侵略!パンツァー娘   作:慶斗

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※形式の都合上、キャラの名前が一部略称になっています。

ダージリン→ダー
オレンジペコ→ペコ
アッサム→アッサ
ルクリリ→ルク
ローズヒップ→ローズ
ニルギリ→ニル

シンディー→シン


第2話・博識じゃなイカ?

ダー 「ご機嫌よう」

イカ娘「いらっしゃいでゲソ!」

 

恒例となった海の家れもんでの、聖グロリアーナ戦車道チームのお茶会。

今日もダージリンはオレンジペコ、アッサムをはじめ大勢の仲間を連れてれもんを訪れていた。

 

ローズ「本日もお邪魔いたしますわ!」

イカ娘「ローズヒップもよく来たでゲソ。昨日食べ損ねてたパンナコッタかき氷、とっといてもらってるでゲソよ」

ローズ「まあ、イカ娘さん!ありがとうでございますわー!」

ルク 「何だかんだ、あいつが一番ここに馴染んでる気がするな」

ニル 「そうですね。ここので昼食を誰よりも楽しみになさってますし」

ルク 「でもそれはよくわかる。実際ここの焼きそば食っちゃうと他所で満足できなくてさ」

ニル 「・・・・グロリアーナの学園艦に、焼きそば扱っている所ってありましたっけ?」

ルク 「どんな所にも需要があるってことだよ」

ニル 「はあ」

 

いつもの決まった席に着き、各々が注文を決め、栄子と渚が手分けしてオーダーを取り切る。

そして千鶴が瞬時に料理を仕上げ、イカ娘が触手で一気に料理を運ぶ。

もはやいつもの見慣れた光景となっていた。

 

栄子 「姉貴、全部片付け終わったぞー」

千鶴 「ありがとう栄子ちゃん」

 

食事が済み、千鶴はお茶会の準備に入る。

手際よくお茶を淹れ終え、イカ娘たちが慎重にソーサーに乗ったティーカップを配る。

 

ダー 「ありがとうございます。では皆さん、頂きましょう」

全員 「いただきまーす」

 

ダージリンが代表して礼を述べ、各々が紅茶に口をつける。

千鶴はそんな彼女たちを、厨房からニコニコしながら眺めていた。

 

栄子 「姉貴」

 

ふと、栄子が声をかけてくる。

 

千鶴 「どうしたの、栄子ちゃん?」

栄子 「たまにはさ、ダージリンさんと一緒にお茶してみなよ」

千鶴 「えっ?」

 

予想外の提案に千鶴が面食らう。

 

栄子 「前に、ダージリンさんたちが言ってたんだよ。『いずれ千鶴さんと一緒にお茶を頂きたいものですわ』ってさ」

千鶴 「でも、急にそんな話を切り出したら向こうにも迷惑だわ。それに、私は__」

栄子 「姉貴」

 

理由をつけて断ろうとする千鶴に、栄子が目でとある方向を促した。

目線の先には、ダージリンが座っている。

すぐに視線に気づいたダージリンが、ティーカップを持ち上げ、千鶴に向けて

 

ダー 「♪」

 

軽く、ウィンクをした。

 

千鶴 「・・・・」

栄子 「なっ?ダージリンさんだって、いつでも姉貴が来るのを待ってるんだよ」

千鶴 「でも、OBの私がいたら他の子だって落ち着けないんじゃ・・・・」

栄子 「後輩のお願いを聞いてあげるのも、先輩の役目だろ?」

千鶴 「栄子ちゃん・・・・」

 

栄子もウィンクをして、千鶴を促す。

千鶴は少し考えていたが__

 

千鶴 「ダージリンちゃん。相席、いいかしら?」

 

千鶴は自分のカップを持って、ダージリンの席に歩み寄った。

 

ダー 「歓迎いたしますわ」

 

ダージリンはいつも通り、優雅に微笑みで返した。

そして、十数分後。

 

ローズ「ディン、いえ、千鶴さま!今度、ぜひわたくしにご指導願いますわ!」

ルク 「おいこら!全然遠慮できてないじゃないか!ていうかお前少しはオブラートに包め!」

アッサ「ルクリリも落ち着きなさい。淑女たるもの、いかなる理由であれティータイムで声を荒げるものではありませんよ」

ニル 「私も、いつか千鶴様とお話したいと思っていました。お料理などでも、聞きたいことが沢山ありまして」

千鶴 「あらあら。ふふっ」

 

