Fake/startears fate   作:雨在新人

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八日目ー吸血鬼夜話・継

「貴様ぁっ!」

 最早半分無視しても構わない……とまでは行かないが、多少脅威が減った正義の味方が吠える

 だが、その威勢は直ぐに衰え、無くなった腕を抑える

 

 「その、程度か」

 『いや、寧ろ片腕が無くなって平然としている方が可笑しいわよ道具(マスター)

 背後からあきれたようなセイバーの声。俺は出来たのだから、というのも俺はそうするしか無かったが、彼は未だそこまで追い詰められていないという差がある以上は言いにくい。確かに、セイバーの愚痴には一理ある

 

 『下郎が。(わたし)の手を煩わせるとはな』

 降り立った王は、静かにそう告げる

 その瞳は紅に……血の色に爛々と輝き、されども俺を見ていない

 その視線は、単純に令呪をもってバーサーカーをこの戦場に駆り立てた自身のマスターにのみ向けられている。仮にも敵を前にして何を悠長な、と言いたくはあるが、それもまあ仕方はないと理解できる。かのサーヴァント(バーサーカー)と出会った事はたったの三度。召喚され、血の疑似令呪を刻印された一月前。性能試験としてバーサーカーとやりあわされた……というより、一方的になぶりものにされた二週間前、そして……セイバーと出会ったあの夜。その何れも、俺はバーサーカー相手に一矢報いられる力の兆しすらも見せていないのだから。そして、今や真名を、宝具を、その根底の大半を明かしたセイバーをよもや騎士王アルトリア・ペンドラゴンと間違える訳もない。ルーラーが本気で敵対してこない限りにおいて、敵ではないと認識されているのは当たり前だろう

 だが、舐めるなと叫びたい。アーチャーが居ないならばミラが明確に此方に付かない限り敵ではないというのは驕りだと

 「俺を、見ろ」

 魔力散布、再始動。魔力を練り上げ、二度目を放つ

 「この剣は正義の失墜……」

 「哀れな、S346」

 失った腕が痛むのか苦しげに息を吐きながら、正義の味方(シュタール・ヴァルトシュタイン)はそう呟く

 「分かっているだろう、バーサーカーには効かないと!」

 そう、その認識。それは正しい

 

 だが、そんなものは理屈でしかない

 そんな事実、捩じ伏せ(破壊し)てしまえば良いのだ。それが、それこそが……俺の根底に眠る怒り。例え、その力がクラスカードに封じられていようとも、片鱗である事に代わりはない。俺の奥底に眠る伝説の巨神との繋がりよ、神々が何より恐れた女神よ、力を寄越せ!

 「<偽典現界・幻想悪剣(バルムンク・ユーベル)>!」

 詠唱後半のみを破棄。紅の光を纏い、世界を引き裂く斬撃を束ね、今一度地を蹴る

 目指すはバーサーカー、その心臓部。だが何処でも良い。輝く右目がしきりに告げている、止めには届かないと。この一撃は、精々バーサーカーを殺す程度で止まるのだと

 だが構わない。その意志と共に、翼のブースターを噴かせて加速、バーサーカーの心臓を貫く軌道で突く。バーサーカーは、避ける素振りすら見せなかった。ただ、軽くマントを羽織るのみ

 『愚者が』

 それだけで充分だと、バーサーカーはそう言ったのだ

 だが、血色の光は血の防壁を突き破り、過たずその心臓を貫いた

 「弾け飛べぇぇぇぇっ!」

 魔力を解放。更にはブースターを肩口から前へと突き出して点火。魔力爆発をもって、更に追撃を仕掛けに行く。可能ならば、それこそ後方でバーサーカーに勝てるわけがないと嘲っている正義(ヴァルトシュタイン)すらも巻き込み、消し飛ばせるように

 

