侵略!パンツァー娘   作:慶斗

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※形式の都合上、キャラの名前が一部略称になっています。

カバさんチーム→カバ
カエサル→カエ
エルヴィン→エル
おりょう→おりょ
左衛門佐→左衛門


第3話・互角じゃなイカ?

異様な緊張感の漂うⅣ号戦車の中。

搭乗するあんこうチームの面々の顔は、どんな試合開始前よりも強張っている。

 

麻子 「だだ、ダメだ、無理、絶対無理……!」

 

麻子は操縦管を握りしめながら震えている。

 

沙織 「ま、麻子 、落ち着いて!教官を信じよう!」

麻子 「さささ沙織、手を握っててくれ……!」

沙織 「う、うん!」

 

ぎゅっ!

 

沙織は両手で麻子の右手を握る。

 

沙織 「これでどお!?」

麻子 「ま、まだダメだ、まだ足りない……!」

みほ 「麻子さん!」

 

ぎゅっ!

 

左手をみほの両手が包む。

 

みほ 「大丈夫です、みんな麻子さんを信じてますから!」

 

二人に手を握られ、少し落ち着きを取り戻す麻子。

 

麻子 「すー、はー……。……少し、落ち着いた……」

 

微笑むみほ。

 

優花里「冷泉殿、うらやましいです……。私も、西住殿にぎゅっとして欲しいです!」

華  「優花里さんは、平気そうですものね」

優花里「ええ、それはもちろん!蝶野教官ら自衛隊の方々の技術は最高峰でありますから!」

華  「そうですね。……実は、私も、少しわくわくしています」

優花里「五十鈴殿もでありましたか!」

 

微笑み合う華と優花里。

そして__同じく、ヘッツァーの中では。

 

桃  「うわあああん!柚子ちゃぁぁぁあん!」

柚子 「桃ちゃん!大丈夫、大丈夫だから!」

杏  「ねー、かーしまー。飛行機事故の起きる確率って何%だったっけー?」

桃  「うわあああん!今まで友達でいてくれてありがとうーー!」

柚子 「もう!会長!」

 

Ⅲ突の内部では。

 

左衛門「言うなれば、我らは降下猟兵師団と言ったところか?」

カエ 「メルクール作戦!クルト将軍、第七猟兵師団が到着いたしました!」

おりょ「それは歩兵師団ぜよ」

エル 「うーむ、空挺戦車というならばヴィーゼルでなければならないしなぁ」

カバ 「うーーむ」

 

M3リー内部。

 

桂利奈「なんだかワクワクするね!私たち科学特別隊みたい!」

あや 「えーっと、降下からのスムーズな着陸調整のやりかたは、と__」

梓  「あや!危ないからスマホはしまって!」

あゆみ「これって、私たちは何もしなくていいの?」

紗希 「……(コクリ)」

優季 「下手に触ったら、空中分解かも~♪」

あゆみ「ひえっ!?」

梓  「優季!不安を煽らないの!」

 

八九式内部。

 

典子 「いいか!これから我々が向かう先は、未来のバレー部員になるかもしれない人材のいる場所だ!バレー部魂を胸に、バレーの素晴らしさを触れて回るぞ!」

あけび「はい、キャプテン!」

妙子 「でもキャプテン、その子たちがバレー部にはいる頃は、もう私たちはいないんじゃ?」

典子 「近藤の言うことも正しい。しかし、そうなればバレーボール自身の発展にも繋がる。我々は自分のことだけを考えてはいけない。バレー部員たるもの、バレーボールの未来を考えなければいけないのだ!」

あけび「感動しました!一生ついていきます、キャプテン!」

忍  「いや、でも普通に部員募集もしないといけませんよね?」

亜美 『みんな!そろそろ到着するわよ!スタンバイしておいてね!』

 

無線から蝶野教官の声が聞こえる。

やかて__目的地が見えてきた。

時同じくして、倉鎌小学校にて。

 

