ウーイッグのカテジナ・ルース   作:Mariah_Bastet

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今回はカサレリアのお話です。

ウーイッグに地雷が敷設されたという描写はアニメにはありませんでしたが、これは小説版の描写から登場させました。

ストーリーはアニメ準拠ですが、付随する設定は小説版からいくつか拝借してあります。


第2話 新しい食卓

ウッソは家から少し離れたところにある、禿げ山の岩影にいた。

 

 

「ハロ、1番左のやつを回収して」

 

「ハロハロー」

 

 

岩影から飛び出したハロは、広場に置かれたカーキ色の物体をくわえると、

20メートルほど先にある大穴まで持って行って、そこへ放り込んだ。

 

かつてのカサレリアでの戦闘で、ビームライフルの流れ弾でできた穴だ。

 

傍らにはウッソの立てた看板がある。

 

 

 

『爆発物が廃棄してあります。穴に近づかないで!』

 

 

 

「アト3ツ、ウッソ、油断スルナヨ。注意イッシュン怪我イッショー」

 

「誰が言ってたのそれ」

 

「ロメロ、ロメロ」

 

「なるほど、言いそうだ」

 

 

ウッソは岩影の外で、石にテープで貼りつけた鏡の角度を変えて、

次の地雷を視界に捉えた。

 

 

「ようし」

 

 

ベスパの近接対人地雷は、その名の通り人体が発する電磁波を感知しないと、

踏もうが叩こうが決して作動しない。

 

人間の電磁波だけに周波数を絞った繊細なセンサーは、

それ故に無害化するのも容易だった。

 

強力なマイクロウェーブを照射してやれば、回路が焼き切れるのだ。

 

ある日、ウッソはウーイッグにハロを連れて行って、

地雷をひとつ拾って来させた。

 

 

「僕から50メートルは離れてついてくるんだよ」

 

「ハロ」

 

 

地雷についての情報は、リガ・ミリティアの互助会からある程度聞いていたけれども、

自分で調べなければ分からないこともある。

 

マイクロウェーブ照射器をハロに使わせれば、ハロ自身が壊れてしまうから、

信管の解除はウッソ自身が行なった。

 

マイクロウェーブ照射器といっても、ウーイッグで拾った放送用スピーカーの、

ラッパに金属ホイルを巻いて、電子レンジのマグネトロンを取り付けただけのお手製だ。

 

ウッソはレンジラッパと名付けた。

 

それを前へ向けながら、じりじりと地雷に近づいていく。

 

 

「頼むよ……」

 

 

そう言って、その願う先はウッソにも分からない。

自分の工作の腕でもなければ、神様でもないように思えた。

 

 

――シャクティ? まさか。

 

 

「……ふう」

 

 

無害化した地雷を手で拾い上げると、ウッソをほっとため息をついて、

額の冷や汗を袖で拭った。

 

ザンスカール戦争を生き延びた命を、ここで捨ててしまうのではなんにもならない。

 

地雷を家に持って帰ると、父の残した工作機械で慎重に分解した。

 

指向性の違う4つのセンサーが、確実に人間だけをしとめるように備え付けられていた。

 

犬猫などには反応しないほどに精密だ。

 

イヤーズタイマーが仕込まれていて、

およそ50年後に機能が停止するようにセットされている。

 

既製の部品を、最大値にして組み込んだのだろう。

 

逆に言えば風雨に晒されながらも、

それ以上の長期間耐えられるように出来ているということだ。

 

プラスチック製だから、金属探知機にも反応しない。

 

地球上から人間だけを眠るように死滅させようとした、

フォン・カガチの執念を体現したかのような構造だ。いや、

 

 

「これはカガチそのものなんだ……」

 

 

ウッソはドライバーを工具入れにしまいながら、そう呟いた。

 

木星帰りの老人の執念は、戦争が終わっても未だ地球に息づいている。

 

その残留思念のようなものをひとつひとつ消していくのが、

自分のような人間の使命ではないかとウッソは思うのだ。

 

そういった意味で、まだ戦争は終わっていないらしかった。

 

 

「もう、こりごりなんだけどな。

 でも、人間を殺す戦争よりは気楽なもんさ」

 

「平和ガ、イチバン」

 

 

そうしてウッソは毎日、農作業の合間に禿げ山に登って実験を繰り返していた。

 

まずラッパでマイクロウェーブを照射しながら、一定距離まで地雷に近づく。

 

予定通りの距離と時間でマイクロウェーブを浴びせたら、岩影に戻る。

 

それから、ベニヤ板にニクロム線を這わせて作った人間のダミーを、

ラジコンバルーンで吊って、鏡を見ながら地雷に近づける。

 

マイクロウェーブの照射距離か、照射時間が足りなければ爆発した。

 

 

パァン!

