侵略!パンツァー娘   作:慶斗

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※形式の都合上、キャラの名前が一部略称になっています。


当時ダージリンと呼ばれていた少女→昔ダー

聖グロリアーナ生A、B、C・・・・→グロA、B、C

知波単一同→知波単


Chapter08:ちょっと昔の話です!(後編)

~~時代は戻り、かつてダージリンだった老婦人宅前~~

 

 

ルク 「げっ」

磯崎 「げっ」

 

イカ娘たちが老婦人の話を聞いているその頃。

老婦人宅前で待機させられていたルクリリの前に磯崎が現れた。

苦々しそうににらむルクリリと、バツが悪そうな磯崎。

 

ルク 「なんでお前がここにいるんだよ」

磯崎 「なんでって、ここが通学路だからだよ」

ルク 「通学路?お前学校通ってるのか?留年何回目だ?」

磯崎 「高校生じゃねえよ!つか留年してる前提で話すな!大学生だ、だ・い・が・く・せ・い!」

ルク 「はあ!?嘘つくんじゃねえよ!お前なんかが通える大学があるか!」

磯崎 「あるっつーの!てか地元じゃけっこう上の方の大学なんだからな!」

ルク 「それこそ嘘つくなってーの!」

磯崎 「ああ!?少なくともお前よりは学力あるっつーの!」

ルク 「なんっだそれ!?あたしを侮辱してんのか!?」

磯崎 「事実だろ!」

 

口論が激しくなっていく。

 

ルク 「ああもう、こんな奴に一度でも戦車を触らせたのは汚点だったわ!」

磯崎 「はっ、そういうお前はもう一人で修理できるようになったんでちゅかー?」

ルク 「バッ、バカにすんな!転輪の交換くらいはできるようになったっての!」

磯崎 「サスペンションの交換は?シリンダーがいかれた時は?履帯の巻き直しとかもできるんだろうな?」

ルク 「ぐっ・・・・!」

 

下心からの勉強ではあったが、磯崎の戦車整備知識はまだまだルクリリを上回っているようだ。

 

磯崎 「まっ、『あの時は失礼な態度取って申し訳ありませんでした』って謝れたらまた修理してやるよ」

ルク 「誰が言うか!例え川の中で大破したってお前にだけは頼まないからな!」

磯崎 「フン!」

ルク 「フン!」

ダー 「・・・・」

 

そんな二人の様子を、リビングから唯一見える角度で窓越しに眺めているダージリンは楽しそうに眺めている。

 

イカ娘「それで?そのあとどうなったのでゲソ?」

 

紅茶を注ぎなおしてもらったイカ娘が話の続きをせがむ。

 

老婦人「あらごめんなさい、どこまでお話ししたっけかしら」

千鶴 「その女の子の戦車を、みんなで協力して直したというところですわ」

老婦人「ああ、そうだったわねえ」

 

老婦人は紅茶を一口飲み、ふうとひと息ついてまた遠い目をする。

 

老婦人「そう。私たちはあの後・・・・一生忘れることのない思い出を手に入れたの」

 

 

~~再び場面は過去の由比ガ浜へ~~

 

 

バアン!

ドオン!

 

森の中、グロリアーナ管轄の野営薬庫に近い開けた場所で、少女の乗った戦車が砲撃を繰り返している。

・・・・が

 

隊員A「命中弾無し。標的、未だ健在」

藤原 「ううーむ・・・・」

 

さほど遠くもない位置に立ててある的には、一切砲弾が命中していなかった。

その結果に腕を組み唸る藤原。

 

少女 「だから言ったでしょ?少し訓練したくらいじゃ無理なのよ」

 

少女はキューポラの上からはあ、とため息をつく。

傍らではグロリアーナ生たちが替えの的を用意すべく、赤いペンキで的を作り続けている。

 

少女 「そもそも。なんで私が戦車の訓練をしないといけないの?直してくれたことは感謝しなくもないけれど、あなた達の訓練に付き合う義理は無いと思うのだけれど」

藤原 「それも道理。だがしかし、我々はどうしても貴殿に伝えたいのだ。戦車道を通じて得られる繋がりや絆、温かさを」

 

先の修理の一件から、少女の戦車道に対する認識は変わり始めていると藤原はふんでいた。

修理が済んではいさようならとはせず、多少強引にでも少女に戦車道を体験してほしかったのである。

 

少女 「それは散々聞かされたし、もうわかってるってば。だけどだからって急に始めたって、私はこれの動かし方しか知らないから当て方とかさっぱりなのよ」

藤原 「それは訓練さえ積めば__」

 

なんとか訓練を続けてほしい藤原が説得を続けている所に、ダージリンが歩み寄って来た。

 

昔ダー「弾が命中しないのは__『誰かのため』に放っていないからですわ」

少女 「は?」

藤原 「ダージリン殿?」

昔ダー「戦車道は各々の役割に就いた子たちが各々の役目を、『自分ではない誰かのため』に果たしています。操縦手は車長の望む動きを、通信手は情報を密にしチーム全体が状況を把握できるように。装填手は砲手が望むタイミングに装填を済ませられるように。__そして砲手はその仲間たちが望む結果を得るために」

 

ダージリンの言葉を聞きながら、どこか自分には無関係といった様子の少女。

 

昔ダー「確かに貴女一人でこの子を動かせる卓越した腕も、それを実現させた技術も素晴らしいものですわ。ですが残念ながらそれを昇華しきれていないのも事実ですわ」

少女 「だから私は戦車道を極めたいだなんて__」

藤原 「__!」

昔ダー「・・・・」

 

その都度否定しようとするも、その度に『そんなのはもったいない!』と目で訴えてくる二人に気圧されて、反論する気が無くなってしまう少女だった。

 

バアン!

