シンディー→シン
由比ヶ浜沖に停泊する、何隻もの大学学園艦。
その中の一つ、愛里寿の自室のある艦にて。
愛里寿「過去のデータから顧みると、相手は片翼を叩くと大きく後退し、隊列が長く伸びるケースが多かった。そこを横撃するのが最も有効というデータもある」
ルミ 「ですが隊長。『戦車女子、三日会わざれば刮目して見よ』とも教訓にもあります。弱点を言われる部分が今も同様に通用すると思うのは危ういかと」
愛里寿「うん、ルミの言うとおり。向こうだって、自分の弱点をそのまま放置するほど愚かじゃないはず。だから、同じように弱点を晒そうとしたとき、それはつまり陽動ととらえることが出来る」
アズミ「なるほど。裏の裏をかくという訳ですか」
愛里寿「そう。仮に弱点を克服せず、そのままされるがままというのならば、そのまま叩けばいい。私たちなら簡単に勝てるだろうし」
愛里寿たちはテーブルの上に地図を広げ、戦車の模型を手に戦略を相談しあっていた。
愛里寿「今回はここまで。みんな、おつかれさま」
アズミ「では、解散!」
やがて会議は終わり、隊員たちは会議室から出ていく。
入れ替わりに会議室へ入ってくるメグミ。
手にはいつものエビカマボコからの手紙が入った封筒を持っている。
メグミ「隊長、お手紙届きましたよ」
愛里寿「うん、ありがとう」
メグミから封筒を受け取り、嬉しそうに封を開ける愛里寿。
ルミ 「隊長、最近すごく可愛くなったわよね」
アズミ「あ、わかる。前も可愛かったけど、最近はその度合いが全然違うし」
メグミ「なんていうか、年相応のかわいらしさも出てきた感じよね」
アズミ「この間の大洗と試合したあとからよね。西住さんとも仲良くしてるみたいだし、文通もし始めてどんどん素直になって来てる」
ルミ 「初めのころは、ねえー」
メグミ「怖かったよねー。まさに家元ジュニアって感じで。目つきとかもそっくりで」
愛里寿「あ、メグミ」
メグミ「はっ、ひゃい!?ななな、何も言ってませんよ!?」
愛里寿「?」
メグミ「は、はい!何でしょうか!」
愛里寿「私と同じくらいの年で・・・・えっと、飛び級とか、家元の家とか、そういう状況もぜんぜん関係ない、普通の子って、戦車道はどれくらいできるものなのかな」
メグミ「隊長と同年代の女の子、ですかー」
うーん、と考えるメグミ。
メグミ「いつから戦車道を嗜んでいるか、にもよりますけど・・・・」
愛里寿「今年の夏からみたい。戦車の手入れ方法も知らなかったし」
ルミ 「あー、そりゃ完全に初心者ですね」
アズミ「個人差はあるかもしれませんが・・・・特別な状況にない限り、戦略などには全く触れていない段階でしょうね」
愛里寿「そうなんだ」
メグミ「そうですね。戦車に乗りたての頃は、ただ乗って動かせるだけで楽しいものですから」
ルミ 「私たちも、初めて戦車に乗ったときは緊張と興奮でまともに動かせなかったし」
アズミ「あら、私はちゃんと動かせたわよ?」
メグミ「私も普通に動けたかな。ひとくくりにしないでくれる~?」
ルミ 「アンタたちー!」
きゃいきゃいとからみ合うバミューダトリオ。
愛里寿「初心者・・・・」
窓の外を眺めながらぽつりとつぶやく愛里寿だった。
場所は移り、海の家れもん。
イカ娘「無敵の戦法とか、無いでゲソかねー」
栄子 「いきなり何言い出してんだよ」
