侵略!パンツァー娘   作:慶斗

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第4話・〇〇を盗まなイカ?

今日も日差しの強い由比ヶ浜。

継続高校の三人がお世話になっている嵐山家のアパートでは、アキとミッコが畳の上に寝っ転がっている。

 

アキ 「今日もあっついねぇ・・・・」

ミッコ「そーだなー・・・・」

アキ 「こうも暑いとやる気が起きないよー・・・・」

ミッコ「そーだなー・・・・」

アキ 「なんだか最近体が重くてさあ・・・・。夏バテかなあ」

ミッコ「そーかもなー・・・・」

アキ 「おばさまも『夏バテに負けないようたーくさんお食べなさいな』って沢山ご飯作ってくれるし、頑張ってもっと食べるべきかなあ」

ミッコ「そーかもなー・・・・」

 

ちらっ、と窓際を見ると、いつものようにミカがカンテレをポロンポロンといじりながら涼しい顔をしている。

 

アキ 「ほんっと、ミカってどこでも同じだよね。こんな暑いのに夏バテ一つしないんだから」

ミカ 「私は夏バテしないんじゃない。夏バテしないようにしているだけさ」

アキ 「同じことじゃん」

ミカ 「同じように見えて、事実は全く相違している、なんていうことはよくあることさ」

アキ 「どういうこと?」

ミカ 「私が夏バテを感じていないのではなく、アキが夏バテと感じてしまう要因があるということさ」

アキ 「ごめん、まったくわかんない。分かりやすく言ってよ」

 

そう言うと、ミカは珍しく言いづらそうなそぶりを見せるが、意を決するように何かを取り出した。

 

アキ 「?何か出した?」

ミカ 「うん。確かめたいのならばこちらにおいで」

アキ 「もう、何が言いたいのよ・・・・。__よっこいしょっと」

 

重い体を何とか起こし、ミカに歩み寄る。

ミカが持っていたのは、手鏡だった。

 

アキ 「?手鏡?」

ミカ 「覗いてごらん。真実が見えるかもしれないね」

アキ 「何言って__」

 

そう言いながら手鏡を覗く。

目の前には、ぽっちゃりと通り越した太めの女性の顔が映る。

 

アキ 「・・・・あれ?おばさま?もう帰って来たんですか?」

 

映ったのが吾郎の母ちゃんだと思ったアキが後ろを振り向くが__寝転がるミッコ以外誰もいない。

 

アキ 「え?」

 

もう一度手鏡を覗く。

太めの女性の顔が映る。

目をぱちぱちさせると、鏡の中の女性も同じように瞬きする。

右を向けると、同じ方向を向く。

左を向いても同じ。

アキはおそるおそる自分の顔に手をあてる。

 

ぶにゅっ

 

鏡の中の女性と同じように自身の頬肉に指が沈む。

一瞬時が止まり__どんどん顔が青ざめていく。

そして、アキは手鏡に映った太めの女性が__

 

アキ 「きゃあああああああああああああ!?」

 

自分自身であると理解し叫び声をあげた。

 

ミッコ「もうなんだよ、うるさいなあ・・・・」

 

寝っ転がっていた、同じ体系になっていたミッコがぼやく。

さっ!と手鏡を渡す。

 

ミッコ「うぎゃああああああああああああ!?」

 

同じように叫び声をあげるミッコだった。

 

ミッコ「どうしてこんなことになっちゃったんだ・・・・」

アキ 「私たち、何もしてないのに・・・・」

 

部屋の隅っこで膝を抱え落ち込むアキとミッコ。

 

ミカ 「人は食べることで栄養をその身に蓄える。そしてそれを消費して日々の糧にするものだからね」

 

ただ一人、体型に一切の変化がないミカが呟く。

 

アキ 「うううー・・・・やっぱり食べすぎだったのかなあ・・・・」

ミッコ「今までと食生活がガラッと変わったもんなあ。はしゃいで食いすぎちゃった感はある」

 

と、アキが一念発起した顔で立ち上がる。

 

アキ 「痩せよう!」

ミッコ「アキ?」

アキ 「蓄えすぎちゃったのなら使えばいいんだよ!いっぱい運動して、食べちゃった分を使え切れば元に戻れるよ!」

ミッコ「そりゃ一理あるけど・・・・どうすりゃいいんだ?私らダイエットなんて今まで無縁だったでしょ」

アキ 「うっ、そうだった」

 