 『……一度だ』

 だが、バーサーカーという化け物の体が、それを阻む。爆風はその体より先にまでは届かず、バーサーカーの体を灰へと変えるのみに留まる

 そうして、灰になったバーサーカーの言葉が、何処からともなく響く。今のお前に喋る口など無いだろうと言いたくはなるが、どうせ魔力を震わせるだとかそんな感じで何とでもなるのだろう。ミラがアーチャーのあの宝具を令呪で止めたのだって、どうせ大気圏外で会話していたのだろうし、化け物サーヴァントの理不尽は考えるだけ無駄だ

 「セイバー!」

 だから、俺自身の一撃はバーサーカーに当てるのみ。あくまでも巻き込めたらは希望的観測、マスターへの本命の一撃は追撃に任せる。俺自身は追撃はしない

 理由は簡単。魔術的になにもしないほど、この家は無能ではない。翼の形成自体は兎も角、噴き出す魔力を止める事くらいは出来なくもない。追撃に行って地下室に落ちるなどお笑いだ

 故に、フェイ、怒りそうだな、なんて無駄な事を考えながら、セイバーの方へと下がる

 『全く、詠唱無いとテンポ狂うわね

 <喪われし財宝(ニーベルング)幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)>!』

 俺に合わせたセイバーの声と共に、黄昏の剣気が拡がってゆく。ドーム状のその一撃は、俺の居る場所を、バーサーカーの灰を、血色の魔力によって抉れ地下の部屋へと直通するようになった床を、そして吹き荒れた魔力で既に調度品等々が荒れに荒れた地下室をも巻き込んで

 されども、シュタールの前で止まった

 『……三度目は無かったな。とはいえ、よもや……この(わたし)を二度も殺すとはな、大逆者共め』

 灰からさも当然のように、2mはあろうかという冷酷な偉丈夫の姿を取り戻したバーサーカーによって

 「もっと死んでくれれば、楽なのにな」

 バーサーカーの言葉は嘘ではない。右目も、確かにバーサーカーの残りの魂は7461だと告げている。現れた瞬間の魂数は7463、たった2しか減っていないというのは明確な事実だ。右目が嘘で、ということも考えはしたが……恐らくそれは無い。この右目は、この世ではない何処かへと恐らくは繋がっている。例えばそれがティアマト神の眠るという虚数空間だとして、バーサーカーに其処への干渉は恐らくは不可能。万が一、フェイが昔教えてくれたバーサーカーを使ったあの計画(プロジェクトPM)が成功していたならば怪しいが、俺が今此処に至って尚まだ死んでいないならば失敗しているのは明白なので問題ない。あの計画が成功していたならば、今頃ミラ含めて全員何も出来ずに死んでいる。成功例は、恐らくは俺ではない俺、完全にビースト化した俺ですらも鎧袖一触にしてしまうだろうから

 正直、アサシンが居ればまだ何とかなったかもしれない。だが、それでも削りきるには時間が足りないとしても、可笑しくはない。読み違いだ

 『(わたし)は滅びぬ。夜の王を滅ぼす事など、誰にも出来ぬ』

 『その割には、あのアーチャー相手には滅ぼされかかってたよね?』

 「プロジェクトPMさえ成功していたならば、あんなもの

 世界は、救われたくはないのか」

 忌々しそうに、地面……というよりも床に空いた大穴を見て、シュタールが呟く。その左手は、固く握り締められていた

 