イカ娘「大洗のみんなと練習してると、相手の作戦にやられることが多いじゃなイカ。逃げたと思ったら待ち伏せしてたり、相手が遠くにいると思ったら他の戦車が後ろに回り込んでたりとか」
栄子 「そりゃ戦車道は正面から撃ちあうだけが戦略じゃない。作戦を立てて、みんなで協力して初めて強い相手も倒せるようになるんだ」
イカ娘「あんまりそういう練習したことないでゲソ」
栄子 「そもそも戦略だ何だ言えるほど私らは動かせないだろ。作戦立てたってその通り動けなきゃピンチになるだけだ」
イカ娘「つまんないでゲソー!もっとすごい技術を見せびらかせて周りをあっと驚かせたいでゲソー!」
栄子 「最初は戦車乗ってるだけで大はしゃぎだったのに・・・・ゼータク言い始めやがって」
愛里寿「こんにちわ」
千鶴 「いらっしゃい」
イカ娘が駄々をこねてる時、愛里寿がれもんに来店した。
イカ娘は駄々をこね続け、愛里寿が来たことに気が付かない。
イカ娘「相手の攻撃を絶対に避けて、こっちの攻撃は必ず当たるようなスゴ技が欲しいでゲソ!」
栄子 「んなモンあったら誰も苦労しねえよ」
愛里寿「イカ娘、戦術を学びたいの?」
イカ娘「む?」
栄子 「ああ愛里寿ちゃん、いらっしゃい」
イカ娘の近くに歩み寄る愛里寿。
愛里寿「具体的にはどんな戦術を身に着けたいの?」
イカ娘「勝てる戦術が欲しいでゲソ」
栄子 「負ける戦術なんざねえっつの」
イカ娘「ふーむ・・・・」
少し考え込むそぶりを見せ__
イカ娘「敵の攻撃を絶対にかわせる技が欲しいでゲソ!」
栄子 「だから!戦車道に絶対なんて__」
愛里寿「分かった」
栄子 「うえっ!?」
しばらくして。
由比ガ浜の戦車演習場にイカ娘のチャーチルが待機していた。
イカ娘「愛里寿はここで待ってろと言ってたけど・・・・どうするつもりでゲソ?」
栄子 (島田流家元の娘が戦術論の会話の流れで切り出してきたとなると、やっぱり__)
愛里寿『おまたせ』
イカ娘「む?」
無線から愛里寿の声がする。
振り向くと__
シン 「ワーオ、センチュリオン!」
遠くから、愛里寿の乗ったセンチュリオンが走って来た。
愛里寿「今日はこれを使って色々教えてあげる」
イカ娘「おお、愛里寿も戦車持ってたのでゲソか!中々強そうな戦車じゃなイカ」
栄子 「なかなか強そうって・・・・お前」
イカ娘「?」
栄子 「まあいいや・・・・。口で言うより見た方が早いだろ」
かくして、愛里寿の戦車道レクチャーが始まった。
愛里寿「戦車道において、何よりも重要なのが戦車の足である無限軌道。これの制御・さばき方いかんで、勝敗はどうにでも変えられる」
イカ娘「おお!」
愛里寿「これから見せるのは、砲弾を撃ち合う状況で勝利を掴むには必須と言えるほど。これが出来れば勝率は跳ね上がる」
渚 「なんだか、凄そうですね」
イカ娘「どんな技だろうと楽勝でゲソ!やって見せるでゲソ」
愛里寿「じゃあ、離れてて」
言われた通りセンチュリオンから距離を取るチャーチル。
愛里寿『じゃあ、始めるから。そっちに向かっていくから、たどり着く前に撃破して見せて』
イカ娘「真っすぐ来るのでゲソ?」
愛里寿『うん。途中で当てられたらそっちの勝ち』
イカ娘「いいでゲソよ。いつでもかかってくるでゲソ!」
隊員に発進指示を出す愛里寿。
ギュオオオオン!
