アンチョビ→チョビ
ペパロニ→ペパ
カルパッチョ→カル
アンツィオ三人組→アン
南風の店長→南風
チョビ「朝だぞー」
相沢家の玄関先から、二階に向けてアンチョビが声を掛ける。
しばらくすると__
栄子 「おふぁよー・・・・」
イカ娘「ふわぁ・・・・」
栄子とイカ娘が寝ぼけまなこで降りてくる。
チョビ「どうしたどうした!朝からだらしないぞ!」
イカ娘「アンチョビが朝から元気すぎるのでゲソ・・・・」
チョビ「しっかり顔洗ってこい。そうすりゃ目も覚める!」
栄子 「ふぁーい・・・・」
アンチョビのテンションに押されるように洗面所で顔を洗い、リビングに入る。
千鶴 「二人ともおはよう」
たける「おはよう、栄子ねえちゃんとイカ姉ちゃん!」
栄子 「おー、おはよー。相変わらず姉貴とたけるは早いなあ」
カル 「おはようございます」
ペパ 「おはよっす!」
イカ娘「うむ、二人もおはようでゲソ」
早苗 「おはよう、イカちゃん♪」
イカ娘「もうツッコんでやんないでゲソ」
早苗 「あ~ん♪」
いつの間にか当然のように朝食を共にするようになった早苗を加え、相沢家メンバーがテーブル席につく。
台所に戻って来ていたアンチョビが慣れた手つきでフライパンをふるい、出来上がったばかりの料理を人数分の皿に盛りつける。
チョビ「さあできたぞ!」
各自に配られた皿にはナスやパプリカなど色とりどりの、程よい大きさに切られた野菜がたっぷり入っている。
もう一つは細かく切られた野菜がふんだんに入っている、トマトベースらしきスープだ。
イカ娘「きれいな色してるでゲソ!今日の朝ご飯は一体なんでゲソ!?」
チョビ「今日の献立はカポナータ(イタリア風野菜炒め)とリボッリータ(トスカーナ地方のスープ)だ。冷めないうちに食べた方がおいしいぞ」
千鶴 「香りもいいし、見た目もばっちり。本当においしそうだわ」
一同 「いただきまーす!」
一斉に食べ始める一同。
一口目からその表情が満足げに緩む。
たける「おいしい!」
栄子 「ああ、文句なしだ!」
たけると栄子はその味に顔がほころぶが、イカ娘はがっつくように食べ続けている。
イカ娘「もぐもぐもぐ、はむはむはむ」
栄子 「おいイカ娘、ゆっくり食わないと体に悪いぞ」
イカ娘「こんなおいしいものをゆっくり食べるなんて無理でゲソ!もっと食べたいくらいでゲソ!」
チョビ「はっはっは、うれしいこと言ってくれるじゃないか」
カル 「でもドゥーチェ、ここに来てからもっと腕前が上達したんじゃありません?」
チョビ「ん、そうか?」
ペパ 「そっすねー。私もアンツィオにいた時に何度もドゥーチェのごはん食べてますけど、今はその時より何倍もうまいっす!」
早苗 「へえ、ドゥーチェはアンツィオでもごはん作ってくれてたんだ?」
チョビ「まあ、さすがにいつもじゃないけどな。みんなが練習頑張った日とかに、労いの意味で振舞ったりはしたけれど」
ペパ 「あん時、おかわり権を賭けてCV33同士でアツい戦いを繰り広げたっけなあ。あれは激戦だった!」
チョビ「あの時は何ごとかと思ったぞ!仲間割れが起きてしまったのかと本気で心配したんだからな!」
栄子 (どれくらい真に迫ってたんだろう)
それから。
そのまま相沢家一行は海の家れもんの営業を始めた。
チョビ「いらっしゃいませー!」
今日もアンチョビたちは元気よく接客を続けている。
カル 「四名さまですね。こちらのお席へどうぞ」
イカ娘「鉄板ナポリタン、店内で三人前でゲソー」
ペパ 「あいよー!鉄板三丁!」
店内からの声を受け、店先の屋台でペパロニが集中的に鉄板ナポリタンを作り続けている。
栄子 「鉄板ナポリタンを別屋台で構えるのは正解だったな」
千鶴 「そうね。最近話題に上がりすぎて、注文が鉄板ナポリタンばかりになってしまった時はどうしようかと思ったのだけど」
栄子 「カルパッチョが『じゃあ鉄板ナポリタン専用の屋台を構えたら』って提案してくれなかったらヤバかったな」
