侵略!パンツァー娘   作:慶斗

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※形式の都合上、キャラの名前が一部略称になっています。


シンディー→シン


Chapter23:戦線復帰の裏話です!

時は戻り一日目、江の島にドーラの砲撃が放たれて少し経ってから。

由比ヶ浜海岸に、奇妙なものが流れ着いた。

かなり大きなサイズの、遠目に見たら毛糸玉のような青い球体。

それが海から浮かび上がり、波に押されるように波打ち際に打ち上げられた。

 

しゅるしゅるしゅる・・・・

 

波打ち際にたどり着いた球体が、ほどけるように姿を崩していく。

そしてその中からは____

 

イカ娘「な、なんとかたどり着いたでゲソ・・・・!」

 

イカ娘たちの乗った五式が現れた。

 

渚  「ほんと、危機一髪でしたね」

栄子 「まったくだよ。まさか爆発の衝撃で崖の外に吹っ飛ばされるとは思わなかった」

シン 「あのまま海に叩きつけられてたら、大破は免れなかったわね」

鮎美 「イカ娘さんが触手でボールを作ってくれたおかげです。あの人離れした早業、素敵でした!」

イカ娘「いやまあ、それほどでもあるでゲソ」

 

普段褒められ慣れてないせいか、照れまくりなイカ娘。

気を取り直し周囲を見渡す。

 

イカ娘「ここは・・・・」

 

見覚えのある風景にある方向を向くと、

 

栄子 「あれ、れもんじゃねえか」

 

偶然にも流れ着いた先は海の家れもんの目の前だった。

 

シン 「ちょうどいいわ、一旦あそこに戦車を隠しましょう」

渚  「そうですね。どこか壊れてないかチェックも必要ですし、その間見つかったらまずいですもんね」

栄子 「よーし、とりあえず店ん中に入れるぞー」

 

ドルンドルルルル

 

エンジンを入れ直し、五式を前に走らせ始める。

その直後、

 

ベキンッ!

 

嫌な音がしたかと思うと、

 

ガコンッ!

 

イカ娘「うわあっ!?」

 

砲塔が根本から外れ、転輪がへし折れ、履帯はちぎれ、五式は大きく傾き砂浜にめり込んでしまった。

 

イカ娘「栄子、何やってるのでゲソ!」

栄子 「私のせいじゃねえだろ!」

渚  「きっとさっきの砲撃でダメージを受けたんですよ」

シン 「むしろよくこの程度で済んだと言うところね」

鮎美 「どうしましょう、このままじゃ進みません」

栄子 「うーむ・・・・」

 

そして。

 

イカ娘「ふぬぬぬぬ・・・・!」

栄子 「いいぞ、ちょっとずつだけど進んでる!」

 

顔を真っ赤にして触手に力を込めるイカ娘。

五式に触手を巻きつけて、少しながらも引き摺るようにしてれもんを目指して引っ張っていく。

五式の後ろでは栄子と渚が懸命に押し、鮎美とシンディーはイカ娘たちを応援したり引っ張るルートの指示を飛ばしたりしている。

 

渚  「砂浜の上でっ、イカの人が、引っ張ってるのにっ、これだけしか、進まない、なんてっ・・・・!」

 

渚も懸命に押しているが、やはり安易には行かない。

結局かなり時間がかかったが、なんとか五式をれもんの店内へと隠すことに成功した。

 

栄子 「だはーっ・・・・疲れた!」

 

バッタリと店内の畳席に倒れ込む栄子と渚。

 

シン 「二人ともお疲れ様」

鮎美 「お疲れ様でした。あの・・・・お二人とも常人じみてました!」

渚  「それって労いの言葉なんでしょうか?それとも褒め言葉?」

栄子 「まあ、鮎美ちゃんのことだから悪口じゃないな」

 

などと言いながら体を休める栄子たち。

 

イカ娘「お主ら・・・・」

栄子 「ん?」

イカ娘「一番の功労者である私を敬わないとはどういう了見でゲソ!」

 