席に着いた千鶴を、グロリアーナのメンバーが総出で取り囲み、矢次早に声をかけ始めている。

ダージリンは隣に座りながら、その様子を嬉しそうに見ながら紅茶を飲んでいる。

 

ペコ 「はい、時間はこれくらいで__これで、準備は完了ですね」

イカ娘「ふむ、お茶一つ入れるのにもいろいろ手間がかかるのでゲソ」

 

その間、オレンジペコはイカ娘に紅茶の入れ方をレクチャーしていた。

そして、用意したポットとティーセットを持って、オレンジペコとイカ娘がダージリンたちの席に歩み寄る。

 

ペコ 「ダージリン様。お待たせいたしました」

ダー 「完璧なタイミングよ、ペコ」

 

オレンジペコとイカ娘が手分けして、ダージリンと千鶴に新たに紅茶を淹れた。

 

アッサ(この香りは・・・・)

 

その場にいたほぼ全員(具体的に言うとローズヒップ以外)は、オレンジペコの入れた紅茶がディンブラであることに気が付いていた。

しかし誰も声を上げず、成り行きを見守っている。

 

千鶴 「__美味しい」

 

紅茶を一口つけ、千鶴が笑顔で呟いた。

その一言に、その場にいたグロリアーナ生たちがまるで胸のしこりが取れたように、安堵した表情を浮かべる。

ダージリンだけは表情を崩さずに、優雅に紅茶を飲んでいる。

 

アッサ(これで、聖グロリアーナの歴史の中で唯一誇ることのできなかった負の遺産も、一様の解決を見ることができたのかしら)

 

アッサムは一人、この光景に胸をなでおろしていた。

しばらくわいわいとメンバーと千鶴が会話をしていると__

 

ダー 「こんな格言を知っていますかしら?」

 

ダージリンがいつもの向上を述べ始め、周囲が口を慎む。

これはいつものことで、ダージリンが格言を述べるときは誰も口を挟まず、静かにダージリンの格言を聞く。

それが今のグロリアーナ戦車道チームの暗黙のルールになっていた。

そして合の手を入れるため、オレンジペコがダージリンのやや後ろに立つ。

 

ダー 「どんなに悔いても過去は変わらない。どれほど心配したところで__」

イカ娘「どれほど心配したところで、未来もどうなるものでもない。いま、現在に最善を尽くすことである。松下幸之助でゲソか」

 

そばにいたイカ娘が、口をはさむ。

 

ペコ 「!」

ルク 「!」

ニル 「!」

ローズ「?」

イカ娘「む?」

 

ダージリンの格言を、横からそっくりそのままかっさらったイカ娘に、グロリアーナ一同が戦慄する。

そんな様子に、何ごとか怪訝な様子のイカ娘。

 

ダー 「あら」

 

口上に割り込まれても、ダージリンは眉一つ動かさず、関心した様子も見える。

ダージリンは小さく咳ばらいをし、もう一度口を開く。

 

ダー 「挫折を経験したことがない者は」

イカ娘「何も新しいことに挑戦したことがない者である。アンシュタインでゲソ」

 

ダージリンの目が輝き始める。

 

ダー 「名誉を失ったら、元からなかったと思えば生きていける」

イカ娘「財産を失ったら作ればいい。しかし勇気を失ったら、生きる意味はない。ゲーテでゲソ」

ダー 「人は真面目に生きる限り、必ず不幸や苦しみが降りかかってくる」

イカ娘「しかし、それを運命として受け入れ、我慢し、積極的に力強くその運命と戦えば、いつかは必ず勝利することができる。ベートーベンでゲソ」

ダー 「私たちは、この世で大きいことはできない」

イカ娘「小さなことを大きな愛をもって行うだけである。マザー・テレサでゲソ」

ダー 「生きるかぎり歌いながら行け」

イカ娘「そうすれば、道はそれだけ退屈でなくなる。ウェルギリウスでゲソね」

 

間髪おかず繰り返されるダージリンの格言と、それを当然のように繋げるイカ娘。

その掛け合いを、開いた口が塞がらないという様子で眺めるグロリアーナ一同。

 

ダー 「素晴らしいですわ、イカ娘さん」

 

満面の笑みでイカ娘に拍手を送るダージリン。

 