スカッ

 

だが次の砲弾もやはり外れてしまう。

 

昔ダー「ねえ。一度だけでいいのだけれど」

少女 「何?」

昔ダー「次の砲弾は『私たちのために』放っていただけないかしら」

少女 「は?」

昔ダー「ね?一度だけ。もしそれで当てていただけたら、みんな大喜びですわ」

少女 「言うに事欠いて何を__」

藤原 「それはよろしいな!」

少女 「あんたも!?」

藤原 「友を想い、仲間を想った渾身の一撃!さもそれはいかなる猛者の狙いすました一撃よりも価値があろうぞ!」

 

もう二の句も告げない少女は、諦めきった表情で的に向き直る。

 

少女 「・・・・一度だけよ」

 

気が付けばその場の全員が少女の砲撃を、目を輝かせながら見守っている。

 

少女 (・・・・やりづらい)

 

とは思いながらも、自分に向けられる期待と熱い眼差しになにかこみ上げるものを感じていた。

今までより意識を集中し、的を見据える。

正直なところ、だからと言って少女には次で当てられる自信などなかった。

だが__

 

少女 (もし当てたら、この人間どもはどれだけ喜ぶのかしら)

 

少女は少しだけそんなことを想い__砲弾を放った。

 

バアン!

__バギィッ!

 

藤原 「!」

昔ダー「!」

知波単「!」

聖グロ「!」

少女 「!?」

 

大当たり、というにはほど遠いが、少女の放った砲弾は的の右端をわずかながら抉っていた。

 

藤原 「良!」

昔ダー「お見事ですわ」

 

同時にわあっと起こる歓声。

みんな自分のことのように喜んでいる。

 

少女 「本当に当たっちゃった・・・・」

 

一番驚いているのは少女自身だった。

 

ギャラギャラギャラ

ゴトゴトゴト

 

行きに来た道を再び戻っていく一行。

今度は少女の戦車も自走し、ダージリンのチャーチルや藤原のカミと並走して進んでいる。

 

昔ダー「これで基本的なことは全部お教えできましたわ」

藤原 「あとはその基本を忘れることなく毎日精進すれば必ずや一流の戦車乗りになれようぞ」

少女 (結局押し切られていろいろ覚えさせられた)

少女 「・・・・まあ、せっかく教えてくれたんだし、気が向いたらやっておくわ」

 

少女のまんざらではなさそうな反応ににっこりとする二人だった。

 

グロA「もしもし?もしもーし!」

 

と、後方で隊員が無線に語り掛け続けている。

 

昔ダー「どうしのた?」

グロA「いえ、薬庫から出るとき『これから戻る』って砂浜で待機してた隊員たちに連絡取ろうとしたんですが、応答がないんです」

藤原 「ふむ?」

 

言われてダージリンも無線機を取り出し、周波数を合わせる。

__が

 

昔ダー「・・・・確かに」

 

再三呼び掛けても、向こうから応答が返ってくることはなかった。

少女に出会う前の試合によって大破したグロリアーナ車と知波単車両は、薬庫への移動にはついてこれず、そのまま修理に携わっていた。

 

隊員A「あいつら、待ちくたびれて飯にでも行ったのでしょうか」

藤原 「いや、理由がどうあれ戦車を離れるときは必ず連絡を入れてからというのが鉄則。あいつらはそれを忘れるほど抜けてはおらぬ」

隊員A「じゃあ、一体・・・・」

 

戸惑う藤原たちを横目に見ていたダージリンが、無線機を手に持ち二・三言伝る。

 

ヴォン!

 

ダージリンが無線で話し終えるや否や、これまで後方に位置していたガーデン・ロイドが進行方向へ走り抜けていく。

 

昔ダー「あの子たちに斥候をお願いしましたわ。何か見つければ彼女らが必ず連絡をくれます」

藤原 「かたじけない」

 

相談を待たず行動するダージリンの決断力にも舌を巻く。

その後しばらくは急ぎすぎないように速度を抑え進行していたが__

 

グロG『こちら『お庭隊』、応答願います』

昔ダー「感度良好、聞こえておりますわ」

 

思ったよりも早く報告が来た。

藤原たちも教えてもらった周波数で会話に加わる。

 

グロG『知波単及びグロリアーナ戦車隊、各車両は先ほど別れた時と同じ位置に。ですが乗組員の姿は確認できず』

藤原 「如何なることか?隊員たちには大破した車両の修理と、終わり次第グロリアーナ戦車への助力も指示していたはずだが」

グロG『各戦車、修理は完了しておらず。どうやら途中で放棄したように見受けられます』

藤原 「放棄?いったい何が__」

グロG『あっ、待ってください、人だかりが』

昔ダー「人だかり?」

 

砂浜の境の林に身を潜めたガーデン隊が望遠鏡を覗く。

放置された戦車とは少し離れた場所に、グロリアーナと知波単の隊員たちが集まっていた。

__いや、『集められていた』。

 

グロG「現地にはグロリアーナ隊と知波単隊・・・・そして第三者が見受けられます」

昔ダー『第三者ですって?__どなたかおわかりになって?』

グロG「お待ちを」

 

ガーデン隊は望遠鏡の倍率を上げる。

そこには__スーツに身を包んだ大人が数名見受けられた。

きっちりした着こなしと整えられた髪型から、どこかの役人のようにも見受けられる。

そしてその傍らには__九五式や九七式の戦車が数両、多数の警官たちの姿もあった。

 