汗だくになって床に這いつくばっているイカ娘が抗議の声を上げる。

 

イカ娘「ここまで引っ張って来れたのもほとんど私のおかげじゃなイカ!もっと私を労わるでゲソ!」

栄子 「何言ってんだ、力のあるやつが貢献するのは当たり前だろ。普段から人より優れてるとか勝ってるとか言っといて都合のいい時だけ公平を求めるんじゃねえよ」

イカ娘「ぐぬぬ・・・・」

 

栄子に論され悔しがるイカ娘。

 

栄子 「冗談だよ。ホレ」

 

ひょい

 

栄子が冷蔵庫から飲み物を取り出し差し出す。

 

栄子 「お疲れさん」

イカ娘「最初からそうすれば良かったのでゲソ。まわりくどいでゲソね」

栄子 「お前が言うなっつーの」

 

いつものように軽口を交わし合い、ペットボトルを飲み終えた頃にはだいぶ落ち着いていた。

 

渚  「それで・・・・これからどうしましょうか」

 

渚が切り出し、一同の視線は五式に向けられた。

 

栄子 「幸いにも撃破判定にはなってない。この場合、直せば戦線復帰は叶うんだよな」

シン 「ええ。でもとりあえず無線でチームのみんなに連絡とっておきしょ。きっと心配してるわ」

栄子 「たしかに。鮎美ちゃん、チーム全体に向けて無線飛ばしといてくれる?」

鮎美 「あっ・・・・はい」

 

おずおずと車内に戻り、無線を手に取る鮎美。

その間、イカ娘たちは五式の破損具合を調べ始めた。

 

栄子 「あちゃー、こりゃまた派手にやられてるなぁ」

渚  「直撃してないのに衝撃でこれですからね、もし直撃してたら大破してましたよ」

シン 「それどころか私たち無事だったかしら」

栄子 「怖いこと言うなよ、さすがに戦車道でそういう危険はないだろ。・・・・ないよな?」

 

などと話しながら壊れた転輪と履帯を取り外した。

 

鮎美 「あの・・・・」

 

鮎美がおずおずと顔を覗かせる。

 

栄子 「ああ、どうだった鮎美ちゃん?みんなと連絡ついた?」

鮎美 「あの、それが・・・・その・・・・」

 

言いにくいことがあるのか、はたまた相手が人だからか、鮎美の歯切れが悪い。

 

イカ娘「どうしたでゲソ、鮎美?」

鮎美 「それが・・・・無線が通じないんです」

渚  「えっ」

 

車内に入った栄子が無線機を触り色々試してみる。

が____

 

栄子 「ダメだ、うんともすんとも言わね」

 

やがて匙を投げた。

 

渚  「やっぱり落下のショックで・・・・」

シン 「恐らくそうでしょうね。でも無線の故障は敗北条件にはないから、緊急性は低いわね」

栄子 「でもみんなに無事を知らせらんないのは痛いな」

イカ娘「じゃあどうするのでゲソ、連絡が取れないんじゃ迎えに来てもらえないじゃなイカ」

栄子 「そうだな、となりゃ・・・・」

 

五式を見る。

 

栄子 「自力で直すしかないな」

 

そこから、イカ娘たちの苦難が始まった。

 

栄子 「どういうことだ・・・・!」

 

まず転輪を付け直すにあたり規格を調べようと左右の転輪を外して並べてみたのだが、『左右全ての転輪がバラバラ』だったのである。

 

渚  「どうなっているんでしょう!?もしかして、戦車の転輪ってそもそも左右非対称なんでしたっけ!?」

シン 「そんな訳ないわ、何度かチャーチルも整備したでしょ?あっちは左右対称、そうでないとまっすぐ走らないはずよ」

鮎美 「でも、この子はさっきまで非対称なのにまっすぐ走れてましたよね・・・・?」

イカ娘「どういうことでゲソ・・・・!」

栄子 「借りてきたお前が混乱してどうする!」

 

のっけから混乱してしまったが、とりあえず『五式はこういうもの』として強引に結論づけ、破損してしまった転輪の換えを見繕う。

 

