Fake/startears fate   作:雨在新人

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八日目ー一期一会の昼・弐(多守紫乃視点)

「……どうしたの、かーくん?」

 私は、苦い顔をした彼にそう問い掛けた

 神巫雄輝では無くて、けれども彼に近くて……心を掻き乱す青年。目付きが荒み、髪はストレスからか白く変わり、肌も焼けてしまっているけれども、その顔立ちはしっかり見れば確かに変わっていなくて。強くなくても、他の人よりは特別だからと……一人でなんとかしようと考える所までそっくりで。複雑な乙女心も、何にも分からないのも、かーくんで

 だから、距離感を上手く掴めなくて。それでも、問い掛けずにはいられなかった。かーくんが苦々しい表情をしている時は、何か思い詰めている時。放っておいたら、一人で解決のために突っ走ってしまう時。戒人さんが居れば、共に行動してくれていたんだけど、それは……今は無い。戒人さんは、もう居ないから。それは悲しいことで、泣きたくなるけれども

 

 「紫乃、秘匿は分かるな?」

 素っ気なく、かーくんは返す

 「うん。神秘は隠す必要がある、だよね」

 「そうだ。基本的に、魔術とは一般人達に知られないように、というもの

 ……多くに知られることで、神秘は減衰するから」

 「それで?」

 「つまり、サーヴァントの闘いなんものは、見られないことが前提だ」

 そう言って、かーくんは手にした携帯をひっくり返し、器用に右手の親指と人差し指だけで支えて、此方に画面を見せてくる

 そこにあるのは、ひとつのブログの写真

 ピンボケしている。見にくいものではある

 けれども、その上で可笑しさは分かる。ここまで世界が灰色な事自体はそこまで可笑しくない。モノクロ写真というものはあるから。けれども、其処に一部だけ鮮やかな色付きがあるのは、合成でもなければ可笑しい

 そう、私も昨日見上げた、アーチャーの宝具の発動直前を撮ったピンボケ写真。それが、掲載されていた

 

 「これは……」

 「ヴァルトシュタインの森からの撮影らしい」

 「……これ、秘匿としてどうなのかな」

 そんな問いに、かーくんは苦笑する

 「当然ながら、大問題だ。当たり前だろう?

 説き伏せるか、どうするか。最悪殺すかどうにかしてでも口を封じるか

 手段は知らないが、実は冗談、嘘でしたという炎上狙い記事だったことにでもしなければ、そうして真実を封殺しなければ、聖杯戦争という神秘は揺らぐだろう

 ……だから、ミラは動かざるを得ない。それが、聖杯戦争の遂行が、ルーラーの役目だから、な」

 「そっか。だから……」

 「だからあれだけ急いでいた。ネットというものは、魔物だ

 一度発信してしまえば、何処まで広がるか本人にも分かったものじゃない

 幸いマイナーブログだから、即座に拡散、地方ローカルのテレビやらラジオで取り上げられて大問題……という最悪のシナリオは免れてはいるが、時間の問題だろうな」

 「じゃあ、どうするの?」

 ひょっとして、約束を終わらせるんじゃないかと思う私に、かーくんは笑いかけた

 「どうもしないさ。俺が何をしようが、何も変わらない」

 それは、何か出来るならば動いている、という自分の無力さを嘲笑するような、自嘲的な笑みで……

 思わず、私は一歩、かーくんへ向けて踏み出していた

 当然ながら距離は近付き、顔を上げなければその瞳と目を合わせられなくなる。右目が痛々しく潰れた、あまり見詰めたくはない顔から、けれども目線は離さずに、問い掛ける

 「じゃあ、何にもしないよね?

 クリスマスイブみたいに、一人で何とかしようとなんて、しないよね?

