いつもの夏の海の家れもん。
店にいる客はまほとエリカをはじめとした、水着姿の黒森峰戦車道チームの面々。
まほ 「どうだエリカ。海で泳ぐのもいいものだろう」
エリカ「はい、隊長。__ですが、こんなにのんびりしていいのでしょうか。こうしている間にも他校のチームは夏季訓練で腕を磨き、我々を追い抜かんとしています。そう考えると・・・・」
真剣な表情で意見を述べるエリカにまほはふっと笑みを浮かべる。
まほ 「エリカ。私たちは何だ?」
エリカ「えっ!?・・・・えっと、それは、日本の高校戦車道の中でも頂点に居続ける黒森峰戦車道の__」
まほ 「違う。それ以前に、だ」
エリカ「ええ・・・・!?えっと、ええと・・・・」
答えを絞り出そうと必死に考えるエリカ。
そんなエリカに微笑むまほ。
まほ 「私たちは高校生だ。違うか?」
エリカ「えっ!?ええっと・・・・その、とおりです」
まほ 「青春を戦車道だけに注ぐ__それもひとつの道だろう。だが、それだけで得られるものが全てではないはずだ」
まほは周囲を見渡す。
久しぶりの海水浴に隊員たちは年相応の女子高生の顔に戻り、きゃっきゃと心から楽しんでいる。
まほがテーブルに置かれたかき氷をさくさくとスプーンでくずす。
まほ 「今回の大会はいろいろと考えさせられたよ。戦車道への取り組み方、心構え、あり方__色々と、な」
エリカ「そんな!隊長の戦車道に間違いなどあるはずがありません!これまでも、これからもです!」
まほ 「エリカ、人というものは変わるものだ。励み、学び、時には間違いながらそれを糧として成長していく。今まで見たことがないことでも、否定せず受け入れることも成長に繋がるんだ」
エリカ「隊長・・・・」
まほ 「私たちは変わらなければいけない。他者を認め、己の常識の外から物事を受け入れる心を身に着けるんだ」
そう言ってかき氷をほおばるまほ。
と、そこへ__
たける「千鶴ねえちゃーーん!」
たけるが元気よく駆け込んできた。
たける「ねえ千鶴姉ちゃん、今日の戦車道の練習、お昼からだよね?」
千鶴 「あ、ごめんねたける。今日団体さんが来てるから、手が離せそうにないのよ。また明日でいいかしら」
言われて店内をぐるっと見渡すたける。
たける「ほんとだ、お客さんいっぱいだね。うん、わかったよ!」
事情を察し素直に了承するたけるに、千鶴は安堵した笑顔を浮かべる。
と、そこへまほが歩み寄る。
たける「あ、まほ姉ちゃん!こんにちわ!」
まほ 「ああ、こんにちわ。千鶴さん、戦車道の練習と聞こえましたが・・・・たける君の、でしょうか」
千鶴 「ええ。この間、たけるの小学校で戦車道の実演があって(大洗女子学園編第3話・互角じゃなイカ?)、それでたけるも戦車道をやってみたいって」
たける「僕の担任の先生で、すっごくかっこよかったんだよ!」
まほ 「ほう、それはいいじゃないか」
千鶴 「それで、お仕事がひと段落したときに私が付き合ってたんだけど」
まほ 「ああ・・・・我々が来てしまったからか。それは申し訳ないことをしてしまった」
千鶴 「ああ、気にしないで!お客さん優先なのは常識だもの」
たける「そうだよ!それに明日も見てもらえるから大丈夫!」
まほ 「・・・・」
しばらく考えるようなそぶりをしていたまほだが、やがて口を開いた。
まほ 「提案なのだが__」
~~一時間後~~
まほとエリカはれもん近くの戦車道砂浜練習場に立っている。
傍らには、千鶴に許可を得て借りたチャーチルが鎮座している。
エリカ「隊長自ら彼の指導役を買って出るなんて・・・・青春は戦車道だけではないって、先ほど言われてたばっかりじゃないですか」
まほ 「はは、そう言うな。前途有望な少年が戦車道に携わろうとしているんだ。それを助けるのも戦車道だ」
楽しそうには屁理屈をこねるまほに、エリカは苦笑する。
エリカ「それにしても・・・・まさか千鶴さんの弟さんまでも戦車道に興味を示すなんて」