藤原 「役所と警察だと!?そこでの戦車道訓練は正式な手順を踏み申請し受諾されたもの、査察を受ける要素は無いはずだが」

グロG『詳しく調べます』

 

さらに手掛かりを探っていると__

 

グロG「あっ・・・・」

 

大人たちの背後から、もう一人の大人と書類を見ながらひとりの少女が姿を見せた。

その少女にガーデン隊はもちろん覚えがあった。

 

グロG「副隊長・・・・副隊長です!副隊長が大人たちと何か話しています!」

昔ダー『あの子が・・・・ですって?』

 

望遠鏡の先では、副隊長が役人たちと話を進めていた。

 

役人A「・・・・では、この戦車で間違いないのですね?」

副隊長「ええ、間違いありませんわ。各種装備、状態、フォルム、あの少女が『あれ』を手に入れた時期__すべて一致しますわ」

役人B「成程。事前に通報いただいた時の形状と資料の内容はほぼ相違ありません。ほぼ間違いなくそれは『五式』ではないかと」

役人A「ふむ・・・・まさかここに来てあの戦車の名前を耳にするとはな」

昔ダー『『五式』・・・・ですって?』

 

ガーデン隊の読唇術で読み解いた話の内容を聞いたダージリンは目を見開く。

藤原とほぼ同時に少女の戦車を見つめた。

 

藤原 「五式と言えば・・・・先の大戦にて、我が国の旧軍部が開発したとされる最新の戦車・・・・!」

昔ダー「過去に試作品で一両だけ製造され、戦後解体されたとも投棄されたとも噂されていましたわ。言わばこれは・・・・その筋においてはトップシークレット」

少女 「・・・・」

藤原 「先ほど聞いた話では、いつか海上から落ちてきたと聞き及んだが」

昔ダー「そのお話と照らし合わせるのなら、海洋投棄された・・・・と解釈して間違いなさそうですわ」

藤原 「しかし、何故五式を海へ?戦争が終わったのであれば、引き渡すなり戦車道仕様に改良するなりあっただろうに」

グロA「・・・・かつて終戦直後、未だ敗戦を認められず資材や兵器を地下などへ隠していつかのクーデターを企てた者もいたと聞いています。・・・・おそらくはこれもその一環かと」

藤原 「まさか、これを使って武装蜂起を!?」

隊員A「そうであれば合点がいきます。修理にしたときに見た限りでも、あの戦車は戦車道様に改良されてはおらず・・・・ままの『軍用』の状態にあります」

藤原 「ううむ・・・・」

 

まさかこんな事態になるとは思いよ寄らず、藤原は唸り声をあげる。

少女の戦車__五式に視線を送るのもためらわれているが、どうしても隊の皆は五式に目が向いてしまうようである。

 

少女 「・・・・この戦車はどうなるの?」

藤原 「!」

 

重い雰囲気の中で少女の言葉に全員が息をのむ。

 

昔ダー「・・・・その子が戦車道連盟に正式に登録された戦車ではなく、かつ不法に隠匿されていた戦車であるとすれば・・・・お役所に引き渡すのが筋、ということになりますわ」

全員 「__!」

 

誰もが思ってはいたものの口に出せなかった言葉をあえて口にするダージリン。

 

少女 「・・・・そう」

 

感情の読みにくい声でぽつりとつぶやいた。

 

隊員A「藤原隊長殿、どうにかならぬのですか!?折角皆一丸となって修繕したというのに!」

藤原 「言わんとすることは重に承知している。しかしだ、客観的に見れば五式の所有権は__」

 

旧軍部が隠蔽して隠したのであれば、当然それを回収するのは国。

当然拾っただけの少女には所有権はない。

理解してはいるが、口に出せず何かいい案は無いものかと考えを巡らせていると__

 

少女 「・・・・わかったわ。その人たちに返せばいいのね」

グロA「ええ!?」

少女 「確かにこれは拾ったものだし、あるべき所有者がいるのならそれに渡すべきでしょう?それに・・・・もし仮に渡さなかったら、私やこれに関わったあなた達も無事では済まないわ」

藤原 「・・・・!」

 

そう言われると藤原には何も言えなくなった。

もし不法投棄された軍用戦車を見つけたにも拘わらず隠匿し、私用し続けそれが暴露された時のダメージは計り知れない。

家に迷惑がかかることはもちろん、学校にも影響は避けられない。

関わった隊全員が戦車道を続けられるかどうか__寧ろ学生で居続けられるかどうかも怪しくなる。

 

少女 「そのリスクを冒してでも手放したくないなんて駄々をこねるつもりは無いわ。それよりそのせいであなた達が路頭に迷うなんて後味の悪い思いするのも御免だわ」

 

少女はそう言って一足先に行こうとする。

その顔は平静を保っているようには見えたが__少し唇が震えていたのも見えていた。

 

藤原 「待っ__」

 

待って、と言おうと手を伸ばすが、その言葉と手は伸びきらなかった。

その手をぎゅっと握り、少女が去るのを見届けるしかなかったのである。

しばらくのち、由比ガ浜海岸。

 

役人A「遅いですな」

 

懐中時計を眺めながら役人が遠くを見つめる。

 

副隊長「薬庫から戻るという通信があってから着くまでもうじきですわ。もうしばらくお待ちになって」

役人B「いやしかし、まさかかの五式がこの地にあったとは。ご通達感謝いたしますぞ」

副隊長「とんでもない。礼節極まる聖グロリアーナ生として、違法な戦車の存在と使用は先の戦車道の未来にあってはいけないものです。皆様のような、文部科学省の立派で高位な方々にきっちり管理していただいてこそ意義があるのですわ」

