そのくせ、半分番外編となります
『うう……時間が』
泣き言を言いながらも、神鳴を纏った拳を下から天へと突き上げる。天を撃つ拳が、翼ある魔獣に乗り悠々と偵察していた……と思っているだろうホムンクルスを魔獣ごと貫き、灰へと変える
時間はもう、17時を回っている。日が暮れきるまで、15分あるか無いか。だというのに、わたしはまだ、何も出来ていなかった
フリットくんに任せて、彼らを止めに行ったはずなのに
まるで戦争かテロみたいに、森の中で息を潜めて街を睨んでいた一隊はこの神鳴でもって1分で粉砕した。罪もない人々を襲わされることになっていた造られた死人達は、人と同じだけの魂があるのか分からないけれども、主の御名の元に安らかな眠りに就いた。何度もやってきたようにわたしがそれを代行した。けれども、彼等の数はたった1000と少し。一年前のフリット君でセイバーの346番目。フリットくんによると1240番台と戦ったこともあるらしいから、少なくとも7クラスそれぞれに1300近くのホムンクルス達が作られていた。500以上はフリットくんの性能試験という名の無理矢理な戦闘でフリットくんが殺したらしいけれども、残った彼等の魂を総て食らった結果バーサーカーは7000というバカみたいな量の魂を貯蔵したのだろう
つまり、彼等は7000近く居るのだ。ならば、1隊壊滅なんてまだ1/7しか何とかしていない事になる。泣き言も、言いたくなるよ
一つ、救いがあるとすれば、わたしが何かする前に突然電池が切れたように倒れて動かなくなり、灰になってしまったのが何体か居る事
多分、体からバーサーカーに奪われていた魂が消えてしまったから。つまり、バーサーカーに命じた死が、彼の魂を身代わりに死なせ、魂を完全に喪った肉体は独りでに朽ちた……んだろう
肉体を喪った魂は大きく力を喪い、魂を喪った肉体は滅びる。だから、魂が粉々になって消えてしまったに近い神巫雄輝を保つためにフリットくんなんてものが産まれたんだし。フリットくんの使う降霊魔術とは自分の魂を媒介に自分の肉体と別の魂を仮に結び付け、肉体を喪い十全の力を出せなくなった魂にかつての力を出してもらうって魔術なんだし
だから、勝手にわたしが何とかしないといけないホムンクルス達は減ってはいく。逆に、肉体を壊しても元々バーサーカーに捕らわれて力を出せなくなっている魂に変化はなくフリットくんの負担は一切変わらない
『だから、片付けて向かわないといけないのにっ!』
森の中に居るのは、殆ど倒した……はず
だとすれば、後は街中。実際に多くの子供達にプレゼントを配るためには分身くらい要るよね?って事で分身して、その分身でもって探っている
だけど、駄目
見えない所に潜んだものは100体ほど何とかした。けれども、無理なものは無理
17:30分上映開始の映画のチケットの半券を千切る、優しそうな30代だろうモギリのお姉さん。そういった人混みの中の誰かが吸血鬼だったりするから
殺すのは簡単。だけど、誤魔化せない。謎の不審死があんまりにも多く発生してしまう
とりあえず、見つけた彼等には此方から起動出来る雷の魔力を撃ち込んでおく。人を襲う前に雷に撃たれるように
……でも、足りない。それら総てを合わせても、数があまりにも足りてない
焦りだけが、増えていく
未来の自分から魔力を引き出す、それが彼……ザイフリート・ヴァルトシュタイン。ライン川の底から見付かったっていう財宝の指輪が、それを成している。放っておいたら、未来を使い果たして消えてしまう。そんなの、させない
だから、早く片を付けなきゃという思いだけが募っていく
『……実に、下らない』
その声は、木々の間から聞こえた
『ライダー、と……』
歩いてくるのは、やはり白を基調とした甲冑に身を包んだ一人の騎士、ライダー。そして、その獅子。ここまではまだ分かる。けれども、他にも人が居た
獅子の表情なんて読めないけど、多分何処と無く苦々しそうな表情で獅子が背に載せている、一人の男性