意図せず(極めて)質素な食生活だったため、これまで必然的にスリムだった二人。

急に痩せようとしたところでどうすればいいかなんてわからない。

 

ミッコ「とりあえず、食べる量を減らせばいいんじゃない?極端な話、ここに来る前の食生活に戻せば自然ともとに戻るんじゃない?」

アキ 「そっか!それだよミッコまずは食べる量を少しずつ減らしていって・・・・!」

吾郎母「ただいまー」

 

そこへ、吾郎の母ちゃんが帰って来た。

いつものように大量の買い物袋をぶら下げている。

 

アキ 「あ、おかえりなさいおばさま!」

 

駆け寄り荷物を受け取る。

 

アキ 「あの、おばさま、実はお話があって__」

吾郎母「今日はお肉が安くってねえ!今日はパーッとすき焼きにしましょう!」

アキ 「!」

 

その晩。

 

アキ 「ご馳走さまでした!」

ミッコ「うーん、すごくうまかったです!」

ミカ 「これまでで最高の仕上がりだったね」

吾郎母「あっはっは、それはよかったよ!」

 

嬉しそうに笑う吾郎の母ちゃんと、至福の表情で寝転がるアキたち。

しばらくごろごろしていたが__

 

アキ 「ちっがああーーーーーう!」

 

声の限りに叫んでいた。

 

アキ 「__と、いう訳なんです・・・・」

ミッコ「私らだけじゃどうにもできそうになくって」

 

次の日。

アキとミッコは海の家れもんを訪ねていた。

 

イカ娘「いつかの私を見ているみたいでゲソ」

栄子 「あん時は大変だったからなあ。お前の体重を戻すのにどんだけ私と姉貴が付きあったことか(※侵略!イカ娘第277話『娘にならなイカ?』より)」

イカ娘「まあまあ、言いっこなしでゲソ」

千鶴 「それで、どんなお手伝いをすればいいのかしら?」

アキ 「おばさまに聞いたところ、千鶴さんは美容と健康のエキスパートとお聞きしました」

ミッコ「ですんで、是非その知識と経験をお借りしたいな~、と!」

千鶴 「あらあら」

 

見た目平静を保っているが、褒められてうれしいのかやや目じりが下がっている。

 

イカ娘「見え透いたお世辞でゲソ」

栄子 「いやしかし見ろ、効果はあるようだぞ」

千鶴 「おばさまの紹介もあるし、私に出来る範囲ならお手伝いするわ」

ミッコ「やったー!」

アキ 「よろしくお願いします!」

 

かくして千鶴指導の元、アキとミッコのダイエット作戦が始まった。

 

千鶴 「では始めましょう」

 

動きやすい服装(ジャージ)に着替えたアキとミッコ。

そこへランニングウェアを着た千鶴が現れる。

 

千鶴 「では、始めましょうか」

アキ 「この服装ってことは」

ミッコ「まずは運動ってことか」

千鶴 「二人は、運動得意な方かしら?」

アキ 「うーん、得意というかなんというか・・・・」

ミッコ「いっつも運動させられてるからなあ」

イカ娘「そうなのでゲソか?」

 

様子を見に来たイカ娘が質問する。

 

アキ 「ミカって基本お金使いたがらない人だから、お昼の食材も自分で探さないといけないんだよね」

ミッコ「『フィールドワークも戦車道の一環だよ』とか言って日が沈むまで山菜採ってた日もあったよね」

イカ娘「学生とは思えないハードさでゲソ」

栄子 「たくましいなあ」

千鶴 「それじゃあ、体力には問題はなさそうね」

 

軽くストレッチを終えた千鶴が小走りで走り出す。

 

千鶴 「まずは軽く慣らしながら走りましょう。無理に運動すると足に負担が行くから、くれぐれも無茶はしないでね」

アキ 「はい!」

 

元気よく返事して、アキとミッコは千鶴についていった。

 

イカ娘「行っちゃったでゲソ」

栄子 「まあ、姉貴とて他人に無茶を強いたりしないだろ。うちらは言われた通りの準備しておこう」

イカ娘「うむ」

 

栄子に続いてれもんへ戻ろうとすると__

 

イカ娘「む?」

 

上にわたっている道路を、見覚えのある戦車が走っている。

 

イカ娘「あれは・・・・」

栄子 「どうしたイカ娘?さっさと準備するぞー」

イカ娘「今行くでゲソ!」

 

小走りでれもんに戻るイカ娘。

 

