侵略!パンツァー娘   作:慶斗

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※形式の都合上、キャラの名前が一部略称になっています。

ニルギリ→ニル
ダージリン→ダー
オレンジペコ→ペコ
アッサム→アッサ
ローズヒップ→ローズ



第3話・自問しなイカ?

ニル 「今日こそ、今日こそは・・・・」

 

聖グロリアーナ戦車道演習場にて、顔をこわばらせたニルギリがマチルダⅡのキューポラから身を乗り出している。

と、前方から__

 

通信手『先行車より、こちら側へ突撃する車両を一、確認!車体は・・・・クルセイダー!』

ニル 「っ、ローズヒップさんだわ!みんな、警戒して!前方から陣内へ突入してかき回すつもりよ!」

操縦主「了解!」

 

間もなく、前方から砂煙を立てながらマチルダⅡへ真っすぐ突入してくるクルセイダーを目視する。

 

ニル (流石はローズヒップさん、躊躇いや迷いが無い!こちらの懐へ飛び込めるという自信と腕前があってのことだわ!)

ニル 「砲撃用意!標的、前方クルセイダー!」

 

ニルギリの指示で、マチルダⅡの砲口がクルセイダーを捉える。

 

ニル 「撃・・・・」

 

砲撃の合図を出そうとした瞬間、ニルギリの思考が僅かに止まった。

 

ニル (でも、開口一番猪突猛進のローズヒップさんとはいえ、算段もなく敵陣のど真ん中に突撃を敢行なんてする?もしそうだとして、みんなもそんなローズヒップさんを理解したうえで、一両だけで行かせたりするものかしら・・・・?)

 

次の瞬間、悪寒が走った。

 

ニル 「総員警戒!陽動の可能性が__」

 

バアン!

 

ニル 「きゃあああ!」

 

ニルギリの指示を許さないかのように間髪おかず衝撃が走る。

衝撃のした方角__遥か離れた場所に隠れるように、クロムウェルが既にマチルダⅡに狙いをつけていたのである。

右側面部に砲弾の直撃を受けたマチルダⅡは、

 

シュポッ

 

一撃で白旗を上げた。

撃破されたニルギリ側のチームの応戦する音を聞きながら、ニルギリはキューポラの上で力なく崩れ落ちた。

 

ニル 「また、一番最初にやられた(・・・・・・・・・)ぁ・・・・」

 

その日の午後。

 

ニル 「こんにちわー・・・・」

千鶴 「あら、いらっしゃいニルギリちゃん」

 

海の家れもんを訪れたニルギリの顔は、それはもう一目で分かるほど落ち込んでいた。

 

千鶴 「また何かあったのかしら?」

ニル 「うう・・・・千鶴さん・・・・うわあーーん!」

 

__しばらくして。

ニルギリは、うっすら涙を浮かべながら千鶴の淹れてくれた紅茶を口にする。

 

千鶴 「落ち着けたかしら?」

ニル 「はい・・・・。すいません、ご迷惑をかけて・・・・」

千鶴 「ううん、気にしないでちょうだい。何か、あったのかしら?」

ニル 「実は今日、チームを二つに分けて紅白戦形式の訓練があったんです。それで私も参加していたんですけど・・・・」

千鶴 「けど?」

ニル 「始まって間もなく・・・・一番初めにやられちゃったんです・・・・!」

 

自分の警戒心の薄さから起こった被撃破の瞬間が蘇り、再び肩を落とす。

 

千鶴 「あらあら。でも、戦車道をしていれば、撃破される日だって必ずあるわ。そうやって経験を積んで、みんなが通り道じゃない」

ニル 「でも・・・・でも・・・・!」

 

ニルギリはギュッとカップを握る。

 

ニル 「私は、いつも一番最初に撃破されてしまう(・・・・・・・・・・・・・)んです!」

千鶴 「そうなの?」

ニル 「初めての大洗の皆さんとの練習試合の時も、戦車道大会の時も、エキシビションの時も、グロリアーナでの演習の時も・・・・参加すると、必ず一番最初に撃破されるのは私なんです!!」