イカ娘「夏に戦車道やってた時に、色々パーツを集めてて正解だったでゲソ」

栄子 「何だかんだいろんな種類に関わってたもんな。転輪のストックも多いし、どれか合うだろ」

 

と、パズル感覚で合う転輪を探し始める。

そして。

 

栄子 「無ぇーーーッ!」

 

栄子は頭を抱えて叫び出した。

破損した転輪は、数多いストックのどれにも、・・・・というか、『五式に使用されている転輪全て』がストックに当てはまらなかった。

 

シン 「そんなことってあるの?サイズも種類もバラバラ、なのに全部一つとして同じものが存在しないだなんて・・・・それってどう考えてもまともじゃないわ」

鮎美 「どうしましょう、転輪が直らなかったら試合に戻れません・・・・」

 

しかし打つ手が見当たらず、絶望が店内を包みかけたとき、

 

???「すいません」

 

店の入り口から、男の声がした。

 

栄子 「え?」

 

その声に思わず振り返ると・・・・そこには男が一人いた。

作業着で身を包み、眼鏡をかけた、一見優男風の男性。

普通に街中で見かけそうな、至って普通のおじさんと言った印象だった。

 

栄子 「えっ、と・・・・?」

 

思わぬ来訪者に思考が固まる栄子。

そんな栄子に、

 

謎の男「すいません、お腹すいちゃいまして。・・・・ここ、海の家ですよね?やっていますか?」

 

男は和やかに語りかけた。

 

栄子 「え、あ、いや、そうですけど、今は休業っていうか・・・・」

 

戸惑いつつも断りを入れようとすると、

 

ぐううー・・・・

 

男の腹の虫が鳴った。

 

イカ娘「おっさん、お腹すいてるでゲソか?」

謎の男「お恥ずかしい、今朝から働き詰めで食事を取り損ねてまして」

 

あはは、と照れ臭そうに笑う男。

そんな様子を目の当たりにして、顔を見合わせる栄子たち。

 

栄子 「いいよ。少し食材も残ってるし、ありあわせで良ければ作るから待っててくれるか?」

 

栄子の答えに、男はパァッと顔を明るくした。

 

ジュー・・・・

 

鉄板に火を入れ、焼きそばを作る栄子。

渚も隣で手伝っている。

男は席につき、にこにこしながら出来上がるのを待っている。

 

イカ娘「おっさん、どうしてここに来たのでゲソ?」

謎の男「えっ?」

 

見ると、男の隣にイカ娘が座ってじっと見ている。

 

イカ娘「今ここは戦車道の試合エリアでゲソ。選手以外立ち入り禁止なのは私でも知ってるでゲソよ」

謎の男「あー・・・・」

 

問い詰められ、目線を外す男。

 

謎の男「私、よく考え込みながら歩くことがありまして」

イカ娘「ふむ」

謎の男「それで、今日も色々考えながら街中を歩いてたら」

イカ娘「ほう?」

謎の男「いつの間にかここへ」

イカ娘「普通そうならないでゲソ」

謎の男「はっはっは、よくあるんですよ、私は」

 

イカ娘のツッコミも笑って流した。

やがて、

 

栄子 「はいおまちどう」

 

栄子が仕上がった焼きそばを男の前に置いた。

 

謎の男「ありがとうございます。いやあ、これは美味しそうですね。いただきます」

 

そして男は美味しそうに食べ始めた。

 

栄子 「ごゆっくりー。さて、と・・・・」

 

調理を終えた栄子は五式を調べ直す。

 

栄子 「どーすんだ、これ」

 

床に並べられた五式の転輪を見て、現状を再認識する。

 

シン 「破損してる転輪は四つだから他はそのまま使えばいいけど、問題はこの四つよね」

渚  「同じサイズの物がないのに、どうやってスペアを用意すればいいんでしょう・・・・」

鮎美 「じゃあ、無かったら、サイズが合うようにけずる、とか・・・・?」

栄子 「よしイカ娘、やれ」

イカ娘「無茶言うなでゲソ!」

 

