであり、パーンダヴァに居たのならばガトートカチャは惜しみない称賛を浴びせただろう。

 

 近付けなければガトートカチャに攻撃手段は無く、カルナの一撃は確実に体力と体を削り取る、まさに敗北は時間の問題。

 

 それでもガトートカチャは諦めず突貫を繰り返すが、その度に体を矢が掠め体力と血を奪われた。

 戦闘開始から凡そ十分、それだけでガトートカチャは全身血塗れになり、カルナは息一つ乱していなかった。とても敵わない、この男は自分と同じステージに立っていない、ガトートカチャは肩を上下させながらそう感じた。

 

「ハァ、ハッ、クリシュナ、言ってた、俺、お前に勝てない、フッ、フゥ、だから俺は、お前の手札を奪う」

「―――何?」

 

 ガトートカチャはカルナから大きく離れると、息を荒くしたままそんな事を口走った。手札を奪う、それが何を意味するのかカルナは分からない。

 遠くで弓を構えたまま顔を顰めるカルナを見て、ガトートカチャは薄ら笑いを浮かべた。

 

「つまり……こういう事だァ!」

 

 叫ぶや否や、ガトートカチャはカルナに背を向けて逃走を開始した。当然の事にカルナは驚き、「臆したか!?」と非難する。だがそれは見当違いな言葉であり、ガトートカチャはあろう事かカルナを無視し、周囲のカウラヴァ兵を襲い始めた。

 

 ガトートカチャとカルナの戦いを見ながら、周囲で小競り合いを行っていたカウラヴァの兵士は突然の襲撃に驚き、悲鳴を上げる。それはそうだろう、英雄と劣勢とは言え渡り合う怪力無双の怪物、そんなものが自分達に向かって来るのだ、恐怖を感じない筈が無い。

 実際正面からの戦いではカウラヴァの一兵士がガトートカチャに敵う筈が無く、周囲のカウラヴァの戦士たちは次々に葬られていた。

 

「ッ――何て事を、貴様ァッ!」

 

 カルナは激昂し一度に五本の矢を番えて放った、それは空気の壁を貫きながらガトートカチャに迫る。しかし、その悉くを彼は躱して見せた。今の彼はカルナの攻撃を回避する事だけに専念している、そして片手間にカウラヴァの戦士を蹴り、殴り、殺害して回っていた。

 

 カルナはガトートカチャを戦車で追い回すが、元より俊敏性のみで言うのであれば彼の方が上、戦車が彼に追いつく事は無い。ガトートカチャは体の何処に矢が突き刺さろうが、決して足への被弾は許さなかった。彼はカルナとの真剣勝負を投げ捨て、カウラヴァの戦士を人質に暴れ回る事を選択したのだ。

 

「所詮怪物、戦士の矜持すら持たぬかッ!」

「クリシュナ、嘘吐かない、俺より、頭良い、だから正しい!」

「矜持と正義は両立せぬッ!」

 

 カルナの猛攻、三、四、五と矢の数が一秒を刻むごとに増えていく。ガトートカチャはカルナの矜持に火が付いたと悟るや否や、碌な攻撃も行わず逃げ回る事に専念した。ガトートカチャが駆けるだけで只の戦士にとっては攻撃にも等しい、その巨躯での体当たり、地面を踏み抜く衝撃、それだけでカウラヴァの戦士は宙を舞った。

 

 素早い、矢が当たらない。

 

 驚異的な脚力を逃げる事だけに使われると此処まで面倒だとは。己から逃げ回る敵を追うなどカルナにとっては初めての経験であった、基本的にカルナは逃げ出す者を追う事は無い、逃走とは即ち戦士の矜持を捨てる事と同義だからだ。しかし目の前の男は明らかにカルナを誘っていた、正面から戦っては敵わないと見るや否や、まるで見せつける様にカウラヴァ軍を蹂躙する。

 

「ハハハッ! 渋れ、渋れ、どんどん死ぬぞォ! 槍を使うか、全滅して嘆けぇ!」

「ッ、それが狙いか……!」

 