 

 

「ハロハロ~!!」

 

 

そのたびにハロが飛び跳ねる。

 

 

「もういい加減慣れてくれよハロ……15メートル20秒だと確実ってところかな。

 もう少し試さないとな。個体差があるかも」

 

 

爆発に舞い上がった砂が、パラパラとキャップのつばを叩いた。

 

ウッソは今日の実験結果をノートして、

爆風で吹っ飛んだ残りの地雷をハロに探させて、例の穴に捨てに行かせた。

 

この作業の間だけは、少しハロが心配になる。

 

回路の隙間にセラミック片入りの樹脂を流し込んであるという構造上、

衝撃を受けたときに火薬が誘爆することはあっても、

それによって信管やセンサーが誤作動を起こすことはないはずなのだ。

 

それでもハロが無事帰ってくると、ウッソはほっとした。

 

 

「お疲れさん」

 

「マカセロ」

 

 

そうして実験を終えて帰る頃には、

シャクティたちが夕食の用意をして待ってくれている。

 

シャクティの家にはマーベットとカルルが、

ウッソの家にはウォレンとスージィが住んでいるのだが、

食事はいつも代わる代わるどちらかの家で、一緒にとることにしていた。

 

 

「ただいま」

 

「ウッソ、最近のあの大きな音、猟銃じゃないわ」

 

 

シャクティはポトフを器によそいながら、おかえりも言わずにそう言った。

 

 

「ああ、あれは地雷だよ」

 

 

ウッソがこともなげにそう答えると、シャクティはレードルに掬った

ポトフのじゃがいもを、思わず床に落としそうになった。

 

 

「戦争は終わったんだよ。地雷でどうするつもりさ?」

 

 

横からウォレンが、パンを切りながらウッソに尋ねる。

 

マーベットはもう産み月だから、あまり立ったり座ったりさせられない。

 

その隣でカルルは、ウッソが作った子供用の椅子に大人しく座っていた。

 

 

「戦争中だって地雷なんか使うもんか。僕はウーイッグの地雷を撤去したいんだよ」

 

「でも危ないわ……動物たちも驚くし。けもの道が変わってしまったら、

 一番困るのはウッソでしょう。シカやイノシシがとれなくなったらどうするの?」

 

 

シャクティはそう言ったが、シカもイノシシも、なかなかとれるものではない。

 

とはいっても、今日のポトフにはシカ肉が入っていた。

 

近くに新しく村を作ったハイランド組のマサリク父子と、

ウォレンの5人が狩りに出てしとめてきたものだ。

 

弾を当てたのはトマーシュだったが、

ウォレンはその場にいたというだけで得意そうにしていた。

 

 

「そうだぞ。僕たち男の仕事が減っちゃう」

 

「仕事ならいくらでもあるわよウォレン。

 薪があと2日分しか無いこと、あなた気付いていて?」

 

 

マーベットはカルルをあやしながら、チクリとそんなことを言った。

 

 

「ちぇ、明日は薪割りか。僕、力仕事は苦手なんだよね」

 

「だからこそ、力をつけるために薪割りをなさい」

 

「ウッソも手伝ってくれよ」

 

「ごめん、僕は明日ウーイッグに行くんだ」

 

 

ウッソがそう答えると、シャクティはテーブルに器を並べながら、

ますます暗い顔になった。

 

 

「ウッソ、ウーイッグの市場が開くのは4日後よ」

 

「違うよ、今話したじゃないか。本当のウーイッグの方だよ」

 

 

ウッソたちがふだんウーイッグと呼んでいる場所は、

ベスパの爆撃から逃れた街外れの小さな通りだ。

 

そこにはひと月に2回市場が開かれて、

近くの村に住む人たちが食糧の売り買いをする。

 

 

“本当のウーイッグ”は、とうに見捨てられていた。

 

 

ウーイッグは歴史ある街だが、昔からの住民のほとんどは、

宇宙移民政策のときに、まとめてコロニーに移住した。

 

ザンスカール戦争時のウーイッグ市民は、

移民によって人がいなくなった地域から移り住んだ富裕商人か、

特別永住権を得て地球に降りてきた元スペースノイドだった。

 

彼らには共同体としての帰属意識はあっても、

ウーイッグという街に対する思い入れはほとんどないといって良い。

 

一時的に難民となった彼らは、わざわざウーイッグから地雷と瓦礫を撤去し、

死体を処理し、住居を新たに建てるという手間をかけようとはしなかった。

 

プルゼニ、ブルノ、オストラバ――。

 

ディープヨーロッパには掃いて捨てるほどある、

石造りのゴーストタウンに移り住んだのだ。

 