千鶴 「あら?でも、第六十三回の大会の時は、撃破されたどころかとてもよくチームに貢献したって・・・・」

ニル 「あれは、三回戦の時は私にクロムウェルをあてがってもらえたからなんです!あの功績は、クロムウェルの性能があってのことだったんです!現に、マチルダⅡの時は、いつも・・・・!」

 

自分で喋っていくうちに塞ぎ込んでいくニルギリを見て、千鶴は、

 

千鶴 「そうねえ・・・・。じゃあ__」

 

一計を案じた。

次の日。

 

千鶴 「今日のイカ娘ちゃんたちの訓練は、ニルギリちゃんが指導してくれることになったわ」

ニル 「えええええええええ!?」

 

千鶴はニルギリをイカ娘たちの訓練に連れて来て言い放った。

 

イカ娘「おお、ニルギリが指導してくれるのでゲソか!」

栄子 「確かに、チャーチルはイギリス戦車だしな」

渚  「グロリアーナの方なら、チャーチルの性能についてよくご存じでしょうからね」

シン 「よろしく頼むわね、グラスガール!」

ニル 「ち、ちちちち千鶴さん!?そんな話聞いてませんよぅ!?」

千鶴 「大丈夫。イカ娘ちゃんたちは初心者だから、基礎的なことを指導してくれればいいの。自己流な部分もまだまだ多いから、きちんとした過程の訓練も積ませてあげたいのよ」

ニル 「でででも、万年被撃破率ナンバーワンの私が、そんな大それたこと・・・・」

 

もじもじごにょごにょと、自己否定の言葉を並べながら視線を落としていくニルギリ。

 

千鶴 「ニルギリちゃんっ」

ニル 「っ!」

 

少し強めに呼ばれ、はっと正面を向くニルギリ。

声こそ強めであれ、千鶴の表情は優しげだった。

 

千鶴 「大丈夫。ニルギリちゃんならいい指導役になってくれるわ。いつも時間があるときは、うちの店で戦車道の基礎訓練のための関連書を読んでいたじゃない」

ニル 「ですが、まだ実践では生かし切れてなくて・・・・」

千鶴 「それになにより。ニルギリちゃん、そのティーネームは誰から貰ったものかしら?」

 

はっとするニルギリ。

 

ニル 「それは、ダージリン様、が・・・・」

千鶴 「その名前を貰ってるって言うことは、ダージリンちゃんがニルギリちゃんの実力を信じているっていう証拠。ニルギリちゃんは、ダージリンちゃんの見る目が間違っていると言うのかしら?」

ニル 「!いえ、決してそのようなことは!」

 

強く言い返すニルギリに笑顔になる千鶴。

 

ニル 「・・・・!・・・・、わかりました、やってみます!」

 

そして。

 

ニル 「では、今日は皆さんと一緒に訓練に参加させていただきます。聖グロリアーナ女学院一年生、ニルギリと申します!」

栄子 「うん、よろしくねー」

渚  「いつも手探りで練習してましたからね。こうやって誰かに練習を見てもらえると、こちらも助かります」

イカ娘「うむ!それに、最近ちょっと伸び悩んでる感じがするでゲソからねー」

栄子 「そうか?」

イカ娘「うむ。このままじゃ、いつまで経っても大洗の西住さんには勝てないでゲソ!」

栄子 「勝とうという時点で図々しいと思うんだがなあ」

イカ娘「栄子には向上心が無いでゲソ!」

栄子 「そこまで言われる筋合いは無いわ!」

 

言い争う二人をハラハラしながら見ているニルギリ。

 

ニル (どうしよう、始める前からバラバラだよう・・・・」

 

思わず助けを求めようと千鶴に視線を送るが、千鶴は笑顔で返す。

 

ニル (っ!・・・・そうだよ、たった今やるって言ったばかりなんだから!しっかりしろ、やるんだ、私!)