 カルナは思わず唇を噛んだ、ガトートカチャの言葉に連中の真意を悟ったのだ。

 クリシュナがガトートカチャに伝えた策だと言うが、成程、どうあってもクリシュナはアルジュナに勝利を齎したいらしい。逃げ回りながら矢を躱し、カウラヴァの戦士を蹂躙する奴を仕留めるには必中の槍を使うしかない。

 

 つまりヴァサヴィ・シャクティを此処で使わせようとしているのだ。

 

 そうすればカルナは黄金の鎧を失い、最後の切り札さえ無くした状態でアルジュナと決戦に挑む事となる、そうなればカルナの不利は明らか。

 

「パーンダヴァには、貴様等には――戦士としての誇りも、矜持も無いのか……ァッ!」

 

 激昂、それは失望だったのかもしれない。

 カルナは黄金の弓を手から消失させると、己の内に内包したインドラの槍を取り出した。黄金に輝くソレを取り出すと、ガトートカチャは明らかに顔を歓喜に歪ませる。

 

「使うか、使うのか英雄ゥ!?」

「―――外道が」

 

 カルナは黄金の槍を掲げると、上体を逸らして投擲態勢に入った。ソレを見たカウラヴァの戦士達は我先にと退避を始める。ドゥルヨーダナを通じてカルナは、ヴァサヴィ・シャクティを使う場合は退避しろと予め通達していたのだ。

 

 そして彼らはそれを忠実に守った、ガトートカチャは背を向け走り出すカウラヴァの戦士を見て、一人でも多く仕留めようと駆け出そうとするが、その足がガクンと落ちる。

 

「!?」

 

 そして何だと己の足を見下ろし、愕然とした。

 黄金に輝くリング、輪が己の足を拘束していた。ガトートカチャは慌ててカルナを見る、彼は槍を構えたまま微動だにしていなかった。

 

 必中の槍は追尾ではない、対象を空間ごと固定し回避不能にて放たれる、故に必中。

 策を捏ね繰り回すインドラに似合った槍だ。

 

 これを此処で使えばアルジュナを確殺出来る保証が無くなる、しかし時間が経てば経つほどカウラヴァの戦士が死ぬのも事実。ならばこそ、使う事に躊躇いは無し、それが連中の狙いだろうと構わない。

 

 仲間とは黄金に勝る宝であり、ドゥルヨーダナの忠臣。

 一人でも多く生かすのが、彼の親友であり剣である己の役目であるが故に。

 

「戦士ではない貴様に掛ける言葉は無い、惨たらしく死ね、死んで嘆け、土に還り後悔しろ、貴様に与える誉など、微塵も持ち合わせていないのでな」

 

 カルナは吐き捨て、構えたヴァサヴィ・シャクティにありったけの神性を込めた。インドラの槍は必中であり確殺である、ならばこそ勝負より逃げた彼の怪物に無様な死を。

 

 

 

「塵も残すなインドラの槍――神性解放、『ヴァサヴィ・シャクティ(雷光の力)』!」

 

 

 

 戦車の上から数歩駆け、全力投擲。

 

 ボンッ! と振り抜いた瞬間に衝撃波が周囲を駆け抜け、戦車が大きく揺れた。そして脱げ抜かれた黄金の槍は凄まじい速度でガトートカチャに飛来。彼は最後の瞬間を目にする事さえ許されなかった。

 

 気付いた時には既に、黄金の槍は己の胸を貫き。

 穿たれた、そう認識した瞬間に槍が弾けた。

 

 神性解放とは即ち、槍を構成する内包された力を外側に向けて放出するという事。黄金の槍は何故一度限りの必殺槍なのか? 使用用途が対人確殺であるからだ。

 

 敵を固定し、必中させ、突き刺さった所に神性を解放、内部の力を外に放出し、突き刺さった人物ごと消滅させる。言葉にすればそれだけ、ソレを大神インドラの神性で行う。

 

 要するに自壊槍なのだ。

 