ダー 「ここまで私に付いてこれる方は、オレンジペコ以外初めてですわ」

イカ娘「一般常識じゃなイカ」

ルク (一般って何だっけ)

ローズ「何だかよくわからないけど素晴らしいですわ!」

ニル 「本当に、凄いです」

千鶴 「イカ娘ちゃんは、ときどき凄いところを見せてくれるわね」

アッサ「強力なライバルが現れたわね、ぺ__」

 

アッサムが出番を取られたオレンジペコを労おうと目線を送ると、オレンジペコは暗く濁ったような目で、ダージリンたちを見つめて立ち尽くしているように見えた。

 

アッサ「ペコ」

ペコ 「!」

 

アッサムが他に気づかれないようにこっそりオレンジペコを肘でつつくと、オレンジペコははっと目が覚めたかのように小さく跳ねる。

 

ダー 「今後も末長くお付き合い、お願いいたしますわ」

イカ娘「うむ!よきにはからえでゲソ!」

栄子 「調子に乗るな!」

イカ娘「あてっ」

 

栄子に拳骨を受けるイカ娘に微笑しつつ、ダージリンたちは海の家れもんを後にした。

 

ルク 「凄い才能でしたね。まさかイカの子にあんな特技があったなんて」

アッサ「ええ。まさかダージリンと互角なくらいの格言の引き出しを持っていたなんて」

ローズ「何を隠そう、わたくしも格言にはちょっとして自信がありますのよ!もちろんダージリンさまほどではありませんですけど」

ニル 「へえ、例えばどんな格言をご存知ですか?」

ローズ「えー、『早起きは三文の得』!」

アッサ「それはことわざよ」

ローズ「あら?」

ルク 「あら?じゃないだろ」

 

イカ娘の博識ぶりに会話が弾む中、先頭を歩くダージリン、その一歩後ろを歩くオレンジペコは、黙ったままだった。

それからというもの、

 

アッサ「各車輛、作戦位置に到着しました」

ダー 「砲撃、開始」

ペコ 「・・・・」

 

戦車道訓練の時、

 

ローズ「そこでわたくしのクルセイダーが、ズバーッとビョーンっと!」

ダー 「ローズヒップ、落ち着きなさい」

ペコ 「・・・・」

 

いつものティータイム、

 

イカ娘「この間紅茶を淹れたら、すごい泡立った緑色でビックリしたことがあったでゲソ」

ダー 「それは抹茶ですわね」

ペコ 「・・・・」

 

海の家れもんで団らんしている時も、オレンジペコは終始何かを考えこんでいるかのように無口だった。

そんなことが続いた、ある日の晩。

オレンジペコは、聖グロリアーナ女学園資料室に一人足を踏み入れていた。

暗い部屋の中、カンテラの明かりだけで次々と書物を読みふけっている。

 

アッサ(近頃毎晩自室を抜け出していると思ったら、ここに来ていたのね)

 

そんなオレンジペコを、本棚の陰に隠れたアッサムが様子をうかがっていた。

 

アッサ(何を読んでいるのかしら・・・・)

 

手に持った最新式のナイトスコープをのぞき込む。

机には、『最新戦車道理論』、『格言と歴史』、『紅茶と淑女』、『イギリス女王とそれを支えた幕僚の系譜』といったラインナップが積み上げられていた。

 

アッサ(あの子・・・・)

 

ふと、アッサムの肩にそっと手が乗せられる。

 

アッサ「ッッ!」

 

あやうく声を出しそうなところを、むりやり押し込める。

振り向くと__

 

アッサ「ダージリン」

 

口元に人差し指を立てたダージリンがいた。

その後、二人は場所をサロンに移した。

 

アッサ「全く、危うく声を上げるところだったわ」

ダー 「あらごめんなさい。アッサムのことだから、私のことなど既に気が付いていたと思ったのだけれど」

 

驚かすつもりで来ていたくせに、とアッサムは半ば呆れながら淹れたての紅茶を口にする。

 

アッサ「それで、どうしたの?貴女がこんな時間まで歩き回っているなんて珍しいじゃない」

ダー 「どうやら紅茶を飲みすぎてしまったようなの。眠れなかったからこうして少し夜の散歩を楽しんでいたところよ」

アッサ「今まで毎日紅茶を飲んでいて、そんなことになるのは今日が初めてだわ」

ダー 「あら、そうだったかしら」

 