などとやいのやいのと修理が進まず悩んでいると____

 

謎の男「あのー」

 

焼きそばを食べ終わった男が話しかけてきた。

 

栄子 「あ、食べ終わった?」

謎の男「はい、ごちそうさまでした。それでですが・・・・」

栄子 「ああ、お代はいいよ。余り物だったし、店はやってなかったんだから」

謎の男「それは・・・・ありがとうございます。それで、時に相談なのですが」

栄子 「ん?」

謎の男「その戦車、私に見せていただけないでしょうか?」

渚  「えっ?」

謎の男「実は私、趣味で戦車いじりが得意でして。盗み聴きみたいで申し訳ありませんが、戦車の修理でお困りだったようなので」

シン 「ワーオ、渡りに船ね」

謎の男「少し見せていただけませんか?力になれるかもしれません」

栄子 「そりゃ構わないけど・・・・多分思った以上に厄介な話だよ?」

謎の男「むしろ興味をそそられますね」

 

というわけで男に見てもらうことにした。

 

謎の男「さて、破損した転輪はこの四つですね?ふむふむ・・・・確かに本来の規格とは違うものを使用していますね・・・・。型番の刻印もなし、あれに似ているようで微妙に違う・・・・なるほど・・・・」

 

側から見るに戸惑う様子もなく、理解を深めながら展覧を調べていく。

その様子は、経験と知識に基づいた確かなものを持っているようにも見えた。

続いて折れた砲塔、ちぎれた履帯を調べていく。

 

謎の男「これなら何とかできるかもしれません」

栄子 「本当か!?」

謎の男「ですが、時間はかかるかもしれません。お恥ずかしながら私の腕もそれほどではないので・・・・」

シン 「ううん、やってもらえるというだけで大助かりだわ。どのみち私たちだけじゃ修理にもならないだろうし」

渚  「そうですね。是非お願いできますでしょうか」

イカ娘「頼むでゲソ、まだここで離脱するわけにはいかんのでゲソ!」

謎の男「分かりました。では・・・・」

 

サッ

 

男はどこから取り出したのかスパナなどの工具を床に並べ、素早い手つきで五式に着手し始めた。

 

栄子 「これは・・・・なんとかなるかもしれないな」

渚  「はい!」

シン 「ところで今何時かしら」

鮎美 「えっと・・・・一時を回ったくらいです」

栄子 「試合は日没で一旦停止、その間は修理もできなくなる」

イカ娘「なら、日没までに修理が完了するかどうかでゲソね」

栄子 「ああ、それはおっさん任せになる」

渚  「できる限り、邪魔しないようにお手伝いしましょう」

 

イカ娘たちが男を見守っていると、男は素早い手つきでちぎれた履帯を修復して見せる。

 

栄子 「おお、すげえ!あんな派手にちぎれてたのにもうくっついたぞ!」

シン 「あの人、謙遜してたけどすごい腕前だわ」

 

短時間で要領よく履帯を修復した手際を目の当たりにし、男が只者でないことを悟る。

履帯の修理が終わると、そのまま転輪の方へと着手する。

 

謎の男「ふーむ、これはチハの前輪に似てるなぁ・・・・だけどこの歯の噛み合いが・・・・」

 

などと確認しながら栄子たちの集めていた転輪のストックを一つずつ見比べていく。

 

謎の男「すいません、この予備パーツ、いくら使ってもいいでしょうか?」

栄子 「えっ!?あ、ああ、他に使い道もないし、構わないけど・・・・」

謎の男「ありがとうございます、では使わせていただきますね」

 

そう言って男は転輪を一つ手に取ると、カンカンと削り始めた。

 

渚  「えっ、転輪を削ってますよ」

シン 「まさか、それでサイズを合わせるつもり!?」

栄子 「んなバカな、転輪は鋼鉄製なんだぞ?人の手で形を変えれるわけないじゃんか」

 

カンカン・・・・

 

しばらく削り続けたと思うと、男は削った転輪を手に五式の方へ。

 