 「心から救われたいならば、俺なんて悪は産まれないだろうよ、正義の味方」

 それに合わせるように、俺も言葉を交わす。理由はとても簡単。攻め手を見つける為だ

 日は落ちきらず、バーサーカーは吸血鬼としての本領を見せて居ない。この状態ならば、1000とはいかずとも三桁くらいは魂を削れないかと思っていたのだ。つまり、端的に言えば読みが甘かった。不死身だ何だ言ってようがバーサーカーは吸血鬼のサーヴァントに過ぎない。夜でも特効である銀の武器でならば心臓ぶっ刺せば多少の傷はつけられる程度。つまりは幾ら魂が多く人一人殺す程度では掠り傷に変換されようが、それをさせない広範囲攻撃か特効をぶつけた場合はサーヴァントとしてはまだ脆い方なのだ。少なくとも、あのアーチャーに比べれば絹豆腐。そして、俺の血色の光は、何故かは知らないが特効効果でもあるのか、セイバーに出会った日の一撃程度ですらバーサーカーに多少は通る。今ならば、全力で斬れば一度殺せる。ならば昼かつ一度倒れて霊核が壊れている所に対軍や対城宝具をぶちこめば多数殺すことも無理ではないと思っていた。ならば、殺しきる事も不可能ではないと

 だが、その皮算用は御破算。7400近い魂を、一度に一殺で殺しきる必要があるならば、時間が致命的に足りない

 

 ちらり、とミラを見る

 あわよくば、もう一度紅のクラスカードを貸してくれないか、と。昨日のあの状態ならば、まだ何とかなるかもしれないと。俺として帰ってこれるかは、微妙だとしても

 だが、それは無理。ミラは下唇を噛んで迷っている

 「時に裁定者よ。どうして正義の邪魔をする」

 バーサーカーの影から、シュタールが問い掛ける

 『正直な所ね。わたし個人としては、あんまり正義の味方っぽく見えないから、かな』

 「何だと!?」

 シュタールが驚き、マントの影から思わず顔を覗かせる

 「土竜叩きの気分だな」

 そこを狙い、光の剣を飛刃として放つ。首を刈り取るように

 当たり前だが、飛刃は血で出来ているが故に可変するマントに阻まれる。だがそれで良い。単なるあわよくばでしかない

 『だって、聖杯さんはヴァルトシュタインが正義だってずっと言ってるけどね』

 悲しげな眼で、静かにミラは正義の味方へと言葉を投げ掛ける

 『伊渡間って場所の人々を……罪の無い多くの人を犠牲にしてまで無理矢理に引き起こす歪んだ力が、本当に奇跡だなんてわたしには思えないからね』

 「正義だろう!たったこれだけの犠牲で、主は降臨なされるのだ!それが、至高の奇跡でなくて何だと言うのだ!聖人ならば分かるだろうに!

 たった数万のヒトを天秤に乗せて、世界を危機に陥れることがどれだけ愚かか!」

 ……それは、フェイの警告が真実だと告げるに等しい言葉。目に見えるほどに、ミラの顔が曇る

 

 『道具(マスター)を産んでしまった時点で、別の危機を呼び込んでると思うのだけれども?』

 「うだうだ抜かすな!正義を知りながら背く、奴は最早産まれながらの悪魔だ!」

 案外最もなセイバーのぼやきは、されどもそれ以上の正論に封殺される。此方を狙おうとするバーサーカーの血は、俺が睨んで封殺する

 『犠牲を求めるものは、奇跡なんかじゃないよ!』

 『奇跡よ、ルーラー』

 冷たく、セイバーが言ってのける。クリームヒルトにとってジークフリートの復讐は、それこそ犠牲の果てにあった奇跡でもなければ届かなかったのだろうから

 『違うよ。奇跡は、頑張って、頑張って……それでも自分達じゃとうしようもない人に対する主の愛』

 「……これが聖人扱いとは、どれだけ無能なのだ、過去の人間はぁっ!

 ヴァルトシュタインは、正義だ!絶対正義なのだ!それを分かれ!」

 シュタールが、頭を抱え唸る

 そんなことは気にせず、ミラは言葉を続ける

 『あの方だって本当に全てを救えた訳じゃない、救世主(メサイア)さえ万能じゃない。それこそわたしたちなんて、そんな救世主の言葉の解釈なんかで同胞なのに不毛に争ったりしたよ。全てを救うなんて、それこそ綺麗事だって、よく知ってる

 けど、それでも。ただユダヤの人達だけが救われる訳じゃない、皆が救われうるってあの方は説いた。それを信じるわたしたちの言葉や行動が綺麗事で何が悪いのか、わたしにはちっとも分からないよ