センチュリオンがフルスロットルでチャーチルに突撃する。
イカ娘「真っすぐ来るなら外しようがないでゲソ!撃てー!」
イカ娘が砲撃の合図を飛ばそうとする瞬間。
愛里寿「(サッ)」
愛里寿は後ろ手で車内にハンドサインを送る。
ギュイイイイイイイイイイイン
イカ娘「ゲソッ!?」
シン 「なっ、何よアレ!?」
前進する速度はほぼそのままに、信地旋回で砲弾を難なくかわす。
そして一回転してから正面にとりなおし、再加速で迫ってくる。
イカ娘「ななな、なんでゲソかアレは!?」
シン 「速度と方向を保ったまま信地旋回!?」
どんどん迫ってくるセンチュリオン。
その迫力に怯むイカ娘。
イカ娘「う、撃つでゲソ!近寄らせちゃダメでゲソ!」
シン 「そう言うけど、どうやって当てればいいのよ!」
イカ娘「とにかく撃つでゲソ!当てるゲソー!」
バアン!
バアン!
バアン!
やみくもに連射するが、そんな弾が愛里寿のセンチュリオンに当たるはずもない。
あっという間に距離が詰まり__
ピタッ
愛里寿「チェックメイト」
ゼロ距離で砲口をチャーチルにつける。
イカ娘「ゲソー・・・・」
あまりの実力の差に愕然とするイカ娘だった。
その後。
愛里寿「やっぱり思った通りだった。あなたは戦術うんぬん以前の問題」
イカ娘「うっ」
愛里寿「動かすにあたっての基本はまあ出来てる。だけど、相手がとってくる手に対策は全くできてない。仲間に指示も飛ばせてない。砲手に撃てと言えば当ててくれると思ってる?砲手にどう狙うか、相手がどう動くか予測して当てやすくなる状況を作るのが車長の役目よ。もし相手が撃ってきたらという想定もしてないでしょ?最適な位置に導きつつ、相手の砲口の動きを見失わずに指示を飛ばさないと。それに__」
飛びまくる愛里寿のダメ出し。
どんどんイカ娘が不機嫌になっていく。
愛里寿「ちゃんと仲間を大事にしてる?車長は上司じゃないの。同じ戦車道を志す仲間として、自らを高めて__」
イカ娘「うううううるさいでゲソーッ!」
愛里寿「!」
イカ娘がキレた。
イカ娘「勝てる戦術を教えてくれるって言ってたのに、さっきから説教ばっかりじゃなイカ!」
愛里寿「だって、戦術うんぬんよりまず基礎が__」
イカ娘「愛里寿なんかに教えてもらわなくったって、私はちゃんとやれるのでゲソー!」
さすがにこれには愛里寿もカチンときた。
愛里寿「・・・・そう。じゃあ、もういい」
くるりと背を向ける。
愛里寿「そのままずっと自分のやりたいようにしてればいい。それで負け続けても、他の人たちに追い抜かれ続けてても、私は知らないから」
そう言って愛里寿は帰ってしまった。
そんな愛里寿にイカ娘はべーっと舌を出すのだった。
栄子 「あーあ、怒って帰っちゃったぞ」
イカ娘「知らないでゲソ。あんなに偉そうに言うやつに、教えてもらうものなんてないでゲソ」
栄子 (まだお互いの正体を教えるわけにはいかないかなあ。手紙だとあんなに仲良しなのに、どうして顔合わせるとこうなんだか)
学園艦へ戻って来た愛里寿。
メグミ「あれ?隊長おかえりなさい。早かったですね」
愛里寿「・・・・うん」
少し元気がない愛里寿の様子を察したメグミ。
メグミ「ケンカでもしちゃいました?」
愛里寿「!」
図星をつかれ、気まずそうにする愛里寿。
愛里寿「・・・・、ねえ、メグミ」
メグミ「はい?」
愛里寿「私って、教え下手かな?」
メグミ「え?」
その後。
隊長室に集まったバミューダトリオ。
愛里寿はベッドに腰かけて、ボコのぬいぐるみを抱きしめている。
ルミ 「なるほどー・・・・」
アズミ「初心者の子に、行進間信地旋回をレクチャーしようとしちゃったわけね・・・・」
メグミ「いきなりあれを見せられたら、引くわよねー・・・・」