マスター、ドゥンケル。ライダーのマスター
その、小柄で皺のある顔をした男がふんぞり返っていた
『……何か、用かな?』
わたしは、そう問う
アサシンが居ないことは気にしない。あの子は、きっといざとなれば自ら振り下ろされる刃に飛び込むように自害してでも彼を救いに行くだろうから。バーサーカーとの戦いに至るまで時間を持たせられたのだからそれで下がるなり何なりしているはず
『……家のマスター様がご立腹で、な』
歯切れが悪く、言葉は微妙に分かりにくく
『折角美味しい血を啜れたキャスターを奪われた、とな』
困った人だ、とうんざりとした感じでライダーは頭を振る
『何だ、やっぱり貴方だったんだ、キャスターをどうこうしたの』
『違うと言ったら?』
『他に誰が居るのかな?』
『さあ、ね』
ライダーは笑う
重いとばかりに、獅子が吠えた
けれども、その背の男は降りる気配なんて欠片もない
「ライダー、良いから捕らえろ」
『だから何度も言っている。無理だと』
「貴様はサーヴァントだろう。召し使いならば主君の言葉は果たせ、それでも騎士か」
『我が王の騎士であって、騎士としての誇りまでマスターなんかに売ったつもりはない』
「誇り?騎士道なぞ優勢の時にだけ嘯けば良いといった不良騎士が良く言う」
『……帰って良いかな?
フリットくん、大変だろうし。バーサーカーも危険な事してるし
フリットくん、寿命磨り減らしきって死んじゃうかもしれないし』
『問題は無い。彼は死なないさ』
だというのに、ライダーはマスターの言葉を無視して、私にそう告げた
『どうして?』
『如何なる時空においても既に存在する、それが、それこそがビーストの基本条件
未来に彼は完全なビーストⅡとなる。だからこそ、彼は今ビーストのなりかけとして存在する。ビーストには時間なんてものは関係なくなり、滅ぼすには物理的に消し去るしか無くなる』
『つまり、フリットくんはビーストになるから、寿命なんて無意味になるって事?』
「男の話なぞどうでも良い。例え永遠となれるとしてもな
ライダー、永遠となる男は一人で良い。殺してこい」
『……黙っていろ、マスター。聖杯の為でなければ斬っている』
何かを喚くそのマスターを、ライダーは剣先を突きつけて黙らせた
『それで、用は何かな?』
分身体で何とか処理しながら、わたしはそう問い掛ける
このままじゃ、間に合わないという焦りを持ちながらも、何も出来ない
……可笑しい。人のなかに紛れたホムンクルスが少なすぎる
焦りと疑問だけが積もっていく
『……手を貸しに』
『えっ?ライダー、なんて?』
『手を貸しに、だ』
何度も言わせるな、とライダーはぼやいた
『良いの?』
思わず、呆けてわたしは問い掛ける。令呪を使ったならば兎も角、バーサーカーと一応同盟していたライダーに、今更裏切る理由なんて無いはずだ
『……一度たりとも、バーサーカーなんぞと同盟した気は無い
ただ、一人の少女の為に、力を貸していただけに過ぎない』
『フェイちゃん?』
彼がそう言うならばきっと、とその名前をあげる
アルトリア・ペンドラゴンを模したというホムンクルスの少女。フリットくんの味方。フリットくんを試したり、救ったりは、彼女の意思だというならば、何とか想像はつく。黄金の光の剣を振るった昨日のも、彼女と縁があった上で、彼女の為に作られたというヴァルトシュタインが作ったレプリカ品を借りたというならば分かるし
けれども、何かひっかかって……
『そうだ。あの
『うん、有り難う』
軽く笑いかける。信じきれてないから、すこしだけぎこちなくはなったけれども
『けど、2000も居ない。何処に居るのか分かる?』
ライダーは、よくぞ聞いてくれたとばかりに笑った
「裏切るのか、ライダー!」
『ずっと、我が王の騎士であり、ロディーヌの夫であり……あの
それを違えるつもりはない』
そして、ライダーは答えとなる言葉と共にかき消えた
『ルーラー、森だ。世界を越えていない、ブリテンでもない、けれども重なった……現実の』