 誰かの犠牲を必要とするなんて、それは奇跡じゃない。単なる悪魔との契約と同じだよ』

 「節穴があっ!」

 それは違う。彼等は本当に世界を救おうとした。俺はただ、その中に後悔と無念を残して俺になって消えてしまったひとが居るというただそれだけで犠牲というものを許容しきれなかっただけだ。そう、言おうとした

 だが、言えず……ただ、口をつぐむ

 ミラが、俺を見て泣きそうな笑顔で微笑んだ

 

 『聖杯の結局が正しいことだって言うならば節穴で結構

 裁定者としてならば兎も角だけど!わたしには、自分がフリットくんと同じように悪魔と契約して、なのにそれにすら気が付かず主の代弁者で人々の先導者気取って上から目線のどす黒い悪(ヴァルトシュタイン)よりも!

 こんなにボロボロになって、人類に滅ぼされる悪(ビースト)にまで魂を売って……。自分が悪魔だって自覚しながらも、それでも誰かの為にって涙を堪えて血を吐きながら戦ってるフリットくんの方が……』

 晴れた夕焼けの空に、空模様的に絶対に轟くはずの無い神鳴が響き渡る

 『まだよっぽど、正しく見えるよっ!』

 神速一閃、雷の如く。文字通り雷が、鈴の音と共にバーサーカーを貫いた

 「ヴァルトシュタインこそが正義だ!

 正義を、聖杯を……裏切るのか!裁定者の癖に!」

 正論を、シュタールが喚く

 だが、雷鳴は止まらない

 

 『聖杯がヴァルトシュタインを正しい勝利者だって言うならば、わたしはもう、裁定者(ルーラー)じゃなくて、単なるはぐれサーヴァントで良いよ!

 例え、もしも皆を救う事なんて出来なくても、犠牲は出ちゃっても!それが実は一番皆を救える方法で、まごうことなき正義なんだとしても!

 それでも、多くを救うから仕方ないなんて言って!最初からそれで苦しむ誰かを、後悔することも顧みることもせずに、正義の礎になるんだ光栄だろうって笑って殺していく正義なんて!

 わたしには、御免だよ!』

 その手に、紅い光が輝く。神鳴の光に、令呪の輝きが混ざる

 

 『聖杯に叩き返す前に、令呪をもってバーサーカーに厳命する!

 死滅せよ、バーサーカー!』

 

 

 雷挺の轟きが消える。雷鳴が収まる

 バチバチとしたスパークは、されども未だに残り、ミラの怒りを顕している

 「……裁定者の、くせに」

 シュタールは尚も批判をしようとし、けれどもそれを果たせずに倒れ伏す

 油の乗った肉の焼け焦げる臭いが妙に鼻につくが、それでも死んでは居ない。けれども、立ち上がることはもう出来ないだろう。その両の足は、雷に焼かれ、最早炭と化していた

 

 『……私、必要だったかしら、道具(マスター)?』

 部屋の惨状を見て、ぽつりとセイバーが呟く

 確かに、それは一見して一理ある言葉だ。マスターは満身創痍で令呪のある右手を喪い、サーヴァントは雷を受けて消し飛んだ。更には、俺の魔力爆発と黄昏の剣気に、追撃の迸る雷鳴で屋敷の玄関はそれはもうボロボロ、改築ものである。セイバーが居なくても問題なかったようにも見える。ルーラーさえ俺側に付かなければそう脅威でもないというのは、逆に言うとルーラーが敵対すると脅威だという事なのだから

 だが、そんなものは間違った結果論

 「ミラ」

 『どうしたの、フリットくん。言った通り、今のわたしはフリットくんまでも倒す気は無いよ?』

 「違う。行ってくれ、ミラ

 悪でも良いというならば、正義を止めに」

 理解していなさそうなミラに、そう告げる

 『止めにって……』

 「絶対……勝利、」

 立ち上がることも出来ず穴の空いたカーペットに身を埋めながら、正義の味方はそれでも左手を未来へと伸ばし、足掻く

 「「それは、正義の力だ」」

 ヴァルトシュタインの名を持つ二人の言葉が、重なった

 僅かに赤いカーペットにこびりついた血飛沫が蠢き出す。不定形のスライムのように

 