イカ娘「しかし鉄板ナポリタンの注文が無くなったからと言っても忙しいことには変わりないでゲソ!」
客A 「ラーメン二つー!」
客B 「ビールおかわりー!」
客C 「チャーハンと焼きそばー!」
店内もアンツィオコラボの影響で繁盛収まらず、評判を聞きつけた客もやって来るようになり、従来の客を含めかなりの賑わいを見せている。
千鶴 「私ひとりじゃ手が足りないわ。アンチョビちゃん、厨房入ってもらえるかしら」
チョビ「あっ、はい!」
千鶴の要請を受け、厨房に入るアンチョビ。
イカ娘「アンチョビ!カルボナーラ焼きそば二人前と、ズッキーニ焼き二人前でゲソ!」
チョビ「ああ、まかせろ!」
慣れた手さばきでどんどん料理を仕上げていく。
あっという間に品物を仕上げ、料理の乗った皿が並ぶ。
チョビ「さあ、出来たぞ!持って行ってくれ!」
イカ娘「任せるでゲソ!」
カル 「ドゥーチェ、お客さまがパスタを出来るだけ細めにしてほしいとのリクエストが・・・・」
チョビ「わかった、五番テーブルだな?マッケロンチーニに変えておく、任せておけ」
ケル 「お願いします」
ペパ 「ドゥーチェー、トマトソース切れたっすー!余ってないっすかねー?」
チョビ「言うと思った!ほら、作っといたからこれ使え!」
ペパ 「流石っす!」
トマトソースが詰まったビンを投げるアンチョビ、受け取るペパロニ。
早苗 「ドーゥーチェー♪」
チョビ「あー今忙しいからな。イカ娘の邪魔しないならそこ座ってていいぞー」
早苗 「はーい♪」
イカ娘「助かるでゲソ!」
華麗な采配で作業をこなし、臨機応変に対応することで業務はスムーズに進んでいく。
千鶴 「アンチョビちゃんがいてくれると本当に助かるわ。とても頼りになる」
チョビ「いやいや、千鶴さんほどじゃないですよ」
まるで相乗効果のように二人の息が合い、作業ははかどり料理がとんでもないスピードで出来上がっていく。
宙に舞ったニンジンが一瞬で細切れになり、フライパンに落ちた食材は次の瞬間炒め切っている。
栄子 「おお・・・・」
イカ娘「アンチョビが千鶴のペースについて行ってるでゲソ・・・・!」
早苗 「ふ、二人の手が見えない!」
千鶴 「さあ、どんどん注文を持ってきてちょうだい!」
チョビ「私たちに任せておけ!」
かくして、とんでもない混み具合なはずだった店内は滞りなく全てのお客さんをはけさせることに成功した。
千鶴 「みんな、お疲れさま!」
チョビ「まかない作っておいたぞー」
ペパ 「ひゃっほう!」
休憩時間に入るや否や、ペパロニがアンチョビのまかないに飛びつく。
チョビ「こーらー!ちゃんと手を洗ってからだ!ちゃんとみんなの分あるから焦るなー!」
アンチョビがペパロニの首根っこを掴みおとなしくさせる。
千鶴 「さあ、いただきましょう。しっかり食べて午後も乗り切りましょう!」
イカ娘「うむ!」
一同 「いただきまー・・・・」
???「こんにちわー」
まかないのパスタを一口食べようとしたその瞬間、店の入り口から声がした。
一斉に振り向く一同。
栄子 「あっ!」
カル 「あっ、あなたは!?」
ペパ 「マジっすか!?」
イカ娘「む?どこかで見た顔でゲソ」
チョビ「・・・・!まさか、ここに来るなんて!?」
突如立ち上がったアンチョビの顔は、驚愕に満ちていた。
そこには・・・・
カル 「カッ・・・・」
イカ娘「カ?」
麗華 「久しぶりね、三人とも」
アン 「カペッリーニ先輩!?」
食ブログ界の女王、大澤麗華が立っていた。
それから少しして。
カル 「お冷をどうぞ」
麗華 「ありがとう、カルパッチョちゃん」
カル 「本当にお久しぶりです。前にアンツィオに来てくれたのはいつだったっでしょうか?」
麗華 「そうね・・・・、春過ぎだったから、三か月ぶりかしら」
ペパ 「センパイのブログいつも見てるっすよ!いつもウマそうなモン食べててうらやましいっす!」
麗華 「ふふっ、これでなかなか出費がかさむ趣味なのよ?」
麗華は席に着き、カルパッチョやペパロニらアンツィオ勢が接客を買って出た。