ミッコ「えっほ、えっほ、えっほ・・・・」

アキ 「はっ、はっ、はっ・・・・」

 

街中を走る三人。

千鶴は時折ちらちらと二人の様子をうかがいみるが、二人は増えた体重に苦戦しながらもしっかり千鶴についてきている。

 

千鶴 「ひとまずここで小休止しましょうか」

 

ある程度進んだところで三人は足を止めた。

 

アキ 「はー、はー、はー・・・・、ふう」

ミッコ「うーん、・・・・ぶはー・・・・」

 

やや息が切れてい入るがすぐ息を整えるアキと、あまり疲労を見せず背伸びするミッコ。

そして汗一つかかない千鶴。

 

千鶴 「驚いたわ。二人とも、思った以上にスタミナがあるのね」

アキ 「いえいえ・・・・千鶴さんにはかないません。ついていくので精いっぱいで」

ミッコ「アキは私らの中でも体力ないほうだからなー。山にキノコ採りに行った時だって、帰りたいーってすぐごねだしたし」

アキ 「切り立った崖の上までキノコを探しに行くのはキノコ採りとは言わないし、フリークライミングを強要されたら誰だって帰りたくなると思うんだけど」

千鶴 「二人とも、はい」

 

と、近くにあった自販機からスポーツドリンクを買った千鶴が二人に差し出す。

 

アキ 「えっ、悪いですよ!ダイエットに付き合ってもらっているのにジュースまでなんて」

ミッコ「それにダイエットなんですから、水分なら水で十分ですって!」

千鶴 「暑い日の水分補給は水分だけじゃダメよ?汗と一緒に流れ出てしまうから、塩分も一緒に摂らないと」

アキ 「あっ、そうなんですか」

ミッコ「いっつも湧き水とかで済ませてたから、知らなかったー」

 

ぐいっとスポーツドリンクを飲み干し、元気を取り戻した二人。

すぐにランニングを再開するのだった。

 

イカ娘「おっ、戻ってきたでゲソ」

 

二時間ほどして、三人はれもんへ戻って来た。

千鶴は涼しい顔をしているが、流石に二人は流れる汗を止められない。

 

千鶴 「二人とも、お疲れさま」

アキ 「はいー、はひー、はひー・・・・」

ミッコ「はーっ、はーっ、さすがに、キッツイ・・・・!」

栄子 「お疲れさん」

 

栄子がれもんから出迎える。

 

アキ 「ふ、太っちゃったから、ですかね・・・・、体が重くって、上手く動けない感じもしました」

ミッコ「それに息も切れやすいし・・・・ホント太ってていいことなんてないんだなあ」

栄子 「それでも姉貴についていけたんだろ?大したもんだよ」

 

タオルで汗を拭き、席に着く二人。

千鶴はそのまま厨房へ入っていった。

 

アキ 「それにしても千鶴さんの体力、どうなってるんだろ」

ミッコ「汗一つかかなかったもんな。あのスタミナ、ミカ以上だぞ」

アキ 「今日の日程はこれで終わり・・・・なんかじゃないよね」

ミッコ「きっとこれは小手調べだな。次はきっと地獄を見るようなハードな特訓がー」

アキ 「もう、脅かすのやめてよ!」

栄子 「お待たせー」

アキ 「!」

 

栄子の声に身構えるアキ。

 

コトン

 

ミッコ「ん?」

アキ 「え?」

 

二人の前に置かれたのは、皿に山盛りの料理だった。

 

アキ 「あの・・・・千鶴さん?」

千鶴 「どうしたの?」

ミッコ「この皿に山盛りの料理はいったい・・・・」

 

にっこりとほほ笑む千鶴。

 

千鶴 「いっぱい運動してお腹すいたでしょう?しっかり食べて次に備えないと」

アキ 「いえ、それはわかるんですが、その__」

イカ娘「やっぱりお主らもそう思うでゲソよね?」

ミッコ「ありがたいけど、これは多すぎなんじゃないですかね・・・・?全部食べたら運動した分どころか余計に太りそうな気が」

千鶴 「ふふ、大丈夫よ。必要な栄養素はそのままに、太る要因の食材は極力減らしてあるから」

アキ 「えっ、そうなんですか?」

 

よく見ると主に野菜がベースになっており、穀物や根菜などはほぼ見当たらない。

 

アキ 「それじゃあ・・・・いただきます」

ミッコ「もぐっ・・・・っ!うまーい!」

 