ニル 「あ、あのっ!」

栄子 「!?」

イカ娘「!?」

 

突然のニルギリの大声に驚き、喧嘩を止める二人。

 

ニル 「ま、まず、私にご提案があるのですが!聞いていただけますでしょうか!?」

栄子 「は、はい・・・・」

 

しばらくして。

 

イカ娘「ニルギリー、これで良いのでゲソか?」

 

聖グロリアーナのパンツァージャケットを着たイカ娘が到着した。

 

ニル 「ええ。似合っていますよ」

栄子 「うーん・・・・」

 

後ろから栄子が歩いてくる。

 

イカ娘「何でゲソか」

栄子 「まあ、戦車道の特訓をしてもらえるのは助かる。グロリアーナ戦車道を教えてもらうんだから、形から入るってのもわかる。だけどなあ__」

イカ娘「む?」

栄子 「何で私たちまで着なきゃいけないんだよ!」

 

栄子をはじめ、渚、シンディーもグロリアーナのパンツァージャケットを着させられていた。

 

ニル 「戦車道にチームワークは必須です。同じユニフォームを着ることにより一体感が生まれ、より結束が生まれやすくなるんです」

イカ娘「そう言ってるでゲソ」

栄子 「だけどさぁ・・・・」

 

栄子は恥ずかしそうにスカートをつまむ。

 

栄子 「せめてズボンならなぁ・・・・」

渚  「あはは・・・・」

栄子 「まあ・・・・」

 

ちらり、とシンディーに目を向ける。

シンディーもグロリアーナのパンツァージャケツトを着込んでいる。

 

シン 「え?なに?」

栄子 (コスプレっぽく見えるよりマシか・・・・)

シン 「?」

ニル (よしっ、上手く喧嘩を治めることができた!やればできる、やればできるんだ、私!)

ニル 「では皆さん、よろしくお願いしますね 」

渚  「こちらこそ、よろしくお願いします!」

 

かくしてニルギリのよる聖グロリアーナ戦車道の訓練が始まった。

 

ニル 「では、まずはどれくらい動けるか見せください。イカ娘さん、この辺りを軽く動かしてみてください」

イカ娘「うむ!栄子、行くでゲソ!」

栄子 「はいはい」

 

キュラキュラキュラ・・・・

 

ゆっくりと少しずつ加速していくチャーチル。

砂に足をとられないように慎重に曲がっていく。

そんな様子を見守るニルギリ。

 

ニル (ダージリン様の名を貶めない様に、しっかり指導しないと!)

イカ娘「ニルギリに良いところを見せるでゲソ!栄子!」

栄子 「あんま無茶はできないからなー」

ニル 「栄子さん、出来る限り速度を上げながらカーブをしてみてください」

栄子 「はいはいー」

 

やや加速し、大きくカーブする。

砂浜の凸凹にやや車体が上下する。

 

イカ娘「おっとっとっとっ」

 

キューポラから身を乗り出したイカ娘が、揺れで少し体勢を崩す。

やがて一周し、元の位置に戻ってきた。

 

ニル 「えっと、結構です。では次に入りましょう」

 

遠くに的が設置される。

 

ニル 「栄子さん、ゆっくり的の方へ向かってください。シンディーさん、走りながらの状態で的へ砲撃を当ててみてください」

シン 「オッケー!」

 

チャーチルはゆっくり的へ走り出す。

ゆっくりだとしてもやはり起伏の影響で車体はガタガタと揺れる。

シンディーは照準器を覗き、前方の的へ狙いを定める。

 

シン 「・・・・そこっ!」

 

ドオン!

 

しかしシンディーの砲撃は逸れ、的とはやや外れた場所に着弾した。

 

ニル 「うーん・・・・」

 

考え込むようにしながらチャーチルを見守るニルギリ。

その後も何発か砲撃するが、やはり一発も当たらなかった。

 

ニル 「はい、ありがとうございます。戻ってきてください」

 

ニルギリのもとへ戻ってきたイカ娘たち。

 

イカ娘「どうでゲソ?いい線いってたのではないでゲソかね?」

栄子 「そうとは到底思えんがな」

ニル 「そうですね。えっと、少し厳しめになってしまいますが__」

イカ娘「む?」

ニル 「バランス感覚が足りていない、と思います」

渚  「バランス感覚、ですか?」

ニル 「はい。要素は三つあります。まず、キューポラから身を乗り出したイカ娘さんの体勢。戦車が進むときに車体が揺れるたび、重心が傾いて体勢を崩しがちになってしまっています。それでは正確に前方を補足し続けることが難しくなってしまいます」