栄子 「大澤さん再来とはね。こんな短期間でまた来るなんて思わなかったな」
早苗 「前のブログで料理について触れていなかったから、取材しなおしに来たのかしら?」
千鶴 「それならとっておきの食材が残ってるわ。ここで使っちゃおうかしら」
イカ娘「アンチョビはどう思うでゲソ?・・・・む?アンチョビ?」
アンチョビに声を掛けようとしたが、姿が見当たらないことに気づく。
よく探すと、アンチョビは厨房の奥、冷蔵庫の扉を開けて食材を確かめている所だった。
千鶴 「アンチョビちゃん、どうしたの?せっかく先輩が来てくれているんだから、会いに行っていいのよ?」
チョビ「その気持ちは有難いんですが、カペッリーニ先輩は一筋縄では行かない人なんですよ」
と、冷蔵庫から一通りの食材を取り出し並べる。
チョビ「千鶴さん、この食材使わせてもらっていいですか?」
千鶴 「ええ、構わないわ」
了承を得たアンチョビは慣れた手つきで食材の仕込みを始める。
そんなアンチョビの様子を、席で談笑しながら麗華はしっかりと目で捉えていた。
麗華 「それじゃあ、注文いいかしら?」
カル 「あっ、はい。何にいたしましょう?」
麗華 「そうね__」
そしてオーダーが告げられ、カルパッチョが慌てた様子でアンチョビのもとへ駆け寄ってくる。
カル 「ドゥーチェ、どうしましょう!?あの、カペッリーニ先輩が__」
チョビ「『この店で用意できるイタリアンを全品目持ってきてくれ』、だろ?」
カル 「えっ!?・・・・はい、そうです」
チョビ「少し時間がかかる。出来るまでペパロニと一緒に相手しててもらえるか」
カル 「はい、わかりました」
少し気になる素振りを残りながら厨房を離れるカルパッチョ。
ちらっと見えたアンチョビの表情は、戦車道の大会の時と同じくらい真摯な顔つきをしていた。
それからしばらく__
ペパ 「それで、ウチらがいる場所までレールに乗って追っかけてきちゃって、慌てて逃げだしたらその先にもチャーフィーが__」
ペパロニとカルパッチョが麗華と話に華を咲かせている間、アンチョビは黙々と料理を作り続けている。
流石に全品目ともいわれるとすぐにできるわけはなく、アンチョビの慣れた手さばきをもってしてもまだ完成には至れてはいなかった。
千鶴 「アンチョビちゃん、大丈夫?大変だったら手伝うから」
チョビ「すいません千鶴さん、これは私一人でやらなきゃいけないことなんです」
丁重に断りつつも、目線は調理から一切外れていない。
その眼差しから、同じ料理人として矜持を感じた千鶴は、一歩引いて見守る決意をした。
そして__
チョビ「お待たせしました!」
イカ娘「でゲソ」
全部いっぺんに持ってくるのはさすがに無理だったので、カルパッチョやペパロニ、そしてイカ娘に手伝ってもらいながら完成した料理を麗華のテーブルの上に並べていった。
四人で座れるテーブルはアンチョビが作った料理でいっぱいになり、どう見てもひとり分には見えないボリュームだった。
麗華 「いい香り・・・・。それにどの料理も色鮮やかで、食欲をそそられるわ」
チョビ「どうぞ、お召し上がりください」
麗華 「ええ、いただきます」
そして麗華は箸を持った。
__三十分後。
麗華 「ご馳走さまでした」
栄子 (全部食った!)
麗華は全ての料理を食べつくし、最後にナプキンでちょいちょいと口元を拭いた。
イカ娘「あの量を全部ひとりで食べちゃったでゲソ!」
ペパ 「いやー、いつもながらいい食べっぷりっす!」
カル 「お話には聞いてましたが、ここまでだったなんて予想外でした」
チョビ「ドルチェです」
早苗 「あっ、ドゥーチェ」
満足そうにしている麗華に、緊張した顔のアンチョビが歩み寄る。
傍らにパンナコッタかき氷を置く。
チョビ「お口に合いましたでしょうか」
