ふと、私は目を覚ます
知っている天井。何日か過ごした、ホテルの一室。私の部屋の、ベッドの上
「アー、チャー?」
居るわけがない。けれども、それ以外に、私を此処まで運んでくれる相手に心当たりが無い。だから、私は寝惚けた頭でそう呟いて
「悪いな、俺だ」
けれども、そんな奇跡なんて無い事を思い知る
「かーくん」
「俺は神巫雄輝じゃない。けれども、そう呼びたいならば……もう、勝手に呼べ」
やっぱり、彼はそう自分を否定して、けれども……前より悩んで、そう告げる
「結局、どうなったの?」
「後始末か?殆ど時が止まった間の話なんで……問題はない。誤魔化しは効く範囲だよ、とミラは言っていた」
事も無げに、かーくんでもある青年はそう告げる
「そっか」
「ホテルの窓は割れてたが、二階だったので酔った阿呆が空になった酒瓶を投げたで処理されたらしい。酔いは人をバカにするから、と」
それは、何処か悲しいことでもあり、けれども、安堵することでもある。寧ろ、アーチャーが何も残してないに等しい事が悲しいなんて、そんな考えが一番駄目
きゅっと、手を握り締める。その手の中に、確かにある固くて、けれどもどこか暖かい感触がある
アーチャーの遺していったもの、即ち……宝具、<
物語では何時も叫ぶけれども、アーチャーは無言で使っていた。だから、私も……少しだけ
伸びて、と心の中で念じる
それだけで、私の掌サイズだったその金属の赤い棒は、私の身長程まで布団の中で伸びる。良く覚えていない夢の中でアーチャーが言っていた気がするけれども、この如意金箍棒、聖杯戦争が終わるその時まで何かあったときの為に私に貸しておく、というのは……嘘でも何でもなかったみたい
……うん、本当にこんなもの私に貸して良かったの?とか、そもそも私にだって十分に使えるようにしたって言ってたけど一体何したの?とか、第一私使う以前に本来の基本重量の状態で持てる気しないよ、とか、言いたいことは沢山、それはもうたっぷりあるけれども。けれど、その愚痴を笑って聞いてくれるアーチャーはもう居ない
左手を、その中にあるアーチャーの遺産を意識して、強く握る
そうだ。止まってなんて居られない。泣いても、いられない。涙は昨日流した。何時しかあの場で寝てしまうその時までずっと
それに……アーチャーは言っていた。ずっと見ているって。それはきっと、私を鼓舞する為の言葉でしかないけれども。それでも、その言葉を言われて、止まってなんて居たくない
「悪いな、アサシンに服を漁らせた」
少しだけばつが悪そうに、僅かに左腕を上げて、かーくんは一つのキーを差し出す。
508のプレートが付いた鍵、このホテルの鍵
当たり前だ。あのアーチャーじゃないんだから、鍵がなければ部屋に入れる訳がない。そして、借りた鍵は……一人部屋なんだから、当然ながら一つしかない。アーチャーは変化でちょいとな、と勝手に私が一人で居たい時に出てくために合鍵を作っていたけれども……というか、犯罪じゃないかな、あれ
……駄目だ。アーチャーと居た時間なんて長くない。一週間程度しかない。それ、なのに……
どうしてか、ふと思い出してしまう。それほどまでに、記憶に残っている。そんなアーチャーがもう居ないのに、無理だよ、なんて……弱音も言いたくなる
けれども、弱音なんて吐かない。吐きたくない。昨日私はアーチャーに救われた。
私だけなんて、やりたくない。アーチャーに言われた勇気の火を、勘違いだったなんて……誰かに、言われたくない
でも、怖いよ、アーチャー
そんな心に、大丈夫だとでも言うように、僅かに……部屋の中に起こるはずのない微風が、私のほどかれた赤みがかった髪を撫でた
「悪いな、着替えるなら出ていく」
そう、一言呟いて、かーくんはホテルの扉に向かう
その姿に、寝坊助してしまった日に起こしに来てくれたかーくんの姿と、快活に笑うアーチャーの姿が、重なった
「アーチャー」
「……今は、居ない。俺が、討った」
その声は、かーくんがどうしようもなく怒った時の声、二回しか聞いたことの無いそれにも似た、冷えた声音で