 

学生として模範的な返答をする副隊長に、役人はにっこりと笑顔を返した。

 

グロA「・・・・副隊長さんは、どうしてあの子と五式を明け渡すような真似を・・・・」

 

少女の五式が去ったあと、とぼとぼと帰路に就くさなか、ぽつりと呟いた。

 

昔ダー「あら、あの子がした行為が間違いだとお思いかしら?」

グロA「えっ?そ、それは・・・・」

 

ダージリンからの質問に言いよどむ。

本当は、その場にいる全員が副隊長の行動をとがめられるものではない、と思っていた。

 

昔ダー「戦車道仕様に調整されていない戦車はとても危険よ。隊員を実弾から絶対に守れるような防護設備が無いから、仮に直撃すれば中にいる子はただでは済まされない」

藤原 「戦車道は古来より行われた乙女の武芸ではあるが、その取扱いを違えた先に待つのは悲劇でしかない。戦車道で間違いは取り返しのつかないものであり、あってはならぬものだ」

昔ダー「そして彼女の五式は文部省より通達のある、特A級の手配対象。持ち続ける限り身を隠し追われる立場にあるのならば、いっそ引き渡し新たな相棒を見つけるのが道理ですわ」

グロA「わかっています、勿論それはわかっています!・・・・でも、それでもやっぱり、心の奥底では納得できないのです。・・・・ダージリン様、私は間違っているのでしょうか?」

昔ダー「いいえ」

 

ダージリンは即座にきっぱりと言い放った。

 

昔ダー「誰が間違っている、間違っていないなんてことは無いわ。戦車道の未来のためにルールを厳守する文部省の皆様も。出会った五式とこれまで歩んできた彼女も。そんな彼女の存在を知らせた副隊長も。そしてその一連の出来事に心悩ませている貴女も。__誰一人間違っていませんわ」

藤原 「だがそんな誰も間違わぬ状況においても、全ての者が報われるわけではない。全てにおいて正しい選択を選ぼうとも、必ずや誰かが涙を見ることになる。残念であるが、それも世の常なのだ」

隊員A「じゃあ、あの子は間違っていないのに涙をのまないといけないのですか!?」

 

そんな隊員の訴えに、ダージリンは静かに紅茶を『二杯』注ぐ。

うち一杯は自分に。

そしてもう一杯はどこから取り出したのやら先端にトレーのついた棒を伸ばし藤原の元へ。

そしてそれを受け取ると__

 

ぐいっ

 

二人同時にそれを飲み干した。

 

藤原 「故に、誰にも涙をのませないためには」

昔ダー「誰かが『間違い』を起こせばいいのですわ」

 

その後しばらくして。

 

副隊長「参ったようですわ」

 

ギュラギュラギュラ

 

音のするほうを見ると、少女の五式が一両だけ林の中から姿を見せ、副隊長と役人らの元へ近づいてきている。

警官らは急ぎ各自の戦車に乗り込み、警戒態勢をとる。

少女は堂々と逃げ隠れもせずキューポラから上半身をさらしていた。

 

役人A「__彼女が五式の拾得者、という訳ですな」

副隊長「ええ、間違いありませんわ」

 

役人が手を上げると、五式は速度を下げ、役人らの前で停車した。

エンジンを切り、戦車から降りた少女と副隊長の目が合うが__副隊長は視線を逸らす。

 

役人B「・・・・わたくし、通報を受けやってまいりました、文部科学省の者です」

 

そう言って役人らは名刺を取り出したが、少女は受け取らなかった。

 

少女 「・・・・この子、どうするつもり?」

役人A「まずこの戦車と所属を明らかにし、我々文部省で預からせていただきます。貴女はこれを海で拾われたとかで、よろしければその時の状況などを詳しくお聞かせ願えればと」

少女 「戦車を連れて行くのは構わない。けれど私はあなた達に付いて行くつもりは無いわ。あとはあなた達で勝手にやって。私は帰るから」

役人B「ああ、お待ちを」

 

立ち去ろうとする少女を役人は引き留める。

 

少女 「何。お目当ての戦車は回収できるでしょう?あとはあの子を戦車道ができるように改良なり改造なり好きにすればいいじゃない」

役人C「申し訳ありませんが、貴女から詳しい話をお聞かせいただくまでお帰りいただくわけにはいきません。__それに、五式は預かりのち、博物館へ展示・もしくは凍結・解体も視野に入れておりますので」

少女 「__は?解体?」

 

そのキーワードに大きく反応を示す。

 

役人C「五式は旧日本軍の最後の最新鋭戦車です。使われている技術も未知なことから戦車道への転用は難しい。更にはこの戦車には強硬派がクーデターに使用する目的で隠されていた可能性が高い。その象徴たるものだとするならば、現存させることもままなりません」

副隊長「わかるでしょう?そんな危ないものを、戦車道に持ち込むこと自体が過ちなのですわ」

少女 「__随分勝手なことを言うじゃない」

 

少女の目に怒りがともる。

 

少女 「人間どもの勝手な都合で海へ捨てて、これまで迎えにも来ないで、やっと修理出来てまともに動くようになったらそっちの気分で奪い返してから解体ですって?どこまで身勝手なのかしら」

役人A「海洋投棄したのは我々ではありません。回収に来れなかったのもどこに隠匿されていたかわからなかったからであり__」

少女 「私にとってはどの人間どもも一緒よ。__せっかく人間であっても一部はいい人間どももいるのかもしれないと思ったけれど・・・・とんだ見当違いだったようね」

 

少女の金髪が風もないのにゆらゆらとうねりはじめ、だんだんと持ち上がっていく。

その異様な光景に副隊長は息をのみ、警察の戦車隊や役人たちが身構える。

そして__

 

バアン!