愛子 「みんな揃ったかしら?」

生徒達「はーい!」

 

校庭にはたけるを含めた生徒たちが多数座り、そして近くに保護者たちが立って見守っている。

愛子たち倉鎌小学校の教師たちがが生徒たちをまとめ、進行を担っている。

 

愛子 「保護者の皆さん。本日は倉鎌戦車道デモンストレーション会にご参加いただき、ありがとうございます。今日はお子さんたちと一緒に、ぜひ戦車道を体験していってください」

イカ娘「はーい!」

 

保護者に混じって参加していたイカ娘が元気よく返事する。

 

愛子 (イカ女……!まったく、保護者という立ち位置を利用してまた学校に潜り込んでくるなんて!)

 

この場にイカ娘がいることに憤慨する愛子。

 

愛子 (保護者参加不可にするべきだったんじゃないかしら……。でも、それだと子供たちだけで戦車と触れ合う許可なんて出なかったかもしれないし……)

 

悶々としていると__

 

たける「先生?どうしたの?」

愛子 「はっ!?ああ、ごめんなさいね!」

イカ娘「愛子先生、いいでゲソか?」

愛子 「な、何かしら」

イカ娘「戦車道のデモンストレーションと聞いたのでゲソが、戦車が見当たらないでゲソ」

愛子 「そうね。そろそろ始まる時間だから、もう来てていい頃なんだけど」

 

ちらりと時計に目をみやる。

 

ゴオオオオオ__

 

すると、何か聞こえてきた。

 

たける「あれ?何この音?」

イカ娘「空から?」

 

みんなが空を見上げると__

 

イカ娘「な、何でゲソあれは!?」

たける「すごい!飛行機がこんな近くに!」

 

小学校のすぐ上に低空飛行で何台もの飛行機が飛んでくる。

その飛行機の後部ハッチが開き__

 

亜美 『GO!』

みほ 「麻子さん、お願いします!」

麻子 「ええい、どんとこーーーい!」

 

そこからⅣ号戦車が滑り降りるように姿を表した。

 

イカ娘「ええええええ!?」

たける「うわあ、すごい!」

愛子 「!みんな、危ない!」

 

愛子が身を呈して子供達を守ろうと覆い被さる。

 

ドン!

ギャギャギャギャギャ!

 

Ⅳ号は愛子たちとはやや離れた場所に着地し、摩擦で履帯が雄叫びを上げる。

勢いを利用しながら車体を回転させ、スマートにⅣ号は停止した。

 

沙織 「やった!」

みほ 「さすが麻子さん!」

麻子 「どど、どんなもんだい……」

 

口とは裏腹に、呆然自失とした様子の麻子。

それから、次々と戦車が校庭に舞い降りてくる。

ヘッツァー、Ⅲ突、M3リー、そして八九式。

大洗女子戦車道の初期を彩った五両が集結した。

 

イカ娘「あれは……Ⅳ号じゃなイカ。ということは、大洗の西住さんたちでゲソか」

 

そして、さらにもう一両の戦車が追加で舞い降りてきた。

 

スザアアアアアッ

 

それは先の五両よりさらにスマートに、洗練された様子で華麗に停止する。

 

イカ娘「もう一両……?あれは、何でゲソか?」

愛子 「十式戦車……!」

イカ娘「え?」

 

ガポッ

 

亜美 「皆さん、こーんにーちわー!」

 

三式のキューポラが開き、中から笑顔の亜美が姿を表す。

 

イカ娘「?誰でゲソ?」

愛子 「やっぱり……!」

イカ娘「え?」

 

愛子怒りを露にした表情でずしずしと言った歩調で三式に近づいていく。

 

亜美 「私は陸上自衛隊富士学校富士教導団戦車教導隊所属、蝶野亜美一等陸尉です。今日はお集まりいただき、真にありがとうございます。これから一緒に、戦車道についての素晴らしさと楽しさを体験していってくださいね!」