愛里寿「・・・・そんなにおかしかった?私の教え方」
顔を見合わせて苦笑いするバミューダトリオ。
メグミ「そうですねー。初心者の子にそれをやれというのは・・・・」
ルミ 「ジョギングのコツを聞いてきた子に、フルマラソンの世界新を狙うための特訓法を教えようとするようなものですかね」
愛里寿「そんなに・・・・」
自分の感覚のズレに絶句する愛里寿。
アズミ「隊長は小さい頃から家元に仕込まれていましたからできて当たり前だったのでしょうけれど」
メグミ「普通の子にしたらできるわけのないことを見せつけられたようなものですから」
愛里寿「どうしよう・・・・。お礼のつもりだったのに」
ぎゅっとボコを強く抱く。
ルミ 「お礼?」
愛里寿「うん。前に抜け出したとき、お母さまが帰ってきちゃって大変だったとき」
メグミ「ああ、あの時のですか」
アズミ「レクチャーしたかったのって、イカ娘ちゃんだったんですね」
愛里寿「うん・・・・。どうしよう」
アズミ「これは根が深いですね・・・・」
メグミ「イカ娘ちゃんも怒ると頑固ですからねー」
ルミ 「だけど放っておくわけにはいかないわ。私たちでどうにかしましょう!」
アズミ「そうね!隊長のピンチは私たちのピンチ!」
メグミ「ここは私たちに任せてください!」
そして。
バミューダトリオは由比ガ浜の町を相談しながら歩いていた。
アズミ「とは言ったものの」
メグミ「どうしよっか?」
ルミ 「一番確実なのはイカちゃんのご機嫌取ることだけど」
アズミ「イカ娘ちゃんて何が好きなのかしら?」
ルミ 「誰かイカちゃんの気を引けるものを__」
早苗 「イカちゃんの気を引くですって!?」
メグミ「うわびっくりした!?」
突如三人の前に立ちはだかる早苗。
早苗 「どういうこと!?あなたたちイカちゃんの気を引いてどうするつもり!?事と次第によってはただじゃおかないわよ!」
メグミ「えっと・・・・あなた、イカ娘ちゃんのお友達?」
早苗 「そんなレベルじゃないわ!私とイカちゃんは永遠の愛を誓い合った仲なのよ!」
ルミ 「えっ!?イカちゃんそっち系なの!?」
アズミ「ルミ、落ち着いて。えっとね、私たちは__」
かくかくしかじか。
早苗 「なるほど・・・・。つまりその隊長さんとイカちゃんの仲直りの橋渡しをしたいという訳ね?」
アズミ「そ。今の隊長じゃ何をしても逆効果だろうから、私たちがどうにかしないとね」
メグミ「イカ娘ちゃんとそんな仲がいいのなら、どうすればいいか知ってる?」
早苗 「任せて!イカちゃんのご機嫌をとるのなら、私が適任よ!」
そして海の家れもん。
配達員「お届け物でーす」
栄子 「ん?うちにお届け物?」
宅急便で大きな段ボールが運ばれてきた。
栄子 「差出人は・・・・書いてないな。中身は『豪華エビの詰め合わせ』って書いてあるが」
イカ娘「エビ!?早く開けるでゲソ!」
栄子 「落ち着けよ。差出人もわからないのに開けるのは不用心だぞ」
そんな二人のやり取りを、すでにれもんに来ていたバミューダトリオが見守っている。
イカ娘「ふむ」
イカ娘は触手を使って段ボールを持ち上げ、フリフリと揺さぶってみる。
イカ娘「あっ」
栄子 「どうした?」
何かに気が付いたイカ娘が声を上げる。
イカ娘「この段ボール、早苗と同じ重さでゲソ」
栄子 「・・・・」
そこまで言って二人とも察したのか、イカ娘はそのまま触手を伸ばして段ボールを外の離れた場所に投棄した。
段ボールが開き、中からエビスーツを着こんだ早苗がもぞもぞと這い出てくる。
早苗 「さすがイカちゃん・・・・。持っただけで私とわかるなんて!ああ~っ、早苗う~れ~し~い~♪」
エビスーツを着たまま嬉しさでクネクネする早苗。
そんな早苗を店内から眺めるバミューダトリオは、ドン引きしていた。