 

突如警察の九五式の一両が爆音に包まれた。

 

副隊長「な、何事ですの!?」

???『乗りなさい!』

少女 「!?」

 

五式から声が響く。

少女は一瞬ためらったが__周囲のスキを突き、五式に飛び乗ることに成功した。

 

警官A[な、何事か!?」

警官B「左側面に被弾!十時の方角より戦車の砲撃です!」

警官A「砲撃だと!?」

 

焦った警官たちが戦車に乗り込み、砲撃してきた方角を警戒する。

 

ヴォン!

 

そのどさくさに紛れて少女が五式のエンジンを入れる。

 

役人A「!?君、待ちさない!」

 

気が付いた役人たちが制止しようとするも、一歩及ばず五式は全速で離脱を始める。

逃がすまいと警察の九五式と九七式が後を追う。

 

警官B「止まりなさい!さもなくば力づくでも止めるぞ!」

 

ドオン!

バアン!

 

五式を止めようと砲撃を始める警察隊。

辛うじて直撃は避けているが、いつ当たってもおかしくはない。

 

警官A「次こそ当てる!」

 

照準をしっかり合わせ、次こそ回避不能な砲撃が繰り出されそうな次の瞬間__

 

ドオン!

 

再び警官隊の背後で着弾の爆風が上がる。

振り向くと__

 

ヴィイイイイン!

ヴォオオオオン!

 

数両の知波単戦車、チヌやケリが爆音を立てながら真っすぐ警官隊に向かって突っ込んでくる。

 

隊員A「吶喊!」

 

ドオン!

バアン!

 

再び放たれた砲弾により、九五式が一両沈黙した。

その光景を見た、集められた生徒たちは驚愕する。

 

隊員D「ねえ、あれってウチの戦車じゃない!?」

隊員E「まさか!?」

隊員F「でも・・・・あのチヌとケリ、見覚えあるよね・・・・?」

 

ひそひそと相談し合う知波単生を横目で見ていた副隊長が、

 

副隊長「あの!あの戦車たちのエンブレムは確認できまして!?」

役人C「少々お待ちを。__む?あれは・・・・」

 

近くにいた役人に訴えかける。

慌てて役人が双眼鏡でチヌらの側面装甲を見るが__そこにあったエンブレムは知波単学園のものではなかった。

本来あるべき底に描かれていたエンブレムは__

 

副隊長「タコですって?!」

 

姿を現したチヌとケリは、知波単の校章の上に赤いペンキでタコの絵を上書きしていた。

 

副隊長(あの戦車、間違いなく知波単の戦車ですわ!あの子たち、どうしてこんなふざけた真似を__!?)

 

突然の乱入者に戸惑う一同。

その様子を、林の中から覗く影があった。

おもむろに無線をつなぐ。

 

隊員A「チヌとケリ、奇襲に成功せり。チハもあとに続き、我が方に損傷なし」

藤原 『そのまま距離を維持せよ。作戦の肝は攪乱にあり、踏み込みすぎて撃破さればすべて水の泡だ。次の合図を待て』

隊員A「了解」

 

無線を切ると、ある方向へ目配せをする。

その先の森の中で、重厚な戦車の音が鳴り響く。

 

ドオン!

バアン!

 

砂浜では未だ五式と追いつつチヌらを相手にする警官隊との戦闘が続いている。

不意を突いて一両撃破されたといってもやはり警察の戦車隊の腕前はかなりのもので、後ろからの砲撃をいなしつつも五式の後方に食いついて離れない。

なおかつチヌ側は顔を見られるのを防ぐために車長が顔を出しておらず、見えるのはのぞき窓からの限られた視界のみとなっている。

 

隊員B「ぐう、視界は極めて劣悪なり!」

隊員C「泣き言を喚くな!たかが視界が狭まるごときで我らの知波単魂が燻ぶるほどではない!」

 

と__

 

ギリギリギリ

 

五式を追いかけている九五式の一両が、砲塔を回転させてチヌへ砲口を向ける。

 

隊員B「まずい!回避行動!」

 

ドオン!

バゴーン!

 

すんでのところで回避に成功したが、そのせいで大きく体勢を崩し距離を大きく離されてしまう。

 

ヴォオオオン!

 

これを好機を見た警官隊が一気に速度を上げ、五式に肉薄する。

 

隊員C「まずい!体当たりしてでも止める気だ!」

 

少女 「__!」

 

あと数mまで迫り、もう履帯同士が衝突しそうになった瞬間、

 

バゴオン!

 

再び警察隊の車両が側面に砲弾を浴び黒煙を上げる。

これによりまた一両行動不能となった。

 

警官A「今度はどこからだ!?」

警官B「方角は六時、海からです!」

警官A「海だと!?」

 

慌てて海を確認すると__

 

警官A「特二式だと!?」

 

藤原のカミが海上から警官車両へ狙いを定めていた。

もちろん藤原も姿は見せず、エンブレムも上書きされタコになっている。

 

藤原 「遠慮はいらん!放て!」

 

ドオン!

 

揺れる海上にも関わらず次々と性格に砲撃を放ち続けるカミ。

背後の追撃に続き海上からの側面攻撃に困惑する警察隊。

何とか応戦しようとするも五式を追いつつ海上のカミの相手は困難を極め、逆に海上で静止しているカミの砲撃により次々と数を削られていく。

そしていよいよ残り二両となってしまった警官隊。

 

警官A「ええい、埒が明かん!奴を先に黙らせるぞ!」

 

ここで一両の九五式がその場に急停車し、カミに狙いを定める。

 

ドオン!