まほ 「それこそ有望じゃないか。もしかしたらこれからの戦車道を担う大人物になるかもしれないぞ?」
エリカ「そんな、それこそ隊長以外にそんな人物はあり得ません!」
などと話していると、向こうから何か物体が近づいて来る。
まほ 「おや、どうやら来たようだな」
エリカ「運転しているのは彼でしょうか・・・・。そういえば、千鶴さんが言っていましたね」
千鶴 『たけるは他に類を見ない才能の持ち主よ。ぜひ一度見てほしいわ』
エリカ「類を見ないって・・・・どんな才能なんでしょう」
まほ 「さあな。だがそれを見出して伸ばしてあげるのも私たちの使命だ」
やがて近づいて来るものの全貌が見えてきた。
が__どうにも戦車には見えず、どうしても球体にしか見えない。
それが何なのかわかってくるにつれ、まほとエリカの表情が複雑なものになっていく。
ゴロゴロゴロ__
キャタピラらしからぬ音を立てながら近づいて来る。
エリカ「・・・・隊長、あれってもしかして__」
まほ 「ああ、間違いないだろう」
そしてその物体__どでかい鉄球らしきものがまほたちの前で停止した。
ガチャッ
たける「おまたせー!」
球体の後ろのハッチが開き、笑顔のたけるが顔をのぞかせる。
エリカ(クーゲルパンツァー!)
絶句するエリカ。
まほ 「ほう、安定した走りだ。特にふらつかずまっすぐ走行できている。筋がいいぞ」
たける「えへへ」
褒められてうれしそうなたける。
エリカ「ええと・・・・いつもこれで訓練してるの?」
たける「うん!」
にべもなく答える。
エリカ(どう考えても戦える車両じゃないし、ていうかどうやって戦闘訓練してるの?)
エリカ「ああ・・・・もしかしてまだ動きの練習とかしているだけなのかしら?」
たける「?ううん、ちゃんと撃ったりとかの練習もしてるよ?」
エリカ(どうやって戦うのよこれで!)
逐一湧き上がるツッコミたい気持を必死に抑えるエリカ。
まほ 「千鶴さんに聞いた話ではチャーチルを固定砲台として砲撃に集中、それを避けながら射程距離まで近づき、装備しているペイント銃を車両に当てられれば勝ちになるそうだ」
エリカ「撃ってるんですか!?弟の乗った玉戦車に向かって!?」
ついに耐え切れずツッコむエリカ。
たける「大丈夫だよ!この戦車に使われているのは『ちょうとくしゅカーボン』?っていうの使ってるからすごく丈夫なんだ!」
まほ 「聞いた話ではマウスが乗っても壊れないらしい」
エリカ「それって地球の物質なんですか?」
かくして訓練は始まった。
まほ 「ではたける君、いつも千鶴さんと訓練しているように動いてほしい」
たける『うん、わかったよ!』
二百メートルほど離れていた位置からたけるが無線越しに返事をする。
ゴロゴロゴロ__
やがてたけるのクーゲルが動き出し、ゆっくりと近づいて来る。
エリカ「しかし・・・・相変わらずゆっくりですね、あれ。いい的ですよ」
砲手席に座るエリカがつぶやく。
まほ 「しかし戦車道初心者には悪くない。まずはあれくらい質素なもので慣れるのもいいかもしれないな」
キューポラから顔をのぞかせるまほ。
すしている間にもゆっくりまっすぐクーゲルは近づいて来る。
まほ 「さてエリカ、待っているだけでは訓練にならない。程良い位置に着弾させて揺さぶりをかけるぞ」
エリカ「は、はい!」
エリカ(・・・・とは言ってもイギリス戦車の経験なんてほとんどないのよね・・・・。チャーチルのシュトリヒ計算て、どうだったかしら・・・・)
試行錯誤しながらも照準を付け、直撃しないよう少ししたを狙い、砲撃をした。
ドオン!
__はずだったのだが。
バゴオオオオオン!
まほ 「!」
アエリカ「!?」
予想より高い位置に軌道を描いた砲弾は、こともあろうにクーゲルの正面装甲に直撃した。
グワンッ
その衝撃によりクーゲツは吹っ飛び__
ゴロンゴロンゴロンゴロンゴロン!