夢中になって食べ始めるミッコ。

アキもすぐに美味しさに気づき食べ始める。

 

千鶴 「味付けも塩分を極力控えたドレッシングをかけたから、これなら沢山食べても大丈夫よ。痩せたいからって無理なダイエットをして体を壊してしまっては本末転倒よ。しっかり体を健康のまま、キレイに痩せていくのが理想だと思うの」

栄子 「さすが姉貴、余念がない」

アキ 「うーん、おいしい!」

ミッコ「これで食べても太らないってんなら、いくらでも食べられる!」

千鶴 「きちんとしたバランスの良い食事、無理のない適度な運動、そして睡眠。そのバランスが成り立ったうえで素敵な体が手に入るのよ」

ミッコ「すっごい説得力ー」

アキ 「私も、千鶴さんみたいな女性になれるかなー」

千鶴 「あらあら」

 

和やかな空気が店内を包む。

 

アキ 「そうなんですよ、うちの高校パンツァージャケットを買うお金もなくって、未だジャージですよ?他の高校にそんなところないから、ちょっと恥ずかしくって」

ミッコ「『戦車道はジャケットで勝敗を決めるものなのかい?』」

アキ 「うわ、似てる」

ミッコ「あはははは」

 

ふう、と息をつくアキ。

 

アキ 「ほんと、ミカって俗世離れしてる感じなんだよね。いつも一緒に行動してるけど、何考えてるかまだわからないし、いつも飄々としてて」

ミッコ「__あれ」

 

そこまで話していて、ミッコが何か気が付く。

 

アキ 「どうしたの、ミッコ?」

ミッコ「なあ、ミカってこっち来てから一緒のもの食べてたよな」

アキ 「うん?そうだね。山でキノコや山菜採ったり、海で魚釣ったり」

栄子 「サバイバルだな」

ミッコ「んで、今はおばさまのとこで世話になってる」

イカ娘「らしいでゲソね。だから今こうなっているのではないのでゲソ?」

 

二人の体型を見てもっともだ、と言った風のイカ娘。

 

ミッコ「ミカも同じくらい食べたたよな?」

アキ 「あっ」

 

はっと気が付くアキ。

思い返してみれば、ミカの体重・体系は由比ガ浜に来た時から一切変化がない。

同じ量・同じ食事をしていたはずなのにミカだけが太っていなかった。

 

イカ娘「あ奴が太らない体質だったんじゃなイカ?」

栄子 「まあ、それもありうるだろうな」

 

太らない体質の栄子が頷く。

 

アキ 「うーん、それもありかもしれないけど・・・・」

 

まだ少し納得いかなそうなアキが考え込んでいると__

 

イカ娘「あっ」

栄子 「ん?どうしたイカ娘」

イカ娘「そういえば、さっきそこの道路を戦車が通っていったのでゲソ」

栄子 「そうなのか?まあ昨今道路を戦車が走っててもそこまで不思議じゃないだろ?」

イカ娘「どこかで見た気がしてたのでゲソが・・・・やっと思い出したでゲソ」

 

そう言ってアキたちを見る。

 

アキ 「?」

イカ娘「あの戦車は、お主らの乗ってた戦車でゲソ」

アキ 「ええっ!?」

ミッコ「それって、BT-42のことか?」

イカ娘「うむ、間違いないでゲソ。あの独特な形はほかにないでゲソ」

アキ 「じゃあ、私たちがランニングしてる間に、ミカはBT-42に乗ってどこか行ってたのかな」

ミッコ「まあ、ミカはダイエットの必要ないんだし、一人でどっか行っててもおかしくはないけどねえ・・・・」

 

何か引っかかるアキたちだった。

ミカの動向は気になるが、まずは自分たちをどうにかしないと、ということでその後も千鶴とのランニングを再開。

今日のカリキュラムが終わり、嵐山家のアパートへ帰ってくる頃には日が落ちかけていた。

 

ミッコ「いやーキツかったー・・・・」

アキ 「うん、でもすごく効果的だった気がする。これを続けていればすぐ元に戻れる気がするよ」

ミッコ「そうだなー・・・・あっ」

 

アパートの駐車スペースには、今朝と同じ場所にBT-42が停められている。

ぱっと見、動かされた形跡は見当たらない。

 

ミカ 「やあ二人とも、おかえり」

アキ 「あっ・・・・」

 

今朝から全く動いていなかったかのように、ミカは窓辺に腰かけながらカンテレをいじっていた。

 