隠すつもりに見せて全く隠すつもりもないダージリンの様子に、苦笑するアッサム。

 

アッサ「たしかに、ここ数日のあの子の様子は気にかかるところが多かったわ。きっかけは、きっと__」

ダー 「海の家、れもんね」

アッサ「思い返せば、貴女があのイカの娘と格言勝負をし始めてからよ。そこから、あの子は黙ることが多くなっていったわ」

ダー 「・・・・」

 

ダージリンは返事はせず、紅茶を飲む。

 

アッサ「あの子の優秀さは皆が認めているわ。貴女もあの子を相当に気にかけているし、経験を重ねるほどに更に成長を続けている。そして、それを驕ることもせず、謙虚に邁進を続けているわ」

ダー 「ええ」

アッサ「でも、あそこでイカの娘に会ってしまった」

ダー 「・・・・」

アッサ「貴女の格言に合いの手を入れるのもあの子の役割であり、これまで他の誰も担うことの出来なかった大役でもあったわ。でも、イカの娘がそれをいとも容易く凌駕してしまった」

 

アッサムは静かに紅茶をソーサーに置く。

 

アッサ「正直、私にも到底できない芸当よ。貴女の格言に合いの手を入れるどころか、まるで百人一首のように前半を聞いた僅かな間に後半を正確に言ってのける。誰の格言かも当然知ったうえで。格が違うわ」

ダー 「そうね」

アッサ「そしてこれまでその役目を担っていたオレンジペコには、衝撃だったでしょうね。役割をかすめ取られた上に、自分より遥かに格上がいると思い知らされたのだから」

 

アッサムはふう、とため息をつく。

 

アッサ「他の事に関してはあの子の方が上であるのは分かっているわ。でも、自信を持っていた一つが崩れたあの子のショックは計り知れないわ。そして__」

ダー 「毎晩、資料室で知識を深める努力を続けている、ということかしら」

アッサ「・・・・そうよ。おそらく、あの日から毎晩」

 

ダージリンは知っていたのか、眉一つ動かさない。

 

アッサ「今思えば、あの時オレンジペコに貴女からフォローを入れていてくれれば、今あの子はあんなことはしていなかったと思うわ」

ダー 「そうかしら」

アッサ「『あの子の才能は確かに凄かった。でも私に合いの手を入れてくれるのは、貴女が相応しいと思ってる、貴女がいてくれればそれでいい』とか、言いようはあったはずよ」

ダー 「あら、随分とロマンチックな言い回しがお上手ね、アッサム」

アッサ「茶化さないで」

 

自分でもどうかと思っていたのか、少し顔を赤らめる。

 

アッサ「あの子はダージリン、貴女の期待に応えようと躍起になっているわ」

ダー 「私に」

アッサ「ええ。一年生で隊長車の乗員に抜擢され、大会の視察の時もいつもあの子を連れている。否が応でも自分が目をかけられている、と思うわ」

 

しばし、沈黙が走る。

ダージリンは目をつぶっている。

 

アッサ「期待に応えなければいけない。実力を示さなければならない。貴女の希望を全て満たさなければならない、そう思っているはずよ」

 

紅茶の二杯目を淹れる。

 

アッサ「だから、自らに課せられている部分で他人に劣っていると思われるわけにはいかない。そのために、あの子は今、己を高めようと必死になってしまっているのよ」

ダー 「アッサム」

アッサ「え?」

 

それまで言葉少なげに話を聞いていたダージリンがアッサムを呼ぶ。

突然の切り替えしに、戸惑うアッサム。

 

ダー 「貴女は、よくペコのことを見てくれているのね。ありがとう」

アッサ「っ!きゅ、急に何を言い出すの。チームメイトとして、同じ戦車に乗っているのだから、気にかけるのは当然のことでしょう」

ダー 「でも」

 

ダージリンはくいっと紅茶を飲み干し、音も無くソーサーにカップを置く。

 

ダー 「貴女は、まだオレンジペコを理解しきれていないようね」

アッサ「えっ?」

ダー 「明日も、海の家れもんにお邪魔しましょう」

アッサ「明日も?・・・・ダージリン、貴女、今度は何を企んでいるの」

 

ダージリンはすっと立ち上がり、アッサムのよく見た悪戯っ子のような顔をする。

 

ダー 「お話してしまったら、企みにならないでしょう?」

 