麗華 「見た目、盛り付け方、香りも申し分なし。用意された料理も本当に多岐にわたっていて、どれも違った個性を放っていたわ。そして、こんなに沢山の品目を用意していたのに、どれもちゃんと温かかった。全部が出来立てと言えるくらいの熱を持っていて、いかに洗練された手際をもって調理されていったのか、その技量がつぶさに垣間見れたわ」
イカ娘「何を言ってるのでゲソ?」
早苗 「どうやら、ドゥーチェの料理をその場で批評しているみたいね」
栄子 「あの二人、ただの先輩後輩じゃないのか?」
かき氷も食べ終え、ふうと息をつく麗華。
麗華 「合格よ、アンチョビちゃん」
チョビ「!や、やったぞーっ!」
麗華から合格をもらったとたん、大はしゃぎして体中で喜びを表現するアンチョビ。
勢いあまってイカ娘や早苗にも抱擁を繰り返している。
ペパ 「何だか知らないけど、ドゥーチェがカペッリーニ先輩に認められたみたいっすね。よくわかんないけどめでたいっす!」
カル 「おめでとうございます、ドゥーチェ!」
深い事情は知らないものの、アンチョビの料理が麗華に認められたということは理解できたカルパッチョたちがアンチョビに祝福を送る。
麗華 「それじゃあ・・・・最後にもう一品お願いしようかしら」
チョビ「・・・・えっ?もう一品?」
その言葉に直前のテンションはどこ行ったのか、喜び舞っていたアンチョビが固まった。
麗華 「__『アンツィオ炒め』をお願いできるかしら」
チョビ「アンッ・・・・!?」
その言葉を聞いた途端、アンチョビの顔に戦慄が走る。
ペパロニやカルパッチョの表情もこわばる。
麗華 「今この場で、というのは無理があるから、三日後にまた来ます。その時に、貴女の導き出した答えがどんなものになるか、楽しみにしているわ」
そう言って、呆然とするアンチョビの横を通り過ぎた麗華は、レジにお金を置き__
麗華 「ご馳走さま。また来ます」
と言い残し、去っていった。
未だ固まるアンチョビと、呆気にとられる一同を残して。
チョビ 「アンツィオ炒めを作れだって・・・・!?」
麗華が帰った後、アンチョビはテーブルに突っ伏したまま深刻そうにしている。
頭を抱え、ぶつぶつと何かつぶやいている。
イカ娘「あれからアンチョビ、固まってしまったでゲソ」
栄子 「やっぱ最後に大澤さんに言われた言葉が関係してんのかな」
早苗 「アンツィオ炒め、って言ってたわよね。カルパッチョ、なにか知らない?」
カル 「実は、私たちも詳しくはわからないんですが・・・・」
ペパ 「アンツィオ炒めっていうのは、アンツィオに伝わる伝説の料理の名前っす」
千鶴 「伝説の料理?」
カル 「はい。昔からアンツィオに在学する生徒のうち一人だけに伝授されるという幻の料理で、それを伝授されるのはアンツィオ炒めのレシピを持つ人物に認められた者だけというお話です」
ペパ 「最後に伝授されたのはカペッリーニ先輩で、それ以降は誰も認められず引き継がれたことが無かったという伝説があるんすよ!」
千鶴 「つまり、アンチョビちゃんは大澤さんしか知らないレシピのお料理を作ってほしいと言われたわけなのね」
栄子 「伝授されないとわからないレシピなのに、それを作れって言われてもなあ」
イカ娘「無茶振りでゲソ」
早苗 「それじゃあドゥーチェが頭を抱えるのも無理ないわ。可愛そうに・・・・」
すると、アンチョビはすくっと立ち上がった。
チョビ「出かけてくる。千鶴さん、すいませんが私は午後は・・・・」
千鶴 「ええ。お店は何とかするから、自由にしてきていいわよ」
チョビ「・・・・すいません」
そこにはいつもの陽気と勢いのある様子はなく、最後まで深刻そうな顔をしてアンチョビは出かけて行った。
イカ娘「行っちゃったでゲソ」
カル 「一人でゆっくり考えたいのかもしれません」
栄子 「そりゃ難問だもんなあ。真顔にもなるよ」
ペパ 「だけどドゥーチェっすから!」
早苗 「そうね!ドゥーチェならきっと答えを見つけ出せるわ!」
千鶴 「ええ。アンチョビちゃんならきっと」
その頃、波止場で一人座るアンチョビは。
チョビ(・・・・どうしよう!何も思いつかん!)