謎の男「これなら、ここに・・・・」

 

そう言いながら一つを五式に当てはめてみる。

 

ピッタリ

 

男の削った転輪は、あてがった部分にピッタリはまった。

 

渚  「うそっ!?」

 

渚が思わず声を上げる。

そうしている間にも男は次々と転輪を削り、どんどん設置し続けた。

あっという間に転輪が再設置され、残りは四箇所となった。

 

謎の男「ここに先ほどのこれを・・・・」

 

そう言いながら予備の転輪をあてがう。

すると、

 

栄子 「おお、何でかわからんが上手くはまってる!」

 

頭の悪そうな感想が栄子から漏れるが、しかし言う通り大きさも間隔もバラバラなはずの転輪たちは、噛み合うように見事に収まった。

その後の履帯も慣れた手つきで巻き直し、破損した事実など無かったかのように元通りの姿を取り戻した。

____その後はスムーズに進んだ。

もはや疑いようのない男の腕前に、イカ娘たちも率先して修復を手伝う。

工具を渚が探し、シンディーが必要なパーツを管理する。

鮎美は冷蔵庫から飲み物や食べ物を必要に応じてみんなに配り、栄子は五式を操縦し修理しやすいように位置を微調整する。

そしてイカ娘は触手を操り、砲身を持ち上げ吊るし続けることで取り付け作業を効率化させた。

その結果___

 

ピピーーッ

 

栄子 「できたー!」

 

一日目終了の合図と同時に、五式の修理は完全に完了したのだった。

 

栄子 「よーし、今日はパーッと行くぞー!」

 

その夜。

ルールに則りイカ娘チームは戦車から離れ、店の目の前にある無傷だった相沢家にて豪勢な夕食を取り始めた。

 

テーブルには冷蔵庫に入っていた食材を名いっぱい使った料理が並び、人数以上の品数が並んでいる。

 

シン 「ちょっと作りすぎちゃったかしら」

栄子 「まあ、でもウチも戦闘エリア範囲内だしな。砲弾当たって吹っ飛んじゃったら食材も無駄になるし」

 

そんな理由もあり豪勢になった今晩の食事。

だが、その一番の理由は他に合った。

 

謎の男「あの・・・・私までご相伴に預かることになってしまって、いいのでしょうか」

渚  「いえいえ、一番の立役者じゃないですか!」

 

今宵の食事会の主賓は男だった。

 

栄子 「今日の時間以内に修理が全部済んだのもおっさんのおかげだからな。制限時間が来ちゃってもう外を出歩いちゃいけないし、ならウチにいてもらえば解決じゃん」

謎の男「いえ、ですが年頃のお嬢さんの家に男が転がり込むのはやはり・・・・」

イカ娘「何か問題があるのでゲソ?」

 

言っている意味を理解できないイカ娘の質問に男は頭をかきながら苦笑いを浮かべる。

 

シン 「大丈夫よ、あなたが信頼するに足りる人物だってことは私たち全員理解してる。それにあそこまで修理に尽力してくれた人を、用済みだからって放り出すとでも思った?」

謎の男「いえ、まさかそんなことは」

シン 「だったら大人しくお礼されてなさい。ほら、ここのお料理はどれもおいしいのよ?」

謎の男「・・・・はい、いただきます」

 

やがて折れた男は、素直に食事に箸を伸ばし始めた。

 

イカ娘「それにしてもおっさんの技術はすごかったでゲソ。私の周りにもあそこまで修理が上手い人はいなかったでゲソよ」

栄子 「そうそう。それにあの転輪の修理もすごかった。あのバラバラな転輪を並べなおしたのもすごいけど、まさか転輪を削ってサイズ合わせるなんて私らには絶対無理だったわ」

シン 「ええ、あれには驚いたわ。鋼鉄製の転輪のサイズを削って調整だなんて、何か特殊な技法を用いたのかしら?」

謎の男「?いえ、あの転輪は鉄ではありませんでしたよ。石でできていました」

みんな「「「え」」」

 