ギャリッ!

 

藤原 「!」

 

即座に放たれた砲撃は、カミの走行をわずかに削る。

その正確な砲撃に戦慄する。

 

警官A「装填急げ!次は当てる!」

少女 「・・・・!」

 

逃げ続けている少女は藤原が狙われていることに気が付く。

が、背後に迫る九七式を振り切れず逃げるのに精いっぱいで助けに行けない。

と__

 

ボガアン!

 

突如少女を追っていた九七式が爆発し、その場で黒煙を上げ沈黙した。

 

グロA「命中。九七式、沈黙いたしました」

昔ダー「お見事」

 

森の中に身を隠すダージリン。

その傍らには、放ったばかりの砲口から白い煙を上げるヴァリアントが鎮座していた。

 

グロA「しかしダージリン様、本当に助力してよかったのですか?もし万が一作戦が破綻すれば、知波単だけでなく我々グロリアーナもただではすみませんが・・・・」

昔ダー「友を助けるのにリスクや見返りを考える必要はありませんわ。それに藤原さんたちは身を晒してまで戦う危険を冒しているのに、姿を隠して助力する私たちがそれを気にする資格があって?」

グロA「それは・・・・この場で英国戦車なんて目にしたら即座に我が校が疑われてしまうからなんですが・・・・」

 

 

~~ちょっと前~~

 

藤原 『この赤インキによって校章を隠し、我らが吶喊し五式を奪還する。貴殿らグロリアーナは森に潜み、いざという時の援護をお頼みしたい』

昔ダー『あら、リスクを一方的に被ることになりますがよろしくて?仮に作戦が失敗しようとも、我が校には逃げ道が残されておりますのよ?』

藤原 『なに、作戦を興し提したのはこちらなのだ。であれど貴殿らの助力をいただけるだけでどれほど心強きことか。__我々は友を信ずるのみ』

 

~~今に至る~~

 

 

昔ダー「あそこまで言われて、助けないなどグロリアーナの名折れですわ」

 

海上から狙うカミ、後方から迫るチヌ、遠方から圧力をかけるヴァリアント。

もはや状況は詰みともいえる。

 

警官A「ぐっ・・・・!残ったのは我が隊のみか!__ならば!」

警官B「装填完了!」

警官A「貴様だけはとっ捕まえて、どこの組織か突き止めてくれる!」

藤原 「ぐっ・・・・!」

 

最後の一両が藤原のカミへ狙いを定める。

それに気が付いたダージリンが砲撃を促すが、ヴァリアントの再装填が滞っている。

後方から追いかけるチヌやケリが慌てて砲撃するも、焦ってすべて外してしまう。

その光景を見ていた少女が五式を反転させ、意を決した顔で照準を九五式に狙いを定める。

命中させられるか自信の無い中、ダージリンの言葉を思い出す。

 

昔ダー『次の砲弾は『私たちのために』放っていただけないかしら』

 

少女「__!__当たれ!」

 

バアン!

 

意を決して放たれた砲弾は__

 

バアアアン!

 

見事九五式に命中。

九五式は横に何回転もしながら吹っ飛び__沈黙したのであった。

 

__その後。

 

少女 「あなた達・・・・バカなの?」

 

警察隊の戦車を全て無力化した藤原らと少女は悠々と立ち去り、離れた場所にある岩場で合流を果たしていた。

 

藤原 「はっはっはっは」

 

そんな少女の罵倒も笑って受け流す藤原。

少女の五式も無事、藤原たちも素性を知られずに済んだが__

 

隊員A「もうカミやケリは知波単には戻せませんね・・・・」

 

あれだけの大立ち回りを行ったのである。

当然警察が広域に捜査網を敷き、由比ガ浜の広域にわたり戦車の出入りを見逃すことは無いだろう。

 

藤原 「どのみち作戦が成功した暁には隠匿する計画にあったのだ、気に病むことは無い」

少女 「そもそも、どうして私をかばったの?私が戦車を明け渡せばそれで終わりだったじゃない」

藤原 「貴殿が寂しそうな顔をしていたのでな」

少女 「・・・・は?」

藤原 「やっと貴殿がその戦車と友を受け入れたのだ。それを即座に取り上げさせてしまうのは、さすがに忍びないと思ってな」

少女 「やっぱりバカでしょ」

藤原 「はっはっはっは」

 

再び笑って受け流す。

 

藤原 「心配ご無用。我が知波単にはこれだけではない無数の戦車の控えと備えがあるのだ。今ひとたびこ奴らを隠すことになろうとも、学園に支障は生じぬ」

隊員A「でもどこに隠しましょう?急な作戦でそこまで考えませんでしたし」

少女 「・・・・隠し場所も考えてずあそこまで暴れたわけ?つくづく行き当たりばったりねあなたたたち」

藤原 「はっはっはっはっは」

 

少女ははあ、とため息をつく。

 

少女 「ついてらっしゃい」

 

少女に案内され、たどり着いたのは海岸からやや離れた岩場。

この辺りは人の手が届いていないようである。

間を縫うように進むと、そこには大きな洞窟があった。

少女の先導で中に進むと__

 

藤原 「うおっ」

隊員A「これは__」

 

中も思った以上に広い空間となっていて、その中には何両かの軍用日本戦車も鎮座していた。

 