ルミ 「・・・・。まあ、参考になるところはあったわね」
メグミ「えっ!?あれが!?どこが!?」
アズミ「イカ娘ちゃんがエビ好きだってところよ。もし隊長のおかげでエビが食べられたりしたら、きっとイカ娘ちゃんも隊長に心を開いてくれるんじゃないかしら」
メグミ「確かに、それはあるかも・・・・。具体的には、どんな?」
ルミ 「これを見なさい」
ルミはチラシを取り出した。
そこには、『由比ガ浜戦車道デュオマッチ大会開催!二両の友情で勝利を掴め!』と書いてある。
優勝賞品は__豪華伊勢エビ詰め合わせセットと書いてあった。
イカ娘「絶対に欲しいでゲソ!」
見ると、イカ娘も大会のチラシを持って参加への意気込みを見せている。
栄子 「よく読めよ。デュオマッチって書いてあるだろ?戦車二両、ペアじゃないと参加できないんだぞ」
イカ娘「なら組む相手を探せばいいじゃなイカ。それだけのことでゲソ!」
栄子 「誰がいるってんだよ。この時期みんな忙しいのはわかってるだろ?大会に出る余裕はないっての」
イカ娘「そんな!」
栄子の言葉にがっくりするイカ娘。
そこに__
アズミ「あのー、いい話、あるんだけど・・・・♪」
アズミが笑顔で話しかけた。
そして当日、由比ガ浜戦車道デュオマッチ大会が開かれた。
大会には様々な戦車が集合し、なかなかの賑わいを見せている。
その参加者たちの中に、イカ娘のチャーチルと__愛里寿のセンチュリオンのペアがいた。
イカ娘「組む相手が他にいなかったから、仕方なく組んでやるのでゲソ。私の足を引っ張るでないでゲソよ」
愛里寿「心配してもらわなくても、あなたよりきちんとこなしてみせる」
まだお互いに向ける笑顔はないが、二人は一応ペアとして大会に参戦していた。
栄子 「愛里寿ちゃんが組んでくれるんなら、これは勝ったも同然だな」
イカ娘「どうでゲソかね。愛里寿の腕前が実戦でも通用するとは言い切れないでゲソ」
愛里寿の実力を把握しきれていないイカ娘が侮る。
それが聞こえていても、愛里寿は口を挟まなかった。
愛里寿(ここでイカ娘を優勝に導けば機嫌を直してくれるはず。私が頑張らないと!)
司会 「ではルールを説明します。戦闘区域は指定された由比ガ浜の市街地内。参加者全員が同じくいい気に介しての総当たり戦となります。なお、今大会の特別ルールとして、ペアのどちらかが倒されただけでそのチームは失格となりますのでお気を付けください」
愛里寿「聞いた?どっちかやられたら終わりだから、考えなしに前に出たら危ないよ」
イカ娘「言われなくてもわかってるでゲソ!そんなことでいちいち口を挟まなくていいでゲソ!」
愛里寿「・・・・」
明らかな拒絶の態度にしゅんとする愛里寿。
かくして大会は始まった。
各地から一斉に出撃する戦車たち。
イカ娘「私たちも行くでゲソ!全速前し__」
イカ娘のチャーチルが勇んで前に出ようとすると__
ギュオオオオオオ!
イカ娘「ゲソッ!?」
チャーチルの前をセンチュリオンが全速力で通過した。
急な事態にチャーチルが慌てて急ブレーキをかけ、イカ娘がキューポラにつんのめる。
イカ娘「うわっとと!?こら愛里寿!何やってるのでゲソ!」
愛里寿「敵は全部私が片付ける。後ろを見ててくれればいい(訳:私が前に出るから、後方警戒をお願い)」
早々に敵を見つけ撃破していく愛里寿のセンチュリオン。
しかし愛里寿に好意を抱いていないイカ娘にとって、この言動はカチンときた。
負けじと急加速、センチュリオンの前に割り込むように飛び出す。
愛里寿「!?イカ娘、私の言うこと聞いてた!?」
イカ娘「愛里寿なんかの指示に従う義務はないでゲソ!私は私のやり方で勝つでゲソ!」
愛里寿「っ、ちゃんと合わせて!でないとすぐ__」
バアン!