子供達「はーい!」

 

保護者たちも見事な着地に拍手を送る。

その中で__

 

愛子 「ちょっと亜美!」

 

愛子だけは亜美に噛みついた。

 

愛子 「戦車で飛び降りてくるなんて聞いてないわよ!子供たちに怪我があったらどうするつもり!?」

 

キョトンとした表情の亜美。

 

亜美 「大丈夫、計算に計算を重ねて、シミュレーションも万全を期した上でのデモンストレーションだから。万が一にも事故が起きないよう配慮してあったわよ、愛子」

愛子 「万が一がなくても、億が一ってこともあるでしょう!危険性がゼロでない限り、子供たちを危険に晒す真似は絶対に許さないわよ、亜美!」

亜美 「相変わらず子供たちに関してだけは過剰反応ねえ」

愛子 「当然でしょ!」

 

からからと深刻にはとらえず笑う亜美と、怒髪の勢いの愛子。

そんな二人の様子を、キューポラから顔を覗かせたみほたちが呆気にとられた様子で見つめていた。

 

亜美 「とりあえず、今はこのまま進行させてちょうだい。話はあとでゆっくり聞くから」

愛子 「逃げるんじゃないわよ!」

 

そう言い放ち、場を去る愛子。

 

みほ 「蝶野さん、今の方はお知り合いですか?」

亜美 「うん?ええ、昔からのね。それより、会を進行しましょう」

みほ 「あ、はい!そうですね!」

 

亜美に促され、一同は戦車から降り、子供たちの前に横一列で整列する。

 

少女A「あっ、西住みほさんだ!」

少女B「かっこいい!」

少女C「みほさーん!」

みほ 「あはは、どうもー……」

少女達「キャーッ!」

 

名前を呼ばれ、不馴れながらも笑顔で手を振り返すみほと、反応されてはしゃぐ女子たち。

 

華  「みほさん、大人気ですね。流石です」

優花里「当然です!西住殿は今や『全国こんな女性になってみたいランキング』で堂々の一位を勝ち取ったのですよ!」

沙織 「えっ、ホント!?……ちなみに、私は?」

優花里「あっ!?えーと、あの……」

沙織 「だよねー……」

麻子 「気を落とすな。沙織がいい女なのはみんな知っていることだ」

沙織 「うう、ありがとう……」

杏  「あーあー、マイクテスマイクテス。おほん、どーもどーも皆さん!本日はお集まりありがとうございます!わたくし、大洗女子学園生徒会長、角谷杏でございます。そして、右からⅣ号操縦手冷泉麻子、装填手秋山優花里、砲手__」

 

一切噛むこともあがることもなく、杏はすらすらとチームメンバーを紹介していく。

 

杏  「装填手兼砲手川嶋桃、車長のわたくし角谷杏、そして最後にⅣ号戦車車長にして我が大洗女子学園戦車車チームの隊長、西住みほちゃんで~す!」

 

締めと同時に沸き上がる拍手。

杏の見事な紹介と、大トリのみほへの拍手である。

杏はおもむろにみほの手をくいっと引き、二歩前へ引っ張り出す。

 

みほ 「わっ、ととと……」

 

不意を付かれつんのめりそうになりながら、何とかこらえ体勢を立て直す。

目の前には、みほを羨望の眼差しで見る子供たちや保護者たち。

視線と人数にたじろいだ風を見せたが、すぐに凛々しい顔に戻る。

 

みほ 「はじめまして、西住みほです。えっと……、今日は皆さん楽しんでいってください」

 

拍手が起こる。

 

亜美 「では、初めに。皆さん、戦車道についてどれほどご存じでしょうか」

 

子供たちが手を上げる。

 

