Fake/startears fate   作:雨在新人

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八日目ー吸血鬼夜話・始

駆ける。唯、駆け抜ける

 全ては、目的の為に

 バレる事等当の昔に解っている。森に足を踏み入れたその瞬間に、その意図は伝わっているだろう

 それこそが、この地……ブリテン領域なのだから。即ちこれは宣戦布告。来るなら来い、ぶっ潰すという意思表示

 正直付いていけないというセイバーを背負い、先行出来る出力を持つミラを追うように、ヴァルトシュタインの森を風となって駆け抜ける。とはいえ、割と遅いのは確か。幾ら足場の微妙な森の中とはいえ、精々時速で言えば40km、一瞬で本邸へ殴り込むという訳にもいかない

 

 森を駆けだしてから、僅かに5分。未だ本邸は遠いその時に、俺は歩みを止める。止めざるをえない。理由はとても簡単、全力疾走とは隙だらけ、抵抗をかなぐり捨てていては、そのまま斬られるから

 木の根を思いきり踏み砕き、そのまま宙へ。抗議のように襟を強く掴むセイバーは無視し、左足に魔力を集中。剣と化して蹴り抜く

 駆け抜ける剣とその足が激突し、火花を散らす。気にせず空中を魔力でもって蹴ってさらに空へ。足と剣の鍔迫り合いの要領から抜け出して、前方へと着地する

 「けほっ、随分な挨拶だな、ライダー!」

 状況、確認。支障なし。絞められた首も、少し痺れた左足も、まだ持つ

 『手が痺れる、やってくれるな……』

 「手刀じゃ押しきられるだろうが」

 『押しきるつもりだったが?』

 そう、襲撃者はライダー。獅子と共に疾走し、俺へ向けて剣を振り抜いたのだ

 「はっ!此方の戦力を甘く見すぎだな、それは」

 『良いのかよ、ルーラーまで連れてきて

 街に何かあった時、誰も居ない。それで良いのか』

 「だから、何かある前にバーサーカーを殺し尽くす。それだけだ」

 剣は抜かない。コートに数本のナイフは仕込んできた。背にもフェイから貰ったあの剣はある。折れていようが、光の剣の芯材としては無いよりはマシ。だが、抜かない

 理由は簡単、こんな所で止まってなどいられないから。電撃戦は即座に勝負を決めてこそ意味がある。此処でライダーと戦うのは得策でも何でもない

 

 ちらり、とアサシンの方を見る

 問題ない、と頷きが帰ってきた。ならば、良し

 「ミラ、頼めるか」

 一応の確認。バーサーカーのやりすぎを止めるという点では、利害は完全に一致しているので、恐らくは問題ないと分かってはいても、やはり確認する

 『問題ないよ、フリットくん。わたしだって、悲劇は嫌だからね』

 「なら、良かった」

 夢幻召喚、起動

 静かに胸元のポケットに仕込んだクラスカードを使用、背面にセイバーが居る為、翼は形成せず。単純に光の剣を右手に持つ為であり、身体能力を上げるため

 『抜かないのか。末席とはいえ、円卓の騎士も舐められたものだ』

 「抜けないのさ、お姫様の邪魔になるだろう」

 髪を引っ張るセイバーは無視して、軽口を返す

 『まあ、良い。やる気がないならば……』

 剣を構え、ライダーが迫る

 空気を切り裂き、その手の両手剣は俺を両断する為に振り上げられ

 「セイバー!」

 『ああ、もう!分かったわよ!』

 だが、その剣は討つべき悪魔(おれ)の姿を見失い、所在無さげに下ろされた

 

 『なっ、消えっ!?』

 一瞬の空白。俺が欲しかったのはその隙

 理屈は簡単。戦うと思わせておいて、ライダーが意識を俺のみに向けた所でセイバーが<身隠しの布(タルンカッペ)>を使用、自分毎俺の姿を隠した、ただそれだけの簡単なもの

 だがそれで良い。ライダーの最高速度は当然ながら俺を超えている。まともにやっては離脱出来ない。ミラならば何とでもなるだろうが、あくまでも中立、同盟は聖杯戦争としては違反でもなんでもないのだから、俺にとっては邪魔だからといって戦ってなどくれない

 だからこそ、隙が必要だった。俺がライダーの射程圏から抜け出すだけの時間が。隠れて斬り付け、速攻で片を付けるというのは微妙な所。ライダーとてそれならば殺気なり何なりに反応して対応してくるだろう。姿が見えない、ただそれだけで勝てるほど円卓の騎士は甘くはないはずだ

 故に、逃げる。戦わない。勝利条件には関係ないと割り切る。最悪俺含めて6騎の魂を聖杯に叩き込めば良いのだから、ライダーとキャスターは放置しても理論上勝利出来る

 