「恨むなら、好きにしてくれ
「恨まないよ」
そんな、自嘲の入った彼に、ベッドから起き上がりながら、私はそう声を掛ける
「私は、恨んだりしない。だって……」
アーチャーが居なくなったのは、確かに寂しいけれども
「アーチャーも、かーくんも、何より私も、そんなこと望んでないから」
かーくんは、気がついていた。あれだけの傷を負って、なのに、一目で
アーチャーだって、何処か疑っていた
なのに私が、戒人さんまでということを考えたくなくて、私の知ってる人だから大丈夫ってしちゃっただけ
私が悪いって、言えるとも思う。けど、後ろ向きじゃ何にも出来ないから、アーチャーならきっとこう言うって言葉で前を向く
騙しに来た吸血鬼が凄くて悪い、って
そんな私に、かーくんは少しだけ驚いたように止まって
「そうか。……思ってた答えと、少し違うな」
ってだけ残し、ドアノブに手を掛ける
「かーくん、同盟は?」
「切らない。バーサーカー撃滅まで、その約定はまだ残っている」
かーくんはそう告げる
少し言葉はぶっきらぼう。けれども、要は私を護るって事。だって、幾ら宝具を残していてくれても、使ったこともない宝具を持ってるだけの私なんて、あんな風に魔力の紅い翼を生やして戦うようにまでなった、そうでなくてもアーチャーと出会った日に弱いサーヴァントと認識された、そんなかーくん達からしてみればバーサーカー相手のまともな戦力では有り得ないから
だから、彼の中にはかーくんが居る。そう思えて
「ありがとう」
「……感謝されることは何ももない」
ふと、私はそう言っていた
「かーくんを、大切に思ってくれて」
「当然だ。彼は、俺なんかの為に消えて良い人じゃない」
その受け答えは、アーチャーが一昨日辺り、昼間暇な時にぼやいていたものそのままで、納得するけど少しムッとする
「けど、今のかーくんも……ザイフリートも、生きてちゃいけない存在なの?」
「当たり前だ」
「かーくんは、自分のために誰かが死ぬなんて、嫌だと思う」
かーくんは、そんな優しい所のある……私が大好きな人だから。大人になって、もっと頼れるようになったら、ひょっとしてアーチャーみたいに、なんてのは、贔屓目に見すぎてるかな?って思うけど
「それでも、俺は……」
「だから、悪いと思うなら、今日1日、私とこの街を見て回って?」
だから、私は……尚もぼやくかーくんに、そう告げた
かーくんは……断らなかった
「……分かった、紫乃」
溜め息を吐きながらも、首肯する
「ああ、後、これは……恐らく神巫雄輝なら言うだろうという言葉を代弁するだけだが」
そして、かーくんは一瞬だけ此方を振り向いて……
「リボン、似合ってる」
と、そう告げた
「まだ、付けてないよ」
「何度か見たからな」
そう言う彼の背は、前と違って、あまり怖くない
何だろうか、
「やっぱり、かーくんからだったの?」
ふと気になって、神巫雄輝を取り戻したいならば、という手紙に同封されていた、この黄色いリボンについて、問いかけてみる。かーくんが買っててくれたクリスマスプレゼントだって、勝手に思い込んでいたけれど
「持ってても無駄です、処分しましょうとは、何度かフェイに言われたし、フェイの元のピンクい方から、そこはかとなくねだられた事もあったけど
……神巫雄輝の思い出を否定して捨てるようで、出来なかった」
少しだけ自嘲的に、かーくんは笑う
「結局、紫乃を生け贄として呼び込む為の餌として取り上げられたと、無くなっていることに気が付いた後、フェイから告げられた
すまなかった」
すまなかったとは、私を巻き込む原因に繋がってしまった事に関してだろう。私自身は、それは気にならない。それよりも、かーくんがあの日、本当に心から私に酷いこと言ったんじゃない事が、このリボンに込められた想いから伝わる気がして……。怖かったけど、アーチャーとも逢えた。だから、気にしたりしない
だけど、私が何か言う前に、謝罪を言うだけ言って、軽く頭を下げると、かーくんはとっとと部屋を出ていった