次の日、海の家れもんにて。

 

イカ娘「ダージリンさんと、練習試合でゲソか?」

ダー 「ええ。思えば、まだイカ娘さんらとは、戦車道でお相手したことがありませんでしたわ。お聞きしたところ、イカ娘さんたちの戦車もチャーチルだとか。同じチャーチル乗りとして、是非お手合わせ願いたいのですが」

栄子 「マジか・・・・。まさかダージリンさんの方から申し込みを受けるなんてな」

渚  「勝てる気、まったくしないんですが・・・・」

イカ娘「受けて立つでゲソ!」

栄子 「また勝手に・・・・」

千鶴 「でもいい機会よ。この試合で、チャーチルの運用方法とかがいい参考になるはずよ」

栄子 「ミラーマッチかー。実力の差がはっきり出ちゃうから、あんまりしたくないんだよなー」

渚  「それに、確かダージリンさんは、練習試合とエキシビションで、二回西住さんたちのあんこうチームに勝利していたはずじゃ・・・・」

イカ娘「おおっ!ではダージリンさんに勝てれば、私は史上最強ということになるのでゲソね!」

栄子 「ほんと根拠のない自信だなお前は。__まあいいか。胸を貸してもらうつもりでやろうか」

シン 「やるからには勝つわよ!あと、勝ったらグロリアーナのUFO情報も聞かせてもらいましょう!ウィーキャンドゥイット!」

栄子 「ややこしくすんな!」

 

一方、聖グロリアーナ側では。

 

ペコ 「イカ娘さんがたのチームと、練習試合ですか」

アッサ「まあ、チャーチルを由比ガ浜の演習場に移していた時点で、察しはついていましたが」

ローズ「残念ですわー。イカ娘さんとは、わたくしのクルセイダーでお相手さしあげたかったのに!」

ニル 「チャーチルにクルセイダーは不相応ですよ。でもお相手するならマチルダⅡなどでもいいはずなのに、ダージリン様自ら役目を買って出るなんて」

ルク 「相当、イカの子チームを買っている、ということか?」

ニル 「それとも__」

ルク 「ん?」

ニル 「いえ、何でも」

 

やがて話が付いたダージリンがアッサムたちの方へ歩いてくる。

 

ダー 「お受けいただけましたわ。一時間後、由比ヶ浜の演習場で一対一の練習試合を行います。アッサムとオレンジペコは準備を怠らないように」

アッサ「了解です」

ペコ 「はい、承知いたしました」

 

思ったよりいつもの返事を返したオレンジペコに、アッサムは少しホッとした。

 

ニル 「ダージリン様」

 

ニルギリが声をかける。

 

ダー 「どうかしたのかしら?」

ニル 「今回の練習試合、イカ娘さんたちの実力を測るためですか?それとも__」

 

ちらり、とニルギリはオレンジペコに目を向ける。

 

ダー 「ふふっ、いい目測だわ。__『両方』、と言っておきますわ」

 

そう言って、ダージリンは演習場へ歩みを進めた。

そして一時間後。

海の家れもんチームのチャーチルと、ダージリンのチームのチャーチルは定位置に着いた。

試合開始の挨拶と握手を行う。

 

イカ娘「手加減はしないでゲソよ。全力で行くでゲソ!」

ダー 「望むところですわ。こちらも全力でお応えいたします」

 

離れた高台に審判役の千鶴、聖グロリアーナのメンバーが位置取り、両チームを見守っている。

 

千鶴 「では両名、正々堂々と。__始め!」

 

千鶴の合図で戦いの火ぶたは落とされた。

双方のチャーチルが同時に前進し始める。

 

イカ娘「相手のチャーチルは足が遅いでゲソ!射程に入れてしまえば簡単に当てられるでゲソ!」

栄子 「おいイカ娘、こっちも同じチャーチルだってこと、忘れてんじゃないだろな?」

イカ娘「あ」

渚  「お互い性能は全くと言っていいほど一緒。決め手になるのはやはり搭乗員の腕前ですね」

シン 「私たちもただ戦車に乗って遊んでいたわけじゃないのよ。その成果を見せるとき!」

 

お互いにまっすぐ近づいてるとはいえ、チャーチルの最高速度では、遠目にはゆっくり距離を詰めているようにも見える。

 