ミカ 「首尾はどうだったのかな」

ミッコ「あっ?うん、いい感じだったよ。このまま続ければいい結果になると思う」

ミカ 「そうかい」

アキ 「・・・・。ねえ、ミカ。ミカは__」

 

ミカは今日どうしてたの、と聞こうとしたが__

 

吾郎母「はー、ただいま!」

 

豪快に扉を開けて帰って来た吾郎の母ちゃんの声にその質問はかき消された。

 

アキ 「あっ、おばさまおかえりなさい」

吾郎母「あら、アキちゃんもミッコちゃんも!ちょっと痩せたんじゃない?」

ミッコ「ええっ!?そ、そうですか!?」

吾郎母「うんうん、やっぱり千鶴ちゃんは大したものねえ!ミカちゃんもそう思わないかい?」

ミカ 「そうだね。今朝見た時より別人に見えるよ」

吾郎母「やっぱりねえ。こりゃ明後日には痩せすぎちゃうかもねえ!」

 

あっはっは、と豪快に笑う吾郎の母ちゃん。

 

吾郎母「あら、二人とも結構運動してきたんじゃないかい?だいぶ汗かいたみたいだねえ」

アキ 「あっ__わかっちゃいますか、やっぱり」

吾郎母「晩御飯できるまでまだ時間あるから、みんなでお風呂屋さん行ってきなさいな」

ミッコ「じゃあ、お言葉に甘えて」

アキ 「ミカ、行こう」

ミカ 「うん?大丈夫さ。今日は私は一日中家にいたからね。そんな汗は__」

吾郎母「あーらら、ミカちゃんもずいぶん汗かいてきたんじゃないの!」

ミカ 「!」

 

吾郎の母ちゃんの鋭いツッコミにより言い淀むミカ。

 

吾郎母「ほら、三人で行っておいで」

ミカ 「__それじゃあ、お言葉に甘えようかな?」

 

あくまでマイペースを貫きながら、ミカは重い腰を上げた。

 

アキ 「ねえミカ、今日はずっと家にいたの?」

 

銭湯への道すがら、アキは質問をミカにぶつけた。

 

ミカ 「ん?・・・・そうさ。今日の私は外に出る必要を感じえなかったからね。ああやって窓辺でのんびりとね」

アキ 「そう・・・・なんだ」

アキ (ミカの言う通りだとしたら、イカ娘ちゃんの見たBT-42はうちの戦車じゃないってことになる。そっか、もしかしたら由比ヶ浜にBT-42を持ってる人がいたっておかしくないんだし。そうだ、きっとそうだよ)

 

無理にでも自分を納得させるアキ。

銭湯に着き、脱衣所で服を脱ぐ。

 

アキ (それに、もし仮にミカが戦車に乗ってどこか行ってたって大した問題じゃないよ。買い物に行ってただけかもしれないし、うん、何も問題ない)

 

と__

 

ハラッ・・・・

 

服を脱いだミカから、何かが落ちてきた。

何の気なしに拾い上げると、それは葉っぱだった。

 

アキ (葉っぱ?)

 

アキはそれを拾い、そのまま誰にも言わず自分の服と一緒にコインロッカーにしまった。

 

ミッコ「あー・・・・体にしみるー・・・・。運動した後にこれは効くわー・・・・」

 

ミッコはジャグジーで呆けている。

 

アキ 「もう、ミッコったら年寄りくさいよ?__まあ、気持ちはわからなくもないけど」

 

同じくジャグジーに浸かったアキは、ジャグジーの刺激で同じように声が出そうになるのを必死にこらえていた。

 

客A 「ねえ奥さん、聞きました?」

アキ (・・・・?)

 

ふと、近くにいた女性の話声が耳に入って来た。

 

客A 「近頃、戦車道を嗜んでいる人のお宅から砲弾が盗まれる事件が多発してるんですって!」

客B 「あら怖い!」

客C 「しかも白昼堂々と!手口から言って手慣れた人物の犯行だって言われてるらしいわよ」

客A 「それに被害のあったお宅の近所で、怪しい戦車を見かけたっていう目撃情報もあるのよ!」

客B 「いやぁねえ~・・・・。ウチも娘が戦車道やってるから、気をつけなくっちゃ!」

客C 「砲弾もまとめて持っていかれると結構出費になっちゃうものねー」

客A 「早く犯人捕まってくれないかしら」

客C 「ホントホント」

アキ (砲弾ドロボウ・・・・?白昼堂々・・・・?戦車に乗って・・・・?)