男の言葉に一同は固まる。

 

栄子 「石!?転輪が!?」

謎の男「もちろん全部が石の転輪ではありませんでした。ですが半分近くの転輪は石を削って作られたもので、今回破損していたのもそれでしたね」

渚  「石製・・・・!?だから割れてしまったんでしょうか」

謎の男「いえ、あの石材は軽さと硬さでは随一のものです。むかし戦車に鋼鉄が使われなかった頃、石でできた車輪も多用されていたと記録にあります」

シン 「なるほど、石だから削ってサイズを調整できたのね」

鮎美 「でも・・・・どうして石でできた転輪を使ったのでしょう」

イカ娘「お金が無かったんじゃなイカ?」

栄子 「んな安直な」

謎の男「いえ、的を得ているかもしれません」

栄子 「マジで!?」

 

男はちらりと窓の外、れもんの方を見る。

 

謎の男「あの戦車を修理している間、沢山の手を加えられた部分を見かけました。立派に修理されていましたが、どれも使われた素材や技法は一般的なものではありません。恐らく正規な補修材などを手に入れられなく独学で修理をしていたのでしょう」

 

説明を聞いた栄子がひそひそ話し始める。

 

栄子 「なあ・・・・あの五式って、あのお婆さん・・・・昔のダージリンさんの友達のだって言ってたよな?」

イカ娘「そう聞いたゲソ」

栄子 「それ以来行方不明だって聞いたし・・・・じゃああの五式は五十年以上昔からずっと個人がオーバーホルしてたってことか!?」

イカ娘「すごいでゲソね」

栄子 「すごいなんてもんじゃねえよ、なんでそれであんなに動けたんだ・・・・」

 

栄子とイカ娘の内緒話を少し気にかけながら話は進む。

 

謎の男「確かに修理は正規のものではなく、独学によるものです。ですがそれだけです。修理は完ぺきになされ、それによる不具合や機能の低下は見られませんでした。事情はあれど、あの戦車の・・・・五式の持ち主がいかにそれを大切にしていたかが伝わって来るようです」

 

男の口調から、五式の持ち主に対する尊敬のようなものが感じられる。

 

謎の男「あの戦車はお友達からお借りしたと聞きましたが、よければ私に紹介してもらませんでしょうか?独学であそこまで戦車を理解した方のお話、是非お聞かせ願いたいのです」

イカ娘「うーん・・・・それはやまやまなのでゲソが、その本人から『自分のことは他人に言いふらさないで』と頼まれてるのでゲソ。だからおっさんの頼みでも教えてあげられいのでゲソ」

 

イカ娘にそう言われると、男は残念そうな、しかし納得したような表情をした。

 

謎の男「やはりそうでしょうね。日本戦車史上最大の謎と言われた五式の存在。その所有者となれば身元を隠したがるのも当然です。出過ぎた要望、失礼いたしました」

栄子 「ああいやいや、謝らないでも」

謎の男「幻の戦車、五式の修理に携われただけでも満足です。これ以上は高望みですね」

 

ちらり、と時計を見る。

 

謎の男「そろそろいい時間ですね」

栄子 「そうだな、明日の試合再開も早いし、そろそろ寝るか」

 

そして消灯になって。

 

シン 「ねえ、あなた本当にそこでいいの?」

謎の男「はい。職業柄、外で寝袋なんてしょっちゅうですので」

 

男は相沢家内ではなく、寝袋で庭に寝ると提案した。

 

イカ娘「家があるのに外で寝たいなんて、変わったおっさんでゲソ」

謎の男「知ったばかりの男を家に上げて泊まらせた、などと親御さんが聞けば心配することでしょう。私にも同い年の娘がいますので、気持ちは分かります」

シン 「・・・・そういえば、あなた名前聞いてなかったわね」

謎の男「はい、私はにしず・・・・」

 

そこまで言いかけて口をつぐむ。

 

イカ娘「にしず?」

謎の男「にし(・・)・・・・づか(・・)。私は『西塚(・・)』と言います」

シン 「・・・・そう。ああそうだこれを渡すの忘れるところだったわ」

 