 凄まじい閃光と衝撃が大地を揺らす、雷光が内側からガトートカチャの肉体を穿ち、青い稲妻が周囲を包んだ。この瞬間だけは夜が消え、再び光が世界を支配する。まるで天に聳え立つ怒りの柱、極光が遥か彼方を照らしインドラの槍は十全に役割を果たす。

 風圧で周囲の戦士が地面に伏せ、転がり、まるで嵐の様だった。

 

 十秒程猛威を奮った聳え立つ雷光の柱は徐々に細くなり、やがて糸の様に細くなって消えた。後に残るのは円型にくり抜かれた地面のみ、ガトートカチャの痕跡は何一つ残っていなかった。

 

「――これが、インドラの槍か」

 

 カルナは消え去った柱を見届け、そう呟く。

 ガトートカチャの立っていた場所には深い溝が出来上がり、まるで隕石でも落ちて来たような有様。それがたった一本の槍によって齎されたとのだと言うのだ。

 天を見上げればポッカリと暗闇に穴が空いている、星々が極光を避ける様にしていた、月すらもその姿を晦ませている。

 

 神性とは星にすら届き得るか、カルナはヴァサヴィ・シャクティを握っていた手に黄金の弓を生み出すと、矢を番えながら振り向いた。

 

「次だ、あぁ、息子は怪物として穿ち殺したぞ、ビーマよ」

「――」

 

 ヴァサヴィ・シャクティの極光をその眼で見たビーマ、彼は比較的近い距離でカルナと息子の観戦を行っていた為、その風圧をモロに受け地面を転がっていた。周囲には吹き飛ばされた戦車や武具が散乱し、ビーマは自分を見下ろすカルナを前に、慌ててそれらを掴んで投げつけた。

 

 ビーマの怪力で投げつけられる木片や欠けた剣、矢は確かに攻撃として成り立つが、カルナはその悉くを打ち落とし、断ち切った。彼を射殺すのは容易だろう、更に怪力無双のビーマ、五王子を仕留めたとなればパーンダヴァの士気は大いに下がる筈だ。

 

 しかし、カルナには誓いがあった。

 母と結んだ不殺の誓いだ。

 それを破る訳にはいかなかった。

 

「愚か者が、武を満足に使えぬ幼稚な男め、戦士として立つ事も出来ぬか、お前は俺の相手に相応しくない、尻尾を巻いて逃げ帰り、森で惨めに暮らすが良い!」

 

 カルナはそう叫んで、番えた矢を放ちビーマの右肩を射抜いた。

 それは神性を十二分に抑えた一撃である、しかし同時に英雄カルナの矢でもあった。矢はビーマに捉えられぬ速度で飛来し衝撃と共に肩を貫通する。ビーマは穿たれた事にもんどりうって呻き、そのまま憎々しい表情でカルナを睨めつけ背を向け逃げ出した。

 

 利き腕を射抜かれては武器を持てぬ、それは逃走するには十分な理由。

 カルナはビーマが高い武を持ち、棍棒の才を磨いていた事を知っていた。故に戦士として逃げる理由を与えてやったのだ。

 

「………これで、後はアルジュナだけか」

 

 逃げ去るビーマの背を見届けながら誰に向ける訳でも無く呟く。

 ユディシュティラ、ビーマ、ナクラ、サハデーヴァ、その悉くをカルナは打ち倒した。少なくとも当面、この戦争が幕を下ろすまでは再起不能だろう。ユディシュティラ、ナクラとサハデーヴァの三人は足を射抜き、ビーマは利き腕を砕いた。

 

 あとはアルジュナを倒せばパーンダヴァの将はクリシュナを除き全滅した事になる、それはカウラヴァの勝利を意味していた。

 もうすぐ、我が王に大地を明け渡す事が出来る。

 そう思って小さく、カルナは薄い笑いを浮かべた。

 

 

「………漸く射合えるか、アルジュナ」

 

 

 

 

 

「――あぁ、私も長い事待ち侘びていたよ、カルナ」

 

 


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