亜美 「はい、ではそこの君!」

少年B「えっと、戦車を使って勝負をする、女の子のゲームです!」

亜美 「はい、ありがとう。大まかな部分は合っていますね。今言った通り、戦車道とは戦車を使い、女の子たちが己の腕を競うものです。ゲームというよりは、スポーツに近いもの、と言った方が近いですね」

 

うんうん、とイカ娘が頷く。

 

亜美 「ですが、戦車道は『女の子専用』ではありませんよ。確かに公式戦などはまだ認められていませんが、戦車道は男女問わず、男の子が戦車に乗ることも認められています」

少年A「へえー、そうなんだ」

亜美 「現に、日本戦車道連盟会長__つまり、戦車道関係者で一番偉い人は、男性なのよ?」

少年B「そうなんだ!」

亜美 「もしかしたら、近い将来この中から初の男の子の戦車道大会に出る子が現れるかもしれないわね」

 

にっこり、と亜美は微笑みを返した。

亜美やみほへの質疑応答タイムは続き、次に戦車を走らせる実演に入る。

八九式がプラウダ戦で見せた蛇行走行や、Ⅲ突のナポリターン、Ⅳ号必殺の回り込み撃ちなど、華のある走行技術に観客たちが沸く。

その後も子供たちを戦車の上に登らせてみたり、内部の観察、砲弾を実際に担いでみる、などといった大洗メンバーたちとの交流の時間も設けられていた。

 

そして__

 

亜美 「では次はお待ちかね!実際の戦車道の戦闘がどんなものか、目の前で見ていってね!」

 

子供たちや保護者たちは校舎に入り、教室の窓など高い位置から校庭を見下ろす。

校庭には両端に三両ずつ戦車が位置につき、お互いを向き合っている。

 

亜美 『みんな、聞こえる?今回の砲弾はデモンストレーション用に開発された特殊演習弾よ。音だけは実弾並みだけど、車体には一切ダメージはないわ。思いっきり撃ち合ってちょうだい!』

左衛門「承知した!」

杏  「よかったねかーしま、狙い外れても問題ないってさ~」

桃  「よかったー……って、外す前提で話さないで下さい!」

優花里「うわあ、この弾すごく軽いですよ!これなら何発でも、どんどん装填できちゃいますよ!」

亜美 『取り敢えず止めるまでドンドンやってちょうだい!では__始め!』

 

ドオン!

 

亜美の号令によるスタート直後、最初に火を吹いたのはやはりⅣ号だった。

特殊弾ながら実弾さながらの音と衝撃が響き渡る。

 

パアン!

 

Ⅳ号の弾は十式に見事命中する。

 

亜美 「あら、やったわね!お返しよ?撃ーっ!」

 

ドオオン!

バアン!

 

沙織 「うひゃあ!?」

 

十式のお返し弾も見事Ⅳ号に命中し、被弾の音に沙織は目を白黒させる。

 

沙織 「これ、本当に演出用の弾なの!?撃ったときとか、当たったときとか本物そっくりなんだけど!」

華  「間違いないようです。着弾したあちらには一切ダメージは見受けられませんし、被弾したこちらにも被害は全くありません」

みほ 「連盟の皆さん、凄いもの用意してくれたね」

麻子 「確かに。これなら修理費も気にせず何発でも撃ち合えるな」

 

操縦手は出番がないために、座席に浅く座り半分眠った様子の麻子。

 

桃  「子供たちに私の腕前を見せてやる!ファイヤー!」

 

ドオン!

 

杏  「は~ずれ~」

柚子 「桃ちゃん、当てても問題ないんだから、当ててよ~」

桃  「ほっ、砲弾が軽いから弾道を見誤ったんだ!次は当てる!」

典子 「撃てっ」

あけび「はいっ!」

 

バアン!

 

あや 「うひゃあ!?メガネが割れ……てない!」

あゆみ「やったなー、お返し!」

優季 「構うな構うな、撃っちゃえ撃っちゃえ~♪」

 

パアン!