 

 今のかーくんまで、一人で居なくなったりしない……よね?」

 強いなんて嘘だよ、アーチャー。私は、違うなんて分かっているのに、それでも昔のかーくんに雰囲気が近いだけで、こんなにも心がざわついてる。不安で仕方なくなってる。アーチャーは、『それが恋ってもんだろ、恋は抑えきれないからこそ恋なのさ。理性で普通に抑えられる程度なら、それは相手に心底惚れ込んではいない訳よ。心の強さ云々じゃねぇ、寧ろ心が強ければ強いほど、珍しくどうしようもないそれに悩むもんさ、安心しな』なんて言ってくれる……気がするけど、私はそう楽天的には捉えられないよ

 違うのに、なのに、アーチャーがきっと彼は大丈夫だ、私の願いは叶うってそう言い残してくれたから、アーチャーの言う通り、昔のかーくんっぽく何処か雰囲気が変わっていたから。かーくんが戻ってきたみたいで、そんな態度になってしまう

 「……大丈夫だ。そんな事はしない」

 かーくんもそうなのかもしれなくて。何時もみたいに私の頭を軽く三度撫で、そう呟く

 けれども、理解してしまう。やっぱり、基本はかーくんなんだって

 

 その言葉は、嘘じゃない。けれども、耳障りの良い言葉だけどそう、嘘じゃないだけ。そうだと、分かってしまう

 確かに私に約束した通り、一人で突っ走っていったりしないだろう。けれど、あの雰囲気は、突撃自体をしない感じじゃない。アサシンと二人だから一人じゃない。ミラも手を貸してくれたから三人だ、問題ない。そんな感じの、"一人では"やらないってだけの方。戒人さんと二人で何とかしてみせる、昔はそうだった……後で心配させられる側の答え。何処がやらない際の答えと違うんだと問われたら、何となくかーくんだから分かるとしか言えないけど

 

 「アサシン」

 かーくんが、後ろに控えていたアサシンを呼ぶ

 視界から外れているだけで認識出来なくなる。再度視界に入ることで、そういえば……と思い出す程度の存在感

 けれども、ちょくちょく視界に入るから、気になる存在

 今は、その姿は……

 思わず、目を擦る。かーくんが、二人居るように見えて

 けれども、きっとそれは目の錯覚で。目を擦り、瞬きしたその後、アサシンの姿は普通に黒髪のイケメンに見えた

 うん、どんな姿で見えるのか分からなくて、やっぱり心臓に悪い

 『どうしたの?』

 「言っていたアイスだ。好きなだけ食べてきて良いぞ」

 言って、かーくんはポケットから財布を取り出す

 「かーくん、私が」

 左手が無いから、財布の中身を引っ張り出しにくそうで、思わず私はその財布を代わりに受け取っていた

 「紫乃、悪いな。5000渡してやってくれ」

 「あ、うん。アイスにしては多くない?」

 「足りないなんて事が無いように多目にするだけだ」

 『問題ない。迷惑はかけない』

 表情は変わらないけれど、きっとホクホクと、アサシンはそのお札を受け取る

 『お昼の後に』

 そして、不思議とあっさりと、ふっと姿を消す

 そういえば二人っきりじゃないな、なんて思ったのがバカみたいに簡単に

 

 「それで、紫乃。今日は何処へ行くんだ?」

 何時もの休みみたいに、かーくんがそう問い掛けてくる

 それに私が答えるか、戒人さんが実は此処に行きたいと思ってたと割り込むか、かーくんに任せると返すかが、昔の……一年前までは当たり前だった光景で。もう、二度と無い光景で

 「かーくんは、何もないの?」

 だから、ちょっとだけもう一度問い掛けてみる

 「いや、任せる。どうせ、最後なんだ。アーチャーの言うように、世界を見てみるさ。全てを忘れて、な」

 そう、今までで一番昔のかーくんっぽく、彼は微笑(わら)った

 「何かしたりは?」

 「無いさ。デイウォーカーの資質自体はあろうが、邪魔しに来たりは無いだろうから」

 その答えは、暗に私の推測がやっぱり当たっていた事を、一人ではないけれども、結局バーサーカーと闘いに行くんだろう事を感じさせていて。それでも、日中は私と居てくれると言ってくれたことが嬉しくて

 「うん、それじゃあ……」

 私は、一つの場所を、候補として口にした

 「……分かった。今日は紫乃の行きたいように」

 そんな言葉だけど、かーくんは頷いてくれた


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