 

風呂につかりながら、うとうととしながらそんな話を聞いていた。

そんなことがあった帰り道。

アキは、銭湯で聞いた話の内容が頭から離れずにいた。

しかし踏み込んだことを聞けるわけもなく、ただミカの背中を見つめることしかできなかった。

 

アキ 「おばさま、戻りました」

吾郎母「あらおかえりなさい!晩ご飯の準備できてるよ」

 

やはりいつものように量は多いが、内容は千鶴からレクチャーを受けたのか、同じように太る要素の少ない健康的なメニューが揃えられている。

 

吾郎母「千鶴ちゃんから連絡を受けてねえ。ちょっと物足りないかもしれないけど、期間中はこれを食べて頑張っておくれよ」

ミッコ「でもこれだってすごいうまそうですよ!」

アキ 「お気遣い、ありがとうございます」

一同 「いただきまーす!」

 

そして。

 

一同 「ごちそうさまでしたー!」

 

食事が終わり、片付けも済み。

各々は余韻にふけていた。

ミッコは畳に転がりうとうとしていたり、吾郎の母ちゃんはテレビを見ていたりしている。

ミカはといえば、やはり窓辺に座りカンテレを弾いている。

 

アキ 「ミカ」

 

そんなミカに声を掛けるアキ。

 

アキ 「私たち、おばさまにお世話になりっぱなしだね」

ミカ 「そうだね」

 

ポロン

 

アキ 「お礼もしたいけど、今の私たちに出来ることなんてたかが知れるでしょ?」

ミカ 「謙虚さは美徳だけど、卑屈になってはいけないね」

 

ポロン

 

アキ 「だからさ、せめておばさまには迷惑をかけないようにしなくちゃ、と思うんだよね」

ミカ 「・・・・」

 

ミカがカンテレの手を止めた。

 

ミカ 「・・・・そうだね。それは、とても大切なことだよ」

アキ 「うん、当たり前だよね」

ミカ 「・・・・」

アキ 「・・・・」

 

しばらく見つめあっていたが__

 

アキ 「それだけ。明日もあるから、そろそろ寝るね。おやすみミカ」

ミカ 「うん、おやすみ」

 

ポロン

 

それからというもの、連日アキとミッコはれもんに通い詰めた。

いつも千鶴が相手するわけにもいかず、時には栄子やイカ娘が並走したりもした。

食事にも気を付け、よく運動し、規則的な生活を心がけていく。

異様なスタミナで走る千鶴に食い下がるアキ、ヘルシーメニューをほおばるミッコ、それを遠巻きに見ながらカンテレを弾くミカ。

そんな毎日が続いていき__

 

イカ娘「おお!」

 

二人はすっかり元の姿を取り戻していた。

 

千鶴 「おめでとう、もうすっかり元通りね」

ミッコ「いやー、なんだか前より体が軽くなって気がする!」

アキ 「千鶴さん、ありがとうございました!」

イカ娘「よくまあ千鶴相手にここまでついて行けたものでゲソ」

千鶴 「一緒に走るのも今日で最後ね。せっかくだから楽しんで終わりにしましょう」

アキ 「はい!」

 

かくしてあまりスピードも上げず、三人はおしゃべりしながら街中を走る。

 

千鶴 「そういえば二人とも、ここにはあとどれくらいいられるの?」

アキ 「そうですねー・・・・」

ミッコ「ミカ次第、ですかねー」

千鶴 「ミカちゃんしだい?」

アキ 「そもそも、ここへはミカの提案で来たんです」

ミッコ「ミカの言うことやることはいつも唐突だからなあ」

アキ 「まあ、それはいつものことだし。いずれわかるだろうから、私たちも何も言わないんですけど」

千鶴 「信用しているのね、ミカちゃんのこと」

アキ 「・・・・そう、かな。・・・・うん、きっとそうですね」

千鶴 「アキちゃんたちがミカちゃんを信用してくれるから、きっとミカちゃんもアキちゃんたちを信じているのね」

ミッコ「そーですかねー。時々いいように使われてるような気もするんですけど」

千鶴 「ふふっ、それは甘えられているのよ」

ミッコ「ええー、ミカがー?いっつも世界には自分一人だけみたいな顔してるのに」

 

などと談笑していると__

 

アキ 「!」

 