とボールのように何回転もしながら勢いよく転がりまわる。
まほ 「これは・・・・まずい!」
慌てて無線を握りしめるまほ。
まほ 「たける君!大丈夫か!?返事をしてくれ!」
吹っ飛んだクーゲルはやがて回転が収まり、元の体制に戻った。
しかしまほからの無線の呼びかけにたけるの返事はない。
エリカ「あわ、あわわ・・・・」
大変なことをしでかしたと固まって涙目になってしまうエリカ。
__が、
たける『うわあ、今のすごかったね!ぴょーんて飛んだよ!』
たけるの元気な声が無線から届き、まほは安堵する。
まほ 「__良かった、無事かたける君」
たける『え?うん、何ともないよ』
その声の調子から言って本当に無事なようだ。
それを聞いてエリカから全身の力が抜ける。
エリカ「よ、良かったぁ・・・・」
まほ 「さすが千鶴さんの用意した戦車だ。これなら余計な心配は無用だな」
エリカ「心臓が止まるとか思いましたよ・・・・。それにしてもあそこまで丈夫なカーボンコーティング、どこで手に入れたんでしょうね」
やがて何事もなかったかのように再び近づいて来るクーゲル。
まほ 「さて、続けるとしよう。いけるか?エリカ」
エリカ「__こうなったら、とことん付き合わせてもらいます」
吹っ切れたエリカ。
そしてそれからも幾度か砲撃を重ね、すんでの所で躱したり躱し切れずにひっくり返りそうになりながらも、横転したりすることはなく着実にたけるのクーゲルは距離を詰めてくる。
まほの指導も合わさり、たけるの腕は確実に上がっているようだ。
まほ 「・・・・エリカ、気付いたか?」
あと百メートル切ったかというところでまほが尋ねる。
エリカ「・・・・はい。どういうことでしょうか」
最初の直撃のようなのだけは避けているが、それでも全て躱しているわけではない。
上部に被弾し大きく揺れたり、下部に着弾し大きくのけぞったり、真横に着弾して横に一回点したりもしている。
しかし__
二人 (絶対に横転していない!)
たけるのクーゲルはどんなことがあっても走行不能にならず、必ず元の態勢に戻って何事もなく近づいてい来るのである。
エリカ「クーゲルってあんなバランスいい乗り物でしたっけ・・・・」
まほ 「いや・・・・それどころかバランスは最悪だったはずだが」
そこまで言ってまほはハッとする。
まほ 「・・・・そうか。これが千鶴さんの言っていたたけるくんの『他に類を見ない才能』」
エリカ「『絶対に走行不能にならない強運』__!」
気が付けば、もうクーゲルは目の前にいた。
そして__
ピューッ
クーゲル正面ののぞき穴からペイント銃が発射され、チャーチルの全面装甲を水色に染めたのだった。
~~海の家れもん~~
たける「ありがとうございました!」
れもんに戻ってきたたけるがまほとエリカに元気よく頭を下げた。
まほ 「こちらこそ。いい経験をさせてもらった」
エリカ「また縁があればつきあうわ」
千鶴 「二人ともありがとう。はい、これお礼に」
千鶴はまほたちにれもんのメニューの無料券を手渡した。
まほ 「ありがとうございます」
千鶴 「ふふ、たけるの才能、見てもらえたかしら」
エリカ「はい。あれは・・・・羨ましいくらいです」
帰路にについた二人。
まほ 「どうだエリカ、貴重な体験だっただろう。学園艦で訓練に明け暮れていたら絶対に見れないものだったぞ」
エリカ「はい。あれは天武の才と認めざるを得ませんね」
まほ 「たける君のあの才能を広められたら戦車道に革命が起こるのだがな」
エリカ「いえいえ、あんなの無理ですよ!クーゲルじゃないとムリだし完璧に運じゃないですか!」
まほ 「はは、そうか。それは残念だ」
そう言いながら全く残念そうではなさそうに笑うまほとそれに苦笑するエリカだった。
どんなにダメージを受けようと、装甲が剥がれようと、砲塔が曲がろうと、走行不能にならなければ戦闘不能とみなされない。
そのルールに則れば、かなりの戦果を期待できそうです。
でもクーゲル専用スキルですが。
クーゲルといえばこちらの世界では用途不明、存在や経緯すら不明のネタ戦車として有名らしいですが、ガルパンの世界では割とポピュラーな存在のようですね。
もしかしたらあの世界のどこかに無敵のクーゲル乗りがいたり__しませんね、きっと。