地球連邦によって管理されている無数のゴーストタウンは、

それぞれに地区管理官とMPが駐屯していて、

不法居住者が勝手に住むこともない。

 

街にたどり着けば、政府に登録されている以前の住居と、

同じ等級の住居が割り当てられる。

 

商店を営んでいれば、それも考慮された。

 

 

かくして、ウーイッグは廃墟となった。

 

 

「あそこには使えるものがたくさんあるはずなんだ。

 今年の冬を越すほどの保存食はないんだし、

 リガ・ミリティアの年金で買い直した豚も羊も、

 まだバラすには早いでしょ」

 

 

カルルは別として、ここにいる全員には、

戦後処理NGOとなったリガ・ミリティアから、

元クルーとして年金が支給されていた。

 

特にウッソ、マーベット、トマーシュは、

正規パイロットとして、少し多めに貰っている。

 

それらを全部集めて、戦争のおかげで高騰している家畜を、

近くの農場からいくらか買ったのだ。

 

うまく繁殖させられれば、貴重なタンパク源になるのだが、

それには時間も手間も飼料も必要だ。

 

 

「ウーイッグの人たちはみんな他の街に行っちゃったんだから、

 捨てていった物は僕らが使っても問題ないでしょう」

 

「お洋服も残ってるかもね」

 

 

スージィは、お尻が少しきつくなってきたオーバーオールを気にしている。

 

 

「うげ、それって、死んだ人から剥ぎ取るってこと?」

 

「違うわよバカっ、服屋さんぐらいあるでしょ!」

 

「バカはひどいよ……」

 

「変なこと言うウォレンが悪い!」

 

 

スージィはフンと鼻を鳴らすと、

ウォレンが切ったパンを皿に並べて、テーブルへと運んだ。

 

 

「スージィ、私が仕立て直してあげてもいいのよ」

 

 

木の椀にポトフをよそいながら、おずおずとシャクティが言った。

 

 

「ありがとうシャクティ。でもシャクティにもらったお古を足したって、

 乙女の着替えが3着しかないってのは大問題よ」

 

「ごめんね、着られなくなった服はほとんどバラして、別のことに使っちゃうから……」

 

 

シャクティがあまりに暗い声でそう言ったので、スージィは慌てて答えた。

 

 

「シャクティが謝ることじゃないわよ、逆に私はお礼を言わなきゃいけなくて……。

 ともかく、カサレリアにあるものだけじゃ足りないってことなの」

 

「それは……そうね」

 

 

カルルに指を握らせながら、マーベットが言った。

 

 

「それに街が見捨てられて、そのままにしてあるのは良くないことだわ。

 爆撃で亡くなった方が、野晒しになっている。リガ・ミリティアのクルーもね。

 

 本当の意味で戦争を終わらせるには、彼らをその、きちんとしなくてはいけないわ。

 これは私たちの精神衛生上の問題でもあるのよ。

 

 カサレリアに住んでいる以上、ウーイッグの存在が無視できないのは、

 シャクティも分かるでしょう」

 

 

これはかつてのカサレリアの生活が、

ウーイッグでの物の売り買いの上に成り立っていたことを考慮して言ったことだ。

 

カテジナがあそこにいるかもしれないということを、マーベットは知らない。

 

 

「シャクティ、おにくたべゆ!」

 

「はいはい、もう少し待ってね」

 

 

じっと黙っているシャクティの代わりに、答えたのはマーベットだ。

 

頭を撫でられたカルルは、きゃっきゃっとはしゃいでいる。

 

 

「………………」

 

 

あの戦争の中で、捨て鉢といって良いほどの勇気を何度も発揮した少女も、

大切な男の子が冒す危険には、年相応に臆病なのだ。

 

あの戦争で、ウッソが何度も何度も出撃するたびに、

幼い少女の精神はどれほど消耗しただろう。

 

彼女をザンスカールの中枢に飛び込ませた蛮勇も、

そうして弱った心の反動だったのかもしれない。

 

今ウッソをウーイッグに行かせたがらないのも、

ようやく手に入れた平和に、再び戦争が忍び込んでくるように感じるからだろうか。

 

そんなふうに考えたマーベットは、

シャクティにはこれ以上何も言わないことにして、話をウッソに向けた。

 

 

「ごめんなさいね。本当なら、私も手伝わなくてはいけないことだわ」

 

「僕の薪割りには、そんなこと言わないくせに」

 

 

ウォレンが口をとがらせる。

 

 

「あなたは甘えすぎるからよ」

 

「そうかなぁ」

 

 

そうこぼしながら、ウォレンは残ったパンをケースにしまって、テーブルについた。

 

ウッソはダミーやラジコンバルーンを部屋の隅に片づけている。

 

 