住宅を抜けた先、国道の道を一両の戦車が通り抜けるのを見た。

 

アキ 「あれは・・・・」

 

駆けだし、道路に出るアキ。

すでに戦車の姿は見えなくなっていた。

 

ミッコ「おーいアキー、いきなり走り出してどうしたんだよ」

千鶴 「何かあったの?」

アキ 「・・・・」

 

アキは戦車が走ってた道路の、進行方向を見つめていた。

その先には__

 

アキ 「ミッコ、千鶴さん。__ちょっと、行きたいところあるので、一人で行動しますね」

 

そう言ってアキは一人、道路を走りだした。

場所は移り__山の中。

そこにはBT-42を傍らに携えたミカがいる。

何かを持ち上げ、どんどんBT-42の中へ積み込んでいた。

 

ガランガランガラン__

 

ミカが『それ』__砲弾を落とす。

ミカは両手に砲弾を抱え、それをBT-42へと運んでいる。

 

ミカ 「・・・・やれやれ」

 

とりあえず抱えていた砲弾を車内に収め、落としたもう一本を拾おうと歩み寄ると、

 

ひょい

 

誰かがその砲弾を拾い上げた。

 

ミカ 「?」

 

正面を見据えると、そこには__

 

アキ 「・・・・」

 

砲弾を持つアキがいた。

 

ミカ 「アキ、こんなところでどうしたんだい?」

アキ 「それはこっちのセリフだよ。こんなところで何してるの」

 

ミカは少しばつが悪そうに、チューリップ帽で目線を隠す。

 

アキ 「もしかしたらとは思ったけど、やっぱりここに来てたんだ」

ミカ 「よくここだってわかったね」

アキ 「__これ」

 

アキは一枚の葉っぱを取り出す。

それは先日、銭湯に行ったときにミカから落ちた葉っぱだった。

 

アキ 「この葉っぱ、ずっと見覚えあると思ってたの。でもおばさまのアパートの周りの葉っぱじゃない。じゃあどこだろうって考えてた」

ミカ 「それが、ここだったのかい」

アキ 「うん。この葉っぱはここら辺にしか生えてない木のものだった。あの時、たけるくんたちとこれを見つけた、この山の木のものだった、って」

 

そう言ってアキは赤レンガの壁に手をあてる。

__その建物は、たけるたちと会った時に見つけた、あの謎倉庫だった。

ミカは、その倉庫から砲弾を持ち出そうとしていたのである。

 

アキ 「いつから持ち出し始めてたの?」

ミカ 「アキたちがぽっちゃりと可愛らしくなる手前辺りから、かな?」

アキ 「それっておばさまのお世話になり始めたころじゃない!もうそんなに続けてたの!?」

 

呆れ顔のアキ。

 

アキ 「私たちの目を盗んで、ことあるごとにこんな量の砲弾を持ち出して__そりゃ太る暇もないはずだよ」

 

やれやれ、とため息をつく。

 

アキ 「ミカ、ほらっ」

 

ぽいっ

パシッ

 

アキが砲弾を放り、ミカが受け取る。

 

アキ 「それで?あとどれを持ち出せばいいの?」

ミカ 「アキ?」

 

言いながら倉庫に入っていくアキを不思議そうに見るミカ。

 

アキ 「一人でやってたらまだまだかかっちゃうでしょ。手伝うから今日で終わらせちゃおうよ」

ミカ 「?」

アキ 「もう・・・・。バレたんだから腹をくくりなよ、まどろっこしい」

 

アキは倉庫の中で適当な砲弾を掴む。

どうやら90mm砲弾のようだ。

 

アキ 「ミカ、これも持ってくの?」

ミカ 「ううん、それは置いといてほしい。その上の段にあるのをお願いできるかな」

 

にこっ、とアキが笑い、砲弾の入った木箱を持ち上げる。

 

アキ 「ミカ、はい」

ミカ 「うん・・・・ありがとう」

 

木箱の中から砲弾を取り出し、車内に収めていく。

やがて全部が納め終わる。

 

アキ 「次はある?」

ミカ 「いや。__これで、正真正銘全部だよ」

アキ 「そっか。それで、どこに持っていくの?」

ミカ 「・・・・」

アキ 「今更隠そうとしたっても無駄だよ。目的地に着くまで絶対降りないからね」

ミカ 「やれやれ・・・・、アキは強情だね」

アキ 「ミカには負けるよ」

 