超悩んでいた。
チョビ「ああ、くそーっ!試練はクリアしたと思ってたのに!まさか最後の課題が待っていただなんて!」
~~回想~~
それは、アンチョビたちがれもんを訪れる一週間前。
アンチョビは、麗華に呼び出され陸地の喫茶店にいた。
座って待っていると、すぐに麗華がやって来た。
麗華 『お待たせアンチョビちゃん。いきなり呼び出してごめんなさいね』
チョビ『いえ、先輩がお呼びならすぐ駆けつけますよ』
麗華 『すいません、サンドイッチとコーヒーのセットを二つお願いします』
店員 『かしこまりました』
すぐに注文の品が運ばれ、二人は口に運ぶ。
チョビ『!おいしい』
麗華 『でしょう?ここのサンドイッチは陸のお店でも五本指に入るわよ』
チョビ『先月先輩のブログにも載ってましたよね。ここのサンドイッチは絶品だって』
麗華 『あら、読んでくれてたの?嬉しいわ』
やがて二人とも食べ終わり、コーヒーを飲みながら談笑している。
麗華 『アンチョビちゃんたちの活躍は陸にいても耳に入って来るわ。この間も大洗の助っ人に駆けつけて、大学生相手にきりきり舞いだったそうね』
チョビ『いやあ、あの時はその場のノリというか勢いに乗りすぎたというか』
麗華 『私が在学していた時はあんなに日陰者だった戦車道チームが、今や全国大会一回戦突破や全国強豪校と肩を並べるほどになっているなんて。貴女は母校の誇りだわ』
チョビ『いやいやいや、私だけじゃないですよ。ペパロニやカルパッチョ、ジェラートにアマレットもよくやってくれてますから。あいつらがいてくれなかったら、私だけじゃこうはなりませんでした』
麗華は謙遜して仲間を立てるアンチョビを見て、ふっとほほ笑む。
麗華 『今の貴方になら、きっと資格があるわ』
チョビ『えっ?・・・・資格、ですか?』
麗華 『近いうち、もう一度貴女を訪ねるわ。その時、貴女が私の期待に添えることが出来たなら__貴女に伝えたいものがあの』
チョビ『伝えたいもの・・・・?__!先輩、それって!』
麗華 『楽しみにしているわ、ドゥーチェさん』
そう言って麗華は会計を済ませ、店を去っていった。
アンツィオに戻って来たアンチョビは自室のベッドの上で横になり、天井を見つめながらぼんやり考え事をしていた。
チョビ(カペッリーニ先輩が伝えたいもの、と言ったらやっぱり・・・・アンツィオ炒めのことだと思って間違いない。先輩は在学中、後輩の誰にもアンツィオ炒めを伝授していかなかった。ゆえに今、アンツィオにアンツィオ炒めのレシピを知る者はいない。外部からのお客さんのリクエストにも、誰も応えられない日々だった。)
寝返りを打つ。
チョビ「だけど、もしこれで私がアンツィオ炒めを伝授してもらえれば、さらに後輩たちに伝えることができる」
チョビ(そうすれば戦車道と料理、どちらもアンツィオは盤石になる。将来は安定を約束されたも同然だ)
体を起こす。
チョビ(やりきらなくては。アンツィオの未来のため、戦車道以外にも私がみんなに残せるものが増えるかもしれないんだ!)
アンチョビは奮起して麗華の課題に応えようと張り切る。
チョビ(しかし、先立つものがない。カペッリーニ先輩の求めるもの、と言ったらきっと料理だろうが、在学中誰にも伝授していかなかったカペッリーニ先輩だ。アンツィオにいるだけでは求めるものは見つからないかもしれない)
部屋の中をうろうろ徘徊する。
チョビ(となれば別の場所、うまいと評判の店を参考にすれば道は開けるかもしれない。例えば陸の店、とか・・・・)
しかし、アンツィオ生活が長かったせいで陸地の店についてのアンチョビの知識は浅い。
チョビ(どこかにヒントは・・・・。__あっ)
と、何かに気が付く。
チョビ(そう言えば更新されたブログの中に、訪れていながら評価が載っていない不思議な店があった。もしかしたら、その店に特別な何かがあるのかもしれない)
アンチョビはパソコンを立ち上げ、麗華のブログのページを開く。
最新のブログ記事、載せている写真はピースしているイカ娘のみ。
そこに載っていた店の名前は__
チョビ『ここだ・・・・!倉鎌の由比ガ浜、『海の家れもん』!』
~~回想終了~~
チョビ(それでそこにきっと答えがあると思って、れもんにやって来て、色々あって相沢家にホームステイまでさせてもらって。千鶴さんに色々料理のレクチャーもしてもらえて、先輩を満足させられるほど備えは盤石だった。手ごたえはあったんだ。なのに__)
チョビ「あんなことを言われるなんて・・・・。私には受け継ぐ資格は無かったってことなのか・・・・?」
アンチョビはがっくりとうなだれた。
カル 「__そんなことがあったんですね」
麗華 「ええ」
早苗 「だからドゥーチェは大澤さんが来たとき、あんなに強張っていたのね」
アンチョビが最後の課題に頭を悩ませている頃。
カルパッチョと早苗は麗華の後を追い、麗華の泊っているホテルを突き止めていた。
麗華はすぐに現れ、二人をホテルのレストランへ誘ったのであった。
麗華 「それにしても。よく私がここのホテルに滞在しているってわかったわね」