ローズ「うー、見ててジリジリしますわー!もっとバーッと走り寄ってしまえばよろしいのに!」

ルク 「それは無茶振りってもんだろ。チャーチルの最高速度はせいぜい時速20kmがせいぜい。あれでも目いっぱいふかしてるくらいだぞ?」

ニル 「でも、この時点でもう駆け引きは始まっています。性能が全く同じということは、射程距離も同じ。いかに最大射程で命中させられるかがこの勝負の焦点になるかと」

千鶴 「射程の長さは修練の度合い。二人とも、どれだけ伸ばせるのかしら」

 

やがて、もうじき射程圏内に入るか否かという瀬戸際にまで距離が詰まる。

 

アッサ「もうじき射程圏内に入ります。オレンジペコ、砲撃戦の準備を」

 

砲座に構えながら、オレンジペコに目を配る。

 

ペコ 「はい」

 

冷静な様子で砲弾を抱えるるオレンジペコ。

傍目にはいつも通りに見えるが、アッサムは何かが引っかかって離れなかった。

そして、お互いが射程圏内に入る。

 

シン 「射程に入ったわ!」

イカ娘「砲撃、撃てーっ!でゲソ!」

 

先手必勝、と言わんばかりにイカ娘のチャーチルが火を吹く。

が、砲弾は大きく逸れ、砂浜に着弾する。

 

シン 「シット!やっぱり最大射程で行進間射撃は当てにくいわね」

イカ娘「シンディー、どれくらい近づけば当てる自信があるでゲソ?」

シン 「うーん・・・・行進間射撃で当てるなら、あと200mは縮めないと厳しいわね」

イカ娘「分かったでゲソ。栄子!砲撃に当たらないように距離を詰めるのでゲソ!」

栄子 「当り前のように無茶振りすんな!」

イカ娘「渚!シンディーの当てられる距離になったら連続で装填するでゲソ!数で勝負をかけるのでゲソ」

渚  「は、はい!」

アッサ「砲撃を外して、距離を詰めてきましたね」

ダー 「あちらの砲手さんの得意距離にまで詰めるおつもりでしょう。__戦車、停止」

 

ダージリンの合図で、チャーチルが停止する。

 

栄子 「おい、向こうのチャーチルが止まったぞ!」

 

お互いの距離は、まだシンディーの射程範囲をオーバーしたままである。

 

渚  「もしかして、あれがあちらの当てられる範囲なんじゃないでしょうか?」

栄子 「まずい、まだこっちは近づかないといけないのに、向こうはもう停止射撃の体制だぞ!」

イカ娘「でも近づかないと当てられないでゲソ!栄子、こないだ話したアレで行くでゲソ!」

栄子 「まだ練習中だぞ?それにまだ射程もきついぞ」

イカ娘「構わないでゲソ!やってやるでゲソ!」

 

ふと、急にイカ娘のチャーチルが急停止する。

そして__

 

ドオン!

 

停止状態を保ち砲撃する。

再び外れるが、すぐにチャーチルは前進し始める。

そして少し進み、また停止、射撃。

距離を詰めているためか、少しずつ着弾地点が近くなり始めている。

 

ニル 「躍進射撃だわ!」

ローズ「ヤクシン?」

ルク 「あー、お前には絶対縁がない戦法だわ」

千鶴 「進行中の戦車を指定の場所で止めて砲撃、そしてすぐに移動、そしてまた進んだ先で停止してから射撃、を繰り返しながら進む方法よ。進みながら砲撃の精度を上げるための戦法ね」

ローズ「なんだかチマチマした戦法ですわね。こう、全速力でズバーッと走りながら撃てばよろしいのに!」

ニル 「相手を考え、距離を詰めすぎずかつ自身の命中率を上げることを考えた選択ですね」

ルク 「イカの子もなかなか考えてるじゃんか。それにしても__」

 

ルクリリはダージリンのチャーチルを見る。

停止してからというもの、まだあちら側は一発も砲弾を発射していなかったのだ。

その時、ダージリンたちのチャーチルの中では__

 

アッサ「オレンジペコ、何をしているの!装填を!相手が距離を詰めてきていますわよ!」

ペコ 「・・・・」

 

アッサムが、いつまでたっても砲弾を装填しようとしないオレンジペコに焦りを感じていた。

オレンジペコは表情を変えず、イカ娘たちのチャーチルとの距離をじっと見測っている。

らちが明かない、とアッサムはダージリンに目を向ける。

ダージリンからオレンジペコに注意を促してほしいと期待を込めるが、ダージリンは優雅に紅茶を飲み、まったく現状に干渉するつもりが無いように見えた。

 

アッサ(オレンジペコ、貴女いったい、どうしたいというの?)