 

エル 「堂々と構え__」

おりょ「心安らかに__」

左衛門「撃つ!」

 

撃っても撃たれても終わらない特殊弾の撃ち合いに楽しくなった面々は、どんどん夢中になっていく。

見ている人々もその迫力にのまれ、食い入るように見つめている。

 

たける「凄い迫力だね、イカ姉ちゃん!」

イカ娘「うむ!」

 

イカ娘たちは三階の教室から見下ろしていた。

すると__

 

イカ娘「む?」

 

校舎から、一つの人影が飛び出した。

まだ一年生ほどの子らしく、恐れることなく校庭で撃ち合う戦車の射線上に飛び込む勢いで駆け寄る。

 

男性 「大変だ、子供が校庭に飛び出したぞ!」

女性 「きゃあああ!」

 

気がついたときにはもうその子供は戦車の間に割って入りかけていた。

 

みほ 「ちょ、蝶野さん!校庭に!」

亜美 「っ!?子供!?みんな、砲撃停止、砲撃を止めて!」

みほ 「皆さん、砲撃を中止してください!」

 

いち早く気がついたみほと亜美が全車両に砲撃停止を通達し、一斉に砲撃が止む。

__一両を除いて。

 

桃  「つつ、次こそは……!」

 

当てることだけに夢中になっていた桃には、砲撃中止が耳に入っていなかった。

 

柚子 「桃ちゃん!?ダメ、校庭に!」

桃  「ファイヤー!」

 

ドオン!

 

止める間もなく放たれる砲弾。

そしてそれは見事に逸れ__子供に向かって真っ直ぐ飛んでいった。

 

愛子 「危ないっ!!」

 

校舎から追いかけていた愛子が、その子を抱き込んで庇う。

そして__

 

亜美 「愛子!」

 

バアン!

 

激しい音をたてて、砲撃が着弾した。

立ち上る砂煙。

一同は唖然としていたが、やがて砂煙が晴れてくると収まると__

 

亜美 「あれは__何?」

 

愛子たちを、青い何かが包み込んでいた。

それは校舎から伸びている。

 

みほ 「あれは__」

沙織 「イカちゃんの触手!」

 

戦車からみほたちが飛び出し、愛子たちのもとへ駆け寄る。

 

典子 「大丈夫ですか!?」

 

みほたちが駆け寄ると、愛子たちを包んでいた触手が解かれ、中から子供を庇った姿勢で抱き抱え続ける愛子が出てきた。

 

亜美 「愛子!生きてる!?」

愛子 「亜美……?」

 

呆然とする愛子。

 

愛子 「私たち……生きてる?」

亜美 「ええ!」

 

愛子たちは触手に庇われ、無傷だった。

 

イカ娘「全く、本当に手のかかる先生でゲソね」

たける「イカ姉ちゃん、大丈夫?痛くない?」

イカ娘「ちょっとピリピリするけど、大丈夫でゲソ。私の触手はあれしきではびくともしないでゲソ!」

 

その後。

泣き叫びながら謝る桃をなだめたり、愛子たちの健康状態を調べたりと一時中断していた会は、予定を一部省略して続行のはこびとなった。

そして、最後のメインイベントが始まろうとしていた。

 

亜美 「……」

 

校庭には、亜美の乗る十式一両だけが残っている。

みほたちも校舎にあがり、イカ娘と一緒の窓から校庭を見つめている。

 

みほ 「イカ娘ちゃん、さっきは本当にありがとう」

イカ娘「あれくらいどうってことないでゲソ。あれで会が中止になるのは私も嫌だったでゲソからね」

 

やがて、校庭にもう一両の戦車が現れた。

十式に比べ、かなりこじんまりとした印象を受ける。

そして何より、その戦車には履帯がついていない。

 

イカ娘「あの戦車は何でゲソ?」

沙織 「えーっと、あれはモーリス・ファイアフライだね」

 