カル 「カペッリーニ先輩のことですから、お料理がおいしくない所には泊らないと思ったんです。ここの周辺で一番お料理がおいしいのはここのホテルだって評判でしたから」
早苗 「それにここの一押しはイタリアン。絶対にここだと思ったわ」
麗華 「ふふっ、おみごと。さすがアンチョビちゃんの片腕だわ。あの子はいい後輩に恵まれたわね」
カル 「ドゥーチェが恵まれているんじゃありません。ドゥーチェだから私たちはついていくんです」
ふふっ、とほほ笑む麗華。
早苗 「私はアンツィオ生じゃないけれど、ドゥーチェのことは敬愛してるわ。・・・・イカちゃんとどっちが、と言われると困っちゃうけど」
カルパッチョは苦笑すると、きっと真剣な表情で麗華をまっすぐな目で見つめる。
カル 「正直、カペッリーニ先輩は意地悪でアンツィオ炒めをオーダーしているとは思いません。きっと意味があるのだと思っています」
麗華 「信頼してもらえているようで嬉しいわ。じゃあ、なぜ私を追いかけてきたのかしら」
カル 「約束してほしいんです」
麗華 「約束?」
早苗 「もし次、ドゥーチェが見事に課題をクリアしたら、近いうちにドゥーチェたちを大澤さんが一番おいしいと思ったお店に連れて行ってあげてください」
その言葉にちょっとした違和感を感じる。
麗華 「アンチョビちゃん『たち』?」
カル 「はい。ペパロニやジェラート、アマレット、ペネトーネ__アンツィオ戦車道チームのメンバー、全員です」
早苗 「ドゥーチェは自分だけご褒美をもらうのは嫌がるはずなんです。だからドゥーチェをねぎらうためには、みんなを連れて行ってもらわないと」
麗華 「あらあら・・・・」
思わぬ条件に苦笑する麗華。
麗華 「わかったわ。約束します」
早苗 「やった!」
麗華 「でも無理強いはできないわ。もし遠慮されたら連れていけないかもしれないわよ?」
カル 「みんな自分に正直な子たちですから、おいしい料理を奢ってもらえると知ったら絶対ついていきますよ」
またも苦笑する麗華。
麗華 「あーあ、今年のブログ収入、全部消えちゃいそうね」
ぼやきつつも、その顔はそれを楽しみにしている顔に見えた。
その頃、そんな約束を交わされたとは知らないアンチョビは、
チョビ「うーん、うーん・・・・」
腕を組みながら当てもなく町をふらついていた。
チョビ(うーん、どうしたらいいんだ?誰もレシピは知らないし、だからって先輩に聞くのも違うし。つまり自力でアンツィオ炒めが何なのか辿り着かないといけないわけだ)
通りがかりの八百屋が目に入る。
チョビ(炒め・・・・っていうくらいだからやっぱり野菜炒めの類か?__いやいや、決めつけるのは危ない。通称なだけなのかもしれない可能性も捨てきれない)
通りがかりの肉屋が目に入る。
チョビ(そうだ、肉料理っていう可能性もあるな。スペッツァティーノ、タリアータ、__いやいや、もしかしたら王道でパスタかも!?)
などと考えていると__
???「よう!よく来たな!」
聞き覚えのある人物の声が聞こえた。
チョビ「へっ?」
突然の声に顔を上げると__
チョビ「あれ?あんたは・・・・」
目の前には、南風の店長が立っていた。
チョビ「あんた、隣町の海の家の店長だろう?なんでこんな所にいるんだ」
南風 「何を言っている。ここは俺の店だ」
チョビ「へっ?__あっ」
言われて見上げると、そこには海の家南風がある。
どうやら考え込みすぎて隣町に来てしまっていたことに気が付かなかったようだ。
南風 「ついにうちで働く決心がついたか。結構結構」
チョビ「いやいやいや、そんなつもりは無かったんだが」
南風 「何だ、じゃあ客か。今なら空いてるぞ。食っていけ」
チョビ「いや、私は__」
南風 「いいから食っていけ!」
強引に店に引きずりこまれ、席に着く。
チョビ(相変わらず強引なオッサンだな。まあいいか、まだお昼食べてなかったもんな)
チョビ「えーっと、メニューは・・・・」
南風 「ほれ」
間髪置かず目の前に料理が運ばれる。
緑色が鮮やかな、バジルが絡めてあるパスタに見えた。
チョビ「へ?まだ注文してないぞ?」
南風 「今のお前さんはこういうのを食いたそうな顔をしていたからな。心配するな、今回は俺の奢りだ」
チョビ(強引が過ぎるぞ・・・・。まあ、ご馳走してくれるなら文句は言うまい)
やや呆れながら料理を口にする。
途端アンチョビの目が見開かれる。
チョビ「うまっ!」
そのうまさに大声が出る。
そこから食べるスピードが上がり、もりもりと食べ始める。
あっという間に完食してしまった。
チョビ「ごちそうさま!冗談抜きでうまかったぞ!」
南風 「ああ」
当然だと言わんばかりの南風の店長。
チョビ「料理得意とは聞いていたがここまでとは思わなかった。このバジルあえのパスタなんて絶品だったぞ」
南風 「あ?俺はバジルあえのパスタなんて出してないぞ?」
チョビ「え?だってこれ、ジェノベーゼだろ?どう考えても__」
そう言いかけてじっくり思い返してみると・・・・
チョビ(そういえばあの絡めてあるバジル、ずいぶん香りが抑えてあったな。その分甘みが増している感じだった。__あれ、まさか・・・・?)