イカ娘「確かに、進みながらだと揺れて体を支えるのに気が散って前をよく見れてなかったでゲソ」

ニル 「二つ目は、車体の維持です」

栄子 「てことは、私か」

ニル 「はい。見ての通り、ここは砂浜です。必然的に凹凸があるために、車体はその凹凸で揺れてしまうんです」

栄子 「じゃあ、揺れるのは仕方ない?」

ニル 「本音を言ってしまえば、その通りです。戦車は通る道を選ばない限り、車体が揺れるのは宿命とも言えるでしょう。ですが、せめて『大きく揺れる要因を可能な限り避ける』努力はなされたほうがいいですね」

栄子 「そうだね、心がけてみる」

ニル 「そして、三つ目」

シン 「私かしら」

ニル 「はい、仰る通り、砲撃です。シンディーさんの砲撃は、簡単に言うとブレてしまっています」

シン 「そうなの?」

ニル 「はい、残念ながら。狙いは流石と言えるほど正確に出来ていますが、車体の揺れによる影響で、砲口が僅かにぶれてしまっているんです」

イカ娘「僅かならいいじゃなイカ」

ニル 「わずか二、三度ほどのブレでも、それは距離が離れれば離れるほど致命的になってしまうんです。一度でもズレてしまえば、一キロ先では何十メートルという誤差になってしまいます」

栄子 「私が車体の揺れを抑えないと、ってことかー」

ニル 「はい。揺れれば揺れるほど、砲撃は当たりにくくなり、有効射程が縮んでいってしまいます。そして、有効射程が縮まれば__」

 

~~イメージ~~

 

ローズ『角度とか距離とか、些細な問題ですわ!こうバーッと一気に近づいて、絶対に外れない距離で当てちゃえばよろしいんですのよ!』

 

~~イメージ終了~~

 

栄子 「ああなるのか・・・・」

イカ娘「もの凄く深刻な問題でゲソ!」

ニル 「あはは・・・・」

シン 「それで?そうならないためには、どんな訓練をすればいいのかしら」

ニル 「はい。私から提案する、グロリアーナ伝統の特訓があるのです」

 

十分後。

イカ娘たちは、砂浜に佇んでいた。

__手には、紅茶の注がれたティーカップを持っている。

 

渚  「あの、ニルギリさん。これは・・・・?」

ニル 「お紅茶です」

渚  「いえ、あの、それは見たらわかるのですが・・・・」

ニル 「これは聖グロリアーナ戦車道の歴史において、数々の戦車女子が技術向上のために行ってきた、秘密の特訓メニューです」

渚  「あの、まさかとは思いますが、これは・・・・」

ニル 「はい!それを零さないように戦車内で立ち回ってください!」

渚  (本気だったー!)

イカ娘「これで本当に戦車道が上手くなるのでゲソか?」

ニル 「もちろんです!この特訓法で先代隊長でいらっしゃったアールグレイ様、アッサム様、オレンジペコさん、そしてダージリン様までもがこの特訓法であれほどまでの腕前を身に付けられたのです!それを極めたダージリン様ほどにもなれば、それはもう素晴らしいことに」

シン 「どれくらい凄いの?」

ニル 「戦車が九十度横になってても紅茶を一滴も零されないほどです」

栄子 「それ、戦車道の腕前に言えることなのか?」

イカ娘「うーむ、ダージリンさんはそうして強くなったのでゲソか!なら、やってみるでゲソ!」

 

そして。

 

イカ娘「おっとっとっとっと・・・・」

 

キュラキュラキュラ・・・・

ゆっくりと進むチャーチル。

ティーカップを持ったイカ娘がキューポラの上で紅茶をこぼすまいと懸命になっている。

だがどうしても起きる振動の中、カップに気を向けずこぼれない様に振る舞うのはほぼ不可能である。

と、不意にチャーチルが少しの起伏の上に乗り、車体がやや上下した。

 