沙織が戦車ノートを見ながら答える。

 

優花里「モーリス軽偵察車両に、モリンズ六ポンド自動砲を取り付けた一人乗りの駆逐戦車です」

イカ娘「一人乗り?一人で乗れる戦車なんてあったのでゲソか」

優花里「はい。モーリス・ファイアフライの主砲は自動砲ですので装填が自動に行われるんです。ですから、運転と砲撃をこなせるなら一人で運用が可能なんですよ!」

イカ娘「おお!それは便利そうでゲソ!でも誰も使ってないでゲソよね?」

優花里「モーリス・ファイアフライは確かに便利なんですが、六ポンド砲の力では中戦車以上の装甲は抜けませんし、元が車なので耐久もさほどではありません。機動力はそこそこなのですが、そもそもは待ち構えて砲撃したりするのに向いているため、戦車戦の多い戦車道にはあまり向いていないのが現実なんですよ」

イカ娘「それに乗ってくるなんて、相当な自信家でゲソね。……というか、誰が乗ってるのでゲソ?」

 

校庭にて。

 

亜美 「それじゃ、デモンストレーション会最後の一番、実演と参りましょうか」

 

無線機を手に取る。

 

亜美 『そろそろ始めましょう。準備はいい?……愛子』

愛子 「聞くまでもないでしょう?さっさと始めましょう」

 

開始の合図が鳴り、両雄一斉に動き出す。

__モーリス・ファイアフライには、愛子が搭乗していた。

 

たける「あれには愛子先生が乗ってるの!?」

優花里「あれ、たける殿は聞いてなかったのですか」

たける「そもそも愛子先生が戦車に乗れるなんて聞いたことなかったよ」

華  「蝶野教官と愛子先生は、小学校の頃からずっと一緒だったそうですよ。その頃から二人でずっと戦車道でお互いを高めあっていたそうで」

麻子 「蝶野教官が西住流に入ったのも、愛子先生に負けない腕を身に付けたいという理由だったらしいしな」

たける「へえー」

 

感心した様子で校庭で行われる戦いを見つめるたける。

 

ドオン!

 

十式の攻撃をモーリス・ファイアフライはひらりとかわし、模擬弾が地面に着弾する。

 

バアン!

 

避ける際の回転を利用し、砲が十式に向いた瞬間に砲撃を放つ。

 

ヒュッ

 

それを読んでいた十式も車体を回転させ難なくかわす。

直後お互い全速力でその場を離れ、距離を放す。

一挙一動に洗練されたものが垣間見れ、みほたちも試合に見いっている。

 

沙織 「すんごいレベル……!」

麻子 「蝶野さんの技術が凄いのはわかっていたが、実際に目にするととんでもないな」

みほ 「愛子先生も凄い……。蝶野さんに一歩も引けをとらない」

華  「私も、あれほど精密に正確な砲撃は、まだ出来ません」

優花里「何より、第二次大戦時代の戦車で十式に互角という時点で、愛子先生殿の技量の高さが垣間見えます!」

典子 「はっきりとした車体性能の差があるはずなのに全くそれを感じさせない……!」

あけび「私たちも見習わないといけませんね!」

妙子 「そうだね!八九式だって、まだまだ無限の可能性があるんです!」

忍  「がんばれー!旧式だからって負けるなー!」

杏  「おお、やるねー、あの先生」

柚子 「同じ駆逐戦車に乗るものとして、見に焼き付けないといけませんね!ほら、桃ちゃんもちゃんと見て!」

桃  「無理だー!次元が違いすぎるぅー!」

桂利奈「あれ、どうやって動いてるの!?」

優季 「ここから見てもさっぱりわかんな~い!」

あや 「どうしてあれで目が回らないわけ!?あんなのやったら中で倒れちゃうよ!」

あゆみ「同じ固定砲塔型として参考にしたいのに、原理がさっぱりわからない!」

紗希 「……(じー)」

梓  (紗希はわかってるみたい……。あとでみんなに説明できるように、私ももっとちゃんと見ないと!)