藤原 「ここは?」

少女 「この子を拾った後、偶然見つけたのよ。燃料とか弾薬とかの備えもあって、時々ここで補充や改造をしていたわ」

隊員A「隊長殿、もしかしたらここが・・・・」

藤原 「うむ、五式を投棄した者らの隠れ家__だったのやもしれんな」

 

置かれている戦車はすべて埃かぶっており、人の手から離れてだいぶ経っているのが見えた。

 

隊員B「ここなら戦車を隠すには向いているかもしれません」

藤原 「そうだな。闇雲に出歩けん以上、ここが最適やもしれん」

 

各自戦車を空いたスペースに自分の戦車を置いた。

 

藤原 「すまぬ、カミよ。こうなった以上お前を今知波単に連れ帰ることはできぬ。いつか連れ戻す算段が立てば迎えに来る。それまでしばしの別れである!」

少女 「ほんと、一両庇うために何両も置いていくことになるとか、どんな計算よ」

 

そう言って少女は五式にまたがり洞窟の奥へ進んでいく。

 

藤原 「む、どこへ?」

少女 「この子はいつももっと奥へ置いてるのよ。仮に誰かに見つかっても盗られないように、ね」

藤原 「そうであるか」

 

少女について進むと、突き当りには鉄製の厳重な扉があった。

少女は鍵を使い扉を開き、その先へ進んでいった。

 

隊員A「あの奥に隠せば、見つかる可能性は低そうですね」

藤原 「そうか。ならば、もう一押ししてみるか?」

 

藤原は懐紙を取り出すと、残っていた赤ペンキで達筆に一文字書き上げた。

 

『封』

 

隊員B「これは?」

藤原 「まあ、『開ケルベカラズ』という意味合いだ。これを張り付けておけば信心深い輩は無闇に開けようなどとはせんだろう」

隊員A「盗人に信心深いも何もないと思いますが・・・・」

藤原 「なぁに、気は持ちようよ」

 

そうして藤原は懐紙を扉に張り付けた。

客観的に見れば、ヤバいものが封印されているように見えなくもない。

戻ってきた少女にも見せたが、呆れたそぶりを見せながらもその顔は笑っていた。 

 

藤原 「それ、引けーい!」

知波単「よいしょー!よいしょー!」

 

ガラガラ・・・・ズズーーーン

 

その後。

全てを洞窟の中に隠した藤原たちは、洞窟の上にある大岩に紐を掛け総出で引き落とした。

それにより入り口は完全に塞がれ、側からみればその先に洞窟があるなどとわからないほどに上手く隠れている。

 

藤原 「良し。いずれ後輩たちにこの場所を伝えれば、きっと迎えにきてくれることだろう」

隊員A「でも、入り口を塞いでしまってよかったのでありますか?これでは五式も外に出られないのでは・・・・」

少女 「これだけ騒ぎになったらどのみちすぐには動かせないわ。それに外に出すなら私なりの方法もあるし」

藤原 「ふむ。貴殿がそう言うならそうなのであろうな」

 

藤原の根拠のない肯定も、少女はもう慣れたものだった。

ふと、懐中時計を取り出し時刻を確認する。

 

藤原 「ふうむ、もうしばらくで我らの艦の出港時刻であるな。徒歩であればそろそろ向かわねば」

隊員A「名残惜しくもありますが、戻ると致しましょうか」

少女 「・・・・そっか。帰っちゃうのか」

 

少女は誰にも聞こえない声でぽつりとつぶやいた。

 

同時刻。

 

副隊長「・・・・ダージリン」

昔ダー「あら、よくここがわかったわね」

 

藤原と少女が離脱に成功した後。

森の中で撤収を進めていたダージリンの元に、副隊長が現れた。

 

副隊長「・・・・」

昔ダー「・・・・何か言いたげね?」

副隊長「どうしてあんな真似をしたの」

昔ダー「あんな真似?」

副隊長「文部省と警察の方々にあんな真似をしでかして・・・・!一歩間違えば貴女のお家どころか、聖グロリアーナすら存続の危機に立たされるところだったのよ!?」

昔ダー「・・・・」

 

ダージリンは涼しい顔をして紅茶を飲む。

 

副隊長「お役人や警察の人たちはあれをクーデター派の襲撃とみて調査するらしいわ。知波単学園やグロリアーナの生徒が関与しているとは微塵にも思っていない」

昔ダー「そう」

副隊長「だけど私は知ってるわ。あれは全部あの少女と五式を逃がすためにしたんでしょう!?どうしてそんなことを!?私の通報が間違ってたと言いたいわけ!?」

昔ダー「いいえ。貴女は何も間違っていないわ」

副隊長「なら、なんであんなこと・・・・!」

昔ダー「間違っていない方々が誰も涙をのまないようにするため、ですわ」

副隊長「・・・・!」

 

結果として少女は五式を手放さずに済み、文部省や警察は反社会勢力にこれまで以上に取り組むようになり、通報した副隊長はメンツを潰さずに済んだ。

 

副隊長「悪かったわ、相談もせずに通報して・・・・。でも、今度はちゃんと私に相談してからにしてよ?心臓に悪いったらありゃしない」

 

困り顔でため息をつく副隊長に、微笑みを返すダージリンだった。

 

それからしばらく時間が過ぎ、夕焼けに染まり始めた頃。

 

藤原 「ダージリン殿ー!」

 

手を振りながら駆け寄る藤原と、後ろからついてくる少女。

由比ガ浜を一望できる小高い丘の上にダージリンはいた。

知波単勢の撤収は完全に終わり、出航までのわずかな時間を縫って最後にもう一度会う連絡をとっていたのである。

 