パチャッ

 

イカ娘「うわっ!?」

 

不意を突かれたイカ娘のカップが大きく揺れ、少し紅茶がこぼれる。

 

イカ娘「栄子、何をするのでゲソ!ちょっとこぼれちゃったじゃなイカ!」

栄子 「仕方ないだろ!戦車動かしてて全く揺らさない方が無理なんだよ!」

 

栄子も自分の紅茶を傍らに置いて操縦しているが、やはりややこぼれてしまっている。

 

イカ娘「ちゃんとした操縦をしてれば、こぼれるような振動は起こらないはずじゃなイカ!」

栄子 「んだとぉ!?私のせいだってのか!」

イカ娘「車長に口答えするのでゲソか!」

栄子 「車長気取るならもっと揺らさないための的確な指示の一つでも飛ばしてみろってんだよ!」

イカ娘「むむむ・・・・!」

栄子 「ぐぬぬ・・・・!」

 

一触即発の、不穏な空気が流れ始める。

 

ニル (いけない、また二人が険悪な雰囲気に・・・・。この場合、的確な対応は、えっと、えっと__)

 

と、ニルギリがオロオロしていると__

 

ドオン!

 

突然シンディーが砲撃を一発放った。

チャーチルの車体が大きく振動する。

 

イカ娘「うわわわっ!?」

栄子 「うわっとっ!」

 

不意を突かれ、イカ娘と栄子の紅茶がまたこぼれる。

 

イカ娘「シンディー、何をするのでゲソ!」

シン 「あら、ごめんなさいね。もうちょっと静かに撃てばよかったかしら」

栄子 「そりゃ無理って話だろ」

イカ娘「そうでゲソ。砲撃は絶対あれくらい揺れるでゲソ。どうにかなるものじゃないでゲソ」

シン 「運転も同じよ。エンジンが震え、履帯が動き、キャタピラが回る以上、最低限の振動が起こるもの。なら、それに対してどうするべきかを考えるのがこの特訓の意味じゃないのかしら」

栄子 「ああ・・・・」

イカ娘「なるほど・・・・」

栄子 「あー・・・・悪い、言いすぎた」

イカ娘「私も、ちょっと言いすぎたかもしれないでゲソ」

渚  「よかった・・・・仲直りできましたね」

シン 「ほんと、世話の焼ける二人ね」

 

そう言って渚とシンディーは微笑みあった。

そんなイカ娘たちを見て__

 

ニル (私・・・・何も的確な対処ができなかった。もしもシンディーさんが機転を利かせてくれなかったら、今頃どうなっていたか・・・・)

 

波に乗って来たと思った矢先、自分の提案のせいで崩れかけた様子を見て、心が陰り始めるニルギリ。

沸き始めていた自信が音を立ててしぼみ始めていた。

その後も特訓は続き__

 

イカ娘「栄子、前方右手がやや盛り上がってるでゲソ!」

栄子 「オッケー、左にちょっと曲げるぞ!」

 

紅茶を片手に指示を飛ばすイカ娘。

イカ娘の通達に動きを合わせる栄子。

予告を受けていたイカ娘はやや重心を傾け、曲がる際の傾きにも難なく対応して見せる。

 

渚  「装填、完了しました!」

シン 「ファイアー!」

 

ドオン!

ドッカーン!

 

特訓の末に意思の疎通が格段に良くなったイカ娘チームは、地形の起伏をものともせず見事に進み切り、目標の的を行進間射撃で撃破して見せた。

紅茶がこぼれる頻度も量も、格段と少なくなっている。

 

イカ娘「やったでゲソ!」

栄子 「短時間でかなり成長したもんだな、私たち」

シン 「一時はどうなるかと思ったけどね」

渚  「私もです。でも、この特訓は流石でしたね」

栄子 「そうだな。最初は紅茶をこぼさない事ばかり気にしてて、するべきことをおろそかにしてた」

イカ娘「本当に必要なのは、紅茶をこぼさないバランス感覚ではなく、結果として紅茶がこぼれない正確で繊細な戦車さばきにあったのでゲソね。学ばせてもらったでゲソ」

栄子 「ホントホント。ニルギリちゃんが特訓法教えてくれたおかげで、私たち__って、あれ?ニルギリちゃんは?」

 