 

オレンジペコの真意がつかめないアッサムは、諦めたように照準器に意識を集中させる。

イカ娘のチャーチルは、躍進射撃を繰り返しながら距離を詰めてきている。

 

イカ娘「いけるでゲソ!あとちょっと近づけば当てられるでゲソよ!」

栄子 「それにしても、向こうが全然撃ってこないんだが・・・・。この距離なら余裕で当てられるはずだぞ?」

シン 「マシントラブルかしら?」

渚  「それじゃあ、こちらが一方的に攻撃するのはフェアじゃないような気が・・・・」

イカ娘「構うなでゲソ!それならチャンスじゃなイカ!」

 

やがて、シンディーが確実に命中させられる距離にまで到達した。

勝負を決めるため、再び停止するイカ娘。

 

イカ娘「これで決まりでゲソ!砲撃、開__」

 

その瞬間、ダージリンのチャーチルの砲身が僅かに動くのが見えた。

 

イカ娘「左に全速力で回避でゲソー!」

栄子 「はっ!?」

 

突然の指示に慌てて急発進させる。

 

ドオン!

 

突如ダージリンのチャーチルが火を吹き、イカ娘のチャーチルのすぐ脇に着弾する。

 

渚  「うわあっ!?う、撃ってきた!?」

 

ダージリンのチャーチル内では、砲撃を行ったアッサム自信が驚いていた。

砲撃がかわされたことではなく、このタイミングでオレンジペコが装填をしたことに、である。

 

アッサ(かわされた・・・・。イカの娘、いい勘をしているわね。それにしてもこのタイミングになってやっと装填してくれたわね)

 

砲撃をすんでの所でかわしたイカ娘のチャーチルは、すぐに停止して砲撃体制を取る。

 

イカ娘「相手は今撃ったばかりでゲソ!このスキを逃してはイカんでゲソよ!」

 

砲塔を回し、改めて狙いをつける。

その時、ふと渚は嫌な予感がした。

 

渚  (もしかして・・・・!)

渚  「と、止まっちゃダメです!」

イカ娘「撃__」

 

次の瞬間。

 

ダー 「砲撃」

 

ドオン!

シュポッ

 

間髪おかずダージリンのチャーチルが砲弾を発射、イカ娘のチャーチル側面に見事に命中。

一撃でチャーチルは撃破された。

その後。

 

イカ娘「おかしいでゲソ!なんで同じ戦車なのに連続で二発も撃てたのでゲソー!」

渚  「だから、連続で二発じゃありません。最初の砲撃の後、すぐに次弾を装填したんですよ」

イカ娘「あんなに早く装填出来る訳ないじゃなイカ!渚だってあんなに早くは出来ないでゲソよ!?」

渚  「ええ。つまり、相手の装填手は、それだけ装填が早い凄い人、ということですよ」

 

お互いの健闘を称え、海の家れもんでティータイムを共にする双方のチーム。

 

シン 「行進間射撃、もっと練習しておくべきかしら」

ニル 「でもあの躍進射撃もいい手だと思います。行進間射撃だけが戦法ではありませんよ」

栄子 「まさか二段構えとはねー。まだまだ私も読みが浅いってワケか」

ローズ「やっぱり戦車にはスピードですわよ!速ければそれだけで攻撃と防御を兼ね備えるのですわ!」

ルク 「防御ゼロのお前が言うな」

 

和気あいあいと交流を交わす一同。

ダージリンたちは、千鶴とテーブルを共にしていた。

 

千鶴 「最初から、あれを狙っていたのね」

アッサ「私にも知らせず作戦を決めるなんて、酷いです。二人だけで決めていたなんて」

ダー 「あら、私はペコと作戦を相談なんてしておりませんでしたわよ」

ペコ 「はい」

アッサ「えっ?!」

ダー 「あの時。有効射程いっぱいだった時、装填をしなかったのは、相手の砲弾が絶対に当たる距離ではないと把握していたから。一方的に勝負をかけず、相手の経験にもなるように配慮したかったのね?」