ガチャン、と南京錠を閉めるアキ。

くすっ、と苦笑しつつ車内へ入るミカ。

運転しようと操縦席を見ると__

 

ミッコ「よっ」

 

そこには既にミッコが座っていた。

固まるミカ。

 

ミッコ「あはは、ヘンな顔」

ミカ 「ミッコ・・・・」

ミッコ「なーに?私だけ仲間外れにしようってーの?」

ミカ 「・・・・いや」

 

諦めたように笑顔を浮かべる。

やがてエンジンが入り、BT-42が動き出す。

 

ミカ 「__へ向かってほしい」

ミッコ「あいよ、まかせとき!」

 

走るBT-42。

 

ミカ 「・・・・何も聞かないのかい?」

アキ 「うん?何を?」

ミカ 「沢山聞きたいことがあるんじゃないのかい?」

アキ 「聞いたって教えてくれないくせに」

ミカ 「・・・・全部がそういう訳じゃないさ」

アキ 「いいよ、話してくれなくても」

ミカ 「?」

アキ 「ミカはいつも秘密主義で、こっちが真面目に聞いてもいつもはぐらかして、意味がまるでわからない言い回し方が好きな厄介な性格してるけど」

ミカ 「言われたい放題だね」

アキ 「でも」

 

アキはミカの顔をしっかり見つめる。

 

アキ 「ミカは人を悲しませたり、不快な気持ちになるようなことは絶対にしない。することには必ず自分の信念があるし、それを捻じ曲げたりすることは絶対にしない、ってわかってるから」

ミカ 「!」

ミッコ「そうそう。ミカが間違ったことしてるわけじゃない、ってわかってるんだから、何も心配することはないでしょ」

アキ 「もしそれで仮にミカが間違ったことをしてて追われることになったって構わないよ。私が信じた友達なんだから、どうあったって最後まで付き合うよ」

ミカ 「・・・・」

 

ミカはもう何も言わず、チューリップ帽をさらに深くかぶった。

だが、とても小さな声で「ありがとう」と言っているのが聞こえた気がした。

 

アキ 「ミカー、全部仕舞い終えたよー」

 

やがて目的地に着き、砲弾を全て仕舞い終えた一行。

シャッターを閉じ、しっかり施錠する。

 

ミッコ「しっかし誰も気づかないんじゃないかなー。まさかあそこの砲弾が半分近くここに移動させられてるなんて」

ミカ 「それこそが狙いなのさ」

アキ 「それで?これで目的は全部果たせたわけ?」

ミカ 「うん、そうなるかもね」

アキ 「そっかー」

 

うーん、と背伸びするアキ。

 

ミッコ「それで?ガッコに帰るの?」

ミカ 「そうだね。理屈では、帰るのが正しいのかもしれないね」

アキ 「それじゃ帰ろっかー。おばさまも待ってるだろうし」

ミカ 「・・・・まだ何も言ってないよ?」

アキ 「ミッコー、アパートへゴー」

ミッコ「セルヴァー」

 

そんなやり取りをする三人を乗せたまま去っていくBT-42。

それを、物陰から千鶴は笑顔で見届けていた。

 

吾郎母「おや、おかえり!」

ミッコ「ただいまー!」

アキ 「ただいま戻りました」

ミカ 「・・・・ただいま」

 

三人が戻ってくると、嬉しそうな顔の吾郎の母ちゃんが迎える。

四人で一緒に夕飯の準備をして、食卓を囲む。

 

吾郎母「そういえば今日、町で戦車に乗った泥棒が捕まったらしいのよ」

アキ 「へえ、そうなんですか?」

吾郎母「戦車道をやっているフリをして、一般家庭から砲弾を盗んでたんですって」

ミッコ「変わった泥棒もいるもんだね」

吾郎母「砲弾を盗むなんてチマチマしてるわよねえ。どうせなら戦車まるまる盗めばいいのに」

ミカ 「案外簡単なものだよ?この間も__」

 

ゴスッ

 

テーブルの下でアキがミカの足を蹴り飛ばす。

 

吾郎母「あら、何の音だい?」

 

アキ 「いえ、なーんにも」

 

アキはそしらぬ顔で答えるのだった。




ミカ__というか、継続の手癖の悪さは知られていると思いますが、決して犯罪に手を染めているわけではない、茶目っ気で済んでいるのだと思います。
BT-42やKV-1の件も現実世界では大問題かもしれませんが、ガルパンの世界に限っては戦車関係はおおらかなのかもしれませんね。

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