昔ダー「作戦は大成功ですわね」

少女 「まったく、私とあの子だけのために随分大立ち回りを演じたものね」

藤原 「だからそれは、友のために__」

少女 「ああもう、それはわかったってば」

 

藤原のしつこさに、思わず苦笑する少女。

そんな様子に、満足そうな笑みを浮かべる二人。

しばらく海に沈む夕日を三人はじっと見つめていた。

そんな中、最初に口を開いたのはダージリンだった。

 

昔ダー「・・・・今後、私たちは出会わないほうが賢明ですわ」

少女 「__!」

藤原 「・・・・!」

 

誰もその理由を問いたださなかった。

全員最初から覚悟してはいたが、ダージリンがあえて発言することでその決意は確固たるものになった。

 

藤原 「・・・・そうであるな。それがお互いのため、最善の選択であろう」

昔ダー「私たちは出会わなかった。五式なんて戦車も知らない。あそこで警察と戦った戦車のことについても、知る由もない。・・・・それが最善ですわ」

少女 「・・・・そうね。それが一番だわ」

 

潮風に揺れながら、三人は沈みゆく夕日をずっと見つめていた。

 

 

〜〜時代は現在に戻り、千葉にて〜〜

 

 

西  「うおおおおおん!」

細見 「なんと・・・・なんと悲しくも美しき友情か!」

玉田 「先輩方に比べれば、我々の戦車道のなんたる児戯なることか!」

福田 「な、涙が止まらぬでありますー!」

藤原 「あらあら」

 

話を書き終えた西たちは号泣しっぱなしだった。

藤原に差し出されたティッシュでビーン!と鼻をかむ。

 

西  「・・・・藤原大先輩殿!」

 

まだ涙ぐんだ目と赤い鼻のまま、西たちはビシッと敬礼を送った。

 

西  「やはり我々若輩は未だ五式を迎え入れる器ではないと理解いたしました!」

福田 「いつか大先輩方や五式に認めてもらえる戦車乗りになるまで、精進いたしますー!」

藤原 「ええ。その時は、あの子によろしくね」

西  「はっ!貴重なお話、ありがとうございました!」

三人 「ありがとうございました!」

 

テンションの高いまま部屋を後にした一行。

 

細見 「西隊長殿!自分、今すぐにでも知波単に戻り戦車道の特訓を行いたい所存であります!」

玉田 「同じく!もう全身が疼きまくりであります!」

福田 「西隊長殿!」

西  「うむ!ではまず駆け足!戦車のところまで全力で吶喊せよ!」

三人 「了解であります!」

 

かくして廊下を走り出す西たち。

 

四人 「うおおおおおおーー!」

職員 「こらー!廊下は静かに!走らないでくださーい!」

 

遠ざかっていく西たちの元気な声を聞きながら、藤原コズヱは目を細めながら窓辺に置いてある戦車の模型・・・・カミを手に取った。

 

藤原 「やっと・・・・あの子たちにたどり着いてくれた子たちが現れたのね」

 

懐かしそうにそれを撫でながら、それでも西たちに告げることのなかった思い出を胸に馳せた。

 

 

〜〜もう一度時間は遡り・三人の別れの直前〜〜

 

 

藤原 「ならば最後に・・・・貴殿の名だけ教えていただけるだろうか?それを今日の証として、胸にしまっておきたいのだ」

昔ダー「私も知りたいですわ。もし差し支えなければ」

少女 「・・・・私に名前なんてないわ」

藤原 「は?」

少女 「誰にも名前で呼ばれたことはない。名乗ったこともない。私はこれまで、自分の名前なんて必要としない生き方をしていたもの」

 

しばし、気まずい沈黙が続いた。

 

藤原 「なれば、私が名を送ろう!」

 

それを打ち砕いたのは藤原だった。

 

少女 「え?」

藤原 「貴殿に名がないのなら、我が名を名乗るといい!我が名は藤原コズヱ__この名を我が友に送る!」

少女 「藤原・・・・」

昔ダー「あら、ズルいですわよ藤原さん?私には友人に贈り物をさせないつもり?」

藤原 「ああいや、これは失敬」

昔ダー「藤原さんが『名』を送るなら、私からは『姓』をお送りしますわ。この姓を名乗れば、この辺りでは一定基準の生活が保障されますのよ?」

少女 「そんな恩恵を受けるつもりはないけれど」

 

だが貰うことに対してはまんざらではないようだ。

 

少女 「でも・・・・そうすると何?私はこれからダージリンコズヱとか名乗るわけ?流石に抵抗あるわね」

 

その言葉にクスッと笑うダージリン。

 

昔ダー「『ダージリン』は私のティーネーム・・・・あだ名ですわ。私の本名は・・・・『田辺』。『田辺凛』と申します」

藤原 「なんと、そうであったのか!」

少女 「なんであんたが知らないのよ」

藤原 「はっはっは」

 

ひときしり笑った後、ダージリンと藤原が少女を真っすぐに見る。

 

昔ダー「どうか私たちの贈り物」

藤原 「受け取っていただけるだろうか」

少女 「コズヱ・・・・田辺・・・・」

昔ダー「そう。だから今日から貴女のお名前は__」

藤原 「貴殿の名は__!」

少女 「私の名前は__」

 

 

 

 

 

「タナベコズエ!」




導入から数えればかなりの日数をかけてしまいましたが、これで過去のお話は区切らせることができました。

自分で伏線を張っておきながらそれが膨らみすぎて、回収するだけでかなり遠回りになってしまっていたと反省しております。

さて、過去の話も終わり次から舞台は現代に戻りますので、よろしくお願いいたします。

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