 『まさか、バーサーカーは死んでなんていないなんて、ほざくわけ?』

 「それが事実だ、セイバー。ほら、お前の力が必要だろう?」

 顔を上げ、ミラの綺麗な瞳を見据える

 「絶対勝利、それは正義の力だ

 正義とは勝利。ヴァルトシュタインは、決して勝利を諦めない

 ならば、既に夜の帳が降りるなんと待ってられない。今すぐにでも殺戮は始まる

 

 ……だから、止めてくれ。犠牲を良しとする正義を」

 『……うん』

 軽く頷いて、心優しい裁定者の少女は文字通り神鳴と化して館の天井をぶち破り飛び去った

 

 『出来損ないの劣等種(ニンゲン)、共が』

 血スライムが乾燥し、一つの人型を取る。銀髪の偉丈夫、バーサーカーの姿を

 「やはり、先祖達の選択は間違っていなかった」

 蘇るその姿に、シュタールの顔に僅かな生気が戻る

 「命令通り、死んでてくれないか?」

 『懇願ならば、一考しよう

 奴隷めが、何故(なにゆえ)王に命令など出来ようか』

 『驕れる王は、取るに足らない者に殺されるものよ、バーサーカー。驕りの無い王は、心無い外道に討たれるけれども』

 「強がってるだけの裸の王様相手の革命なんぞ、俺とセイバーだけで充分だ」

 嘘だ。単純に、ミラがヴァルトシュタインの正義を止めてくれた方が、まだ勝ち目があるというだけ。バーサーカーは強がってはいるが、令呪は確かに命令を遂行している。右目が告げているのだ、抵抗してはいるが、ルーラーの令呪は絶対、バーサーカーは今も死に続けて居ると。ミラの撃ち込んだ神鳴により、その魂は既に死んでいるという摂理に還り続けている。言うなれば、一秒に一度ほど勝手に死んでいく状態。だが、話はとても簡単だ。死が一秒に一度程度では、食らって溜め込んだ魂を身代わりにし続けたとして7400はある魂を使いきってバーサーカー自身の魂が消えるまで二時間は掛かる。寿命実質二時間、そんなにあれば充分すぎる。それは正直な所全力全開状態の俺の残り寿命よりも長いのだから

 

 「さあ、消耗戦と行こうか、正義の味方」

 死にかけのマスターなど放置で良い。というか、殺しても無駄だ。バーサーカーの寿命を、魔力を、僅かなりとも削れるならば一考するが、彼を殺しても何の意味も無い。殺すだけ無駄だ

 ただ、素では二時間持つというならば、殺して壊して……殺し続けて寿命を削ってやれば良い。俺の終わりが来る前に

 『抜かせ、貴様に用など欠片もない』

 だが、バーサーカーは俺を見ない

 代わりに、その血色の瞳が見据えるのは俺の左後方。即ち、セイバー

 『取引をしよう、そこな王妹』

 静かに、バーサーカーはその右腕を差し出した

 『我がものとなれ』

 