ペコ 「はい」

ダー 「そしてあの躍進射撃。停まる距離間隔を正確に測り、相手の得意範囲に入る前に分析を済ませ、決定的な一撃を撃たせなかった。かわされることを読んだうえでの次弾装填も完璧でしたわ」

アッサ「では・・・・今回ギリギリまで砲撃準備に入らなかったのは、オレンジペコの判断だった、という訳?」

ペコ 「申し訳ありません、出過ぎた真似をして」

ダー 「構わないわ。貴女の判断は相手の成長を願う戦車乗りとして、即座に勝負を終わらせて恥をかかせまいとする淑女の心遣いを感じたわ」

アッサ「だから、ダージリンは何も言わなかったのですね」

ダー 「戦車道とは、勝つことだけが全てではないわ。戦車を通じて、人として、淑女として乗るたびに成長できなければ戦車道に存在意義はありません。その点を踏まえれば、今回のペコの判断は最良と言えるわ」

千鶴 「そうね。今回の試合で、イカ娘ちゃんたちもまた自分たちを見つめなおすことができた。それはきっと、次の成長へ繋げることになると思うわ」

イカ娘「オレンジペコー!」

 

声をかけられ、、オレンジペコはイカ娘の方を見る。

 

イカ娘「オレンジペコ、次は負けないでゲソよ!渚の装填速度をもっと上げさせて、次は私たちが勝つでゲソ!」

渚  「え、ええーっ!?」

ペコ 「はい。楽しみにしています」

 

オレンジペコは、いつものように穏やかな笑顔をイカ娘に返した。

その後、聖グロリアーナ女学園サロンにて。

ダージリン、アッサム、オレンジペコが紅茶を楽しんでいる。

 

アッサ「ダージリンの言う通り、私はオレンジペコを理解しきれていなかったようね」

ペコ 「えっ?」

アッサ「貴女、近頃毎晩資料室にこもりっきりだったでしょう」

ペコ 「あっ・・・・ご存知だったんですね」

アッサ「あの時は、イカの娘に対抗心を燃やして、負けじと躍起になってしまっていた、と思っていたわ。でも、貴女はそんな小さなことは考えていなかった」

 

紅茶を飲み、一息つく。

 

アッサ「あの子の才覚を目の当たりにして、『まだ自分にも伸びしろがある』と思っていたのね」

ペコ 「はい」

 

少しはにかむように返事をする。

 

ペコ 「イカさんのことは、もちろんびっくりはしました。でも、上には上がいるのなら、私もまだ上を目指していける、と」

アッサ「相手をうらやむより、自らの成長を信じる。素晴らしいことだわ。__でも、徹夜はおやめなさい。成長出来ることに喜びを見出すのなら、淑女はそんなことに頼らず、日常の中で学んでいくものよ」

ペコ 「はい」

アッサ「あと、寝不足もいけないわ。きちんと睡眠時間はとるように。ここの所、意識が飛んでいたようだから」

ペコ 「はい、すいません。__あ、そういえば」

 

オレンジペコは脇から小さな箱を取り出した。

 

アッサ「これは?」

ペコ 「あの練習試合の翌日、イカ娘さんから送られてきたものです」

アッサ「イカの娘から?」

 

箱を開けると、そこには海の家れもんで使われているグラスが入っていた。

そしてメッセージカードが添えられ、少し下手な文字で『次は負けないでゲソ!』と書かれていた。

それを見て、アッサムはふふっ、と笑みをこぼす。

 

アッサ「聖グロリアーナの風習に合わせてくれたのね。あの子は貴女のいい友人になってくれそうね」

ペコ 「はい」

ダー 「こんな格言をご存知?」

 

今まで黙っていたダージリンが、突然口を開く。

 

ダー 「自らに打ち勝つことこそが、最も偉大な勝利である」

ペコ 「古代ギリシアの哲学者、プラトンですね」

 

ダージリンは満足そうに紅茶を飲み干した。




格言を調べるのが一番苦労しました(笑)
イカ娘はことわざをよく知っていたようなので、格言も知ってそう、という想像から話が広がっていきました。

ダージリンのオレンジペコへの期待は、本編を見てもかなりものに感じますね。
ダージリンが引退したら、オレンジペコがグロリアーナ戦車道を引き継ぐのでしょうか。

それにしても、この間出たキャラソンの聖グロリアーナ、あれは反則でしょう!

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