チョビ「もしかして、和えたのはほうれん草か?」
南風 「おっ、わかったか」
チョビ「やっぱりそうだったのか。なるほど・・・・これならバジルの香りが苦手な人も食べられる。・・・・ん?ということは?」
パスタと思っていた方の記憶も思い返すと・・・・
チョビ(待てよ。あの麺、パスタにしてはちょっとちぢれてたような・・・・)
チョビ「・・・・まさか、ラーメン?」
ニッと笑う南風の店長。
チョビ「そうか。バジルをほうれん草にすることで香草の香りが苦手な人にも食べられるようにして、パスタをラーメンにすることで和えた時にからみやすくしている・・・・。凄いアイデアだ。これはウケるぞ」
南風 「あん?俺はウケを狙って料理を作ってなんてないぞ」
チョビ「え?」
南風 「俺はこの組み合わせならウマイと思ったから作ったんだ。パスタと思わせようとか、面白いだとかそういう理由なんざどうだっていい。作る料理の形だなんだって気にしてたらウマイもんなんて作れんさ」
はっとするアンチョビ。
チョビ「そうか・・・・そうだったのか!」
突如立ち上がって外に駆け出す。
チョビ「ありがとう、いい教訓になった!」
南風 「おう!ウチで働きたくなったらいつでも来い!」
チョビ「すまん、それは遠慮しとく!」
息を切らせてれもんへ戻って来たアンチョビ。
ペパ 「あっ、ドゥーチェ帰って来た!」
イカ娘「アンチョビ、大丈夫でゲソ?」
チョビ「ああ。おかげで目指すものが見えたぞ。これから私の見つけたアンツィオ炒めを形にしたい。それには、みんなの協力が不可欠なんだ」
千鶴 「任せてちょうだい。出来る限りの助力はするつもりよ」
カル 「いわずもがな、です」
早苗 「頑張りましょうね、ドゥーチェ!」
チョビ「ああ。絶対にカペッリーニ先輩にうまいと言わせて見せる!」
そして三日後。
麗華 「こんにちわ。準備はできたかしら?」
宣言通り麗華がやって来た。
チョビ「いらっしゃい!」
麗華の正面に立つアンチョビ。
その顔に迷いはなく、自信と決意に満ちている。
麗華 「__『アンツィオ炒め』を一人前、お願いできるかしら」
チョビ「はい!」
さっと厨房に入り、手際よく調理を始める。
そんなアンチョビの様子を嬉しそうに見つめる麗華。
そしてすぐ。
チョビ「お待たせしました、『アンツィオ炒め』です」
麗華 「これは・・・・」
そう言って出された皿に載っていたのは__
麗華 「イカスミスパゲティー?」
そこには、真っ黒なイカスミスパゲティーが盛り付けられているだけだった。
ペパ 「うーん、きれいに真っ黒っすね」
イカ娘「アンチョビのためでゲソ。特に念を入れて濃いイカスミを出してやったでゲソ」
栄子 「なあ、本当にあれでよかったのか?」
陰で栄子がカルパッチョに耳打ちする。
栄子 「確かにイカスミスパゲティーは大澤さんにはウケがよかった。だけど、だからってそれを出しただけじゃ条件に合わないんじゃないか?」
カル 「私は頼まれた生地をパスタに仕上げましたが、何が特別なのかはわかりませんでした。ですが、ドゥーチェはこれが最善だと判断したんです。私はドゥーチェを信じます」
千鶴 「それにしても」
栄子 「ん?」
千鶴 「アンチョビちゃんに『美味しいと思う素材を仕入れてほしい』って頼まれて仕入れていたのだけど、シラスはどこに使ったのかしら?」
ペパ 「え?千鶴さんも頼まれてたんすか?私は桜エビを用意したっす!」
早苗 「結構な量だったわよね。まあ、お小遣いで足りてよかったけど」
栄子 「姉貴はシラス、ペパロニは桜エビ?全然使ってないじゃんか」
本当に大丈夫なのか、と栄子がハラハラしていると__
早苗 「あっ、栄子、あれを見て!」
栄子 「ん?・・・・おおっ!」
目線の先では、麗華が夢中でイカスミスパゲティーを食べている。
あくまで食べ方は上品だが、早く次の一口を食べたいという急いた気持ちも見え隠れしている。