カエ 「うーむ、我らもうかうかはしていられんな」

おりょ「Ⅲ突の新しい可能性を見据える時が来たぜよ」

エル 「となれば、Ⅲ突本来の味を生かした待ち伏せをさらに昇華させる……」

左衛門「釣り野伏せ!」

三人 「それだ!」

少女A「愛子先生、すごーい!」

少年A「愛子先生がんばれー!」

少女B「先生、負けないでー!」

 

各々が愛子の戦闘技術に驚き、めいめいに思うところがありながら勝負の行く末を見守っている。

そして試合が始まってから三十分が経った。

いまだにお互い健在で、まだ決着がつく様子すらない。

だが、お互いが見せる技は多種にわたり、観戦者たちは飽きるどころか次はどんな技が見られるのかますます夢中になっていった。

 

亜美 (流石ね、愛子……。昔と全然腕前が落ちていない!それどころか、前より大胆に、さらに精密になっている!)

愛子 (腕を上げたわね、亜美。でも、ブランクがあるからって言い訳にはならない。私は勝たなくちゃならない。何故なら__)

愛子 「私の大切な生徒たちが見守ってくれているのだから!」

 

ドオン!

ギュオオオオオ!

 

十式の砲撃を再びかわし、真正面に十式を補足する。

そしてそのまま、モーリス・ファイアフライは真っ直ぐ十式に向かって突撃を敢行した。

砲は完璧に十式を捉えている。

 

亜美 (ここで突撃!?フェイント……?いえ!)

 

心当たりのある亜美は、これがフェイントではなく勝負を決めるための突撃と判断した。

十式も真正面を見やり、モーリス・ファイアフライを迎え撃つ姿勢を見せる。

 

みほ 「勝負をつけるつもりだ……!」

イカ娘「!」

 

ドオン!

ドオン!

 

そして、ほぼ同時に砲撃が行われる。

 

バアン!

 

愛子 「くっ!」

 

モーリス・ファイアフライの左前輪に着弾し、バランスを崩す。

愛子は完全に制御不能になる前にハンドルを切り、ドリフトを切るように十式の左に回り込み、停車した。

かくいう十式の方も左履帯が千切れ、動かせるのは砲塔のみとなっていた。

お互い停止した状態で、砲を向かい合わせる二両。

ここで勝負はつくのか、と固唾をのんで見守っていると__

 

シュポッ!

シュポッ!

 

同時に両方から白旗が上がった。

 

典子 「えっ!?」

柚子 「相討ち!?」

優花里「いえ、両方とも足をやられただけで、戦闘はまだ出来ます」

みほ 「うん、つまり__」

亜美 「……。ふふっ」

 

キューポラから身を乗り出していた亜美は、嬉しそうに笑う。

モーリス・ファイアフライから出てきた愛子も、満足そうに笑みを浮かべる。

 

亜美 「弾切れよ。戦闘続行不可能」

愛子 「こっちもよ。全く、最後の一発まで上手くよけてくれちゃうんだから」

亜美 「そのままそっちにお返しするわ」

 

やがて、お互い笑みを浮かべ__

 

ガシッ!

 

しっかりと握手を交わした。

 

その後。

 

亜美 「くーっ!この一杯のために生きてるのよね!」

愛子 「何よ、おじさんくさいわよ?」

 

亜美と愛子は海の家れもんで一緒にビールを飲んでいた。

大盛況に終わったデモンストレーション会の後、愛子が亜美たちを打ち上げに誘ったのである。

 

みほ 「それにしても、本当に凄い試合だったね」

沙織 「うん!私、感動しちゃったよ!」

麻子 「私たちもそれなりのところまでは来ていると思っていたが、上には上がいるんだな」

華  「いいことじゃありませんか。つまり、まだ限界はさらに上の場所にあるということです」

優花里「五十鈴殿の言うとおりです!言い換えれば、我々もあそこまで行けるということです!」

 