愛里寿のセンチュリオンが側面装甲に被弾する。
即座に反応し、相手を撃破する。
幸い、まだ戦闘は続行できるようだ。
その間に、イカ娘のチャーチルは先に行ってしまった。
愛里寿「ワガママな子・・・・」
愛里寿は苦々しい顔でつぶやいた。
その後はお互い一切会話を交わさず、不機嫌そうな顔で黙々と相手を撃破し続けた。
無謀に前に出るチャーチル。
そこを狙い目と見て狙いをつける敵戦車。
そしてそれを見越していたセンチュリオンが先手を打つ、というパターンが成り立ち始めていた。
気が付けばかなりの数を撃破しており、大会も大詰めに差し掛かり始めていた。
愛里寿(さすがにここまで生き残って来た人たちなら、無為に姿を現したりはしないはず。市街地戦は先に存在を悟られた方が不利。速度を落として警戒を__)
バアン!
と、やや離れた場所で砲撃の音が聞こえた。
イカ娘「あっちに敵がいるでゲソ!片付けるでゲソ!」
相手の位置と存在に気が付いたチャーチルが音のした方に向かい始める。
愛里寿「何やってるの!?このタイミングで敵のいるほうに向かうだなんて!」
呆れかえりながらも見捨てるわけにはいかず、愛里寿も後を追う。
そして、音のした場所にたどり着くと、そこには__
ルミ 「あっ、隊長!ご無事で!」
愛里寿「ルミ?」
すでに相手戦車を沈黙させたルミとメグミのパーシングがいた。
愛里寿「どうしてルミたちがここにいるの?」
ルミ 「いや、隊長たちのお手伝いをしようと思いまして、エントリーしてたんですよ」
メグミ「イカ娘ちゃんを守りながら戦うのはちょっと大変だろうなーと思って。私たちでできるだけ露払いしておこうかと」
露払い、とはいったものの、二人が相当な数の敵戦車を撃破しているであろうことは愛里寿も気が付いていた。
愛里寿「そうなんだ。__ごめんね、気を遣わせちゃって」
ルミ 「いえいえいえとんでもない!お役に立てたらそれで十分です!」
メグミ「今のでほとんど脱落したはずです。隊長は頃合いを見て私たちを撃破してもらえ__」
そこまで言った瞬間。
ドゴオオオオオオオオン!
ルミのパーシングから轟音と爆炎が上がった。
メグミ「!?な、なに!?」
炎上するルミのパーシング。
既に白旗は上がってしまっていた。
愛里寿「ルミ!」
ルミ 『後方より被弾!榴弾砲です!』
愛里寿「!」
即座にハンドサインで合図を送る。
ギュイイイイイイ!
バゴオオオオオオオオオオオン!
直後、急発進したセンチュリオンのいた場所に再び着弾の爆炎が上がる。
センチュリオンはそのままの速度で離脱していった。
ルミ 『隊長、最後までお役に立てず、すいません!』
メグミ『ご武運を!』
愛里寿「うん、二人ともありがとう!」
二人からの無線はそこで途絶えた。
市街地を走るセンチュリオン。
愛里寿は、慌ててチャーチルを探す。
愛里寿「イカ娘、どこにいるの!?返事して!」
勝手に先行してしまったチャーチルがどこにいるのかわからず、無線も返ってこないため位置を把握できないでいた。
と、曲がり角から何かの影が見える。
愛里寿(チャーチル・・・・?__違う!)
曲がり角から半身を見せたのは、小柄な軽戦車だった。
愛里寿(あれは・・・・ハンガリーの軽戦車、トルディ?)
姿を見せたトルディはセンチュリオンを目視し__そのまま直進し角に消えた。
瞬間、悪寒がした愛里寿。
即座に全速前進のサインを送る。
ギュイイイイイイイイ!