「マーベットさんは、お腹の赤ちゃんのことだけ考えてて下さいよ」

 

「そうもいかないわ」

 

「その方が、僕たちもいろいろ、頑張る甲斐があるんです」

 

「そう言ってくれるのは、嬉しいけれどね」

 

「ほら、フランダース。あなたの分よ」

 

 

シャクティが用意したフランダースの平皿には、塩で味を調える前に、

鍋から掬って冷ましたポトフが盛られている。

 

フランダースはガフガフと肉のかたまりに食らいついた。

 

それから6人でいただきますをして、食事が始まる。

 

カルルはスプーンが使えるようになったけれど、

まだまだ面倒をみてあげなくてはいけない歳だ。

 

スープが垂れた口元をマーベットが左から拭いてやり、

肘でひっくり返しそうになった器を、シャクティがすかさず右から支える。

 

それでも、もう食べ物で遊ぶような“おいた”はしなくなっていた。

 

 

「おにくおいちぃの……じゃがいももしゅき!」

 

「なんでも食べてえらいわね」

 

 

皆が食糧を大切に扱っているのが、カルルにも通じているのだとシャクティは思う。

 

 

「やっぱりシカ肉はいいなあ! 狩りに行った甲斐があるってもんだよ」

 

「しとめたのはトマーシュでしょ」

 

 

スージィはそう言ったが、

 

 

「狩りは共同作業さ」

 

 

ウォレンは気にせず、澄まし顔で料理を味わっている。

 

それを見てスージィも、ポトフのシカ肉を口に運んだ。

 

フランダースのとは違って、サイコロに切ってある。

 

舌の中でふわりとほぐれて、日頃なかなか口にできない肉の旨みの中に、

鼻先を抜けるような爽やかな香り。スージィは思わず頬に手を当てた。

 

 

「狩りはどうか知んないけど、美味しいね。

 シカ肉って昔食べたことあるけど、

 こんなにやわっこくなかったし、ちょっと臭かったわ」

 

「シャクティが料理上手なのよ。よく煮込んであるし、

 これならカルルでも噛みきれるわね。これ、何の香りかしら」

 

「ローズマリーです。一昨年に庭で取って、

 干しといたのがまだ残っていて……」

 

 

そう答えながら、シャクティは別のことを考えている。

 

あの日、視力を失ったカテジナを、死の街ウーイッグへと案内してしまったことだ。

 

 

――ワッパのオートコンパスが壊れてしまって方向が分かりません。

  ウーイッグはどちらでしょう……。

 

 

あのときは、ウーイッグが今どうなっているかなんてシャクティは知らなかった。

 

ふとした話の折りに、ウッソからウーイッグの現状を聞いたのが、ほんの数日前のことだ。

 

もちろん地雷のこともそのとき初めて知った。

 

だからといって、まさかあの賑やかなウーイッグに戻っているなんて、

思っていたわけでもない。

 

 

――カテジナさんをエリシャさんに会わせることが出来ないから?

 

 

エンジェル・ハイロゥのサイキッカーから流れ込む、

情報の海にいたシャクティとは違い、

エリシャはすべての戦況を把握していたわけではない。

 

カテジナがオデロを殺したことなどは知らないのだ。

 

 

――冬が来ると、わけもなく悲しくなりません?

 

 

あの言葉を聞いたとき、シャクティの心に氷壁がそそり立った。

 

平和を願う心と無縁ではない、戦場との断絶を願う心。

 

抜け殻のようなカテジナの姿が、生きた戦争に見えた。

 

 

――そうですね。

 

 

時間が経ってあのやりとりを思い出す度に、

どこか焦りに似た後悔の念が小さな胸を苛んだ。

 

もしまだあそこにカテジナがいるのなら、

誰かが救い出してあげなければいけないのではないか。

 

でも、地雷の撤去なんてウッソにしかできないだろうし、

シャクティが一番危ないことをさせたくないのがウッソなのだ。

 

それに、

 

 

――結局のところ、私はウッソをカテジナさんに会わせたくないんだわ。

 

 

それがどういう思考から紡がれた感情なのかは、

あまりにいろんなことが絡み合っていて、頭の中でまとまらなかった。

 

でもそれはきっと、とても自分勝手な理由なのだとシャクティは思うのだ。




ハイランドの人達の人数を考えるに、
(マサリク家4人、クランスキー家4人、イエリネス家4人で合ってるだろうか)
カサレリアの住宅には収まらないだろうし、ウーイッグは壊滅しているので、おそらくエルベ川方面へ開拓を行なうのではないか、という予想で、ウッソ達とは別の暮らしをしていると解釈しています。

もちろん交流がないわけはないので、ハイランド組もその村も、この先登場する予定です。

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