周囲を見渡すと、ニルギリの姿が見えなくなっていた。

 

ニル 「はあ・・・・」

 

ニルギリは演習場から離れ、道路に上がって海を眺めていた。

 

ニル (みんな凄いなあ・・・・。ちょっとやり方伝えただけで、あっという間にものにして。あれじゃ私が教えられることなんて無いよ・・・・)

 

指導していくうちにイカ娘たちの飲み込みの早さを見て、ニルギリはそもそも自分の方が劣っているんじゃないか、という思いに囚われてしまっていた。

 

ニル (ダージリン様は、どうしてこんな私をチームに加えて下さったんだろう。__もしかして、あまりにも哀れに思って、かな。・・・・そうだよね。そうでなきゃ、いつもやられちゃう私がティーネームなんて頂ける訳がないもの)

 

ふと、道路脇に設置された自販機が目に入る。

__グロリアーナの威光に影響を受けた、紅茶の入った缶が多数並べられている。

ダージリン、アッサム、オレンジペコ・・・・。

バリエーションも多く、目立つように中心に見本が位置している。

そのラインナップの端っこに、一種類だけ、ニルギリで淹れたお茶の入った缶があった。

 

ニル 「・・・・」

 

ピッ

ガコン

 

何の気なしにその缶を買い、一口飲む。

控え目でクセのない、すっきりとしたストレートティーだった。

 

ニル (特徴もない、個性もない、他と似たり寄ったりで、必ずなきゃいけないほどの意義もない、__まるで、私そっくり)

 

すっかり落ち込んでしまったニルギリにとっては、どれもネガティブに捉えてしまう要因になっていた。

 

ニル (これ以上、ダージリン様たちに迷惑はかけられないよ。チームに入りたくても入れない子は、他にもたくさんいる。私がチームを抜ければ、きっとその子が入れるし、私よりずっとチームに貢献してくれるかもしれない)

 

これを飲み終わったら、ダージリン様にチームを抜ける旨を伝えに行こう、そう思っていると__

 

???「ニルギリ茶って、可能性そのもの、ですよね」

ニル 「えっ!?」

 

不意に、隣から声がした。

驚いて声のした方向を見ると・・・・そこには、赤い帽子に赤系のワンピースを着込んだ少女__田辺梢がいた。

 

ニル 「えっと、貴女は・・・・」

梢  「突然すいません。私、田辺梢と言います。聖グロリアーナ女学院の、ニルギリさんですよね?」

ニル 「は、はい・・・・」

梢  「やっぱり。私、聖グロリアーナ女学院の戦車道チームが大好きで、ファンなんです」

ニル 「そうなんですか、ありがとうございます」

梢  「気品と伝統、騎士道精神、そして立ち振る舞いから感じられる誇りと優雅な振る舞い。憧れです」

ニル 「__ダージリン様もお喜びになります。是非お伝えしておきます」

梢  「?」

 

ニルギリの返事に、不思議そうな顔をする梢。

 

ニル 「あの・・・・どうかなさいましたか?」

梢  「私、貴女のファンなんですよ?」

ニル 「は、ええっ!?」

 

梢の思いもよらぬ言葉に素っ頓狂な声を上げるニルギリ。

 

ニル 「え、だって、私なんてそんな大した戦車乗りじゃありませんよ!?」

梢  「ふふっ、いつもそう控え目ですよね」

ニル 「それに、私は大した活躍もできていませんし、いつも最初にやられちゃいますし!」

梢  「それでも次に活かすことを誓い、自分に不足している物が何か学び、目標に向かって邁進する姿。それに憧れるなというほうが無理ではないでしょうか?」

ニル 「でも、それをいつになっても活かせないのが私、なんです・・・・」

 

梢が自分に理想を感じてしまっていることに負い目を感じ、申し訳なさが先立つ。

気まずさから、持っていた缶を両手で握る。

 