バゴオオオオオオオン!
直後、同じようにセンチュリオンのいた場所に爆炎が上がる。
愛里寿「やっぱり・・・・トルディは索敵!主力は__」
キューポラの上に立ち周囲を探る。
愛里寿「・・・・、いた!」
だいぶ離れた、公園の山の上に位置する戦車が見えた。
愛里寿「あれは・・・・40/43M、ズリーニィ!」
そこにいたのは、同じくハンガリーの自走砲であるズリーニィだった。
愛里寿(足が速く市街地を走り回れるトルディが索敵、位置を教えられたズリーニィが砲撃。ツーマンセルの定石!)
と、進む先に再びトルディが姿を現す。
即座に砲撃指示を出すが__
ヒュンッ!
素早く姿を角に隠し砲撃を交わす。
そしてバックしてまた角からセンチュリオンを捕捉し続けている。
直後、
バゴオオオオオオオン!
間近くに爆炎が上がる。
煙に巻かれている間に、トルディの姿は見えなくなっていた。
愛里寿(まずい・・・・!あの足の速さだと仕留めるには手間がかかる。だけど、トルディを無視するといいように捕捉されて、榴弾のいい的になる。どうすれば・・・・?)
若干の思考の後__
ギュイイイイイイイイ!
センチュリオンは広い道を、ズリーニィ目指し走行していた。
それを後ろからついてくるトルディ。
愛里寿の思惑を察したのか、背後から20mm戦車砲でちょっかいを入れ続ける。
と、それを待っていたように行進間信地旋回を決めるセンチュリオン。
バアン!
真後ろを向いた瞬間に砲撃を行う。
しかし僅かに射線をずらされ、トルディには当てられなかった。
愛里寿(回避がうまい!このトルディ、素人の動きじゃない)
バゴオオオオオオオオン!
ズリーニィからの砲撃をすんでのところでかわす。
後方を警戒し、砲塔を後部に向けながら走行する。
前方のズリーニィ、後方のトルディを相手に戦闘をこなしていく愛里寿。
ズリーニィとの距離は確実に詰まっていたが__
バギン!
愛里寿「!?」
センチュリオンの側面から嫌な音がした。
エンジン部から煙も出始めている。
センチュリオンのスピードがぐんぐん落ち始めていた。
愛里寿(エンジントラブル・・・・!序盤の被弾のせい!?)
やがて__
プスン
センチュリオンは完全に停止してしまった。
後方からトルディが迫ってくる。
もはやセンチュリオンが動かせるのは砲塔のみ。
落ち着いて、冷静に狙いをつけるが__
バアン!
センチュリオンの起死回生を狙った一撃も読まれていたのか、トルディは難なくかわす。
そしてもう目前まで迫り、20mm機関砲がセンチュリオンの後方を打ち抜こうとした瞬間__
イカ娘「ゲッソーーーーッ!」
突然トルディの真横からイカ娘のチャーチルが飛び出してきた。
そのままの勢いを保ったまま__
ドガシャーン!
チャーチルは壁にトルディを挟み込んだ。
さすがに重量差があるせいで、トルディは抜け出せずもがいてるだけだ。
イカ娘「愛里寿!」
愛里寿「!」
一瞬呆気に取られていた愛里寿だったが、すぐに気を取り直し__
バアン!