各々がれもんの料理を堪能し、感想を交わしあっている。

 

亜美 「それにしても、愛子が小学校の先生か~……」

愛子 「何よ、悪い?」

亜美 「そんなことないわよ。昔から、子供の教育に携わることがしたい、っていつも言ってたものね」

愛子 「そうよ。これは私にとっての天職なんだから」

亜美 「私としては、一緒に戦車道の世界に羽ばたいてほしかったんだけど」

愛子 「そりゃ、戦車道も好きだったわよ。でも、私はこの道を選びたかったのよ」

亜美 「ううん、未練がある訳じゃないわ。ほんと、愛子はいい先生してるな~、って」

愛子 「何よ、突然」

亜美 「あの時、子供が飛び出してきたとき。自分の身を省みずあの子のために戦車の間に飛び込んだあの姿。あれこそ、理想の教育者、ってものなのかな、って思ったわ」

愛子 「教師だから、とかそういうんじゃないわ。ただ勝手に体が動いただけよ」

亜美 「それがいい先生ってやつよ」

 

ぐいっとビールを飲み干す。

 

亜美 「これからも頑張ってね、斉藤先生」

愛子 「あんたこそ、ふんぞり返って腕を疎かにするんじゃないわよ、蝶野教官」

 

そう言ってお互いのグラスにビールを注いだ。

そんな二人を見つめるイカ娘。

 

イカ娘「西住さん、西住さんたちはあの蝶野さんに戦車道を教えてもらったのでゲソよね」

みほ 「うん。そうだよ」

イカ娘「つまり、蝶野さんは西住さんたちの師匠、という訳でゲソね」

みほ 「え?……うん、そうなるね」

イカ娘「ということは……」

みほ 「イカ娘ちゃん?」

 

亜美たちの席に歩み寄るイカ娘。

 

イカ娘(蝶野さんは西住さんたちの師匠。そして、愛子先生は蝶野さんと互角。つまり、私が愛子先生に教えてもらえば西住さん並みになるんじゃなイカ!?)

 

期待を込めて、愛子先生に師匠になってもらおうと近づくイカ娘。

 

イカ娘「愛子先生よ」

愛子 「ん~?イカ女じゃない。どうしたのよ?」

 

すでに酒が回りはじめ、やや呂律が崩れてきた愛子。

 

イカ娘「私を__」

 

と、そこまで言いかけ__

 

~~回想~~

 

愛子 『ゴリラのモノマネします!……ウッホウホホーイ!』

 

酒が回りふざける愛子。

 

イカ娘『どうしたでゲソ?愛子ちゃん』

愛子 『先生を返してー!』

 

生徒からイカ娘の方が先生らしいと言われショックの愛子。

 

イカ娘『こ……これは……!』

 

昼間っからビールの飲み過ぎで酔いつぶれ、顔に『ダメ教師』とラクガキされた愛子。

 

~~回想終了~~

 

瞬間、イカ娘の脳裏にいろいと先生としてやらかしていた愛子の姿が甦った。

 

イカ娘「……何でもないでゲソ」

愛子 「何なのよ」

 

イカ娘は、愛子に弟子入りを諦めた。




おかげさまで第3話目に着手し始めました。

蝶野教官と愛子先生の関係は初期から構想にあったのですが、話として固まるのに今日までかかってしまいました。
愛子先生は教師としては素晴らしい人なのですが、教育に関わるとうーん、なのが良いキャラしていますね。
実際の話では蝶野さんの腕前は伝説級らしいので、表現しきれなかったかもしれません。

モーリス・ファイアフライは戦車にわかの自分が一番好きな戦車です。
いつかどんな形でもいいから、ガルパンに出てきてくれたら嬉しいですね。

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