梢  「ニルギリ茶って、どうやって飲むか知っていますか?」

ニル 「えっ?」

梢  「ストレ-トティー、レモンティー、フルーツティー。様々なフレーバーにあい、自在な味わいを楽しませてくれる。マリアージュも沢山合うものが多く、むしろニルギリ茶のほうが合わせてくれると感じられるほど。文字通り、『何にでもなれる』ますよね」

ニル 「・・・・!」

梢  「まだフレーバーの加わる前のプレーン・ティーなんて、これからどんな素敵な香りを立ててくれるか、楽しみですよね」

 

そして笑顔を浮かべ、梢は背中を向けて去って行った。

 

ニル 「プレーン・ティー・・・・」

 

ぽつりと、ニルギリは一人呟いた。

 

千鶴 「ニルギリちゃん、どこへ行っちゃったのかしら?」

イカ娘「まだ訓練したりないでゲソ!」

渚  「あっ」

 

渚の視線の先、ニルギリが戻って来てくるところだった。

 

イカ娘「まったく、訓練の最中にどこ行ってたのでゲソ!」

シン 「砲口の誤差と許容される距離の限界幅を知りたいのよ。ちょっと一緒に乗って教えてもらえないかしら?」

渚  「砲撃戦において、理想とされる装填速度ってどれほどなんでしょうか?」

栄子 「まだ時間あるんでしょ?もうちょっと付き合ってもらえないかな?あとちょっとで何か掴めそうな気がするんだよ」

ニル 「・・・・」

 

駆け寄ってニルギリの意見を求めるイカ娘たち。

ニルギリの頭の中では、未だ梢の言葉が繰り返されている。

 

ニル (正直、私が何になれるか、これから何ができるかなんて予想もできない。だけど__)

ニル 「はい。いくらでもお付き合いいたします!」

 

答えるニルギリの顔は、決意と意思の入り混じった凛々しい笑顔になっていた。

 

ニル (今は、私を信じて、頼りにしてくれる人たちに応えよう。そして、どうあろうと、その結果に胸を張って行こう・・・・!)

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

アッサ「__そう、とても有意義な報告だったわ。引き続きお願いします」

 

チン

 

アッサムは聖グロリアーナ女学院サロンに設置された受話器を戻し、それを見ていたダージリンは満足そうな笑みを浮かべている。

同じテーブルを、ダージリン、アッサム、オレンジペコの三人で囲んでいる。

 

アッサ「ニルギリはいい成長を遂げているようですね」

ペコ 「人を教えることにより、自らを顧みて学び成長していく。私はちょっと苦手なので、羨ましいです」

ダー 「私自らの手で味を調えてみたいところだけれど。野暮なことなのが残念だわ」

アッサ「__そういえば、報告の中で一つ、奇怪な内容がありまして」

ペコ 「どうかなさったんですか?」

アッサ「ニルギリが一度訓練から抜け出し再び戻って来るまでの間に、赤い帽子とワンピースを身に付けた少女と遭遇していたらしいのです」

ペコ 「赤い帽子と、ワンピースの少女、ですか」

アッサ「その少女と少し言葉を交わしただけで、それまで陰鬱だったニルギリの表情が嘘のように晴れたそうで」

ダー 「・・・・ふふっ、そう」

ペコ 「ダージリン様?ご存じなのですか?」

ダー 「どうかしら。ご存知、と言えるほど、私も『彼女』を知れてはいないのだけれど」

 

それだけ言うと、ダージリンは紅茶をくいっと飲み干した。




今回はグロリアーナで一番不憫な彼女にスポットライトを当ててみました。

ニルギリについてはほぼ本編においては触れられてないので、思考や性格などは推測や想像で構成させていただきました。
そのせい、というか完全に言い訳なのですが__それ故に話のイメージを固めるのに時間がかかりすぎてしまい、かつ大急ぎで仕上げた話が自分で見ても面白くも何ともなかったので、勝手ながら二日かけて修正させてもらいました。

小さなことながら毎週(PCトラブルを除き)確実に更新できていたので、ちょっと悔しい思いをしてしまいました。

まあ、前向きに考えればこれも思い出ですね。

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