「……ヴァルト、シュタイン
それが、正義……なの、か……」
アサシンに担がれ、森へと辿り着く
中途、突如として辺りが暗くなり、月夜へと変貌したが、それはどうでも良い
ねばついた血糊のような魔力が充満した固有結界が非常に気持ち悪いが、そんなことは寧ろ有り難い。ふとした時に落ちかける意識を、その異物感が繋ぎ止める
そうして、辿り着いた場所は……
玉座だった
『フリットくん、御免』
ミラが、悔しそうに唇を噛む
何人か、バーサーカーの眷族に噛まれてしまったのだろう
『任せる』
ふと、俺を支えていた柔らかいものが消えた
何とか体勢を、と足を出そうとし、何も出来ずに地面に転がる
動かない。体が重い
力を入れようとした端から、骨がまるで限界がきた硝子であるかのように砕けていく
立て、倒れる権利か何処にある
そう壊れてゆく体を鞭打てども、手を動かす事すら出来ない。全身の関節が総てなくなってしまったかのように
動かない。まるで、物言わぬ稼働軸を持たない人形になったかのような感覚
混乱の中で、狂ったように逃げようとする誰かの足が、投げ出された俺の足にひっかかり、一人の足は硝子細工として砕け、人一人が転がる
「ちょっ、邪魔!」
その彼は、何とか手を前に受け身を取ると、悪態を付きながら森の何処かへ逃げ去っていった
そんな、突如として何万という人間が集められ、数人が犠牲となった吸血鬼の跋扈する森。その混乱の中、何も出来ずに、ただ路傍の石のように転がる。ミラは少しだけ此方を気にするが、バーサーカーの処理を優先したようで、セイバーはただバーサーカーを眺め、アサシンに至ってはバーサーカーへと何時の間にやら取り出していたハンマーで殴りかかっている。残存寿命は既に一日ちょっと。それを燃やし尽くそうが、そんな絞りかすが何になるというのだ。翼の形成は出来なくもないだろうが、まともな機動は出来ないだろう、無駄遣い甚だしい
それでも、瞳は世界を映し続ける
「やめ、ろ……アサ……シン」
そう、言えたら良かっただろう
だが、口すらまともに開かない。無理矢理紡いだ言葉はひゅーひゅーとした風の音と交わって、何を言わんとしたか知っている自分ですらまともに聞き取れない
バーサーカーの魂は、それこそ30にも満たない程まで削れている
だが、だ。だけれども、駄目なのだ。俺の右目だけは、それを知っている
大振りのハンマーが、何処か俺に似た姿になったバーサーカーのあたまを熟れたトマトに変える。アサシンはそのまま右手を引き、ハンマーの柄に仕込まれた銀のナイフを引き抜く
そうして、躊躇なくそれを頭が石榴になって防衛能力を持たない無防備な心臓に突き込んだ
……駄目だ。それじゃ駄目だ
確かに、残存魂が少ないバーサーカーは脆い。十字架や銀等でならば、それこそ軽く殺せるだろう。数十人の魂しか無い今、そのうち一人を殺す武器は、普通のものですら十分に傷付けうる。
だからだ、今のバーサーカーは、殺される事を願っている
何故ならば彼は、アサシンと同類の伝説の英雄だから
『……銀の武器にサンザシの杭か』
魂3つを使い潰し、さも何事も無かったかのように姿を取り戻したバーサーカーが、嘲るように笑う。逃げ惑う人間達に響くように、良く通る声で
『効かんな』
『ならっ!』
神鳴が轟く
雲こそあれども月夜に、幾条かの雷が落ち、倒れた姿から、ゆらりと立ち上がった犠牲者達と、バーサーカーを貫く
バーサーカーは何もせず、それを受けて消し飛び、されども再び雷により灰になった体の奥から現れる
『無駄な事を』
森がざわめく
いや違う。突然森なんかに呼び寄せられて、吸血鬼に襲われた"善良な一般市民"が騒いでいるのだ
『王
貴様等の王だ』
声音は押し潰すように。バーサーカーは、玉座から宣言する
気にせず、ミラとアサシンはバーサーカーを殺し続けて……
ふと、止まる
バーサーカーの残存魂数は、僅かに二。バーサーカーと正義の味方のもののみ
躊躇った訳ではない。二人は、50回はバーサーカーを討った。けれども、魂は残ったのだ
理由は、右目が教えてくれる
簡単な事。アサシンと同じ理屈だ。伝承は、過去にのみあるものではない。座に未来に現れる英雄が刻まれ、現代に呼ばれることがあるように、伝承だって今産まれることだってある。そして、バーサーカーとは伝説の吸血鬼そのもの。吸血鬼扱いされる事もある英雄に、吸血鬼伝承そのものを被せて、吸血鬼へと変えてしまったもの
だから、だ。数人襲って吸血し、そしてアサシンという狩人に殺されて魂を浪費して復活してやれば、バーサーカーはそれで良かったのだ。今森には、数万という普通の人間が居る。その全員が証人だ。全員が見たわけではなくとも、その復活を見た数十人の誰かが呟けば、混乱の中であっという間にそれは恐怖として全員に伝播する
数万が信じれば、それは最早オカルトではなく伝承と言っても良いだろう。眼前で見せ付けられた伊渡間の人々は、バーサーカーを"弱点であるはずのもので殺されてすら蘇る、絶対不死身の吸血鬼"だと恐怖する。それが、溜め込んだ魂を浪費しての一時しのぎだと、彼等は知らないから
バーサーカーは伝説の吸血鬼。吸血鬼という伝承総てを総括して纏った存在。ならば、伊渡間の人々が語りはじめた吸血鬼の伝承……絶対不死身すらも、その性質とする。神秘の秘匿という大前提すらもかなぐり捨て、寧ろ万単位の存在に向けて神秘を開示することで、広く信じられたものとして貶める
最早、バーサーカーは倒せない。数万という無視できない程の数の人間が、バーサーカーの不死身を支えている。それは取り込まれた魂ではなく、バーサーカーを殺し続ければ良いというものではない。伝承を語る総てを滅ぼして、伝承そのものを闇に葬りでもしない限り、不死身は剥がれない
『……ひきょう』
『絶対勝利、それは正義の力だ
『……無理』
『馬鹿言わないで欲しいな』
アサシンは、にべもなくバーサーカーの言葉を拒否する。ミラも、それに続いた
『……ああ、やはり劣等。馬鹿か』
『バカはそっちよ、バーサーカー。結局、其所の人間達に貴方は死なないと噂されているけれども、それだけじゃない』
言葉と共に、セイバーは逃げ惑ったり、勇敢にも此方を見ていたりする一般市民へ向けられて伸ばされた血の槍を無造作に切り払う。セイバーでも、一切り払う事は出来ている
不死身は噂されていても、無敵は別に噂されてはいない。セイバーに言われて、それを理解した
鼓膜が破れているのか、今更ながら魔力を込めた言葉しか耳に届いていないという正にどうでも良いことに気がつく。正直、そんなことに気が付く力すら惜しかった。そんなものがあるならば、その分この場をひっくり返す閃きが欲しかった
だが。その願いに意味はなく
『ならば、見せてやろう
貴様等ごときに使うとは、思わなかったがな』
バーサーカーの宣言と共に、その右手に刻まれた紅が輝き、そして消える
令呪の発動
『正義の名の元に。令呪をもって
発動せよ、プロジェクトPM』
何も出来ず、俺の体は……総ては、森を覆い尽くした水晶の中に消えた