シュポッ
最後は外さず、センチュリオンの76.2mm砲がトルディを仕留めた。
司会 「優勝は、愛里寿選手とイカ娘選手です!」
観客 「ワアアアアア!」
そして表彰式。
愛里寿とイカ娘は賞品の伊勢エビ詰め合わせセットを二人で一緒に高々と掲げていた。
二人ともしがらみを乗り越えた、すっきりとした笑顔を浮かべている。
愛里寿「それにしても驚いちゃった。まさか戦車で戦車を挟み込むなんて」
イカ娘「相手のあのスピードじゃ砲撃を当てられるかわからなかったでゲソ。だからとにかくどこかぶつければ動きが止められると思ったのでゲソよ」
愛里寿「ほんと、常識外れだね」
イカ娘「むっ、勝ったんだからいいじゃなイカ」
また突っかかってくるのか、と警戒するイカ娘。
愛里寿「ううん、あれでいいと思う」
愛里寿は否定せず、笑顔を向けた。
イカ娘「む?いいのでゲソか」
愛里寿「うん。私には私の、イカ娘にはイカ娘の戦車道があるってわかったから。自分の信じる道を進めるなら、それでいいんだよね」
イカ娘「そう言うことでゲソ!愛里寿は話が分かるじゃなイカ!」
栄子 「調子に乗んな!最終的に勝てたのは愛里寿ちゃんがあれだけ相手を倒してくれていたからだろ!」
イカ娘「最後は私のおかげじゃなイカ!」
栄子 「恩着せがましいんだよ!」
そんなやりとりを目の前で見せられて、愛里寿は笑いが我慢できなくなっていた。
その後、れもんにて。
愛里寿「ねえ、私も一緒でいいの?全部あげるって言ったのに」
れもんのテーブル席では、イカ娘のチャーチルチームとともに、愛里寿のセンチュリオンチームやバミューダトリオのチームも席についていた。
イカ娘「何をケンソンしてるのでゲソ。これは私たちで掴んだ勝利でゲソ。なら、私たちで分け合って当り前じゃなイカ」
千鶴 「おまちどうさま」
イカ娘「ゲソ~ッ♪」
やがて千鶴が大皿を持ってきた。
それには、大量の伊勢エビ料理のフルコースが盛られている。
流れ出るよだれを止められないイカ娘。
ルミ 「うわあ、おいしそう!」
メグミ「ご相伴にあずかります!」
アズミ「それじゃあ!」
みんな「いただきま~す!」
皆こぞって料理に箸をつける。
イカ娘「ん~っ・・・・!やっぱり伊勢エビは最高でゲソ!」
愛里寿「うん、すごくおいしい!」
イカ娘「愛里寿よ、エビで一番おいしいのはエビフライでゲソ!これ食べるでゲソ!」
愛里寿「ありがとう!」
栄子 「おっ、イカ娘がエビ譲るなんて珍しい」
イカ娘「愛里寿はもはや戦友でゲソ。ならばエビを譲るに値するということでゲソ」
栄子 「偉っそーに」
愛里寿「ふふっ」
アズミ「イカ娘ちゃん、隊長とすっかり仲良しになってくれたみたいね」
メグミ「そうね。やっぱり女の子は笑顔でいなくっちゃ」
千鶴 「生ビール中ジョッキ三つ、お待たせ」
ルミ 「待ってました!」
こうして宴は大いに盛り上がるのだった。
後日、ボコリスから手紙が届いた。
手紙 『拝啓、エビカマボコさん。突然だけど、エビカマボコさんには長く続けてることとかあったりするのかな?実は私、小さい頃から戦車道をやってます。この間話したエビカマボコさんそっくりな子と一緒に大会に出て、なんと優勝したんだよ!その時の賞品は伊勢エビで一緒に食べたんだけど、すごくおいしかったんだ。エビカマボコさんは、もしかして戦車道とかやってるのかな?もしやってたら、ぜひ一緒にやってみたいな。もし別な趣味とかがあったら、それも教えてくれるとうれしいな。きっとエビカマボコさんと一緒だったら、どんなことでも楽しいと思うんだ。ボコリスより』
最後まで手紙を読み終えたイカ娘は、神妙な顔つきだった。
イカ娘「戦車道・・・・?大会・・・・?伊勢エビ・・・・?」
劇場版最終決戦で、西住姉妹二人がかりでやっと勝利できた愛里寿の実力は、もしかしたら作中最強なのでは?と思っていたりもします。
対戦相手に回ると恐ろしいですが、もし味方になってくれたらこれほど心強い存在はありませんね。
それと同時に、愛里寿の実力もさることながら、あれほどセンチュリオンを動かせるチームメイトも凄腕ですね。
愛里寿は最終章でどんな役割を担うのか?
とても楽しみです。