 『逃げたのか、あの野郎は』

 『勝つための行動は、逃げじゃない』

 背後で響く、剣劇の音

 アサシンは置いてきた。はっきり言って非常に勿体無いが、背に腹は変えられない。誰かが残ってライダーを止めていなければ、作った隙には何の意味もないのだから

 セイバーを置いてこれれば、バーサーカー相手にメタ張って全力で挑めるのだが、流石にセイバーに一人でライダーと戦い抜く事を要求するのはあまりに酷というもの。唯一の勝機たる悪竜の剣を振るわないと誓っている以上、幾らあのライダーが竜を殺して喰らった事で竜としての性質を持っていようが無意味。竜特攻があるとしても素のスペックが違いすぎる。クラスをセイバー足らしめている宝具無しのセイバーではライダーの獅子の前菜にしかならない

 その点、勝てば良し、負けることは無いというアサシンは時間稼ぎには非常に便利だ。今日の夕方はアイスクリームやらハンバーガーやらを1000円分食べてほくほくと帰ってきていたが、聖杯戦争が終わる今度は何も見返りは無いけれども

 

 『人使いが、荒いわねっ!』

 「アサシン使いは荒いかもしれないがなっ!本来なら、自分のサーヴァントにもあれくらい忠実にやって欲しいものだ」

 『あの人以外に忠誠をなんて、御免よっ』

 「分かってるんだよそんなこと

 ただ、まだ働いて貰うぞ、クリームヒルト!」

 身隠しの布を被りながら、軽口を叩きつつ、森を駆ける。夢幻召喚は解かない。魔力消費を抑える為に使用せずに森に入ったが、一度使ってしまえば今更過ぎる話。上がった速度で森を一気に走破し

 「っらぁぁっ!シュタァァァルゥッ!!」

 魔力を込めて地を蹴る。そのまま時速にして僅か60kmくらいだが速度は殺さず、足を今度は両方とも光の剣の芯へと変えてのドロップキック。俺はライダーではなくセイバー擬きだが、ライダーキックとでも叫びたくなるような一撃でもって本邸の玄関扉、その紅い木製の偉容を容赦なく蹴破った

 

 「……来たか、S346、この裏切り者め!」

 予想通り、待っていたのは一人の男。シュタール・ヴァルトシュタイン

 「悪いな、裏切り者で」

 「貴様を買っていた。貴様の正義をだ!

 きっと、我等が正義を果たすために大きな役目を果たしてくれるだろうと!だのに」

 「俺の力を、だろう?」

 「当たり前だ!」

 『最低の答えね』

 俺の背中から降りつつ、セイバーがぼやいた

 「力無き正義は無力だ。力を求めるのは間違いじゃない」

 「だが、ヴァルトシュタイン。貴様は多くを救うため、犠牲は仕方ないと割り切った

 悪いが俺には、そんな割り切りは出来なかった」

 「それは貴様の弱さだ!治せたはずだ!」

 「そうだろうな

 だから俺は、悪なんだよ」

 話は終わらせる。向こうからわざわざ時間をくれたのだ。やるに決まっている

 魔力散布、完了。翼を展開し、警戒を薄めるために剣は抜いていなかったので、掌に光の剣を芯無し形成。そのまま周囲に撒き散らしておいた俺の紅い魔力を束ねるように、貫く!

 「<偽典現界・幻想悪剣(バルムンク・ユーベル)>!」

 迸るのは殺意の力。紅の剣撃は、シュタールの心臓を目指して疾走(はし)る……

 「くっ、バーサーカー!」

 だが、その突撃は止められる。言葉と共にシュタール右腕の令呪が輝き、俺以上の巨体が盾のように現れたから

 偽典の剣では、人を殺すための対人宝具では、バーサーカーという壁にとっては蟻の一咬みにも等しい。不意討ちは無意味だ。だが、それで良い。終わりじゃない

 「甘いなっ!」

 背の翼を展開、槍の様に伸ばして俺の脇下を潜り抜けるように貫く。バーサーカーの体を飛び越えて、直接マスターを狙う

 バーサーカーは不死身でも、そのマスターまでも不死身では無い。殺せうる。だから、死ねと狙う。あの、反旗を翻した時のように

 だが、バーサーカー相手に何も出来なかったあの日の俺はもう居ない。今の俺がビーストだろうがそうではない人類の仇敵だろうが構わない。勝てば良いのだから

 その意志とともに、放たれた血色の翼の槍は、バーサーカーの血のマントに歪められつつも……シュタール・ヴァルトシュタインの右の腕を貫き、そして引き千切った 

 「ぐ、ぎゃぁぁぁぁぁっ!?」

 「……まずは、一つ……」

 痛いほどに輝きだした右目で理解する。あの右腕にまだ一画、令呪は残っている。一撃で死に届かずとも、最後にすがる切り札をまずは潰した。どんでん返しの奇跡はもう起きない。起こさせない

 「勝つのは、俺だ」

 その意志と共に、紅の魔力が引き裂き落とした腕を、内部から粉々に破裂させた


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