そう言ってシンディーは包みを渡す。

 

西塚 「これは?」

シン 「晩御飯で余ったお米で握ったおにぎりよ。明日は早くて朝ごはん食べてる暇ないでしょうから、それで我慢してちょうだい」

西塚 「我慢なんてとんでもない。ありがたくいただきます」

シン 「じゃあ私たちも寝るわ。西塚、今日は助かったわ。風邪ひかないようにね」

イカ娘「おやすみなさいでゲソー」

西塚 「はい。おやすみなさい」

 

挨拶をかわしシンディーたちは去っていく。

寝袋に入り、庭に寝転がる。

 

西塚 「・・・・」

 

空は満点の星空だった。

 

翌朝。

 

イカ娘「ふわーあ・・・・」

 

起き抜けのイカ娘と栄子がリビングに降りてきた。

 

栄子 「あー・・・・よく寝た。・・・・もうすぐ試合再開の時間だ、着替えて用意を・・・・」

 

そう言いながら栄子が庭を見ると、もうそこには西塚の姿は無かった。

 

栄子 「あれ、おっさん?・・・・どこ行っちまったんだ」

イカ娘「庭に何か置いてあるでゲソ」

 

見ると、昨晩西塚のいた場所に手紙が置いてあった。

 

『昨日は楽しい時間をありがとうございました。貴女がたの健闘を祈ります』

 

イカ娘「もう帰っちゃったでゲソか」

栄子 「そっか。最後にもう一回あいさつしときたかったな」

 

そして、準備が整い一同は五式にまたがる。

 

ドゥルルルルン!!

 

エンジンを入れたわけで分かる、昨日どおり、むしろさらに調子が良くなったように感じる軽快な響き。

これならいける、五人全員がそう思った。

 

イカ娘「戦車前進でゲソ!」

 

ギュイイイイン!

 

かくして五式は戦線復帰を果たしたのだった。

 

 

~二日目早朝、黒森峰・大洗チーム陣営リタイア車両修理エリア~

 

 

作業員「まだ戻ってきてない・・・・。もう、チーフどこ行っちゃったんだろ」

しほ 「・・・・」

 

辺りを見渡しながら困った顔をする作業員。

そんな作業員の脇を通り過ぎるしほ。

と、しほは前方から歩いてくる人物に気が付き、歩み寄った。

 

しほ 「あなた、どこへ行っていたの」

???「いやあ、ちょっとばかり戦車の見聞を深めにね」

 

笑ってごまかすように頭をかく。

 

しほ 「・・・・よっぽどいい経験ができたようね」

???「おや、わかるかい?」

しほ 「見れば分かるわ。あなた、戦車道関連で新しい発見があるといつも目がキラキラしてる」

???「はっはっは」

 

ふと、手に持っている包みに気づく。

 

しほ 「それ、何かしら」

???「ああ、昨日出会った子たちに貰ったんだ」

 

そう言って包みを開けると、中から出てきたのはおにぎりだった。

 

???「君も食べるかい?」

しほ 「結構よ。・・・・きっと今日もいろいろ食べ物を勧めてくる人が隣に座ってきそうだから」

???「そうなんだ」

しほ 「チームの人が探してたわよ。行ってあげなさい」

???「おっといけない。じゃあ行ってくるよ」

 

そう言っておにぎりを頬張りながら修理エリアへ向かう。

その後ろ姿を見ながら、しほはため息をついて見送った。

 

作業員「あーーっ!」

 

やがて、姿を見せた人物に作業員は少し頬を膨れさせながら駆け寄る。

おにぎりを手に持ちながら、のんきに手を振る男に向かって作業員は叫んだ。

 

作業員「どこ行ってたんですか、西住チーフ!」




実は、例のアレの影響あり最終章三話をまだ観ていない状態にあります。
知波単と大洗の決着、どうつくか見届けたいのですが、いかんせん・・・・。
今回はおとなしくブルーレイ版が出るのを待つことになりそうです。

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