麗華が食べている間も、アンチョビはじっとその様子を黙って見つめていた。
そして、あっという間にイカスミスパゲティーは消えた。
麗華は口に少しだけついたイカスミを拭う。
麗華 「とてもおいしかったわ」
チョビ「はい」
麗華 「・・・・驚いたわ。まさか桜エビとシラスを練りこんだパスタだなんて」
栄子 「うえっ!?」
麗華 「常識で考えれば同居なんてできそうにない素材たちが、お互いの個性を消すことなく、欠点を完璧に消し、長所がお互いを伸ばしあっている。ここまで絶妙な共存関係は初めてよ」
イカ娘「おおっ、ベタ褒めでゲソ!」
ペパ 「これはやったか!?」
麗華 「だけど」
口調を変える。
麗華 「注文はアンツィオ『炒め』のはずよ。これは好意的に解釈しても茹でがベースの和風パスタ。イタリアンとして見るにも弱いわ。この意味を説明してくれるかしら?」
チョビ「__私は、今まで考えを固執させすぎてました」
麗華 「固執?」
チョビ「アンツィオにいるからなんでもイタリアンでなければいけない、そうでなくてはいけないと自分で自分を縛っていました。だけど、れもんに来てからはその考えは変わりました」
ペパ 「ドゥーチェ・・・・?」
何が言いたいのかわからず、不安そうなペパロニ。
チョビ「我々が好きなのはイタリアンではなく__『みんなで一緒に食べておいしいもの』。アンツィオにおいてはそれがイタリアンだったということです」
麗華 「・・・・」
チョビ「今、ここにいる私が用意できる一番『おいしいもの』は、由比ガ浜でとれたものです。みんなが用意してくれた素材を、一番おいしいと思える形に仕上げました。私ひとりじゃできない、みんなが作った料理です。『アンツィオ炒め』は料理の名前じゃない。みんなを繋げられる料理の総称、というのが私の答えです」
麗華 「・・・・はあ」
栄子 「!」
麗華がため息をつく。
最悪の展開を予想していると__
麗華 「あーあ、もっと空白を開けて、伝説味を増したかったのだけれど」
カル 「!」
早苗 「それって、つまり・・・・」
麗華 「ごちそうさま。見事な『アンツィオ炒め』だったわ」
ペパ 「や・・・・」
カル 「や・・・・」
一同 「やったーーっ!」
それから。
麗華 「それじゃあ、例の約束は用意しておくわ。そちらの都合がいい日を今度教えてちょうだい」
カル 「はい、わかりました」
麗華 「アンツィオのこれから、楽しみにしているわ」
そう言って、麗華は去っていった。
チョビ「例の約束ってなんだ?」
早苗 「うふふ♪」
千鶴 「おめでとうアンチョビちゃん。これで文句なしのアンツィオ全てのドゥーチェになったわけね」
ペパ 「おー!ドゥーチェがドゥーチェになったってことっすね!」
栄子 「意味が変わらないような気がするが・・・・まあいい、とにかくめでたい!」
カル 「ドゥーチェ、祝杯をあげましょう!」
千鶴 「それじゃあ、とっておきのドリンクがあるからそれを開けましょう♪」
ペパ 「ひゃっほー!」
一気に祝杯ムードの店内。
みんな自分のことのように喜び、お祝いの準備を始める。
アンチョビもそれに混ざろうと歩きかけて__ふと、壁にかけてあるカレンダーに目がいく。
チョビ「・・・・そろそろ、かあ・・・・」
名残惜しそうな表情と声が出る。
早苗 「ドゥーチェー!こっちこっち!」
チョビ「ああ!」
しかし、その表情も自分を呼ぶ仲間たちの声を前に、笑顔でかき消された。
何気にアンチョビの料理の腕前は劇中では明らかにされていませんでしたが、きっとアンツィオ一の腕前のはずです。
絶対そうです。(決めつけ)
最終章では一回戦から外伝において宿敵ともいえるポンプルとぶつかるそうで・・・・。
頑張れドゥーチェ!負けるなドゥーチェ!目指すはベスト4入り!
先週勝手ながらお休みをいただいたかいもあり、今後の話のプロットはだいぶ思いつくことが出来ました。
今後はまたペースを崩さず投稿をしていくつもりなので、よろしくおねがいします。