 『は?』

 セイバーの発した第一声は、やはりというか理解できないとでも言いたげな疑問符

 『(わたし)は、貴様を知っている

 買っているのだよ、その魂を。その盲執を。劣等種にしておくには惜しいとな』

 どこまでも上から。今まさに死に続けているとは思えぬ尊大さで、そのイケメンはセイバーに告げる。その尊大さが俺様系としてモテに繋がりそうで頭を抱えたくなる

 『それは結構な事ね。それで、取引というならば、当然ながら私にも利があるのでしょう?』

 『ああ、当然だとも。(わたし)に聖杯など元より不要なもの』

 僅かに、バーサーカーの顔に翳りが見える。憂いが浮かぶ

 それすらも、一般的な女性が見ればステキと一目惚れに至りそうなのは、素直にズルいと思える

 『(わたし)の素、この姿の男は、余は吸血鬼等では無いのだ、等と世迷い語を吐き、それを真実とする為に低俗な奇跡などを望むやもしれんがな』

 『吸血鬼そのものな貴方は、そんな事はしない、と?』

 『然り。然り然り

 そんなもの、王でなく……』

 初めて、バーサーカーの瞳が俺を射抜く。だが、その瞳が湛えるのは、無限の蔑み。嘲る光しか読み取れない。全く、彼にそう思われていると理解すると、普通なら死にたくなるだろう

 『劣等種なれども理解が及ぶ程度の真実だろう?

 何処の世に、自身の死を望む生命が居るのだろう』

 『あの人(ジークフリート)の居ない世界なんて、生きていても仕方がないと、何度も思ったわ

 あの人はそんな事きっと望まないから、それに何より……あの人を死に至らしめた悪魔共がのうのうと生きているなんてこの世が死後よりも地獄過ぎて、死ぬことすら出来なかったけれども、ね』

 セイバーが吐き捨てる

 『そうして貴様は、死を望むのではなく……立ち向かった。ああ、それは劣等種にしては素晴らしい話ではないか。偉大なる夜の王の血族になるに相応しい

 喜べ銀の髪の女よ。貴様のその思い、(わたし)の目に止まった』

 僅かにバーサーカーは顔を崩す。それは、微笑み

 ……ああ、向けられたら、誰でも……

 

 成程、と舌を歯で傷つけて血を流し、血を舐め奥歯を噛んで思考をクリアにする。これは、バーサーカーの……というよりも吸血鬼のデフォルト魔術なのだろう

 魅了。精神に働きかける、上手く使えば最強ともなるだろう魔術の一種。バーサーカーの言葉に、姿に、存在に見惚れ、正気を失う魔術。完全に虜になった暁には、バーサーカーの言葉のままにそれこそ何だってしてしまうに違いない

 かかり始めていることにすら、暫く気が付かなかった。全くもって、俺の情けなさには笑いが込み上げる。仮にもセイバーを名乗るならば、弾いてみせるべきなのに

 「それは可笑しな事を」

 だから、反逆するように唇の端を吊り上げる。嘲返すように

 「最も一般的な吸血鬼とは、死にたがりだろう?」

 そう、そんなものだって金髪の聖女は説いていた。哀れな童話ですよ、と銀髪のメイドはくすりと笑っていた

 生きることは哀れなのだ、と苦しみながら生きて行く、それが西洋のヴァンパイア。たかだか数百年の生で悲観する、西洋的な人間の生死感によって産まれた化け物。中華の仙人なぞ、世界の全てを楽しみ、百年経って風景が変わったら見に行こう等と気の長い考えで、気ままに数千の時を悲観することも無く過ごすというのに

 『何?』

 「有り様そのものが不死者じゃ無いんだよ、死にたがりの出来損ない。完全な上位者だってなら、霞でも食ってれば良いようになれ。あのアーチャーなら、そう言うだろうよ」

 だから、煽る

 セイバーが魅了に掛かる気は……正直しない。だが、聖杯をやるというのは割と魅力的な提案だ。故に、打算からバーサーカーの手を取ることもあるだろう。だから、その芽を減らす。バーサーカー側を挑発し、決裂を引き出す。バーサーカーの底を、切り札を、早めに切らせたいというのも当然あるが

 残された寿命は大体62日と少し。軽く宝具を撃つだけでどれだけ減るか分かったもんじゃなし、例え辛くとも早めに全てを切らせた方がまだ運命を懸けた大勝負のしどころが見えるのだから

 『黙れ、なりそこないが!』

 挑発にキレたのか、声を荒げて、バーサーカーが吠えた


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